第03話『そして亡霊は眠る:後編』
人と付き合うということを知らない人間であっても、
今何か言うべきことを探さなくてはならないのではないだろうか。
そう思わずにはいられない、そんな状況が今ここにある。
「例えお前にとってコレがどれだけ大切な物であっても、これは抹消しなくてはならない。
・・・これがそのまま存在し続ければ、お前達も危険に晒される」
出てきた言葉は、感傷的になっている相手に対して正しい言葉だとはカナード自身も思えなかった。
それでも言うべきではあると思っていた。
「サテライトキャノンだけじゃない、このMS自体が今のこの世界に在り得てはならん」
今この世界で使われていない、もしくは実用化されていない技術を持ち合わせた、
存在しない形式番号のMS。その存在は、ガロードが思う以上に恐ろしい存在だった。
技術的なレベルが問題になるわけではない。使われていない技術、存在しない形式番号、
そんなアンノウンを回収したと上官に知られれば、おのずとガロードとティファという存在へとたどり着くだろう。
もし、そんな事が現実に起きて、最悪、別世界の人間の生態調査という名目で二人が研究材料などにされてしまっては、
カナードにとって不愉快極まりない。そしてガロードもティファもそんな事態は望んではいないだろう。
「悪ぃ…本当は、分かってるんだ。でもさ、やっぱ大事な相棒なんだよ」
ガロードが俯きポツリと呟く。カナードに掴みかかっていた手から力が抜けた。
「俺が今・・・ティファと一緒に居られるのも…コイツのおかげだし…さ」
カナードの後方にある、もう動くことのない相棒に近づき、そっとその金属の体に触れ、言った。
戦いを潜り抜けてきた証でもある小さな傷跡の感触が手のひらに残る。
「でももう、…もう寝かせてやってもいいのかもな…」
自分を納得させるように、自分に言い聞かせるように言葉を搾り出した。
15年前の亡霊は今、眠る時を迎えているのだと。
悲しく、苦しそうに絞り出される声に、カナードも胸を締め付けられるような小さな苦しさを感じた。
出てきそうになる涙を必死に我慢しているのだろうか、肩がかすかに震えている。
やがて、決心したかのように顔を上げて振り向き、力強くカナードに言った。
「だからさ、最後は俺がやるよ」
知識はあるが専門家ではない。
それでも、最後に手を下すのは自分でありたい。それが相棒へしてやれる最後の事だと。
「…これで良かったんだ」
少しずつ解体されていく相棒を眺めながらガロードは呟いた。
頭の中で様々なことが浮かんでは消えていく。
ダブルエックスを相棒とすることになった発端を遡れば、ティファとの出会いを思い出す。
全てはそこから始まったように思える。
彼女と出会うことが無ければ、どんな事があったとしても、今の自分にはきっとなれなかっただろう。
ふと、強い寂しさ感じる。何かが足りない、そんな寂しさを。
知らない場所、知らない世界に放り出された恐怖感はもう無かった。それが慣れなのか、
それともこの艦の人たちのおかげなのかはわからない。
ただ、この艦の人たちと話せば話すほど、その寂しさが少しずつ湧き上がってきていたことを思い出す。
そう、足りないのだ。フリーデンの仲間達が。
ティファさえ居てくれたら、何も寂しい事なんて無い。少なくともガロードはそう思っていた。
だが、ガロードという人間に影響を与えて来たのは彼女だけではない。
共に戦ってきた仲間達もまた、彼に強く大きな影響を与えてきた。
フリーデンの仲間達だけではない。旅の途中で出会ったカリス達とて欠かすことはできない。
そんな大事な…とても大事な人たちに会いたいと思っても、今は会えないのだ。
今彼らはどうしているのだろうか・・・。戦いはどうなったのだろうか。
考え出せばきりがない。考えれば考えるほど寂しくなる。
彼らに出会うまでの自分だったら、こんな風に寂しがったりしなかったかもしれない。
そう思い、少しだけ苦笑いしてしまう。
「ガロード」
不意に後ろから呼ばれて振り向けばティファが居た。メリオルもその隣に居る。彼女がティファを連れてきたようだ。
「ティファ…」
思った以上に声が沈んでいることに驚く。
今の自分の顔を想像すると、情けない表情をしているように思えた。
彼女は何も言わず傍に来て、その手を握った。そして優しく微笑む。
つられて、ガロードもぎこちないながらも微笑みかけた。
「過ちは繰り返させない。だから決めたはずだったんだ。
俺がダブルエックスを…サテライトキャノンを使わせないようにするつもりだった」
"存在の抹消"という現実を突きつけられたとき、ガロードの心は強く揺さぶられた。
サテライトキャノンのデータを完全に壊せば、この艦の人間がサテライトキャノンのデータを利用できなくなり、
少なくともダブルエックスの力で過ちを引き起こすことは無くなる。そんな風に考えていた。
しかし現実は、ダブルエックスそのものが自分達の立場だけでなく、
この艦の人間の立場を危うくするものであり、
その危険性を少しでも拭うため抹消されなくてはならない
「俺、考えが甘かったんだな。サテライトキャノンだけが問題じゃなかった。カナードに言われて思い知ったよ」
少し自嘲するような、苦笑いのような、複雑な表情だった。
「それに、ダブルエックスのことは俺が覚えてる。
あいつのおかげでティファと一緒に居られるんだ・・・忘れるもんか。だから・・・だから――」
最後の一言を言いかけたとき、ティファが口を開いた。
「私も忘れない。ずっと私達が覚えていれば、形は無くなっても消えない」
ダブルエックスが相棒となったその日から、彼女自身が持っていた力が見せた未来を変えたいと願ったその日から。
彼女は少しずつ強くなっていった。そして今その強さは、ガロードを支える力強い柱となっていた。
相棒の最後を、瞬き一つすら惜しむように強く見つめながら、ガロードは小声でありがとうと呟いた。
それはダブルエックスだけではない、ティファにも向けられた正直な感謝の気持ち。
「ガロード!」
ダブルエックスが、コックピットすら跡形も残らないほどに解体されたころ、
カナードに呼ばれ、視線を彼の方へ移した。
おそらく今までロクに瞬きをしていなかったのだろう。目が乾燥していて少し痛みを感じた。
何度か瞬きをすると申し訳程度痛みがマシになり、カナードの所へと足を進める。
「・・・後はお前がやるんだろう?」
メインコンピュータだけが残されたダブルエックスの前に着いたとき、カナードが声をかける。
その問いに頷き、それに繋いだコンピュータの前に座り込む。
画面には消去するかどうか確認を求めるアラートが表示されている。
キーボードのボタン一つ押しこめば、ダブルエックスはこの世から姿を消す事になる。
ボタンに近づけた人差し指が、かすかに震えていた。
こうしている間にも、今までの出来事が今から過去へ、走馬灯のように頭の中へめぐる。
カナード達と出会ったこと。別の世界らしき場所にたどり着いたこと。
フロスト兄弟との決戦―サテライトキャノンとサテライトランチャーの打ち合い―
新連邦と宇宙革命軍の衝突の中へと飛び込んでいった事。そしてDOMEとの出会い・・・
仲間達との再会、そして新たな艦で再び宇宙へと上がったこと。
もう一度ティファと再会できたこと。
仲間たちの力を借り、ティファを追って宇宙に単身飛び立ったとき。
時代の流れの中で強い無力感を味わったこともあった。
そしてダブルエックスとの出会い。
それを思い出したとき、ずっと頭どこかに必ずあった言葉が、声と共に頭の中にはっきりと再生された。
―過ちは繰り返すな―
ガロード達に未来を託し散った男の言葉が終わると共に、その人差し指はキーボードのボタンを強く押し込んだ。
アラートが消去の進行具合を知らせる。
強く押し込んだその指がそこから離れる事は無かった。
どこからか風が入ってきている。おそらく艦内の空気を循環させているからだ。
両頬の一部が風のせいで冷たさを感じ、それからすぐにその理由に気づいた。
その理由を認識したとき。ガロードは堪えていた感情を剥き出しにする。
大粒の涙が何度もぽろぽろとあふれ出て、涙が止まることは無かった。
思い出せば思い出すほど止まらない。
やがて進行具合が100%を示し、機械的な音が作業完了を伝えた。
それと同時に涙でくしゃくしゃになった顔で精一杯の笑顔を作り、言った。
「…お休み、ダブルエックス」
この日、15年目の亡霊と呼ばれた存在は消え、記憶の中へと眠りについた。
【NEXT EPISODE:回りだす歯車】