W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第42話

Last-modified: 2007-12-30 (日) 15:38:25

後世の戦史家曰く、地中海決戦後のザフトとファントムペインは、それぞれが軍事的組織として混迷していたという。
大敗した者には大敗した者の問題があり、大勝した者にも大勝した者の悩みがある。

 

「この時ファントムペインがザフト地上軍に対して全面攻勢を仕掛けていれば、ザフトは地上から撤退せざるを得なかっただろう」

 

 それが出来なかったのには、偏にファントムペイン側に多くの問題が発生していたことが大きい。
まず、ファントムペインは地中海における戦闘には勝利したものの、積極的に敵を追撃しようとは思わなかった。欲を出しすぎて自滅したザフトを、今し方自分たちが倒したばかりなのだ。ここで更なる攻勢に出ては、かえって敵の逆撃にあうのではないか?
 こうした不安と、既に敵を完膚無きまでに叩きのめしたのだから、焦る必要はないという意見が相次ぎ、ファントムペイン艦隊はヘブンズベースへと帰還した。勝利の凱旋であり、恥じ入るものなどどこにもいない。
「だが、この選択によってファントムペインはザフトに時間を与えてしまった。ザフトはこの難局にあって艦隊の総数を減らしていたが、いや、減らしていたからこそ即断即決に基づく行動がとれた」
 艦隊と呼ぶには少数になっていたザフト軍ジブラルタル艦隊は、手早くジブラルタル基地の撤収作業を終えると、陸上部隊をベルリンへと出発させ、海上艦隊は一路カーペンタリアへと向かった。皮肉にも、艦隊の数が減ったから出来た素早い動きだった。しかも、ウィラードは放棄した基地に対し、何の仕掛
けも施さなかった。
「何、ファントムペインの連中にお返しをしてやるだけさ」
 ウィラードは、ザフトがスエズ基地で目にした状況を、そっくりそのままジブラルタル基地で再現しようとして見せたのだ。これによって、ファントムペインは疑心暗鬼に駈られることだろう。
「ウィラードは戦術家というよりは戦略家に近い男だった。後に派遣されたファントムペインの偵察隊は、ウィラードの読み通り混乱した」
 それでも、ファントムペインがすぐに艦隊を再編し、大兵力を持ってカーペンタリアまでの遠征を決定していれば、ザフトの命運は尽きていただろう。カーペンタリアは確かにジブラルタルと並ぶ大規模な基地であり、艦艇もモビルスーツも多く配備されている。しかし、同基地はこの戦争の序盤においてファントムペインが遠征艦隊を送り込んだ際、手痛い損害を受けたこともまた、記憶に新しい。
 つまり、その基地に結集したところで、ザフトが満足に戦えるわけはなかったのだ。ファントムペインは艦隊並べて出撃するだけで、更なる勝利をものに出来たはずなのだ。
「それが出来なかったのが、ファントムペインが最終的な勝利をものすることが出来なかった理由にもなるだろう」
 そう、ヘブンズベースへと帰還したファントムペインに、一つの問題が発生していた。
 ネオ・ロアノーク大佐の反逆と、それによる内部分裂である。

 
 

         第42話「決裂した亡霊たち」

 
 
 

 ヘブンズベースへと帰還した遠征艦隊を待ち受けていたのは、残留兵士たちによる熱烈な歓声だった。当然だ、彼らは憎きザフトに対し大勝を収め、彼らに久方ぶりの勝ちを与えたのだから。
「ザフト軍はこの度の出兵に参加した艦隊の尽くを撃沈され、全軍の八割以上の被害を出したとか」
「ほぅ、それでこちらの被害はどうなのだ?」
「そこはそれ、敵は卑しくも抵抗したとみえ、モビルスーツに多少の被害が……ですが、結果としての勝利は揺るぎないようで」
 凱旋した彼らを遠くから見つめ、会話する男たちがいる。年齢は初老、もしくは老人といっていい年齢の男たちから、中年が数人といった感じで、若さは感じられない。誰も彼もが、一見するだけで高級品とわかるスーツを着込み、如何にもといった感じに酒の入ったグラスを片手に持っている。彼らは、皆ロゴスと呼ばれる組織のメンバーだった。
「ジブリールも、この度の勝利はさぞ嬉しいだろうな。このところ、芳しくない報告ばかりだった」
「たった一度の勝利とはいえ、これが意味するものは大きい。奴が付け上がってきたらどうしますかな?」
「付け上がらせておけば良かろう。奴は所詮ブルーコスモスの盟主に過ぎない。この戦争が終われば、必然的に用のなくなる男だ」
「左様ですな。戦争が終われば、後は政治の世界。我々のような軍需産業の言うことを良く聞く奴をもり立てて、政界へと送り出す」
 金さえあれば、出来ないことは何もない。それが彼らの信条であり、理念である。現に大西洋連邦など、彼らと繋がりの深い国々の政治家で、何らかの大きな役職を持っているものたちは、彼らロゴスが後ろ盾として付いているのだ。
「ジブリールは精々、今のうちに勝利の美酒に酔いしれていればいいのだ。奴にはその程度の安酒がよく似合う」
「まったくですな」
 本人がいないのをいいことに、ロゴスの面々は大笑いしながら酒を煽っていた。しかし、彼らは知らなかったが、彼らのいるVIPルームには監視カメラが設置してあり常にジブリールによって監視されていたのだ。当然、今のような不快な会話もジブリールの耳にはいることとなる。
「フン、バカな連中だ。他人が作った勝利という名のキャンパスの上に、自分たちで勝手に絵を描く相談を今からしているとは……」
 ジブリールは酒の入ったグラスを傾けながら、呑気に談笑するロゴスの面々を失笑していた。ちなみに、実にくだらないことであるが、現在ジブリールが飲んでいる酒はロゴスの面々が飲んでいるものよりも、値段は高かった。
「この戦争は、時期に終わる。終わりはするが、始まりでもある。この私の時代が始まるのだ」
 本来、ジブリールはロゴスの一員としてはやや役不足な一面の多い男だった。
他のロゴスのメンバーと違い、彼自身は何か軍需産業のグループ企業などを持っているわけではなく、あるとすれば親から引き継いだそれなりの資金力がある財閥程度だった。そんな彼が今日日、ロゴスの一員として確固たる地位を気づけたのは、偏に本人の努力故だった。例えば、彼がブルーコスモスへと入信したのは何も心の底からコーディネイターを憎んでいたわけでもなければ、蒼き清浄なる世界のためなどではない。僅かな富と、低い地位、何の名声も持たない彼がその内なる野心を果たすにはブルーコスモスぐらいしか道がなかったのだ。

 

 だが、そのブルーコスモスにおいてもジブリールが盟主となれたのは偶然の産物だった。彼は根っからの世渡りの良さを遺憾なく発揮し、ブルーコスモス内に自らの橋頭堡を築きあげていくが、上には上がいた。そう、ブルーコスモス前盟主ムルタ・アズラエルである。アズラエルは、古くから反コーディネイター運動に精力的で、さらに多額の資金を捻出してきたアズラエル財閥の御曹司であり、国防産業連合の理事であった。父親の七光りなどではない、彼の優秀かつ有能な頭脳はジブリールのそれを常に上回っており、彼がいる限りジブリールは永久に副盟主の座に甘んじていたことだろう。
 そんな彼が、ジブリールも唖然とするほどあっけなく死んだ。前大戦の末期、戦場で乗艦していた戦艦ごと吹き飛んだのだ。あの時ほど、ジブリールが心の底から喝采したことはないだろう。少なくとも一時間以上は笑い続けていたはずだ。敗北者、即ち負け犬と成り下がって地獄の門をくぐる羽目になった競争者の死を、高笑いと共に喜んだ。
 そしてほどなくして、ジブリールは次代ブルーコスモス盟主となった。アズラエル財閥が何らかの横やりを入れてくる可能性もあったが、可能性だけで終わった。実のところ、アズラエル財閥はブルーコスモスどころではなかったのだ。前盟主のムルタは様々な役職を掛け持ちしながらも財閥トップの座に在り続け、複数の系列企業の運営などを、その持ち前の勤勉さと有能さでこなしていたが、それが突然死んでしまったために財閥内で激しい混乱が生まれたのだ。
言うなれば、ジブリールはその混乱に乗じてブルーコスモスの盟主の座に上り詰めたのである。
「そして私は、カルト教の信者どもと、固有の武力を手に入れた」
 固有の武力、即ちファントムペイン。財力や政治力で他のロゴスのメンバーに及ばないジブリールが、唯一彼らに拮抗できる手段があるとすれば、やはりそれはファントムペインという武力組織の存在が大きい。ロゴスのメンバーたちもそれぞれ、金持ちの見栄か虚勢か、私兵集団の類は持っているのだが、ファントムペインは規模が違う。旧連合軍を取り込んだことで、その勢力、戦力、兵力は地球上では最大級のものに膨れあがっている。
「そのリーダもまた、私であることを忘れて貰っては困る」
 戦後、ファントムペインを主軸に軍事独裁政権を作ることも、決して不可能ではない。何故なら、旧連合もまた、クーデターによって倒れたのだから。
「世界統一国家代表、ロード・ジブリール……私にこそ相応しい称号ではないか。他の誰に、似合うというのだ」
 今はまだ、彼に警戒心を抱かせないようにしなければならない。企みに気付いた彼らが結束し、ジブリールを追放すると言うことも十分にあり得る。不本意だが、彼らの言うことを良く聞き、思うように動く思想家と戦争屋を演じなければならない。
「辛抱するのだジブリールよ……もう少し、もう少しで全てが終わり、始まるのだ」
 自分にそう言い聞かせながら、ジブリールは手元に置いてあった資料を広げた。これはつい最近完成した新しい兵器の資料である。これを実戦投入すれば、一気にファントムペインの勝ちを揺るぎないものに出来る、そういうものだった。
「デストロイ……早く使いたいものだ」

 
 
 

 勝利に沸くヘブンズベースで、浮かない顔をしている面々もいる。ロアノーク艦隊に所属する者たちがそれだった。彼らは、今回の作戦で大事な仲間を亡くしている。
「一人、モビルスーツパイロットが戦死した……本来なら、それだけのはずだ」
 官舎に引っ込んだネオは、一人呟いていた。いくら、ファントムペインが大勝を収めたといっても戦死者が一人もいなかったわけではない。モビルスーツは何機も落とされたし、艦艇ごと多くの兵士が海底へと沈んだことだって一隻や二隻ではない。ただ一つ、たまたま死んだのが親しい人間だった、それだけのことだ。
「やりきれんことには、変わりないがな」
 ネオは、デスクの上に飾ってある写真立てに目を向けた。いつだったか忘れたが、ステラやスティング、そしてアウルと共に撮って、一緒に映る写真がそこにあった。
「アウル…………」
 アウル・ニーダと、初めてあった頃、彼はネオのことをあからさまに嫌っていた。怪しげな仮面を付けた男が、いきなり上官として現れたのだ。少年らしいプライドを持った彼は反発し、ネオに食ってかかったものだ。建前上、ネオが顔を隠す理由は前大戦で顔に傷を負い、人には見せられない醜い傷跡があるからとしていたが、その話を聞きつけたアウルはそれをネタにからかい、時には罵った。さすがのネオも腹立たしげに思ったが、それと同時にそんなアウルの人間らしさ、少年らしさに意外さを憶えていた。
 そうした時間が過ぎる中、ネオはまずステラに好かれた。ネオは少女であるステラに、多少の気を使って接していたのだが、どうも彼女はそう言った扱いを受けたことがなかったらしい。嫌な言い方になるが、単純な彼女はそんなネオを優しい存在だと思ったようで、懐いてしまった。それを見たスティングは、ステラが懐いているなんて今までなかった、どうやらアンタは信用できるようだといってネオと親しくなった。ネオはエクステンデットや、他のファントムペインにとっては異端な存在だった。彼らを戦争の道具と考えず、ちゃんとした人間、感情のある兵士として接するネオは急速に人気を高めていった。本人の意図しないままに。
 ただ一人、アウルだけは違った。何が面白くないのか、何かとネオに食ってかかり、スティングに窘められようと、辞めようとしなかった。

 

――俺はお前を認めねーってんだよ!

 

 強い瞳で睨むアウルを見て、ネオは心の中で軽く溜息を付くと、ある提案をした。
「なら、アウル。君の一番得意なもので勝負しよう。俺が勝ったら、俺のことを認めてくれるか?」
 そして行われた、海上空母の上でのバスケットボール。仲間たちが見守る中、ネオとアウルは1オン1で対決し……見事にネオが勝った。何の小細工もない真剣勝負、一番得意と言うだけあってアウルは確かに強かった。ネオも、バスケの技術面ではアウルに劣ってはいたが、身長差を上手く活かし、アウルに対して勝利を決めた。しばらくは自身の敗北に呆然とし、塞ぎ込んでいたアウルであったが、やがて観念したのか、ステラやスティングのようにネオと親しく接するようになった。

 
 

「あれは、いつのことだったかな」
 照りつける太陽の下でのバスケ、一年も経っていないはずだ。考えてみれば、自分とアウルはまだ一年足らずの付き合いだったのではないだろうか。
「それでも、アイツは……」
 大切な、大事な存在だった。過去を捨てた男が、ネオ・ロアノークとなった男に初めて出来たかけがえのない仲間。息子というほど歳は離れてなかったし、兄弟というには離れすぎていた、アウル。ただの上官と部下ではなかった、彼の死がどれほど自分の心を痛めつけているかを、悟らざるを得ないネオだった。
 そんなネオの部屋をステラが尋ねてきた。ネオは写真立ての写真が見えないように倒すと、彼女を部屋に招き入れた。ステラの目は、赤く腫れている。泣いていたのだろうか? 無理もない、同年代の仲間が死んだのだ。それも、ステラとアウルは、ネオが出会うずっと前からの友人であったという。ショックを受けないわけがない。
「アウルがね、言ってたの。あの闘いが終わった後、ステラに話があるって」
「話……?」
「何か、とっても大事な話だったみたい。絶対、絶対、聴いて欲しいって」
 後半、声が涙ぐんでいるステラを見ながら、ネオはあることに思い立った。
どうしてアウルが最後まで、頑なにネオを拒み、認めなかったのか。まさか、まさかアイツは……ステラのことを?
「なんて、ことだ」
 そう考えれば、全てに納得がいく。始めにネオと親しくなったのは、他でもないステラだ。今ほどではないにしろ、ベタベタとスキンシップでネオに甘えていた彼女の姿を見て、アウルが面白いと感じるわけがない。ただ気にくわないだけの上官ならまだ良いが、アウルが一番好きな存在を、ネオは独占していたのだ。あの時も、そして今も。
「アイツ…………」
 そのアウルが、恐らく戦場に出るよりも怖く、敵と戦う時よりも強い勇気を振り絞って、ステラに告白をしようとしていたのだ。彼が自分の中にあったステラへの恋愛感情を理解していたかどうかなど問題ではない。アウルは、何が何でも自分の想いを、ステラに伝えたかったのだ。
 だが、彼はそれを果たせぬままに死んでしまった。ステラは彼の死に涙を流しているが、彼が自分を好きだったことまでは知り得ないだろう。アウルの想いは、誰かが教えてやらないことには永遠にステラに知られないものとなってしまった。
「だからって、俺が教えるわけには」
 ステラにそのことを教え、伝えるのは簡単だった。しかし、果たしてそれをアウルが望むだろうか? 自分でなくとも、例えばスティングの口から伝えることになってもそれこそ余計なお節介ではないだろうか。何せ、伝えれば、ステラはさらに傷つくだろうから。
 いや、それともこれは今生きているもののエゴか? 死者が伝えられなかった想いなのだ。せめてもの餞に、伝えてやるべきなのではないか?
「ネオ、どうしたの?」
 いきなり黙り込んでしまったネオを、ステラは不思議そうに見る。ネオはそんな彼女の頭に手を置いて、優しく撫でた。気持ちよさそうに目を瞑るステラを見ながら、ネオは悩んでいた。とても一人では、決められそうになかった。

 
 
 

 ジブリールがファントムペインの幹部たちを招集したのは、遠征艦隊が帰還した二日後のことである。明日に大規模な戦勝パーティを控えての招集に、幹部たちは困惑気味に顔を見合わせた。まさか、パーティの段取りを決めるわけでもあるまい。
 だが、意外なことに、今回の招集は正にその段取りに関するものだった。ジブリールは集めた幹部たちにある資料を配ると、こう宣言した。
「明日の戦勝パーティで、貴官等は昇進することとなる。この事は、もう知っているな?」
 一同が顔を頷かせる。彼らは勝利の褒美に、一階級の昇進が約束され、兵士たちにも報償金が出ることになっていた。これは何も珍しいことではなく、通常の軍隊では普通にあることであった。現に今回の戦闘での戦死者は二階級特進、遺族には遺族年金が給付されることが既に発表されている。明確な階級を軍隊内に定めていないザフトと多少の違いはあるものの、やっていることはほぼ同じだった。
「君たちの昇進式も兼ねた宴席には、かのロゴスのお歴々も出席なさる。我々の勝利を、まるで自分のことのように喜んでいる方々だ」
 ジブリールの声に含まれるある種の毒を、ファントムペインの幹部たちは理解していたが、別に関係なかった。彼らもまた、余りロゴスに良い感情を持っていなかったのだ。
「その場で私はある発表をする。大海戦が終わったすぐではあるが、さらなる戦いの発表だ」
 会議室にざわめきが起こる。何とジブリールはもう既に次の進軍計画を立てているというのだ。何と気の早い、いや、早急なことだろうか。
「閣下、小官にはいささかにも早いように思われますが……」
 ネオが簡潔に質問する。もしや、勝ちに酔ったジブリールが無茶な進軍をしようとしているのではないかと、そう感じたからだ。
「そう、ロアノーク大佐の言うとおりだ。まだ、大海戦の勝利のさめやらぬ、いや、まさに絶頂とも言うべき戦勝パーティの場で発表するからこそ、大きな意味があるのだ」
 理屈としては、間違ってはいない。鰻登りとも言うべき高まりようである兵士の士気、それをかき立てる意味でも更なる戦いの発表は必要かも知れない。
勝利に酔う兵士たちは、更なる勝利をどん欲に求め、血気盛んに戦場へと赴くだろう。しかし、ネオにはそれ自体に大変な危険があるように思える。既に地上での兵力差は決定的になっているとはいえ、ザフトがやられっぱなしとは考えずらい。血気盛んなだけの、などとはいいたくないが、勝利に飢えたファントムペインが思わぬ逆襲を喰らうことも、大いにあり得る。第一、兵士の士気よりもジブリールはロゴスたちに見せつけることの方が大事なのではないか? どうも彼の口振りからは、対ロゴス感情が強く出ているように思われる。
「ロアノーク大佐が不安に思うのも無理はない。だが、我々は負けない。負けないという証拠を、今からお見せしよう」
 不意に、部屋の中が暗くなった。ハッとするものはいても、騒ぐものは一人もいない。何のことはない、モニタースクリーンが起動するだけ、誰もがそう思いながらスクリーンを見ていたが、やがてその顔は驚愕に変わり、騒ぎへと変わった。
「ご覧頂いているこれは、先頃ファントムペイン技術部が完成させた最新兵器デストロイだ」

 
 

 唖然としてスクリーンを見つめる者、手持ちの資料をパラパラと捲る者、汗を拭き飲み物に手を伸ばす者、動作は様々だったが、皆が皆驚愕し動揺しているのは確かだった。
「全高56.3メートル、重量404.93トン、この地上で、いや宇宙で最も巨大な機動兵器だ」
 全身に無数の砲門を備え、搭載されたビームのミサイルは戦艦に匹敵する数であり、その威力は巨艦をも一撃、一瞬の元に破壊する。全方位攻撃はもちろんのこと、ドラグーンシステムを利用した無線遠隔操作射撃も可能となっており、一切の敵を近づかせない。仮に接近を許しても、機体を包む陽電子リフレクターが敵のビームを弾き、機体の全体に使われているVPS装甲がミサイルの直撃にも耐えうるだろう。
 大艦巨砲主義を忠実に体現したような、艦艇ではないにしろ、そんな強烈な印象を持つ巨体モビルスーツであった。もはやこれは戦術兵器などではない、戦略兵器として投入されるべき代物だ。火力も防御力も、確かに現在稼働するモビルスーツの全てを上回っている。こんな化け物に、一体どうやって勝つというのか。
「素晴らしい!」
 叫び、拍手をしながら立ちあがったのはホアキン中佐、明日には大佐になる男である。彼は興奮を隠せないといった表情で拍手を続けながら、デストロイを絶賛した。
「この兵器を持ってすればザフトなど恐れるに足らず。いずれは全てのコーディネイターを抹殺できるでしょう!」
 確かに、コストのことを考えずにこの機体が量産できたとすれば、ファントムペインに敵など存在しなくなるであろう。デストロイ一機投入するだけで、それこそ戦局がひっくり返ってしまう。ネオなど、これがプラントの内部で暴れ回る姿を想像して寒気を憶え、そしてある疑問に思い当たった。
「凄い兵器であると思いますが……パイロットは一体?」
 もっともな疑問である。こんな化け物じみた機体、誰が操縦する、いや、操縦できるというのか。皮肉な言い方をすれば、コーディネイターであってもこれを完全に動かすのは無理なのではないか?
「そう、この機体の唯一の欠点、それはまともなパイロットでは乗りこなすことが出来ないと言うことだ」
 では、何の意味もない兵器ではないか。幹部たちは顔を見合わすが、ジブリールは勿体付けるようにその反応を楽しみ、こう続けた。
「我々にはいるではないか。こんな人を人とも思わないような機体に打って付けのパイロットたちが」
 まさか――!
 ネオは、嫌な想像に体中を絡め取られそうになった。そして、それはすぐに想像の範疇を超えることとなった。
「この機体を動かすのはエクステンデットのパイロットだ。あれならいくら損なおうと代えが利く」
 その言葉に、冷暖な響きは含まれていなかった。当たり前だ。ここにいる誰もが、ネオ・ロアノークを除いた全ての人間が、エクステンデットを戦うための使い捨ての道具としか、思っていないのだから。

 
 

 官舎へと帰宅したネオを、ステラが迎えた。尋ねてきて以来、居着いてしまっている。追い出す理由もなかったし、そんな気もなかったが、アウルのことを考えると色々と胸が痛い。アウルにしてみれば、何を今更と言った話だろう。
彼の生前、散々ベタついていたのだ。彼はそれを見る度に、苦しい思いをしていたに違いない。まったく、最悪な上官だ。
「ネオ、どうしたの? 元気ないね」
 押し黙っているネオの様子を見て、ステラが不安そうに話しかける。軽く笑い返すことで答えると、ネオはベッドに腰掛けた。この部屋には最低限の調度品しかない。佐官の最上位ともなれば少しの贅沢をするほどには給料を貰っているはずだが、ネオの部屋は簡素だった。彼は余り金を使わない男だ。何か趣味に金を費やしているわけでもなければ、高級感溢れる食事を食するわけでもない、彼に趣味があるとすればそれは本や雑誌を読むことだが、それは急に時間が空いたときの暇つぶし以上のものではなかったし、食事は主に士官食堂で済ませていた。
「ステラ……少し昔の話をして良いか」
「昔話? 楽しい?」
「さぁ、楽しいかどうかは判らないが、昔の話さ」

 

 その男は、とても裕福な家庭に生まれ育った。何人もの従者や侍女を抱える大豪邸に住み、庶民の子供が見たこともないような多量の玩具や、食べたこともないような料理に舌鼓を打って、なに不自由のない生活をしていた。だが、そんな男の少年時代にも悩みがあった。彼の両親が、自分への教育方針への違いから対立し、不仲になったのだ。世界でも五指にはいるとされる資産家の父親は、莫大な財産と各種利権を、後に相続する少年に早くから英才教育、俗に言う帝王学を学ばせようとしていた。しかし、母親は愛する息子に充実した少年時代を過ごさせたいと考え、父親の考えに反対した。
 少年は対立した両親の板挟みになったわけだが、父親に怒鳴られ立場の弱い母の姿を見ては、どうしても母の側に立ってしまう。無論、父親の言い分も最もなのであるが、幼い彼にとって父親は傲慢で横暴な暴君だった。そんな少年の態度を見て、父親が面白いわけがない。やがて自分の言うことを聞かない妻子に見切りを付けた父親は、恐ろしい考えを抱き始めた。
 幾月の日が過ぎて、ある日少年は父親に連れられて歩く同年代の男子の姿を見つけた。何でも父親が家督を継がせるために英才教育を施している、将来の跡継ぎ候補らしかった。ということは、自分はお払い箱というわけか。別に贅沢な暮らしに未練のある少年ではなかったが、母親共々追い出されては困る。
今更母親が下流の暮らしなど出来るわけもなく、すぐに路頭に迷ってしまうだろう。だからといって、父親のご機嫌取りなど見え透いた真似が出来るわけもなく、黙って静観しているほか無かった。
 程なくして、最初の破局が訪れた。何故だか知らないが、酷く激怒した父親が跡継ぎ候補だったはずの少年を罵り、手を挙げるようになったのだ。彼は何か父親を怒らせるような粗相をしたのかと教育係に問うても、彼は真面目な少年であり、そんなことは一切無かった。旦那様は、どこぞから届いた書類を見た途端、急に態度を変えられてしまった、などという。そして、それからすぐに跡継ぎ候補の少年は、僅かな金を持たされ屋敷を追い出されてしまった。僅かな金と言っても、それは中流家庭の一年分の生活費に相当する額であったが、妙なことになったものだと少年は父親の行動を訝しがった。すると今度は、改めて息子に家督を継がせると父親が正式に発表したのだ。

 
 
 

 一度は余所の少年に家督を継がせようとしていたのに、一体どういう変わり身だと周囲の人間は疑問を憶えた。それは家督を継ぐことになった少年にしても同じことで、急に自分に優しくなった父親を不気味に思っていた。
 変化の理由を問いただしたかった少年であるが、それは叶わなかった。発表から数ヶ月経ったある日、屋敷が酷い火事に見舞われたのだ。少年は優秀な侍女の一人に連れられ、何とか火の手から逃げることが出来たが、両親は違った。
逃げ遅れ、火に巻かれて焼け死んだ。あっけない、世界有数の金持ちも、死んでしまえば一瞬のことである。失火なのか、放火なのか、イマイチ判断の付かない火事だったそうだが、何せ広い屋敷だ。骨董品じみた暖炉だけでも数十箇所あったぐらいだ。
 兎にも角にも、少年は両親を一辺に失ったわけだが、それを悲観してもいられなかった。彼は父親の持っていた莫大な資産を引き継ぐ、ただ一人の男となったのだ。突然の事態に、群がるハイエナは何匹も現れた。それまで少年に好意的だった者は、もっと好意的になるか、逆に冷たくなった。少年は財産相続という荒波に揉まれ、気付いたときには父親の持っていた資産のほとんどをハイエナどもに食いつぶされそうになった。別にそれでも良かったのだが、少年は他人の死につけ込んで群がってきたハイエナども、いや、ハイエナ以下の害虫を非常に疎ましく思った。彼は自分が自由に使える金銭を駆使して人を雇うと、法的または人的な力を持ってこれを排除に掛かった。
 色々あって、何とか資産を守り抜いた少年だったが、それまでだった。金銭絡みの話しかない身辺に嫌気がさした少年は、資産の多くをいくつかの銀行に分散して預けると、一転して自立した道を歩むようになった。権力闘争などもう真っ平だ。自分は、自分の道を行く。少年はやがて士官学校へと進み、青年になる頃には軍人となっていた。これは彼にとって天職であったのかも知れない。彼は戦闘機を操縦するプロフェッショナルとなり、戦場に出ては多くの戦果を挙げた。本人も、自分が軍人になったことに満足していた。とりあえず、不満はなかった。

 

 あの日までは。

 

「男はあるとき戦場で、奇妙な感覚に苛まれていた。何かの存在を感じて、額が疼く。おかしな話だ。怪奇的な現象と言われても、間違ってはいない」
 怪奇現象と言われ、ステラが少し怯えるような仕草を見せる。正直に反応する少女だ。
「出撃した男は、戦闘区域に近づくにつれてその感覚が強まっていくのを感じた。そして、そいつと再会した」
 かつて、父親が連れてきた跡継ぎ候補だった少年。その少年が成長し、敵となって現れたのだ。
「もっとも、男がその事実を知ったのはずっと後のことだ。敵が何者で、自分とどんな繋がり、関わりがあったのか。そして……そいつが一体何だったのか、その正体のことも」
 知ったとき、男の中で何かが崩れた。男が見てきたもの、信じてきたこと、価値観、理念、信条、意思、全てを否定された、そんな気分だった。まさかそんな、自分の一族の業故に、あのような悲惨な出来事が起きてしまうとは。

 

「悲惨なことって?」
 怯えを声に含ませながら、恐る恐ると言った風にステラが尋ねる。
「戦争さ。敵となった男は、野望を抱いていた。野心ではなく、野望だった。
男には限られた命しかなかった。だからこそ、男はその限られた命の中で、復讐を誓った」
 世界に対しての、復讐を。
「そいつを復讐に駆り立てたのは、男を捨てた一族への憎悪だった」 
生み出し、育て、いいように使われ続けた少年は、ある日あっさりと捨てられた。修理不能な欠陥が見つかった電化製品のように、ゴミのように捨てられたのだ。

 

 全ては、憎しみ、そして怒り、引き起こしたのは自分たち一族。
「事実を知った最初の男、資産家の息子として何不自由のない少年期を過ごし、両親亡き後は自分の好きなように生きてきた男は、急に怖くなった。自分の一族がとんでもないことをしてしまったという事実が、怖くなったんだ」
 男の一族が全てを生み出し、始めたのだ。結果多くの人が死に、かけがえのないものがこの世界から消えていった。その責任が、自分にはあるのではないかと、男は思ったのだ。
「考え、悩んだ男は、全てを捨てて逃げ出した。名を捨て、立場を捨て、別の人間になろうとした。バカな話だ。そんなことをしても、何の解決にもならないのに。男はそれまでいた友人や仲間、そして少なくとも愛していたであろう女性を捨てて……逃げ出した」
 何度も後悔した。する度に、捨てた過去だと割り切った。今まで否定してきた組織や、思想、そういったものを受け入れようとした。変わりたかった。他の人間になりたかった。
「男は努力した結果、別の人間になることが出来た。名を変え、立場を変え、顔を隠して…………でもな、時々思い出すんだ。今ある自分が偽りの存在、偽物であることを」
 こんな、誰かが死んだときなどは特に。
「後に残るのは、無力感だけだ」
 自分に一体何が出来たというのか。あの時、例え全ての事実を知っていたとして、自分に止めることが出来たのか? その資格があったとも思えない。あるわけが、ないではないか。アイツは、あの男は、自分のせいで生み出されたと言っても過言ではないのから。
「ネオは……ネオだよ」
 ステラが、口を開いた。驚いたように、ネオは彼女を見つめた。
 強い瞳が、そこにあった。
「ステラに優しくて、スティングに優しくて、みんなに優しくて……アウルに
優しかった。それがネオ」
「優しくすることは、簡単なんだよ。でも、俺は、俺にはそれ以上のことが」
 出来ない。したくも出来ない。出来ないのだ。
 優しいだけじゃ、ステラを、みんなを守ることも救うことも出来ない。
「出来るよ、ネオには。だって、ネオは……」
「ステラ?」
 笑顔とは、こういうものをいうのだろう。優しさとは、こういうものをいうのだろう。そんなことを思わせる、ステラの笑顔だった。
「ネオは、ステラの一番大切な人だから」

 
 
 

 戦勝パーティーは豪奢なものだった。ヘブンズベースで一番広いホール、元々は大規模な室内用演習を目的に作られた場所を大規模に改修し、中世の大国にも見受けられないような装飾と、一流の腕を持った奏者たちが奏でる音楽、そして並べられているのは視覚、嗅覚、味覚を満たすには十分すぎる料理の数々だった。
 下士官以下の兵士は出席できないが、高級士官のほとんどは出席している。
手にグラスを掲げ、勝利の酒と称して飲み干す。元が高いだけに味も良いに決まっているが、それに勝利という名のエキスが加われば、より甘美な味へと変化する。
「みろよ、あの高い位置にある席を」
「あぁ、あれがロゴスのメンバーか」
「高い位置からこの会場を見下ろしてやがる。大したご身分だぜ」
 彼らが総大将たるロード・ジブリールが、そんなロゴスの面々に挨拶をしていた。彼ら中では、ジブリールなどまだまだ若輩者である。故に敬語も使えば、礼儀も正す。
「ジブリール、戦勝パーティというが、少々豪奢すぎやしないかね?」
「いえ、私はこの度のファントムペインの働きはこのようなパーティー程度で収まるとは思っておりません」
 そういってホールへと降りていくジブリールの姿を見ながら、ロゴスの一人が毒づく。
「奴め、どうせ我々の前で見栄を張ったに決まっている」
「まあ、兵士のような野蛮な者たちには、こんなパーティーで泣くほど喜べるというものよ。見ろ、あそこで食事をしている者を」
「食事? あれは食事ではない。まるで犬が餌を食っているようだ。あんな連中と同じ者を食べていると思うと、吐き下がしますな」
 言いたい放題とはこの事か。彼らに給紙する係の者は、思わず眉を顰めそうになって、それを必死で堪えた。
「おや、ジブリールが壇上に上がりましたぞ」
「確か、功績著しい者を代表して昇進式が行われるのだとか」
「軍人は安っぽいものだな。高い地位と勲章を与えておけば、それで満足するのだから」
 代表として、壇上に上がる最初の栄誉を得たのは、ネオ・ロアノーク大佐だった。これには誰もが意外さを憶えた。この会戦以前、ジブリールとネオは互いに反目し合い、折り合いが悪かった。それをこうして、他でもない重要な場所に起用したのは、いくつかの理由がある。まず、ジブリールがこの大勝の喜びから、これまでの折り合いの悪さを無かったことにしようと、彼には珍しくネオとの和解を図ろうとしたことが一つ、次いでホアキンなど彼が目をかけている士官ではあからさますぎ、さらには地位が低い。ネオは佐官から将官になる身であるし、区切りとしても良いだろう。
 だが、昇進を言い渡す者と、言い渡される者では、内に抱える感情も興奮も、まるで違った。少なくともネオは、一ミクロンの感動も憶えてなどいなかった。
「ロアノーク大佐、貴官は地中海におけるザフト軍との海戦において艦隊を率い、また自らもモビルアーマーで出撃し多大な戦果を挙げ、全軍の勝利に貢献した。その功績により、ここに貴官に准将の位と三つの勲章を……」
 これといって個性のない文章を、歌劇を演じる者のように読み上げるジブリール。ネオは、何の反応も示さない。

 
 

「どうした、ロアノーク大佐? 何故、受け取らない」
 段取りでは、ここでネオが紙片と勲章を受け取り、高々と掲げてみせるはずだった。しかし、ネオは受け取ろうとしない。ジブリールが苛立ち紛れに諭すが、ネオは突然、口を開いた。
「閣下、アウル・ニーダが死にました」
「アウル? 誰だ、それは」
「我が艦隊のモビルスーツパイロット、あなた方が言うところのエクステンデットです」
 拍手をしようと待ち構えていたホールにいる全ての人々が、静かにネオの声を聞いていた。一体何を言い出すのか、ロゴスの面々でさえ、興味深げに聞き入っていた。
「彼は死に、私は残りました」
「そうか。なら、すぐに補充のパイロットを回そう」
「閣下……!」
「何、一人とは言わない。二人でも三人でも、エクステンデットなどいくらでもいるからな。だから、さっさと予定通りに」
 瞬間、ネオの手が紙片と勲章に伸び、むしり取るように奪い取った。
「大佐! いきなり何を」
 ジブリールが叫ぶ前で、ネオは紙片を破り捨てた。音を立てて、中央から真っ二つに裂ける。そして、勲章も床に叩き付けられた。
「閣下、いや、盟主……私はあなたに恩がある。過去を捨て、行き場を失った私に新たな名と、居場所を与えてくれた貴方は、私の恩人に他ならない。だから今日まで、私はあなたに仕えてきた」
 どんな仕事でも、任務でも、ネオはこなしてきた。それが、ネオがネオであるために必要なことだったのだ。
「でも、それをもう続けることは出来ません」
「……何故だ?」
「盟主、私はデストロイ計画に反対します」
 一部、極一部のファントムペイン幹部たちの間にざわめきが起こった。それは彼らしか計画のことを知らなかったからであるが、ジブリールはネオの口から出た言葉に、焦りと動揺を感じ始めた。
「馬鹿なことを! 貴官は、何を言ってるのか判っているのか!」
「盟主、貴方が道具として使用しようとしているエクステンデットは、我々と同じ人間です」
 今度の言葉は、他の人間にも意味は通じた。通じたが、瞬時にそれ理解できたのは、何人いただろうか。
「彼らは我々と同じように、物を考え、感情を表現することが出来ます。敵に対して強い怒りを覚え、仲間の死に対して深い悲しみを覚えることが出来て、我々と同じように、心の底から人を愛するということを、知っている」
 そんな彼らを、どうして道具のように扱うことが出来る? デストロイは、彼らの身も心も、全てを破壊してしまう兵器だ。
「私は、デストロイ計画に反対します。この計画を推し進める以上、ファントムペインの将官になることもなければ、佐官として戦うことも出来ない」
 非礼なるその言葉は、ジブリールにしたたかな打撃を与えた。彼は大勢の人々、それもロゴスのメンバーが見守る中で、部下に反逆されたのだ。顔に泥を塗られたのにも等しかった。

 
 

「そうか……貴官の決意は良く分かった」
 驚くべきことに、ジブリールは怒鳴り声などは上げなかった。醜態と思ってか、彼は感情を抑え、極めて冷静を装ってネオと会話をしていた。
「この計画に反対するというのなら、確かに君と我々は同じ道を歩くことが出来ないようだ」
 ジブリールは片手を挙げた。控えていた憲兵が前に進み出る。
「ネオ・ロアノーク大佐を拘束しろ! 彼は不用意に席上を乱した。処分は追って下す。拘禁しておけ」
 彼のこれまでの功績を思えば、極刑になるようなことはないだろう。ネオは駆け寄ってきた憲兵に取り押さえられたが、何の抵抗もしなかった。彼自身、こうなることを分かっていたようだ。
「さて、実にくだらない、余興にもならない珍事をお見せしてしまって申し訳ない。仕切り直しと行きましょう」
 憲兵に連行されるネオを見ながら、ジブリールは手を叩いて無理矢理段取りを推し進めた。多少顔が引きつっていたが、それを指摘する者はさすがに誰もいなかった。

 

 ホールを出て、ネオは外の空気にさらされた。どこに拘禁されるにせよ、ホールから本部に移るには外に出る必要があるのだ。ネオは、自嘲気味な笑みを浮かべていた。
 結局、何も出来なかった。言うだけ言って、自分はスッキリしたかも知れないが、そんなものは自己満足以外の何物でもない。所詮自分には、この程度のことしかできない。
「出来ないんだよ、ステラ……」
 彼女がどんなに自分を信頼してくれようとも、自分はそれに答えることが出来ない。そんな力、自分には……
「な、なんだ、お前たちは」
 声に気付いたネオが顔を上げると、突然彼と彼を連行する憲兵の周囲を兵士たちが取り囲んでいた。憲兵はたった三人だが、彼らは十人以上は居る。
「お前等には用はねぇよ。ただ、そこでしょぼくれてる奴に用があるだけだ」
 その声は若い少年のものだった。
「スティング、お前――!」
 ニヤリと笑ったスティングが、憲兵の一人に飛びかかった。大した瞬発力だ。
一瞬にして、憲兵が蹴り倒される。他の憲兵も、兵士たちに殴りかかられて、すぐに伸されてしまった。
「ネオ、怪我はないか?」
「なんてことをしたんだ! お前、自分のしたことが」
 突如、スティングがネオの胸ぐらを掴んだ。
「水臭いんだよ、アンタは! アウルのことも、デストロイのことも、自分一人で抱え込みやがって!」
 強い声に、ネオの動きが固まる。
「仲間だろうが、俺達は! 違うとは言わせねえぞ!」
「スティング……」
「高速艦を用意してある。モビルスーツも物資も、積めるだけ積んだ。逃げるなら、今だぜ」

 

「だが、それは……」
「ステラもそこで待ってる。だけど、行くか行かないかはアンタが決めてくれ。ただし、俺達はアンタと同じ道を選ぶ。アンタが死ぬなら、俺達も死ぬし、アンタが逃げるなら、俺達も逃げる……それが仲間ってもんだろう」
 揺るぎない決意の色、さきほどのジブリールと対決したネオよりも遥に強い光が、ネオを貫いた。
「後悔、しないか」
「させないようにするのが、上官じゃねぇの?」
「俺に、自信はないぞ」
「ないならないで、俺達が手助けしてやるよ。今みたいにな」
 言われて、ネオはスティングを見つめ返した。そして、ふと、来た道を、戦勝パーティが行われているホールを振り返った。あそこでは、今まさにジブリールが、デストロイ計画について発表でもしているのだろうか。
 だとすれば…………
「行こう、今すぐに。ここは、俺達にとっての天国にはなり得ない」
 ネオと、スティングは軽く笑うと軍港に向かって駆けだした。それに、兵士たちが続いた。

 

 この逃亡劇は、後にこう称されることとなる。

 

 悲劇の逃避行と。