W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第40話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 13:28:18

 セイバーのMA形態の加速力なら、セイバーはジャスティスを振り切り、逃げることが可能だっただろう。だが、ハイネは逃げなかった。逃げずに、敢えてアスランと戦う選択をした。
『ハイネ、残念だ。君が余計な気を起こさなければ、こんなことにはならなかったのに』
 話すアスランの口調は淡々としている。ハイネが初めて聞く、無機質なもの。
「いつだ。いつ気付いた?」
 自分がアスランに対して抱いていた疑惑、監視、それらすべてがわかっていたというのか。
『俺とメイリンの関係を知ってたくせに、俺にばかり気を取られすぎて、彼女のことを甘く見ていたな』
 言われて、ハイネはハッとした。
「そうか……アイツか。アイツが俺の監視に気付いたのか」
『君が俺達を監視したように、メイリンもまた君の監視に気付き、逆に見張っていたのさ』
「じゃあ、あのテロリストと会っていたときも」
『当然、君が尾行していることは知ってたさ。だから会話の際は、言葉に注意していたつもりだ』
 つまり、ハイネはアスランの手の中で踊らされてたという事か。アスランは全てを知った上で、ハイネに対し自由な行動をさせていたのだ。
「やってくれるじゃねぇか……それで、俺がテメェのことを勘ぐってるのが判ったら、俺を戦闘中に消そうってわけか?」
『君は融通が利かない男だからな。仲間に引き入れようと説得したところで、無駄なことだろう』
「アスラン……テメェ、何を企んでやがるんだ?」
『知りたいか?』
 返答の代わりに、ジャスティスのビームライフルが光った。セイバーはこれをシールドで受けきると、同じようにビームライフルを斉射する。
「これが答えか!」
『死に行く男に、教えてやる必要もないだろう?』
「ぬかせ!」
 ハイネはアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲を放つ。しかし、長距離砲が通用する相手ではない。あくまで牽制である。
「アスラン、お前こそ俺を甘く見てるんじゃないのか? 俺を罠に嵌めたつもりだろうが、そうはいかないぜ」
 セイバーはビームサーベルを引き抜き、切っ先をジャスティスへと突きつける。
「この俺が、特務隊フェイス所属、ハイネ・ヴェステンフルスが、テメェなんぞに負けると思うか!」
 対するアスランは、このハイネの気迫に対して全く気圧されることがなかった。彼には自信があるのだ。ハイネに負けないという、確固たる自信が。

 

           第40話「英雄激突」

 

「とぅあっ!」
 セイバーのビームサーベルが恐るべき鋭さを持って、アスランのジャスティスに迫る。ジャスティスはこれに対しラミネート対ビームシールドで防ぐ。
「ハァッ!」
 それどころか、ジャスティスはシールドでビームサーベルを押し戻し、弾き返した。
「なにっ!」
 ハイネは驚くが、ジャスティスのシールドは高出力ビーム砲の直撃に耐え、押し戻すほどの硬さを誇るのだ。ビームサーベルの一撃程度、弾き返すことなど容易なことだ。
 アスランは単に弾き返すだけはなく、ジャスティスのラケルタビームサーベルでセイバーへと斬りかかった。核エンジンからエネルギー供給を受けるこのビームサーベルは、従来のものと比較にならない威力を持っている。
 セイバーもまた、ジャスティスがしたように空力防盾で受け止めるが、こちらは単なるビームコーティングを施しだけのシールドに過ぎない。ジャスティスの一撃に対し、高熱と不快な音を立てながら、表面が抉れる。
「くそっ、接近戦は不利か?」
 距離を取り、ビームライフルを連射するセイバー。だが、それをかいくぐり、ジャスティスは距離を詰めてくる。その勢い、止められない。
「ハイネ、確かにお前は強い!」
 アスランは、ハイネの攻撃を全て避けると、ジャスティスのビームサーベルを振り上げる。セイバーは寸前でこれを避けると、再び距離を取ろうとする。
「だがなっ」
 速射型のフォルティス・ビーム砲がジャスティスから発射された。シールドで受ける以外、セイバーに防ぐ手立てはない。
「お前の機体と俺の機体には、明確な差がある」
 その機を逃さず、アスランは一気に距離を詰めると、ビームサーベルを一閃。
「ぐっ――」
 衝撃に、ハイネが声を上げる。
「基本性能という、圧倒的な差がな!」
 セイバーのシールドが、上半分が砕け散った。
 確かにアスランの言うとおり、核動力機のジャスティスと、バッテリー機のセイバーでは、基本的な性能に差がある。出力、機動力、パワー、全てにおいてジャスティスはセイバーを上回っており、段違いだ。
 この差を補えるとすればパイロットの腕であるが、ハイネとしては認めたくないことに、アスランが確実に自分と互角以上に戦える実力を持っていることを、悟らざるを得なかった。
「でも、だからってなぁ!」
 ハイネは破損したシールドをジャスティスに向かって投げつける。やや下を狙った投擲は、当然ジャスティスに避けられるが、ハイネはその壊れた盾にビームライフルを撃った。
「これはっ……」
 シールドへと直撃したビームは、僅かに拡散しながらも反射し、斜め様にジャスティスのメインカメラを狙った。
「チィッ!」
 機体を左に傾かせ、カメラへの直撃を避けるアスラン。カメラへの直撃こそ避けられたものの、右肩に収納されたビームブーメランの一基が破損した。
「性能の差だ? 何、そんなのでいい気になってやがる。こちとら、テメェがアカデミーでチヤホヤされた頃から戦場出て戦ってんだ!」
 ハイネは、シールドを失った左手にビームサーベルを持ち、アスランのジャスティスと向き合う。
「アスラン、テメェは俺が倒す。絶対にな」

 

 ハイネとアスランが、互いの戦士としての粋を尽くして死闘を行う中、ミネルバはひたすら前進を続けていた。皮肉な話だが、幕艦のほとんどが撃沈したため、ミネルバは全速全力を持って逃げることが出来たのだ。
「殿の二人から何か通信は?」
 タリアが、後背を気にしてオペレーターのメイリンに尋ねるが、
「いえ、未だ妨害電波が激しく、二機との交信は出来ません。ジャミングの影響からか、レーダーにも……」
 嘘である。妨害電波をくぐり抜けるような特殊回線を使用すれば、二機と交信することは可能だった。しかし、メイリンはアスランに、「こちらから連絡するまで絶対に通信回線を繋げるな」と念を押されている。
 実のところ、アスランが何を考え、どう行動しているのか、メイリンはよく知らない。詳しくは知らないどころか、何も知らない。ハイネが、自分とアスランのことを監視していると気付いたのは、何のことはない、職務の一環として艦内記録を整理しているときにハイネの資料室への入室記録が異様に多かったからだ。ハイネは入念に記録や証拠を消していたが、メイリンにはすぐ判った。彼が資料室を利用して艦内の、それもアスランの部屋を監視しているということに。
 だから、それをアスランに伝えた。ディオキアのカフェで、デートに偽装した、半分以上デートのつもりだったあの時に。アスランは最初動揺していたものの、すぐに冷静さを取り戻した。そして、如何にしてこの問題を処理するかと考えているようだった。
「如何に、処理するか……」
 アスランは、ハイネをどうするつもりなんだろうか? アスランがやっていることは、自分の知る限りではそれほど大きな罪というわけではない。軍事機密を外部に漏らしたわけでもないし、誰かを殺したとか、そういうのでもない。でも、それはあくまで自分の知る範囲での話だ。もし、ハイネが、彼が独自に調査する中で自分以上にアスランの裏側を調べていたら? そしてそれが、彼にとって看過できないような類のものだったとしたら?
「アスラン……」
 ポツリと呟いた名前は、メイリンにとって、とても遠い存在のように思えた。彼は言った。この一件を処理した後、自分に全てを話してくれると。
 全て、一体彼は、何をしようとしているのだろう。自分は、彼が抱える全てを受け入れることが出来るのだろうか? それは彼のパートナーとして? それとも、一人の女として……

 

 赤と赤が、空中において激しいぶつかり合いを繰り返していた。戦闘開始から、まだ二十分も過ぎていないはずだ。だが、二人は既に数時間も戦っているような、そんな空気に満ちていた。
「喰らえっ!」
 アムフォルタスで砲撃するセイバー。ジャスティスはこれを避け、セイバーとの距離を詰めようとするが、それよりも早く、
「反応が遅いんだよ!」
 ジャスティスが避けると同時に、機体を加速させたセイバーが、ビームサーベルでジャスティスの右肩を切り裂いた。
「くっ……この程度」
 アスランはジャスティスを旋回させ、距離を詰めるが、
「そこだっ!」
 またハイネのセイバーが、アムフォルタスを撃ち放ち、アスランはそれを避けるため機体を動かした。そこに再びハイネのセイバーが突っ込んでくる。
「遠近の両攻撃で俺の動きを封じるつもりか?」
 ここにきて、アスランはハイネ・ヴェステンフルスという男が英雄と呼ばれるに値する実力者だということを、改めて実感していた。アムフォルタスを撃つと同時にこちらに飛び込み、ビームサーベルで斬りつける。それを避けられたら、またアムフォルタスを撃ち放ち、ビームサーベルで突っ込んでくる。遠距離、近距離のほぼ同時攻撃だ。並のパイロットなら、避けるのも至難の業だろう。
「中距離ならどうだ!」
 アスランは、アムフォルタスを避けると同時にビームライフルを撃ち放ち、セイバーの動きを牽制する。
 だが…………
「あたらねぇよ!」
 ハイネは、アスランがジャスティスでやって見せたように絶妙な動きでビームライフルの連射を避けると、セイバーのビームサーベルを一閃、ジャスティスのライフルを斬り裂いた。
「なっ!」
 シールドすら持っていない相手に、俺が押されている?
 アスランは、決して自分がハイネに劣っているとは考えていない。経験の差はあると言っても、腕に覚えはある。ジャスティスを持って挑めば、負けるとは思わない。しかし、現実には想像にない苦戦を強いられている。
「英雄ここに在り、というわけか」
 先ほどまで、アスランもハイネもファントムペイン相手に激戦を繰り広げていた。体力にしろ、気力にしろ、既に限界近いはずだ。にもかかわらず、二人は互いに全力を持ってぶつかり合っている。少しでも気を抜けば、やられる。
「楽しいな、ホントによ」
 ハイネのほうは、純粋に楽しんでいた。自分は今、あのアスラン・ザラと戦っているのだ。ザフトの若き英雄、前大戦の終結の立役者、異名などなんでもいい。重要なのは、アスランがザフトで、いや、この世界で最も強いモビルスーツパイロットの一人であることなのだ。
「だから俺は、こいつと戦いたいと思った」
 戦士としての血が、ハイネにそうさせたのだ。そして、戦うからには絶対に、勝つ。
「そうさ……戦いってのはな、最後の最後に俺が勝つから、絶対に勝つから面白いんだよ!」

 

 ハイネの気迫に、アスランは押されつつあったが、まだ冷静だった。
「思っていたよりも、手強いな……少し、戦い方を変えるか」
 当初アスランは、機体性能にものを言わせ、攻めて攻めて攻めまくり、力を持ってハイネを打ち破るつもりだった。しかし、ハイネの粘り強い反撃と、隙のない戦い振りからして、それは難しいというほか無い。
「ハイネよ、俺の機体がお前のセイバーに勝っているのは、パワーだけじゃないことを見せてやる」
 ライフルを持たないジャスティスは、機関砲の類を一斉射してセイバーを牽制するが、VPS装甲を持つセイバーに実体弾など通用しない。ハイネはビームライフルを連射して確実にジャスティスを追いつめていくが、決定打に欠けた。
「アスランを倒すには、アムフォルタスを叩き込むか、ビームサーベルで斬り倒すしかない……」
 長距離砲は、当たれば確かに一撃必殺の威力を持っているが、発射時の隙も大きい。その隙をセイバーの加速力を活かした突撃でなくす戦法をハイネは取ってきたわけだが、さすがはアスラン・ザラ、もう対応してきている。アスランはジャスティスの速射砲で逆にセイバーの動きを封じると、先ほどのハイネと同じく、果敢に接近戦を挑んできた。こうなってくると、シールドを持たないセイバーは不利である。ビームサーベル同士、剣戟が出来ればまだ違うのかも知れないが、出来ないものはしょうがない。
「接近戦となると、ジャスティスが持つ圧倒感は否定できねぇな」
 ジャスティスを倒すには、今ひとつ強力な一撃が必要だ。しかし、今は相手の攻撃に対し、その都度対応していくしか手がない。力押しで勝てる相手じゃない。時間を掛け、隙を狙う。粘りの勝負なら、ハイネがアスランに劣ることはないはずだ。
 そう、持久戦に持ち込むことが出来れば、確かにハイネにも勝機はあった。
「しかし、それが出来ないんだよ、ハイネ」
 アスランは、失笑するかのように笑みを浮かべていた。それは、勝利を確信した男の笑みだった。
 それとほぼ同時に、セイバーのコクピット内でハイネは身を震わせた。
「エネルギー残量が……足りないだと」
 ジャスティスとセイバーの決定的な差、それは動力機関である。ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載し、核動力であるジャスティスは滅多なことではエネルギー切れは起こさない。それに対し、セイバーはバッテリー式の機体である。デュートリオンビーム送電方式などを採用することで、エネルギー運用の効率化こそしたが、母艦が付近にいない状態での持久戦は、厳しいのだ。
「アムフォルタスを撃ちすぎたか。まずいな、長引けば満足に戦えなくなる」
 となると、ハイネは短期決戦に持ち込む以外、勝つ手段が無くなる。
「出なきゃ、やられる」
 少し早いが、勝負に出るしかない。これは賭だ。ハイネ・ヴェステンフルスという男が、ザフトの英雄と呼ばれた男が、同じく英雄と呼ばれた男、アスラン・ザラに対して行う、命がけの賭。
「賭なもんか……俺は、絶対に勝つ」
 ジャスティスから、速射砲が放たれる。ハイネはビームサーベルの二刀流で、これを全て捌いた。
「馬鹿な、あれを全て」
 アスランはハイネの神技ともいうべき操縦テクニックに目を見張るが、そうしたのもつかの間、ハイネはセイバーを戦闘機形態に変形させ、反転、離脱を始めた。
「逃げる気か!?」
 さすがにアスランは焦った。彼はハイネの戦士としてのプライドを刺激し、戦闘に持ち込んだ。逃げるということは敗北を認めるも同等であり、まさかハイネがそれをするとは思わなかった。
「逃げるなら最初から逃げたはずだ。まさか、不利になったから逃げたというわけじゃあるまいし……」
 ジャスティスを加速させ、セイバーの追撃をする中でアスランは考える。もしこのまま逃げられたら? セイバーの加速力は、ジャスティスの比じゃない。ハイネがプライドを捨て、ミネルバに逃げ込んだら、アスランは負ける。
「そんなこと、させてたまるか!」
 アスランはコクピットで叫ぶが、叫んでジャスティスのスピードが上がれば苦労はしない。何とか離されずにはいるが、このままでは……
「なに、アイツ、何の真似だ」
 突如、アスランが見る前で、ハイネのセイバーは軌道を変えた。垂直に機体を動かし、空高く上昇を始めたのだ。セイバーはあっという間に雲に隠れてしまう。
「雲に隠れて、追撃を振り切るつもりか?」
 妨害電波やジャミングが荒れ狂う海域では、レーダーの調子もイマイチ悪い。雲に隠れて、光学映像からも逃れれば、確かに逃げるにはもってこいだ。
 しかし…………
「こんな小細工を、使うような奴なのか」
 逃げたことも、逃げる際に小細工を労することも、どうもハイネの性格に合わない。打算だけで行動しているというのなら、話は別だが。
「いや、違う……ハイネはこんなことはしない。奴は戦士だ。奴はいつだって」

 

 勝つことだけを考えている。

 

 アスランは雲を見上げる。ハイネがジャスティスに勝つとすれば、最早方法は一つしかない。
「勝負だ……」
 雲を突き破るように、ハイネのセイバーが飛び出してきた。機体を真っ直ぐと、ジャスティスに突きつけている。
 戦闘機形態のセイバーの武装は、モビルスーツ形態のそれよりも多い。高ビームライフル、アムフォルタスプラズマ収束ビーム砲、スーパーフォルティスビーム砲、ピクウス76mm近接防御機関砲、どれも対モビルスーツとしては強力な武装である。
 これをもし、一斉射撃するとしたら?
 如何にジャスティスといえど、一溜まりもないだろう。
「アスラァァァァァァァァァァン!」
 しかし、何度もいうようにジャスティスは核動力機だ。確実なヒット・アンド・ウェイを行わなければ、セイバーは核爆発に巻き込まれる。
「ハイネェェェェェェェェェェッ!」
 ハイネ・ヴェステンフルスと、アスラン・ザラ、共に英雄と呼ばれた男同士の戦いの、決着の瞬間だった。

 

 ピシリと、ティーカップにヒビが入った。
「どうしたの、ロッシェ?」
 ヒビの入ったカップをしげしげと眺めるロッシェに、彼の元を訪れていたミーアが尋ねた。
「いや、カップがな」
 このカップは、この世界において彼が持っている数少ない私物の一つだった。
ミーアから贈られたもので、彼女の地球行きにも持って行ったことがある。そう、丁度ハイネと共に飲んだのも、このカップだった。
「あら、ヒビが入ってるじゃない」
 ミーアが驚いたように言う。何もしていないのに、突然ヒビが入ったのだ。
「何か、地球であったかな……」
「地球で?」
「あぁ、今頃地上のザフトは戦っているはずだ」
 ロッシェが国防委員長と面会したときは、何もかもが遅かった。ザフトはファントムペインに対し、後手に回ってしまった。補給線を絶たれ、分散した兵力は各個撃破の対象となっている。恐らく、勝ち目はないだろう。
「方法があるとすれば、敵と全く戦わずに全ての戦力を結集することだが」
「出来ないの?」
「敵がそれを許さないだろう。ザフトは敵と少なからずの戦闘をして、何とか撤退する、これで精一杯のはずだ」
 今回は、ファントムペインが完全にザフトの上をいった。
 負けたのだ、ザフトは。
「ミネルバは、大丈夫かしら……」
「なんだ、婚約者が心配なのか?」
 茶化すように、ロッシェがいう。
「そ、そんなんじゃないわよ。ただ、その……」
「大丈夫だ。仮にも、英雄と呼ばれた男だろう。アスランという奴も」
 そして、ハイネも。
 彼が死ぬはずはない。彼は、ロッシェが知るこの世界の戦士のなかで、一番強い男だ。ロッシェはアスランの実力は知らないが、ロッシェの実力は知っている。一度同じ戦場にいただけだが、彼が英雄と呼ばれる意味は、良く分かった。
「例え全体でザフトが負けても、アイツは負けない」
 ロッシェの確信だった。戦場で何が起こるかは判らない。エースと呼ばれた奴、強いといわれたパイロット、名だたる将帥、それがほんの一瞬で死ぬことが普通にある。しかし、それでも、それでもハイネ・ヴェステンフルスという男は、それらを全てはね除けられる、そんな気がした。
「信用してるのね、ハイネを」
 ミーアの言葉に、ロッシェは首を振った。
「違うな、ミーア、これは信用じゃない」
 信用には、限度があり、
「信頼、という奴だ」
 信頼には、限界など無かった。

 

「テメェも、ここで終わりだぁっ!」
 ハイネのセイバーが、怒濤とも言える一斉射撃を、アスランのジャスティスに行った、その瞬間、
「違うな、終わるのは」
 向かいくる攻撃、ジャスティスは避けられない。
「終わるのはハイネ、君だよ」
 アスランは、ジャスティスのファトゥム-00を切り離した。そして、遠隔操作を行い、セイバーの必殺攻撃に、叩き込んだ。
「な、に」
 驚くハイネの前で、セイバーの攻撃と、ジャスティスのファトゥム-00がぶつかり合い、爆発を起こした。そして、その爆発を突き抜けるように、ビームサーベルを光らせるジャスティスが突っ込んでくる。
「くそっ!」
 ハイネは戦闘機形態から、モビルスーツ形態への変形を行い、ビームサーベルを抜き放とうとするが、
「終わりだ、何もかも」
 遅かった。セイバーがモビルスーツ形態になった瞬間、ジャスティスのビームサーベルはセイバーを斬り裂いた。深々と、抉り込むように、ビームの刃が機体に沈んでいく。
 コクピットに衝撃が走った。ハイネは、自分がアスランに、アスラン・ザラという戦士に敗北したことを、悟った。
「俺が、負けた……」
 爆発が生じた。アスランの一撃は、致命傷だった。爆発し、亀裂が生じる機体の中、ハイネは血だらけとなっていた。
「こういう最後は、ちょっと考えてなかったな」
 俺は、アスラン・ザラや、イザーク・ジュールのように名家に生まれた分けじゃない。生きていくために、そして、プラントの未来のために、軍人となって戦ってきた。何度も上官に反発し、政治家に疎まれ、それでも頑張ってきた。
「それも、ここで終わりか」
 ハイネは思う。結構、良い人生だったかも知れないと。こういうとき、死ぬときというのは、人は走馬燈をみるものだと思っていたが、ハイネは自分の記憶が映像として流れては来なかった。
 ただ一つだけ、
「そうだな、あとは」
 美しい金髪をたなびかせた男が、脳裏に焼き付いていたその姿が、ハイネの目に思い出される。
「あとは、お前に頼んだ。なに、仇をとれなんてくだらないことはいない。そう、せめて」
 お前は負けるなよ、ロッシェ。
「お前は、俺よりもずっと――」
 その言葉が、口から漏れ出たのかは、ハイネ自身にも判らなかった。ジャスティスが叩き込んだ第二撃がセイバーに直撃し、セイバーは大爆発を起こした。コクピット諸共、爆散したのだ。
 ハイネ・ヴェステンフルスは、アスラン・ザラに敗北し、ここに戦死した。

 

 バラバラとなって、海へと落ちていくセイバーの残骸を、アスランは無表情に眺めていた。確認するまでもない、ハイネは確実に死んだ。
 自分が、殺したのだ。
「しかし、まさかファトゥム-00を使うことになるとはな」
 咄嗟の判断だった。ハイネの最後の一撃、あれを避けることはアスランであっても出来そうになかった。シールドで防ぐにしても、シールドごと吹き飛ばされる可能性が強い。
 ならば、ジャスティスとセイバーの間に障害物を置き、それで攻撃を遮るしかない。ファトゥム-00はジャスティスの高機動戦用装備であり、普段はただのメインスラスターである。だが、この装備には本体と分離し量子通信によって遠隔操作することが出来るのだ。性能としては支援的な意味合いが強いので、それほど良くはないのだが、アスランはこれを盾に使った。
 これがなければ、自分はやられており、これがあったから、ハイネは負けたのだ。
「だから言っただろう、ハイネ。セイバーではジャスティスには勝てないと」
 アスランは機体を旋回させ、ミネルバへと通信を送った。緊急回線を使用した通信で、妨害電波の中でも何とか届くものだった。
「こちらジャスティス、アスラン・ザラ。当機は敵の追撃を受けている。セイバーが、ハイネがやられた!」

 

 アスランの手によりハイネが墜とされ、そのアスランによってハイネの死が報告されるよりも前、一つの報告がファントムペインはロアノーク隊に届いていた。
 彼らは、勝利を喜び、歓喜していたはずだった。ザフトに圧倒的な勝利を手に入れ、それを誇り、その美酒に酔いしれているはずだった。
「アビスが、戻らない?」
 旗艦の艦橋の酔いは、指揮官であるネオに行われた一つの報告で、一気に冷めた。
「それで、アウルは、アイツは無事なのか!?」
 アウルよりも早く帰還し、戦勝報告をしていたスティングが、思わず叫んだ。冷や汗が流れた。嫌な予感が全身に伝わり、怖気が走る。
 報告を行っている士官は、震える手で、報告書を読み上げる。
「同時刻、ディープフォビドゥンの一機がアウルの爆発を確認。脱出者は、なし。パイロットの脱出は確認できず、とのことです」
 混戦だった。敵味方が入り交じり、マルコ・モラシムを初めとした多くの戦士が死んだ。
 その中に、アウル・ニーダの名も刻まれた。それだけの、ことだった。
「アウル……!」
 ネオは、奥歯を噛みしめた。噛み砕かんばかりに、目一杯奥歯を噛みしめた。自分は、彼を救えなかった。それどころか、殺してしまった。
「死んだ……?」
 震えた声が、ネオとスティングの耳に届いた。振り返ると、立ちつくした少女が、ステラ・ルーシェが、そこにいた。死とは、彼女のブロックワードだった。
「イヤ……アウルが……」
「おい、ステラ!」
 焦ったようにスティングが叫ぶが、効果はなかった。
「イヤァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」
 涙の混じった叫びは、ネオやスティングの心を貫いた。スティングもまた、涙を流した。
「アウル……何で、何で!」
 ネオは、泣かなかった。泣き叫ぶ二人に対し、何も言わず、ただ黙ってみていることしかできなかった。彼はアウルの死に対し、強い怒りは覚えることは出来ても、深い悲しみを抱き、泣き叫ぶことが、出来なかった。
「残兵の収容を急げ……出来る限りは助けるんだ」
 それきり、ネオは黙ってしまった。そのことに対して、誰も批難はしなかった。彼が一番やりきれないだろうということを、みんな判っていたからだ。そう、戦争とは常にやりきれないものだ。勝っても負けても、敵も味方も、誰かしら死ぬのだから。
 ファントムペインは確かにザフトに勝った。
 だが、決して補いようのないものを、ネオ・ロアノークは失ってしまった。それは、彼がネオ・ロアノークという存在になってから出来た、初めての、大切なものの一つだった。