XXXスレ360 氏_SEED DESTINY AFTER 龍宮の守人編_第一部エピローグ

Last-modified: 2009-09-11 (金) 23:29:54

ナスカ級《パトクロス》の手術室の、手術中であることを示す赤いランプは
もう3時間も点灯したままだ。
ルナマリアは、そのドアの前でへたり込むように、床に座っていた。
膝を丸めて、顔も隠して、ずっと、祈っていた。
「シン…生きて…死なないで…神様…お願いです…」

 
 

逆襲のシン 龍宮の守人編 
エピローグ「そして運命は終わるのか」

 
 

「君の身体を、使ってくれというのか?」
「はい、私は知っての通りシン・アスカのクローンです。
 血液提供にも、欠損部位の補完にも、私の身体は有効利用できるはずです。
 お願いです、シンを助ける力になれるなら…」
時間は少し遡る。目を真っ赤に腫らしたまま、しかし心を必死に落ち着けようと
務めて言葉使いを変えて、エルフは船医に直談判していた。
「血や皮膚だけとは言いません、内蔵でも骨でも、シンが助かるためなら、何でも使って下さい。
 私の命なんて、どうなっても」

 

其処で言葉をさえぎるように、船医がエルフの頬を打つ。
全く痛くないのにピシャリと小気味のいい音が鳴り響いたものだから、少女は驚いてしまった。
「そういう風に、考えるものじゃないよ。エルフさん」
そして、船医は諭すように、エルフに語りかける。

 

「君はアスカ君の怪我に、強く責任を感じているかもしれない。
 だけど、アスカ君も軍人であり、大人だ。 決して、君を恨みはしないし、
 自分の代わりにエルフさんの命が失われたら、きっと深く悲しむだろう…
 優しすぎるんだろうね、君も、アスカ君も」
エルフはその言葉を、俯いたままじっと聴いていた。
「これから直ぐにでも手術を始める。ついて来てくれるかい?」
「是非、お願いします。シンの命を、お願いします…」
「大丈夫だよ、患者も医者もコーディネイターなんだ。そう簡単に死なせはしないよ」
船医は人の良さそうな笑顔を浮かべて、エルフの頭をポンと軽く叩いてやる。
不思議とそれで、エルフの不安も少し、和らぐような気がした。

 
 

「ボーラス君!どうしたの!?その顔」
「いやあ…ジュール隊長から鉄拳制裁ってやつ?上官無視して独断専行だからなあ、
パンチ一発ですむなら安いものさ」
先に帰還していた新兵クィン・ケルビムは通路で同僚のボーラス・クレオラと出くわしたのだが、
彼の 左頬が赤く腫れている事にビックリしてしまった。
「お医者さまに見せてもらった?」
「今はアスカ先輩の手術だよ。それに放っておいても平気だし…」
「駄目だよ!私が診てあげるから!」
「ちょ、ちょっと!引っ張らない!」
半ば強引に自分の個室に、ボーラスを連れてきたクィンは自前の救急セットを使って手当てをする。
やけに手際よく消毒して、ガーゼを当ててくれて、ビニールパックに氷水を詰めたものを氷嚢代わりにして
ボーラスに渡す。
「ぬるくなったらこまめに変えてね、痛くなくなるまで冷やしたほうがいいと思うから」
「いてて…情けないなあ、俺って」
「ボーラス君?」
「クィン、今日も二機落としたんだろ?」
「え?うん、まあ」
「通算五機目だろ、もうエースじゃないか。なのに俺ってば、今日もボウズだったし」
はあ、と深いため息をついてボーラスは俯く。
「でも、ボーラス君だって頑張ったじゃない。ボーラス君がアスカ隊長を助けなかったら、
 助からなかったかも知れないんだし…」
「結果論だよ、たまたま都合よく、生きてただけで、それに、助からないかも知れないし」
「そういう事、言わないほうがいいよ、ボーラス君」
「…そうだな」
腰をかけていたベッドに仰向けに寝そべり、ボーラスはまた一つ、大きなため息をつく。
「アスカ隊長、助かるといいね」
「そうだな」
「私たち、これからどうするんだろ?」
「わかんね」
「…もう!少しは話に付き合ってくれたっていいじゃない!」
「気分じゃない…疲れた、寝る」

 

どうして、こうなっちゃうんだろうな…
…私はボーラス君と一緒なら、それでよかったんだけどな…

 
 

「…では、エルフさんの身柄はこちらで預かっていいのですね?」
『はい、《エル・クブレス》を守ってくださったご恩、この程度で返せるとは思えませんが、
 シン・アスカの命を救うためのお役に立ててください』
「海賊の討伐はザフトパトロールの最優先任務ですから、あまり気にしないでください。
 では、失礼します…アインさん、貴方の希望は必ず評議会にお伝えします」
『有難う御座います。トライン艦長』
音声のみの通信で、マスター・アインへの挨拶を済ませたトライン艦長は、
ベレーを脱いで額の汗を拭う仕草をする。
「とんでもない事になってしまったね…」
「戦力差を考えれば、よく跳ね返したと思います。コロニーに目立った損傷はありませんでしたし、
 人的被害も…アスカさんを除けば、皆無でした」
アビーは彼女なりに、今回の戦闘の顛末に悩むトライン艦長を励まそうとしたのだが、
口にすればするほど、余計なことを言っている気がしてしまう。
「手術が終わるまでは下手に船を動かせないし、待つしかないか。ルナマリア君も、心配だよ…」

 
 

いつの間にか、座ったまま寝てしまったルナマリアは、自分の眼前にあるドアが開く音で目を覚ました。
鈍く痛む頭を上げると、其処には船医と看護士が立っていた。
「あ…すみません、今どきますから」
船医の顔は脂汗にまみれ、隈もできていた。
ふと気になって腕時計を見ると、手術が始まってから既に半日以上経っていることに気づく。
余程の大手術だったのだろう。外科手術用のマシンを使っているとはいえ、
船医が疲労困憊になるのも当然といえた。
「シンは…シンは、大丈夫なんですか」
「ホークさん…トライン艦長に、アスカさんの容態について、お伝えすることがあります。
貴方も聞きますか?」

 

ルナマリアと船医はその足でブリッジへと向かった。
ブリッジには艦長席で仮眠を取っていたトライン艦長と、当直についていたアビーだけいたので、
船医はそのまま、シンの容態について話すことにした。
「手術は成功しました。外傷は全て治療しましたし、内臓も傷ついたわけではありませんでしたから。
 これについては、エルフさんに感謝しなければいけませんね」
エルフの名前を出したところで、ルナマリアは明らかに不快感を示す顔をするが、船医は構わず続ける。
「ですが、意識はいまだに戻りません。
 脳に損傷は無かったのですが、脳波が酷く微弱だったことを考えると、
 酷く脳を酷使した後だったのか、衰弱していた可能性があります」
トラインは其処で一回、頭を掻く仕草をする。
彼が気になったのは、シンの《ダガーⅡ》のフライトレコーダーに残された飛行記録…
撃墜される直前、3分近く棒立ちだった事だ。
どんな素人パイロットでもそんなことはしないだろう、いわんや、シン・アスカなら。
故に、彼が撃墜された理由に何か、関係があるかも知れないと読んだのだが…
その事は脱線なので、とりあえず頭の隅に置くことにした。

 

「意識は時間が経てば回復すると思いますが、重要なのはここからです。
 四肢の損傷が激しすぎて…パイロットとして復帰することは、難しいと思われます」
「そんな!」
反射的にルナマリアが叫ぶ。3年近くチームメイトだったルナマリアにはわかる。
シン・アスカという人間は、戦うこと…戦って、誰かを守るということしか、出来ない人間なのだと。
そんな人間が、戦うことが出来なくなるという…
それは彼にとって、死んでいる事と同義なのかもしれない、
いや、私の知るシン・アスカなら、必ずそう考えるだろう。

 

「骨も筋肉も神経も、全てズタズタにされています。
 プラントの再生医療技術を用いたとしても、短くても完治に5年。
 それからリハビリを年単位で続けて、漸く日常生活が営めるレベルです、
 モビルスーツパイロットとして復帰することは、極めて難しいと言わざるを得ません」
「虎さんがいるじゃないですか!あの人片目片足片腕でモビルスーツ乗ってるじゃないですか!」
「バルドフェルトさんとは事情が違います!彼の場合は義肢に慣れれば復帰できました。
 しかし、アスカさんの場合、下半身の損傷が致命的です。
 義肢を使うならば、腰から下を丸ごと義肢にしなければなりません。
 そんなもの、扱えるようになるのに、何年かかると思ってるんですか!
 肉体の維持も、ままならないというのに」
「じゃあ、ホントに、シンはもう…」
「さっきもいった通りです。
 日常生活を営めるレベルまでリハビリする事も、かなりの苦行になると思います。
 引退してもらうのが自然でしょう。どうするかは、本人の意識が戻ってから聞くことになりますが…」

 

「本当に、もう…シンが…あの子のせいで…」
そう呟いて、ルナマリアは力なくうな垂れる。
もはや涙も枯れたのか、瞳を開いたまま、微動だにしない様子をみて、トラインはアビーを呼ぶ。
「すまない、ルナマリア君を自室まで運んでくれないか」
「了解しました…ルナ、今日はもう休もう?ね?」
ルナマリアは反応しなかったが、アビーが肩を貸すことにも抵抗しなかったので、
そのままアビーがブリッジの外に連れ出していった。

 

「こんな任務で、シンを失うなんて…クソッ」
アビーとルナマリアがいなくなり、男二人きりになったあとで、トライン艦長は珍しく悪態をついた。
「どんな任務でも戦う以上、傷つき倒れるリスクはあるんです。
 アスカさんが特別、其処から逃れられるなんてこと、ないんですから」
「彼は、世界を変えられるパイロットかも知れなかったのに、みすみす引退させるなんて、
 僕は最悪の司令官だよ…」
「艦長…」
「嗚呼すまない、ただの愚痴だ、気にしないでくれ」
頭を振って、先程までの愚痴から頭を切り替えようと、トラインは務めた。
「シンの容態が安定したなら、直ぐにでもプラント本国に戻りたいんだけど?」
「それはもう、大丈夫です。医者としても、早くプラントの医療施設に入れて、療養させたいですから」
「わかった…お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」
「言われなくてもそうしますよ…ふああ」
わざとらしいあくびをして、船医は後ろを向いて手をフラフラとふるのを挨拶代わりにして、
ブリッジから退出する。
トラインも彼の退出を待たずに、通信士用のコンソールの前に立ってキーをいじる。

 

「アビー君。ルナマリアの様子は?」
『とりあえずは、自室で休んでいます…私の判断で、部屋には外からロックをかけました』
「解った、艦長権限でレベル5までセキュリティを上げておく。…今は落ち着いているけど、ねえ」
『エルフさんと顔合わせたら、何するか解りませんから…』
ルナマリアには酷い仕打ちだよ、と思うと、またトラインの頭は痒くなってしまう。
そして、頭をポリポリを掻きながら、だらしなく的確な指示を下すのが
アーサー・トラインのスタイルなのだ。
「直ぐにでも発進する。コンディションブルー、アビー君も休んでいいよ」
「お言葉に甘えます。では…」
通信が切れ、本当に一人になったブリッジの中で、トラインは艦長席に戻り、個人端末を開く。
ディスプレイに映し出された今回の任務の指令書…
プラント評議会のサインが書かれたそれを忌々しげに見つめる。

 

(僕の勘が当たっていれば…この遭遇戦、仕組まれていた物のはず…
 評議会め、軍人の命は手前らの玩具じゃないと、どうして解らないか…)

 
 

「うあ…私、寝てたのか?」

 

おぼろげに覚醒したことで、エルフは自分がいつの間にか寝ていたことに気が付いた。
うつ伏せの姿勢で寝たせいか、首が痛い。
あと、皮膚移植のために、背中やお尻の皮を向かれたからそこがひりひりと痛む。
ついでに言えば、ダイブ血を抜かれたせいか、どうも頭がボーっとする。
その痛みや感覚も嫌じゃなかった。シンに命の一部を分け与えられたという証になるなら…
シンが眠っているベッドも、直ぐ隣にあった。
ガラスケースの中のシンは、全身が包帯でグルグル巻きにされていて、
酸素吸入器や点滴が繋がっていなかったらミイラにしか見えない有様だった。

 

こうなってしまったのは、自分のせいだ。
自分が調子にのって敵に突っ込んで、強敵に食われてシンに助けられたから、こうなってしまったんだ。
ルナマリアや、この船のクルーに忌々しげに見つめられる度に、叫びだしたくなった。

 

殺せ、シンを傷つけた私を殺せ!
そうして恨みを晴らしてくれ、そうして私の罪を、削いでくれと…

 

しみる様に痛む背中に我慢しつつ、エルフはシンのベッドまで近づく。
いまだ目覚めぬシンの顔を、じっと見て、ガラスに手を当て、
語りかけるようにも、自分に言い聞かせるようにもして、エルフは口を開く。

 

「若し、シンが起きてさ…私が力になれるなら」
願うように、話しかける。

 

「私はシンのために、生きるよ…どうか、私に償わせて…」
ガラスケースを小さな体躯で抱きしめるようにして、エルフは物言わぬ、愛しき人に誓った。

 
 
 

プラント最高評議会を擁するコロニー《アプリリウス・ワン》の、議長執務室。
議長ラクス・クラインはそこで、今日の議会で討議されるナチュラル移民受け入れ法案の内容を、
書類で再確認している時、ノックをして許可を得ずに部屋に入る男を見やる。
「どうしましたか、何か火急の用事でも?」

 

アンドリュー・バルトフェルド
戦傷者とは思えぬほどの精強さを誇る、現在のプラントの屋台骨の一本であり、
クラインの腹心と言われる男は、挨拶もせずに、ラクスのデスクの上に数枚の書類を叩きつける。
「つい先程、プラント領宙に入った《ボルテール》から送られた報告書だ。
 未確認のコロニーの調査中に大規模な海賊の艦隊との遭遇戦になったそうだ」
「…被害の程は?」
「装備はかなり消耗したが、人的損失は無しだ。ただ一人、シン・アスカを除いてな」
「そうですか…それだけですか?」
自分には関係のないことだ、と言いたげなラクスの表情を見て、
バルドフェルドはもう一度、デスクを強く叩く。
義手で叩いたために、重い打撃音がやたらと響く。

 

「このミッションは評議会の指示で行われたものだ!
 たった二隻の巡洋艦しか運用できない時期にねじ込んだのも評議会だ!
 君は責任を全く感じないというのか!」
「…だからどうしたと言うのです?謎のコロニーの調査は急を要しましたし。
 まさか海賊風情が徒党を組んで、襲い掛かるものとは想像も付きませんでした。
 見通しが甘かったとは認めましょう、
 ですが、そのことで貴方にとやかく言われる筋合いは、ありませんわ。
 ミッションプランを作ったのは私ではなくあなた方ザフト幕僚なのですから」
「君の権限でねじ込んでおいてよく言う…!」
話にならない、とも言いたげな仕草で後ろを向いたバルドフェルトは、
そのまま大股歩きで退室しようとする。
「この事件に関しては、不可解な点が多すぎる。情報部を動かして、裏を取らせる。
 たとえ連合やターミナルが相手でも、引き下がりはしないからな」
あえて、解体したというターミナルの名前を出したのは、
ラクス・クラインを信用していないぞ、という意思表明であった。
バルドフェルトはそのまま部屋を出る。
いたずらに部下を危険に晒し、貴重なパイロットを失った悔恨から、彼の顔は鬼の形相をしていた。

 
 

(彼も不思議な嗅覚を持っていますからね…あまり、シラを切り続けるわけにもいきませんわね)
証拠はなくとも、あの切れ者に疑念を抱かせた事は失敗であった。
それに、あのように憤慨する彼を見るのも…若しかしたら初めてかも知れない。
(部下思いの男とは思っていましたが、デュランダル子飼いの男でも例外は無いということですか、
 律義者というのも、大変ですわね…)

 

ふと、デスクの上に置いている写真立て…
ラクスとキラ、それにアスランとカガリとで撮った、最後の写真が収められているそれの、
フレームの端についているランプが赤く点滅している。
「…内容は聞いていましたね?」
ラクスが『それ』に向かって話しかけると、表示されていた画像がサングラスをかけた男の物に変わる。
「はっ、予定していたほどの成果は上げられなかったようです。申し訳ありません」
「ザフトの優秀さの証明になったとも言えます、損ではありません。
 唯一の戦果がシン・アスカということも、慰めにはなります」
「はっ…バルドフェルト様は、いかがいたしますか?」
「泳がせてください。何でしたら限定的に情報を流しても構いません。
 あの方も表立って私と対立するとは思えませんから、今まで通り、力を貸していただきますわ」
「はっ…では、失礼しました。ラクス様のために」
握り拳を作った右手を左胸に当てる不思議な敬礼をした後、サングラスの男は消えて、再び写真が映る。
今度は、キラ・ヤマトと二人で撮ったものだった。

 

「キラ…今の私のしている事、貴方が見たらどう思うでしょうね…」
自嘲めいた笑みを浮かべながら、ここにはいない、愛しい人を思いながら語りかける。

 

「いえ…貴方がいなくなったから、私、こうして恥知らずなことをしている…
 それでも、私は未来を知ってしまったから…」
独白は執務室という閉鎖空間だけに漂い、そのまま誰にも伝わらずに霧散する。

 

ラクス・クラインの真意は、誰に伝わることも無く…
写真の中の二人だけが、屈託の無い笑顔をラクスに向けていた。

 
 
 
 

「面倒な…この程度のデブリ、突っ切ればいいだろうに」
『船体の修理代も馬鹿にならないんでね。折角作業機械があるんだ、さあお仕事お仕事』
「作業機械じゃない!これは私のモビルスーツだ!ったく…」
真っ赤に塗装された《レイスタ》は漆黒の宇宙によく映える。目立つ機体を操って、
カノンは船の進路上にあるデブリを、その手足でどかしていた。

 

カノンの家である輸送船《ベイハロン》は、ヒラメのような形の白いボディが自慢の…
船長が自慢にしていた船で、足が速いために宇宙の運送業の中でも、
それなりに名の知れた船となっていた。
今日もプラント宛の荷を…地球産の食材や種など、自分達が欲しいくらいの物を運び終えて、
また新たに貨物を積んで地球の衛星軌道に戻るところであった。まったく、忙しいことである。
そして、其処に居候しているカノンという赤毛の少女の取り柄といえば、
モビルスーツの操縦くらいな物で、今日も小間使いのようにデブリを除ける仕事をしている。
仕事を与えられる事に不満があるわけではなく、ケチ臭い船長のお陰で余計な仕事をさせられている、
と感じるのが嫌だった。それでも、モビルスーツで宇宙を泳ぐのはカノンの慰みではあった。
地球にいたときには感じられなかった、開放感と孤独感…何処までも広い宇宙を見せてくれた
船長には、感謝しているつもりだった。

 

「にしたって、細かいデブリ拾うのも大変なんだぞ、っと」
相対速度を合わせつつ、金属片や隕石のかけらみたいな細かいデブリを捕まえては、
背中に背負った大型コンテナに放っていく。
『これはアレだな、運送業が行き詰ったらデブリ回収業でも立ち上げようか。
 最近、また海が汚くなってしょうがない』
「いい案だな、商売になるかどうかは知らんが」
船長の、冗談とも本気とも取れる提案に適当に応じつつ、カノンはデブリを拾い続ける。
「…妙だな、モビルスーツの残骸が多い…戦闘でもあったのか」
今掴んだモビルスーツの腕…恐らくダガー系統のそれは、状態が綺麗だったので確保する、
ジャンク屋に売るといい金になるからだが、流れてくる方向が気になった。
「…何も無い方向だよな?規定航路からもかなり外れているし。船長!何か情報は無いのか?」
『うんにゃ、交戦情報な何にも。モグリか、海賊同士とかじゃないのか?』
運び屋にとって海賊の動向は最も気をつけねばならないことだ、よって、運び屋同士だけではなく、
連合やプラント政府からも、海賊と遭遇した情報は受け取れるのだが。

 

どうにも引っかかるものを感じて、カノンが《レイスタ》のカメラ越しに宙域を見つめているときだった。
「船長、人型が流れてくる…どっちだ?」
大気によるぼやけが無い宇宙では距離感がつかめない。熱源が弱い代物だと、人の形をしているものが
宇宙服なのかモビルスーツなのか、遠目では直ぐに判断を付けられない。
『ホトケ様だったら嫌だねえ…拾う義務ができちゃうし』
「不謹慎な…よかったな、モビルスーツだったぞ。…しかし、酷い改造機だな」
『あー、それ拾ったら帰ってきてくれ、デカブツはいい稼ぎになるからな』

 

カノンは自分の近くまで流れて来た機体をしっかりと確認した。

 

頭と胴体、それと何故か《アッシュ》の鉤爪が付いている右腕しか残っていない、黒いアストレイを…

 
 

(龍宮の守人編 終
銀色の腕の少女、紅い目の少女編に続く)

 
 

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