W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第02話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:01:25

 議長がミネルバを去った後も、ミネルバとジュール隊による破砕作業は続いた。テロリ
ストが早々引き上げてくれたこともあり、作業は思いのほか上手く進み、地球の引力圏に
はいる前に、完全に破砕することが出来た。
「よし、メテオブレイカーによる破砕作業はこの辺で良いだろう。後は本国から、破片を
回収する工作部隊を回させよう」
 ジュール隊隊長のイザークは、きびきびと指令を出した後、未だ魂が抜けたかのように
制止を続けるアスランのザクへと近づいていった。
「アスラン、おい、アスラン!」
 怒声とも思えるような声で、アスランに呼びかけるイザーク。
『……イザークか』
「そうだ、破砕作業は終了した。何をボケッと突っ立ている!」
『すまない、少し動揺してた』
「今のお前に戦場は無理だ。さっさとミネルバに戻れ」
 アスランは何か反論しようかとも思ったが、イザークの言うことは事実でもあったので、
やめた。確かに今の彼は戦場にはいられなかった。早く、ミネルバに、カガリの元に戻って、
パトリック・ザラの息子アスラン・ザラではない、アレックス・ディノに戻りたかった。

 ミネルバに帰還した『アレックス』に、ミネルバ所属のパイロット、ルナマリアが労いの
言葉をかけた。『アスラン』が戦闘で役に立ったかどうかは別としても、それぐらい礼儀だ
ろうと思ったからだ。しかし、彼はそれを無視して通り過ぎていった。
「なによあれ? 無視しちゃって」
 当然ルナは憤るが、レイがそれをなだめる。
「久々の実戦だったんだ……きっと身体に負担が掛かったに違いない」
「でも、一言ぐらい何か言うもんじゃないの?」
 彼が戦士アスラン・ザラだったなら、確かに答えていただろう。しかし、帰還した彼は、
護衛官アレックス・ディノだった。
「…………」
 シンはアスランの去った方向を、怪訝そうに、黙ってジッと見ていた。

 その後、<アメノミシハラ>に到着したミネルバは、そこでオーブ代表カガリ・ユラ・
アスハと、その護衛官アレックス・ディノを降ろして、プラントへと帰還していった。
カガリは、<アメノミシハラ>を管理する、ロンド・ミナ・サハクにオーブ帰還のための
シャトルを借り受けた。元々、家同士の仲が非常に悪く、さらにロンドが、カガリが尊敬
する亡き父、ウズミ・ナラ・アスハに対する侮蔑的発言をよく行っていたため、二人の面
会は極めて形式的で、感情の籠もらないものだった。
 しかし、それでも、建前は建前、二人は二言三言挨拶程度に会話をし、ロンドは「今回
のテロ行為に対して、オーブ本国は如何様に動くか?」と問うた。
 これに対しカガリは、「オーブが直接の被害に遭っていない、そして、地球上の主立っ
た諸国に被害が出ていないのであれば、私は特に積極的に動く気はない」と完結に答えた。
その答えにロンドが満足したのかはわからないが、ただ一言「そうか」とだけ答え、二人の
面会は終了した。

「とは言ったものの、このまま平穏に物事が進むとも思えないよな」
 帰還用の降下シャトルで、カガリはアレックスと話す。
「あぁ、防げたとはいえ、ユニウス・セブンが落ちるところだったんだから……しかも首
謀者は……」
 アレックスは、テロリストの隊長と思われる男の発言を思い出し、眉を顰めた。
「コーディネイターか……大西洋連邦の大統領、ジョゼフ・コープランドはかなりの穏健
派だから、あそこは心配いらないと思うんだけど」
「あぁ、確か『プラントを含めてた地球圏統一国家の樹立』を公約にしていたんだったな」
「実際、良い政治家だとウナトも評価してるさ。まあ、アイツは連邦寄りな一面もあるが、
ただお世辞を言うような奴じゃない」
「しかし、大西洋連邦は大丈夫でも、連合単位で考えると……」
「ん? ……そうだな」
 ブールコスモス。
 アレックスとカガリが互いに考えた組織の存在は、確かに無視できないものだった。
「ブルーコスモスの現盟主、ロード・ジブリールは何かに付けてプラント批判、コーディ
ネイター蔑視をする男だからな……今回も何かというんだろうけど」
「議長は何か言ってたのか?」
 アレックスが戻る前にデュランダルはミネルバを去っており、会うことが出来なかった。
「ユニウス・セブンが落ちてたら、無理矢理開戦に持ち込まれていたかも……なんて、怖
いこと言ってたけど、特に心配はしてない様子だったな。連中だって、完全に防がれたテ
ロ行為を理由にじゃ、押し切れないと思ったんだろ」
「だといいんだがな……」

              第2話「戦士だった男」

 オーブへと帰還したカガリは、すぐに行政府へと向かった。そこには既に、ユウナ・ロマ

セイランを始めとした現オーブ政権の議員たちが集まっており、カガリの帰りを今か今か
と待ちわびている様子でもあった。
「では、大西洋連邦は遺憾の意を唱えただけなのだな?」
「はい。それとジョゼフ大統領は早急な事件解決を望む、とも。これが会見の際の映像です」
 映像では、ジョゼフ・コープランドによる緊急会見が行われていたが、特別大事にするつ
もりはないようで、あくまで形式的な発言が目立った。しかも、遺憾の意を唱えてはいるが、
それと同じくテロを未然に防いだザフトへの感謝の意も行っており、ジョゼフが穏健派の筆
頭であることを示していた。
「この事も含めた上で、今度、連合内で和平に向けての会議が行われそうですが、これには
中立国である我が国は関係ありません」
 映像を消しながら、ウナトがそう発言した。
「うむ、そうだな。それで、もう一度確認するが各国に被害などは出ていないんだな?」
「それはもう。ユニウス・セブンの欠片一つ、地球には落ちてきませんでしたよ」
 ウナトの子であり、カガリの『婚約者』でもあるユウナ・ロマ・セイランが言う。
「大統領の発言が抑え目なのも、これといった被害が出ていないからですね。まあ、落とそ
うとしたのもコーディネイターであり、防いだのもコーディネイターですから、そこのとこ
ろは難しいのでしょうが……」

 プラント内の内輪揉めと言ってしまえばそれで済むのかも知れないが、狙われたのはあ
くまで地球だ。プラントではない。そのことがまた、各国の対応を複雑にさせていた。
「代表、我がオーブとしましてはいかがするおつもりで?」
「あぁ、それは」
 カガリはロンドに言ったのと同じ説明をする。
「……まあ、今のところはそれが妥当でしょう。プラント側も事の経緯を細かく説明して
いますし、後はテロリストを逮捕するだけです」
 現在、プラントは全力を挙げて事件の究明と、テロリストの逮捕に専念しているという。
カガリが不可解だったのは、先のアーモリーワンへの襲撃事件について、プラントが何ら
発表をしないことだった。カガリも居合わせた人間として、あの事件が連合軍によるもの
と思っていたが、何故そのことを追求しないのか?
(事態悪化を防ぐためか? しかし、あの事とユニウスの一件は別問題だ。議長は一体何
を考えている?)
 カガリは悩むが、答えを出すことは出来なかった。
「代表、何か?」
 そんなカガリの様子に、ウナトが声をかけたが、
「いや、なんでもない。それより、オーブの方針を発表する会見についてだが」
「あぁ、その件については既にマスコミ各社に……」

 その頃プラントは、ごく一部のものだけに知らされた、衝撃の事件が起きていた。あの
ラクス・クラインが、未知のモビルスーツと遭遇し、これを救助したというものである。
無論、ラクスとはラクスに扮しているミーアのことだが、それを知る者が彼女をミーアと
呼ぶことはまず無い。
「なるほど、ラクスが……」
「はい、ラクス・クラインが漂流するモビルスーツと中のパイロットを見捨ててゆくなん
てするはずがない、と仰られまして」
「それは正しい判断だ。しかし……」
 デュランダルは渡された報告書を見て、ため息をつく。
「この未知のモビルスーツを救助したとあっては、宣伝にも使えないな」
 それはザフト及びプラントを揺るがせるような衝撃の事実が書かれた報告書だった。
ミーアがザフトに回収させたモビルスーツは、ザフト製・連合製ともにかけ離れたもの
であり、装甲に使われている材質も、動力源とされているものも、現在の科学技術では
到底実現できるものではなかった。
「パイロットが乗っていたというが、今どうしている?」
「今は、ラクス様が看ておられます」
「ラクスが?」
 自分の興味のあること意外には余り動こうとしない少女のことを思い出しつつ、デュ
ランダルは怪訝そうに聞く。
「えぇ、かなり興味がお有りのようで……まだ意識は目覚めておりませんが」
「ふむ……」
「変わった人物でしたよ。ノーマルスーツも着ずに、モビルスーツに乗っているのです
から。まあでも、コーディネイターだと思われますが」
「何か身分が確認できるものでも出てきたのかね?」
 いえ、そう言うわけでは、と部下はいいつつも、
「あれほどのたぐいまれな美貌の持ち主、ナチュラルのはずがありませんよ」
 笑ってそう答えた。

 一方でオーブへと帰還したアレックスは、ある男を、アスラン・ザラとして訪ねていた。

『我等コーディネーターにとって、パトリック・ザラの執った道こそが唯一正しきもの!』

 アスランは、ユニウス・セブンの一件で出会ったテロリストの発言に頭を悩ませていた。
パトリック・ザラ、それは彼の父親であり、かつてのプラント最高評議会議長であり、ザ
フトの総司令官だった偉大なる男。そして、憎しみの余り復讐鬼と化し、多くの同胞を巻
き込み死んでいった、愚かな男。
「未だにあの人の言葉を信じ、戦い続ける兵士がいる……それなのに俺は」

『貴様ぁっ! そんなところで何をやっている!』

 破砕作業の最中、イザークにいわれた言葉。そう、俺はこんなところで、祖国でもない
国で何をやっているのか?
「父上が正しかったとは今でも思えない、でも俺は父上を……」
 本当に、理解してやることが出来たのだろうか? 彼は彼なりに、プラントを愛し、家
族を愛し、妻を愛していた。俺がモビルスーツに乗って戦ったように、だ。
 やがてアスランは、海辺の屋敷へと車を走らせていた。
 会うのは何ヶ月振りになるだろうか? そんなに経っていないと思われたが、アスラン
には今回の訪問が、かなり久しぶりのように感じ、彼と会うのもまた、酷く懐かしく感じた。
「ラクス、彼はいるかい?」
 訪れたマルキオ邸。そこにはプラントのかつての歌姫、本物のラクス・クラインと、最
強の戦士と呼ばれた男が暮らしていた。
 ラクスはアスランの突然の訪問に、驚き、また喜びもしたが、『彼』に会いに来たとい
う事実を知ると顔を曇らせ、
「テラスの安楽椅子に……ここのところは毎日そこにいますわ」
「……そうか」
 彼女の口調から、彼とラクスの仲があまり上手くいっていないと感じたアスランだったが、
そのようなこと今は関係なかった。

「よぅ、キラ」
 キラ・ヤマト。かつて最強の戦士と呼ばれた前大戦の英雄。地球連合、オーブ、三隻同盟と
激闘の中を死ぬもの狂いで生き続けた彼は今、オーブにいる。
「…………アスラン」
 大戦後の彼は、一言で言えば『抜け殻』だった。何か大切なものを失ったかのように無気力
になり、さっさとオーブに隠遁してしまった。
(いや、実際にコイツは大切なものを失っている)
 アスランは、安楽椅子に腰掛けるキラの手が、ギュッと握られているのを見て、そう思った。
今の彼にかつての戦士の面影はどこにもない。彼は戦後、ザフトにフリーダムの返還を求めら
れたときも、猛反対するラクスを無視し、二つ返事で了承してしまった。
 彼は、極端に武器や兵器を嫌うようになった。
「久しぶり、かな。ゴメン、最後に会ったのがいつだか、憶えてないんだ」
 意外に明晰なその声は、しかしどこか頼りなく、覇気に欠けた。
「俺もだよ……なんだか、随分久しぶりで、懐かしい気もする」
 アスランはそう言うと、テラスにある椅子を持ってきて、キラの前に腰掛けた。

「珍しいよね。今日は、どんな用?」
「ニュースで見てないか? ほら、例のユニウス・セブンの……」
「あぁ、あの事件」
 キラの声は、それがどこか遠い世界の、他人事のように感じさせた。実際キラにとって
は他人事なのだが、アスランは違った。
「実は俺、あの現場にいたんだ」
「君が?」
「破砕作業を手伝うためにね。近くの艦に、カガリもいた」
「モビルスーツに、乗ったの?」
 キラの声は、少しだけ、アスランでないとわからない『怯え』が含まれていた。
「……乗ったよ。それで、テロリストとも戦った」
 アスランは事の始まりから終わりまでを、キラに話した。キラは黙って聞き、相づちも
何も入れず、目を瞑っていた。
「ショックだったよ。父のこととか、血のバレンタインのこととか、未だに引きずってる
奴らが居るってことにさ」
「…………」
「復讐心なんて、俺は前の戦争と一緒に捨てた。でも、捨てきれない奴はまだいるんだ。
そう思ったら俺、悩んでな」
 そしてその復讐者たちの行動理念は、自分の父の言葉なのだ。他人事ではない。
「俺は今、こうしてオーブにいる。カガリの護衛官なんて役職を貰ってはいるが、それ
だって俺が何か努力して手に入れた訳じゃない。ただ、周りに流されただけだ」
 カガリには勿論感謝している。極秘裁判とはいえ、ザフトを追放された自分を拾って
くれたのはカガリだ。恩義も感じているし、好意も持っている。しかし、彼女とどうこ
うというのはあり得ない。彼女はオーブの代表であり、自分はただの護衛官。
 現に彼女は、来月にはユウナ・ロマ・セイランと正式に結婚するのだ。
 ユウナ自身は「カガリの気持ちが他を向いているうちは、結婚なんてあり得ない。僕が
彼女を振り向かせてから、始めてその資格が生まれるんだ」と言ってはいるが、婚約も結
婚も昔から決まっていたこと、ただ時期が延びるだけだろう。
「アスラン、僕はね……」
 一通り話し終え、物思い耽っていたアスランに、キラが呟くように口を開いた。
「僕は前の戦争で、周りに流されるままに戦い続け、その結果大切なものを失い続けた」
 一人は親友、もう一人は……握る手に力が入る。
「僕の戦いの動機は、復讐心じゃなかった。こんな言い方をするのは悪いけど、僕は血の
バレンタインでも、ヘリオポリスが崩壊したときも、戦い始める前に失ったものは何もな
いんだ」
 テロリストの男は娘を失い、アスランは母を失ってモビルスーツに乗った。
「だから僕は復讐心で戦う人間のことを、理解できない。いや、理解しようがないのかな、
僕にはそういった部分の感情が死んでしまったから」
 キラは、前大戦で最大の強敵とも言える男と一騎打ちをし、これに勝っていた。だが後に
知ったことだが、そのアスランの元上司でもあった男は、キラの一番大切なものを、奪っていた。

「あの時、僕の中で何かが死んだ。彼に勝って、僕の最初で最後の復讐は終わったんだ」
「キラ……」
「君の悩んでることは、今の僕でも何となくわかる。でも、アスラン、僕は復讐者たちに
何か言える立場じゃないし、言うつもりもない。だけど……」
 一瞬だが、キラの目に、精気が籠もったような気がした。
「僕は戦いは否定するよ。人はもう戦っちゃいけない。もう兵器なんて捨てて、モビルス
ーツになんか乗るべきじゃないんだ」
「…………」
「人は血を流しすぎたよ……流しすぎたんだよ」
 いつの間にか開かれたキラの手の平には、女物の口紅があった……

 キラに別れを告げた後、アスランはもう一度ラクスに会った。アスランにとっては元婚
約者でもあるこの少女は、今もっとも複雑な立ち位置にいた。というのも、戦後の彼女は
全てを捨ててキラの元へ行った。キラを愛していたのだろう、少々無責任だとも思ったが、
彼女もキラと同じく、戦いに嫌気が差していたのだ。
 しかし、ここで一つの誤算が生じた。なんとキラ・ヤマトは別に、ラクス・クラインの
ことを愛してはいなかったのである。これにはアスランも驚いた。前大戦の時、何度かラ
クスと親密そうにしているキラを見ていたから、てっきりそうなのかと思ったのだが、キ
ラの心はずっと別の『少女』に向いていた。
 そして、その愛すべき少女はもう、この世にはいない……それでもキラは想い続け、贖
罪をし続けているという。守れなかった、大切な人に。
 だから今のラクスは、自分に振り向くことのない少年に甲斐甲斐しく世話を焼く、ある
意味哀れな少女だった。いつかは振り向いてくれると信じ、彼の悲しみを和らげることが
出来ると信じて……全てを捨ててきたというのに、結果が叶わぬ片思いとは、恋愛に疎い
アスランでも酷い話だと思ったが、キラに罪があるわけでもないし、非常に複雑だった。
「もうお帰りになるのですか?」
「あぁ、もう用は済んだよ」
「そうですか……」
 そんなこともあってか、アスランとラクスもまた、会話が少ない。ラクスにしてみれば、
アスランは一方的に振った男でもあるため、会話をする後ろめたさも少しあった。
 だが、しかし……

「アスラン、何か悩んでいらっしゃるのですね」
「えっ?」
「貴方の顔を見れば、それぐらいわかります。そしてそれはキラに話した後も、解消されて
はいない」
 アスランは、相変わらず高い洞察力を持つラクスに驚いていた。彼女はこの隠遁生活の間
も、自分を見失ってはいないようだ。
「プラントも、地球も、そしてオーブも、また何か大きな事が起こりそうでね」
 アスランは内心、自分があのテロリストたちに逮捕されて欲しくないと思っていることに、
気付いた。
「……もし、仮に、の話ですが」
 ラクスの声に、アスランは少しばかり怪訝な顔になった。今のラクスの声には、どこか、
『期待』するような響きがあったからだ。
「仮に大きな戦いがまた起こるのだとして、私はまた表舞台に立つべきなのでしょうか?」
「それは…………」
 君は表舞台に戻りたいのか? と、アスランは聞くことが出来なかった。
「そうだな、その時は……」
 だから彼は、
「その役目を今度負うのは、」
 新たな決意を持って、
「俺なのかも知れない」