XXIXスレ879 氏_機動戦士ガンダムSEED Destiny:Begin Again._第2話

Last-modified: 2011-10-17 (月) 00:44:04
 

 戦争が終わった後、戦艦ミネルバの関係者達は意図的に離れ離れにさせられ、
互いに連絡のつかない状態に置かれていた。
歌姫の騎士団を追い詰めた存在として警戒された事に加え、
シン・アスカが「キラ・ヤマトを撃墜した、唯一人のMSパイロット」であり、
ミネルバに乗り込んでいた多くのクルーが、その時の状況を見聞きしていたからである。
 コーディネーターの優位性、特にどれだけ高度な遺伝子調整を受けたかが
社会で重要な意味を持つプラントにとって、こうした事故は好ましくなかった。
コーディネーターの最高傑作をザフトの頂点に迎え、
「平和の歌姫」ラクス・クラインと並び立たせることで支配層の権威を保たせる為に、
フリーダム撃墜事件に関してはメディアを介して露骨なまでのs意識操作が行われた。

 

いわく、あの時のフリーダムは整備が万全ではなかった。
いわく、シン・アスカは命を奪おうとしないキラ・ヤマトの優しさに付け込んだ。
いわく、アークエンジェルの援護を優先させる為、キラは敢えて撃墜されることで注意を引きつけた等々。

 

 MS戦について殆ど知識のないプラント市民の大半はそれで納得したが、
ザフト内部についてはそう上手くいかなかった。
実力主義とはいえ、ザフト兵も感情を持っている。
一度ならず二度までも自分達を攻撃しておきながら、ラクス・クライン議長が懇意にしているというだけで
自分達のトップに収まったキラへの反発は大きく、中には

 

「あいつに従うくらいなら、シン・アスカの方がまだマシだ」

 

と発言する者も出てきてしまう始末だった。
 勿論彼らはシンに従うつもりなどないが、彼らの不平の中に
シン・アスカの名前が出てくることが問題なのだ。
そして、苦心した末にクライン派の息がかかったザフトホワイト達が新設したのが、
「ザフト教導隊(Special Training Group)」である。
エースパイロットの優れた技量と経験を後進、先達問わず他のパイロット達に伝え、
ザフトが得意とするMS戦のパフォーマンスの更なる向上を図る、というのが表向きの目的である。
隊員第一号となったシンは、デブリ海監視任務から一転、アーモリーワン勤務となった。

 

 他の教導隊員には、メサイア攻防戦でデュランダルから離反して歌姫の騎士団を援護し、
戦後その責任を取って評議員を辞したイザーク・ジュールやその側近ディアッカ・エルスマンなどがいる。
いずれにせよ現体制には不都合ながら、ただちに追放する事のできない人物を集めたのだ。
無論、設立の本当の狙いはシン・アスカである。イザークを加入させたのもその為だった。
最後までデュランダル側として戦ったシンと、寝返ったイザークとでは当然思想的な違いがあり、
1つのグループ内にまとめれば直ぐにいがみ合いを始めて決定的な不祥事を起こすだろうと、
ザフト上層部は楽観視していた。
 しかし教導隊設立から2年経った後も、シンがザフトから除かれることはなかった。
シンとイザークは度々衝突したが、争いの種は常にモビルスーツや戦術であり、
その議論は概ね建設的だったからだ。
それでも教導隊は監視用の檻として、また経験の浅いザフト兵達を落胆させる仮想敵として、
今日まで役割を果たしている。

 

「お前、一週間後の演習ではザクかグフに乗り換えるのだろうな?」
「急に何ですか。乗り換えませんよ」
 アーモリーワン第4MSハンガー脇に設けられた教導隊員詰所に入って早々、
イザークに声をかけられたシンは素っ気ない返事をして、持っていたPDAを自分のデスクに置いた。
その脇に湯気を立てるコーヒーの入ったカップを見つけ、顔を上げる。
ザフトの黒服の上にエプロンを着けたディアッカに手を振られ、少し躊躇った後に敬礼した。
「シン、今クッキー出すからな」
「有難うございます、ディアッカさん」
「ザフト設立以来の大規模演習なんだぞシン!
 ストライクフリーダムやエターナルまで駆り出すんだ。
 教導隊は、エターナルの右舷に展開する事になる。
 報道陣が一番注目する所に、旧式機を置くわけにはいかんだろう!
 あとディアッカ! 俺にもクッキー!」
 相変わらずの剣幕と音量で迫ってくるイザークに構わず、シンは自分の席に座った。
自分のPCを点けて、情報ターミナルにアクセスする。
「ほんとだ。誰が決めたんですか?」
「プラント防衛委員長、キラ・ヤマトだ」
「バカじゃないのか、あの人……」
 露骨に嫌な顔をして、シンは鼻を鳴らす。

 
 

戦後、キラ・ヤマトは何かとシンにコンタクトを取った。
シンも拒む理由が無かったので何度か直接顔を合わせたが、
その時の彼は、慰霊碑の前で自分に手を差し伸べた時とはまるで違っていた。
自信が無さそうで、遠慮がちで気の弱そうな彼は、人を殺すどころか争うことさえ嫌っているように見えた。
話題も殆どが当たり障りのない物だったが、一度だけ場が緊張したことがある。

 

「シン……僕がスーパーコーディネーターだって事は知ってるよね?」
「ええ」
 キラ・ヤマト個人に宛がわれた小奇麗なオフィスに招かれ、ソファに腰かけたシンは、
ごく短い返事を返していた。
まだ敗北の記憶が真新しい時期だった。仲間と引き離されて神経がささくれ立っていたシンは
一刻も早く辞去したがっており、その態度を隠そうともしていなかった。
「じゃあ、スーパーコーディネーターが何なのかは知ってる?」
「又聞きですけどね……設計図通りの完璧なコーディネーターなんでしょう?
 キラさんを作った人は、アンタをどんなコーディネーターよりも優秀な人間に作ろうとした。
 で、その通りになった。だから俺達ザフト兵は、アンタに従ってる……だったかな」
 黒髪を乱雑に掻き乱したシンは、息を吐いて目の前のコーヒーカップを見下ろした。
部屋に入ってきた時には淹れ立てだったそれは、もうすっかり冷めてしまっている。
キラからの返事がすぐに来なかったので、それに口をつけた。

 

「そうだね……皆そう言っているし、僕も否定はしない。でも、君は納得してないよね?」
 カップから口を離したシンが、横目でキラを見る。
「だって、僕も納得していないからね。あの時、君に負けたんだから」
「たった一回の勝ち負けで、人間の出来の良さは決まらないんじゃないですか?
 俺はキラさんに勝ったけどキラさんより格上だとは思ってないし……
 自分がアスランの下にいるとも思ってない」
 コーヒーを飲み終えたシンは、再び黙りこくってしまったキラを見つめる。
ソファから立ち上がり、キラに歩み寄った。
「何が問題なんですか。一体何を悩むんです? アンタみたいな人が」
「僕はスーパーコーディネーターなんだよ、シン。だから僕のやる事はいつも正しいんだ」
「……キラさん?」
 キラの開かれた両目を見て、シンが訝しげに名前を呼んだ。
直後、突然立ち上がったキラがシンの両肩を掴む。

 

「僕が正しいことをしているからじゃない。僕がスーパーコーディネーターだから正しいんだよ!
 プラントでは皆そう言うんだ! スーパーコーディネーターだから!
 生まれつき最高の人間だからって!」

 

 それほど強い力でもなかったが、シンは抵抗しなかった。壁に背中を押しつけられ、
冷たい目でキラを見る。

 

「僕は何度も間違いをやったよ。謝らなくちゃいけない事もやった。
 でも全部無かった事になったんだ。それは僕が必要とされていたから……
 僕無しじゃ、ヘリオポリスから皆脱出できなかったし、
 アークエンジェルは地球に辿り着くことも出来なかった!」
 シンの肩を掴む力を緩めたキラが、紅色の目から視線を反らして俯く。
書棚の傍に停まったままのトリィが、透き通った目でキラとシンを。見つめていた。

 

「無かったことにするべきじゃ無かったんだ。僕は憶病過ぎて、一番大事な……」
「今更、俺にそれを言うのか」
 途中で言葉を遮ったシンが、キラの胸に手を当てて軽く突いた。
ザフトの最高責任者が、力無く椅子に座り直す。制服の皺を伸ばしながら、シンは続けた。
「何もかも自分の思い通りにして、邪魔者が全部いなくなって、
 誰も手に入れらないような物を揃えた後になって、反省のフリか。
 貰える物は貰ったけど、仕事が増えて面倒臭くなったってことかよ?」
「違う!」
「アンタ俺に言ったよな。
 幾ら吹き飛ばされても、また花を植えるって。一緒に戦おうって。
 沢山の人がアンタに期待してるんだよ。
 クライン議長とアンタが、プラントの新しい希望になってくれるって。
 アンタ達に任せれば安心なんだって!」
 俯いたキラの胸倉を掴み、自分の方を向かせたシンが、犬歯を剥き出して告げた。

 

「俺もその1人だ。二度と、俺をがっかりさせるなよ」

 
 

「……確かにお前が言った通り、ザクウォーリアとグフイグナイテッドに搭乗している
 パイロットは2割にも満たない。だがな、今回の演習は一般公開されるし、
 オーブ軍は勿論、東アジア共和国軍やスカンジナビア王国軍、更に地球連合軍からも
 オブザーバーが派遣されてくるんだ。そういう中で、旗頭の艦を守る部隊にゲイツRが居ては!」
 イザークの大声で我に返ったシンは、目の前のコーヒーカップに視線を落とした。
湯気を立てていた淹れ立てのコーヒーはすっかり冷めて、
横の皿にはチョコレートクッキーが2枚乗っている。
「シン、お前の教導隊員としての意見には俺も同意している。
 だがメディアに露出することになった以上、そればかりではやっていられない!
 俺達はプラントの利益を……」
「あ、ごめ……いえ、すみませんイザークさん。何の話でしたっけ?」
 肩を震わせるイザークに気付かず、困惑気味のシンがカップに口をつけた。
「とりあえず、俺は演習でもゲイツRで出ますよ。
 乗り慣れない機体で痛い目を見るのは沢山ですからね。たとえそれが実戦じゃなくても。
 イザークさんは何でも好きに乗れば良いんじゃないですか?」
「……どうやら俺好みの方法で決着をつけるしか無いようだな、シン」
 唇をわななかせて言葉を絞り出すイザークを、シンが不思議そうに見上げる。
「あー、イザーク? 後20分でシミュレーションルームに行かないといけないんだが」
「教官の体調不良につき自習とでも伝えておけ、ディアッカ」

 

 部屋のインターコムが鳴ったのは、丁度その時だった。
ぼうっとしていたシンが応答キーを押して、小さなディスプレイに映ったザフト兵のヘルメットを見遣る。
「こちら教導隊オフィス」
『マイウス方面、第37MS小隊のターナーだ。ザフト教導隊の出動を要請する』
 シンは顔を上げ、イザークやディアッカと顔を見合わせた。
人手不足のザフトでは、1つの部隊が2つ以上の任務、任地を兼ねることが多い。
教導隊もその例外ではなく、有事には 即応部隊としての機能を求められている。
「状況は?」
『M2βデブリ帯にてMS1個分隊が消息を断った。捜索の為に2分隊出したが、やはり応答がない。
 近隣の部隊にも救援要請を出してはいるが、彼らでは……』
「了解した。モビルスーツ3機で急行する。通信終わり」
 横から口を挟んだイザークが返答し、モニターから光が消える。
早速パイロットスーツを取りに行くディアッカを見送った後、イザークはシンを見下ろす。
「演習前にトラブルが表沙汰になってはコトだ。異論はないな、シン」
「はい、イザークさん」
 頷いたシンも立ち上がり、ロッカールームへ急いだ。自分の番号が書かれた所を開ける。

 

「俺をがっかりさせるな、か……そういう俺は、どうなんだろうな?」

 
 

?