PHASE13―行方―
#1
――オーブ首相官邸
ユウナさんが僕に頭を下げる。
「済まないね…キラ君。彼等の要求は君だったんだよ。君は…もう戦場に立つ必要なんて…」
「そんな…頭を上げて下さいユウナさん。大丈夫です…分かってますから。」
そう、ユウナさんはこの要求を断る事なんて出来なかった。オーブへの支援を切られれば、オーブ自然と“干上がる”から。
それに、例え支援無しでやっていけたとしても、連合には核がある。それを防ぐ方法は無きに等しい。
今のオーブはそれだけ脆弱なんだ。
「キラ君…ありがとう。では、オーブ軍の軍服だ…。」
軍服に着替え終わって廊下に出ると、アスランが居た。
「キラ…行くのか?」
「うん。オーブの為だから…僕一人でなんとかなるのなら、安いものだよ。」
アスランは何か言いたげに僕を見ている。多分、一緒に来ようとしているんだと思う。
「……駄目だよ?アスラン。君は、カガリを支えてあげて?それに…君には二度とザフトを討たせたくない。」
「そうか……。」
「そんな顔しないで?カガリまで不安になっちゃうよ?」
アスランの気持ちは分かる。ミネルバは、つい最近までアスランがお世話になっていた艦だ。それを討たないといけない。
だけど、今のアスランはオーブに居る。それが“答え”。
「キラ…お前は、それで本当に良いのか?」
「討ちたくないとか…今はそんな甘ったれた事は言ってられないよ。オーブの人達の為だから。僕はミネルバを討つ。
覚悟は…出来てる。」
戦争が終われば、みんな戦う事なんて無くなる筈。その為なら、僕は戦わないといけない。
二年前…“彼”に言った事だ。「守りたい世界がある」と。
「それじゃ。アスラン、ユウナさんとカガリをよろしくね。」
「待ってくれ。少し…聞きたい事があるんだ。」
「え?」
聞きたい事って、なんだろう?
#2
「どうしたの?いきなり。」
「キラ、お前はラクスと一緒じゃなかったのか?」
アスランが僕に問い掛ける。
「え?うん…二年前の戦いが終わって、僕はそのまま復興支援に行ったからそれっきりだよ。アスランなら知ってると思って、すっかり連絡してなかった。」
アスランの表情を見るかぎり、アスランだってラクスの行方は知らない様だ。でも、何でいきなりそんな事を聞くんだろう?
「どうしてるんだろうね、ラクスは。元気にしていれば良いんだけど…。」
「キラ、実はな…。プラントのデュランダル議長が、ラクスを捜しているみたいでな?」
デュランダル議長…?あぁ、聞いた事がある。どんな人かは知らないけど。カナーバ議長の後任の人だ。えーと…。
考え込んでいると、アスランが半眼で僕を睨んでくる。
「し、仕方ないじゃないか!テレビなんて見ていられる程暇じゃなかったんだから!!復興支援って、結構ハードなんだよ!!」
「それでも、少し眺める暇くらいあるだろうが…。まぁいい、ラクスの方は、ユウナ様に頼んで捜索して貰う事にしよう。」
溜め息混じりに額をおさえ、首を振るアスラン。実をいうと、子供達との遊びに夢中になりすぎて、テレビを見ていなかったという事実は伏せておこう。
言ったらまた睨まれちゃうと思うし。
「でも…少し妙だね?何でラクスは、急に音信不通になってしまったんだろう?」
今度は、アスランが何か考え込んでしまった。ブツブツと、何か呟いている。
「……いや、考え過ぎか…。デュランダル議長もそんな風には見えなかったしな…。」
「アスラン?」
「…あ!?いや、なんでもない。キラ、頼んだぞ…。」
変なアスラン。ラクスの事は気になるけど、今は連合に協力する事が先か…。
今はそれだけを考えよう…それだけを…。
#3
港に着いた。連合艦に、オーブの艦が停泊している。ユウナさんが気を利かせてくれたのか、やたら高そうなリムジンで送られた。
何だか、縮こまってとてもじゃないけどリラックスなんて出来なかった。だって、リムジンなんて乗ったの初めてだし。
…と、そんな事を考えている場合じゃない。これからオーブの為に戦いに行かなきゃいけないんだ…。
「……僕は…これで良いんだよね?フレイ…。」
もう、誰も喪いたくない。オーブの事より、アスラン達の事より…これが本当の動機だと思う。
僕は…自分勝手だ。そして、いつだって守りたいものなんか守れなかった。エルちゃんにフレイ…ムゥさん…トール。
「っ!?駄目だ駄目だ!後ろ向きに考えちゃ駄目だ!!まずは、出来る事から始めよう。」
……おかしいな?待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。でも、ロアノーク大佐もトダカさんも居ない。
うーん……。時間を守らないのはいけないと思うんだけど…来たら注意すべきかな?あ、でも…遅刻しそうになった僕に言う資格は無いか…。
「悪いな坊主。待たせちまったみたいだな。」
「あ、ロアノーク大佐…何かあったんですか?」
悪びれた様子の無いロアノーク大佐に、少し眉をひそめたけど、気付いてないみたいだ。
「さてと、んじゃさっさとミネルバを追うとしますか。坊主、準備は出来てるよな?」
「はい、持ち物は今持っている物で全てです。あの…ロアノーク大佐?」
「どうした?坊主。今更やめようったって、そうはいかねぇからな?ま、そんな風に考える様には見えねぇけど。」
一言多い人だな…。今更ながら気付いた事を聞く事にする。これは、どうしても確認しなきゃいけない事。
「あの…僕、骨折しててMSの操縦が出来ないんですけど…。」
ギブスをはめた腕を見せる。ロアノーク大佐が、固まったまま僕を見ている。何だかかなり気まずい。
#4
「それは…アレだ。あんまり突っ込むな。それとだ…坊主には、俺の艦に乗って欲しい。MSについては、怪我が治ってからでも構わんさ。
OSの書き換えとか、お前さんの得意分野だろ?」
OSの書き換え…か、確かに人より少し早く出来るけど、あれ以来キーボードすら触っていない僕に出来るかな?まぁ、それでもやらされるとは思うけど。
「それでも構いませんが…。僕に任せて良いんですか?オーブには、連合に反感を持つ人だって居ます。僕がその中の一人だという可能性だってありますよ?」
「お前さんは、そんな先の見えない行動をする馬鹿じゃないだろう?出来ないね。お前さんは、そんな事をすれば“どうなるか”分かってるだろ?」
彼の言う通りだ。もし、僕が軽率な行動を取れば、連合は矛先をオーブに向ける。連合には、叩けるだけの力が有るんだ。
オーブとの同盟だって、ただ確実にプラントを叩く為の確実性を取る為にすぎない。
「あなたは…卑怯だ…。」
「あぁ、俺は手段を選ばない男だよ。話はそれだけか?それなら、早く行くぞ?」
諦めて、僕は彼に着いて行く事にした。結局、僕には始めから選択肢なんて無かった。ただ、それだけの事だ。
矛盾している…自分で選んだ筈の道なのに、その道は半ば強制されている。
骨折も、実はもう殆ど治っている。またMSを駆って、命を奪う事になるだろう。
「あぁ、見えて来た。アイツが俺の艦だ。ま、あんまり長い付き合いにはなりそうにねぇけど…よろしくな、坊主。」
「はい、お願いします。」
握手を交わし、一隻の巨大な戦艦を見やる。連合の最新式の艦なのかな?凄く大きい。
そして、僕はその艦に乗り込んだ。
#5
――その頃、ミネルバ艦内
「オーブも敵に回ってしまったし…どうしたものかしらね。このままミネルバだけで進むのは、些か危険過ぎるわ。」
ブリーフィングルームは静寂に包まれている。それもそうだ、今は笑っていられる状況ではない。
オーブと手を組んだ連合に追い付かれれば、たちまちミネルバは墜とされるだろう。きっと、次は全力で潰しに掛かって来る筈だ。この前の戦闘はたまたま無事に済んだが、次にまたうまくいくとは限らない。何としても、他の部隊に支援してもらわなければ…。
しかし、話は簡単じゃない。元々、今のザフトに“蓄え”なんて殆ど無い。支援を求めるのも酷な話だ。
「……。艦長、自分に一つだけ考えがあるのですが。」
ハイネが立ち上がり、艦長を見やる。みんなの視線がハイネに向く。いったい、どんな案なんだろう?
地図を広げ、ある地点をマーカーで指す。……おい、正気かよハイネ…。指し示された地点、そこは、“難攻不落”のガルナハンだった。
多くの部隊が此処に手をこまねいている。
「ガルナハンです。此処には現在、相当数の部隊が配備されています。此処を墜とせば少しは余裕が出てくる筈…。」
「確かに…此処を墜とせれば、ある程度戦況が変わってくるわね。でも、あなた…勝算はあるのかしら?」
艦長の問いに、ハイネは不敵な笑みを浮かべ、一枚のディスクを取り出した。それを起動させると、ガルナハン周域の地図が現れた。
…ん?よく見ると、細かく何かが書いてある。
「この計画が成功すれば、ガルナハンは確実に墜ちます。ですが、リスクは非常に高いものです。
数日前の通信で送られたデータを元に作成しました。」
そうだ。数日前、通信が入って、ミネルバ隊に増援を頼んだ部隊が送ってきた物だ。なんでも、現地のレジスタンスが調べた物らしい。
#6
「これは…炭鉱かしら?」
「はい、連合軍はこれに気付いていません。それに…この炭鉱を通れば、ローエングリン砲台のほぼ目前に抜ける事が出来ます。」
確かに、此処を通れば難なく鉄壁の守備を抜ける事はできそうだ。しかし、この炭鉱…どうやってもMSなんか通れそうにないんだが…。どうやって?生身で行くなんて、そんな馬鹿な真似はしないとは思うけど…。
「まぁ、此処から先は現地に行かないと何とも言えません。本当に分の悪い賭けみたいなものですから。」
「そう、それでも…私達は行かなきゃいけないから、ガルナハンに進路を向けましょう。ハイネ、作戦はあなたに一任するわ。…以上、ブリーフィング終わり。各員、持ち場に戻りなさい。」
「ハッ…!」
ハイネの作戦…本当に大丈夫なんだろうか?分の悪い賭けって…不安ばっか残るなぁ…。
ブリーフィングルームを出て、自販機の前でとりあえずコーヒーを飲む。うーん…悩んでも、俺に作戦考えるだけの頭が無い事に些かガックリくる。
「シン、どうしたの?」
モップとバケツを持ったミーアが、俺の隣に座る。まさか、「自分の無能さに頭を痛めてました。」なんて言う訳にもいかず、少し返答に困る。
「何でもないよ。」
「嘘、顔にちゃーんと出てるから、私には分かるわよ♪」
笑いながらそう言うミーア。よりによって、ミーアに言われると思わなかった…。何だかヘコミそうだ。
「うるさいな。何でもないったら何でもないっての。そんな事より、こんなとこでサボタージュですか?余裕ですね?」
少し頭に来たので、ほんの少し厭味でも言ってやる事にした。すると、少しムッとした表情になり、半眼で俺を睨んでくる。
「ふ~ん?シンってば、折角人が心配してあげてるのに、そういう事言っちゃうんだ?」
「すみませんね。俺も口さが無いもんで。」
暫く睨み合ってると、向こうから歩いて来たメイリンが俺達の気まずい雰囲気を察知してUターンして行った。
#7
暫く睨み合っていた。だけど、お互いに不毛だと思ったのか、すぐにやめる。紙コップを握り潰し、ゴミ箱に放り投げる。
とりあえず、あんまり長く休憩してるとまたヴィーノ達に文句言われるからな。さっさと持ち場に戻るか。
「あ、シン。ちょっと気になったんだけど。」
「え?何がだよ?」
いきなりなんなんだ?まぁ、表情を見る限り、大した事ではないだろう。
「うん?大した事じゃないと思うんだけど、みんなが慌ただしかったから。どうかしたのかな?って思っちゃって。」
あぁ、そりゃ…これからガルナハンに向かってくんだ。慌ただしくもなるさ。嫌でもな…。
「シン?」
考えてる場合じゃないか…。俺に出来る事なんて、そこまで多くない。とりあえず、まずは…って………。
「ミーア。話を聞いてなかった俺も悪いと思うが、何もつねる事は無いじゃないか。」
俺が見やると、不満そうな顔で睨んでいる。というか、かなり痛い。手を払って、既に赤く腫れた頬を擦る。
「これから、少し…というか、かなり厳しい戦いになるんだ。だから、みんな少し苛ついてるんだと思う。」
「そうなんだ…厳しい戦い…。みんなが無事で済めば良いんだけど。」
苦し気に…少し考え込む様に、ミーアが呟く。ローエングリン砲が撃たれれば、みんな無事には済まないだろう。だから…だからこそ何としても討たないといけない。
そうだ…今のままじゃきっと俺は駄目だ。力が…力さえあれば、みんなを死なせずに済む。
「大丈夫…俺が死なせない。どんな敵だって、俺が全て叩き伏せてやるさ。」
そう言って、シミュレータに向かう。ハイネに付き合って貰おう。そう、俺が強くならなきゃ意味が無いんだ…俺が…。
PHASE13―END