W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第14話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:05:04

「結局の所、今回の会戦の勝者はどちらだったんだろうな」
 オーブ首長国行政府の会議室にて、オーブ首脳部による臨時会議が行われていた。
 とある事情で行われているこの会議は、先にザフト軍によるスピア・オブ・トワイライ
トに関連する重要なのものだったが、その会議においてカガリは率直な疑問を述べた。
「私はどちらも勝ったようには見えないのだが……ユウナはどう思う?」
 カガリはオーブの国防を司る、ユウナ・ロマ・セイランに意見を仰いだ。
「そうですね、私もどちらが勝った、負けたというのは言い難い戦闘だったと思いますが
……敢えて言うのならザフトでしょうかね。ファントムペインはザフト軍基地の攻略とい
う大目標を果たせず、ザフトはそれを阻止した。ザフトの勝ちといっても差し支えないで
しょう」
 一昨日、ファントムペインは地上におけるザフト軍の拠点である、ジブラルタル基地及
びカーペンタリア基地に攻撃しかけた。先のL5宙域での敗戦を受けたファントムペインが
焦ったのだとカガリやユウナは認識していた。
「今回の会戦は極端なまでの逆転劇です。カーペンタリア基地は、開戦当初こそファント
ムペイン猛攻に押されっぱなしでした」
 ユウナは手元のコンソールを操作して、カーペンタリアにおける戦局図と戦況の流れを
映し出した。
「しかしカーペンタリア基地は徐々に持ち直し、ファントムペインは防衛体制を整えた基
地守備部隊を突破できず、結果ザフト降下部隊の攻撃を受け、撤退しています」
 基地攻略に全兵力を投入していたファントムペイン艦隊は艦隊の護衛が手薄だったため、
大損害を受けたという。
「なるほど、確かに極端だな」
 カガリは納得したように頷く。
「ジブラルタル基地と比較すると、もっと両極端になりますよ。これをご覧下さい」
 次にジブラルタル基地での戦局図と戦況の流れを映し出すユウナ。
「防御と籠城に専念したカーペンタリア基地とは違い、ジブラルタル基地は艦隊を発進さ
せ、カサブランカ沖に布陣させました」
 攻撃こそ最大の防御とはよく言った物だ。ユウナは国の国防を司る物として、ジブラル
タル基地の取った行動は称賛に値すると思っていた。
「ジブラルタルのザフトは、未確認ですがこの戦いに多数の新型モビルスーツを投入した
と聞いています。その為、早々に戦いの主導権を握ることが出来た」
 そして思わぬ痛手を受けたファントムペインは、ちまちまと攻撃を繰り返し機を伺って
いたようだが、結局降下部隊が降りてきたこともあり、撤退していった。ファントムペイ
ンの遠征艦隊は、どちらも基地攻略の主目的を果たせなかったのだ。これを敗北といって
も、構いはしないだろう。
「もっとも、代表の言うとおりザフトも勝てたとは言えないでしょうね。カーペンタリア
基地は酷いことになってるといいますし」
 カーペンタリア基地は現在、全力を挙げての修復作業に入っているという。死傷者もか
なりの数が出たと言い、降下部隊をそのまま基地の守備部隊に合流させなければ、組織的
瓦解をする可能性もあった。
「ジブラルタルは基地は無傷、尚かつ艦隊もほとんど損害無しか……これは移るな?」
 カガリは首脳陣を見渡すように言った。
「でしょうな。カーペンタリアが使えない以上、ザフトの地上での活動拠点はジブラルタ
ルに一手に集中するでしょう」
 発言の意図を察したウナトが、険しい表情でそう答えた。
 カーペンタリアを放棄するとは思えないが、痛手を受けた基地よりも無傷な基地を中心
として活動した方がやりやすい。ファントムペインは連合から接収したヘンブンズベース
を改修して拠点として使っているし、ジブラルタル基地はその点でも有利な場所にある。
「ファントムペインも戦力の立て直しをするでしょうし、何よりこの世界はファントムペ
イン一色に染まったわけではありませんからね。そちらの対応もある」
 ユウナは戦局図を消すと、世界地図へと切り替えた。
「青がファントムペインで、赤がザフト、黄色が旧連合非加盟国か」
 カガリはユーラシア西側地域に目をやった。
 戦前・戦後と混乱の続くこの地域は、中立というわけではないのだが、ザフトにもファ
ントムペインにも属してはいない。彼らが望むのは支配体制からの独立なのだ。連合がフ
ァントムペインに変わろうが、抵抗という名の反乱が消えることはないのだろう。
「この地域を取り込んだ方が勝ちますかな、この戦争」
 他人事のようにウナトが言うが、オーブにとっては実際他人事だ。彼らにとって重要な
のは、オーブを守ることであり、オーブがこの戦争でザフトやファントムペイント共倒れ
などという事にならぬようにすることが大事なのだ。
「まあ、今は戦争という大局を見るよりも、身近な事件を解決しましょう」
 ユウナの言葉に、会議室集まる全員の思考が、彼の切り替えたモニターと同じく切り替
わった。
「ザフト軍戦艦ミネルバ、この艦にどう対応するかをね」
 オーブは今、厄介な使者を迎えなければいけない状況にあった。

          第14話「過去との出会い」

 戦闘明けての早朝、まだ修理にも取りかかっていないミネルバに、アスラン・ザラが尋
ねてきた。彼は、議長からミネルバ宛の司令所を持っていた。
「アスラン・ザラ、本当に復隊したんだねぇ……」
 艦長室に向かうアスランを横目で見ながら、メイリンが興味深げに言う。ちなみにアス
ランを案内しているのは姉のルナマリアだ。
「出陣式の中継を見たときは何か半信半疑だったけど、本物見るとやっぱ凄いよね」
「何が?」
 同じくその場言い合わせたレイ・ザ・バレルが相づちを打つように訊く。
「風格って言うのかな? この前、ミネルバにいたときはどこか頼りなさげだったけど、
今は全然。戦士って感じがするよ」
「仮にも英雄と呼ばれている人だからな。それに制服を着れば、気も引き締まる。その違
いだろう」
「へぇー、そういうものなんだぁ……」
 もっとも、レイは今回のアスランの復隊について大きな疑念を持っていた。出陣式の中
継もみたが、彼の復隊には議長が大きく関わっているように見える。アスランは前の戦争
でザフトを裏切った、式ではなにやら弁解じみたことを散々口走っていたが、レイにはか
つての被保護者の件も含め、あまり信用できなかった。
「ギルも何を考えているんだか……」
「レイ?」
「いや、なんでもない」
 思わず呟いたレイだったが、すぐに自分の中の疑念を打ち消した。ギル、議長には考え
があるのだろう。アスランという戦力は、政治的に考えても必要だということも分かる。
ならば、自分はそれを認めるしかない。議長は正しい、そう信じることしか、自分には出
来ないのだから。
「特務隊フェイス所属、アスラン・ザラです」
 敬礼と共に入ってきたアスランに対し、タリアもまた敬礼で返した。
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスです」
 席に座ることを勧め、二人は簡易テーブル越しに向かい合った。
 アスランの心中は計り知れないが、タリアとしては何とも複雑な思いだ。何せこの前ま
で他国の民間人だった男が、いきなり特務隊、つまり自分の上官となって戻ってきたのだ。
あまり面白い話ではないし、タリアもアスランも再会を喜び合うような間柄でもなかった
ので、話はすぐに実務的な物になった。
 しかし、五分後、司令所を読み、アスランの説明を聞き終えたタリアの目には、奇妙な
表情があった。自身の動揺を押し隠そうと、必死になってるようにも見えた。
「艦長、この司令はまともなものじゃありません。政治的な意味合いと言うよりも、むし
ろ嫌がらせに近いレベルの物です」
 仮にも議長の命令書なのだが、アスランはお構いなしに苦言を呈した。
「しかし命令を受けた以上、あなたにはそれを遂行する義務があります。どうぞ、承知の
ほどをお願いします」
「確かに……命令ならば仕方ありませんわね」
 やや低い声を出しながら、タリアは頷いた。
「当艦、そして私自身もオーブの代表とは面識があります。適任といえば、適任なのでし
ょうが……しかし」
「しかし?」
「何故、あなたが行かれないのですか? アスラン・ザラ」
「それは私がスラン・ザラであり、もうアレックス・ディノではないからです」
 アスランの真剣な表情を見て、タリアはまずい質問をしたと思った。
「ですが、復隊したとはいえあなたには自身のことをオーブに弁解、失礼、説明する義務
がお有りなのでは?」
「あぁ、そのことは考えはしましたよ」
「それで?」
「何をどう説明したって、良いわけじみた自己弁護にしかならない。どうしよもないんで
すよ。こればっかりは」
 アスランはそういうと、バッグからカードや鍵類を取り出した。
「この戦いにザフトが勝てば、地球側との戦闘も激減するでしょう。小競り合いはともか
く、大規模的な物は」
「…………」
「後はもう軍人ではなく、政治家の役目です。勝者という優位な立場から、地球と満足の
いく和平条約が結べるかも知れないですし、そうすればもう戦士の私は必要ないんですよ」
 そこに必要なのは、戦士ではない。
「しかし、今回の戦争もそうですけど、平和とは意外に短いものです。恒久的に考えれば、
退役など……」
「恒久的ですか。確かにそれはそうです。今回の戦争も、前大戦から僅か一年足らず、で
すがその一年間は確かに平和だった。これは事実です。なら、次の戦争の時、つまり今で
すが、その時はもっと長い平和を勝ち取れればいいんです。ならば……」
 アスランの声質が、僅かに変化したことに、タリアは気づけなかった。
「今度は相手に対して余力を残させなければいいんです。徹底的に戦って、相手を痛めつ
けて、しばらく戦う力を無くしてしまえば、否が応でも世界は平和になりますよ」
 そして、その絶対的な力を自分は持っている。
「なかなか凄い発想ですわね……ご自分にはその力がお有りだと?」
「あるかどうかはともかく、努力はしますよ」
 英雄。その言葉がタリアの脳裏に過ぎった。
 アスラン・ザラという男は、計り知れない器の持ち主かも知れない。タリアは微かに危
機感を憶えた。
 そしてミネルバは、艦の応急処置を終え、一路オーブへと向かった。もっとも短時間で
出来る修理などたかが知れており、ミネルバに出来たのは弾薬の補給と、甲板の補修をし
て見栄えを良くする程度だった。
「やっぱり、オーブはすんなりと入れてくれませんね」
 オーブ領海ギリギリで待機するミネルバの艦橋で、アーサが苦笑しながら言った。
 一応の入国・入港手続きを取ってはいるのだが、何せこちらは軍艦、それも戦艦だ。オ
ーブ行政府に確認と指示を仰ぐとの領海警備隊に言われてから、早二時間が過ぎようとし
ていた。
「そんなに問題なんですか? 軍艦だと」
 オペレーターのメイリンが、アーサーに尋ねる。
「軍艦それ自体に問題はない。だが、軍艦一隻でというのが問題なんだ。ねぇ、艦長?」
「えぇ、そうね」
 振られてタリアは頷いた。
「護衛として使者を、つまり政治家を乗せてきたというのならともかく、軍艦とそれに乗
る軍人が使者なんて、困惑しない方が変よ」
 プラントは軍国主義ではない。軍人が使者として赴くなど、例外的なことだろう。オー
ブはどう対応する?
「まあ、向こうが寄こした親書の返答だし、追い返されたりはしないでしょうけど……歓
迎もされないでしょうね」
「案外、国を挙げて歓迎するかもしてくれるかも知れませんよ? それはもう熱烈に」
 アーサーが戯けるように言った。それを見たメイリンは、副官が何を考えているのか分
からなかったが、何故かそれが正しいように思えた。
 アーサーの予想は、当たっていた。もっとも、それは歓迎の式典が開かれたりするとい
った意味ではなかったが。
「親書の返答を持ってきたといわれては、追い返せません。ここは国を挙げて向かい入れ
ましょう」
 ユウナの発言に、会議室に詰める首脳陣たちの顔に困惑の色が広がった。ただでさえ厄
介な相手なのに、国を挙げ手向かい入れるとはどういうことか?
 しかし、さすがに父親にして宰相のウナトはユウナの考えを読んでいた。
「なるほど、マスコミを使うのか」
「マスコミを?」
 ウナトの言葉に、カガリが聞き返す。
「マスコミに情報を大々的に流し、今回のプラントからの使者を報道させるのです」
「そんなことをすれば、国内外に知れ渡ってしまうじゃないか。あの艦を入国させること
自体、我が国には……」
「それは――」
 そこまで言って、今度はユウナが言葉を引き継ぐ。
「それは情報を操作すればいいだけの話です」
「情報操作? 虚言を流すのか?」
 カガリは、元来嘘という物が嫌いだった。政治家という物に、時には嘘やハッタリが必
要なことも知ってはいるのだが、誠実でありたいと思うのは人間として当然だとカガリは
思っていた。
「いいえ、嘘など付く必要はどこにもありません。我々オーブ首脳部は、広報を通して発
表するだけで良いのです。『何故プラントは、ザフトの軍艦と軍人を使者に寄こしたのか、
その真意がまるで分からない』とね」
「あ……そういうことか」
「後はマスコミが勝手にやってくれますよ。軍艦を向かい入れたオーブではなく、軍艦を
寄こしたザフトの真意の方に話題は流れます。少なくとも、国内に関してはこれで事足り
るでしょう」
 国外とて、そう難しくはないはずだ。そもそも軍艦を寄こす方が非常識なのだ。しかも
オーブは使者を向かい入れること自体は当然であるし、追い返すのはむしろ非礼だ。少し
頭を働かせれば、オーブの状況はすぐに理解できるはずだ。後はそれをどのように報道し
ていくかで決まる。
「政治レベルでの争いにしては、少々低レベルすぎますがね……」
 ユウナはやれやれと溜息を付いた。
 さらに一時間待って、オーブ管制塔からミネルバに入国の指示が出た。港へと入港した
ミネルバだったが、そこには大勢のマスコミが押しかけ、苛烈な報道合戦が起こっていた。
「凄い歓迎振りですね、艦長。さすが友好国」
「アーサー、本気で言ってるの?」
 タリアは、ちゃらける副官に溜息を付きながら、行政府に向かう随員を決めることにし
た。艦長であるタリアは当然としても、一人でというわけにはいかない。
「メイリン、レイを呼んでくれる?」
 護衛役として、レイはタリアを選んだ。もっとも、それはただの消去法で、シンは昨日
の戦闘以来、また部屋に隠り気味。ルナマリアはそれに付き添っているし、使える人員が
レイしかいなかったのだ。
「艦長、オーブ行政府より、ミネルバクルーにオーブ本土への上陸許可が出ました」
「上陸許可? 随分、景気のいい話ね」
 案外、本当に歓迎されているのだろうか? もっとも、このマスコミの囲みようでは、
出るに出られないと思うのだが……
「まあ、上陸については各自の判断に任せるけど、見ての通り外はマスコミがわんさか
いるわ。軍人としての責務を持って行動して頂戴」
 タリアが、クルーに上陸を許可したのは、オーブの好意を受け取る意味もあったが、こ
の状況で艦から降りる奴などいないと思ったからだ。
 ただ一人、オーブに強い思い入れのあるクルーの存在を、完全に忘れながら。
「ユウナ・ロマ・セイランです。この度は、遠路遙々よくお越し下さいました」
 行政府において、タリアを迎えたのはユウナだった。
 彼は外交専門ではなかったが、代表のカガリや、宰相のウナトに次ぐ第三の実力者だっ
た。
「ザフト軍戦艦、ミネルバ艦長タリア・グラディスです。早速ですが、プラント最高評議
会議長、ギルバート・デュランダルより、過日オーブから届けられた親書への返答を預か
って参りました」
 そして、二人による政治的駆け引きが始まった。
 ユウナは、親書の内容はともかくとして、一つだけ確かにしておかなければいけない事
があった。
「タリア殿、あなたに一つお伺いしたことがある」
 ユウナは親書の返答にあらかた目を通した後、出し抜けにそう切り出した。
「なんでしょうか?」
 これをいくらか予想としてイタリアは、毅然とした表情をしている。
 恐らく訊かれるのは……
「過日、我々はプラントに使者を送りました。この度の世界情勢でオーブの立場が如何な
る物なのかプラントに訴えるための親書を持たせて……」
「…………」
「この親書の返答は、本来ならその男が持って帰ってくるはずの物です。しかし、彼は戻
ってこなかった。そのことについて、お聞かせ願えますか?」
 白々しいとは思わなかった。ユウナ自身、アレックスがアスランに戻り、ザフトに復隊
したことは知っている。しかし、知っているのは事実のみ。

「そのことについては、アスラン・ザラより言伝を預かっております」
「ほぅ、アスラン・ザラから?」
 タリアは、アスランから聞いたこと、言われたことを、事細かにユウナに説明した。復
隊理由は出陣式の時に言っていたことと大差なかったが、一応の理由にはなっている。
 あらかた説明し終え、タリアは相手の出方をうかがった。
「なるほど、そういう理由でしたか……」
「納得いただけましたか?」
 タリアから渡されたアスランの市民IDカードを弄びながら言うユウナだったが、その顔
はまだ真剣みを帯びていた。
「しかし、その言伝を、アスラン、いえ我がオーブの亡命者アレックスが言ったという証
明は出来ますか?」
「はっ?」
 意外な切り返しに、タリアは驚いた。
「あなたの話を聞く限りでは、アレックスは祖国のためにアスランに戻ったという。でも、
こうは考えられませんか? 実は、アスランはオーブのために人質になった、と」
「人質、ですって?」
 思わず、タリアは素の口調で喋ってしまった。だが、ユウナはそれを気にせずに続ける。
「えぇ、今回のオーブの親書は、どう考えてもオーブが一方的な有利な内容でした。送っ
ておいていうのもあれですが、プラントには不利な点ばかりだった」
「…………」
「でも、返答を見ても分かるとおり、プラントはこちらの言い分を全面的に受け入れると
いう。随分、虫のいい話です。まあ、こちらとしてはありがたいですがね」
 ですが、とユウナはさらに続ける。
「もし、この条件を呑むに当たって、我が方の使者アレックスが自らを交渉材料にしてい
たら? もしくは、交換条件として自身の身柄を提示されていたら?」
「そんなことは!」
「あり得ない話ではないでしょう? アレックス、いや、アスラン・ザラの影響力は未だ
にプラントでは強く残っている。それに軍人としての能力と実績も、今のプラントには喉
から手が出るほど欲しい人材です」
 そして、もし、もしプラントが。
「オーブの条件を全面的に呑む変わりに、アレックスにアスランに戻ることを強要してい
たら? ザフトへの復隊を条件に上げていたら? これは国同士の外交としてフェアじゃ
ないと思いませんか」
 どうやらユウナ・ロマ・セイランというのは、かなりの政治手腕を持っている男らしい。
こんなことなら、アスランに一筆書かせれば良かった。いや、それも同じ事か、アスラン
に書くのを強要したと言われればそれまでだ。
「さぁ……本官は、本人からの言伝を頼まれただけですので。それにアスラン・ザラの復
隊に関しては、ザフトの人事部に問い合わせてみないことには」
 そこでタリアは、極めて無難な返答をした。もっとも、タリア自身アスランの件につい
てはあまり知らないという事情もあったのだが。
 その頃、オーブ港に停泊中のミネルバから一台のバイクが外に出ていた。マスコミのほ
とんどが会談の行われている行政府に移った隙をつくように、バイクは走り去っていった。
「シンが?」
 ルナマリアの話を聞いて、メイリンは驚きの声を上げた。
「うん、上陸許可が出たよって教えたら、行きたいところがあるって飛び出しってった」
「でも、昨日までまた引きこもってたんでしょ?」
「そうなんだけど、ほら、オーブはシンの故郷だし……」
 正確には違うのだが、この国でシンは生活をし、家族と暮らしていたのだ。思い入れが
ないはずはない。
「何か分かんないなぁ……シンって前々からオーブには色々苦言とか言ってたじゃん。そ
のくせ、オーブの話をすると機嫌悪くしてさ」
「まあ、複雑なのよ。色々と」
 第一、それをいうならあのアスラン・ザラだって同じ事だ。彼にとって、オーブはどの
ような存在だったのだろうか? 単なる亡命先か、それとも第二の故郷になり得る場所だ
ったのか?
「どいつもこいつも、抱え込みすぎなのよ」
「悩みがないよりは、いいんじゃない? ただ前向きなだけも、ウザイでしょ」
「そーいう、あんたこそ悩みとか無いんじゃないの?」
 一瞬、メイリンの目に言い様のない殺気が、主に姉の腰のラインを見ながら隠ったが、
ルナマリアはそれに気付かなかった。
「悩みがないのは、お姉ちゃんだよ……うん」
 シンは、海岸線沿いにバイクを走らせ、ある場所に向かっていた。
 どうしていこうと思ったのか、それは自分でも良く分からない。その場所は、シンにと
って『過去』だった。思い出したくない、遠い昔に別れた過去。
 家族の眠る場所。
「マユ……」
 妹の名を呟きながら、シンはその場所へ、石碑へと向かった。私服の上着には、妹の携
帯電話が入っている。シンにとって、唯一残った家族との想い出の品だった。
 シンの家族は、前大戦時に帰らぬ人となった。オーブ起こった戦闘の巻き添えを食った
のだ。今でも昨日のように思い出すことの出来る悪夢。
 いや、悪夢ではない。父が、母が、そして愛する妹が死んだのは現実だ。妹はこの場所
で爆発に巻き込まれ……
「今の俺に、それを恨む事なんて出来るのか?」
 シンは独白した。彼もまた、今では罪無き民間人を殺している。そんな自分が、家族に
妹に顔向けなど出来るのだろうか?
 石碑、前大戦の終結後に作られた慰霊碑は、小高い崖の上にあった。見晴らしの良い場
所に立てられたというこの慰霊碑は、花で囲まれていると言うが……
「えっ――」
 そして、見た。
 シンの目の前、花に囲まれた慰霊碑の前で、花の周りに、石を並べている青年がいた。
どこか覇気に欠ける青年は、潮風と波飛沫を受けながら、黙々と石を並べている。

 彼の名は、キラ・ヤマト。
 これが、シン・アスカとキラ・ヤマトの、今を生きる者と過去を生きる者の、出会いの瞬間だった。