W-DESTINY_第25話2

Last-modified: 2007-11-10 (土) 22:04:08

シンは今日も看護師のミーアに連れ出され、車椅子に座ったまま考え事をしていた。
(……もう、どうしようもない)
だが、いくら考えてもマユとステラに償う事など出来そうに無い。
(だいたい、悪いのはマユとステラを、あんな風にした奴等じゃないか)
そして自分に対する怒りが、他者へ向き始めたころ、ミーアが鼻歌を歌っている事に気付く。
煩わしい気もするが、マユとステラのことを考えると胸が痛むので、別の事に思考を廻したく思い、
ミーアに話しかける事にした。
「声……ラクス・クラインに似てますね」
「え?……うん♪ みんな、そう言って褒めてくれる。歌には自信があるんだ」
ミーアはシンが反応してきて、最初は驚いたが、すぐに嬉しそうに話す。
「それだけ似てるなら歌手にだってなれたんじゃ?」
「無理無理、なまじ声が似てる分、余計に比較されちゃうのよラクス様と。そうしたら歌は互角でも
 他がね。ルックス、育ちのよさ、カリスマ性……へこみそう」
「そうかな?……俺は2年前までオーブに居たんだけど、正直言って、ラクス・クラインが何であんなに
 人気があるのか分からないけどな」
「ああ~、それでラクス様を呼び捨てなんだ」
「それも。何で“様”が付くんだよ」
「ん~~、自然とかな?」
「ふ~ん」
「でもね。やっぱり憧れるんだ。2年前の戦争って、やっぱりみんな怖かったんだよ。だって、考えても
 みてよ。今でこそザフトは連合と互角の戦力を持ってるって誰でも知ってるけど、2年前は違った」
「そうか、最初はザフトの“反乱”は直ぐに鎮圧されるだろう。ってのが大方の見方だったよな」
「そうよ。私たち市民はザフトの戦力なんて知らないし、正直戦争は嫌だった。だって負けたらどんな
 目に合うか考えたら…」
「え? でも、プラントでは血のバレンタインの報復を望んでいたんだろ?」
「そうだけど……何て言えば良いのかな?……そうね、勢いってやつかな? やっぱりいきなり核を
 撃たれたらパニクっちゃうでしょ? それで周りには、ユニウス7に家族や友人がいたりで余計に
 同調しちゃうのよ。で、いざ戦争って事になったら、今度は不安の方が強くなるのよ」
「ああ、なるほど」
「でもさ、落ち着けぇ! って言いたくったって、今度はユニウス7で家族や友人を失ってる人間には、
 『お前は、あんな酷い事をされて許せるのか! この人でなしぃぃぃ!』みたいな空気が出来ててさ」
「後に引けなくなってたと?」
「ピンポ~ン♪……でもね、そんな時に現れたのがラクス様だったの」
周りの空気に圧倒されて自分の正直な意見を言えない気持はシンにも分かった。シンにとってはラクスの
事がそうだった。彼女の行動に疑問があっても、それを周りに聞くのは躊躇われる空気があったのだ。
だからこそ、この場でミーアに聞いてみようと思ったのだ。
「でも、彼女ってザフトのMSと戦艦を強奪して、ある意味プラントに敵対したじゃないか?」
「でも、その前は慰霊使節の代表を勤めたりしてたのよ。それに戦争を嫌がってるのが分かってた。
 あの時の私は……多分、他の人たちも自分では戦争が嫌と言う勇気は無かった。だからこそラクス様を
 応援してたんだ」
「反逆した後も?」
「うん。て言うより、ラクス様が止めなかったら、どうなってたか……本当にどちらかが滅ぶまで、戦争
 を続けてたかもしれない」
「いくらなんでも、それは無いよ。確かにナチュラルとコーディネーターは憎み合っていたけど、
 全員がそう思っていたわけじゃ無いだろ。滅ぶ前に止める奴が出るさ。何もMSや戦艦を盗まなくても
 他の方法を使って」
「どうやって?」
「どうやってって……」
「シンの言うとおり、相手を本気で滅ぼそうなんて思ってるのは極一部の人だろうし、いずれは止める
 人が出てくると思う。けどね、曖昧な先の事より、今の自分の本当の願い、戦争を止めたいって願いを
 聞き届けてくれたのはラクス様だったの」
「……みんな不安だったんだ」
「うん。不安て言うより怖かった……凄く憎しみが渦巻いていたんだ」
「分かる気がする」
「だからね。私も誰かが苦しんでるのを助けたくって、この仕事を始めたんだ。スケールは小さいけど」
「……そんな事ないよ。立派だと思うよ。俺なんかより凄く」
「シン?」
「俺も同じなんだ。苦しんでる誰かを助けたいって思ってた。でも軍人じゃ無理なんだよ。いつも迷惑
 かけて、アスランさんに余計な心配させて、あげくに……」
「え!……え~と……」
ミーアは、憧れのアスランの名前に凄く反応したが、慌てて自分の務めを思い出し、シンを元気付ける。
「そんな事ないよ。世の中には色んな職業があるんだし、軍人さんにしか出来ない方法もあるよ」
「そんなこと言ったって……」
自分の限界を思い知らされたシンにとっては、ミーアの言葉は慰めにもならなかった。
「私も彼女の意見に同感だがね」
だが、シンが否定するより先に会話に割り込む者が現れた。
「え~~!?……何で!」

ミーアは、その見知った人物の出現に驚く。もっとも知り合いでは無い。何故なら近くにいる者は一様に
ミーアと同様の反応をしていた。
「議長?」
その人物、プラントで最も高い地位にある人物は、気さくに声を掛けてくる。
「具合はどうかね?」
「正直、使い物になりませんよ。そんな俺を笑いに来たんですか?」
「まさか、それほど暇では無いよ。私は、そろそろと思っただけさ」
「何がです?」
「君が自分の殻に閉じ篭っている事に飽きるのが」
シンが図星を突かれ、苦虫を噛み潰した表情になる。
「正解だったか……さて、彼を借りたいのだが良いかね? 無論、病院には外出許可をもらってる」
「は、はい!」
事の成り行きを、あたふたしながら眺めていたミーアが慌てて返事を返す。もっとも彼女の思考は
しばらくは纏まりそうにも無かった。何しろアスランの名が出たと思えば次はプラント最高協議会議長が
現れたのだ。
「俺を何処へ連れて行くんです?」
「今は言えんな。まあ、君に見せたいものと、聞かせたい話があってね」
「どうでも良いです」
「そう言わないでもらおうか、君はまだザフトの軍人だ。私の命令には従う義務があると思って、
 諦めたまえ」
「分かりました」
「では、頼む」
デュランダルがそう言うと、彼の護衛が進み出てシンの車椅子を押す。
「では、失礼する」
デュランダルはミーアに一礼すると、シンを連れてその場を立ち去った。
「え? え? 私の患者さん……連れて行かれちゃった」

「これで出力不足は解消出来たけど……」
カトルは装置のコントローラーから手を放すと、先程エンジンを核融合に変えたデスティニーを見上げた。
PS装甲と陽電子リフレクターを同時に破壊するには、かなりの出力が要求され、元のエンジンでは
出力が足りなかったのである。
すでにインフィニットジャスティスのエンジンが核融合だと判明していたため、ストライクフリーダムの
件もあり、デュランダルは抵抗を感じながらも核融合を認めていた。
「問題はアロンダイトにエネルギーを送る方か……これ以上、本体を改造すれば他の武装にも影響するし
 仕方が無いか、安全装置を付けて……」
カトルは、そう呟くとデスティニーの本体、特に腕が付加に耐えられる限界を計算する。
「13秒……不吉な……まあ設定は10秒にすれば」
そうして、アロンダイトがリミッターを解除して連続で振るえる時間を10秒に設定すると、続いて
再使用が可能になるまでの時間を計算する。そして計算が終わるとカトルの顔が暗くなる。
「12分48秒……再使用許可までキリの良い所だと13分なんですが……何だか、この機体
 呪われているんでは?」
再使用許可のロックの解除設定を12分50秒に設定すると、ちょうど呼び出しのコールが掛かる。
「はい?」
『私だが、中に入っても構わんかね?』
「どうぞ、今お開けします」
デュランダルが来る予定の時間だと気付き、貸しきっている工場のドアのロックを外した。
しばらくすると、護衛を伴わず、シンの車椅子を自ら押してデュランダルが現れた。
「すまないな」
「いえ、それよりようこそ」
「こ、これは?」
デュランダルとカトルが挨拶を交わしてる間に、シンは目に入った2体のMSを見上げる。1機は、
ロドニアで見たアルトロン。そして、もう1機のデスティニーを見上げる。
その機体に、シンは何故か魂が揺さぶられるのを感じていた。
「シン、紹介しよう。こちらはカトル・ラバーバ・ウィナー、ゼクスと同様に異世界からの客人だ」
「隊長と同じ異世界?」
「まずは、話を聞いてもらおうか。すでにミネルバにいる君の仲間も聞いてることだが、君には、更に
 詳しく知ってもらおうと思う」
そう前置きすると、デュランダルは異世界の話と、そしてラクスの事を説明しはじめた。

「ビルゴが全て?」
「はい……地球に降下させる予定だった9機のビルゴが1機残らず……」
ダゴスタは信じられない面持ちで、その報告をラクスに伝えた。彼としてはビルゴが1機残らず全滅など
輸送を担当した者の怠慢としか思えなかった。
だが、ラクスは、その報告を当然の事と受け取っていた。彼女の耳に未だに残る真っ直ぐで恐ろしい声。
「そうですか、仕方がありませんわ」
「そんな! こちらはすでに4機しか残っていないのです。何としてでも増援を送らせねば」
「……ビルゴは、後どのくらい?」
「残りの数ですか? 宇宙には、まだ31機残っています」
「その全てを用いても、あの龍には勝てないでしょう」
「で、では、この後は如何する御積もりで?」
「戦います」
一遍の迷いも無い口調で断言する。
「ですが、戦力が」
「わたくしはビルゴがあるから戦うのではありません。アスランを止める必要があるから戦うのです」
「は、はい……ですが危険が」
「恐れていては何も出来ません。何かを成すには、まず決める。次にやりとおすしかありません。
 わたくしはアスランを止めると決めたのです。後はやりとおすだけなのです」
「わかりました」
「では、アスランの動きの監視を続けてください。もし、彼があくまで争いを続けようとなさるのなら、
 行きます」
「了解しました」
ラクスの決して怯まぬ態度にダゴスタを始めとするクルーは心を打たれていた。
「それでは、後の事は任せます」
ラクスは、そう伝えるとブリッジを後にする。その足でMSデッキに向かい、そこに置かれたストライク
フリーダムの前で佇んだ。
「キラ……」
聞こえないと知りながら、コクピットの中にいるキラに声をかける。
ロドニアでの出来事以降、キラはシミュレーターでMS戦の訓練を開始していた。ラクスは正直、キラ
には戦って欲しくなかった。しかし、それを言ったら嫌われるかもしれないと思って黙っていた。
「オーブに……帰りたい」
そして、誰も居ない事を確認して本音を呟く。
オーブは生まれ故郷では無い。だがラクスが最も充実した日々を過していた場所だった。
側にはキラがいて、彼のために自分で出来ることがあった。

だが、今は狙われている身とあって、それが叶わない望みだと分かっている。ましてアスランの
言葉が真実なら、犯人はデュランダル以外の者になり、余計に何をしてくるか判らない。
ラクスが物思いに耽っていると、ストライクフリーダムのコクピットが開き、キラが降りてきた。
「ラクス?」
キラがラクスの姿を見て、キョトンとした顔で声を掛ける。
「どうしたの?」
「キラを待っていました」
ラクスは笑顔で答える。実際にキラの顔を見るとホッとする。ロドニアの一件以来、キラが何処かに
行ってしまうような気がして、落ち着かなかった。
「じゃあ、一緒にお茶でも。その前にシャワーを浴びてくるから」
「身体をお拭きします」
「え? いいよ。それくらい出来るから」
キラが優しく拒絶する。キラとしては、もう腕はあるのだから大丈夫だという意味で言ったのだ。
「そうですか……」
ラクスも頭では理解してるつもりなのだが、自分が役に立たなくなったのではと、怯える気持が先立つ。
「じゃあ、後で」
そう言って立ち去るキラの背中を見ていると脚が震えだした。
「キラ!」
「ん?……何かな?」
「い、いえ、何でもありません」
「……じゃあ、後で」
大声を出してしまった自分に驚く。自分が何に怯えているか分からなかった。同時に自分が恐怖感を
持っている事に意外な気持もあった。
2年前は連合とザフトの交戦空域の真っ只中に入っても、これほどの恐怖は感じなかった。あの時は
フリーダムとジャスティスがあったとは言え、全体の戦力から見れば微々たるものだ。現にエターナルに
敵が近付き、バルトフェルドの的確な判断が無ければ沈んでもおかしくは無かった。
それに比べ、今回はアスランが相手である。甘えかも知れないが、彼が自分とキラを殺すとは思えない。
現に先の戦闘では、2年前の様に死ぬかもしれないとは全く感じなかった。
「それなのに恐怖している……わたくしは何に怯えているのでしょうか?」
姿の見えぬ恐怖。ラクスの問いに誰も答えはしなかった。

「そうか……隊長にそんな過去が」
シンはデュランダルから話を聞き終えると、ゼクスの生涯に溜息を付く。それは決して他人事とは
思えなかった。
「それで……俺を」
ゼクスが自分の事を気にかけてくれているのは気付いていた。シンは、それを部下だからだと思っていた
のだが、実際は自分と重ねていたのだと気付く。
自分にもゼクスと同様の危うさがある事は、アスランとゼクスに散々指摘されてきたので、認めていた。
「でも、俺は……隊長ほど強くはない」
シンとゼクスの違いは、ゼクスが妹に恨まれても信じた事を貫こうとしたのに対し、シンは不可能だった
事だ。ステラを救うと言っておきながらマユの出現に動揺し逃げ出してしまった。
「誰しも最初から強いわけでは無いさ」
「議長?」
「君は特にね。憶えているかね? 君がザフトに入った当初の事を」
「はい……散々でした」
戦闘向きのコーディネーターに囲まれて、苦しんだ日々。レイに反発し、ルナに救われた思い出。
「最初は苦しんだだろう。それでも私が君をレイに紹介された時には、MS戦ではトップの成績だった。
 私は思ったよ。君はよほど才能に恵まれているのだろうとね」
「そんな……俺なんか大した事は」
「全くだ。本当に大した事はなかった」
シンは、謙遜のつもりで否定したのだが、デュランダルにあっさりと同意され言葉に詰まる。
「い、いくらなんでも……」
「だが、事実なのだよ。私には当事あるプランを進めていてね。簡単に言うと、持って生まれた才能を
 調べて、それを伸ばす事で例えナチュラルでもコーディネーターに劣らないと、そして両者の垣根を
 取り払おうと考えていたのだ」
「そんなプランが……」
「それで、ある日レイから君の事を聞いた。オーブで平和に過ごしていた若者が、プラントに移り
 アカデミーで頭角を現した……私はね、こう思ったのだよ。その少年はおそらく平和なオーブで
 争いとは無縁に過していた為、その戦闘に適した才能を発揮できなかった。だが、アカデミーに
 入隊し、その才能が急激に開花したのだと。
 だからこそ、君こそ私のプランの正しさを証明する者だと期待した」
「それで俺に親しくしてくれたんですか」
シンは本来なら雲の上の存在であるデュランダルに、随分と親しくしてもらったのを思い出す。
言われてみれば養子の友人に対する態度以上のものが感じられた。
「……否定はせんよ。事実、私は君をこのプラン、デスティニープランの旗手にしようと思っていた。
 だがね、先程も言ったように君には思ったほど戦闘の才能は無かった。凡庸と言っても差支えが無い
 程度だった……ショックだったよ。私の10年近くに及ぶ研究の成果を期待した君に否定されたの
 だからね。
 その時の気持が分かるかね。寝食を忘れ研究し、その間もナチュラルとコーディネーターの溝は
 深まり、あげくには研究に没頭している間にタリアは私との間に子供が出来ないと調べて、別れを
 告げるし……」
「デュランダル議長、落ち着いてください」
「タリアって……」
「スマン、忘れてくれ」
デュランダルは咳払いをすると、デスティニーを見上げる。
「このMSは君用に開発したものだ。デスティニーと名付けた……私の夢を託してね」
「議長の夢? 俺の存在は議長の夢を壊したんじゃ?」
「私の夢は今も昔も変わらんよ。コーディネーターとナチュラルの共存だ。デスティニープランは、
 それを達成する手段に過ぎん。その手段が否定されたら別の手段を考えるだけさ」
「別の?」
「ああ、今回の戦争が起きたため、新しい手段を思いついた。
 今回の戦争は、アスランが協力してくれたお陰で、随分とザフトが優勢な形で戦闘が進んだ。
 無論、君達の活躍もあったが、基本的に予定通りだ。君も知ってるだろうが、スエズを落した後は停戦
 交渉を行い、局地的にではあるがコーディネーターとナチュラルの両者が共存出来る地域が生まれる。
 問題はその後だ。ラクス・クラインに指摘されたコーディネーターによるナチュラルの支配は私とて
 気付いていたさ。現状ではコーディネーターは自然と傲慢な態度を取るだろうし、ナチュラルも
 仕方が無いから支配を受け入れるという形になるだろう。
 だがね。そこで、君の存在だよ。持って生まれた才能は大した事は無くても、努力によっては天才を
 押しのけてザフトのトップエースになれるという実例だ。全ては無理だろうが多くのコーディネーター
 は見方を改め、ナチュラルは希望を見出せる切っ掛けになる」
「そんな……俺なんかが」
「君の自己評価は関係無い。大事なのは宣伝の仕方と実績だ。だからこそアスランをミネルバに乗せた。
 君を世界中の注目を浴びるアスランの元で活躍させるためにね。
 思惑通り、解放者アスラン・ザラの元で戦う若きエースは、無才の身でありながら、実に良くやって
 くれた。君が建設中の基地を破壊した事を聞いたときは笑いが止まらなかったよ。さらには
 ガルナハンでの危険な坑道突破、何時の間にかMSを降りてもアスランの護衛。そして……」
一拍おいた後、デュランダルは含みを持たせた目でシンを見詰めると続きを言う。
「セカンドシリーズの強奪犯の1人アウル・ニーダを始末してくれた」
「討ちたくて討ったんじゃ無い! アウルは…」
「友人だったらしいね……それも素晴らしい。敵と知らずに心通わせ、友と知らずに彼を討った。
 英雄に悲劇は付物さ。全く、君ほど優れた宣伝道具はまたと無いだろう」
「そんなの!」
「これで君が、このデスティニーに乗り、最後の戦闘になるだろうヘブンズベースで活躍してくれれば
 完璧だった」
「残念でしたね! 俺は、もう役立たずですよ!」
「宣伝道具は嫌かね?」
「当たり前です!」
「では、ナチュラルとコーディネーターが憎みあっても構わないと?」
「そんなことは…」
「君が我慢して英雄になれば、多少はナチュラルとコーディネーターの距離が近付くと思わんかね?」
「俺に道化になれと?」
「正確に言うならアスラン同様に時代の生贄の1人かな? 英雄とはそうしたものさ」
「……俺に出来る事なんですか?」
シンとしても共存は望むところだったし、そのためなら犠牲も厭わない気持はあった。
「予定ではね。だが、少し事情が変わってきた」
「俺が、こうしている事ですか?」
「うむ。全くの無関係では無いが、君の考えてることは、君が戦えない状況という事だろ? 残念ながら
 そうでは無い。君がここにいる原因を作った者が、とんでもない事をしてくれてね」
「え?」
デュランダルが言う者がマユという事は明白だった。怯えるシンを尻目にデュランダルはパソコンを
操作し、モニターに一機のMSを映し出す。
「連合が開発中のMSだ。本来ならコレはMSとは名ばかりの陽電子リフレクターを装備した高火力搭載
 のMA程度の代物だった。
 まあ、それだけでも厄介ではあるが、事前に情報を掴めたからね。こちらとしてはミサイルの雨を
 降らして、爆炎の中で実剣を持たせたMSに突撃させる戦法を取る準備をしていたのだが……」
そこまで言って、シンを見る。その目は冷酷さを含んでいた。
「困った事に君の妹の所為で連合に核融合エンジンのデーターが渡った。そのため本来なら実現不可能
 だったPS装甲と陽電子リフレクターの同時使用のMSが完成しそうなのだよ」
「そ、それは」
「だから、ここにいるカトル君に、このMSを破壊出来る剣の製作を依頼した。デスティニー用にね」
「俺に、このMSを破壊しろと?」
「そうなるかな。君が了解してくれれば」
「……自信がありません。俺には無理です」
「断るかね?……まあ、その方が良いかも知れんな。このデストロイのパイロットは不明だが、おそらく
 連合の優秀なパイロットが選ばれるだろう。そして最近、専用のMSを失った者がいるから、その人物
 が乗るだろうと予測される」
その最近、MSを失った優秀なパイロットが誰を指すかは明らかだった。
「まさか、コイツにマユが!?」
「可能性の問題だよ……そうだな。デスティニーはハイネにでも任せるか。彼なら躊躇無く、このMSを
 始末してくれるだろう。中のパイロットごとね」
「そんな……ま、待ってください!」
「何かね?」
「マ、マユを殺すんですか?」
「当然ではないか。 君以外の誰が彼女を始末するのを躊躇う理由がある?」
「そんな……」
「そう悲観する必要は無い。どの道、そう遠くない内に彼女は死ぬ」
「え?……今、なんて?」
「君の妹、マユ・アスカは時期に死ぬと言った。彼女だけでは無い。連合のエクステンデッドは身体を
 薬物に侵されているため、長くは生きられんのだよ」
「それって、ステラとスティングも?」
「そうだ。ちなみに先日の戦闘で捕虜にした子供たちもだ。まあ、子供たちに関しては、治療して反連合
 のプロパガンダをしてもらうがね」
「プロパガン……」
そこまで言った時、子供たちは治療が可能だというのに気付いた。
「待って下さい! 子供たちは治療出来るって事はマユ達だって出来るんじゃ?」
「無論、出来るとも。まあ、苦労はしたがね。ザフトの医学会の頭脳が総力を結集しての偉業だ」
「じゃあ、何故マユたちは治療しないんですか!?」
「本気で言ってるのかね? 全く、バカを言ってもらっては困るよ。何故、我々が苦労して、彼女等を
 助けねばならんのだ」
「何故って……」
デュランダルの言ってる事は理解出来るが納得は出来なかった。シンは知恵を絞ってマユたちを救う
為の理由を考える。
「そ、そうだ。マユだって連合に改造された被害者です。それを見捨てたら…」
「だが、彼女はすでに多くのザフト兵の命を奪っている。ステラ・ルーシェにスティング・オークレー
 もだ。そんな人間を救うために、苦労して生け捕りにしろと? そんな命令を誰が受諾するという?
 無茶を言っては困るな」
「俺がやります!」
「だが、君は先程断ったではないか」
「―っ!」
シンはデュランダルの物言いの腹立たしさを耐える。だが、冷静になるように自分に言い聞かせる。
デュランダルは明らかに自分がこう答えるのを知って、いや、そう言うように仕向けたのは明白なのだ。
だから、まだ何かあると考えねばなるまい。
「何をすれば良いんです? 今だったら何でも聞きますよ」
「ふむ。意外と察しが良くて助かる」
「誰だって分かりますよ。議長はマユとステラを助ける代わりに俺に何をさせたいんです?」
「そうだな。まずは先程も言ったように、新時代の旗手。君には遺伝子が全てと思われてる現在の風潮を
 壊してもらいたい」
「それは分かってます。俺だってナチュラルとコーディネーターが仲良くできるんだったら、多少の事は
 やりますよ。で、具体的に何をすれば良いんです?」
「そう難しい事では無いさ。遺伝子が全てでは無いことを分かりやすく証明する実績さえ作ってくれれば
 後は宣伝道具らしく、インタビューや広報活動には黙って参加してくれれば良い」
「その実績って何をすれば良いんです? あのデストロイを破壊しても、あまり説得力は無いと思います
 がね。俺じゃなくて、剣のお陰って事になるでしょうし」
「ああ、無論デストロイでは無いよ。アレは黙ってても君が頑張ってくれるからね。君にやって貰いたい
 のは、先天的には明らかに君を、いや、全てのコーディネーターを上回る相手を倒す事だ」
「そ、それって……まさか?」
「そう、キラ・ヤマトを倒してもらう。しかも彼を殺さずにだ……何しろ彼は、相手を殺さないで倒す
 名人だからね。同じ条件で勝ってもらわねば意味は無い」
その言葉にシンは愕然とした。先程のデュランダルの説明の中にもあり、アスランにも聞いて知っている
最高のコーディネーターを、才能が無いと言われたばかりの自分に倒せと言うのだ。
「キラ・ヤマトを……む、無茶言わないで下さい! あの人は最高のコーディネーターでしょうが!
 それを凡才の俺に倒せって!」
「何を言っている。だからこそだよ。彼と彼を信奉する者に教えて欲しいのだ。キラ・ヤマトはただの
 人間だとね」
「え?」
「彼は自分の出自ゆえに自分を普通の人間とは思っていない。そう在りたいと願いながらも……哀れでは
 あるがね。そして厄介なのは彼を英雄視する者達。才能が全てと、努力などでは天才を超えられないと
 信じてる人間だ。彼等は口では奇麗事を言いながら、実際はナチュラルを見下している。だからこそ、
 キラやラクスに手を貸し、その事で自分も優れた人間の仲間入りしたと思い込んでいるのだ。
 そんな人間がいる限り、ナチュラルとコーディネーターの真の共存はありえんよ」

シンは、それが元のクライン派とは別のクライン派、デュランダルが皮肉を込めてラクス教と呼んでる
者たちだと分かった。
「そんな事で、自分も優れた人間の仲間入りしたと思い込むっておかしくないですか?」
「そうでも無いさ。現状に不満を持つものは圧倒的な力で、全てを叶える存在を夢見る。
 キラ・ヤマトとは人がこうなりたいと願う意味ではAC世界のトレーズと同種のカリスマなのだよ」
トレーズの事は知らないが、あのゼクスの前に立ち塞がり続けた壁と言うだけで、評価しようという
気にはなれなかった。理解外の生物だと切り捨てる。
「俺に難しい事は分かりませんよ。でも、キラを倒さないとマユとステラを救えないって事は
 理解しました」
「それが分かってれば充分だ」
「だけど、俺が時代を変える英雄になるなんて、だいたいMSのパイロットに、そんな大それた事が可能
 とは思えませんが?」
「当然だろう。君はバカかね?」
「なっ!」
「勘違いしてもらっては困るな。君がいくらMSを落そうが時代は変わらんよ。それこそ、君1人で敵を
 全滅させてくれるなら兎も角、1機のMSにそこまでの戦果は期待していない。例えデスティニー
 でもだ」
「だって、議長は俺に英雄になれって」
溜息を付くデュランダルと見て、カトルが苦笑しながら助け舟を出す。
「英雄なんてものは、なろうと思ってなれるものでは無いですよ。その行動を他人が評価して、
 そう呼ばれるものに過ぎません。貴方は難しく考えすぎです」
「そうかな?……でも自分の行動が時代を変えるなんて言われたら、色々と考えるだろ?」
「君が考える必要は無い。そもそも君がキラを倒したとして、それだけで人の考えが変わる事は無いさ。
 他にも色々とやらねばならんだろう……そうだな。戦争で言えば君は大将ではある。だが、大将1人で
 戦争には勝てんだろ」
「はあ、まあ」
「君は今まで通り、アスランの元で戦ってくれれば良い。君を象徴にするのは戦後の事で、今は戦争に
 勝つ事と生き延びる事を考えてくれれば良いさ」
「……わかりました」
全てに納得がいったわけでは無いが、最初から答えは決まっている事だ。だが確認だけは取っておく
必要がある。
「でも、本当に俺がキラ・ヤマトを倒せば、マユとステラを治療をして貰えるんですね?
もっとも、現状では俺がキラを追うにもマユ達を捕えるのも困難なのですが」
その保障があれば、何だってやるとシンは誓っていた。

「それに関しては、コレを用意している」
そう言うと、デュランダルは小さな箱を取り出し、シンの前で蓋を開ける。
「それは、フェイスの?」
その箱の中身、フェイスを示すバッジを見てシンは息を呑む。
「君をフェイスに任命する。キラを倒すにも、彼女達を救うにも君が自由に動かせる部隊は必要だろ?」
「俺がフェイスに?」
確かに、それがあればキラのいるアークエンジェルを追うことも、マユやステラのいる場所へと向かう
事も出来る。決して万能では無いが、一兵士に過ぎない今の身分とは比べものにならない。
「どうするね?」
「……やります!」
「ならば、コレを受け取りたまえ」
デュランダルはシンから、少し離れた所で立ち止まったままだ。暗に立って取りに来いと言っているのが
わかる。怪我は完治しているのだから、それくらいは出来るだろうと。
「くぅっ……―!」
シンは震える足に活を入れ、ゆっくりと立ち上がった。
答えは決まっている。英雄であり、シンの家族を誤って撃ったキラ・ヤマト。彼が強いのは承知している。
自分が苦労して動かせるようになったMSを、何の訓練もせずに行き成りの実戦で動かしてジンを撃破。
さらには、2年前の激戦を潜り抜けた最強の戦士。その活躍は子供でも知っている。
「俺なんかが、勝てるって保障は無いけど……」
足が思い通りに動かない。休ませろと悲鳴を上げている気がする。しかし、それを強引に捻じ伏せ、
震える足を一歩、また一歩と前えと出す。
苦しい。足が痛む。さらにキラを倒せという途方も無い難題が待ち受けている。
だが、それでも救いたい人がいる。死んだと思っていた最愛の妹。大切な人を失くす痛みを恐れていたのに
大切だと思い、守りたいと誓った少女。
その2人は自分を憎んでる。妹のマユは確実に。ステラだってアウルを殺したのが自分だと知れば許さない
だろう。
「……それでも、例え俺がどうなっても」
あの2人が生きていられるなら、自分はどうなっても構わない。その気力がシンの身体を動かし、
デュランダルの目の前に辿り着く。
そして、フェイスの証に手を伸ばし……
「シン、君には失望したよ」
……デュランダルが差し出した手を引っ込めると、その手は無残にも空を切った。

シンを工場から追い出し、護衛に病院まで送らせると、工場内は重苦しい沈黙に包まれた。
つい先程まで、シンが喚いていたので、その差がありすぎる。
「何も言わないのかね?」
沈黙に耐え切れなくなったかの様にデュランダルが口を開く。
それに対するカトルはデスティニーの改造の手を止め、微笑を浮かべる。
「随分と、お優しいのですね」
「皮肉かね?」
「まさか、本気ですよ」
デュランダルも苦笑する。この少年は全てをお見通しらしいと観念する。
「アレではな……随分と立派な覚悟をしたようだが」
「悲壮感が漂っていました。あれでは、また潰れるのがオチですね」
「君もそう思ったかね?」
「はい……今までの事を考えると気持は判りますが…」
「だが、最初から逃げてる様では話にならんな。特にこれからの事を思うと」
「随分と無駄な質問が多かったですが、根本的な迷いを抱えていた所為ですね……もっと素直に、或いは
 図太くなれば良いのに」
「全くだが、困ったな……どうしたものか」
デュランダルはデスティニーを見上げる。シンにはハイネに任せると言ったが、この機体はシン専用に
調整されていた。彼の今までの戦闘データーから、その能力が最大限に発揮できるための機体なのだ。
ハイネでは、いや、他の誰が乗っても、その性能は完全には発揮できない。
「まあ、どの道、彼にはリハビリが必要ですし」
「そうだな、待ってみるか。彼が病院に戻ってリハビリに励んでいるようなら……」
帰り際に見せた様子から、再び落ち込む事は無いように見えた。これでリハビリをしながら、今日の
問題の内容に気付くかも知れない。
「落ち着いたら議長が教えてあげたらどうです?」
「私ではな……」
「御自分で言い難いのでしたら、誰かにそれとなく教えさせるか」
「いや、運に任せる。私とて、時代を変えるなど自信が無いのだよ。だったら、私があれこれ動くより
 運に任せて、シンが戻ってくる事に期待する。そうなれば私も何とか前向きに考える事が出来そう
 だからね」
そう呟くデュランダルを見ながら、カトルは、彼がシンは戻ってくると信じてる事を感じていた。