Whitedoll-if_Q0:悪魔の目覚め

Last-modified: 2014-10-18 (土) 21:21:35

この地球(ほし)の蒼さを見つめるのもはや、幾年の月日が流れているであろう
太陽は常に光輝き、星々はそれを反射し煌き、その輝きの中、月が私を時折眺めている
地上に居た頃の戦火と栄華など、なんだったのだろうか。所詮は火花にも満たない事象に過ぎない
私はこの頂点に立って何がしたかったのか?
下らないと蔑むことも高尚と崇めることすらも何もかも興味は失せてしまった
私の眼前に広がるその蒼を見つめることに意識は飲まれている
この星の軌道と共に過ごす月日に、全くの抵抗がなくなってしまった

 

嗚呼、私は死んだのだ
嗚呼、私は生きていないのだ

 

確か生きていた頃のコミックで似た様な末路を読んだことがある。彼もまた究極を目指した者だった筈
故に私も同じ道を歩むのであろう。究極だからか、悪魔か鬼だからなどということに興味すらない

 

”私は考えるのを止めた”

 

                       ―ある男の最期の筈であった言葉

 

DEAD WONG'S Q[uestion]
  ―もし、ホワイトドールが偉大な彼だったら
                       Q0:悪魔の目覚め

 
 
 

―ヴィシニティ成人式会場 元ホワイトドール像

 

 人生とはわからぬものだ。嗚呼……失敬。私は既に死んでいる。
 つまり、これは余生なのだろうか? いや、生きていると肯定するのは難しい。
 では死後であたるのだろうか? まぁそんな些末事はどうでもいいことだ。
 眼前にはええと、短髪の少女と……うむ。男性器を確認。少年だな。お互い全裸だ。全て裸故に、全裸。
 全とは何かという哲学的問いは確か数千年前に考えた筈だったが……まぁそんな些末事はどうでもいいことだ。
 さて、私はどう二人にアプローチを取るべきだろうか? このまま、また眠るべきか?
 生前の私だったらどうしていただろうか? 推察する、構築する。とりあえず状況の確認するか。
 つまり、ええとアレだ。生殖行為の最中だったのだろうか? 野外でか?
 そういう性的嗜好という事なのだろうか? いや、若いということからの考えねばならないか。
 つまり、宿泊施設に入る金銭が無い事や法的な拘束、親の監視を免れる処置ということもある。
 えーと。どうだったか、私が生きていた時もそういった事があったのだろうか?
 うむ、思い出すのも面倒だ。というか一体私は何を考えているんだ。

 

「あ……あの」
「ああ、すまないね。本当に久しぶりに人間と会話をするんですよ。
 もう少し考えさせてくれませんか? 覚悟がまだ固まっていないもので」
「は、はぁ」
「ちょっとロラン、言葉通じたわよ」
「ほんとだ。ちゃんと会話を返してますね」

 
 

 しまった。少年が痺れを切らして先に質問をされてしまった。
 質問は返さなければならない。ええと、何故だ? 何か個人で策定した義務か、宗教的教義か?
 まぁ、そんな些末事はどうでもいい。とりあえず、彼らは返答をしたことを驚いている。
 こんな中、そう……既に永い時を経て岩肌の中に埋もれた機械。
 その中に居る人型の何かが知能を有して、言語を操る事は驚きに値するのか。
 むしろ、その程度で落ち着いて対処している事は幸いだな。
 つまり、この少年と少女はある程度文明的な教育を受けているのだな。
 幽霊だの化け物だの言われない辺りがまだ、話が通じ易いと印象付けさせる。
 今、とっさに返した言語も確か英語の様に聞こえていた。
 うーむ、確か私が落下した時もアメリカ大陸と呼ばれていた気もするが、そんな些末事はどうでもいい。
 とりあえず、ええと……私はどうすればいいのだ。裸、裸というのは確か恥ずかしかった筈だ。
 それ相応のリアクションがないことがやはり、不審がられていると取るべきだろうか。
 そう考えている間にも少女の方はいそいそと何やら服らしき布を着始めている。少年は全裸だ。
 つまり、此処はキャッチーかつインパクトのある言葉で私は今この場で驚いている事を伝えなければいけない。
 ああ、ええと確かそういう時に最適な言葉が私は知っていた筈だ。なんだったろうか、えーと……あ!

 

「そうか、つまり、私はこう言えば良いんですね。

 

   『きゃーーー! NOBITA=サンのエッチーーー!』   と!」

 

「それ、見られた方が言うセリフですよ!」
「………むぅ、違ったか。すまないねぇ」
「いえ、僕も大声を出してすいません。取り敢えず突っ込まないといけないかなって」
「……え? 何? 今ので会話が成立してたの!?」

 

 駄目だったか。少年に大声を出させてしまった。少女も驚いている。これは失敗したと見ていいだろう。
 ええと、もう少し彼をよく観察してみよう。浅黒いという表現が良いだろうか?
 褐色という色の肌をした銀色の髪の毛で一瞬、性別がどちらか判断しかねる程度には男か女かわからなかった。
 少女の方はいかにも活発さを現す様な切り揃えられた髪の毛と釣り上がった眉が中々に威圧的な印象を受ける。
 もぅ、それにしても意外だ。がっかりするという感情がわずかにも残っていたことは驚きに値する。
 お、私は驚いたのか? 値しているのだからイコールで多分、私は驚いているのか。
 ふむ、意外とそのなんだ。やはり、人と接すると感情の起伏というのは起きてしまうものなのか。
 少年はなにやらしょんぼりとしてしまうし、少女の苛立ちが更に激しくなっていく。
 おお、コレが久しぶりに体感する気まずい雰囲気という奴か!

 

「よくわからないけど二人共、気が済んだ? ええとこれがホワイトドールなの? あなたが伝説の司祭?」
「む。ああ、つまり――いや。何がつまりか解らないが今、私は確認されているのか?」
「そうです。その……これをアナタは動かす為に中に居たんですよね?」
「私がコレに乗っていたのか、コレが私を乗せていたという問いならば、これは少々時間のかかる問題ですね」
「ロラン、こいつの話は長くなる気がする。端折らせて」
「すいません、恐らくそれを待っている事態では無いと思うんです。お互い端的に会話をしませんか?」
「む、まぁ了承して差し上げましょう」

 
 

 中々に面白いアプローチから聞きに来る少年だと私は思った。
 この機体は私の最期の希望であった。宇宙を目指し、全てをまた取り戻すため。
 道半ばで倒れ、今に至るのだが伝説だのなんだのとよくわからない事になっていたらしい。
 ああ、それにしても若者は気が短くてせっかちというのは老人の常套句だった気がするがそれを今、実感している。
 私は老人ということなのだろうか? 一応、この体が老いていくという事は無いと思うのだが
 それだけ精神が摩耗をしていることも考えられる。
 たかだか数年考える程度の話だというのにまったく、生きている人間は難儀なものだ。
 少女のいらだちの声にせっつかれ、少年の申し訳ない申し出に思わず閉口してしまった。
 む、まさかこんな年端のいかない子供に遅れを取るなど……いや、その価値観に意味があるのだろうか?
 そんな私の思考を蹴飛ばし殺すかの様に少女は遠くに登っていた光源を指さしていく。
 朝ではない、そしてやけに赤いそれは俗にいう火の手という奴だろう。
 人為的に作られた明るさ、それは繁栄と快楽のぎらついた光ではないというのはなんとなく理解出来た。

 

「ロラン見て! なんか、えーとでっかいかかし! ヴィシニティにもノックスにも火の手が上がってるわ!」
「ほんとだ! ……って、あのすいませんえーと」
「ウォンです」

 

 困惑する少年と金切り声を上げる少女。少女の指差す視線には火の手が上げさせた原因を指さしていく。
 遠くに見えるのは……お、そうか。私は今、こんなにも遠くが見えるのか。
 宇宙から地上を眺めていたのだから、あの距離は造作もない。
 さて、少年がまごついているのはなんとも滑稽で愛らしい……のか?
 よくわからないが何か解りやすい名前を知っておくべきかと思った。
 ああ、そうだ私はきっとそう名乗っていた筈。うむ、よく覚えてたぞ私。――それは偉いのだろうか?
 ともかく、私は名前を名乗り相手に識別をさせる事にした。
 ロランと呼ばれた少年と元気のいい少女の自己紹介は後でしてもらおうか。

 

「ウォン・ユンファ。私が生きていた頃に名乗っていた名前です」
「ウォンさん……ですか(ええと、ここいらの名前じゃないな。ガリア大陸側の出身かな?)」
「眼鏡? 黒い、ガラス?」
「昔良くしてたんですよ。うん、やっぱりこれを着けるとしっくりとくる」

 

 少女は私が傍らから再生させたコレを不思議そうに見つめている。
 珍しいモノと移るのか文化的に無いモノなのか。
 ああ、それともまだそれすら生み出されている文明レベルではないということか。
 そうそう。確かこれ、サングラスだったな。これをよくつけていた。
 うむ、視線が通常の視力で合わせると夜も相まって真っ暗だ。なんで、私はこんなものをつけていたんだ?
 ただ、やはりコレがあると落ち着く。ということでこれはつけ続ける事にする。

 
 

「ええと悠長なことはいいわ! あなた、中に居たってことはこれ動かせるんでしょ? アレ、なんとかしてよ!」
「なんとか……か。そうですね、なんとかしてしまうというのは面白いのかも知れません。
 この機体もいつまでも雑魚扱いというのも可哀想……お、流石に幾年の時を共にしてきただけの事はありますね。
 愛着でしょうか? 私がこの化け物の片鱗に愛着を湧いたというのでしょうか?」
「な、何を言っているんですか」
「失礼。気分が高揚……いや、なんとも感動的で形容しがたいですね。この感情は……ま、いい」

 

 嘲笑、感動、失笑、感情の表現が難しい。私は生前では詩的な感性を持ちあわせていなかったのだろう。
 それとも永い時の間、何かを感じるという事を放棄するとこういうものなのだろうか?
 まぁ、そもそもこれだけ永い時間を生きた人類など早々いるまい。
 ――む、しまった。少年が怯えてしまったではないか。
 いかんいかん……って何を私はこんな少年に気を使っているのだ。
 生きるというのはかくも面倒くさい。人の間と書いて人間とはよく言ったモノだ。
 だがそんな面倒さなど意に介さぬほどに今、とても私は気分がいい。最高の寝起きと言えるだろう。
 だから、何でも出来るのかも知れないし、もう何かをしなくては居られない。
 マグマの様にふつふつと湧き上がる、きっとこれは熱意というものだ。
 恐らく、今、私の心の琴線に触れる何かが起きて、私をこの情動に突き動かしている!
 分析は後だ、ああ、この高揚とともに私は今、目覚めているのか。

 

「いくぞ、ガンダム。私を叩き起こしてくれた礼をせねばなりません。あの月の人類に」
「……ガンダム?(この人はムーンレイスを知っている!?)」
「な、何をしようっていうの?」
「なんとか”したい”のでしょう? ”して”差し上げるのですよ」

 

 岩肌から這いずり上がる機体。大きく口を開けてはだらだらと唾液をたらし、牙をむき出しにする。
 けたたましく吠えた後、それは飛ぶ。丸い2つの球体から手が伸びて少女の言うカカシへと飛びかかる。
 私の機体の名は明かさない。何故なら、この名は恐怖と共に刻むべきだからだ。
 そう、今はただの”ガンダム”。それで良いのだ。

 

次回予告
ヴィシニティが僕の故郷になる日、ミリシャの人達はディアナカウンターを見て過剰に反応してしまった。
僕もホワイトドールの石像が崩れた時、息を呑んでしまった。MSが現れ、中に人が括りつけられていたからだ。

 

次回、DEAD WONG'S Q[uestion]
                Q1「悪機蹂躙」

 

               悪魔が歴史を踏みつける

 
 

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