PHASE10―始まりの地で―
#1
ミネルバがオーブに着艦した。
現在、アスハ代表が治めている国で…シンの故郷。そして、家族を失った場所。
「シンのやつ…元気無いわね。まーたウジウジモード全開になってるわね。」
「お姉ちゃん!シンにも色々あるんだから、そういう風に言っちゃ駄目だよ!!」
「………。」
慌ただしくみんなが補給の準備や外出の用意をしてる中、シンだけが魂でも抜けた様に、ただ呆然と景色を眺めている。
因みに、アスランとアスハ代表は仕事が溜まってるとかで、一足先にミネルバから降りた。
「おい!シン、手伝えよ!!」
「あ?あぁ…悪い、ヨウラン。今行くよ。」
「大丈夫か?シン。何だか、顔色良くないけど…。」
「何でもない…何でも…。で、どれを運べば良いんだ?」
「あぁ…これとこれかな?ちょっと重いから俺も持つよ。」
「ん、ありがとな。」
……それにしても、やっぱり今朝から様子が変。起き上がっていきなり「殺してやる!!」なんて叫んだ時は驚いたわ。
「あの…私も何かお手伝いした方が良いでしょうか?」
「ラ…ラクス様にそのような事をさせる訳には…。」
「いえ、私もこの艦の方々には何かとご迷惑を掛けていますから…。何かお手伝いしないと、私の気が済みません。」
ヴィーノさんとヨウランさんが「どうしよう?」という表情で顔を見合わせている。
「あ、それならラクス様。私達の方を手伝って下さい。」
「お姉ちゃん!!駄目だよ!!」
「良いからやらせろよ、メイリン。人手多い方が、早く終わるだろ?」
「シン…でも……。」
駄目って言っても手伝うんだけどね♪うふふ…
「という訳で、お願いします♪
ルナさん、メイリンさん。」
「はい、ではこれを…。」
「良いのかなぁ…?」
結局、補給はお昼過ぎまで掛かった。
#2
補給が終わり、前の戦いで破損したカタパルト及び、装甲の修理が行われる事になった。
どうやら、アスハが手を回したみたいだ。
修理の間は俺達はやる事が無い。そこで、グラディス艦長が自由時間をくれた。まぁ、ただ邪魔だから追っ払われただけというのが実情だが…。
「自由時間…かぁ、いきなり言われても困るわね。シンはなんか予定あるの?」
変装したミーアが、首を傾げて聞いてくる。今回の変装は、以前の様に“怪しさ丸出し仕様”ではなく、ルナに服を借りたり、黒髪のカツラを被ったりサングラスを掛けたり…というものだ。
ルナが「負けた…」とへこんでいたのはまた別の話。
「俺は…そうだな。少し…行きたい場所が有るかな…。」
「私は居ない方が良い?」
「……あぁ、ごめん。俺一人で行きたいんだ。」
「うん、分かった。それじゃ、私はルナさん達と行動するわね。」
「…ん、何か…これじゃ護衛失格だな。」
「大丈夫大丈夫。いつも一緒に居なきゃいけないって訳じゃないでしょ?それに…」
「ん?」
「実は誘われてたの♪『たまには女だけで過ごしましょ♪』って。」
「先に言えよ…。まぁ、変装してるし、ルナも一緒だから大丈夫だとは思うけど、いざって時はコレ…。」
「何?コレ。」
ミーアに小さなキーホルダーを渡す。しかし、コイツを侮る事なかれ。ザフト軍の緊急ブザーだ。コイツが有れば、半径数十キロに居るザフト兵に呼び出しが掛かる。
「身の危険感じたら、この紐を引くんだ。鳴ったら何処に居ても駆け付けるからさ。」
「へぇ…コレ可愛いのに。まぁ、ありがとね♪それじゃ、別行動頑張りましょ♪」
「あぁ、んじゃな…。」
実を言うと、予めルナにミーアを誘わせたのは俺だ。ミネルバ食堂名物“タンホイザー定食”と引き替えに。
少し心と懐が痛むけど…まぁ、仕方ない仕方ない。
さぁ…行くか…“彼処”に。
#3
俺が来た場所。そこは、かつて俺が住んでいた場所。つまりは俺の家。
時刻はもう夕暮れ時だ。家では、知らない家族が団欒の時を過ごしている。
「……馬鹿だよな…俺。戻れない事なんて、始めから分かっていたじゃないか…。」
そうだ。もう、何処にも戻れやしない。
どれ位の時をそこで過ごしていたのか、家から出てきた子供と母親らしき人が怪訝そうに俺を見つめている。
「あの…?うちに何かご用?」
ヤバい…明らかに不審者じゃないか俺!!
「あ…知り合いの家を訪ねようと思ってたんですけど、道に迷ってしまって。」
「まぁ、そうなの?そのお知り合いの方は、何処にお住まいなの?」
人がいいのか、心配そうに尋ねてくる。
「いえ…もう大丈夫です。また明日捜してみます。」
「そう?」
「はい、失礼します。」
もう…戻れない…。だけど、今はそれで良いんだ…多分。
バイクに刺さったキーを回し、エンジンを起動させる。此処にはもう用は無い。
「そういや…ミーアの奴、大丈夫かな?うーん…何か心配だ。」
無線機に連絡を入れる。
『はぁい。どうかしたの?』
「ん?あぁ、そっちは大丈夫かなってさ。」
『なぁに?心配してくれてたりするの?』
「ついこの前まで、怪我してたろ?だから…やっぱ心配っていうか…。」
『あんなの大した事無いわよ。そういえば、用事は終わったの?』
「……あぁ、これから少しうろついてからミネルバに戻ろうかなって考えてた。」
『それなら、こっちに来なさいよ。』
「せっかく女だけで楽しくやってるんだろ?水を差す訳にはいかないさ。」
『ちぇー。まぁ、分かったわ。それじゃ♪』
通信が切れる。無線機をしまい、俺は再度バイクを走らせた。
#4
暫くバイクで流していると、切りたった崖に一人の青年が立っていた。花束を抱えていて、片腕にはギブスをしている。
「何だろう?何か有るのか?」
何故だか分からないが、俺はバイクを降りて青年の居る方に歩いて行った。
青年が俺に気付いて振り向く。
「こんにちは。」
「あ…こんにちは。」
青年が見ていたのは、大理石で出来た慰霊碑。その周りには、花が綺麗に咲いている。
「慰霊碑…ですか?」
「そうみたい。僕は此処に来るのは初めてだからよく分からないけど。
それにしても…折角綺麗に花が咲いているのに、これだと波を被って枯れちゃうね…。」
何処か哀しげに青年が呟く。
「誤魔化せない…って事じゃないですか?」
「え?」
青年は不思議そうに俺を見つめる。
「花がどんなに綺麗に咲き誇っても…人は……また吹き飛ばす………。」
何だか…これ以上この慰霊碑も、周りに咲く花も見たくなかった。青年に背を向け、歩き出した俺に、
「そうかな?僕は…そうは思わないな。」
振り返ると、青年が微かに微笑んでいる。
「確かに…君の言う通り、人は吹き飛ばすかもしれない。だけど、人は守る事も出来るって…僕はそう信じたい。」
「そんなの…綺麗事ですよ。みんながみんなアンタみたいな人じゃないんだ!!
もう…戦争が起こってる…今この瞬間も人は死んでる!!」
気付いた時には遅かった。驚いた顔をしている青年を見て、自分に嫌悪感が沸いて来た。
「あ……済みません…俺…。」
「ううん、君の言う通りだよ。僕の言ってる事は、多分…馬鹿馬鹿しいくらいの綺麗事なんだと思う。
実際…僕は、今まで守りたいものを何一つ守れなかったからね。
二年前も…こないだのユニウス落下の時も…。」
自嘲する様に笑い、今まで持っていた花束を慰霊碑に置いた。
この人も…ユニウス落下の…被害者なのか…。それでギブスを…。
「あ…そういえば、自己紹介がまだだったね。
僕はキラ。キラ・ヤマト。」
「あ、そうでしたね。
俺はシン。シン・アスカです。」
「よろしくね、シン。」
「いえ、こちらこそ…」
これが…俺とキラ・ヤマトの出会いだった。
#5
それから暫く俺達は語り合った。キラさんは、復興支援をしながら世界中を駆け回ってる人らしい。様々な国で、様々な人達と協力し合ってる写真を見せて貰った。
みんな楽しそうに笑っている。俺は…もっと早くにこんな人に出会っていれば、軍に入らずに“こっち側”に居れたんだろうか?
「きっと…世界中があんたみたいな人だったら、戦争なんか起こらないんだろうな…。」
「それは買い被り過ぎだよ。僕は聖人なんかじゃない。僕だって、他人を傷付ける事は有るし、他人を憎む事だって有るよ。」
苦笑いしながらそれだけ言って、キラさんは腕時計を見る。キラさんの表情が固まった。そして…
「ああぁぁぁぁぁぁあ!!!?まずい、もうこんな時間だ!?」
「だ…大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫!此処から全身全霊を掛けて走れば、一時間で着く位置…遅刻じゃないか!?」
「とりあえず落ち着いて下さい。あの、俺…バイクで来てるんですけど、良ければ乗せて行きますか?」
そう聞くと、
「で、でも…そんなの悪いよ。初対面の人にそんな事をして貰うなんて…。」
「んな事言ってる場合でも無いでしょう。待ち合わせに遅れる方が大変ですよ。」
「でも…本当に良いのかい?」
「構いませんよ。“困った時はお互い様”…ってやつで。あ、行き先言って下さい。」
「ありがとう…。中心街でお願い。」
良し、中心街か。って事は、ひょっとしたらミーア達とかち合うかもしれないな。そういや…連絡取って無いけど、きっと大丈夫…だよな?
#6
「本当にありがとう。君のお陰で間に合いそうだよ。」
「いえ、気にしないで下さい。」
キラさんが深々と頭を下げて来る。正直、周りの目も気になってやたら恥ずかしい。
「ほ、本当頭上げて下さい。周りの目もありますし。」
「あ…ご、ごめん。感激のあまりつい……。じゃあ、僕はこれで。」
少し走り、俺に振り返る。
「まだ…何か?」
「ううん、何だか…君とはまた会えそうな気がする。またね、シン。」
「は…はい。」
そして、キラさんは人混みの中に走って行った。何だか、不思議な人だったな。
でも、オーブにもあんな人が居るんだな…もし、また会えるなら、今度はザフトとか…そんなの関係無く、一人の人間として会ってみたいな。
「……あ、ミーアの事すっかり忘れてた。とりあえず連絡連絡っと。」
無線機で通信開始…と。
『はぁい、シン。どうしたの?』
「いや、連絡取ってなかっただろ?少し心配になってさ。」
『アハハ♪シンってばちょっと心配し過ぎ。こっちは大丈夫よ。』
そっか…何もなかったか。ひとまず安心していると、不意に背後から目隠しされた。
「それに、此処に居るもの♪」
「まさか気付かないなんて…鈍すぎるわよシン。此処が戦場だったら、『俺…故郷に帰ったら結婚するんです』って言ってる奴みたいな死に方するわよ。」
「お姉ちゃん…例えが物凄く分かりにくいよ?」
……居た!?それ以前に、気付けよ俺!!振り向くと、ミーアが“してやったり”的な顔をして笑っていた。
それにしても…素の状態でルナやメイリンに偽物と悟られないとは…どうやらうまく言いくるめたみたいだな。
#7
結局、行く宛の無い俺達はミネルバに戻る事になった。すっかり元通りに戻ったミネルバを見て、「やっぱりオーブの技術は凄いものだ」と、改めて関心する。
俺は、一人食堂で遅い晩飯にありついていた。
「それにしても…随分高くついたな。タンホイザー定食って、何であんな高いんだ…。」
ミーアを押しつける代わりに、ルナにせがまれた代価。ミネルバ食堂の裏メニューだ。というか、戦艦の食堂で裏メニューってどんな了見で作ってんだ議長。
タンホイザーと言えば、ミネルバのカタパルト修復の際に艦長が「大気圏内で陽電子砲なんか使ったら大変だ」という事で、タンホイザーは高出力ビーム砲に換装されている。
「シン。今晩御飯食べてたの?」
来たのはメイリンにミーア。ミーアは、ようやく変装を解いて元のラクス様モードになっている。
「食いに行く暇なんか無かったからな。」
「駄目だよシン?ご飯は一日の要だってお母さんが…」
「その一日が、もう終わりそうなんだけどな。ていうか、それは朝飯じゃないか?」
「シン…ああ言えばこう言って…心配して下さってるメイリンさんに失礼ですわ。」
「痛い痛い!!飯食ってる時に耳引っ張らないで下さい!!」
いつもの如く、ミーアに耳を引っ張られる。今回、俺は何か悪い事したのか?してないぞ?
そういえば…そろそろ出航らしいからな。とりあえず料理を早めにかっ込み、食器を下げる。
「痛たたた…。メイリン、そういえば、出航はそろそろか?」
「うん、そうみたいだよ。何でも…オーブは……。」
メイリンの言葉を遮る様に、警報が鳴る。いったいどうしたっていうんだ?
『コンディションイエロー発令!コンディションイエロー発令!パイロットは至急、MSに搭乗して下さい!!』
まさか…連合が攻めて来たってのか?オーブに?いや…いくらなんでもそれは無い…いったい…何がどうなってるんだ?
PHASE10―END