W-Seed_380氏_第03話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 12:57:43

考えて見れば奇妙な縁だ。私の前を歩く男--張 五飛--は、私の父を打ち倒した男であり、かつて……クリスマス・ウォーでは私の配下でもあった。
父を打ち倒した事について、彼に怒りや憎しみ等といった感情を抱くと云う事は無い。
父は彼の手で打ち倒されて本望だったのではないかと、私は想像する。
言うなれば彼は誇り高き戦士であり、父は高潔な騎士であったからだ。
「……う~ん……」
彼の肩の上に担ぎあげられていたマユがもぞもぞと動く。どうやら彼女は目を醒ましたようだ。
彼は無言のままマユを乱雑に地面に下ろす。
マユは膝をしたたかに打ったらしく、悲鳴を挙げつつ膝小僧をさすっている。
「少しは優しくする事は出来ないのですか?」
私は彼に抗議する。少しは労りの心を持たないと駄目ではなかろうか。彼女は幼く、か弱いのだから。
「死にたがる奴に優しくする必要があるのか?」
彼は立ち止まり私に射すくめるような視線を浴びせかける。
「全く。だから貴方はいつまでも独り身なのです。……いえ、貴方は妻帯者……」
突然目の前に火花が飛んで私の言葉は遮られた。 私は彼に殴り飛ばされたようだ。
私は思わず尻餅をついてしまう。

虎の尾……いや、龍の逆鱗に触れてしまっらしい。

「ナタクの事を軽々しく口にするな……」
 彼は私を怒りを込めた眼差しで見つめる。私にはその視線を受け止める事が出来ない。
「ケンカは駄目!」
見ればマユは五飛の背中をポカポカと叩いている。
私は叩かれた頬を撫でながら彼女に声をかける。
「やめなさい。今のは私が悪かったのです」 マユは叩く手を止め私を見る。五飛と言えば少々気まずそうにしている。
「……二度と口にするな」
彼は私を起こそうと手を差しのべる。私は素直にその手を取り、立ち上がる。
彼の手は意外な事に温かった。心も暖かければ良いのに。
マユは私の後ろに来て、隠れるように五飛を見る。……あっかんべーと舌を出しながら。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「……レディに連絡を取ります」
本来ならば、直ぐに連絡を入れれば良かったのだが、戦闘に巻き込まれ気が動転していたし、何より彼と少し話したかった。……別に深い意味は……あるのかも知れない。
「無駄だ。俺も連絡を取ろうとしたが通じない」
「電話が通じないの?」
 マユは私をトントンと叩く。
「そうらしいです」
「俺は無線だ」
マユはエヘンと胸を張り私を見る。
「古い携帯やトランシーバーは通じないよ?にゅーとろんじゃまーで電波が届かないから。でもマユの携帯は新しいのだから大丈夫!……駄目だ。マユ、携帯を落としちゃったから」
「「ニュートロンジャマー!?」」

私と五飛が間の抜けた声を出すとマユは色々と説明を始めた。……彼女の話す事は断片的でありよく分からなかったが、理解出来た事はある。
……此処は私達の世界とは別の世界らしい。三流のSFの様な話だが、彼女が私達を騙す必要性は皆無であり、彼女は嘘を言ってはいないだろう。
「五飛、此処で貴方と別れましょう。私達……私とマユは貴方の足手まといにしかならないでしょうから」
「そうだな。俺はこの世界の事を調べてみる」
「……そして貴方はこの世界に正義を問うのでしょうね」
「フン……。いずれまた会う事もあるだろう 彼は私にそう告げると走り去って行った。みるみる内に彼の姿は小さくなって行く。
「ねぇ、名前教えて?」
マユは私の顔を覗き込む様に見上げる。
「名乗るのを忘れていましたね。私の名はマリーメイア・クシュリナーダです。」
「マリー?」
「貴方の呼びたい様に」
「じゃあマリーって呼ぶね!」
彼女は無邪気な笑顔を私に向ける。私もつられて笑みを溢す。
しかし行く当てが無い事を考えると気が重い。どうしたものか……。
行く当てなど無いままさ迷うのは如何なものだろうか。私は取り合えずマユの家に向かう。……勿論彼女に案内をしてもらう。
道中、私は彼女と他愛の無い話をした。彼女は好奇心が旺盛で色々な事を私に聞いてくる。好きな食べ物、好きな音楽等々……。
私は質問攻めに辟易してしまう。しかし彼女を無下には出来ない。彼女は家族を失った悲しみを誤魔化そうとしているのだ。

私は彼女におとぎ話をする事にした。
冷徹な天使、陽気な死神、陰鬱な道化師、優しき王者、荒ぶる龍、仮面の貴公子、エレガントな騎士、そして平和を愛する女王の事。
彼女は面白そうに私の話を聞いている。彼女は私の話が多少の脚色が含まれてはいるが真実だと知ったらどんな顔をするだろうか。

彼女の家に着いた頃にはもう日は沈み辺りは暗くなりかけていた。
しかし彼女の家に入る事は出来ない。何故ならば彼女の家は無惨にも戦火に巻き込まれていたからだ。
マユは無言のまま瓦礫をあさり始めた。
私は彼女を止める事は出来ない。いや、しない。せめて今は彼女の好きにさせていよう。
「……あった……」

彼女は何かを見付けたらしく歓声を挙げる。そして私に離れて見ていた駆け寄り、見付けた物……壊れた熊の縫いぐるみを見せた。

「誕生日にパパが買ってくれたの。私の宝物だよ」

私は彼女の言葉を聞き、嫌な感情が芽生えた。
彼女は両親に深い愛情を注がれて育ったのだろう。では私は?
物心のつく前から親から離されて、デキムに歪んだ思想を植え付けられて育てられた。 嫉妬に近い感情が私を包み始める。……なんて嫌な女なのだろう、私は。

――to be continued――