W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第15話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:05:21

「殿の艦隊がオーブに向かった?」
 カーペンタリア基地を離脱し、一路ヘブンズベースへと撤退するホアキン艦
隊に事件が起こったのはミネルバがオーブへと入国した、まさにその時であっ
たという。
「はい、殿を務める部隊は突如として進路を変更。オーブへと艦隊を動かした
ようです」
「馬鹿な、誰がそんな命令を出した!」
「恐らく、カーペンタリア基地がオーブへ向かわせた戦艦を狙ってのことかと」
 偵察機の報告では、先頭から一夜明けた午後、最低限の補修を終えたザフト
軍艦ミネルバがカーペンタリア基地を発進したという。ホアキンは、艦隊への
追撃かとヒヤリとしたが、ミネルバの進路はまるで違い、中立国オーブ首長国
だった。
「だがあの戦艦は、プラントの使者としてオーブに赴いているのだろう?」
 ユウナの政治戦略が功を奏してか、マスコミ各社は一斉にミネルバのことを
報道していた。
 何故、軍艦を寄こしてきたのか? その意図は? 現代の黒船襲来か?
 書く方も書く方だが、少なくとも現段階ではミネルバはオーブが送った親書
の返答を持ってきたプラントの使者だ。
「それを狙うなどと、これでは他国への外交干渉ではないか!」
「しかし、プラントは敵性国家です。別に問題は……」
「馬鹿者! プラントはともかく、オーブは違う。もし、オーブ到着前にミネ
ルバを攻撃すれば、オーブは自国の外交をファントムペインに妨害されたと思
うはずだ。いや、オーブだけではない、誰がみたってそうだ」
 オーブは、未だファントムペイントの同盟条約締結に慎重な動きを見せてい
る。軍事的にも強い力を持っているだけにその動向は世界が注目しているが、
ここでファントムペインがちょっかいを出そうものなら、条約締結をさらに先
延ばしにされる可能性がある。
「すぐに呼び戻すのだ」
「ハッ、ですが先の戦闘の影響で周囲の海域は乱れ、通信に多大な影響が……」
「ならば、MSでも連絡艇でも飛ばせ! 奴らがミネルバに接触する前に連れ戻
すのだ!」
 殿を務める艦隊は、その重要なポジションを務めるためか、比較的損害の少
ない艦隊で構成されている。食料や薬品、弾薬などの軍需物資も豊富だし、
MSや戦闘機なども数多く残され、戦闘能力は確かに高い。
 だがそれがどうした? 確かにミネルバは叩いておきたい戦艦だ。先の戦闘
での活躍振りをみても、その力は驚異的なものだ。しかし、軍事行動を取って
いない政治目的で動く艦を沈めるなど、出来るはずがない。
「仮に撃退されたとしても、世間は我々の行動を非難し、ミネルバの無事に喜
び、称賛するだろう。勝ったとしたら、非難の声が強くなる、それだけのこと
だ」
 命令違反をしても、それを上回る功績を立てれば免除。
 そんなものは古代の風習だ。現代では、何の意味も持たない。
「所詮は、寄せ集めの部隊か……ネオ・ロアノークならもっと上手くやるのだ
ろうが」
 ホアキンは上官との違いに苦笑しながら、自分たちが組織的に脆いものだと
思い知らされた。

          第15話「亡霊」

 波飛沫が上がっていた。

 慰霊碑がある崖は、時折来る高波によって水に濡れる。降り注ぐ海水は、周
囲に咲く花々を痛ませ、枯らせてしまう。
 彼女は言う。なら新しい花を植えましょう、と。
 ダメになってしまったのなら仕方がない。新しいのを植えてあげないと、そ
こに眠る人々が可哀想だ、そう言った。
 間違っているとは思えない。確かに、痛んで枯れた花々をずっと植えておく
のは良くないことだろう。

 でも、何故だかそれが嫌だった。

 枯れたら新しいのを植え直す、それを繰り返すだけの自分が、嫌だった。
 花が痛むのを黙ってみているだけの自分が、許せなかった。
 だから、だから僕は――――

「何を、してるんですか?」
 シンは驚きとともに、何とか呟くように声を出した。
 目の前では、一人の青年が、石を運んでいた。大小様々な石を、花の周りに
積み上げている。
「花をね……ここの花は、波飛沫が当たって、痛みやすいから」
 細い声で、青年は喋った。シンとは対照的な、覇気のない声。
「だから、石垣を?」
「うん、本当はビニールハウスでも造れればいいんだけど、慰霊碑にビニール
ハウスは変だろうって言われてさ」
 青年の手は、土と泥で汚れていた。石を運ぶうちに傷つけたのか、指先は血
が滲んでいた。
 だからシンは、ほぼ咄嗟に、
「俺も、手伝います。手伝わせてください」
 まるでそうすることが当然のように、口を開いていた。

 その後、青年とシンは、慰霊碑の花を囲むように高い石垣を作った。これな
ら花も大丈夫だろうとシンは思ったが、青年は言う。
「波飛沫からはね。でも、花は潮風にも弱いし、この石だって波が当たり続け
れば削れてしまう」
「じゃあ、あなたは良く、この石垣を作り直してるんですか?」
「うん……そういうことになるね」
 慰霊碑の前に立つ二人。シンの手も、すっかり汚れてしまっている。
(いや、俺の手はもっと汚れている。泥や土なんかじゃ隠せない、血の色で)
 シンは青年のほうをみた。彼は、とても哀しそうな瞳で慰霊碑を見つめてい
た。
「あなたも、ここで誰か亡くしたんですか?」
「えっ……?」
「すいません。俺、ここで家族を……だからそうじゃないかって」
 瞬間、青年の顔が一変した。哀しそうだった表情が驚愕に満ちあふれ、シン
をみる目が見開かれた。
「君の、家族が?」
 青年は、震えていた。

 予想していなかったわけじゃない。可能性は十分にあった。

「? 大丈夫ですか?」
 シンは、青年の変わりように困惑したが、青年は目を瞑り首を振った。
「……僕は」
 青年がシンをみる。その覇気のない表情の中に、弱々しい光りを見せる瞳が
あった。
「僕は元軍人なんだ」
「軍人?」
 元、ということは退役軍人というわけか? それとも、徴兵が終わった少年
兵ということか……
「それで、僕はここで戦ったことがある」
「――――!」
 今度はシンが驚く番だった。青年が何者かは知らないが、前大戦のオーブ解
放戦線に参加し、この場所で戦った、つまりこの青年は……
「僕は、君にとって家族の仇なのかも知れない」
「仇……」
 確かに。青年の言うとおりだ。
 彼があの戦いに参加し、戦っていたというのなら、間接的には彼の家族の、
妹の仇と言うことになる。
「だから、あなたは花を……?」
「今の僕に出来る事なんて、その程度のことだから……一生かけて償うにも、
僕は人を殺しすぎた」
 戦争を終わらせるために、仲間を守るために、愛する人を救うために、ど
んな言い訳をしても、きれい事で塗りたくっても、人を殺してしまったとい
う事実が消えるわけではない。
「偽善なのかも知れないし、その程度のことをといわれるかも知れない。で
も、僕は何かせずには居られなかった。今の自分に出来ることを、最低限で
もやりたかった」
 シンは、青年を非難することも、仇として罵ることも出来なかった。
 出来るはずがなかったのだ。自分とて、何の罪もない人々を、自分の手で
殺してしまったのだから。
「俺も……自分は、軍人です」
 だからシンは、正直に告白した。
「君が?」
 青年は驚いていた。シンの若さに驚いたのか、それとも軍人であること
自体に驚いたのか。
「自分は、この場所で家族を亡くしました。いえ、あなたのことを責める意味
で言ったんじゃありません」
 青年が顔を沈ませたのをみて、シンは慌ててフォローした。随分と、精神の
脆い人だと思った。それとも、戦争が彼をこのようにしたのだろうか?
「家族を失った悲しみや苦しみ、世界に対しての強い怒り、それを忘れるため
に、紛らわせるために軍隊に身を置きました」
「それは……復讐のため?」
「復讐心がなかったとは言いません。でも、俺は……」
 青年は空を見上げた。いつの間にか空は、茜色に染まっていた。
「俺は、人を殺しました。この手で、軍人でもない、何の罪もない人とを。作
戦行動中のミスとか、そんな言い訳は通用しない。民間人殺しの男です」
「………………」
「そんな俺に、あなたは責められないし、ここで家族のためにない苦事も出来
ない」
 自分の生で、多くの人を不幸にしてしまった。人を殺したことで、多くの未
亡人や孤児が生まれた。国家指導者を失った国は、言い様のない損失だっただ
ろう。
「本当は、死ぬためにここに来たんです。これからどうするべきなのか、俺に
はもうわからなくって……でも」
 でも、ここには一人の青年が居た。自分と同じ悩みを抱え、苦しみ、それで
も何かしようと努力する青年が。
「僕は、そんないいものじゃないよ」
 青年は、後ろ向きに答える。
「僕だって、死のうと思ったことが何度もある。でも、僕には出来なかった」
 だから今も、惨めに生きている。罪の意識にうなされ、眠れない日々を過ご
す。
「何故、あなたはそれを選ばなかったんですか?」
 シンは、この質問を失礼だと思わなかった。むしろ、今の自分はこの質問の
答えを聞いておかなければならないとさえ思った。
「……こんな僕でも、死ぬと悲しむ人がいてね」
 義理の両親、双子の姉、かつての仲間たち……そして。
「一人、僕が居なければ生きていけないという人がいる。必要とされてしまっ
たんだ。僕なんかが」
 例え愛していなくても、癒やしてくれたのは事実だった。
 義理か、恩か、何を感じているのかも分からないが、自分は彼女の側にいて
やらねばと思った。
 それが、何かの償いになると信じて。
「君は、僕に似ている」
「えっ?」
「それはダメだ。僕なんかに似ちゃ。君は、君の道を、自分で見つけるんだ」
 自分のように、目の前の青年がなって欲しくない。青年は、心からそう思っ
ていた。自分には、彼の悩みを訊いてあげることは出来ても、それに答えを出
すことは出来ない。彼もまた、同じ悩みに苦しむ人間なのだから。
 だけど、これだけは言える。

 この少年は、自分と、キラ・ヤマトと同じ道を歩んではいけない。

 キラは、それだけは確信していた。

 キラとシンは、慰霊碑を黙って見つめている。
 それがしばらく続き、シンは口を開いた。
「こんな風に花を守っても、人はまた、吹き飛ばしてしまう……」
 戦争が始まったこの世界。同じ過ちを繰り返そうとする人々。
 花は、また散るのだろうか?
「今ある花を、守りたい。僕はそう思う。植え直すことは本当に簡単なことだ
けど、今ある花を守り抜くには……どうしたらいいんだろう」
 キラの独白は、シンの胸に響いた。
 全くその通りだ。どうしたら花を守れる?
 どうしたら、この愚かしい世界は戦争を止めることが出来るのだろうか?
 二人はそれが分からない。共に誰かに許されたいと震え、罪の意識に怯える
二人には、その答えが出せなかった。

 一方、オーブ行政府では代表のカガリと、宰相のウナト、そしてタリアと会
談を行ったユウナによる話し合いが行われていた。
 もっともそれは、アレックス・ディノについてが主であったが。
「そうか……アスランがな」
 カガリの声は沈んでいた。
 予想していなかったわけではない。彼の性格を考えれば、困難に陥っている
プラントを見捨てられなかったというのは、十分あり得ることだった。
 だが、それでもショックなものはショックだ。
 何故ならカガリは、
「アスランは、私ではなく、プラントを選んだか」
 オーブではなく、といわない辺りが正直者のカガリらしかった。
 そんなカガリの姿を、痛ましそうにユウナは見つめているが、この件に関し
ては何を言ってもやぶ蛇になりそうで怖かった。
「代表、アレックスの件はともかくとして、プラントが我々の条件を、こうし
て文書に定めて呑んだのは事実です。そうなると、次は例の同盟条約ですが」
 ウナトの言うとおりだった。プラントへの親書は、そもそもが同盟条約の締
結を前提に書かれたものだった。
 プラントは約束を守るのならば、いよいよ条約を結ぶことになるのだろう。
しかし、そうなると後々プラント側と一戦交えるなどと言う事態にも発展しか
ねない。
 そしてそれは、アスラン・ザラと戦う可能性もある、ということだった。
「結ぶしかないだろう。これ以上は無理だ」
 だが、カガリは決断した。全ては国のためだ。
 責任があるのだ。自分には。この国を守り、戦火にさらさない、焼かないと
いう、強い責任が。
 その為には、アスランのことは忘れなければいけなかった。
 一個人の感情で、国が左右されるのは専制国家だけだ。
「以上だ。ミネルバ艦長にも、その旨を伝えておけ。私は、私邸に戻る」
 カガリはそれだけいうと、その日は私邸に隠って、誰とも口を利かなかった
という。翌日には、いつものように復活したのをみて、ユウナは流石強い娘だ
と思った。少しだけ赤くなっていた、目の周りに気付かないふりをしながら。

 役目を終えたミネルバは、出航の準備に掛かっていた。
 シンはタリアたちよりも早く帰還していたが、シャワーを浴びた後、また部
屋に隠ったという。
「しかし、少しだけ顔が晴れやかだったぞ」
 食堂でレイは、ルナマリアやメイリンにそう話した。
 相変わらずのシンであるが、何かしら良いことでもあったのか、それとも。
「きっと、お墓参りでもしたのよ」
「えー? お墓参りして気分が良くなるの?」
 墓参りで気が晴れるのかどうかはともかく、シンが立ち直ろうと努力してい
る。レイはそれだけでも十分だと思った。
「それにしても、意外と早く終わったな」
 タリアとオーブ側の会談のことである。事が事だけに、一両日中に終わると
は思っていなかったが、形式的な会談というのは早く終わるものらしい。
「でも、これでオーブとも敵になるんだよね……シン、大丈夫かな?」
 オーブはシンにとって嫌っているとはいえ故郷のはずだ。彼にまた悩みの種
が増えたと思うと、ルナマリアは不憫でならない。
「実際に戦闘するとは限らない。まあ、ミネルバがこの先どうなるかにもよる
が」
 ミネルバは、急遽とも言える使者の役目を果たしはした。しかし、元々先の
事件の影響もあり、立場は未だに定まっていない。地上に居続けるのか、宇宙
に呼び戻されるのか、少なくとも当初の予定、月軌道に配置というのはないよ
うに思える。
「まあ、どこに行こうが、そこが戦場であることには変わりない、か」
 出航するミネルバを見送りながら、国防本部へと顔を出していたユウナに報
告が届いた。オーブ領海ギリギリにファントムペインの艦隊が近づきつつある
というのだ。
「妙だな……どこからの軍だろう?」
 この時期に、しかも大規模な戦闘後に艦隊を送ってくる余裕などファントム
ペインにあるはずもないのだが、事実戦艦や巡洋艦を含む8隻の艦隊が向かっ
てきているのだ。
「可能性としては、ファントムペインのカーペンタリア遠征軍の一部と考える
のが妥当かと思いますが」
「撤退途中の軍が、使える艦艇をかき集めてかい? そんなことして、意味あ
るのかな」
 ソガ一佐の答えに疑問で返すユウナだが、確かにソガの言うとおり遠征軍の
一部と考えるのが普通だろう。
「狙いはミネルバなんだろうけど……さて、連絡はするべきかな」
「政治のことに関して私は何も言えません。ただ、オーブ軍としては出撃体制
を整えるべきではありませんか? オーブへの攻撃艦隊という可能性も、なく
はないのですから」
「そんな馬鹿な、といえないのがファントムペインやブルーコスモスの怖いと
ころだからね。誰を行かせようか?」
「トダカ一佐の艦隊を出しましょう。あの人ならば上手くやるはずです」
 トダカはオーブの海将を務める男で、政治家嫌いの堅物として知られている
が実力は高く、こと海戦においては無類の強さを持つオーブ軍人だ。
 政治家嫌いの影響からか、出世は遅く、年少のソガに国防本部長の地位こそ
譲ってしまったが、軍内部での人気は高い。確かに彼なら、上手くやってくれ
るだろう。
「命令のほうは君から頼むよ……というより、命令するのは君なんだけどさ」
 ユウナは国防を担当すると言っても、行うのは『軍政』であり、実際の『軍
令』を行うのはソガである。この辺りは、中立国のオーブでもしっかりと分け
られている。
「そろそろミネルバも気付いてるはずだ。さて、オーブはどう動く?」
 助けるべきか、見放すべきか。
 ユウナはそれを決断せねばならなかった。
「ミネルバの進路に艦隊が?」
 タリアは、半ば唖然としながらその報告を受けていた。ミネルバの進路上に
敵軍の艦隊が居るというのだ。
「領海を抜けた付近で待ち構えています。それなりの数です」
 報告するアーサーも信じられないといった面持ちだった。彼にしてみても、
こんな事態、予測していなかったのである。
「回避することは出来ないの? もしくは、カーペンタリアに援軍を要請する
とか」
「通信は出来ません。この海域は、先の戦闘の影響で通信の乱れが激しくて」
 半ば悲鳴のようにメイリンが言う。タリアは奥歯を噛みしめながら、選択を
迫られる。
「オーブに戻ろうにも、もう入港理由はないし、援護も期待できないでしょう
ね」
「しかし、戦うにしても今のミネルバでは……」
 ミネルバは先の戦闘の影響を引きずっている。簡単な補修で済ませた甲板や、
モビルスーツ、弾薬の補充は出来ているが相手が艦隊となると話は別だ。
「接触までどれぐらい?」
「二時間です」
「なら、一時間で作戦を纏めて、一時間で出撃準備よ。メイリン、戦闘要員を
ブリーフィングルームに集めて」
 戦うにしても、策なしではどうしようもない。生き残るためにはどうすれば
いいのか? ミネルバは、それを考える必要があった。