XXIXスレ879 氏_機動戦士ガンダムSEED Destiny:Begin Again._第1話

Last-modified: 2011-10-16 (日) 02:08:09
 

「いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ」
波と風の音に、右手を差し出したキラ・ヤマトの声が風に混じる。
「それが俺達の戦いだな」
 キラの後ろにいるアスラン・ザラが言葉を重ねた。

 

「一緒に戦おう」
「ふざけるな」
 黒髪が揺れ、赤い瞳が震える。
白い肌の少年は息を吐き出しながら、拒絶の言葉を吐き出した。手を差し伸べているキラを睨む。

 

「花を吹き飛ばされるどころか、風にあおられた事もないアンタが何を言うんだ。
 馬鹿にするのもいい加減にしろよ」
 拳を握り締めたシン・アスカは彼に背中を向け、表情を凍りつかせた人々の間を歩き出す。
 決意に満ちた表情で、地面を踏みしめるように。
「アンタ達との関係は此処までだ。もう、こんな事に付き合ってはいられない。
 俺は俺のやりたいようにやる」

 

……って事にならなくて良かったよな

 

 慰霊碑の前から歩み去ろうとしたシンの前に、いやらしい薄笑いを浮かべたもう1人のシンが現れた。
 2人はそのまま擦れ違う。笑っていた方のシンが涙を流し、硬直したキラの手を取る。

 

本当は分かってたんだろ? 自分は何も助けられない。何も守れないんだって。 
 力が無かったんじゃない。誰かの邪魔があったからでもない。
 ただ、お前には、出来ないんだよ

 

 一語ずつ区切るように告げているのは、シン・アスカの声だった。
涙で頬を濡らしたシンが、再び笑顔を貼り付け歩み去ろうとする方のシンに呼びかける。

 

お前の守りたい物は、壊される為にある。
 お前の守りたい人は、奪われる為にある。
 そうだろ? これまでずっとそうだったものな

 

 肩に手がかかり、無理矢理振り返らされたシンは自分自身の顔と相対する。

 

奪われるまま、壊されるまま……そうした奴に復讐することもできない。
 押さえつけられて、痛めつけられて、挙句の果てにまた奪われる、壊される……殺される

 

 肩を掴んでいたシンの姿がぶれて、金髪の少女に一瞬だけ変わった。
全身にコクピット内の破片が突き刺さり、弱々しく微笑んだ彼女の姿に。

 

あの時のお前は、正しかったのさ。死んだ奴らを捨てて、自分の事だけを考えた。
 こいつらに取り入る最後のチャンスだ。負け犬から抜け出せるんだって

 

 ステラ・ルーシェの姿は直ぐに掻き消えた。
次に現れたのは、首があらぬ方向を向いた血まみれの父親。
そして、顔の半分を焼かれ絶叫の表情で事切れた母親も。

 

だけど良かったじゃないか。大切な物も守りたい人も全部無くなったんだから……

 

 肩を掴んでいた手がシンの身体を突き飛ばす。転んだ先に見えたのは、華奢な右腕。

 

もう、悲しくない

 
 
 

 よろめき、床に置いてあった物に躓きながら、シン・アスカは洗面所に辿り着いた。
蛇口を捻って冷水を出し、両手で掬い自分の顔に叩きつける。
それを何度となく繰り返した後で、床に膝を突いた。
真っ白な洗面所の灯りに照らされ、ずぶ濡れの両手が床に水溜りを作る。天井を仰ぎ見た。

 

「3年前、か……」

 

 その時、ベッドに置いてあったアラームが鳴る。
手近なタオルで身体を拭き、シンはゆっくりと立ち上がった。
ベッド際の窓まで歩いていき、アルミ製のブラインドを上げる。
コロニー内の時刻は間もなく午前6時になる。
人工の空を彩るスクリーンが金色に輝き、新しい一日の始まりを告げていた。
スクリーンの向こうで、アーモリーワンの巨大な採光用ミラーが動いているのが垣間見えた。
 洗面所に戻り、鏡を見る。左右の頬を軽く叩いて緊張感のある表情を作った後、
横にある収納スペースを開けてザフトの緑色の制服を引き出し、素早く着込む。
「STG」と彫られた銀色のバッジを左胸に着けた後、宿舎のドアを開けた。

 
 

機動戦士ガンダムSEED Destiny: Begin Again.

 
 

 コズミック・イラ77年。二度の大戦を経た地球圏では、新たな動きが生まれつつあった。

 

 戦争が終結した事に加え、圧倒的少数のプラントに幾度となく大損害を負わされ、
戦後もその責任追及を曖昧にした地球連合は求心力を失い、
理事国側は身内からの、消極的ながら執拗な妨害に悩まされていた。
 またプラントでも、ラクス・クライン最高評議会議長の意を受けたクライン派議員らが
地球連合理事国との友好関係を独断専行に走る形で築き上げ、他派議員達との対立が深まっている。
クライン派と地球連合の上層部は戦前のみならず、戦時中も密接な関係を維持しており、
現在議会は「歌姫の騎士団」の戦費がどのようにしてまかなわれていたのかを巡って紛糾している。
既にプラントからの脱退を匂わせている都市コロニー郡もあり、
彼らは地球連合の非理事国とコンタクトを取っている。
 オーブのような小さな島国にも、分裂の兆しが迫っていた。
セイラン家の失墜によって社会的地位を脅かされた人々が、東アジア共和国に流入。
共和国内においても「極東地区」と呼び分けられる秘密主義的、閉鎖的なことで知られる
コミュニティと結びつき、人材流出、技術流出が進んでいる。
 肩を並べていた者達が背を向け合い、誰もが別々の方向に歩んでいこうとする時代は、
シン・アスカのような兵士にとってもやり辛い世の中だった。
敵と味方の境界線がぼやけ、顔のない存在と対峙しなければならない。
大戦の終結に伴う軍事費削減のため、各勢力は旧式のモビルスーツを安値で放出し、
代理戦争の準備を始めている。

 

戦争は確かに終わった。しかし戦いが終ることはない。
これまでも、これからも。

 
 
 

 デブリ密度の濃い宇宙空間を、ウィザードを装備していない5機のザクウォーリアが進んでいた。
先頭やその側面の機体に様々な廃棄物がぶつかり、大きいものは構えているビームアサルトライフルで
破壊してはいるが、飛散した破片にぶつかってよろめいたり、高速で頭部の前を横切る別のデブリに
視界を遮られてブレーキをかけたりと、スムーズな行軍とは言えなかった。
 先頭のザクが逆噴射をかけて止まり、後続を押しとどめるよう左腕を水平に伸ばす。
モノアイを瞬かせたその先には、輸送船の残骸があった。
樽のような形をした燃料タンクの底から伸びた細いワイヤーが、焼け爛れた外壁タイルと繋がっている。
その丁度中間に、直径2メートルほどの円盤が浮かんでいた。
後続の4機と共に後退した先頭機が、ライフルを構え直す。
人間の射撃と同じ姿勢を取った直後、その頭頂部を緑色のビームが貫いた。
ビームはコクピットまで達し、ハッチが内側から爆ぜる。

 

 散開し、ビームが撃ち出された方へ武器の照準を合わせる4機。
しかし完全に機体が向き直る前に、先程警戒していた円盤型の装置に二射目が撃ち込まれた。
宇宙の暗闇が真昼のように明るくなり、僅かな間傍にいた機体の搭乗者から方向感覚を奪う。
メインカメラが光量を調整してすぐさま視界を確保するが、
最も態勢を立て直すのが遅かった1機に襲撃者が肉薄していた。
 黒の宙間迷彩を施したゲイツRが、モノアイの光跡と共に1機のザクへ急接近し、
シールドの先端から発生させたビームサーベルで胴体を貫いた。
その姿勢のまま飛び去るゲイツRに向け、3機のザクがアサルトライフルを連射するが、
全て外れるかデブリに着弾するかで、命中しない。飛んで行った先で爆発が起きる。

 

 1機のゲイツRに振り回されるように、再び向きを変えた3機がスラスターを噴かし追撃にかかる。
直後、デブリの隙間を縫うようにビームライフルが撃ち出された。
狙われた1機は初手をかわすが、回避行動を取った先でデブリに衝突する。
スパイクシールドを古い船の残骸にめり込ませてしまい、抜き取ろうとしたのを見逃されることなく、
右腕、胸部の順に射撃されて大破した。
 2機だけになったザクは互いに背中合わせになり、全身のスラスターを小刻みに噴かして
敵の位置を割り出そうとする。
デブリの隙間に青白い光を見た1機が、狙いを満足につけないままアサルトライフルを乱射した。
ビームの火線に大小夥しい数の漂流物が反応して、光の華に彩られる。
その小爆発を貫いた別の射撃が、背中合わせになった2機のザクを引き離した。
長銃身のライフルを携え、胸をシールドで庇ったゲイツRがそこへ迫る。
接近しつつビームサーベルを伸ばし、ザクの胴を薙ぎ払った。
シールドを持つ腕を振り払った姿勢のまま最後の1機に向き直つつ、
ゲイツRは振り下ろされたビームトマホークを左にかわす。
斧を振り下ろした姿勢のままザクが斬り上げてくるのを、今度は右に避けた。
左腕を引き、刺突の構えを取る。
そして格闘戦で勝負とばかりに左肩のスパイクを突き出して突進するザクから距離を取り、
左右の腰に備え付けたレールガンを展開。二連射して5機目のザクを破壊した。

 
 

 部屋に6機置かれたMS用シミュレーターの1つから最初に出てきたザフト教導隊員
シン・アスカが、他の5人を待ってスクリーンのスイッチを入れる。
ザフトの赤服5人が虚ろな表情で戦闘記録に視線を移した。
「まず敵の罠を見つけた時点で、襲撃されると思った方が良い。
 デブリにワイヤートラップを仕掛けるっていうのは、ここ最近特に増えてる手口だからな。
 こうやって、密集したまま悠長に罠を狙ったら駄目だ。正確に撃たなくても良い。とにかく直ぐに壊す」
 リモコン片手に巻き戻しと再生を繰り返し、先頭のザクがやられるのをたっぷり3回見せた後、
シンは映像を続ける。
「こういう風に障害物がたっぷりとある場所では、奇襲されたら直ぐに隠れるのが良い。
 襲撃する側は、大抵しっかり身を隠している。
 敵を倒すよりも、自分の身を守ることを優先させた方が良い。
 それから、せっかく見つけた罠の場所はしっかり確認すること」
「あのぅ。アスカ教官」
「ん、なに?」
 次の映像に移ろうとしていたシンが、遠慮がちに手を上げた赤服に向き直った。
「教官のゲイツR、速過ぎません? 本当に、実機であんな動きが出来るんですか?」
「出来るよ。」
 何の気負いも遅れも無く言い返され、詰まってしまった赤服を不思議そうに見つつ、
シンは言葉を続けた。
「相手の動きを予想できていないから、速く見えたりまるで攻撃に反応できないんだ。
 何度もシミュレーションを繰り返して、何度もやられないと感覚が身に付かないかもな」
 そう言って生徒達を眺めたシンは小さく唸った。

 

 赤服がザフトのトップであり、エリート中のエリートだという前提は、
シン自身が赤服に袖を通した頃から崩れ始めていた。
ザフトレッドになれば、それだけでプラント内では「成功者」と見做される。
プラントの評議員や大企業経営者はこぞってザフトを援助し、自分の子供達を赤服にして
アカデミーを卒業させ、2年か3年で名誉除隊させて後継者にするのだ。
「シミュレーターのザクウォーリアには変な癖があります。ちゃんと動かせないんです」
 別の一人が、手を上げながらあからさまに不平を口にした。
「それに、教官。宇宙空間の戦闘なのに、この部屋の重力は1Gに設定されています。
 これでは適切な戦闘など出来るわけがありません」
「……それはつまり、俺も「適切に」戦っていなかったってことか?」
 腰に手を当てたシンが、彼の目の前に歩み寄る。
思わず視線を外そうとする相手の目を赤い瞳で見続けながら、シンは息が感じられる所まで顔を近づけた。
「わかった。次は重力下戦闘だ。コロニー内部の設定でやってみよう。マシンに戻れ」
 赤服達に告げ、シンは彼らの溜息を背に受けつつシミュレーターに戻る。
もう休憩時間だろとか、今度父親に抗議して貰うという声が、ハッチを閉める寸前に聞こえてきた。

 

「溜息をつきたいのはアンタ達だけじゃないぞ。全く……」