X-Seed_Cross ASTRAY_第03話_1

Last-modified: 2007-11-11 (日) 22:49:32

第03話『そして亡霊は眠る:前編』

ガロードとティファは今の状況を少し整理していた。
この世界は、大まかに言えばコーディネイターが主体である"ザフト軍"とナチュラルが主体である"地球連合軍"に分かれて戦争をしている。
ザフト軍は宇宙に存在するプラントと呼ばれる、コーディネイター国家の事実上の国軍であり、地球連合軍は名の通りのようだ。
そしてこの艦、オルテュギアはユーラシア連邦の宇宙要塞"アルテミス"の艦であるということ。
ガロードにとってもティファにとってもほとんど初耳の単語ばかりである。とりあえずはそういうものである、という認識はできた。

今ここにはカナードや他のクルーの姿はない。カナードからの提案で、二人はこの艦のクルーとして潜伏する事となった。
IDやデータを表面上偽装すれば節穴ハゲ司令を欺くことなど簡単だと、サラリと言うあたり彼は司令とやらをずいぶん軽視しているようだ。
カナードの提案の真意は分からなかったが、ダブルエックス関連の可能性も大いにある以上安心するのはまだ早い気がした。

しばらくして二人は、メリオルというカナードの副官らしき女性に部屋に案内してもらうことになった。
「部屋はどうしたほうがいいかしら」
警戒する二人を安心させるかのように、優しく微笑んで彼女は言う。
カナードの傍に居るときは殆ど話さず、話しても事務的な話し方だったり表情も堅かったが、
どうやらそれは副官という役目としての顔のようだ。
「どうしたほうがいいって…言ったって、なあ?」
急に言われてガロードはティファに何かを求めるように問いかける。
返事は無かった。その代わりティファの指がガロードの手のひらに触れ、そしてその手のひらを、軽く握る。
ティファのその行動の意味には気づけなかったが、今は目先の問題について話を進めた。
「一応クルーとしてここに残る、ってことにはなったけどさ、どうして部屋のことを聞くんだ?」
この艦は軍艦だ。そして乗員も軍人だ。普通なら彼らのような不審者に部屋を選ぶ余地というものを与えるというのはあまり聞かない話だ。
むしろ聞いた事が無い。
「個室が二つ空いてるからよ。別々にした方がいいかしら?」
そういうことじゃなくて。とガロードが言いかけた時、ティファがつないだ手をぎゅっと強く握りしめ、ハッキリと言った。
「私はガロードと一緒がいい」
(ティファ…)
似たようなことを言われたのは今日二度目。先ほどもだったが、とても嬉しくて答えるようにつないだ手を握り返した。
そうすると、ティファがガロードを見てにっこりと微笑む。

先ほどの疑問をすっかり忘れてしまうあたりは、まだまだ思春期真っ只中の少年ということなのかもしれない。
メリオルはそんな二人を見ながら、戦争で疲れた心が少し癒えるのを感じ、同時にこの戦争に巻き込んではいけないと強く思えた。
「一緒でいいのね?案内するわ」
案内された部屋はとても小さく、一人で過ごすのにも狭いくらいのだった。
一通りの機能と行動の制限の説明をした後メリオルは仲良くね、といった様なことを言いながら部屋から出て行く。
基本的に艦内の行動は専門職しか出入りしないような場所以外はどこに入ってもいいらしい。
格納庫だけ、厳重に2度も出入りしてはいけないと念を押された。

これほど自由に行動できるのはおそらく、ガロード達がスパイの類ではないという何らかの確信をカナードあたりが持ったからだろう。
格納庫の出入りを禁じられたのは、万が一を考えてのことだ。とガロードは推測した。
どちらにせよ、早いうちに格納庫を忍び込みダブルエックスをその手で葬り去る必要がある。それは早い方がいい。
できるなら今日中に忍び込み、事を成してしまおうと彼は考えている。
「しっかし…。つっかれた~…」
それでも疲れがたまっていたのか、ベッドに乱暴に座り、大きく手を上に伸ばし大きなあくびをする。
今日は色々なことがあったと思い返した。

新連邦軍と宇宙革命軍の全面戦争の部隊に飛び込んでのD・O・M・Eとの邂逅、
両者のトップの死、宿敵であったフロスト兄弟との決着、そして…

「なんだかもう一ヶ月くらいたったんじゃないかとすら思うよ」
疲労を隠せない。それでも少しでも笑顔を作り、ティファに笑いかける。
「でもさ、嬉しかった。その、えーと…」
"一緒"。今日二度もティファに言われた言葉を思い出し、思わず恥ずかしくなって彼女の顔をマトモに見られなくなる。
心なしか頬が熱くなったように思う。
「あ~!その、なんだ。ほら。今日はもう寝ようぜ」
恥ずかしくて仕方が無い。お互いの思いが通じ合った後だというのに、それでもやはり恥ずかしくて仕方が無い。無理やり話題を変えた。
その様子を見てクスりと笑うティファを見てさらにガロードは赤面する。
「俺、椅子で寝るからさ、ティファがベッドつかってくれよ」
「ダメ。椅子で寝ると疲れるから」
「で、でもさ。ほら、狭いじゃん」
あまりのことに慌てて何か理由を作ろうとする。
いくらお互いが愛し合っているからとはいえ、まだ二人とも思春期真っ只中の少年少女だ。恥ずかしいのだろう。
ティファもまた恥ずかしそうだったが、譲らない。
何か理由があるんだろうかと思ったが、どうにも思考がまとまらず混乱した。
「狭くてもいい…だから、お願い」
さっきまでいつも以上に力強く見えたティファの表情が、寂しげなものに変わった。
いや、寂しげというよりは、不安そうな表情だ。
「ティファ…。うん、わかった」
そう言うしかなかった。
このとき初めてガロードは気づいた。
この世界に来て、たった一日で色々なことが起こって不安を隠せなかった自分を、少しでも励まそうと無理をしていたのだ、と。
不安にならないはずが無かった。
知らない世界でたった二人でダブルエックスと一緒に投げ出され、軍艦に回収されて、尋問を受けて…。
そのことに気づけなかったことが、ガロードはとても悔しくて、とても情けなかった。
二人が横になって眠れるほどベッドは広くはなかった。
仕方が無いので二人で座って壁に寄りかかり、一枚の毛布を共用して、お互いの手を握った。
ティファがガロードに寄りかかる。ガロードは自分の心臓が跳ね上がったような錯覚に陥った。
しかし、その感覚はすぐに小さくなる。
不安さを拭おうとするかのようにティファがつないだ手を強く握り締めたからだ。

本当なら今抜け出してでも納庫へと行き、ダブルエックスをどうにかしなくてはならない。早ければ早い方が良かった。
でも今日だけは、今日だけはこのまま一緒に眠ろう。そんな気持ちになる
彼はもっと強くなりたいと願った。ティファを守れるように。MSが無くとも、彼女を守れるように、と。

疲れていたせいだろう、そう考えるうちにいつの間にか彼は眠りについていた。

昼も夜もない宇宙の推定夜とされる時間の格納庫。
そこには最終調整最中のハイペリオンと、カナード。最年長のクルーがいた。
カナードはハイペリオンの最終調整、男はダブルエックスの解析を進めている。
格納庫から廊下へとつながる扉が開きメリオルが入ってきた。それに気づいたカナードが声をかける。
「二人は?」
「一緒がいいと言うので、部屋に案内してきました。あと行動制限の説明も一通り」
カナードはそうか、といいながらハイペリオンの最終調整を続ける。
アルミューレ・リュミエールのデータに若干のバグが見つかったらしく、忙しなくキーボードを叩いていた。
「パルス特務兵。いいんですか?二人がスパイではないという確証は無いはずです」
思っていたことを口に出す。二人がスパイだという証拠はないが、スパイではないという確証も無い。
思春期真っ只中の若い恋人達を一緒にするのは少々問題はあったが、
今の状況に置かれた二人を引き離すのは気が引ける。
そんな彼女にとっては事態が気持ちとしては良い方向に転がったと思えた。しかし疑問は拭えなかった。
何故二人に自由を与えたのか、不思議でならない。
他の軍人であればおそらく、有無を言わさず引き離し、厳重な監視体制の中に置く。
「演技という可能性は捨てきれないが…。あの二人の様子を見る限りはスパイだとは思えん」
「それだけですか?」
「まさか」
ダブルエックスの方に視線を向けた。先ほどから変わらずクルーがコックピットあたりで調査を続けている
「スパイがあんな目立つものを持って来るわけが無い」
「我々の目を欺くためかも知しれませんよ」
「否定できないな、その時は始末する。だから表面上は自由でも常に監視は怠るなと言ったんだ」
少し間を置いてから、口の端を少し上に吊り上げ言う。
「それに、二人の話も興味深い」
「特務兵、表情が楽しそうですぜ。そんなに別世界とやらの技術が気になるんですかい?」
今まで彼らの話を聞きながらダブルエックスの解析作業をしていた男が言う。
カナードの表情が楽しそうな表情だったのをメリオルはこのとき初めて気づいた。
本当に些細な変化だった。彼女はそんな彼の姿を見たのは初めてだった。
「面白そうだからな。上手くいけばコイツにも応用できるかもしれない」
コックピットから降り、ハイペリオンのボディを軽く手のひらで叩く。
「彼らの話を信じるのですか?」
この世界と平行世界のような別世界から来た、普通そんな話誰も信じるわけが無い。
最初は精神疾患の類と疑い、医師の診察すら受けさせたくらいだ。
「信じるしか無い。今の所否定する要素が非科学的だというところしか見当たらないからな」
ガロード達から聞かされた彼らの世界の話。それはつくり話にしてはリアルすぎるものだ。
ダブルエックスを調べて分かったことだが、機体に使われている装甲がこの世界のどの素材の成分とも一致しないことだ。
「どっちにしろ後から本人達に聞けばいい。どうせそのうちココに来るだろうからな」
そのとき色々なことが分かるだろう。そんな不思議な確信があった。

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