W-DESTINY_第16話1

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:58:42

ハイネ・ヴェステンフルスは、クライン派の秘密工場があるとの情報を掴み、愛機のグフイグナイテッドで、その場所へと急行していた。ハイネの他にグフが4機とザクが6機、同行している。
やがて、目標のポイント、廃棄コロニー内の工場跡に到着する。その工場の中は広く、充分MSでの移動が可能だった。

「ここか……各自警戒を怠るな!」

2機のザクを外で待機させると、残りを率いてハイネは中に侵入を開始する。もしビルゴが起動していたら、すぐに逃げ出す様に指示を出しているが、本当に来たら生きて帰れる自信は無かった。

「アイツ程じゃ無いって言ってもな……こっちの攻撃が効かない事には変わり無えだろ」

ハイネは呟きを漏らす。彼はエピオンの存在を、その目で見ているからこそ、危険性を理解している。
エピオンを解析しようとして、搭乗したパイロットはハイネの友人だった。
結局、彼はゼロシステムと呼ばれるシステムの暴走で命を落としている。
しかも、テストに立ち会ったハイネは、危うくその友人に殺されるところだったのだ。実力ではハイネの方が、遥かに高いというのに、エピオンに乗る彼に手も足も出なかった。
そして今、別の脅威が目覚めようとしている。

「ふざけやがって!」

ハイネは苛立ちを抑えきれずに吐き捨てると、部下が何事かと反応する。
「隊長、何か?」
「いや、何でも無い」
ハイネは愚痴が多いと反省する。今回の任務では、人員を使えないため苦心していた。さらに今まで親しかった仲間でも、クライン派ではないかと邪推せねばならないため、人間不信に陥りそうでストレスが溜まる一方だった。
気を取り直して、工場跡の探索を再開する。今のところ本当にただの廃棄工場にしか見えず、無駄足を予感させた。
そして撤収を考えたその時、大型ビームの光が僚機を貫く。

「なっ!……まさか!?」

前情報として聞いていたビルゴの武装、ビームキャノンの砲撃を想像した。
だが……

「フン! 罠にかかったね」

ハイネは、聞き覚えのある声に眉をしかめる。
そしてハイネの前に、ユニウス条約により廃棄された機体、ドムトルーパーが現れた。

「ドムだと! ヒルダか!?」

目の前のMSの名を言うと共に、その声の主の名前を確認する。

「久しぶりだね。ハイネ」

肯定代わりの返事と共に、ヒルダはドムのギガランチャーの銃口をハイネのグフに向けた。

「悪いが死んでもらうよ。こそこそと探ってるアンタが悪いんだからね」

ヒルダは抹殺の宣言を行うが、ハイネはそれどころでは無かった。今は先に確認すべき事がある。

「なあ、ヒルダ……ドムだけ?」

ハイネは、今確認出来る3機のドムを見ながら質問する。もっとも、敵にそんな質問をするのは、常識外れも良いところだ。伏兵を隠しているとしたら、それを伝えるバカは居ないだろう。
だが、ヒルダは自信有り気に返事を返した。

「何、呆けた声出してんだい? そんなに驚いたのか、コイツを見て」

ヒルダにとっては、ハイネは強敵との認識が有るが、それでも自分のドムに圧倒的な自身があった。
そして、ハイネの呆けた声が、ユニウス条約で破棄された機体の登場に驚いていると思ったのだ。

「何だよ。驚かせんな!てっきりビルゴが出たと思っちまったじゃ無えか!」

しかし、実はハイネは別の意味で驚いていたのだ。絶対に勝てない存在が現れたと警戒したのだが、現れたのはドムである。廃棄されたとは言え、高性能なのは知っているが、それでもドムだったら、こちらの攻撃が効くのだ。

「まあ、お前だったら、どうとでもなる。悪いがラクス・クラインの居場所を吐いてもらうぜ」

ハイネは、喋りながら状況を理解していた。ヒルダがラクスの熱狂的な信者だった事を思い出したのだ。
そのため、探索している自分を始末しようと考えて、罠を張っていたのだろう。

「各機! ヒルダは俺がやる。残りの2機を引き付けろ!」

ハイネは部下を散開させ、3機のドムを迎撃する。グフよりドムの方が性能は上だが、実力は自分の方が上だとの自信があった。

「1対1で、勝てると思うのか!このドムに!」
「ドムにじゃ無え!お前にだ!」
「なめるな!」

ヒルダはドムのギガランチャーを発射するが、ハイネはそれを回避し、4連装ビームガンを放つ。
しかし、それはドムの腕から現れた光に遮られた。

「何!? ビームシールド!」
「このドムを甘く見るなよ!破棄された試作品とは違うんだよ!」

ハイネの知る情報では、ドムトルーパーには、ビームコーティングされたシールドを持っているが、ビームシールドなど、搭載されていなかった筈だ。それどころかビームシールドは、まだ試作段階でザフトでも現在開発中の2機に搭載予定されている段階の装備だった。

「まったく、何で悪の秘密結社のお前等が、そんな技術持ってるんだよ!?」
「あ、悪の秘密結社だと?」
「そうだろうが…狂信者ども!」

ハイネは一喝しながらスレイヤーウィップを振り、脚部を攻撃する。鞭はかすめただけで、脚部の装甲を砕いていた。

「さすがにPS装甲までは付いていない様だな」
「何だ!?この武器は!」

ヒルダは変幻自在な動きで迫る鞭の動きに戸惑っていた。回避したと思った先に攻撃が飛んでくるのだ。

「この狭い場所では、自由に避けられないだろ?」
「クッ!」

ヒルダは歯噛みして、悔しがった。
待ち伏せのため、狭い空間に陣取っていたが、この場所ではドムの高機動より、小回りの利くグフの方が有利に動けた。
さらに、グフの武器スレイヤーウィップが厄介だった。離れて射撃戦をするには狭すぎる空間なのだが、接近戦でドムのパワーを生かそうにも、ドムのビームサーベルより遠い間合いから変幻自在の動きで攻撃してくるのだ。

「さてと……これなら!」

ハイネが再びスレイヤーウィップを振るい、ヒルダを襲う。

「何度も通じると思う…な!?」

ヒルダは、上手く回避したつもりだったが、鞭は戻る際、大きく軌道を変え、ザクと交戦中の別のドムの脚を砕いていた。

「ぐあっ!……何だ!?」
「マーズ!」
「自分の心配は良いのかよ!」

ヒルダの意識が仲間の安否に向かった瞬間、ハイネのスレイヤーウィップがヒルダ機のギガランチャーを破壊していた。

「クソッ!ここでは不利だ!ヘルベルト! マーズ!外に出るぞ!」
「逃がすかよ!」

ハイネが逃がすまいと立ちはだかるが、ヒルダは多少のダメージを覚悟して、スクリーニングニンバスを展開しながら真っ直ぐに突っ込んできた。

「何!」

ハイネも驚きながら下がり、結果的に脱出する隙を与えてしまった。

「クソッ!他の奴は!……って、無理に決まってるか」

ヒルダ以外のドムも同様の手段で、逃げ出す事に成功していた。

「まあ、良いさ。追うぞ!」

ハイネは、すぐに頭を切り替え追跡にかかる。逃げるなら逃げるで、そのままラクスの元へと案内して貰うだけだ。
ハイネは部下を率いて、逃走するドムを追跡しながらコロニーを出た。
ヒルダは、追跡してくるハイネを見ながら、攻撃する手段を模索する。
すでにヒルダだけでは無く、他の2人もギガランチャーを失っていた。

「迂闊だった。あんな場所では、まさしくグフはドムの天敵だ」

マーズとヘルベルトの2人も、グフのスレイヤーウィップに苦戦したらしい。残りのパイロットもハイネには劣るが、この任務に選ばれた精鋭なのだ。

「だが、このまま、逃げるわけにはいかないんだよ!」

今回の待ち伏せはヒルダの独断で、ラクスの知らぬことであった。
彼女のためにと思ってした事だが、このまま戻ればファクトリーの場所が、ハイネに知られてしまうのだ。
ラクスだったら、それでもヒルダ達を救うだろうが、ヒルダはそれを良しとはしなかった。

「良いかい、お前等!何としてでも奴等を倒す!それが出来ないときは…」

自決する事を促そうとしたが、通信から別の声が遮る。

「そん時は、投降だな」
「ハイネ!」

ハイネの率いる部隊が、ヒルダたちの前に展開する。
そしてハイネが通告してきた。

「こっちも部下を3人も殺られてムカついてるんだ。だが、俺は紳士だから投降してきたら、丁寧に扱ってやるぜ」
「誰が投降など!」

ヒルダが怒りを滲ませながら、吐き捨てる。ハイネはそれでも冷静に対応を続けた。

「いい加減にしろ。アレがどれだけ危険な物か分からんのか!」

ヒルダは、その言葉に違和感を感じる。クライン派では、これまでザフトがハイネを使って、ラクスを追っているのは、自分達が強力な兵器を手に入れた事を嗅ぎつけたデュランダルが、それを我が物にするためだと考えられていたのだ。

「お前等は、何処まで知っている?」
「お前等が拾って喜んでいるのは異世界の兵器だ。この世界で使って良い物では無い」
「何だと!?」

ヒルダは驚くと同時に納得していた。あれが、この世界に常識を遥かに超えたものだとは理解していた。
だから、ファクトリーでは『神の贈り物』と呼んでいる。だが、ヒルダは神など信じていない。
異世界と言うのも信じがたいが、神よりはマシと思える。
だが、その言葉で、もっと大きな疑問が浮かぶ。

「何故、お前等はそんな事を知っている?……まさか、お前等も手に入れたのか!?」
「……質問タイムは終わりだ。無駄な抵抗は止めて投降してもらおうか」

ハイネは、正直に答えると、ヒルダが逆にザフトを危険視する可能性を考慮した。
ここで正直に、ビルゴより遥かに強いMSと、そのパイロットの存在を話せば、ヒルダがどの様な行動を取るか分かったものでは無いからだ。
それより、疑惑を持たせて、確かめるために投降してくる可能性に賭けた。
ヒルダは、一瞬だけ躊躇したが、大人しく捕まるわけにはいかないと判断する。
投降した後、自白剤を使ってでもラクスの事を聞いてくる可能性を考慮したためだ。

「投降は出来ない!」
「何で、あんな女に義理立てする!?」

ハイネにとっては、当然の疑問だったが、ヒルダには許せない暴言だった。事もあろうにハイネはラクス『様』を『あんな女』と言ったのだ。

「ラクス様を悪く言う気か!デュランダルの犬め!」

そしてハイネにとっても、ヒルダの台詞は許せない発言だった。
ハイネにとって、デュランダルは心からの忠誠の対象だが、決して犬呼ばわりは認めない。自分とデュランダルとの信頼関係の絆は、レイにも劣るものでは無いと信じている。

「犬にもなれない奴が何を言う!」
「何だと!」
「ラクスの犬はキラ・ヤマトだろうが!だったらお前は何だ!?犬にもなれない蚤か!?」

ヒルダは、その発言に激怒し、サーベルを構え突進してくるが、ハイネは、冷静に対応していた。

「甘いんだよ!」

ハイネは4連装ビームガンを放ち、ドムのサーベルを持った腕を破壊する。

「なっ!」

ヒルダは激情に駆られ、隙だらけだったと後悔するが、すでに手遅れだった。

「これ以上の問答は無駄だな」

ハイネは部下に合図を送ると宣言する。

「拘束させてもらうぞ」

その言葉にヒルダは目の前が真っ暗になった。それでも、これから取るべき道を選ばなくてはならない。
秘密を守るために自害するか、相手の秘密を知るために虎穴に入るか……

「何だ!?」

その時、一条のビームがハイネのグフの右腕を貫く。

「うわっ!」
「こっちにも!」

ヒルダの目の前で、ハイネの部隊のMSが、ビームの煌めきと共に、次々と手足を失っていく。
ヒルダの表情に生気が戻る。こんな事が出来るのは、自分の知る限り、いや、この世界で唯1人だけだ。

「キラ様!」
「何だと!」

ハイネはヒルダの声に、驚愕と、そして恐怖を覚える。ビルゴに気を奪われ失念したいた。さっき自分でその名前を言ったというのに。

「あれは、フリーダム!」

ハイネの前にゆっくりと一機のMSが近付いてきた。

「いや……」

近付いて来たMSを見て、違和感を覚える。そのMSにはフリーダムの最大の特徴と言える蒼い翼が無いのだ。

「違うのか」

そこまで言った時、何かが飛んできて、そのMSの背中に収まり蒼い翼のMSとなった。

「やはりフリーダム!それも強化型か!」

そのMSは細部は違うが、あのフリーダムと酷似していた。

「ヒルダさん。勝手な行動に関しては僕からは何も言いません。帰りますよ」
「お待ちください!この男はビルゴに関しての情報を持っています!ここは連行すべきです!」

ヒルダが、ビルゴの情報を得るために連行を主張するが、キラはビルゴの名前が出ただけで不機嫌になった。

「聞こえなかったんですか?帰ります」

ヒルダは通信機から聞こえる冷たい声に身震いを起こした。彼女はキラのビルゴに対する思いを知らないので、怒りの理由が自分の勝手な行動と判断していた。

「りょ、了解しました」

ヒルダは指示に従う事にして、残りの2人に退却を命じた。

「マーズ、ヘルベルト、引き上げるぞ」
「了解です」

マーズとヘルベルトは指示に従うが、マーズは今回は良い様に翻弄された事に怒りを感じていた。

「退却には従うが、こんくらいは良いよな」

マーズは退却の駄賃にとハイネ機にサーベルを振るおうとするが、斬撃の途中で、その腕が失われた。

「な!キラ様!?」
「まったく!」

キラは一声叫ぶと、ドラグーンを操作し、マーズのドムの四肢を破壊していた。

「どうして……」

ヒルダ達がキラの行動に驚愕していると、フリーダムが突然、何も無い空間にビームライフルの銃口を向けた。

「キラ様!何事です?」
「……いや、何でも無い」

キラは、暫く虚空を見つめていたが、気のせいだったと判断し、進路をファクトリーに向け、ヒルダ達を連れて飛び去った。
ハイネは成すすべも無く、黙って見送るしか無かった。
そして、グフの通信機に陽気な声が入ってくる。

「いよぉ!ハイネのダンナ!危なかったな!」
「まったくだ。俺とした事が奴の存在を失念するなんてな」

ハイネは、姿の見えない声の主が誰か知っているので、警戒もせずに応える。

「で、何処にいるんだデュオ?」
「何だ。気付いてなかったのかよ?」

すると、先程フリーダムが銃口を向けていた方向から、漆黒のMS、ガンダムデスサイズヘルが姿を現した。

「まさか!あいつは、お前の存在に気付いたのか!?」
「見つかってはいないはずだけどな」

デュオは、そう呟くが、ハイパージャマーで姿を消しているはずの自分に銃口を向けられて内心、驚愕していた。

「本当は、この後、追跡するつもりだったんだけどよ……何者だぁアイツ?」

デュオは、あのまま撤退するドムとフリーダムを追って、ファクトリーを叩き潰すつもりだったが、フリーダムに存在を感付かれて中止したのだ。

「フリーダムのパイロット、キラ・ヤマトだ。間違い無く、この世界で最強だろうな」
「アイツがか……どうりでね」

デュオはアスランから聞いた話を思い出す。コーディネーターの最高傑作。そして、それゆえに心を壊した若者。
その実力は、確かに圧倒的だ。何度やっても、ハイネでは勝てないだろう。

「なあ、だったらよぉ、殺っちまった方が良く無えか?俺のデスサイズだったら…」
「ダメだ!何度も言わせるな!お前等の任務はビルゴの破壊だけだ。それ以外ではお前らは使わん!」

デュオはコクピット内で溜息を付いた。アスランもデュランダルも頑固すぎると思うのが正直な感想だ。

「でもよ、実際に奴等がビルゴを所持してるのは明白になったんだぜ!だったら遠慮する事は」
「だからって、異世界の力を、こっちが、先に使うわけにはいかねえの!そんな事してみろ!
 ラクスを否定する資格を無くしちまうだろうが!」
「そんなにラクス・クラインが大事かよ?」

デュオは呆れる思いだった。デュランダルとハイネは、ラクスを止める事だけでは無く、ラクスを止めた後、如何にラクスを正すかまでを考えているのだ。

「ああ、大事だね。先の事を考えればラクスの存在は必要だ。これも何度も言ったぞ!」
「へいへい、わかりました。まあ、それは置いといてだな」
「ん?今度は何だよ?」
「何で、キラは手足しか狙わねえんだ?」

デュオは先程の戦闘でハイネのグフも部下のMSも、キラがそのつもりだったら確実に仕留められたのに実際は戦闘不能にしただけに止めたのを見て不審に思っていた。

「ああ、アイツは前からそうだったぜ。2年前の大戦の時からな」
「だから、何でさ?」
「知らねえよ。そんな事まで。噂じゃ人殺しは嫌だからって聞いたが」
「はぁ?何で、そんな奴が戦場に出て来るんだよ?」
「戦争を止めるためだってよ」
「いや、ちょっと待て!2年前の大戦って3つ巴だったんだろ!?」

それは、あまりにもおかしな話だとデュオは思う。デュオは条件しだいでは、戦場で絶対に殺す必要は無いとは理解している。
例えば、ゼロに乗ったカトルが暴走した時、ヒイロは殺すと決めたがトロワは殺さないと反対した。
その結果、カトルは生き残り、正気に戻れたのだ。自分でもそうするだろう。
今回のハイネを殺さない事でも、向うはハイネの気持が変わって、味方してくれる可能性を考えたのかも知れない。その可能性が限りなく低くてもだ。
だが、3つ巴の戦いで、そんな真似をしては、自分が戦闘能力を奪った相手が生き残れるかは分からない。
また、生き残れたとしても、戦場で取り残された恐怖から、逆に憎悪を持ちかねないのだ。
そうなったら、憎む相手が戦争を止めるなら、逆に戦争を継続したいと考える人間が出て来かねない。

「そうだな。実際にフリーダムの通った後は、無力化した敵がいるから撃墜数を稼ぐチャンスだって冗談を言う奴もいたな。その分フリーダムに遭遇する危険が増えるから諸刃の剣ってオチが付くが」
「だよな。マジで何考えてんだ?」
「俺が、キラ・ヤマトの気持なんか理解出来るか。機会があったらアスランに聞くんだな」
「そうするか……でも、当分は会えないよな。向うは当分は宇宙には戻らないだろうし、こっちが地球に行く事も無いだろうよ」

デュオは、そう呟くが、この後プラントに戻ると、デュランダルからハイネの代わりに護衛を頼まれ、地球に同行する事になるとは思ってもいなかった。

キラはファクトリーに到着すると、MSを降り、ヘルメットを脱いで息を付く。
久しぶりの実戦だったが、上手くやれたと評価していた。
そして、先程まで乗っていたMS、ストライクフリーダムを見る。その目には嫌悪感が漂っていた。

「ご無事で、キラ様。ストライクフリーダムは如何でしたか?」

すると、小太りの技術者が声を掛けて来る。

「ええ、良い動きです」

冷たい気の無い返事を返す。実際に以前のフリーダムより、動きは良かった。

「やはり!イケル!と思ったんです!」

キラの態度に気付かずに、はしゃぐ技術者を無視して、キラは部屋へと向かう。キラはストライクフリーダムも、これを作った技術者にも好感を持っていなかった。
この技術者は、キラのことを不殺の英雄と賞賛しておきながら、作った機体にはアビスのものよりも高出力のカリドゥスを付けるなど、最初はバカにしているのかと思ったくらいだ。
アビスのでさえ戦艦を一撃で壊せる威力なのに、それ以上の威力の武器を与えるなど、必殺を要求してるも同じ事だ。
更に、ドラグーンは使い勝手が良いが、地上では使えない装備だった。だがラクスの今後の予定は、ビルゴの起動に成功したら、地上に降りて戦争を止める事なのだ。
その事を踏まえると、キラはビルゴが動いたら用無しだと言われているみたいで腹立たしかった。

(威力の高い武器を付けるなら、ビルゴを破壊出来る物をつけてよ!どうせ出来ないだろうけど)

キラは自分らしくないとは思いつつも、毒づかずにはいられなかった。

「キ、キラ様……」

キラが不機嫌さを隠そうともせずに歩いていると、ヒルダが2人の部下を引き連れ、恐る恐る声を掛ける。

「こ、この度は、申し訳ありませんでした!」

キラは彼等を見て、更に気分が悪くなった。自分が戦闘不能にして無防備になった相手を討とうとしたのだ。
その行為は、自分の不殺という行動を嘲笑わっている気がした。
彼等と話をして、怒りの感情を抑える自信が無かったが、出来るだけ冷静に対応する。

「何がです?」

キラは、彼等が何を謝っているか判断しかねた。謝罪しようとする理由は2つ程、思いつく。
1つは、無断でザフトの捜索隊を罠にかけ、なおかつ敗れそうになった事。
2つ目は、キラが戦闘不能にして無防備になった相手を殺そうとした事。

「そ、その……」

キラの冷静な態度に逆に怯えたのか、歯切れが悪く、先を続けなかった。

「用が無いなら行きます」

キラは、冷たく突き放すと、その場を立ち去った。これ以上、ここには居たくなかった。

キラは部屋に戻ると、バスルームへと向かい、シャワーを浴びる。
宇宙では、水は貴重品だが、ラクスとキラの部屋には自由に使える様になっていた。
だが、2人とも必要以上の贅沢はしないタイプなので、キラは普通のパイロット同様、軽く汗を流してバスルームを出る。すると、何時の間にか部屋にいたラクスが声を掛けてくる。

「キラ、お帰りなさい。戻ったのなら一声掛けてくださればよろしいのに」
「ごめんね。ちょっと汗をかいたから」
「そんな事、気になさらずともよろしいのに」

ラクスは拗ねたように呟く。最近までは、ラクスが汗を拭き、身を清めていたのだ。

「ところで、義手の調子は如何ですか?」
「ああ、全然違和感が無いよ」

キラは右手を動かしながら答える。キラのために用意された義手は、本物の腕とほとんど変わりが無く、痛覚もあるし、皮膚も傷の治療に使われる人口スキンのお陰で、継ぎ目さえ見当たらなかった。

「動きの方も大丈夫ですか?戦闘で上手く動かなかったらと心配しておりました」
「それも、大丈夫だったよ」

そう良いながら、ラクスの髪の毛を掬う。

「ラクスの身体で試したお陰でね」

その言葉を聞いてラクスが顔を赤くする。義手が出来てからの激しい情事を思い出したのだ。

「よ、良かったですわ……不機嫌そうだと聞いたので、もしかしたらと思ったのですが」
「心配かけてゴメンね」

キラは、そっと抱きしめながら呟く。その態度も声も先程までとは別人の様だ。いや、本来のキラに戻っていた。
今、キラが彼らしくいられるのは、ラクスの前だけだった。今のキラにとって、世界は愛するラクスと、それ以外はラクスを害する、又は利用する敵の2つしか存在しなかった。つまりラクス以外は全て敵。

「キラ……彼等を怒っているのですか?」

ラクスが心配そうに呟く。最近のキラが自分以外の人間に冷たい事を気に病んでいた。

「そんな事は……」
「確かに、彼等は過ちを犯しました。無断で戦い、危うくここにいる皆を傷つけるところでした」
「そんな事は気にしないよ。全然平気」

キラは心底そう思っている。もし、ここがばれたら、ラクスと2人で逃げれば良い事だ。むしろ、そうしたいくらいだ。ここにいたら、何か良からぬ事になりそうな気がする。
だが、それを言ったらラクスに嫌われるかもしれない。それは避けたかった。
キラはラクスを抱きしめながら、この温もりのためだったら、どの様な事も耐えられると決意していた。
しかし、言葉にしなければ人の心は伝わらない。現にラクスはビルゴに怯えていた。逃げ出したいとさえ思っている。
ビルゴを見ていると声が聞こえる気がするのだ。最初に見たときから聞こえた。ビルゴを否定する声。
そして、それが誰の声か、もう分かっている。

(バルトフェルド隊長……何故、いけないのですか?)

バルトフェルドは、憎しみの連鎖、果ての無い殺し合いが嫌でラクスに協力したはずだった。
それなのに何故、ビルゴを否定するのか分からない。ビルゴが単なる無人機で自分と仲間の身の安全だけ考えた兵器なら否定されても仕方が無いとは思う。自分は安全な場所に居て、相手を殺すなど、人として
唾棄すべき行為だ。だからこそ、ラクスもバルトフェルドも戦場では、危険と知りつつも前に出た。
だがビルゴは相手を殺さないようにもプログラム出来るのだ。ビルゴを使えば、憎しみの連鎖からも果ての無い戦いからも開放される。

(それなのに、何故?)

そうは思っても答えは返ってこない。何故なら死人が喋るなどありえないからだ。
だからこそ、バルトフェルドの声は幻聴だと分かっている。
今の怯えは自分の弱さだ。ビルゴが何となく気に入らないから死人の所為にしているのだと判断する。

「キラは、優しいから、目の前で人が死ぬのが嫌なんですよね」
「え?……優しいかどうかは分からないよ。でも人には死んで欲しくない」
「やっぱり、キラは優しいですわ」

ラクスはキラの不機嫌さの理由をキラの目の前で、彼等が殺人をしようとした事と判断していた。
そしてラクスはキラに抱きしめられながら、ビルゴが動いていればと思う。
ビルゴならマーズの様な事はしない。きっとキラも満足してくれるだろう。
自分の好き嫌いの感情だけで、ビルゴを否定したら、その分キラが苦しむのだ。
だから、ラクスは自分の感情を抑えキラのためにもビルゴの起動を急がせようと決意していた。