XXXⅧスレ268 氏_Select of Destiny_第7話

Last-modified: 2012-04-12 (木) 02:32:44
 

シンがオーブを出発してから18時間。
人型サンドバック「アーモンド君」殴打によるストレス解消でようやく復活したDr.Kは、
まるで狙っていたかの様に連絡してきたカガリの執務室に居た。

 

「ゆりかご?」
「そうだ」

 

普段なら無視する所だが文句の100か200ぐらい言ってやろう、と考え赴いたDrだったが、
彼女が執務室に入るなりカガリが
「ゆりかご、という装置を知っているか?」
と全くの無表情で宣った為、完全に興が削がれてしまった。
Drの反応で知らないと判断したのだろう、書類を渡して来るカガリを無視しDrは口を開いた。
「連合の強化人間…確かエクステンデットだったか。それの精神を安定させる為の装置だろう?」
「何だ、知っていたのか」
だったら早くそう言え、と言わんばかりの表情を見せるカガリに対し、Drはふん、と鼻を鳴らす。
「知っているのは名前だけで、どんな仕組みがあったのかまでは知らん。興味もない」
「そうか。なら今から興味を持ってもらおう」
そう言い放ったカガリは、再び書類をDrの前に差し出す。
「……」
「……」
「……ちっ」
一瞬の攻防の後、諦めた様に舌打ちをしたDrはカガリの手から書類を受け取る。
自由奔放で唯我独尊と思われているDrだが、実は彼女は押しに弱いという弱点を持っていた。
元来の面倒くさがりな性格のせいなのか、こうして我慢比べのような状態に陥ると
必ず根負けしてしまうのである。
(何時から女狐に転生したんだ、この脳筋娘は…)
2年ほど前までのギャーギャー騒ぐだけの小娘なら適当にあしらえたのだがな、
と頭の片端で考えながらDrは手渡された書類に目を通していく。

 

「なる程…」
僅か2分程で一通り目を通したDrは、元々無かった興味を更に無くした様に書類を放り投げた。
「記憶改竄によるスペックの向上。
 確かに余分なデータを軒並み削除すれば、それだけCPUの稼働率は安定する、が」
「気に入らないか?」
「ああ」
Drの言葉を遮る様に放たれたカガリの一言。
普段のDrなら間違い無く眉を顰める行為だが、今回の彼女は特に気にした様子も無く頷く。
「生体CPUとは良く言ったものだ。パイロットをMSの部品と同一に扱うなど、愚の骨頂だな」
不愉快な顔を隠そうともせずそう吐き捨てるDr。
彼女は自他共に認めるマッドサイエンティストだが、非人道的な行為には深い嫌悪感を抱く女性であった。
また余談だが、彼女は
「MSは人が乗ってこそのMS」「戦争は人間同士が戦ってこその戦争である」
という戦争に対する独自の美学を持っており、
嘗てMSのオートマトン化を提唱した同僚の科学者を殴り飛ばし、
「戦争をゲームやファッションと同じにする気か!」と一喝した過去があった。
彼女が連合ではなくオーブにその身を置いている一端がそれである。

 

「それで、私にこんな物を見せて、一体何のつもりだ?」
「ああ、実は」
「それともう一つ」
今度はDrがカガリの言葉を遮り、人差し指を上に立てる。
そしてスッとその人差し指を自分の左方向へと指し直した。
「先程から気になって居たんだが、この男は誰だ?」
Drが指差した先、そこには丸眼鏡を掛けDrと同じ白衣を羽織った30歳前後の男性が座って居た。
「ははは…てっきり、この方には私の姿が見えて居ないのかと思いました」
頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべる男に対し、あからさまに不審な顔を浮かべるDr。
その2人の交互に見比べたカガリは、ああ、と声を上げた。
「そう言われれば、2人とも直接出会うのは初めてか」
すっかり忘れていた、とカガリはポンと両手を合わせる。
「紹介しようDr、彼はオーブ国立市民病院の外科、精神、心療内科を受け持つ先生で、
 シンの主治主治医になって貰って居る人だ」
「ほう、シンの?」
「ええ、始めましてDr.K」
会釈…古いオーブ式の挨拶をする主治医に対し、Drは右手をヒラヒラする事で応える。
失礼に当たる行為だがDrにとってはこれが普通で、そこに悪意の類は一切ない。
何より今の彼女には挨拶の礼儀より重要な事柄があった。
「ここにシンの主治医が居るという事は、お前の目的はそれか?」
「…そうだな」
Drからの問い掛けに、カガリはゆっくりと頷いた。

 

「単刀直入に聞こう。
 科学者と医者の立場から見て、この装置を使ってシンの記憶を取り戻す事はできるか?」
「………」

 

逆に問い掛けられる形になったDrと主治医はお互いに顔を見合わせる。

 

先に口を開いたのはDrだった。
「たったこれだけの資料でどう判断しろと?それは「ゆりかご」を作った本人に聞くべき事柄だ」
「それが無理だからこうして聞いてるんだよ」
「と言いますと?」
「これは完全な事実確認をていない話になるが…」
カガリの話はこうだ。
終戦から2年半、混乱した世界の復興、再生が最優先事項として尽力して来たプラント、オーブ、地球連合。
その甲斐があり多少形とも世界が安定して来た昨今、
漸く前大戦の裏で暗躍していたロゴスやブルーコスモスにメスが入れられる事になった。
ブースデットマン、エクステンデット…ブルーコスモスの暗部が次々と明るみになっていく中、
一際カガリの目を引いたのが「ゆりかご」の存在だった。
早速地球連合の上層部にコンタクトをとり、ゆりかごやエクステンデットに関する資料、
またそれに携わった人間の情報を提供するよう依頼。
しかし地球連合から帰って来た答えは彼女の欲しかった物とはかけ離れた物だった。即ち
「エクステンデットに携わった研究者達はジブリールが戦死したと同時に揃って姿を眩ませ、
 それと同時期にエクステンデットやゆりかごに関するデータが軒並み抹消された、だそうだ」
「…そんな戯れ言を信じたのか?」
「まさか、そんな訳ないだろ?」
半目になりながら呟くDrに対し、カガリは憮然と首を振る。
「回答を貰ってすぐに調査団を結成と諜報部にも指示を出して、表と裏両方から調べさせたさ」
「まぁそうだろうな」
「………」
さも当然、とでも言う様な表情で話し合うカガリとDrだが、
その様子を横で見ていたシンの主治医の頬が微妙に引きつっていた。
公私混同?何ソレ美味シイノ?

 

「調べさせた結果、研究員達が消息不明になっているのは本当だった。理由までは定かじゃないが」
「………」
3人の頭に「口封じ」という単語が浮かび上がったが、敢えてそれに触れようとする者はいない。
「ゆりかごに関する資料も今渡したやつが全てだ。
 諜報部からも、それ以上の情報は手に入らなかったと報告があった所だ」
「で、こんな結果では不完全燃焼で収まりがつかないから、私達に意見を聞きたいと?」
「その通りだ」
「ふん、こんな物私の専門分野じゃない」
だが、とDrは言葉を続ける。
「ゆりかごの本来の用途は記憶の削除と書き換え、強制的な恐怖や依存性の刷り込み、だったな?」
「?…ああ」
「これをコンピュータに例えると、今記録してあるデータに新たなデータを
 上書き保存する装置という事になる」
「あっ…!」
Drの言わんとしている事を理解したカガリは小さく声を上げる。
「気づいたか。つまりゆりかごを使うには、その上書きするデータを持っていなければ意味が無いんだよ。
 お前がシン・アスカの記憶のバックアップでも持っているとでも言うなら話は別だが」
「………」
「……まったく」
見る見るうちに意気消沈していくカガリを横目で眺めたDrは、頭をボリボリと掻きながら溜め息を吐く。
脳筋娘がどれだけヘコもうが構いはしないが、
普段口うるさい娘に目の前で沈まれるのは気味が悪くてしょうがない。

 

「だが、この男の意見は違う様だぞ」
「何、本当か!?」
そこでDrは仕方なくカガリに助け舟を出す事にした……完全に人任せだが。
「…はい?」
それまで完全に蚊帳の外だった主治医は、急にポンと右肩を叩かれ首を傾げる。
彼の視線の先には期待に目を輝かせる国家元首の姿。
ややあって、漸く自分の置かれた状況を把握した主治医は慌てて口を開いた。
「そ、そうですね。記憶を取り戻せる云々は別にして、Dr.Kの見解には幾つか修正するべき点があります」
「ほう?」
主治医の言葉にDrは面白そうな顔を浮かべる。どうやら先程の台詞は完全な出任せだったようだ。
「私の見解では、ゆりかごには本当に記憶を抹消したり、
 別の記憶を『上書き』したりする機能は無いと思います」
「と言うと?」
「まずは人間の脳の仕組みについて説明しなければならないのですが…」
人間の脳には部位によってそれぞれ違う働きを行っており、
実際に過去の記憶を情報として保存している場所と、実際にその情報を活用する場所を
電気信号によって繋げていると言われている。
「つまり、ゆりかごはこの電気信号の回路を遮断し、別の場所に回路を通して要るだけだと考えられます」
「根拠は?」
「その…ゆりかごによって処置されたと思われる人物で、本当の記憶を取り戻した前例が居るからです」
「フラガ大尉か!」
合点がいったように声を上げるカガリに主治医が頷く。
対するDrは不思議そうに首を傾げた。
「フラガ?誰だそれは?」
「誰ってお前、一度会った事があるだろう」
「……?」
「ほら、大戦でアカツキを預けた」
「ああ…あの男か」
カガリの説明でDrはようやく思い出す。

 

ムウ・ラ・フラガ。エンデュミオンの鷹と呼ばれAAのクルーとして戦争に参加し、
AA級2番鑑ドミニオンとの攻防で戦死したと思われていた。
しかし前大戦で暗躍したエクステンデットを擁する部隊、ファントムペインの隊長を勤めていた事が判明。
しかも自らをネオ・ロアノークと名乗り、嘗ての仲間であったAAのクルーの事もまるで覚えていなかった。
Drがムウに唯一対面したアカツキのパーソナルデータ書き換え作業の際も、
彼はネオと名乗って居た為Drの記憶に残って居なかったのだ。
「そうか、先生はフラガ大尉の主治医でもあったんだな」
「主治医…と言っても、私も直接話したのは一度しかありませんがね」
メサイア攻防戦でアカツキを駆ったムウはミネルバの攻撃に襲われるAAの盾になるという
奇しくも前大戦と酷似した状況を再現し、そのショックで本来の記憶を取り戻した。
しかし何か後遺症が残っている可能性があった為、
終戦後精密検査を受けに来た彼の担当になったのが主治医だった。
「その時彼から聞いた話から『ゆりかご』と呼ばれる装置の存在を知っていたので
 先のような仮説が立てられたのですが、てっきりカガリ様もご存知なのかと……」
「何故この男が知っていて、お前は今まで知らなかったんだ?」
「し、仕方ないだろう!フラガ大尉と話す機会なんて殆ど無かったんだ!」
苦笑いを浮かべる主治医とジト目で此方を見つめるDrに対し、カガリは心外だという風に口をとがらせる。
事実、彼女がムウの記憶が戻ったと知ったのも戦後暫く経ってから人伝で聞いた時であり、
ムウと直接話したのは彼とAAの艦長だったマリュー・ラミアスとの結婚式に出席した時以外一度もない。
因みに今現在彼は軍を引退し、マリューと共にアスランの居るオーブ大使館で仕事をしている為、
会話を交わす機会は皆無である。

 

「失礼しました。話を戻しますが、シン・アスカの記憶喪失も本質的にはフラガ大尉と同じく
 脳の記憶領域へと繋がる回路が心理的ストレスが要因で遮断されているのが原因と考えられます。
 そして『ゆりかご』はその回路を人為的に操作出来る機械になりますので…」
「シンの閉ざされた回路を治す事ができるかも知れない、という事か!」
「理論上は…もっとも」
「詳しい資料が無い以上この場で幾ら論議しても『机上の空論』でしかないがな」
主治医の言葉を引き継ぐようにDrは口を開く。
それに対しカガリは構わないさ、と笑顔で頷いた。
「少しでも可能性があると分かればそれで十分だ。別に今すぐどうこうと言う話じゃ無いからな」

 

シンの記憶については必要以上に干渉せず、自然に回復するのを待つ……
それが2年前にルナマリアが選択した答えだ。
彼女の意志に全てを委ねたカガリには、その答えを無碍にする気は全く無い。
しかし今の状況を須く好しとしているわけでも無かった。
カガリにとっての気掛かり、それは他ならぬルナマリア本人の事だ。
僅か2年程とはいえ、実の弟よりも多くの時間を接してきた彼女の人となりは多少形とも理解している。
そこから出した結論、

 

(ルナマリアは私と同じだ)

 

正確に言えば彼女は2年前の自分と同じなのだ。
父と言う偉大な存在を失い、右も左も分からぬまま一国の主になり、
理想と現実の狭間で揺れ動き、自身の力の無さに苛まれた挙げ句、
オーブ首長という己の責務から逃げ出してAAに乗り込み、
結果守るべき国民に多大な被害を与えてしまった自分。
対するルナマリアの場合、シン・アスカが記憶を失い、真実はどうあれそれを自分の責任だと感じている。
そしてそこから、彼をそばで支えるのが自分の責務だと考え行動している。
形は違うが、大切な人の喪失という同じ起点を持つルナマリアは、カガリから見てかなり危うい状態だ。
今は良い、だが必ず訪れる。
何時か必ず責任という『重み』に耐えられなくなる時が訪れる。

 

(しかもルナマリアは強い…)

 

自分が父を失ってから2年間、拙いながら首長としてやってこられたのは
もう1人の大切な存在、アスランが側に居たからだ。
アスランが居なければもっと早く潰れていただろう、その証拠に彼がザフトに戻った途端、
自分は己を見失いセイランに良いように利用されかけ、AAに逃げ出した。
だが彼女の場合、側に居るのは大切な存在であると同時に自分の罪の象徴である。
シンが側に居れば居るほど、記憶が戻らない月日が経てば経つほど、彼女の罪の意識は重くなっていく。
にもかかわらず、彼女は2年間シンの側に居続けた。
まともな弱音を吐く姿を見たのだって一度しかない(しかもその時はアルコールの力があった)
強い。年下…しかも自分やラクスのように生まれながらの宿命を持つでもない少女とは思えない程に。
それ故に恐ろしい。強いが故にそれが崩れてしまった時の反動が。

 

ルナマリアがもう限界だと感じた時、彼女の意志に反してでもシンの記憶を取り戻すべきだ、
その結果シンがどの様な行動を起こす事になっても……それがカガリの出した結論だった。

 

「……急ぎの用じゃ無いのならわざわざ呼び出さないで欲しい所だったがな」
そんなカガリの言葉に何か感じる所があったのだろう、小言を呟きながらもDrは仕方がない、
と言う様に溜め息をつく。
そして右手を突っ込んだ白衣のポケットからキャンディを取り出すと、それを徐に口の中に放り込んだ。

 
 
 

「なん……だと?」
輸送艦の鑑長を務める男の脳内は今混乱の極みにあった。
元ザフト軍と思われるテロリストの小隊にムラサメ隊が撃墜され、
敵のガナーザクが至近距離まで接近した時点で彼は死を覚悟した。
しかし突如謎のMSが出現し、ビームブーメランでガナーの右腕を切断。
それと同時に輸送艦とガナーの間に割って入ると、ガナーを後方へと蹴り飛ばしたのだ。
「な、何が起こったの?」
謎のMSに守られる形で九死に一生を得たからだろう。
驚きを通り越し、逆に力の抜けた様なオペレーターの声が艦長の耳に響く。
他の乗組員も同様で皆困惑の表情を浮かべた顔を見合わせている。
緊張とも安堵とも言えない微妙な空気が場を支配する中、謎のMSがこちらの無事を確認する様に振り返る。
「このMSは…!」
ムラサメに通ずるV字アンテナを持つそのMSの顔に艦長は見覚えがあった。
間違いない、自分達がアメノミハシラへと引き渡し最終的にプラントへと届けられる筈だった
量産型MSのプロトタイプだ。
「か、格納庫からの連絡で、コンテナに収まっていた新型のMSが突然動き出し、
 無理やりハッチから飛び出したとの事です!」
「見れば分かる!直ぐに回線を繋げろ!」
「は、はい!」
「一体誰が乗っている…?」
今更の様に報告をするオペレーターに指示を飛ばし、艦長は此方を見つめるMSの顔を見つめ返す。
この輸送艦には先程撃墜された2機のムラサメ以外、パイロットは居ない筈だ。

 

『そこから離れろ!!』

 

先程、オープンチャンネルだったのか操舵室…いや、この宙域全体に響き渡ったであろう怒号は
若い少年の様な印象があった。
「まさか…!」
そこから導き出されてしまうある可能性を艦長は即座に否定したい思いに捕らわれる。
しかし、彼の願いは呆気なく瓦解した。
『輸送艦の皆さん、ご無事ですか!?』
回線が繋がるのを待て無いかの様に此方の安否を確認するパイロットの声が響き、
一瞬遅れてコックピットの様子がスクリーンに映し出される。
「こ、子供?」
そこに映し出されたパイロットの姿に輸送艦の乗組員達は驚愕の表情を浮かべる。
パイロットスーツどころかノーマルスーツすら身に着けていないその姿は小柄で、
癖が強そうな黒髪は女性と見間違えそうなほど伸ばされていた。
それとは対称的な白い肌に、一目でコーディネーターだと分かる赤い瞳は、
幼さを残しながらも力強い意志を持って此方を見つめている。
先にオペレーターの女性が呟いた通り、スクリーンに映るパイロットの姿は
誰が見ても民間人の青年であった。
何故それが新型のMSに?

 

『早く脱出の準備を、「僕」が必ず守りますから!』

 

当然の疑問を浮かべる乗組員達を無視した少年は一方的にまくし立てると回線を切断。
何も映らなくなったスクリーンの先では敵MSの方に向き直る新型の姿が見える。
「……総員、脱出の準備だ」
皆が呆気にとられる中、唯一人静かにスクリーンを見つめていた艦長が乗組員達に指示をとばす。
「艦長!?」
「何度も言わせるな、総員退艦用意」
「しかし今脱出艇で外に出たら…!」
「早くしろ!」
「は、はい!総員退艦用意!繰り返します、総員…」
「………」
慌ただしく動き始める乗組員の姿を一通り眺めた艦長は、
此方を庇うように立ちふさがる新型MSの後ろ姿を見つめながら呟いた。
「これも因果か、シン・アスカ君…」

 
 

「僕が必ず守りますから!」
そう叫んだシンは、輸送艦との回線を強制的に切断する。
理由は1つ。通信に気を取られたく無かったからだ。
「そう…守るんだ、僕が…」
彼は自身にそう言い聞かせる様に呟く。シン・アスハは混乱していた。
何がどうなって自分が「ここ」に居るのかまるで分からない。
ムラサメがザクに撃墜される姿を見た瞬間からの記憶が曖昧で、
気が付いたらこのコックピットに収まっていた様な感覚だ。
ただ一つ分かる事、それは自分が輸送艦を守らなければならないという事だった。
「でも、どうする?…」
シンの視線の先には、先程自身が蹴り飛ばしたガナーザクの姿がある。

 

(死んだ訳じゃ無い…よね?)
蹴り飛ばされた衝撃でパイロットが気絶したのか、動く様子が無いまま宇宙を漂うガナーを確認しながら
彼は心中で呟く。例え宙賊が相手でも、出来れば人殺しにはなりたくない。
「だから…!」
突如姿を表し、味方のガナーを蹴り飛ばした謎のMSの登場によって動きが停止していた宙族達。
「!?全機後退しろ!」
その中で最初に復活したグフのパイロットの言葉に弾かれる様に動きだす他のMS達。
その瞬間、フォーチュンの最も近くに居たブレイズザクに向かい、
フォーチュンの人間で言う膝部から藍色の光盤が射出される。
「ジョシュア避けろ!」
全くのノーモーションで射出されたそれが、先程ガナーの右腕を切断した
ビームブーメランだと気付いたグフのパイロットが叫ぶ。
「お前に言われなくたって……はっ?」
不意打ちに近いとはいえ真正面からの攻撃だ。
余裕を持って回避しようとしたブレイズのパイロットだったが、
何故かビームブーメランが自機に辿り着く前に後退を始めた。
目測を誤ったのか?そんな考えがパイロットの頭を過ぎるが、次の瞬間それが誤りであったと気付く。
ビームブーメランの後ろから接近していたフォーチュンが右手でビームブーメランをキャッチ。
そのままサーベルと化したブーメランでブレイズに切りかかったのだ。
「しまっ!?」
反応が遅れたブレイズにフォーチュンがビームサーベルを振り下ろす。
訪れた衝撃にブレイズのパイロットは死を覚悟するが、コックピットが爆発する様子は無い。
「な、何だと!?」
慌てて被害を確認したブレイズのパイロットは戦慄する。
モニターに表示された自機の被害が、武装、メインカメラ、バーニアのみに限定されていたからだ。
「「馬鹿な!?」」
驚いたのはグフともう一機のブレイズザクのパイロットも同様で、
文字通り達磨状態となった仲間のMSを信じられないものを見る様に見つめる。
敵の生かしたまま、戦う術のみを奪う「不殺」
そんな真似を「行おうと考える」者とそんな真似が「実行できる」者を彼らは1人しか知らない。
「まさか、キラ・ヤマトだとでも言うのか!?」

 

「やっぱり…!」
動揺する宙族達とは対称的に、シンは先の攻防で1つの確信を抱いていた。
今、自身が操縦している機体を自分は知っている。慣れ親しんでいる、と言ってもいい。
Dr.Kの研究室にあるシミュレーター。
そこで何時も搭乗している機体と、この機体は同じなのだ。
残るグフともう一機のブレイズザクから放たれたビームをシールドで受け止めたフォーチュンは、
お返しとばかりに肩部に装備された高エネルギービーム砲を放つ。
赤い光の奔流が2機に迫るがすんでのところでかわされた。しかし、シンの表示には些かの淀みも表れない。
続けざまに両膝からビームブーメランを射出。2つの藍色の光盤がグフとザクの間に割って入る。
それにより分断された2機のうち、接近戦に秀でるグフに牽制のビームを放ちつつ、
フォーチュンは腰の対艦刀手をかけた。
親元とされるデスティニーが持っていたモノより若干短い対艦刀を両手に掲げたフォーチュンが
ブレイズザクに向かって突撃する。

 

『何だよこいつ!?』
ビームライフルによる迎撃は間に合わないと判断したのか、ブレイズはトマホークを振りかぶった。
『馬鹿、下がれ!』
その姿を見たグフのパイロットが何とか援護しようとビームマシンガンを乱射する。
しかし接近戦に特化したグフの射撃では牽制にもならず、
トマホークによる迎撃をかいくぐったフォーチュンが対艦刀を一閃、
トマホークを持つザクの右腕が切断される。
『うをっ!?』
間髪入れず左腕も切断されたザクは、最後の足掻きとばかりにファイヤービーを発射。
唯一残った武装であったミサイルの雨が、ザクの前方を埋め尽くし爆発する。
「や、やったか?」
『馬鹿、上だ!!』
呆けた声で呟いたザクのパイロットの耳にグフのパイロットの怒号が響く。
「はっ?…うわっ!?」
しかし彼がその声に反応するより早く、ザクのコックピットは暗闇に包まれた。
「だから下がれって言ったんだ!」
そう叫ぶグフのパイロットの視線の先にあるのは、頭部が破壊されたザクの残骸と
傷一つ無いフォーチュンの姿。
ファイヤービーが発射される直前に急上昇する事で難を逃れたフォーチュンが、
そのまま頭上からザクの頭部ごとメインカメラを対艦刀で突き刺したのだ。

 

「何なんだ、こいつ?」
動かなくなったザクには目もくれず此方を見据えるフォーチュンに対し、
グフのパイロットは疑問符を浮かべる。
武装とメインカメラを奪ったとは言え、バーニアが生きている以上、ブレイズはまだ動ける可能性がある。
まだ敵対する可能性がある以上、本来なら確実にとどめを刺すハズだ。
隙を突かれる事を恐れて?それなら最初からコックピットを狙えばそれで済む。
わざわざ武装やカメラを狙う必要は無い。
だとすれば、残る可能性はただ一つ。

 

「不殺のキラ様『モドキ』って訳か……ふざけるな!」

 

瞬間、バーニアを全開にしたグフが、サブマシンガンを乱射しながらフォーチュンへと突貫する。
対するフォーチュンがビームブーメランを射出するが、スライヤーウィップを使って叩き落とす。
「ムカつくんだよ!戦場で正義の味方ごっこなんて!」

 

グフのパイロットがザフトを抜け、宙賊になったのはキラ・ヤマトのやり方が気に入らなかったからだ。
不殺を唱いながら、コックピットに取り残された人間の『その後』を考えない偽善者。
一体何人の仲間達が、身動きの取れないまま『不慮な最期』を迎えたと思っているのだ!
英雄と持て囃される正義の味方を彷彿させるフォーチュンの行動が、
グフのパイロットから冷静な判断を失わせた。
「逃げるなよ、偽善者!!」
近づかれるのを嫌がるように距離を取ろうとするフォーチュンに追いすがりながら
グフのパイロットが叫んだ。
伸ばされたスライヤーウィップがフォーチュンの左手に持つ対艦刀に絡みつき破壊するが、
替わりに右手の対艦刀によってスライヤーウィップが切断される。
役に立たなくなったスライヤーウィップを破棄したグフはテンペストのビーム刃を展開。
対するフォーチュンも対艦刀を構え迎撃体制をとる。
「馬鹿が!」
対艦刀の間合いの広さは強力だが、一撃さえ避ければ小回りのきくテンペストに歩が有る。
そう踏んだグフのパイロットは、自機をフォーチュンの目の前で急停止させ
対艦刀による迎撃を紙一重で避ける。
すると彼の予想通り、一撃を外したフォーチュンに僅かな隙ができた。
「貰ったぞ!」
その隙を見逃さず、テンペストを振りかぶるグフ。
絶対に避けられない体制、勝利を確信するグフのパイロット。
しかし彼に訪れたのは勝利の女神の賛美ではなく、命の危機を知らせる武骨な警鐘音であった。
「なっ!?」
鳴り響く背後からの攻撃を知らせるロックオンアラートにグフの動きが鈍る。
次の瞬間、テンペストを振り上げていたグフの右腕が、肩先の付け根の部分から切断された。
「ぐぁ!?」

 

一体何に攻撃された?
増援?第三勢力?裏切り?
あり得ないはずの背後からの攻撃に、グフのパイロットの頭を様々な可能性が駆け巡る。
その間、一秒にも満たない僅か数瞬。
しかし、フォーチュンの反撃を許すには十分な時間であった。
体制を立て直したフォーチュンは先ほど避けられた対艦刀の切っ先を反転、
そのまま振り上げる事でグフの左腕を切断する。
そしていつの間にか左手に持っていたビームサーベルでグフのメインカメラを破壊した。

 

「ば、馬鹿な…」
メインカメラが破壊される瞬間ビームサーベルの存在を確認したグフのパイロットは、
背後から攻撃してきたモノの正体を悟り驚愕する。
先程、ザクとグフの連携を分断する為に放たれた2つのビームブーメラン。
その片割れが背後からグフの右腕を切り裂いたのだ。
(有り得ないだろう!?)
放ったビームブーメランをそのまま宇宙空間に停滞させて置くことは理論的に言えば可能だ。
しかしドラグーンとは違い、ビームブーメランには自在に敵を攻撃する事はできない。
内臓された発信機をもとに真っ直ぐ自機に向かって戻って来るだけだ。
それを攻撃として、しかもグフの右腕だけを切断する様狙いすましたタイミングで回収するなど、
常人では不可能な芸当だ。
「こいつ、いったい何者だ?」
暗闇に包まれたコックピットの中で、グフのパイロットが呟く。
グフは完全に死に体であり、トドメを刺そうと思えばいくらでもってできる筈だ。
それに来ない所をみると、どうやら本気で不殺なんて正義の味方ゴッコを行うつもりらしい。
「……まさか『ホンモノ』か?」

 
 
 
 
 

Memory Select

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」
宙賊達をたった1機で無力化したフォーチュン。
そのコックピットには、荒い息を吐きながら安堵の顔を浮かべるシンの姿があった。
「良かった、上手くいって…」
ビームブーメランを多様したトリッキーな戦術は、Dr.Kのもとでのシミュレーションを続ける中で
彼が独自に身につけた戦術である。
彼が行って来たシミュレーションは、基本的に1対多を想定した物ばかりであった。
というのも、Dr.Kが『本来』の彼が真価を発揮してきた状況が、
そういった劣勢状態だというのを正しく理解していたからだ。
「Drに感謝しなきゃ…」
フォーチュンのコックピット内を見回し、シンは感嘆の意を込め呟く。
シミュレーターの機体と同じと言う事は、きっとこのMSを作ったのはDrなのだろう。
自分程度の人間が操縦してもこんな凄い動きが出来るなんて、やはりDrは凄い人物だ、と。
シンの頭には「自分自身が強い」という発想は微塵もない。
勝てたのはMSの性能のおかげであり、自分の操縦技術は素人に毛が生えた程度だと
信じて疑いはしなかった。

 

「ふ……ふふっ」

 

だが勝利は勝利。
命の遣り取りを制し、シンの中で張り詰めていた緊張の糸が弛緩する。
「はは……ははははは!」
そして守るべきものを守ったという達成感が、じわりじわりと彼の心に広がっていった。
(やった…!!)
息を吐き出し、小さく拳を握りしめるシン。
狭いコックピットの中でなければ、大手を上げて叫びたいぐらいだ。
やった!
自分にも「あの人」と同じように戦う事ができた

 

『一緒に戦おう』

 

2年前、記憶を無くした一般人に過ぎない自分に手を差し伸べてくれたあの人の言葉を思い出す。

きっとあの人は本気でそう思った訳じゃない。
記憶を無くした自分を元気着けようとして言っただけだろう。
それは分かっていたし、自分にできる事は何もないと思っていた。
(でも今は違う…!)
戦える。
この機体があれば、あの人と同じ様に戦う事ができる。
誰も「殺さず」大切な人を「守る」為の戦いが…

 
 

 ――が――した

 
 

「えっ?」
「それ」に気付いたのは偶然だった。
ふっと誰かの声が聞こえた気がし、顔を上げたシン。その目の前に「七色の光」の奔流が迫っていた。
「っ!?」
反射的にペダルを踏み込むのと、危険を知らせるアラートが鳴ったのはほぼ同時。
急上昇したフォーチュンのすぐ真下を光の奔流が駆け抜ける。
「な、何だ!?」
慌てて体制を立て直したシンは、サブモニターを操作し被弾状況を確認。
幸いダメージは皆無、精々足先の装甲が少し焦げた位だ。
(危なかった…!)
もしアラートが鳴ってから回避行動をとっていたら間に合わなかっただろう。
それぐらいギリギリのタイミングだった。
「宙賊の仲間…なの?」
新たに狙撃されぬよう、シンは不規則に機体を移動させながら、光の奔流が飛んできた方向を見据える。
「居た!」
数拍後、フォーチュンのレーダーが1つの機影を捉えた。
大きさからしてMS、しかし距離が遠過ぎて詳細が分からない。
(此方のレーダー外からの長距離射撃。スナイプタイプのMSか?)
しかし何故今頃になって……宙賊の母艦の護衛役だったのだろうか?
だが先に敵対したMSの中で、母艦の護衛に最も適していると思われるガナーザクは何故か前衛に居た。
長距離射撃に特化したMSだけでは、母艦の護衛には適さない筈だ。
(しかも、さっきの攻撃)
自分に向かって降り注いだ複数の光の束。
見た目の美しさとは裏腹に、触れたモノを根刮ぎ吹き飛ばす禍々しい力の奔流。

 

「しってる…」

 

気が付くとシンは無意識に呟いていた。
あの時……輸送船の客室から宙賊達のMSを見つけた時と同じ感覚。

 

 ――あの光を自分は知っている

 

頭の奥で鈍痛が響く

 

 ――あの力を自分は識っている

 

呼吸が荒くなり、目がチカチカする

 

 ――あの存在を自分はシっている

 

青と白で彩られた聖剣の名を持つMS。
あれは――

 

「フリー…ダム?」

 
 

 アンタが『   』を殺した!!

 
 

虚ろな表情で呟いたシンの耳元で、荒々しい…しかしどこか懐かしい声が響いた気がした。

 
 
 
 

】【】【?