X-Seed◆EDNw4MHoHg氏 第35話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:58:31

第35話「世界は私のもの、私は世界のもの」

ラクス・クラインの評議会議長就任式典は、市民達の見守る中、盛大に行なわれ、式典の最後に、プラント最高評議会新議長となったラクスによる演説が始まった。

「皆様、私はラクス・クラインです。
 このたび私達は、この世界の滅亡を防ぐため、遺伝子が全てを決するという世界を作り、 人の未来を殺し世界を滅ぼそうとしたギルバート・デュランダル氏を討ちました。
 ですが、このままにしておいてはいずれまた彼のような人間が現れるやも知れません。
 だからこそ、私はプラント最高評議会の招きを受けて、評議会議長になることを選びました。
 私の父、シーゲル・クラインは、平和を望みながらも、その半ばで命を落としました。
 故に私は父の意思を継ぎ、戦いのない平和な世界を作ろうと思っております。
 未だに闘いを望み、平和を望まない人々がいることも確かで、平和な世界の障害が小さなものとはいえません。
 彼らはなぜ戦うのでしょう?彼らが信じて戦うものは何なのでしょう?どうして平和を望まぬのでしょう?
 一体どうしたら、全ての人が平和に暮らす世界が作れるのでしょうか?それをなぜ妨げる者がいるのでしょうか?
 ですが私達はそれに屈してはならないのです。ですから私は平和の花を植え続けます。
 そうすればいつか必ず世界は平和の花に溢れる幸せな世界が生まれるはずです。どうか皆様、私に力を与えてください。
 今度こそ、皆が平和を望む世界を作るために」

ラクスに演説によって、会場が一瞬、静まり返るが、やがて大きな歓声と賞賛の声が会場を埋め尽くした。

「ラクス・クライン議長万歳!」
「どうか世界をお救いくださいラクス様!」
「ラクス様万歳!」「ラクス様万歳!」「ラクス様万歳!」「ラクス様万歳!」「ラクス様万歳!」「ラクス様万歳!」
「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」
「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」
「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」
「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」「ラクス様!」

仲間たち同様、自分を完全肯定する光景は、ラクスに、自分の正しさを再認識させていた。

キラは、式典終了後、彼女の帰りを議長執務室で待っていた。
式典では、デュランダル派の市民が、クライン派の報復を恐れ、何らかの行動を取ることをしなかったため騒ぎにはならなかったのであるが、そのような事実がキラは知る由もない。

そのためキラは、プラントには、ラクス・クラインに反発する意見は存在しない、仮に存在したのだとしても、それはデュランダルに騙されたままの哀れな市民であり、一刻も早くラクスの考え方を理解させなければならないと争いが続いてしまうので、ラクスに反対する意見や行動は「平和」のために、倒さなければならない、と確信し、これからもラクスのために戦う、という決意を新たにしたのである。

キラ・ヤマトは、極めて有能なパイロットであり、かつ、優秀な技術を持った最高の能力を持っているとも言える人間である。
だが彼は、ラクスに反対する者は倒さなければならない、戦わなければならない、ラクスに反対する意見は許されないという、反対意見が存在する理由の根本にあるものを理解せず、ラクスの考えに反する考えは誤りであり、押さえつけなければならない、といういわば言論弾圧に近い規範意識を持っており、民主主義国家における価値・意見の多元性の重要性を、知らない。
それは、政治やそれに近いところにいる人間なら通常ならば当然知っているようなことであるが、士官学校等を出たわけでもない、一工業カレッジを出たに過ぎない彼は学んでいないのである。

そんなキラの下に現れたのは、またしてもバルトフェルドであった。
バルトフェルドの顔を見たキラの顔は少し残念そうな顔を浮かべている。

「そんな顔をしないでくれ。知りたいんじゃないかと思ったんでな、アスランを倒したパイロットのことをな」
「…デスティニーって機体のパイロットですよね」
「プラントに戻ってきて色々調べてみたんだけど、随分とお前と因縁があるみたいだぞ」
「因縁…ですか?」
「ああ、パイロットの名はシン・アスカ。んで、どんな奴かというと、お前をディオキアでボコボコにした奴だ」

それを聞いてキラに嫌な思い出が蘇った。
そのときは家族を自分に殺されたと言われたが、それが何のことなのかはさっぱり分からなかったし、生身でいきなり殴りつけられて、さらには殺されそうになったことは彼の人生の中でもそうあったことではない。
とはいえ、自分がそんな目に遭った理由だけは知っておきたいと思えた。

「彼は僕が彼の家族を殺したって言ってましたけど、どういうことなんですか?」

「調査によると、シン・アスカは元々オーブに住んでいて、連合のオーブ侵攻の際の戦闘に巻き込まれて 家族は全員死んだそうだ。その戦闘というのが、フリーダムとカラミティの戦闘の際の流れ弾らしい。
 彼のアカデミー時代の教官がそれをよく覚えていたよ。プラントではフリーダムを英雄視する人間が多かったにも関わらず逆にフリーダムを強く憎んでいたのが随分と印象的だったようだ」

「あの時の…でも僕はあの時避難してる人がいたなんて知らなかったんですよ。それに必死でしたし…仕方ないじゃないですか」

「それは家族を失くした人間には通じないさ。それに正確なデータが出てないからなんともいえないが、 防衛戦をするなら民間人が避難している最中の可能性がある地域に敵を入れないようにするのが戦う人間の義務だといえなくもない」
「だからって…殺そうとして殺した訳じゃないのに」

「悪いがまだ続きがある。その後、インパルスのパイロットになったシン・アスカは、アーモリーワンでの追撃戦、ユニウスセブン破砕戦を経た後、ミネルバを沈めた僕達、特に君と交戦。
 アークエンジェルに乗って、カーペンタリアを経てインド洋沖で連合の特殊部隊と交戦、その際、連合に酷使されていた地元住民の救助と連合兵への攻撃に絡んでアスランと揉めたらしい。
 その後は、GX,そしてダブルエックスのパイロットだというガロード・ランらとフリーダム撃墜のために訓練に明け暮れて、ディオキアで君と再戦。んで、その直後、偶然連合のエクステンデットと遭遇、その後に君やカガリと会ったそうだ」
「・・・・・・」
「ディオキアを出て幾度か連合と交戦した後、ディオキアで出会ったエクステンデットを保護するも治療方法が不明だったので人命尊重のためにエクステンデットを連合に返した。
 んで、そのエクステンデットがベルリンで暴れたMSに乗らされていたために救助を試みるも、あとはお前がよく知ってる通りだ。フリーダムを落とした後、ジブラルタルでアスランを撃墜、ヘブンズベース攻略戦に参加して、メサイア防衛戦。そこでインフィニットジャスティスに乗るアスランを討った、という訳だ。
 特記事項として、普段からフリーダムとそのパイロットを敵視していた、らしい。
 まったくよくもここまでお前と色々あったもんだ」

これを聞いたとき、キラは初めて自分がシンにここまで憎まれている理由を知った。
そしてシンがラクスの言う憎しみの連鎖に囚われているのだと感じていた。
だが、それが、自分がやってきた結果であることをきちんと自覚していたかというと、そうでもない。

キラには、シンが憎しみの連鎖に囚われて戦い続けている可哀想な人間であり、憎しみに囚われたまま戦っている(とキラには見える)シンは間違っているのだと思えていた。
つまり、ラクス・クラインが言う、戦ってはいけない理由でシンは戦っているように見えるから、戦ってはいけない、間違っているのだと感じているのである。
さらに別の言い方をすれば、シン・アスカという人間の行動は、ラクス・クラインという彼にとって唯一無二の基準に反する、誤った存在なのである。

この意味でキラはラクス・クラインに最も近く、最も忠実で、最も彼女を理解している人間であるといえよう。
なぜなら、彼が行き先を見失った時に常に彼を導いたのがラクス・クラインであり、彼にとっては生きる指針であり、ラクス・クラインという存在がキラにとっての全てなのである。

「でも…だとしたら僕は彼を止めないと…だって憎いからって戦ってたら、いつまで経っても、戦いの繰り返しじゃないですか。
 それじゃあせっかくラクスがいくら頑張って、平和から遠ざかってしまいます」

「…お前は本当にラクスのことを想っているんだな。ん~、若者の特権か」
「はい!これからはラクスが平和な世界を作るんです、そのためなら僕は最後まで戦います!」

呆れ顔のバルトフェルドとは対称的に、キラがそう言い切ったとき、部屋のドアが開き、ラクス・クラインが戻ってきた。
その表情は就任演説とその後の評議会で少し疲れているようにキラには思えた。

「お疲れ様、上手くいってよかったね」
「ありがとうございます、キラ。平和な世界まであと少し、あと少しなのです。あなたもどうか私に力を貸してください」
「もちろんじゃないか、あとはセイランを討ってオーブをカガリの手に戻してあげれば戦いは終わるじゃないか」

だが、そこにバルトフェルドが口を挟む。
「……悪いがそうとも言えないな、さっき連合各国がラクスの議長就任を認めないとの通告をしてきた。
 即刻退陣した上で、法の裁きを受けなければ、プラントへの物資供給を民間レベルでも停止するそうだ」
「やはりそうですか…仕方ありませんわね、彼らはまだデュランダル議長に騙されているのですから。それよりオーブはどうなのです?」
「君に言われた通り、ユウナ・ロマ・セイランの辞任、アークエンジェルの引渡し、メサイア防衛戦でオーブへ渡ったMS及びパイロットの引渡し、ダブルエックスの破棄の要求はしておいたが…」

「やはり聞き入れなかったのですね?」
「ああ、まるでこっちの要求を予想していたかのようにすぐにお返事が来たよ。
 まず今のプラントはテロリストに占拠されたものであり国家としては認めない、セイランの辞任要求は内政干渉である、
 アークエンジェルをテロリストに引渡す義務はない、仮にプラントが国家であり、メサイア戦まではアークエンジェルがザフトのものであったとしても、デュランダルとの契約によりその所有権はオーブに移っている、オーブに渡ったMSは「プラント」という国家のものであり、テロリストに引き渡すつもりはない。
 パイロット達はオーブに亡命したもので要求は呑まない、ダブルエックスはオーブ防衛の要であり、なおかつオーブが雇う傭兵のものだからオーブ政府はその処分権限を有していない、それに加えて、カガリを拉致した犯罪者、キラ・ヤマト、ラクス・クラインとともに、拉致したカガリ・ユラ・アスハ代表を即座に解放してオーブへ引渡せ、カガリの解放なくば交渉の余地はない、だそうだ。つまりは全部却下ってことだな」

「そうですか、ではオペレーション・フラワーの準備をお願い致します」
「…準備に数週間かかるが、それまでにカガリを解放するかどうかについて話合いの場を設けなくてもいいか?
 君やキラはともかく、カガリを解放すればセイランもみすみす国を焼きたくはないだろうから、物資の供給停止くらいは解除すると思うんだが」
「いえ、ダブルエックスは世界にあってはならない力です。あのような兵器をこのままにしておくことはできません。
 そうでなくては平和な世界は脅かされたままになってしまいます。私たちはそのような力に屈してはならないのです」

「…わかった。準備はしておく」

物憂げなバルトフェルドと異なり、キラと同様にラクスには一切の迷いはない。
だが、ラクスにはキラと違うところもある。
彼女は、元最高評議会議長シーゲル・クラインの娘として幾分かは政治を学んでいる。
それ故、世界だけでなく、プラントの中にも自分に反対する勢力は存在していることはわかっていた。

しかし、分かっているが、世界のものである自分が平和を守らなければならないから、自分が作ろうとする平和の障碍を排除しなければならないのだと考えているのである。

世界は私のもの、私は世界のもの

その言葉の意味をよく考えることなく、ヤキン・ドゥーエの後、一旦は世界を他の人間の手に委ねてみたが、その結果、ブルーコスモスの動きが止まるわけでもなく、ロゴスがさらに台頭し、オーブではセイランが国を我が物顔で治め、挙句の果てに、デュランダルのような世界を滅ぼす者が跋扈することになった。

だが、デュランダルのデスティニープランを知った時、彼女は、その言葉の意味を知ったのである。
つまり、他の人間の手に世界を任せていたのでは必ず結局は誰かが世界を滅ぼそうとする。
いつまで経っても人類の歴史から争いが消えることがなかったことが何よりの証明なのだ。

だからこそ、世界のものである自分が、平和を作り上げていかなくてはならない。
自分はまさに、世界のために平和を作る存在なのだと彼女は確信していた。
それを後押ししたのが、ヤキン・ドゥーエの戦いの後も、プラントの人間が自分を平和の歌姫と崇めていたこと、ミーア・キャンベルのような偽者が注目を集めたこと、クライン派が戦後もなお自分のしたいことに手を貸してくれたことなどであった。

そしてプラントをほぼ平和なものとした今すべきことは、仲間であるカガリの国であるオーブを、そして、人類の母星である地球を平定することであり、それによって人類は初めて争いというものから解放され、世界は平和なものとなり、破滅の運命から逃れることができるのだとラクスは考えていた。