W-DESTINY_第23話2

Last-modified: 2007-11-10 (土) 22:03:03

深夜に入り、ジブラルラル基地が目前まで近付いた頃、ミネルバの医務室では軍医が溜息を付いていた。
「何だこの濃度は?もう1人の方の少なくとも2倍、ものによっては4倍以上か」
マユから採取した血液には、不純物……肉体の強化に使われたであろう薬物の成分が大量に混ざっていた。
その効果はまだ解らないが、この少女がもはやコーディネータですら無い、一種の怪物に成っていると想像させた。
その想像に至ったモノに目を移す。奇怪な掌を持つ義手。
「ん?」
すると軍医の耳に奇妙な音が入ってきた。布を擦るような、皮を引っ張るような音。
軍医はもう一度溜息を付く。何度か耳にした音だったからだ。
「無駄な事を」
誰に言うでも無く呟いた。この音は拘束された者が無理矢理に拘束具から抜けようと暴れている音だと察した。
こうした手合いに注意するのは無駄どころか、喚き散らすだけなので放置するに限ると聞こえないフリをする。どうせ次は、放せだとか、ここから出せだの叫び始めるだろうと考えていた。
しかし、聞きなれない音が聞こえてきた。布を引き裂くような音。そして限界まで引っ張られた皮が千切れ飛んだような音。
「………………」
自分で出した予想に首を振る。何故なら有り得る筈が無いのだ。人間が拘束具を引き千切るなど。
だから空耳だと自分に言い聞かせる。
まだ続く布を引き裂く音も空耳だ。皮が千切れ飛んだような音も空耳だ。
「………………」
音が止んだ。自分は正しいと言い聞かせる。
「……―っ!」
今度は足音が聞こえる。そしてそれも空耳だと言い聞かせる。近付いているが空耳に決まっている。
ほら止まった。もう聞こえない。ちゃんと“真後ろまで近付いた後”に音は止んだ。
そして、自分の首に何かが触れる。それは小さな、可愛らしい手に似ていた。
「マユの腕はドコぉ~?」
これも空耳だ……そう思いながら軍医の意識は途絶えた。

「ここは……?」
シンが目を覚ますと見慣れた天井が目に映った。
自分とレイの部屋だと認識するまでに、そう時間は掛からなかったが、頭がボンヤリする。
精神安定剤は、その効果を発揮し、シンの思考能力を奪っていた。
「……起きよう……」
幽鬼の様に起き上がると、自分がシャツとトランクスしか身に付けていない事に気付き、横にあったズボンを穿くが上着は見当たらない。
「……まあ、良いか……」
そして、自分が何をしたかったかを考える。何か重大な事があった気がする。
尋ねようにもレイの姿は見当たらず、聞きようが無い。
「……食堂かな?」
ボンヤリと呟くと部屋から外にでた。
歩きながら、何となく息苦しさを感じる。鼻の通りが悪いと思い、鼻を擦ると激痛が奔った。
「痛っ!……あ?」
その痛みがシンの意識を回復させていく。そして記憶を取り戻していく。
鼻の痛みの原因。マユに投げつけられたヘルメット。
マユが自分に恨みを持っている。憎しみを向けてきた。
マユが生きていた。マユは死んでいなかった。
「マユ!」
シンの意識が完全に覚醒した。妹への思いが、精神安定剤の効果を上回っていた。
しかし、同時に身体が竦み始めた。

――妹を抱きしめられない人間にはならない――

ゼクスとの誓いが脳裏に蘇る。その言葉はシンにとっての支えだった。見苦しく無い生き方をしようと心掛けていた。だが……
「隊長……もう手遅れだったみたいです」
シンは力無く呟くと、再びフラフラと歩き始めた。マユに会う資格が無いなら、せめて一目ステラに会いたいと思い、監禁室に足を向けた。

義手を付けながらマユは、状況の整理を行っていた。
現在はミネルバに囚われの身。第一目的は脱出する事だが、ステラを見捨てるのは論外。よって彼女を救出後に共に脱出。
それが最低条件だが、そもそも今回の戦闘の目的はアスラン・ザラの抹殺だ。出来れば、それを果たしてから脱出するのが望ましい。
しかし問題がある。アスラン・ザラは意外と格闘戦に長けている。簡単には行かないが、自分より強い訳では無い。それよりも問題は一緒にいた男だ。彼が側にいる限り、アスランの抹殺は難しい。
そして、もう1つの目的のアウルの仇を取ること。つまり、シン・アスカを殺す。
「……許さない」
シンへの憎悪を口にして、決意を露にする。
そして、ドアに目を向ける。まだ、中の事態には気付いていないが、ドアの外に見張りが居る。
気配から、人数は2人だから倒すのは簡単だ。しかし、その後の増援、特に五飛が来られては拙い。
「どうする?」
自問自答しながら、時間が無い事に焦りを覚える。あまり長く悩んでると、マユの行動がばれてしまう。
その時、ふと気付いた。自分はこんな真面目に悩みながら作戦を考えていただろうかと。
そして失神させた医師を見る。何故、失神させたのだろう。以前の自分なら殺しているはずだ。
「甘くなってる……違う……そんなんじゃ無い」
甘さを捨てようと医師に止めをと一歩踏み出すが、首を振る。失神した相手にワザワザ止めを刺す……
こんなのは自分のやり方では無い。
マユは自分のやり方を思い出す。ステラたちと出会って消えていった狂気を呼び戻す。
敵討ち? 戦闘の目的?つまらない。そんな真面目に戦っても苦しい…もとい、面白く無い。
これはゲームだ。囚われの姫ステラを救い出し、ミネルバ城から脱出するゲーム。
そして、このゲームの面白さは2つある。1つはボーナスポイントの存在。2人のターゲットを殺せばポイントアップ。1人はミネルバ城の主アスラン・ザラ……ゲームっぽく命名デコキング。もう1人はシン・アスカ……アスランを守っていたからデコナイト。この2人を出来ればやっつける。
そして、もう1つの面白さがマユ……ゲームの主人公が倒せない敵の存在。この敵……命名デコ魔人は主人公より強いから遭遇したら逃げ出さなくてはならない。実にスリリングなゲームだ。今までの簡単に敵を倒してきたゲームとは一味違う。
そこまでゲームルールを考えるとマユの顔に笑みが浮かぶ。狂気の笑みが。
「デコデコ・クエストぉ~開始♪」
即興で考えたゲーム名を口にし、ドアを開けると見張りの兵を右手の爪で切り裂き、即座に殺す。
狂気のゲームがスタートした。

シンは監禁室の外から眠るステラを見詰めていた。声を掛けて起こしたい誘惑に駆られるが、彼女が敵意を向けて来たらと思うと、その勇気が出なかった。
戦闘の前は、その敵意を受け止める覚悟でいたが、マユの存在が、シンからその覚悟を粉砕してしまった。
「……どうしたら」
そう呟いた時、ステラの身体が少し動いた。そしてゆっくりと目が開いていく。
「―っ!」
シンは咄嗟に、その場を離れる。まるで怯えるように、会いたいと、救いたいと願っていた相手から逃げ出してしまった。
「ん……?」
ステラは目を開けると、シンの姿が見えた気がした。ディオキアで出会った愛しい相手に。
だが、眼の前に広がるのは見覚えの無い殺風景な部屋の光景だった。ここが何処かと頭を巡らすが、麻酔の効果は切れておらず、再び睡魔に引き込まれる。
「シン……会いたい……」
そう呟くと、睡魔に引きずり込まれ、再び目を閉じ、夢の世界へと向かった。夢の中でシンと出会えることを願いながら。

「何で……逃げるんだよ」
シンは走って逃げた後、自室の近くまで来て立ち止まった。そこで息を切らしながら自問する。
例え恨まれても耐えるなど言っておきながら、現実はこうだった。
「クソッ……」
膝を付き、涙が出そうになるのを我慢する。何故こうなったのだろう?何がいけなかったのか?
後悔しようにも、いくら考えても答えは出ない。
どれくらいそうしていただろうか、後ろから肩を突付かれた。
「ん?…っ!」
「デコナイトはっけ~ん♪」
「マ…―!」
その相手の名を呼びかけたところで、左手で首を掴まれ持ち上げられてしまう。
その腕力に驚愕する。さらに右手の鋭い爪が自分を切り裂こうと狙っているのが分かった。
「ポイントゲ~ット♪てぇ訳で、死ん……え?」
マユの視線が、ある一点に止まると硬直して動かなくなった。シンの胸……そこにはステラと同じペンダントが鈍い光を放っていた。
「……そのペンダント……ステラと同じ」
マユは首の拘束を緩め、声が出るようにする。そして震える声で質問する。
「ねえ……ディオキアでステラと会ってたのって、お兄ちゃん?」
「え?……そうか……ステラが怯えていたマユって」
シンはステラとの出会いの原因とも言えるマユという少女が、自分の妹だという事に気付いた。
しかしマユは、シン以上の衝撃を受けていた。
「じゃあ……あの笑みは……」
ディオキアへ行くまではステラはマユに怯えていた。しかしディオキアに居る間に怯えは消え、ステラから“ディオキアでの記憶が消えた後”からマユに愛情を向けるようになったのだ。
「マユは……代わりなの?」
ステラの愛情はマユではなく、封じられた記憶にいるシンに向いていたのだと……マユはシンの姿を重ねられていただけだとマユは気付いた。
「ヤダ……絶対にヤダ!」
マユは絶叫すると、シンを投げ捨て、壁に叩きつける。
「何で!何でアンタが!アンタだけが!」
マユはシンを兄とは呼びたくなかった。そして認めたくなかった。ステラの笑みが自分ではなくシンに向いていた事を。シンが自分より愛されている事を。
「そこまでにしてもらおう!」
銃を構えた男に言われ、マユはその男を睨みつける。
「何よ?……この優男」
「エレガントなお兄さんと言ってもらおうか、乱暴なお嬢さん」
「レイ?」
レイはマユが少しでも動いたら引き金を引く覚悟を決めていた。
部屋に戻ったらシンが居なかったので、慌てて探し始めたらこの状況だ。いくらシンの妹でも、レイは友人を傷つける相手に容赦する気は微塵も無かった。
「邪魔を……するな!」
こちらに向かってきたマユに弾丸を放つ。
だが、レイの誤算は眼の前の少女が、化け物という認識が不足している事だった。
「何!?」
マユは弾丸の軌道に右手を広げて防ぐと、走りながら横蹴りを打ちレイを吹き飛ばす。
「邪魔だと言ったでしょうに!」
レイに止めをささんと右手の爪を構える。
シンは、その光景に恐怖した。妹が親友を殺す。それを止めたくて体が動く。叫び声が出る。
そして、頭の中で何かが弾けた……あの時のように。
「え?」
マユは、突然の違和感を感じ、身体の動きを止める。スエズで感じた温もりが身を包んだ。
その温もりが流れてくる方向に目を向ける……拳だ。拳が目の前に近付いてきた。
「うおぉぉぉぉぉ!」
それが、シンが気合と共に放った右のパンチだと気付いた時は鼻血が出ていた。
「シ、シン! 止めろ!」
レイが慌てて止めるが、シンは聞く耳持たずで、全体重を乗せた右の追い突きをモロに喰らい、鼻血を出しながら膝を崩したマユの髪の毛を掴むと倒れるのを止める。
「居るわけが無いんだ」
左手でマユの髪の毛を掴んだまま、空いてる右の拳を少女の顔に叩き込んだ。
「マユは死んだんだよ!」
「シン! 何をしてるか判ってるのか!」
「マユは生きてちゃダメだろうが!」
狂気の笑みを浮かべて、シンは妹を殴り続ける。シンの心に流れ込んでくる冷たくて残酷な世界が教えてくれる。この苦しみの原因を。そもそもマユが出てこなければ良かったのだ。そうすればステラを説得して全ては丸く収まったはずだ。それが、この死に損ないが現れた所為でおかしくなった。
だから元の正しいあり方に戻す。マユが生きていなければ良いのだ。
「シン、本気で言っているのか?」
「ああ、本気だ…」
そこまで言った時、マユの左手がシンの右手首を掴んだ。シンは動きが止めれれただけでは無く、手首が握り潰されそうな痛みに苦悶の表情を浮かべる。
「ぬるい攻撃……全然効かないなぁ~」
それだけの力で手首を握っているマユは、たいした力を入れている様子も無く淡々と話しかける。
「お兄…アンタだったんだ……この暖かいものの正体は」
「は?……」
そこまで言われてシンも気付く。自分に流れてくる恐怖や絶望の感覚がマユから来ているのだと。
「じゃあ……これって……?」
「わかるよ……アンタの2年間が……随分と楽しかったみたいだよね」
「こんなの……こんな苦しみって……マユは……何をしてたんだ?」
「ただのモルモットだよ。強化人間を作るね。色んな注射をされてた」
「そんな……嘘だろ?」
「ホントだよ。だからさ……こんな事も出来るの!」
「~~~~!」
シンが声も出ないほどの痛みを感じたとき、マユの握る手首から骨の砕ける音がした。
「脆いよね。人間の骨って……マユとは大違い」
義手の方では無く、生身の手で骨を握り潰したのだ。自分とシンの違いを分かりやすく見せ付けるために。
次いで、シンの頬を右手の爪で撫でると、大きな傷が出来上がった。
「シン! その手を放せ!」
マユはシンを心配する男を睨みつける。
「なんで?……なんでマユは誰も助けてくれないのに、アンタは……そう言えば2年前もそうだった」
「2年……前?」
「あの時だって!マユが苦しんでるのに、お兄ちゃんは泣いてるだけで助けてくれなかった!
 それだけじゃ無い!泣いてるお兄ちゃんは優しそうな軍人さんに連れて行かれたのに、マユは!」
「え?……見てた…のか?」
それはシンにとって忘れられない出来事。“無残な家族の亡骸”を見て足が竦み、動けなくなった。
己の弱さを思い知らされた悪夢。あの時マユは生きていたのだと知った。
「お兄ちゃんは優しそうな軍人で、マユは銃で突付かれ荷物の様にトラックに詰まれた! その後は!
 ……何でよ……なんでこうも違うの!」
シンの胸元に右手を添える。爪を立て肉に食い込ませる。
自分が苦しんでいる間、兄は友人に囲まれ幸せに生きていた。嫉妬と言うには生温い怒りが身体を支配する。兄が生きていたのは暖かくて優しい、助けを呼べば助けてくれる世界。それに比べ自分は絶望から逃れるために狂気に身を落すした無かった。
「アウルを……そして今度はステラまで!」
そして、狂気から救ってくれた人達……アウルを殺し、その上ステラまで奪おうと言うのか?
怒りと共に右手を振りぬく。シンの胸から腹に掛けて大きな傷が奔り血が飛び散った。
「渡さない……ステラは絶対に渡さない!」
悲鳴を上げる兄を見ながら、更に左膝の内側を斜めから踏み潰した。シンの足から骨の砕ける音が響く。
その時、マユの聴覚と嗅覚が注意すべき人間の足音と匂いを感知した。そのままレイを睨みつける。
「今は殺さない……その前に、お兄ちゃんの大切なものを奪ってやる」
レイは、その殺気に身を竦ませる。そしてシンの叫びを聞きながら次は自分だと覚悟するが、マユはシンを投げ捨てると、その場を立ち去った。
「シ、シン……シン!」
我に返り、シンの元に駆け寄る。友人の無残な姿に血の気が引く。だが気力を振り絞り応急手当を行い始めると、脇を1人の男が駆け抜けた。
「気付いていたのか?……あの人が近付いてきてるのを」
レイは自分が助かった理由を知り、何も出来なかった自分を責めていた。

マユは駆けながら、ステラの匂いを探る。後ろから五飛が追ってきてるのが分かっているから、アスランは諦めてステラと共に脱出する事に専念する。
「あ!」
ステラの匂いがする。その方向に進みながら、心のどこかで笑う。自分が主を追い求める犬みたいだと。
しかし、それでも構わなかった。無様でも何でもいい。あの柔らかさと温かさに包まれたい。
その欲求にしたがい、やがてステラが監禁された部屋まで辿り着いた。
「ステラ!」
ドアのノブに全力で右の爪を叩き込むと、ノブが抉れてドアが開いた。
そのまま中に入り、静かに眠るステラを抱きかかえる。ワザワザ脈を調べるまでも無く、ステラの心音と呼吸が聞こえる。そして腕の中には確かな温もりがあった。
「帰ろう……スティングとネオが待ってる」
早くしないと、すぐ側まで五飛が迫っていた。このままでは追い詰められる。
ステラをしっかりと抱え、今度はMSデッキに向かった。すでに警報が鳴り響いているが五飛以外なら倒すのは造作も無い。
「止まれ!」
やがてMSデッキに来ると銃を構えた兵士が並んでいた。しかし、それを無視して脱出に使うMSを物色する。
「構わん、撃て!」
そして弾丸が放たれるが、マユはそれを回避しながら1つのMSに目を付けた。マユが一番強そうだと思ったMSは、彼女の目の確かさを証明していた。それはマユが気絶している間に彼女を倒したMSを一蹴したMS、アルトロンだった。そして、飛び跳ねるようにコクピットに滑り込む。
「……何よ……これ?」
だが、内部に入り、コクピットの内部を見て絶句する。今までに見たことが無い操縦系統。どれがどのスイッチかも判らない。
「……え~と……もう!」
だがゆっくりと調べる時間も無く、癇癪を起こして内部の機器をレバーもモニターも纏めて右手の爪を叩き込み破壊すると、コクピットを降りる。
「貴様ぁぁ―!」
その時、怒りの声と共に五飛が現れた。彼はマユが愛機から降りてきたのを見て、頭に血を上らせた。
「来た!デコ魔人!」
「誰がだ!」
マユは脱兎のように逃げ出すと、確実を帰すためガイアのコクピットに乗り込み、急いでハッチを閉めた。
「間に合った」
目前まで迫った五飛の鬼のような形相が見えなくなって、ホッと溜息を付いた。
「ん……マユ?」
その時、ステラが目を覚まし、辺りを見回す。マユはステラに抱きつきたい衝動を堪え、ステラの身体を脇に押しやった。
「ゴメン、今忙しいの、逃げてる最中」
「うぇ?」
そしてOSを立ち上げ、ガイアを起動させると、脱出のために武装とグゥルを探す。
「ライフルは、インパルスのが使えるはずだし、グゥルは……あった」
「小娘ぇぇぇぇ!」
五飛がアルトロンのコクピットを覗き込んで叫んでいるが、今は構っていられない。インパルスの予備のライフルを取り、まずは脱出のためにカタパルトへのハッチを破壊すべくビームを放つ。
「よし……それじゃあ」
ハッチの破壊を確認するとグゥルに向かう。その途中でグフが1機起動した。
「逃さん!」
ゼクスはグフに乗り込むと、ガイアを捕獲せんとスレイヤーウィップを振るった。
「チッ!……邪魔!」
スレイヤーウィップを避けながらビームライフルを放つ。
「ここでは拙いな」
ゼクスはこの場所で戦えば、ミネルバが危ないと躊躇するが、マユはお構いなしだ。むしろ壊すべきだ。
「そらっ!とっとと消えな!」
ライフルを撃ちまくるのを見て、ゼクスは決断する。長引かせるより一気に仕留めるべきだと。
ビームソードを取り出し、ガイアに踏み込む。
「そんなもので…なっ!」
マユは迎撃のために放ったビームを避けられ、しかも続いて直撃はさけたもののビームソードの一閃でライフルを失った。
「逃すかっ!」
ゼクスはなおも踏み込みビームソードを振り回す、マユは通常の腕では無いため操作に狂いが生じ、シールドを斬り飛ばされバランスを崩す。
「くぅぅ!…」
眼の前にビームソードが迫る。そしてマユは咄嗟に近くにあったMSを盾にした。
「え?」
だが、その苦し紛れの行動はマユにとっても意外な結果をもたらした。ビームソードが砕かれたのだ。
「コイツ……あのMS」
マユは手にしたビルゴを見て呆然と呟いた。
「このMS、馬鹿みたいに軽い……一番大きいのは?」
マユは、辺りに転がるビルゴの中から一番大きい……損傷の少ないものを見繕う。
その中から、1機を選び出し盾にすると、そのままグゥルに乗り込む。
「待てっ!」
ゼクスは慌てて止める。連合にビルゴを渡すわけにはいかない。
だがスレイヤーウィップを振るったとき、マユはビルゴを前にして体当たりを敢行し、ゼクスのグフを吹き飛ばすと、すぐさまグゥルを発進させミネルバを飛び出した。
「チィッ!……こちらゼクス、ブリッジ聞こえるか!」
『ハイ、聞こえます』
「ジブラルタル基地に連絡を! おそらくここからアイスランドに向かうはずだ。基地の北側にMSを展開させ絶対にガイアを逃すなと伝えろ!私も追う!」
『了解!』
そこまで言うとゼクスはグフを発進させた。
ミネルバから出ると、艦砲射撃を避け、或いはビルゴを盾にする事でガイアはミネルバから離れていく。
「逃がさんと言ったぞ!」
ゼクスも4連装ビームガンを放ち、追撃する。最大速度はミネルバよりグゥルが上だが、このスピードではエネルギーが持つまい。そう思っているとガイアのPS装甲がシフトダウンした。
「バッテリー切れには早過ぎる……思い切った事をやる!」
ゼクスは、マユが燃料節約のためにPS装甲をシフトダウンさせたことを察すると気を引き締める。
敵は攻撃の意思はほとんどあるまい。あくまで脱出に専念する気だ。
そうなれば、相手の技量から簡単には落せまい。
「だが、好きにはさせんよ……メイリン、連絡はどうなった?」
『ハイ、グフを7機、バビを4機、緊急発進させるそうです。充分に間に合います』
「そうか……さてと」
そして、ゼクスはガイアの中に居る人物に思いを馳せた。あの中にはシンにとって大切な相手が乗っている。出来れば落としたくは無いが……
「だが、ビルゴが連合に渡る事を考えれば……出来る限りの事はするが、もしもの時は許せよシン」

「バッテリーが……」
マユはコクピットの中で暗い顔をする。振り切りさえすれば、ペースを落して燃費の良いスピードでヘブンズベースまで行けるが、この最大速度では途中までしか持たない。
しかし、後ろにはグフが、さらに後ろにはミネルバが追撃してくるから、速度は落せなかった。
(どうする?)
マユは考えるが答えなど出るわけが無かった。どうしようもない絶望的な状況。自分らしいとマユは笑った。何時もこうだ。決して逃れられぬ絶望の運命がマユの友人だった。誰かに助けられる兄とは違う。
「MS?」
その時レーダーが行く手に待ち構えるMSの反応を伝え、マユは絶句する。
「なんだと!」
同時にゼクスも……そこにはジブラルタルから出撃した11機のMS部隊がいるはずだった。
しかし、いるのは1機だけ。しかも……
「「カオス!」」
マユとゼクスが同時に声を上げる。そこにはスティングの駆るカオスが、ただ1機、待ち構えていた。
「奴がいるという事は……」
ゼクスには、否、誰が考えても明白な事実。今のスティングの前では、並のパイロットが操るMSでは10機あっても敵では無かった。
『ジブラルタルから慌しく出てきたと思ったら、ビンゴだったな。ステラ、聞こえるか?』
ガイアの通信機からスティングの声が聞こえる。
「うん♪聞こえる」
『そうか……で、1人か?マユはどうした?アイツの事だから心配ないとは思うが……」
その声は言葉とは裏腹に心配そうな響きが滲んでいる。
「マユも一緒……マユが助けてくれた」
『そうだったか、だったら返事しろや!クソガキ!心配させんな!』
「ご……ごめん」
『あ?……おい、どうした?まさか怪我してんのか?」
マユが素直に謝った事にスティングは動揺していた。だが、マユはそれ以上の言葉が出なかった。
「マユ……泣いてる」
『は? どうしたんだ! おい!?」
スティングの心配そうな声が心地よかった。自分にも心配してくれる人が、助けてくれる人が居る。
マユは、それだけで……何度目かの殺人を嫌々ながらやらされた時に流して以来の涙を流していた。
『と、兎に角先に行け、ここは俺に任せろ」
返事も出来ずにスティングに従い、ガイアをゆっくりと前に進めた。
ゼクスは身動きが出来ぬまま、ビルゴを抱えたガイアを見送るしか出来なかった。
『ゼクスか?』
そして、スティングから通信が入る。
「そうだ」
『1つ聞かせてくれ……マユはシンと会ったのか?』
「ああ……シンは重傷を負った」
『そうか……こうなる前に俺が仕留めたかったんだがな』
「知ってたのか?」
『まあな……』
スティングは溜息を付いた後、黙り込んだ。彼にとっても今回の件は後味が悪いのだろう。
『今日は戦う気がしねえ。見逃してやるから失せろ』
「……そうはいかんと言えばどうなる?」
『この前も言ったろ、そんな機体で俺の前に現れるなよ……弱すぎるんだ。そんなのアンタじゃ無え。
 こんなとこで死ぬのはアンタだって嫌だろう?』
ビルゴを逃すわけには行かなかったが、ここで戦っても勝ち目は無い。
「死を厭う気は無いが……」
ゼクスは、この男と戦って死ぬのなら本望と思えた。元より罪に汚れた身。おめおめと生きてる事が苦痛だった。しかし、今はまだ成すべき事がある。
「……ここは下がらせてもらう」
『そうしてくれ』
そして、互いに機体を返し、離れていった。
「どうにも厄介なことになった」
ゼクスはコクピット内で呟いた。かつてデュランダルが杞憂した最悪の事態が実現したのだ。
ビルゴが連合の手に渡った以上、最低でも核融合エンジンとモビルドールシステムは使用されるだろう。
それは、この世界の戦力バランスの崩壊を意味していた。
「まだ戦は続くという事か」
アスランの指導の下、収束に向かうと思われた争いは、再び不穏な空気を取り戻し、さらなる悲劇を予感させていた。