W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第69話

Last-modified: 2008-06-02 (月) 19:34:06

 周囲に巨大な岩塊が幾つも浮いている。巨大といっても、それはあくまでモ
ビルスーツや艦艇の大きさと比較してであり、広大にして膨大なる宇宙におい
て、それらは所詮小石程度の大きさでしかない。
 地球が肉眼でハッキリと見える宙域に漂うそれらの岩塊は、かつてプラント
と呼ばれた一つの残骸。ユニウスセブン、血のバレンタインが起こった地にし
て、テログループによって地球へと墜とされるはずだった墓標。ザフトが砕き、
そのまま放置されていた岩塊群であるが、現在この宙域において激しい戦闘が
繰り広げられている。
 そう、破竹の勢いで進撃を続けるインフィニットジャスティスに対し、世界
統一国家軍の残存兵力は戦線を後退させ、いつの間にかユニウスセブンの跡地
とも言うべき場所が主戦場へと変わっていたのだ。前大戦から考えれば、ここ
はまさに始まりの地。全ての因縁が、憎悪が、対立がぶつかり合って、今日ま
で続いた戦い。それは、この場所から生まれたと言っても過言ではないはずだ。

 

 その主戦場において、二機のモビルスーツが激しく、そして雄々しい姿を見
せつけながら一騎打ちを繰り広げている。

 

「世界統一国家軍は、地球はあんたに対して敗北を認め、降伏した! それで
もあんたは地球を壊すって言うのか!」

 

 大振りの斬撃が繰り出され、必殺の威力を持った一撃がジャスティスに迫る。
ジャスティスはビームシールドを展開すると、相手の攻撃を受け流すように斬
撃の軌道を逸らす。

 

「シン、地球育ちのお前にはわからないんだ。地球に住むナチュラルなんて、
この宇宙の害虫でしかないということが」

 

 ビームライフルを突きつけるジャスティスだが、デスティニーはバルカン砲
を連射し、ライフルを持つ右腕を衝撃で弾く。

 

「アスラン――!」

 

 すかさずジャスティスの蹴りが飛び、爪先のビームブレイドがデスティニー
を掠める。シンは歯を食いしばると、再び構えるジャスティスのビームライフ
ルを機体の左手で掴んだ。

 

「俺はあんたほど人類に失望してなければ、絶望もしちゃいない! 人は、や
り直せるはずだ!」

 

 ビーム砲がライフルを破壊し、アスランは舌打ちしながら残骸を投げ捨てる。

 

「無理だな。その前にナチュラルとコーディネイターは、互いに互いを滅ぼす
さ。人類の歴史は戦いの歴史だ! 敵がいる限り、戦いはなくならないんだ
よ!」

 

 前大戦時、アスランは戦いを、戦争を止めるために、世界を平和にするため
に必死で戦った。しかし、彼が掴み取った平和は、一年と少しで脆くも崩れ去
った。

 

「失敗しても、転んでも、それでも起ち上がって前に進む。それが人だ!」

 

 シンの叫びが、アスランに響く。だが、彼にとってそれはビジョン無きロマ
ンチズム以外の何物でもない。

 

「だったら、俺を倒してそれを証明してみろ! シン・アスカ!」

 
 

         第69話「運命の歌姫」

 
 
 
 

 別の場所においても、モビルスーツ同士の激しく、そして苛烈な戦闘が行わ
れていた。

 

「仮初めの和平など、所詮は虚構に過ぎなかった。少しの刺激を与えるだけで、
この世界はまた戦争を行った。何故だと思う!」

 

 サトーは叫びながら、機体のビームサーベルを振り上げてレオンに斬りかか
った。ブルムもまたビームサーベルを引き抜き、これに対応する。

 

「軍人が戦争の意味を問うとは、ナンセンスだな!」

 

 レオンのビームサーベルが、ブラックリーオーのビームサーベルと激しくぶ
つかり合う。出力は互角、だが、パワーならばレオンに分がある。

 

「貴様が軍服をまとっていたのは、国を守るという誇りがあったからだろう
に!」
「その誇りをくれたのがプラントなら、奪ったのもプラントなのだ! 妻と娘
を奪った血のバレンタイン……あんなことを行った地球と、クライン派は手を
取り合った!」

 

 技量でいえば、驚くべきことにブルムとサトーのそれは拮抗していた。いく
ら歴戦の戦士とはいえ、異世界の機体をここまで操るには相当の努力が必要だ
ったろう。イザークやディアッカのような天才ならばともかく、サトーは単な
る武人に過ぎない。

 

「そんなプラントやクラインのために戦う者たちに、私は負けん!」
「守るさ。守るために戦う、それが騎士だ!」

 

 マシンキャノンが火を吹き、ブラックリーオーの機体が衝撃に揺れる。サト
ーは距離を取ると、ドーバーガンを構える。
 だが、ブルムの反応は砲撃よりも早かった。

 

「遅いなぁっ!」

 

 機体を加速させ、敵機に急接近したレオンは、その太い両腕でドーバーガン
の砲身を掴み取った。

 

「ぬぅんっ!!」
「なっ!」

 

 メキメキと音を立て、ドーバーガンの砲身が潰されていく。決して柔らかい
わけではない、チタニュウム合金が折れる。

 

「なんという揚力……!」
「小細工はそろそろ抜きにしようではないか」
「どういう意味だ?」
「男と男、戦士と騎士、互いに意地があるのなら、体と体でぶつかり合って、
そいつを押し通せばいいのだ!」

 

 潰して引き千切ったドーバーガンの砲身を捨て去ると、ブルムは距離を取っ
てビームサーベルを構えた。小技も小細工も必要ない、一対一の真っ向勝負。

 

「貴様も戦士ならば、一騎打ちの真髄を見せつけてみろ!」

 

 その言葉に、サトーの体は痺れを覚えた。

 

「……真っ向勝負か。良いだろう、叩きのめしてくれる!」

 

 こちらもビームサーベルを引き抜き、突きの構えを取る。
 静寂が訪れた。深遠なる宇宙、まるでこの二機の時間だけが止まってしまっ
たかのような、刹那の時。

 

 先に動いたのは、サトーのブラックリーオー。
 ブルムは、僅か一瞬、常人では気づかないであろう一瞬、遅れた。

 

「とったぁっ!」

 

 レオンがビームサーベルを振り上げたまさにその時、ブラックリーオーのビ
ームサーベルがレオンの右胸部を貫いた。そして、そのまま機体を斬り裂き、
右肩から右腕を斬り飛ばした。

 

「勝った、勝ったぞ!」

 

 サトーは歓喜の声を上げた。異世界の騎士に、自分よりも強い男に、自分は
今勝利した。まだ終わってはいない、我々は、インフィニットジャスティスは
戦える!

 

「いや……終わりだ!」

 

 衝撃がブラックリーオーの機体を打ち砕いた。
 サトーは何が起きたのか理解できなかった。彼に分ったのは、一撃でコクピ
ットが破壊され、自分が残骸に押しつぶされようとしていることだった。

 

「ガ…ハッ……」

 

 血塊が、口から吐き出された。ノーマルスーツごと、コクピットとともに身
体を砕かれた。

 

「拳、だと」

 

 そう、右胸部を貫かれ、右肩から右腕を斬り飛ばされた瞬間、ブルムはレオ
ンの左拳を、ブラックリーオーのコクピットに叩き込んだのだ。勢いある拳の
一撃が、たった一発でコクピットを砕いた。
 肉を切らせて、骨を断つ。以前、ロッシェがとったのと同一の戦法を、ブル
ムも使ったのだ。そして、その効果は絶大であった。

 

「これも、国を裏切り、世界に反旗を翻した者への……報いか」

 

 消えうせる意識の中、サトーの頭に思い浮かんだのは愛していた妻や娘のこ
とではなく、彼が担ぎ上げ、彼の期待に応えて戦ってくれた少年の顔だった。

 

「アスラン、ザラ。後は、あなたに任せます。どうか、パトリック・ザラの、
われらの遺志を……」

 

 ブラックリーオーの機体が動作を停止した。コクピットを破壊され、もはや
動くことのなくなった機体を、レオンに乗るブルムは静かに見つめている。

 

「相手が悪かったな。俺は、二度死ぬつもりはなかったんでな」

 

 その言葉を聞く者も、答える者もこの場にはもういなかった。

 
 

 デスティニーのビーム砲がジャスティスを襲う。アスランはこれをビームシ
ールドで受けきった。

 

「大した防御力だよ、まったく」

 

 始めは満足に戦えるかとも思っていたのだが、今や自分が確実にシンとデス
ティニーを押しているという自覚がアスランにはあった。デスティニーの力は
確かに強い。性能も、そしてパイロットであるシンの実力も自分に匹敵するほ
どにまで成長している。
 だが……

 

「相性が悪いみたいだな、俺とお前では!」

 

 アスランのジャスティスが徹底的なまでに近接格闘戦に拘って強化されたの
に対し、シンのデスティニーはどう見ても拠点攻略用の局地戦兵器だ。戦艦や、
大型モビルスーツなどには絶大な効果を発揮するだろうが、単体の一騎打ちに
は武装の大きさからして不利なのだ。無論、シンの実力を持ってすれば並のモ
ビルスーツやパイロットなど一瞬で蹴散らせるが、今彼と戦っているのは当代
きっての英雄アスラン・ザラだ。容易に勝てる相手ではない。

 

「それでも、俺はあんたを……アスラン・ザラを倒さなくちゃ、超えなくちゃ
行けないんだ!」

 

 自分のような優秀でもなく、他者より優れているところがあるわけでもない
コーディネイターが、万が一にでも英雄を倒すことが出来れば……あるいは人
は、それに希望を見出してくれるのではないか。

 

「愚かな、そんなものは夢だ。愚か者が見る、虚構に過ぎない!」

 

 あろうことかビームシールドを武器に、デスティニーへと攻撃を仕掛けるジ
ャスティス。

 

「夢を見て何が悪い! 人が一歩前を踏み出すには勇気がいるんだ!」
 そう、俺は……俺はそんな人たちの……
 勇気となって、その人たちの背中を押してやりたい!」

 

 ビームシールドで強引にアロンダイトを押し戻されながらも、シンは歯を食
いしばってその場で堪える。

 

「ならば、今すぐ全人類に英知を希望を与えてみたらどうだ! お前は出来も
しないことを、きれい事を並べてほざいているだけだ」
「あんたを倒してから、そうさせてもらうさ!」

 

 減らず口を応酬しながら、二機が激突を繰り返している。理想を捨て、彼な
りの現実を見据えて覇道を突き進む男と、理想を捨てず、勇気を振り絞って正
道を歩く男の、真剣勝負。
 彼らの周囲には幾つか有人機もいたのだが、戦いに割っては入れるような状
況ではなかった。ただ、メインカメラに激しさを増す光景を焼き付け、周囲に
向かって送り続けている。何分、何時間経ったのか、時間の感覚すら彼らには
なかった。
 互角と断言しても差し支えのない二人の死闘は、そう簡単に終わるものでは
ないかに見えた。だが、彼らの戦いに対し、ルナマリア・ホークが介入したこ
とで事態は一転した。

 

「シン、アスラン!」

 

 ルナマリアは別に、二人の戦いに横やりを入れるつもりはなかった。単純に、
二人の所在を確かめるべく接近しただけなのだろう。しかし、シンは彼女が援
護をしに来たと勘違いをしてしまい、こう叫んだ。

 

「ルナ、来るな!」

 

 その叫びは、結果としてルナマリアが彼らに近づきつつあるといことをアス
ランにも教えることになってしまった。緊迫した状況下で、アスランはルナマ
リアの存在に大きく舌打ちをした。

 

「ルナマリアか……女如きが男同士の戦いに割ってはいるな!」

 

 とんでもないことを叫びながら、アスランは機体を反転してルナマリアの乗
るインパルスへと迫った。

 

「よせ! アスラン!」

 

 シンの制止を振り切り、ジャスティスはビームサーベルを構えてインパルス
へと飛び込む。インパルスはビームライフルを斉射してこれを迎撃するが、そ
の程度ではジャスティスを止めることは出来なかった。

 

「相変わらず射撃が下手だな、君はっ」

 

 ビームサーベルとビームブレイドの連撃が、瞬時にインパルスを斬り裂いた。
ボディや脚部を斬り裂かれ、コクピットたるコアスプレンダーが剥き出しにな
る。

 

「そんな――!」

 

 ルナマリアは悲鳴に近い声を上げた。コアスプレンダーは、現在飛行能力に
以上を来しているため、脱出することが出来ない。このままでは、殺される!
 だが、アスランはすぐにルナマリアを殺したりはしなかった。なんと、彼は
コアスプレンダーを抱えるとそのまま宙域から離脱を計ったのだ。

 

「ま、まてっ!」

 

 慌ててシンもその後を追う。砲撃したくても、ルナマリアを盾にされては困
るし、あるいはアスランの狙いはそれなのかも知れなかった。

 

 加速を続ける二機であったが、アスランはユニウスセブンの残骸の中でも一
際大きい岩塊を見つけると、そこに降り立った。後を追うシンも、機体をそこ
に着地させる。
 コアスプレンダーを左脇に抱えるアスランは、ビームサーベルを持つ機体の
右手をデスティニーに突きつけた。

 

「シン、ルナマリアの命が惜しかったら武器を捨て、投降しろ」

 

 コクピットの中でルナマリアと、そして言葉を投げかけられたシンが衝撃に
震えた。

 

「アスラン……あんたはどこまで腐ってやがる!」
「何とでも言え。俺は覇道を歩いている。正々堂々の勝負なんて、これ以上し
ていられるか」

 

 視線でモビルスーツが壊せるならば、シンは百回でもジャスティスを破壊し
ていただろう。シンは、操縦板に拳を叩き付けると、デスティニーのアロンダ
イトを地面に投げ、ビームブーメランも取り外した。

 

「シン、私に構わないで!」

 

 死の恐怖に怯えながらも、気丈にルナマリアは叫ぶ。だが、シンには彼女を
見捨てることが出来なかった。

 

「馬鹿な奴だな。ルナマリアを見捨てて戦い続ければ、俺に勝てたかも知れな
いのに。そんなに仲間の命が大事か?」
「仲間だからじゃない。誰のものであろうと、命はかけがえのないものだ。例
えアスラン、あんたみたいな屑野郎の命でもな……」

 

 吐き捨てるように言うシンと、嘲笑するアスラン。アスランにとって、シン
の言い分など甘ったれたガキの戯言でしかなかった。

 

「それで自分が死んだら何の意味もないな。良いだろう、ルナマリアは見逃し
てやる。けど、その代わり……」

 

 アスランはビームサーベルを構える。シンはそれに対し、動きを見せようと
しない。

 

「その代わり、お前の命は俺が貰う!」

 

 コアスプレンダーを抱えたまま、ジャスティスが走り出す。どうすることも
出来ない、シンが覚悟を決めた。

 

 その時だった――

 

 アンカーランチャーが、ジャスティスの左腕に打ち込まれた。衝撃に、アス
ランは思わずコアスプレンダーを落としてしまう。

 

「だ、誰が!?」

 

 あり得ぬ方向からの攻撃に目をやるアスラン。
 そこにいたのは…………

 
 

「お前が正しいかなんて俺はどうでも良い。ただ一ついえるのは、今のお前が
堪らなく醜い悪党に成り下がりつつある、それだけだ」

 

 ボロボロの機体。修理も満足に行われていない、その機体をアスランは、そ
してシンは見覚えがあった。

 

「ストライク……スウェンか!」

 

 弾き飛ばされたコアスプレンダーをキャッチしながら、シンが叫んだ。スウ
ェンは答える間もなく、機体を飛ばし、デスティニーの手からコアスプレンダ
ーを奪う。

 

「こいつは俺に任せろ。お前はそこにいる小悪党を、さっさと倒せ」
『ちょ、ちょっと私は――』

 

 スウェンは、抗議するルナマリアを連れてそのまま離脱した。一瞬の攻防劇
に、アスランは唖然としてしまったが、すぐに我に返った。

 

「くそったれ!」

 

 頭部の2連装近接防御機関砲と、胸部のCIWSを連射してデスティニーが地面に
投げた武器を撃つ。ビームブーメランは弾き飛ばしたが、大剣のビームソード
は……

 

「アロンダイトォォォォォォォォオッ!!!!」

 

 寸前のところでアロンダイトを掴み取ったデスティニーが、大剣を勢いよく
振りかざし、剣先を突きつけるように構えを取った。

 

「アンビデクストラス・ハルバートッ!!!!」

 

 迎え撃つべく、ジャスティスもまた二刀のビームサーベルを連結させた、最
強の双頭刃形態を取る。

 

『ハァッ!!!』

 

 同時に叫ぶとともに二機が正面へと飛び出し、縦と横の一閃がそれぞれ交錯
しあう。デスティニーは片翼を斬られ、ジャスティスは頭部のアンテナを斬り
落とされた。
 振り向き様に二機は中空へと跳び上がった。

 

「くらえっ!」

 

 ジャスティスからグラップルスティンガーが発射され、デスティニーへと迫
る。シンはパルマフィオキーナでこれを吹き飛ばすと、高エネルギービーム砲
でジャスティスを狙い撃つ。
 アスランは素早い動きでこれを避けると、さらに斬りかかろうとするデステ
ィニーに急接近し、グリフォンビームブレイドでビーム砲の砲身を叩き斬った。
 シンはパーツをパージし、前方に加速して距離を取る。同じくアスランも前
方に飛び出してから、機体を旋回させる。

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!!」
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!!」

 

 二機が激突し、地面へと落下する。
 ともに胸部を破損したが、デスティニーが膝をついたのに対し、アスランの
ジャスティスは地に足を着けて立っている。

 

「おのれ、この程度の損傷……!」

 

 破損箇所を庇いながら、アスランが呟く。
 機体を奮い立たせながら、シンのデスティニーがアロンダイトビームソード
を構え直した。それを見て、アスランもジャスティスのアンビデクストラス・
ハルバードを構える。

 

「シン、お前は弱者だ! お前は弱いからこそ、力がないからこそ、そうやっ
てきれい事並べることしかできない。だが、俺は違う。俺は覇道を突き進む、
強者なのだから! そんな俺が、お前なんかに負けるものか!」

 

 叫び、轟き、アスランとジャスティスが飛び出した。

 

「そうだ、俺は確かに弱い。あんたみたいに自分の実力に自信も持てないし、
英雄なんて大層な異名を持ってもいない。だけど、だからこそ俺は!」

 

 その時シンの脳裏に掠めたのは、一人の少女の姿。それはかつて、彼に勇気
と、強さを取り戻させてくれた、大切な存在。

 

「弱いからこそ、心だけは、強く生きていきたい!」

 

 翼を広げ、大剣を振り上げたデスティニーがジャスティスに立ち向かう。
 二機の距離は、至近であり指針。

 

「勝負だ、アスラン・ザラ!!!」

 

 シンの叫びと、

 

「来い、シン・アスカ!!!」

 

 アスランの叫びが、真っ向から激突する。

 

『オォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』

 

 互いの魂を揺らす覇道と衝撃が、ぶつかり合う大剣と双頭刃を通して二人に
伝わってくる。アロンダイトの刀身に、ビームサーベルの刃が叩き付けられ、
激しい鍔づり合いを起こす。

 

 威力は互角――いや、

 

「ウァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 シンの斬撃が、アロンダイトの一撃がアスランのジャスティスを斬り破った。
ジャスティスはアンビデクストラス・ハルバードごと、その機体を弾き飛ばさ
れた。

 

「嘘、だ……」

 

 勢いよく地面に叩き付けられる機体の中で、アスランは呆然と声を出した。
全身全霊を込めたはずの一撃が、跳ね返されたとでも言うのか。慌てて機体を
起ち上がらせようとするアスランだが、機体の軋む音が響く。今の一撃は、必
殺となってジャスティスの機体を破壊していた。

 

「俺が、シンに、シンなんかに」

 

 まだだ、まだ終わってはいない。この上は、ビルゴを呼び寄せてでもこの場
を切り抜けなくてはならない。
 アスランはビルゴを呼び寄せようと手を伸ばし、ある異変に気がついた。何
か、微かな声のようなものがコクピットに響き渡ってくる。

 

「なんだ、これは」

 

 外部チャンネル。アスランは、声が流れるチャンネルに合わせると、音量を
一気に上げた。

 

「ミーアの、歌声……?」

 
 

 その頃、主戦場では奇跡が起こっていた。見た者全てが、それを奇跡という
意外に形容できなかった。

 

「ビルゴが、動きを止めていく」

 

 世界統一国家軍側のパイロットが、呆然と呟いた。突然、綺麗な歌声が全自
動通信で流れ込んできたかと思うと、次々にビルゴが動きを止めていったのだ。
この歌声、この世界に生きる者ならば、大抵の人間が知っている。

 

「何故だ、何故ビルゴの制御が出来ない!」

 

 ウルカヌスにおいてもこの異常事態に混乱が起きていた。ラクス・クライン、
いや、ラクス・クラインの偽物と思われる存在の歌声が線上に響く中で、彼ら
の主戦力たるビルゴがこちらの命令を受け付けず、機能停止を始めているのだ。
操作も命令もできずに、彼らは立ち尽くしている。

 

 ザフト軍は終結が近いことを悟っていた。
 スコーピオ率いるビルゴ部隊もまた、この歌声が流れるとともに飛来した光
り輝くモビルスーツの前に機能を停止してしまったのだ。

 

「ラクス・クラインの歌が戦闘を止めている……?」

 

 スウェンとともに帰還したルナマリアは驚きを隠せないと言った風に呟くが、
スウェンには異なる見解があった。だが、今のところはルナマリアが思うよう
な事実が重要視されるのだろう。

 
 

 一機のモビルスーツが、翼を煌めかせながら戦場を飛び続ける。
 歌姫の歌声に乗せられて、青く輝く粒子が戦場に舞い、モビルドールが一機、
また一機と行動不能に陥っていった。これこそが、ガンダムアクエリアスが持
つ機能、対MD用電子戦装備アンチMDシステム。
 半径100km以内に存在する全てのモビルドールにコンピュータウイルスを送
信し、機能障害を引き起こし、活動能力を奪うこの兵器は、まさに支援用のモ
ビルスーツだからこそ持っている秘密兵器だった。ロッシェは戦場を飛び回る
ことで制限範囲を無くし、戦場にいるモビルドールというモビルドールを駆逐
していった。動けなければ、ただの人形でしかないのだから。

 

「それにしても、本当に良い歌声だ……」

 

 彼のコクピットにも流れる歌声、ミーア・キャンベルが歌う歌も、全ての戦
場に、全世界に向けて発信されている。アクエリアスの機能を知らなければ、
人はミーアの歌によってビルゴが動きを止めていると思うだろう。
 ロッシェの狙いは、まさにそれだった。

 

「アクエリアスを使えば、ビルゴを止めるのは簡単だった」

 

 だが、ロッシェはそれだけでは何の意味もないと感じていた。ただビルゴの
動きが止まるだけでは、敵は抵抗を止めないだろう。
 そこで、殊更に劇的な効果を狙ってロッシェはミーアの歌を選んだ。相手の
戦意を、根本から打ち砕き、引き抜くような力を、ミーアに求めたのだ。
 その効果は、絶大だった。

 

「戦いを決するのは、兵士じゃない。ミーア、君のように心の底から平和を願
い、それを歌という形にして送り出せる人が、必要なんだ」

 
 

 遅れて戦場に到着したガンダムチームも、目の前で起きている光景に目こそ
疑わなかったが、衝撃を憶えていた。

 

「凄いな、あんな特殊能力があったのかよ」

 

 対モビルドール用兵器を搭載していたとは、さすがのデュオも考えていなか
った。

 

「恐らく、あの兵器でビルゴの動きを封じてエピオンが殲滅するという戦略だ
ったのでしょう。何せ、兄弟機ですから」

 

 カトルの言葉に全員が頷く中、トロワが提案をする。

 

「とはいっても、あるいは一時的な効果かも知れない。再起動の危険性がある
ことだし、今の内に全機破壊しておくべきだろう」
「動かぬ人形ほど歯ごたえのない敵もいないが、賢明な判断だろうな」

 

 ガンダムチームはそう言いながら各自ビルゴを殲滅するために飛び立つが、
ここで彼らは一つの失敗をしている。誰か一人、一機だけで良いからウルカヌ
スの制圧に向かうべきだった。彼らがそれをしなかったのは、もちろんビルゴ
が再起動する危険性を重要視したことと、ウルカヌスにはもう戦力など残って
いないと判断したからだった。

 
 

 勝敗は、決した。どちらが勝ったわけでも、負けたわけでもない。だが、勝
利できなかった、その時点で、アスランは負けを悟らざるを得ないのかも知れ
なかった。
 倒れたまま動かぬジャスティスに、シンのデスティニーが歩み寄った。

 

「アスラン、あんたの負けだ。潔く降伏しろ」

 

 シンがすぐにアスランへトドメを刺さなかったのは、彼の口から敗北を宣言
させ、インフィニットジャスティスの抵抗を止めさせる必要があったからだ。
もう戦いは終わっている、これ以上、人が傷つくことはないはずだ。

 

「俺は……」

 

 絞り出すような声で、アスランが呟く。彼の瞳には、まだ強い輝きがあった。

 

「俺はまだ、敗者になるわけにはいかない。俺はそんなに、諦めが悪くない!」
 アスランが機体を動かし、無理矢理飛び立たせた。
「アスラン、あんたはまだ――!」

 

 ジャスティスが支援空中機動飛翔体ファトゥム-01を切り離した。ハイパーフ
ォルティスビーム砲を撃ちながら、ビームサーベルを展開してデスティニーへ
と突っ込んでくる。

 

「こなくそっ!」

 

 砲火を受けながらもアロンダイトで受け止めるデスティニーだが、その威力
と衝撃に機体と刀身が揺れた。
 それでもその場に踏ん張り、シンは何とかファトゥムを斬り裂いた。

 

「アスランは!?」

 

 見ると、ジャスティスはウルカヌスの方へと飛び去っていく。

 

「くそ、待て!」

 

 追いかけようとするシンであるが、機体が言うことを訊かない。度重なる戦
闘による損傷が、機体の自由を奪っていたのだ。

 

「このままじゃ」

 

 焦るシンであったが、その機体を、別の機体が支えた。驚いてシンがメイン
カメラを向けると、オデルのアスクレプオスがシンのデスティニーを支えてく
れてくれている。

 

「シン、良くやったな」
「オデルさん……」
「みんな見ていた。お前の勝ちだ、お前はアスランに勝ったんだ!」

 

 勝った……? オデルに言われても尚、シンには実感が沸かなかった。無我
夢中だった。ただ、自分の想いをさらけ出して、アスランにぶつけただけだ。

 

「お前の想いが、お前の意思がアスランを打ち破ったんだ。胸を張って、ミネ
ルバに帰ろう」
「で、でも、アスランはまだ!」
「大丈夫だ、もうウルカヌスには戦力なんて残っていない」

 

 事実のはずだった。インフィニットジャスティスは、ウルカヌスにある全て
のビルゴⅡを戦場に投入していた。それらは全てロッシェの手によって自由を
奪われ、今現在ガンダムチームによって破壊されている。
 だが、彼の知らない、またガンダムチームの気付いていない兵器が、戦場に
は残されていた。

 
 

 損傷し、満足に飛ぶことも出来ない機体を動かしながら、アスランはウルカ
ヌスへと急いでいた。空中分解してもおかしくないほどに損傷した機体は、ア
スラン・ザラがシン・アスカの前に敗北した、確かな証拠と言えなくもない。

 

「どうして、どうしてこんなことになった……」

 

 コクピットの中で、アスランは呟いている。
 こんなはずではなかった。圧倒的なビルゴの力を持って敵を壊滅させ、地球
を制覇し、プラントでの覇権を樹立する。心強い友と、多くの仲間、彼らと手
を取り合い、覇道を歩み続けるはずだった。
 だが、ディアッカ・エルスマンが死に、イザーク・ジュールが死んだ。かつ
ての友、キラ・ヤマトに至っては自ら手を下してしまった。メイリン・ホーク
は彼の元を去り、いつの間にか、アスランは一人になっていた。

 

「俺は……」

 

 アスランはそれでも、戦意を失ってはいなかった。彼は、自分には責任があ
ると思っていた。
 その責任とは、一体どんな、そして誰に対してなのか。

 

「決まってる。これまで倒し、殺してきた全ての人間と、覇道を歩むと決めた
自分自身にだ!」

 

 故に、アスランは勝者とならねばならない。どんな手を使ってでも、例え最
後の一人になろうとも、戦い続けなければならないのだ。
 眼前に迫るウルカヌス。その周囲には、アクエリアスによって強制的に機能
停止させられたビルゴⅡが何機も漂っている。アスランは、その中から目的の
機体を見つけた。
 赤く、そして巨大な機体は見たところ傷一つついてはいなかった。

 

「俺はまだ負けない。俺は弱者にも、敗者にもならない!」

 

 コンソールを操作し、コードを入力していく。
 入力されたコードは……

 

 ――56WI――

 
 
 

 プリベンター巡洋艦へと帰還したロッシェは、機体の応急整備と補給を済ま
せる中、ハワードにある注文を付けていた。

 

「ジェネレータの出力を弄って、ビーム兵器も使えるようにしろだと?」
「あぁ、システムとのリンクを切れば、ビームサーベルぐらいは使えるように
なるはずだ」
「出来ないことはないが、もう掃討戦だけのはずだ。そこまでする必要が……」
「あるさ。あるから頼んでいる」

 

 あるのかと問いかけるハワードに対し、ロッシェはあると断言した。ロッシ
ェは、自分がもう一度だけ出撃する必要があると確信していた。
 そんな彼の元へ、ミーアが駆け寄ってきた。

 

「ロッシェ、さっきの歌、あたしの歌、どうだった!?」

 

 抱きつくように飛び込んでくる彼女を、ロッシェは優しく抱きかかえた。

 

「良かったよ、良かったに決まってるさ。他でもない、君の歌だ」
「ありがとう。これで、戦いは終わるのね……」

 

 興奮による震えを隠せないミーアであったが、ロッシェは小さく首を振った。

 

「残念だが、私にはまだやり残したことがある」
「えっ、やり残したこと?」

 

 世界統一国家軍は敗北を宣言し、インフィニットジャスティスはその主戦力
を失った。この状況下にあって、戦闘は終わったと思うのが普通であるはずだ。
少なくとも、ロッシェともう一人だけを除いて誰もがそう思っていたはずだっ
た。

 

「ほんの些細な、野暮用ともいえるものだ。だが、それだけに譲れないもので
もある」

 

 ロッシェは、視線をミーアからアクエリアスへと移した。ミーアは直感的に、
それが何を意味するのか気付いた。

 

「まさか、まだ戦うつもりなの?」
「……あぁ」
「どうして? だって、もう敵なんて!」

 

 叫ぶミーアの口を、ロッシェがそっと指で塞いだ。
 驚いたように、ミーアが眼をパチクリとさせる。

 

「ミーア、私は馬鹿で愚かな男だ。本来なら君に愛しされる資格などない、つ
まらない男なんだ」

 

 指を離して、ミーアに背を向けるロッシェ。ミーアはその背に手を伸ばすが、
届かない。

 

「奴は私に手袋を投げてきて、私もそれを受け取った。ならば、最後の最後に
は白黒ハッキリさせる必要がある」

 

 出会いがどうであるとか、始まりが何であったかなど関係ない。刃を突きつ
けられ、こちらも突き返した。
 理由など、その程度で構わない。

 

「決着を付けに行く。この世界に対してのケジメを、私はつける」

 

 奴もきっと、それを考えているはずだ。
 ならば、私も剣を取らなくてはいけない。

 

「そうだろう? アスラン・ザラ――」

 
 

 スコーピオが、ゆっくりと再起動を始めていく。
 モビルドールとしてではない。モビルドールシステムを封じられた以上、動
くことはあり得ない。だが、スコーピオにはアクエリアスと同じく、ある機能
が備わっていた。それは、特殊な解除コードを入力することで機体を変形、有
人型のモビルスーツとして起動させることが出来るのだ。

 

「俺は戦う。最後の一人になったとしても、俺の命と魂を、俺が英雄として生
きる全てを賭けて!」

 

 モビルスーツスコーピオ、パイロットは英雄アスラン・ザラ。
 アフター・コロニー最大最強の機体と、コズミック・イラ最強の戦士がここ
に合わさった。
 無論、その光景はガンダムチームの知るところとなる。

 

「スコーピオだと!」

 

 ヒイロが彼にしては珍しく焦りの声を出した。スコーピオは、かつて彼が倒
したはずの機体だったからだ。

 

「恐らく、予備パーツを元に組み立てたのだろうが……あれがいるとはな」

 

 軽く唇を噛みしめながら、トロワが呟いた。あの機体は、一機だけでコロニ
ーすら破壊できるだけの力を持った強大強力なモビルスーツだ。前回は、モビ
ルスーツパイロットとしては何の取り柄も才能もない狂信者が乗っていたから、
何とか早期に倒すことが出来たが……

 

「異世界の人間といっても、英雄と呼ばれているほど男です。早く止めなけれ
ば、大変なことに」
「おい、スコーピオもそうだけど、ウルカヌスの様子がおかしいぞ!」

 

 デュオの叫びに、一同がモニターを確認する。見れば、ウルカヌスが突如急
速前進を始めたのだ。

 

「まさか、あれを地球に落とすつもりか?」

 

 険しい目つきで五飛が問いかける。その問いに対する答えを、誰もが口にす
るのを拒んでいた。
 どちらにしろ、止めなくてはいけないのは事実だが。

 

「スコーピオを破壊して、ウルカヌスも止める。それしか方法はない」

 

 ヒイロが機体をウルカヌスへと飛ばし、残る機体もそれにならった。その姿
を、遠くからアスランが確認する。

 

「来たか、異世界の邪魔者どもが!」

 

 アスランの叫びに呼応するかのように、ウルカヌスのハッチから二十機ほど
の機体が飛び出してきた。

 

「おい、ビルゴⅡは全部出払ったんじゃなかったのかよ!?」

 

 驚きの声を上げるデュオだが、機影を確認したカトルが愕然とした。

 

「あれはビルゴⅡじゃない……ビルゴⅢ、ビルゴの最終形態です!」

 

 切り札は最後の最後まで取っておく。古典的な戦術を、アスランは守ったに
過ぎない。だが、この局面にあってその効果は絶大であると言わざるを得ない。
さすがのガンダムチームも、これを突破するのは簡単ではないのだ。

 

「常に相手の先手を打ち、翻弄する。それが俺の、アスラン・ザラの戦術だ!」

 

 ビルゴⅢで倒せるとは思えないが、時間を稼げればそれでいい。弱ったとこ
ろを自分で倒すのも良いし、その前にウルカヌスが地球へ落ちれば、こちらの
勝利だ。

 

「勝利は俺の手の中にある……最後の勝者は、俺なんだ!」

 

 シンに負けたがどうした、たった一度の敗北、いくらだって挽回は出来る。
何回負けようとも、最後の時点で勝っていれば問題はない。

 

「ならば、その手ごと貴様の勝利を斬り落としてやろう」

 

 声は、アスランの背後から響いてきた。
 華麗で、優雅とさえ思うその声に、アスランは機体を振り向かせた。
 目に映るのは、青く輝き、翼を広げる機体。

 

「ロッシェ・ナトゥーノか」
「そうだ。アスラン・ザラ、お前を殺しに来た」

 

 アクエリアスは右手に一本のビームサーベルを持っていた。ウイングゼロの
予備であり、出力はリーオータイプのそれと桁違いだった。その剣先を、真っ
直ぐとアスランの乗るスコーピオへと突きつける。

 

「何故だ……何故、異世界の人間が俺の邪魔をするんだ」
「なに?」
「お前らにとって、この世界など何の関わり合いもない、こんな世界がどうな
ろうと知ったことではないはずだ! なのに何故、命を賭けてまで戦いを挑ん
でくる!?」

 

 彼らにとって、この世界が許せないものだからなのか? 価値観の差違か、
それとも主義主張の違いか。だが、どんな理由にしても異世界の人間である彼
らが、ロッシェが自分を否定し、世界を否定することな出来ないはずだ。
 そんな資格、あるわけが……

 

「確かに、私にはこの世界を否定する理由も、権利も、持ち合わせてなどいな
い。お前の言うとおり、心の中ではどうなろうと構わないとさえ、思っている
のかも知れない」
「だったら、何故お前は俺の前に立ちはだかり、剣を向ける!」

 

 邪魔をするな。邪魔をしないでくれ。
 後少し、後少しで夢が、覇業が達成する目前なんだ!

 

「しかし、私にはお前と戦うだけの確かな理由が三つある」
「理由だと……」
「そうだ、私が騎士として、男として貴様に剣を向けるだけの理由だ!」

 

 それは一体、なんだ。俺はこの男に、何をしたというんだ?
 呆然と、そして唖然とするアスランは、さらに愕然とする羽目になる。

 

「お前は私の友人、ハイネ・ヴェステンフルスを殺した!」
「ハイネ……?」

 

 アスランにとっては既に懐かしさすら感じる名前が、ロッシェの口から出さ
れた。

 

「私に手袋を投げ刃を突きつけてきたのもお前で、そして……」

 

 そして、最後に――

 

「私が愛する少女、ミーア・キャンベルに涙を流させた! 貴様はそれだけで
万死に値する! 故にアスラン・ザラ」

 

 アクエリアスが、ビームサーベルの剣先を向ける。

 

「私は貴様を倒す! 誇りと、矜恃と、私を騎士とする全てをかけて! 貴様
を倒す!」

 

 言葉に、アスランは圧倒されそうになった。強い口調で叫び出された言葉は、
アスランの鼓膜を衝撃波のように打った。

 

「な、なんだそれは! お前は、お前は私怨で俺と戦おうというのか!?」

 

 ロッシェがアスランに刃を向け、一騎打ちの決闘を申し込む理由。それは、
ハイネの死と自身のプライド、そして愛する少女のためというアスランにして
みればどうでも良い、ロッシェの個人的な恨みに他ならなかった。

 

「だからこそ、私はこの世界で貴様と戦うことが出来る!」

 

 主義でも主張でもなく、まして思想ですらない私怨だからこそ、異世界の人
間であるロッシェはアスランに剣を突きつけることが出来る。

 

「貴様が世界征服をしようが、覇業を成し遂げようとしったことか! ハイネ
の無念を晴らし、ミーアに涙を流させた代償を貰い受ける。それだけだ!」
「ふざけるな! そんな下らない理由で、この俺がやられてたまるか!」

 

 二機の、大きさが全く違うモビルスーツが激突した。ドーバーガンを撃ち放
つアクエリアスだが、A.S.プラネイトディフェンサーを装備するスコーピオは
これを完全に防御し、ディフェンサーごとアクエリアスに体当たりをした。巨
大な猛牛の突撃にも似たタックルに、パワーのないアクエリアスが吹き飛ばさ
れる。A.S.プラネイトディフェンサーはメリクリウスに装備されていたものよ
りも遥に強化、大型化された鉄壁を超える防御壁だった。

「力こそパワーというわけか。技も性能も必要としない、純粋な力……」

 

 あるいはガンダム以上とも思われるスコーピオであるが、ロッシェは逃げも
隠れもしなかった。

 

「目の前にいるのが敵ならば、斬り倒すだけだ。私はそうやって生きてきた」

 

 別に、ロッシェはアスランのことが嫌いなわけじゃない。恨んではいるが、
嫌いになるほど相手のことをよく知らないし、あるいは出会い方さえ違えば、
こうなっていなかったとさえ思う。
 だが、現実はそうはならなかった。
 ロッシェはアスランを倒す。倒して、心に区切りをつけなければ行けない。

 

「……お前は俺の前に立ちはだかった壁で、相容れぬ存在だ。ならば、斬り裂
いてでも俺は前に進む! 俺の覇道を!」

 

 二刀のビームベイオネットサーベルをスコーピオが展開する。ガンダムタイ
プでさえも一撃で両断する高出力のビームサーベルである。

 

「そうなこなくては、戦い甲斐がないというものだ!」

 

 互いに、全ては前に歩き、進むために。
 二人は戦い、決着を付けなくてはいけない。負けなど許されず、どちらも自
分が負けるなどと思っていない。

 

「ハァァァァァァァァァアッ!!!」

 

 アクエリアスのビームサーベルが、スコーピオの脳天へと振り下ろされる。
しかし、二刀のビームベイオネットサーベルはその一撃を弾き返した。

 

「柔いっ!」

 

 素早く斬り込まれた反撃は、アクエリアスのドーバーガンを斬り飛ばした。
ロッシェは使い物にならなくなった砲身をスコーピオに叩き付けるように切り
離す。
 ビームベイオネットライフルが連射され、アクエリアスはシールド防御をし
ながら距離を取った。

 

「逃がすかぁっ!」

 

 スコーピオの機体が開き、三十発ものマイクロミサイルがアクエリアスへと
迫る。

 

「逃げる? 誰が逃げるものか!」

 

 アクエリアスの両腕から放たれたヒートロッドが縦横無尽に動き、ミサイル
の全てを叩き落とす。ロッシェにすら出来るかどうかわからなかった、既に神
技に近い芸当だった。

 

「そこだ!」

 

 ヒートロッドが伸び、スコーピオのコクピットを一直線に狙う。メリクリウ
スシュイバンを貫き、イザーク・ジュールを死に至らしめた一撃。

 

「甘い!」

 

 スコーピオは右腕のクローでヒートロッドを掴み取ると、ビームベイオネッ
トでそれを引きちぎった。

 

「やるな! だが、しかし!」

 

 もう一対のヒートロッドが、スコーピオに振りかざされた。アスランはA.S.
プラネイトディフェンサーでこれを弾き返そうとする。赤熱するヒートパワー
が、鉄壁を超える防御を揺るがした。

 

「さすがに、固いな」

 

 機体を急加速させ、懐に入り込もうとするロッシェ。アスランはそれを見越
して、敢えて果敢に突撃をする。パワーならばスコーピオの方が圧倒的に上で
あり、勢いで押し切ることが可能なのだ。

 

「お前に俺は倒せない!」

 

 二刀のサーベルで斬り込まれ、防御したのにもかかわらずアクエリアスの機
体はウルカヌスの外壁へと叩き付けられた。そこに追い打ちを掛けるように、
マイクロミサイルが撃ち込まれていく。外壁とともに機体を砕かれるような真
似を、ロッシェはしなかった。咄嗟に機体を滑らせ、攻撃を避けたのだ。

 

「トドメだっ!!!」

 

 スコーピオが突っ込んでくる。ロッシェは機体を翻すと、闘牛士が牡牛の突
撃を避けるかのようにスコーピオの突撃を回避した。外壁へと衝突したスコー
ピオは、自身のミサイル攻撃で脆くなった外壁を砕いてウルカヌス内部へと突
入してしまう。

 

「あんな程度で死ぬ奴ではないな……良いだろう、ウルカヌスの中で続きとい
こうではないか」

 

 ロッシェは呟くと、アクエリアスもウルカヌスへと突入させた。

 
 

「いかん、このままウルカヌスが地球へ落下でもしたら――」

 

 ウルカヌスの落下速度とコースを計算していたハワードは、その目標地点が
紛れもなく地球であること知って焦りを隠せないでいた。

 

「ハワード、仮にあれが落ちれば」
「地球は滅亡する。あれに積んでいる大型の核融合炉もさることながら、あの
質量の衛星が落ちるだけで、地球は終わりだ」

 

 オデルの問いに、絶望的な答えを返すハワード。

 

「オデル、お前は再出撃してガンダムチームの支援をしてくれ。あれを破壊す
るには、ガンダムの力が必要だ」
「わかりました」
「それと、ロッシェは今どこに――」

 

 その時オペレーターから、ロッシェのアクエリアスの現在位置を知らせる報
告が届いた。

 

「ウルカヌス内部だと!?」
「スコーピオの反応も内部に……恐らく、戦っているのではないかと」
「馬鹿が、もし奴が早急にスコーピオを倒せなければ」

 

 ハワードはそこで言い淀んだ。側にミーアがいることを思いだしたからだ。
ミーアは、真剣な表情でハワードに問うた。

 

「倒せなかったら、どうなるんですか?」
「最悪、あいつが中にいようが、ウルカヌスを破壊することになる」

 

 事実を前に、ミーアは取り乱したりも、非難したりもしなかった。
 ただ一言、彼女の知りうる事実を告げる。

 

「なら、大丈夫です。ロッシェは勝ちます、絶対に」

 
 

 ウルカヌスの内部において、スコーピオとアクエリアスの戦闘が激化しつつ
あった。狭い通路を破壊しながら戦闘を続ける二機は、周りに人がいようと何
あろうと一切関係ないと言わんばかりに、ただひたすらに刃を交えていた。
 アスランのスコーピオにも、ゼロシステムが搭載されている。彼はイザーク
・ジュールのようにシステムに飲み込まれることもなければ、ディアッカ・エ
ルスマンのようにシステムを拒絶し、排除されることもなかった。システムは、
ただひたすらに彼に勝利を見せつけていた。

 

「でぇやぁっ!」

 

 スコーピオの左腕がアクエリアスへと叩き込まれる。アクエリアスはヒート
ロッドを伸ばし、その左腕を巻き付けると攻撃の軌道を変えた。
「そしてっ!」
 ヒートパワーが炸裂し、A.S.プラネイトディフェンサーごと左腕が切断
される。

 

「ちくしょうぉっ!」

 

 ビームベイオネットサーベルを振るい、ヒートロッドを斬り裂くアスラン。
腕の一本ぐらい、くれてやる!

「やってくれたな!」

 

 アクエリアスがスコーピオに飛びかかり、メインカメラを殴り付けた。歪む
メインカメラをものともせず、スコーピオはアクエリアスを床に叩き付けると、
その機体を踏みつけた。

 

「潰れろぉっ!」

 

 巨体の重量がアクエリアスへとのし掛かる。ロッシェは機体の全出力を出し
切る勢いでこれを支え、払いのけた。
 即座に体勢を立て直す二機は、互いにビームサーベルを構えて睨み合う。

 

「お前には負けない……異世界の人間に、この俺が、アスラン・ザラが負ける
わけにはいかない。俺は勝って、今度こそ英雄として」

 

 スコーピオがビームサーベルを振り上げる。

 

「貴様に勝つ……異世界だろうと、どこであろうと、私は常に騎士として、一
人の人間として」

 

 アクエリアスが、ビームサーベルを突き出す。

 

『生きる資格が欲しい!』

 

 二人が最後の激突をする瞬間、

 

「PXシステム――起動!」

 

 アクエリアスに急遽搭載されたPXシステムが、起動した。
 PXシステムは、ゼロシステムと違いパイロットの機体シンクロ率を底上げし
て瞬間的にフルパワーを出させるシステムといわれている。反応速度、反射速
度が格段に上がり、スポーツ選手で言うところの「周囲がゆっくりと見える」
といった現象に近い速さを得ることが出来る。

 

 逆にゼロシステムは、システムが人体の脳その物を刺激し能力を強化し、人
体限界を超えた稼動を行わせることが出来る。さらに、システムが収集した情
報を分析し、「確実に勝利するため」の予測や指示を与え、相手の攻撃が繰り
出される前に倒すことが出来る。
 つまり、この異なるシステムを搭載した二機の戦いは、極端に言えばどちら
が速く、先に攻撃を仕掛けるかで決まっていた。

 

「正面から斬り裂く!」

 

 ビームサーベルを振り上げ、スコーピオが突撃する。

 

「真っ向から貫く!」

 

 ビームサーベルを突き出し、アクエリアスが突撃する。

 

 アクエリアスがスコーピオの、ゼロの速度を超えたとき、勝負はついた。
 ゼロシステムが導き出した予測を元に、スコーピオがビームベイオネットサ
ーベルで敵機を叩き斬るよりも速く、アクエリアスのビームサーベルは敵機の
左足を貫いていた。そして、えぐり取るように足を斬り飛ばした。
 ゼロシステムよりも僅かに、PXシステムの方が早かった。システムによって
強化されたアスランと、システムによって内なる力を全て出し切ったロッシェ。
崩れ落ちる機体の中で、アスランは今度こそ、自身の敗北を悟っていた。

 

「一思いに……殺せ」

 

 片足を切り飛ばされただけである。戦おうと思えば、まだ戦えるはずだった。
しかし、アスランは戦意を完全に喪失していた。油断も余裕も何もない、シン
の時と同じ全身全霊を込めた一撃だった。それを、二度も破られたのだ。

 

「そうだな。そうさせて貰う」

 

 私怨で戦っていると言い切るロッシェは、シンのように先のことも後のこと
も考えていない。ビームサーベルを手に、スコーピオへと歩み寄っていく。
 だが…………

 

「通信? 誰だ、一体」

 

 しつこく通信を警告する音が鳴っているのに今更気付いたロッシェは、回線
を繋いだ。

 

『ロッシェか、お前今どこにいる』

 

 オデルだった。かなり緊迫した声である。

 

「ウルカヌスの中だ。今、アスランを倒した」
『……そうか。なら脱出ついでに、ウルカヌスの核融合炉を破壊してくれない
か?』
「核融合炉? なんのことだ」
『中にいるお前はわからないかも知れないが、ウルカヌスは今、地球へ落下す
る軌道を取っているんだ。外からの砲撃を行う予定だが、念のために核融合炉
も破壊してくれ』

 

 そういう理由か。ロッシェは眼前に横たわるスコーピオを見る。惨めにも地
面に突っ伏して、動くことすらしようとしない。

 

「用が出来た。悪いが私はここの核融合炉を破壊しに行く」
「俺を……殺さないのか」
「お前は倒した。このまま弱者として、負け犬としてウルカヌスとともに爆死
でもするが良いさ」

 

 ロッシェは言い捨てると、そのまま核融合炉室へと向けて機体を飛ばしてい
った。

 

「負け犬か……ハハ、俺は負け犬か」

 

 乾いた声で、アスランは笑い出した。空笑いだった。

 
 

 ウルカヌスの外ではガンダムチームが勢揃いして、ツインバスターライフル
を構えている。ウイングゼロの持つそれに、ガンダム五体分の力を合わせて撃
つことで、ウルカヌスを跡形もなく消し去ろうというのだ。だが、それをする
にはロッシェが核融合炉を破壊し、砲撃の前に脱出する必要がある。
 タイムリミットは近い。

 

「本当にモビルスーツの砲撃程度であれが破壊できるんでしょうか」

 

 ミネルバにおいて、アーサーが不安そうな声を上げていた。問われたタリア
にしてみても、彼と同じ気持ちであった。

 

「信じるしかないわ。彼らが失敗すれば、地球はお終いよ。もしもの時のこと
を考えて、ミネルバも援護射撃の用意よ」

 

 ザフト艦隊も世界統一国家軍の艦隊も、ともに一斉砲撃の準備は出来ている。
砲撃で砕けるとは思っていないが、今からメテオブレイカーの用意も出来ない
し、それしか方法がないのだ。
 パイロットたちにも出撃準備を告げる命令が出ていたが、レイを除いてミネ
ルバの機体はとても出撃できる状況ではなかった。特にルナマリアが酷いもの
で、インパルスが大破したばかりかコクピット内で軽傷を負って、スウェンに
付き添われて医務室に行った。

 

「このぐらいどうってことないわよ。インパルスなら別パーツがあるんだから、
出撃ぐらい」
「砲戦仕様のパーツがない以上、無理はするな。シンとレイに任せておけばい
い」

 

 といっても、デスティニーにしたところでビーム砲を破壊されてしまったの
でほとんど出来ることはなかった。ただ、外でことの成り行きを見守るしかな
かった。

 

「ハァ……まあ仕方ないとは思うけど」

 

 ルナマリアはため息付きながら、医務室を見回す。
 そして、違和感に気付き始める。

 

「あれ……?」

 

 その声に、スウェンも医務室内に目を向ける。彼は、すぐに気付いた。ルナ
マリアが起ち上がり、医務室の隅々を確認する。

 

「ねぇ、私の妹は、メイリンはどこ?」

 
 

 アクエリアスが、ウルカヌスの核融合炉の前に降り立った。

 

「こいつを破壊すればいいわけか……しかし、どうやって破壊したものかな」

 

 射撃武器の類は全て破壊されてしまったし、となれば少し危険だがビームサ
ーベルを突き刺すしか……

 

「チッ、こんな時に!」

 

 唐突に、アクエリアスが持つビームサーベルの輝きが失われた。無理にビー
ム出力にジェネレーターを切り替えたせいか、消耗が激しかったようだ。アク
エリアスにはバルカン砲などの小火器はない。

 

「残すは、自爆装置か」

 

 もしくは、ここから脱出するという手もある。核融合炉を破壊するのは、あ
くまで安全を期してのことだ。無理に破壊する必要は、ないはずだ。

 

「だが、万が一が起こったとき、私にその責任は取れないからな」

 

 ロッシェは、彼の帰りを待っていてくれるであろう少女の顔を思い浮かべる。
あぁ、残念ながら彼女の元へ帰ることが、出来そうにない。

 

「異世界の騎士ロッシェ・ナトゥーノ、ここに命を散らす、か。墓碑銘として
はイマイチだな」

 

 苦笑し、自爆コードを入力するためにロッシェが手を伸ばしたときである。
突如後方からスコーピオが爆進をしてきた。壁に機体を激突させながら、危な
っかしい勢いで核融合炉の前に現れる。

 

「アスラン……貴様、まだ」

 

 ハッキリ言って不味い状況である。今のアクエリアスは丸腰で、ロッシェに
出来ることと言えば自爆して核融合炉の爆発に巻き込むことぐらいしかできな
い。だが、仕留め損なえば。手負いとはいえ、スコーピオが強力なモビルスー
ツであることに変わりはない。もし、プリベンター巡洋艦辺りに自爆特攻でも
敢行されたりしたら……

 

「ロッシェ・ナトゥーノ、俺は負け犬にはならない」

 

 意外な言葉が、アスランの口から漏れてきた。

 

「貴様、そんなことを言うためにわざわざ来たのか? 動けるのなら、脱出す
れば良かったものを」

 

 呆れたように言うロッシェだが、アスランはそれを振り払った。

 

「俺は弱者じゃない。俺は強者だ! 覇者だ! 英雄なんだ!」

 

 スコーピオが機体を引きずりながら、ビームベイオネットサーベルをスコー
ピオが出現させる。思わず身構えるアクエリアスだが、既にアスランにはロッ
シェの姿など見えていない。

 

「俺は、強くなってみせる。誰よりも強く、どこまで強く! 俺は死なない、
俺は勝利者なのだから!」

 

 機体を飛ばして、スコーピオが核融合炉にビームベイオネットサーベルを突
き立てた。ロッシェが半ば本気で慌てて機体を飛ばし、脱出する。
 爆発が起こった。核融合炉が爆発し、スコーピオごと核融合炉室が崩壊して
いく。しかし、さすがはスコーピオ、ガンダニュウム合金の塊といったところ
か、この大爆発を受けても尚、ギリギリコクピットは無事であった。
 もっとも、パイロットのアスランは瀕死とも言うべき傷を負っていたが。

 

「どこで、俺は間違えたんだ。一体、どうして」

 

 消えゆく意識の中で、アスランは呟き続ける。
 引きずり出るようにコクピットから落ちて、アスランはウルカヌスの地面に
その身体を横たえた。身体が、動かない。

 

「死ぬのか……俺は」

 

 ふいに、アスランの目の前が暗くなった。死が訪れたのか? 違う、目の前
に影が出来たのだ。誰かが、彼の前に立っている。
 一体、誰が――

 

「メイリン…………?」

 

 信じられない光景が、居るはずのない人間が、そこにいた。メイリン・ホー
クが、彼を裏切り、彼が切り捨てた少女が、そこにいた。

 

「アスラン、あなたはもう少しだけ優しい人になるべきだった」

 

 メイリンは、アスランの前に膝をつくと彼の身体を抱きかかえた。メイリン
の身体は、暖かかった。

 

「あなたが周囲に対して、少しでも優しく振る舞えていたら、あなたはもっと
多くの物を得られたんだと思う」
「優しさ……?」
「だって、優しくもない人のために誰も戦いたいなんて思わないもの」

 

 ならば何故、どうして君は戻ってきた――?

 

 アスランの問いは口にこそ出なかったが、メイリンにはハッキリと伝わって
いた。

 

「好きだからですよ。私は、あなたのことが好きなんです。あなたが私を嫌い
でも、私はあなたに恋して、愛して……あなた一人をここで死なせることなん
て、あたしには出来ません」

 

 思えば、ちゃんとした告白をメイリンはまだしていなかった。こんな場所で、
こんな状況で、メイリン・ホークは、アスラン・ザラに愛の告白をしていた。
でも、これを逃せば、もう一生出来そうになかった。

 

「メイリン、君は馬鹿な女だな……」
「良く言われます。お姉ちゃんと違って、私には何の取り柄も才能もありませ
んでしたから」

 

 笑うメイリンの笑顔は、どこまでも輝いて見えた。
 アスランは自分の頬が生温くなるのを感じていた。彼は、いつの間にか涙を
流していた。

 

「俺も、ただの馬鹿だよ。君もそう思うだろう、メイリン……」

 
 

「もう待てない。バスターライフルを発射するぞ」

 

 ヒイロが非常な決断を下したとき、ミーアが抗議の声を上げた。

 

『あと五分、五分で良いから待って!』
「無理だ、あと45秒でレッドラインを超える。それ以上は外から砕いても破片
が地球に落ちる恐れがある」
『そんな……!』

 

 通信を切った。ヒイロだって出来れば待ってやりたいが、ロッシェ一人のた
めに地球を危機に晒すことは、やはり出来ない。

 

「恨みたければ恨め。恨まれることには、なれているつもりだ」

 

 呟くと、ヒイロはモニターに映る他のパイロットたちに目配せをする。彼ら
もまた無表情だったり、心苦しそうな顔をしているが、辞めようというものは
いなかった。

 

「――発射!」

 

 ツインバスターライフルが放たれた。ガンダム五体分のパワー込めたバスタ
ーの砲火が、ウルカヌスへと直撃した。誰もが目を見張る中、その破壊力を持
ってウルカヌスを砕き散らしていく。
 レイクイエムやジェネシスの比ではない。一度見れば、一生目に焼き付いて
離れないであろう光が戦場を照らした。

 

「終戦の祝砲……かな」

 

 デスティニーのコクピットの中で、シンが呟いた。

 

 これで、全てが終わる。長かった、シンにとって本当に長かった戦いが、今
まさに終わろうとしてる。

 
 

「あれは?」

 

 爆発し砕け散るウルカヌスの中から、一機のモビルスーツが飛び出してきた。
青い翼を広げて、光の粒子を散らしながら漆黒の宇宙に舞うその機体は……

 

「ロッシェ、ロッシェの機体よ!」

 

 ミーアが声を上げた。傷つき、ボロボロになりながらも、ロッシェ・ナトゥ
ーノは生きていた。
 彼は、コクピットの中で静かに息を吐いた。
 戦いは終わった。ユニウスセブンにおけるテロ事件から始まり、インフィニ
ットジャスティスの蜂起へと発展した全ての戦争が、ここに終結した。誰が勝
者でも、誰が敗者でも構わない。そんなもの、後から決めたって良いはずだ。
 だが、今は…………

 

「ハイネ、終わったよ。私は、勝ったぞ」

 

 今は亡き友人に、哀悼の念を捧げよう。

 

                                つづく