W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第19話(2)

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:06:36

 戦況を見守るミネルバは、意外ではあったが未だに攻撃を受けていなかった。
敵の隊長機とアスランが戦い、ウィンダム隊はシンが攪乱する。どちらも巧く
やっており、敵の砲火がミネルバに来ることはない。
「両機とも、良くやっていますね。特にシンは奮戦している」
 シンのインパルスは、ビームライフルで応戦してきた敵に対し急速接近し、
ビームサーベルでの接近戦を仕掛けていた。敵の急接近に動揺したウィンダム
隊はビームサーベルを抜くのに手間取り、混乱した。そこに躍り込むようにイ
ンパルスが斬りかかってきたのだから堪ったものではない。
「なまじ機体の数が多いだけ、接近戦での火器の使用は味方を巻き込む恐れが
ある。だから、ビームサーベルで対応しなければならない、か」
 しかし、シンはモビルスーツによる剣技においても一流に近かった。既にウ
ィンダム隊は五機も落とされている。
「味方を落とされて、敵はシンを倒すことに躍起になり始めてるわね」
「えぇ、こちらに向かってこないところを見ると、まずはシンを落とすつもり
なんでしょう」
「妙だと思わない?」
「……何がです?」
 タリアの疑問に、アーサーは質問で返した。
「敵が正面から攻めてきた事よ。あのウィンダム隊は必ずしも統率の取れてい
る部隊じゃないわ。数で無理矢理押し切るにも、その数を生かしきれないでい
る」
 無能者が戦艦の艦長になどなれるわけがない。タリアは、戦況の洞察を続け
る。
「私なら、あれだけの数よ。本体を二手に分けて、多少時間が掛かっても海域
を迂回させてミネルバの後輩を突かせるわ。敵がそれをしないのは……」
「よっぽどの馬鹿か、それとも敵総数は六十機以上で既に分けてあるか、それ
とも」
 その時だった。突然、ミネルバに衝撃と振動が走った。
「何事なの!?」
 タリアは、咄嗟にオペレーターであるメイリンのほうをみる。
「こ、後背から攻撃を受けました!」
「数は? 敵は何機なの!」
 予想が見事に当たってしまったようだ。敵は部隊を複数にわけ、伏兵を作っ
ていたのだ。しかし、どうして攻撃されるまで気付くことが……
「ふ、不明です! ……というか、その、敵が」
「ちゃんと報告して、敵は何なの」
「て、敵がいません。敵の姿が確認できず!」

 ミラージュコロイドは、旧連合軍が開発した一種のステルス機能であり、電
磁的・光学的にはほぼ完全な迷彩を施すことが出来る。しかし、赤外線や廃熱
による熱探知には弱く、さらにユニウス条約により軍事の使用が禁止されたた
め、この装備を持っているものは表向きには居ないはずである。
 そう、ファントムペインを除けば。
「さすがに一発で沈むほどやわじゃないよな……チッ、こいつにもイージス並
みの砲撃装備があればな」
 ダナは苦笑しながらも、再度ミネルバに攻撃を仕掛ける。驚いたことに、ミ
ネルバには後部砲塔がないらしい。つまり、後背からの攻撃に無力なのだ。
「足の速さに固執するばかりに、砲塔を廃止してスラスターに変えている……
その拘りが仇になったようだな、ザフトさんよぉ」
 宇宙戦艦が全方位の攻撃に対応していないなど、ダナには信じられなかった。
しかし、だからこそダナはこうして後背攻撃に成功したのだが。
「一機に取り付いてブリッジを粉砕してやるぜ」
 ダナは不敵に笑うと、機体を加速させた。

「ミネルバ反転、後背の敵を迎え撃つ!」
 タリアはそう命令を出すが、すぐにアーサーが異議を唱えた。
「危険です! 艦艇を反転する間に、敵に取り付かれます。ここはミサイルで
迎撃しながら、艦を直進させるべきです」
「それでは、前方のウィンダム隊に突っ込んでいくようなものよ!」
「しかし、反転迎撃するより、弾幕を張って前方突破を図った方が」
「ダメよ。ミネルバ百八十度回頭!」
 アーサーの進言は却下され、ミネルバはこの戦闘でもっとも無謀な行動に出
た。

「ミネルバが後背から攻撃を? 伏兵か」
 エミリオと戦うアスランは、自分と互角に戦う敵に驚きながらも、ミネルバ
への援護をどうするべきか考えた。ミラージュコロイドのステルス機が一機の
ようだが、恐らくはエース機。そんなものに取り付かれてはミネルバも厳しい
だろう。しかし、自分よりミネルバに近いシンは、ウィンダム隊と激しい戦闘
を繰り広げており救援に向かうのは不可能だ。

 かという自分も、今対峙する敵を放って援護に迎えはしない。この敵はそれ
を許してくれないだろう。
「ミネルバが取るべき行動は一つ」
 急速前進で突き進み、砲火をウィンダム隊に集中。部隊を牽制しつつ、イン
パルスと合流。ウィンダム隊を相手にすることになってしまうが、インパルス
という飛行戦力の援護を期待できるし、乱戦になればステルス機の行動も制限
できるはずだ。
 奇しくもアスランは、アーサーと同じ考えに辿り着き、最悪の形でそれを裏
切られた。
「なっ、ミネルバが回頭する!?」

 シンもまた、ミネルバを襲った敵に気付き対応に迫られていた。
「俺から動くことは出来ないけど、ミネルバがこっちに来てくれれば」
 自分がここからミネルバの救援に向かえば、ウィンダム隊を引き連れていく
ことになる。そうすれば、いくらこの敵だってミネルバを狙うようになるだろ
う。そうなってはまずい。
 だからここはミネルバに急突出してもらい、その装備を持ってウィンダム隊
に砲撃、数を減らすという手がある。これならウィンダム隊の数は減らせるし、
敵を撃破して戻って来るであろうアスランの存在を考慮すれば五分以上の戦い
が出来るはずだ。
 戦術や戦略はさほど得意でもないシンだったが、我ながら有効だと思った。
そして自分にすら思いつくのだから、ミネルバは当然……
「反転する? なんで!」
 しかし、どうやらミネルバは頭を回す代わりに、艦艇を回すようだった。

 結果、ミネルバはダナのネロブリッツに取り付かれ、大打撃を喰らった。回
頭が間に合わなかったのだ。右腕の六連装ランチャーから発射された攻撃で、
巨大な船体が揺らぐ。唯一の救いは、ミネルバの装甲の厚さと、ネロブリッツ
に戦艦を一撃で仕留めるような装備がなかったことであろう。
「ならば、相手さんの攻撃を利用させてもらうか」
 半回頭をしたミネルバから、高エネルギー収束火線砲トリスタンが発射され
る。この砲撃に対し、ネロブリッツは背部に備えられた可変アームユニットで
対応した。
「甘いなぁ!」
 トリスタンの砲火は確かにネロブリッツに、その可変アームに直撃した。し
かし、その直後、凄まじい光りと共に反射した。
 そう、この可変アームユニットは防御兵器としても使えたのだ。ビームを屈
折させ、反射させるという恐るべき機能だった。
 まさか攻撃が跳ね返されるとは思っていなかったミネルバは、これを見事に
喰らった。反射の際、多少威力が減少していることもあり、ミネルバのラミネ
ート装甲はこれをほぼ完全に防ぐことが出来た。
「ビームを弾くなんて……なんて兵器なの!」
 タリアは思わぬ自体に驚愕を隠せないでいた。
「レイとルナマリアに打電、敵はビーム兵器を反射する。ビーム兵器を使う
な!」

 アーサーの命令が飛ぶが、使おうなと言われてもザクの主武装はビーム兵器
だ。レイのファントムは多段型のミサイル兵器を有しているが、基本的にはビ
ーム突撃銃を使うし、ルナマリアのガナーは、ビーム砲撃専用だ。これでは攻
撃のしようがない。
「イゾルデ標準、敵を撃ち落とせ!」
 ビームが効かないなら実体弾。その選択自体は間違っていないが、敵は既に
ミラージュコロイドを解除している。機体形状から察するにGATシリーズ、
装甲はPS装甲だろう。それでは実体弾も防がれてしまう。
「完全防御システムを、たった一機のモビルスーツで実現させたのか……」
 レイはこれをなんとかして打ち破る方法はないかと思案するが、当面は弾幕
を張って敵の接近を阻止するほかなかった。

「くそっ!」
 このミネルバの、自ら招いた危機的状況を打破しようと始めに動いたのはア
スランだった。
 彼は、ジャスティスのビームブーメランを投げ放ちイージスを牽制すると、
反転して一気にミネルバの救援に向かおうとした。だが……
「逃がしはしない!」
 イージスの胴体、前面装甲が展開される。そして、その腹部から580mm複
列位相エネルギー砲スキュラが露出する。
「モビルスーツ形態でも撃てるのか!?」
 かつてアスランが搭乗していたイージスは、巡航形態でなければスキュラを
使うことが出来なかった。故に彼は、モビルスーツ戦闘に置いてその最強の武
装を使ったことはなく、これをモビルスーツで使えれば幾度となく思ったが、
「まさか、カスタマイズされて俺の前に来るとはな!」
 発射されたスキュラの砲撃をアスランは寸前で避けると、再びイージスと対
峙する。戦艦を一撃沈めるような砲撃に背を見せられるほど、彼は愚かではな
い。
「こうなったらシンが頼りだが」
 すぐに倒すと言っておきながら、これでは英雄の名が泣くな……
 アスランは苦笑しながら、出来るだけ早くイージスを倒すことにのみ専念す
るほかなかった。

 そのシンは、この緊急事態に思い切った行動に出た。彼はミネルバに通信を
送り、今すぐ回頭を辞めるように進言した。
「そのまま横に突っ切って、逆時計回りにウィンダム隊の側面を狙うんです。
そうすれば、まだ合流のチャンスはある」
『しかし、本艦は敵のエース機と交戦中よ。それをどうするの?』
「多少危険は高いですけど、レイとルナの機体をグゥルに騎乗させるんです。
敵がビームを防ぐ以上、甲板からの砲台としてはもう使えない」
 グゥルとは、かつてザフト軍がモビルスーツ支援用に使用していた空中支援
機で、これに騎乗することで空を飛べないモビルスーツも、ある程度の行動が
出来るようになった。しかし、現在は地上でのディンの量産と、敵のジェット
ストライカーとの性能差からほとんど使われることがない。先日のカーペンタ
リアのでの戦闘に置いてレイが使用するも、敵のエース機を前に為す術無く敗
れている。
「敵の足止めをすれば良いんです。撃破する必要はない。ウィンダム隊への攻
撃が成功した時点で、俺が敵を叩きます!」
 無い知恵を絞るとは正にこの事か。シンは自分に出来うる限りの思考と発想
を、激戦の最中繰り返し、この作戦を構築した。それはこの状況下で、それも
即興で思いついたにしては良くできているように思える。
『でも、作戦に気付いたウィンダム隊の一部がミネルバに迫ってきたらどうな
るの?』
 タリアは素直にこの作戦を認められないでいた。不安要素がいくつかあるだ
けではない。先ほどの命令が招いた失敗もあってか、自分でこの窮地を打開し
たいという思いが強かったのだ。
「このままだとミネルバは落とされます! それでもいいんですか!」
 そんなタリアの内心など知る由もないシンは、思わず声を荒げてしまう。こ
こは戦場だ。悠長に考えていては、勝てるものも勝てなくなる。
『……判ったわ。あなたの作戦を使います』
 遂に折れたタリアは、ミネルバに急速前進を指示した。レイとルナマリアは
一旦引っ込み、グゥルの騎乗準備をする。その間にシンは、出来る限りウィン
ダム隊の注意を惹き付けようと、怒濤の攻撃を開始した。

「はぁ~ん……俺の注意をあの二機に向けさせて、この海域から離脱するつも
りか?」
 グゥルに騎乗し、出撃してきた二機を見て、ダナはこれを相手にするかどう
か迷った。自力飛行も出来ないような量産機に後れを取るとは思わなかったが、
無視しをすれば、背後でこうるさく蠢動される危険性もある。
「すぐに片付けてやるぜ」
 ネロブリッツは六連装ランチャーを構えるが、それよりも早く、赤い塗装を
施されたルナマリアのガナーザクの砲撃が発射された。長距離砲だけあって、
その射程はブリッツのどの武装より長い。
「だが、それだけだ」
 ダナは、ブリッツの可変アームユニットを使い、ザクのオルトロス高エネル
ギー長射程ビーム砲を反射する。ビーム兵器などこの装備の前には無力に等し
い。
 しかし、そこに高度な連係が加われば、話は違ってくる。
「そこだっ!」
 敵がオルトロスの対処をしているうちに急速接近したレイのザクファントム
は、ビーム突撃銃の連射をかける。
「弱いねぇっ!」
 元々格闘専用のモビルスーツだけ合って、その動きは俊敏だった。ブリッツ
はビーム突撃銃による攻撃を避け、これに反撃をしようとするが、
「させないっ!」
 それに割り込むようにルナマリアのザクが砲撃を仕掛けてくる。長距離と中
距離の攻撃で、ブリッツをその場に釘付けにしようというのだ。そして、ダナ
のブリッツはそれに嵌りつつあった。
「付き合ってられないな」
 ダナは軽く毒づくと、ブリッツの六連装ランチャーの標準を合わせる。
「これの相手でもしてろ」
 ブリッツは、攪乱用のダミーバルーンを射出した。
「なっ!?」
「これは……」
 レイとルナマリアは、その見たこともない兵器の前に戸惑い、反応が遅れた。
ダミーその物に攻撃能力などありはしないが、それでも突然レーダーに六体も
の反応が増え、視認でそれが確認できると、動揺を隠せなかった。
「じゃあな!」
 ダナは期待を急加速させ、一直線にミネルバを追撃する。まだとっておきが
残っている。こうなったら、ブリッジか機関部を直接狙い、艦の機能を麻痺さ
せてしまえばいい。ダナは急速離脱をしようとしている艦の位置を確認し、
「なにぃ!?」
 その、現在位置に驚愕した。

 シンが未だ激戦を繰り広げるウィンダム隊との戦闘は、常にウィンダム隊の
優勢で進んでいた。いくらシンがエースパイロットであり、インパルスが最新
鋭機であっても三十倍近い敵と相対するに、その披露と消耗は限界に近づきつ
つあった。ウィンダム隊は既に九機をインパルスに落とされたが、ここにきて
やっと隊の連係が取れ始めたのである。
「分散するな。無理に包囲しようとするのではなく、密集して一点集中攻撃を
行うんだ!」
 二十一機から発射されるビームライフルの連射を喰らえば、戦艦だって落ち
るであろう。インパルスは、一応耐ビーム仕様のシールドを持っているが、そ
んなものは気安めにもなりはしない。
「チッ、ブラストだったら……」
 確かに、インパルスの重装備シルエット、ブラストならば密集した敵を粉砕
し、大打撃を与えることが出来るであろう。だが、今から射出してもらうので
は間に合わないし、換装する暇もない。
「ならば!」
 シンは、密集を図ろうとするウィンダム隊に斬りかかろうと接近を図るが、
連係の取れ始めたウィンダム隊にビームライフルで応戦され、シールド防御を
しなければならなかった。
 これまでか!
 シンは覚悟を決めかけたが、今まさにインパルスに一斉射撃をしようと密集
したウィンダム隊の側面に、突如砲火が浴びせられた。
「ミネルバ、間に合ったのか!」
 ザフト軍艦随一の速度を誇るミネルバが、素早く艦を転進させ、ウィンダム
隊に側面攻撃を仕掛けたのだった。なまじ、インパルスを落とすために密集し
ていたものだから、ウィンダム隊はその一撃だけで三割近い損害を出していた。
「いかん、分散しろ!」
 その通信が全機にとぶと同時に、ミネルバから二度目の砲撃が行われる。不
意打ちとはいえ、たった二度の攻撃で二十機以上のウィンダムが壊滅的な損害
を被ったのだ。
「俺を倒すことばかりに気を取られているからだ」
 シンは自分が立てた作戦が成功したことに、少なからず満足していた。後は
残り数機にまで撃ち減らされたウィンダムの掃討を……
「っ! これは」
 ミネルバの後方に、先ほどの機体が急接近していた。レイとルナマリアが突破
された、いや、ザクはそのさらに後方を追いかけている。だが、距離がある。速
度的にも追いつけそうにない。
「レイ、ルナ! その機体の相手は俺がする。二人は、ミネルバに合流してウ
ィンダム隊の掃討作業に入ってくれ」
『了解!』
 二人の声が重なると同時に、シンは機体を敵機に向けて飛ばした。インパル
スのエネルギー残量は、この時既に危険域ギリギリといったところだった。し
かし、補給している余裕などありはせず、シンはまったく余裕のない状態でダ
ナと戦う羽目になった。

「ウィンダム隊が壊滅……だと」
 さすがのダナも、その事実を間近で見せつけられては言葉もなかった。味方
が死ぬことに対してあまり感情的になるほうではないとはいえ、ここまで酷く
やられては黙っていられなかった。
「やっぱ、寄せ集めの部隊なんてこんなもんだよな」
 もっともそれは、役立たずの味方に対しての愚痴であったが。
 ダナは急接近してくる機体、インパルスを確認すると応戦のため構えを取っ
た。
「お前のクビだけでも、俺のものにさせてもらう!」
 こちらにビームライフルが通用しないことが判っているのか、インパルスは
ビームサーベルを握りしめ、真っ直ぐと斬りかかってくる。
「当たらないな!」
 しかし、ダナのブリッツはこれを避けると六連装ランチャーで応戦する。今
度は攪乱用のダミーなど使わない。
「そんな攻撃、こっちの装甲に効くもんか!」
 だが、シンが叫んだとおり、インパルスのVPS装甲はブリッツの実体弾に
よる攻撃を全て弾き飛ばした。
「なら、これならどうだ?」
 ダナは、当初の目的、ミネルバへの攻撃を思考から抹消すると、ブリッツの
とっておき、発射式の超高速運動体貫徹弾ランサーダート、かつてのザフトに
奪取されたブリッツも装備したものの強化版を、背部から打ち放った。
「チィィィッ!」
 シンは正確にコクピットを狙ってきたそれをシールドで受けるが、貫通力を
強化されたそれは、インパルスのシールドを貫き爆発した。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 コクピット間近での爆発に機体を揺らされ、またシールドの破片を浴びせら
れたシンとインパルスの体勢は一気に崩れた。そして、それを見逃すダナでは
なかった。
「貰ったぁぁぁぁぁぁっ!」
 突撃してくるブリッツに対し、可能な限りの速さで機体の立て直しを図った
シンは、ビームサーベルで対抗しようとするが、
「あっ!?」
「こいつはな、ビームを弾くだけじゃないんだよ」
 ビームサーベルを持ったインパルスの右腕は、ブリッツの可変アームユニッ
トに掴み取られた。
「圧砕!」
 核エンジンからのエネルギーをパワーに変え、驚異的な力を発揮するこのユ
ニットはインパルスの右腕を、ダナの叫び通り圧砕しようとしていた。
「そんな! VPS装甲が」
 シンはここにきて、自分が装甲への過信を持っていたことに気付いた。実体
弾や、物理攻撃は通用しない。いつしかVPS装甲の長所は、自分の油断とな
っていたのだ。
「だけど、だけどっ!」
 シンは即座に右腕を諦めた。そして、自由に動く左腕を使い、『二本目』の
ビームサーベルを抜きはなった。
「これでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
 インパルスが斬りかかるのと、ブリッツがその右腕をもぎ取るのはほぼ同時
だった。もぎ取った勢いで後方へ下がったブリッツのコクピットを、インパル
スのビームサーベルが掠める。ビームサーベルの熱量は、ブリッツのコクピッ
トを削ぎ落とし、亀裂を走らせた。
「――ッ! 離脱する!!」
 コクピットをさらけ出して戦えるわけはない。しかし、それでもダナが言っ
たこの一言が、戦闘の終結、勝敗を表してしまった事実には変わりない。さら
に、叫んだ当人が機体を反転させ、一目散に離脱を図ったのだから。
「逃がすか!」
 そして、シンは当然のようにそれを追撃した。

「シン、待ちなさい。深追いはダメよ!」
 敵の追撃を開始したシンに対し、タリアは慌てて通信を送った。既に決着は
付いている。アスランは未だ交戦中のようだが、ウィンダム隊は壊滅し、戦い
は掃討戦に移った。しかし、いつまたこの不可解な集団の増援が来るとも限ら
ない。敵の出現方法が不明な以上、母艦から離れるのは得策では……
『アイツが逃げる先、そこに母艦か基地があるはずです。それを突き止めてや
る』
 だが、シンはタリアの制止を半ば無視し、ダナのブリッツを追って飛び出し
た。言っていることはもっともであるが、逃げた先に大量の敵でもいたらどう
するのだ。
「シンを連れ戻して! フェイスは?」
「フェイス、アスラン・ザラは敵と交戦……いえ、敵を追撃中!」
 ダナが戦線離脱を図ったことで、これ以上の戦闘続行は無意味と悟ったエミ
リオが、アスランとの戦闘を中断し、離脱を始めたのだ。
 アスランのジャスティスはスピードも一級品のモビルスーツだったが、イー
ジスの巡航形態の最大加速には追いつけなかった。
「艦長、レイとルナマリアがウィンダム隊の掃討を終えました」
 アーサーの報告に対し、タリアはそれをどう動かすか迷った。シンとアスラ
ンの援護に回すか、それともミネルバの備えとして残すか……
「両機とも一旦補給に戻らせて。その後は、ミネルバの防衛を」
「まあ、全機ミネルバを離れては守るものも守れませんからね」
「そういうことよ」
 僅かな会話で協議した、タリアとアーサーだったが、その決定に異を唱える
ようにメイリンが言った。
「ですが、インパルスのエネルギーはもう持ちません」
「なんだって? 時間的計算で、後どれぐらいだ?」
「十分……いえ、八分で危険域に入ります」
 危険域に入れば、もう長くは戦えなくなる。VPS装甲を維持できなければ、
実体弾でもインパルスを倒すことが出来るのだ。タリアやアーサは知らなかっ
たが、ダナのネロブリッツは核エンジン搭載機でありよほどのことがない限り、
エネルギー切れを起こすことはない。そういった意味でも、むしろ窮地に陥っ
ているのはインパルスのほうなのだ。
「やむを得ません。インパルスを追いましょう」
「……だけど」
「いざというとき、フェイスのジャスティスや、シンのインパルスの側にいた
ほうがミネルバの防衛も出来るというものです」
 結局、タリアがアーサの進言を取り入れたのは二分後だった。さして長い時
間というわけではなかったが、戦場にいるブリッジクルーにとって、それは途
方もない時間に感じた。

「くそっ、振り切れねぇっ!」
 インド洋基地へと逃げるダナだったが、少し離れた位置にピッタリとインパ
ルスが着いてきている。ダナを戦場において臆病などと評するものはまずいな
いし、この時ダナが逃げの一手を取ったことも、非難されることではない。
 例え相手が手負いの機体であっても、ブリッツはコクピットを露出した状態
である。バルカン砲でも打ち込まれれば、剥き出しのコクピットは破壊され、
ダナは一瞬で肉片にされてしまうだろう。セーフシャッターなど気安めに過ぎ
ない。
 だが、かといってインド洋基地に戻ったからといって何が出来るのか。あの
基地は建設途中であり、非武装なのだ。保有のモビルスーツは全滅させてしま
ったし、戻ったところで抵抗も出来ないだろう。
「いや、まだ手はある……」
 それは軍人として、絶対にやってはいけない行為だった。そして、コーディ
ネイター相手に通用するかも判らない、一種の賭だった。

 ダナのブリッツが近づきつつあることは、インド洋基地のモニターでも確認
できていた。基地指令は、厄介なものを引き連れて『逃げてきた』ダナに対し
て失笑を禁じ得なかったが、この基地がザフトに露見してしまうことが避けら
れないことに、絶望を感じていた。
「ウィンダム隊はどうした! 何故、奴一機だけなのだ」
「まさか、他は全滅したのでは」
 管制室からもたらされる情報は、司令部を混乱させるには十分だった。さら
に、衛兵たちからとんでもない報告が舞い込んできた。
「労働者たちが反乱だと!?」
 強制労働を行わせていた一般市民たちが一斉に蜂起したというのだ。恐らく、
ウィンダム隊が基地からいなくなったことと、慌ただしく動き出した基地の状
態を好機と見たのだろう。
「くそっ、鎮圧を急げ!」
「ダナ機、及び敵機、来ます!」

 眼前に広がる光景に、シンは驚愕を覚えていた。それは紛れもない基地であ
る。敵はカーペンタリアの目と鼻の先にこんなものを建設していたのだ。

「あの大軍はここから出撃したのか……」
 見たところ建設途中のようである。対空砲で迎撃されないと言うことは、武
装もろくにないのか。
「ミネルバを落とすために、急ごしらえの基地を使ったってことか!」
 基地の中程、まだろくに出来てもいない場所に、敵の機体は降り立った。
 シンもインパルスをその少し手前に着地させるが……
「な……これは」
 ダナのネロブリッツと、シンのインパルス、その距離は既に接近戦が仕掛け
られる距離だった。実際、シンが敵に向かって斬りつけようと飛び込めば、勝
負は付く、そんな距離だ。
 しかし、シンにはそれが出来なかった。何故なら、彼の眼下には、
「人が、いる」
 そう、ダナが降り立ったのは強制労働を強いられている一般市民、民間人が
いる場所だったのだ。突然降り立った二機のモビルスーツを前に、労働者の男
たちは為す術もなくその場に立ち往生している。
「攻撃してこない……ハハ、どうやら成功したらしいな」
 あろう事か、ダナは基地にいる民間人を人質として、インパルスへの盾とし
たのだ。インパルスがブリッツを倒そうと、ここで戦闘を行えば、民間人に被
害が出る。そんなことは、シンには出来ない。絶対に出来ないことだった。
「どうやら、甘ちゃんのコーディだったらしいな」
 一方のダナは、コクピットを庇いながらどうやってインパルスを倒すか考え
ていた。彼にとって、眼下の民間人など虫けらと同じ程度の価値しかない。彼
は戦闘狂で殺戮者だ。元々、コーディネイターだろうとナチュラルだろうと、
いくら殺そうが構わない男だった。
「言ったろう? お前の首は貰うってな」
 シンは見る。フェンスの向こうには、悲鳴を上げながら事態を見守る民間人
たちの家族がいる。自分がここで戦えば、あの人たちも巻き込んでしまう。
「どうすりゃ……どうすりゃいいんだよ!」
 その時、正に最悪のタイミングでインパルスのVPS装甲が停止した。エネ
ルギーの供給を失った機体のトリコロールが消えていく。
「こんなときに!」
 これでは、満足に機体を動かすことも出来ない。それどころか――
「エネルギー切れ、つまり……」
 ダナは不敵な笑みを浮かべながら、ブリッツの六連装ランチャーを構える。
敵機のトリコロールカラーが消えた、それ即ち、
「実体弾も効くってことだよなぁっ!!」
 ダナは、目の前の機体を破壊すべくトリガーを引いた。
 対するシンは、無駄と知りつつもインパルスの残された左腕でコクピットを
庇う。
 僅かな動作、一瞬の攻防、そして……

 ネロブリッツの右腕が、吹き飛んだ。

「なっ――?」
 ダナは何が起こったのか判らなかった。判ることと言えば、目の前の敵を撃
破しようとトリガーを引いた瞬間、逆に自分の機体の右腕が吹き飛んだのだ。
それも、凄まじい閃光と共に。
「これは……」
 シンも反応は大して変わらなかった。死の覚悟も決めた瞬間、敵機の腕が消
滅したのだ。
 そして、それが合図のように、
『あああああああああああああああああっっっっっっっ!』
 爆発するように、眼下の民間人が動き出す。予め破られていたフェンスの穴
から次々と這いだしていく。彼らを人質にしたはずのダナは、自分の機体に起
こった事態に動揺し、彼らの存在を忘れていた。
 気付いたときには、大半が逃げ出してしまっていた。
「くそっ、一体どこから、誰がやりやがった!」
 ダナは攻撃にあった方向に機体を向ける。森の奥から、一つの機体が進み出
てきた。
「あの機体は……」
 シンはその機体をすぐに照合に掛けた。該当ナシ、全くの未知、アンノーン。
 暗色の機体。大きさはインパルスとさほど変わらない。ライフルと、シール
ドを構えたその姿も、インパルスによく似ていた。
「味方、か?」
「敵、みたいだな」
 攻撃を受けたダナは、即座にそれを敵と認識し、ブリッツの可変アームユニ
ットを起動させて飛びかかった。対する敵機は、ライフルを構えたまま動くと
しない。
「取った!」
 ダナはいきなり現れた暗色機の右腕を掴み取ると、それを圧砕し、ライフル
を奪おうとした。PS装甲をも圧砕、圧壊する可変アームユニットは、核エンジ
ンをパワーに変え、暗色機の右腕を……
「壊せ、ない?」
 パワー不足というわけではない。凄まじい音が剥き出しのコクピット内、ダ
ナの耳にも聞こえてくる。
 だが、一向に掴んだ右腕は破壊できない。それどころか、
「うぉっ!?」
 ビクともしない敵機の右腕が突如動き、ダナは機体を引き込まれる。壊せな
いだけならまだしも、ブリッツの可変アームユニットが力負けをしたのだ。そ
の事実に今度こそダナは恐怖した。目の前に機体、その暗色の未知なる存在に
精神面での敗北を喫したのだ。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 ダナは可変アームユニットを右腕から離すと、一気に機体を上昇させた。こ
うなったら、最早逃げるしかない。こんな基地ともおさらばして、ひたすら逃
げるしか――
「いっ!」
 暗色機は、そんなダナのブリッツに対してビームライフルを撃った。ブリッ
ツのセンサーが、その莫大なエネルギー量感知したが、ダナはそれに気付くこ
とはなかった。
「そんなもの!」
 当然のように、ダナは当たり前が如く可変アームユニットを使った。ビーム
を反射させることのできる防御システム。艦砲クラスでさえ跳ね返した、ブリ
ッツの自慢の装備。
 だが、しかし、
「ウソだろ、おい!?」
 ユニットのクリスタルは、ビームを反射できず、受けきることすら叶わず消
し飛んだ。ダナには理解できなかった。たった一機のモビルスーツが、戦艦の
艦砲よりも凄まじい攻撃をしてきたのだ。
 暗色機の背中から、横一文字に伸びるパーツの両サイドが音を立て始める。
変わってはいるが、それが飛行ユニットであることはダナも気付いた。
「こんな、こんなことが――」
 飛び立つそれは、速かった。トンボの羽のようなもので飛び立ち、ビームラ
イフルを収納すると、ビームサーベルを抜きはなった。
 それに対抗する手は、ブリッツには残されていない。
 ネロブリッツは抵抗する間もなく、ビームサーベルに貫かれ、パイロットダ
ナ・スニップは、戦死した。

 シンは、その一瞬の攻防を見ていた。見ていたが、呆然としていた。いや、
むしろ呆気にとられていたといったほうが良いだろうか? 敵のエース機が、
一瞬で落とされたのだ。
 ビームライフルで撃ち、ビームサーベルで貫く。モビルスーツなら、誰でも
やる行い、普通の戦い方。
 しかし、今のシンにはたったそれだけのことが、とてもつもなく凄いように
思えた。あの暗色の機体は、それを見せつけたのだ。
「――! またっ」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
 インド洋基地へと到着したエミリオが見たのは、空中でコクピットを貫かれ
たネロブリッツの姿と、戦友が死んだ瞬間だった。彼は感情の均衡を失い、仇
である暗色機へと突っ込んだ。
 両手足のビームサーベルを振り回すその姿は乱雑であり、大振りだった。暗
色機は、これを後方に下がるだけで全て避けてしまった。
「ならば! これでぇっ」
 エミリオはイージスの前面装甲を展開させ、腹部のスキュラを発射する。戦
艦をも一撃で沈める580mm複列位相エネルギー砲に対し、暗色機はシールドを
構え、
「受けきった、だと」
 なんのことはない、普通のビームライフルを一発弾くかのように、イージス
のスキュラは暗色機のシールドに弾かれたのだ。こんなことは、今まで一度だ
って起こったことはない。
「そんなっ――」
 暗色機がビームサーベルを構えて接近してくる。これに対しエミリオもビー
ムサーベルを構えた。
 この世界のビームサーベルは、技術上の問題で刃と刃を交わすこと、つまり
剣戟が出来ない。故にエミリオは、敵がこちらの一撃をシールドで受けると思
っていた。そこを脚部のビームサーベルで一気に斬り裂く。多少冷静さを取り
戻したのか、彼はそんなことを考えていた。
 だが、それは無用となった。
「――ッ!?」
 敵の暗色機は、こちらのビームサーベルに、自らのビームサーベルをぶつけ
てきた。そんなことをしても無駄、互いのビームが干渉しあって消えるだけ、
エミリオは相手の真意を測ろうとして、
「…………終わったな」
 その答えを見出す間もなく、機体を斬り裂かれた。暗色機のビームサーベル
は、ロッソイージスのビームサーベルごと、機体を斬り裂いたのだ。暗色機の
パイロットは、この世界のモビルスーツが、ビームサーベルによる剣戟が出来
ないことを、知らなかった。
 エミリオ・ブロデリックは、破壊されたロッソイージスと共に、戦死した。

「なんて、ことだ」
 アスラン・ザラもまた、インド洋基地に到着した一人であった。しかし、彼
は基地のことに驚くよりも早く、目の前で二機のモビルスーツが瞬殺された事
実に驚愕していた。それも先ほどまで自分が苦戦を強いられていた機体が、で
ある。
「あの機体は一体……なんなんだ」
 この時、アスランの思考は宇宙へと残してきた超兵器群と眼下に降り立った
機体を結びつけなかった。あまりのことに思考が混乱していたことと、機体の
形がまるで違ったこともある。アスランが、この繋がりに気付くのは、ずっと
後のことだった。

「倒した……敵のエース機を、倒しちまった」
 シンは呆然と、呆気にとられながら、自分の正面に降りてきた暗色機を見る。
強いなんてものじゃない。恐らく、自分とアスランが協力し合っても、この機
体の前では無力だろう。
 戦う前から、他者に敗北を実感させる。それだけの圧倒間が、目の前の機体
にはあるのだ。
 シンは、コクピットを空けると、暗色機を肉眼で見ようと乗り出した。
「あっ――」
 すると、暗色機のほうのハッチも開き、中から人が現れた。
 背が高く、青みがかった黒髪、年の頃はシンよりも十歳は上だろうか?
 精悍な顔だちをしたその男は、『両手を挙げて』シンの目の前で立っている。
「…………」
 シンは言葉が出ない。相手の行動から、交戦意思がないこと、敵対意思がな
いことは判る。しかし、何故そんなことをする必要がある?
 絶対的とも言える強さを持つ男が、既に機体を動かすことも出来ない少年に
両手を挙げている。シンには、それがとても不思議だった。
「アンタは……アンタは一体、何なんだ?」
 絞り出すように出た一言。その一言に、知りたいことの全てが詰まっていた。
 男はシンの顔をジッと見つめ、口を開いた。
「私の名は、オデル・バーネット」
 これが、異世界の二人目のモビルスーツパイロット、オデル・バーネットと、
その愛機ガンダムジェミナス02が、この世界の歴史に、戦いの歴史に介入した
瞬間だった。