XXXスレ360 氏_SEED DESTINY AFTER 龍宮の守人編_第15話後編

Last-modified: 2009-08-21 (金) 19:34:24

斬艦刀の対ビームコートがジリジリと焼きついていく。
《ディザストレイ》の武器は右腕一本に残されたビームクロー、テールに仕込まれたビームガンしかない、
それでも、銀色の腕の少女は戦うことをやめようとしない。相手は目の前のダガーだけではない、
本気でサイお兄ちゃんを殺した奴らを皆殺しにするまで、戦い続けるつもりでいた。

 

両手で持ち直した斬艦刀で必死に食い止めるシンの《ダガーⅡ》、
パワー負けを喫する相手じゃないはずなのに…どうして押せない!
「アストレイ…こんなにパワーのある機体じゃ無いはずなのに…!」
怨念、妄執が力になるとでも言うのか?
バカバカしい、そんな漫画みたいなこと、あるわけが無い…しかし事実、片腕でパワー負けしていて、
そのカラクリが解らない。
(やるしか…ないのか?)
コクピットの中にいるのが少女と思えば、殺意も鈍ってしまう。
しかし、シンは黒いアストレイを止めなければならない。気を抜けば殺されるのはこちらだ…
シンは再び、意を決した。

 

《ダガーⅡ》は斬艦刀を手放す。黒いアストレイはバランスを崩されて前につんのめるが、
鋏のような刃で斬艦刀を握りつぶす。
「とった!」
《ダガーⅡ》の左腕に握られていたのは、斬艦刀の柄に仕込まれていた匕首状の得物。
黒いアストレイの不意を付き、それを右わき腹…パワーセルが詰まっている部位に突き立てた。
単分子ワイヤーカッターは鋼が擦れる嫌な音を、シンと銀色の少女に聞かせながらわき腹にぬるりと
差し込まれ…パワーセル用の合成溶液が摩擦熱で爆発を起こす。
黄緑色の特徴ある爆発色を発したのち、黒いアストレイは沈黙した…

 

(パイロットは…死んだか…)
コクピット近くでの爆発だ、パイロットも無事ではすまないだろう。
良くて失神、運が『もっと良ければ』死んでいるだろう。
うんとも言わぬ黒鋼の人形を前に、シンは呆然とする。
ザフトに入隊して3年ちょっと、人死は散々見てきたし、自分でも数多、手に掛けた。
父さん、母さん、マユ…レイ…ステラ…
死んで欲しくなかった。家族や友が、守りたかった女の子が目の前で死んだ。
それとは別種の重たさを、シンは感じてしまった。
(平気なはずだったのにな…クソッ、甘えるな、シン・アスカ)
作戦は継続中のはずだ、気は抜けない。随分と流されてしまったようだし、
ジャミングが抜けきってないのか友軍の位置もわからない。
(早く戻らないと…帰らないと)
黒いアストレイに背を向ける。自分が抱えた重たいものから逃げ出すように、
シンはその場を離れようとする。

 

『痛いよ…お兄ちゃん…死にたくない…』

 

シンは、少女の声を聞いた『気がした』

 
 
 

両腕を潰されバックパックも失い、ボロボロになった《Nインパルス》は漸くザフトが維持していた
戦線まで帰り着くことができた。
『お、シンのじゃじゃ馬娘がご帰還だな』
エルフは、そんなイザークの皮肉めいた言い様にも構っていられなかった。
「頼む!シンを助けてくれ!シン、私を逃がそうとして、アイツと一人で戦って…
 お願いだ!早く行ってやってくれ! 私じゃ無理なんだ、無理だったんだ…」
『お、おい、落ち着け!何があったんだ!ちゃんと話せ馬鹿者!』
『ジュール隊長も落ち着いてください!…アスカ機の反応がキャッチできません。
 強烈なジャミングをかけられている宙域のようです。解析して、ECCMを使います』
「悠長なこと言わないでくれ!本当に危険な奴なんだ。アハトを殺して…シンだって、勝てるかどうか」
『馬鹿な、ヤツをサシで殺れそうなパイロットが、そうゴロゴロいて堪るか』
それこそ、アスランかキラ・ヤマトか、イザーク自身も無論、勝てる自身はあったのだか…
シンの技量は海賊・傭兵風情に遅れを取るものでは無いはずだ。
『相手の機体の特徴を教えてくれませんか?名うての傭兵なら目立つ機体を使うことが多いですから』
ジャミングを解析しつつも、シホはエルフに語りかける。
落ち着いた物言いは少しずつエルフの平静を取り戻してくれた。しかし、
「黒いアストレイで、頭がヘルメットみたくなってて、えっと、右手が鋏になってて…
 その鋏で…アハトが殺されて…」
『もう大丈夫です。すみません、辛い事を思い出させてしまって…』
結局、エルフを悲しませてしまったことをシホ・ハーネンフースは恥じた。

 

塞ぎこんでしまったエルフには《エル・クブレス》に戻ってもらった。
機体も戦力として勘定できぬほどに痛めつけられ、エルフ自身も仲間を殺されて、酷く落ち込んでいたから…
「どうなんだ、シホ。そんな目立つ機体なら目撃例もあるはずだろう?」
「右手が鋏…もしかしたら、以前ホーク機を撃墜した機体かもしれません」
『私がなんですってえ!』
別働隊として狙撃を完了したルナマリアの《ダガーⅡ》とディアッカの《ザク》も、
イザークと交信できる距離まで帰還できた。回線をつないで開口一番でルナマリアは叫んだ。
『あれ?シンいないの?…まさか!』
「今から探しに行くんだ。二人ともこっぴどくやられたようだが、手伝ってもらうぞ」
『Shit!何とでも言いやがれイザーク』
ディアッカの悪態には構わず、イザークは少しだけ思案し、指示をだす。
「二手に分かれるぞ。俺と新兵、ディアッカとホークのツーマンセルでシンを探す。
 シホは通信の連絡とECCMを頼む」
『えええ?何で俺、ルナマリアさんとじゃないんですか?』
不満を漏らしたのは新兵ボーラスだ。イザークに口答えするとは、中々怖いもの知らずじゃないかと、
ディアッカは新兵を評価した。
「お前は損傷機に自分のケツを拭いて貰うのか?
 五体満足なのだから、ワンマンセルにしてやってもいいのだがな」
逆に言えば、多少手足が無くともディアッカとルナマリアならばカバーしあえば、
簡単にはやられないだろうという目算だった。
『失礼しました!全力でジュール隊長殿の後背をカバーさせていただきます!

 

「ルナマリアさんよ?《パトクロス》の新兵って全部あんなのか?」
「んなわけないでしょ。クィンはいい子なのに、ボーラスはどうにもねえ…」
「Great!カワイコちゃんなら紹介してくれよ、クィンって子のほうは」
「はいはい…」
まったくお盛んなことで、とルナマリアは辟易とした。

 
 
 

爆発に身体と脳を揺さぶられ、私は少し、失神していたようだった。
霞む視界の奥に、モニターに映る緑色のモビルスーツが見える。

 

「ころ…さなきゃ…」

 

殆ど無意識に、私の口から言葉が漏れ、左手に握られたスティックを前に倒す。
ああ、そうだ。私は段々と、自分の置かれている状況を把握する。
私はモビルスーツに乗っていて、目の前のモビルスーツを倒すんだった。
緑色のモビルスーツは、私が再起動したことに気が付いたのか、短刀を構えて備える。
私のモビルスーツも右手の鋏を繰り出し、振りかざす。
妙にゆっくりと動くその推移を私は見つめていたが、妙な感覚に気が付く。

 

駄目だ、ここに打ち込んでも、防がれるだけだ。

 

私は右手の義手でモビルスーツを操縦して、『彼』の思惑を少しだけずらした…

 

「な!何だあ!?」
シンは黒いアストレイの動きに驚愕する。
相手の斬撃にあわせて単分子カッターを繰り出して、右手のクローを潰してやろうと目論んでいたのだが、
急に刃の軌道を変えられてスカされた。
姿勢を崩した《ダガーⅡ》を逃がさまいと、《ディザストレイ》はクローを振り下ろす、
その一撃は《ダガーⅡ》の左腕を切断し、胴体部にも食い込もうとする。
シンは慌ててエールパックの推力を全開にし、離脱しようとする。
しかし、その目論見を読まれていたのか、離脱コースにもテールビームガンが撃ちこまれる。
その一撃で後ろからエールパックを貫通され、誘爆で下半分を喪失してしまい、
爆発によって《ダガーⅡ》も吹き飛ばされてしまう。
(馬鹿な!俺の動き、読まれているのか!?)
そうとしか思えない所作だった。追撃せずに、クローを構えたまま立ち止まっている黒いアストレイに、
シンは先程までとは違う、冷たい恐怖を感じた。

 

(集中しろ!シン・アスカ。もう使うことも無いと思ったけど…やるしか!)
意識を研ぎ澄ませ、全身の感覚を鋭くするイメージを思い浮かべると、
シンの意識の中の『何か』が弾けて、覚醒する感覚を得た。
2年前の戦争で幾度と無く経験した感覚。
この力の正体は、シンには解らなかったがそんなことは問題ではない。
解っていることは、この力を使うと酷く疲れることと、パイロットとしての能力が上がること。
反射速度や思考・判断速度が倍化するような感触、
この状態であれば、キラ・ヤマトにだって勝てたのだ。
いわんや、少女のパイロットに負けるはずが無い。

 

そう、思っていた。

 

シンの《ダガーⅡ》は右腰に付けられた最後の武装、ビームサーベルを引き抜く。
残りの推力を全て振り絞り吶喊、斬撃を繰り出す…と見せてそちらは偽攻である、
大振りで体勢を崩したと見せかけて、急速反転、必殺の一撃を、見舞おうと、

 

「嘘だろっ!?」

 

その全てを見抜かれていたかのように、黒いアストレイはサーベルを握る右手をクローで掴む、
そのまま刃をヒート化されて、右手がサーベルごとばらばらのスクラップになる。

 

『わかる…?今、とてもね、不思議な感じなの』

 

「何だ…?喋っている?アンタ、何を言ってるんだ!?」

 

『あなたの事が、全部わかっちゃうの。あなたの中にわたしがいて、わたしの中にあなたがいるの』

 

その一言で、シンも気づく。気づかされてしまう。
少女の声は通信機なんかじゃない、頭の中に直接響いて聞こえる。
少女の息遣い、吐息の匂い、視線を浴びて竦んでしまう感覚。
その全てがシンの中に入り込み、支配される感覚。

 

少女は、俺を、『共有』しているのだと。

 

「やめろ…いやだ…来るな!来るなよお!」

 

『あなたも、可哀想だったのね。だいじなもの、沢山無くして。
 でも、死ねないんだよね。大切な人がいるから。私、わかるんだよ?』

 

「俺の中に…入ってくるなよぉ…」

 

何もかもを少女に覗かれて、暴かれている感覚。理屈は無くて、現象がそれを断定する。
シンは本当に恐怖していた。次第に、少女が目の前にいるようなような感触までして…
コクピットを挟んでいるのに、暗黒の宇宙を挟んでいるのに、
まるで二人の間には何も阻むものが無い感触が…

 

『わたし、あなたのこと、昔から知ってるみたい。何だか不思議…ねえ、あなたはだれ?』

 

「やめろよお!アンタ、誰なんだよ…もうこれ以上、俺に入ってくるな…」

 

『嫌だよ、怯えて欲しくなんか無いのに。あなただって、寂しかったくせに』

 

「勝手なこと言うな!俺は!お前なんかいらない!早くいなくなってくれええ!」

 

『怖くなんか無いよ、わたし、あなたをぎゅってしてあげるから…そうしたら、怖くないよ?』

 

「マユの声でそんなこと言わないでくれえええ!!」

 

「ま…ゆ…?」
意識が急に、現実に呼び戻される感覚。酩酊から醒めた直後のように、頭に鈍痛が走る。
自分の口走ったことを、記憶として覚えているのに、どうして口走ったのか解らない。
「う…ああ…ああ…」
口から呻きしが漏れてこない、
早く、何かしないとという焦りだけは感じて実際どうすればいいのかが解らない。
目の前のモニターに映る黒い人型の機械は何もせず宙に浮いていたが、
その視線がずっと自分を捉えていて、離れないことが怖かった。
離れないと、早くここから逃げないと、
そう思っていると、コクピットの赤色灯が強く光り、耳障りなビーブ音が頭に響く。

 

自分に向かって光芒が二筋延びてくる事を見たのが、シン・アスカが知覚した最後の感覚だった。

 
 
 

「シルバーハンド!《ディザストレイ》!応答してくれ!」
「お兄ちゃん!?サイお兄ちゃんなの?」
「よかった、生きていた…早く逃げるぞ。今から急げば、撤退組に追いつけるはずだ」
サイはダボダボとした宇宙服のまま、慣れないモビルスーツ操縦に苦闘しながら、少女を呼ぶ。
誘爆で消滅寸前の《ニブルヘイム》の格納庫に、破損して帰還していたモビルスーツがあるのは僥倖だった、
右腕右足を失い、応急処置も出来ず関節部がショート寸前の旧式機《ストライクダガー》だったが、
贅沢は言っていられなかった。サイはそれに乗り込み、銀色の腕の少女を探していた。
そして、《ディザストレイ》と対峙していた緑色のダガータイプにビームライフルを撃ち、
沈黙させて今に至る。
一発は胸部の排気口に直撃…恐らく致命傷だろう。
「お兄ちゃん…私…あの人と…」
「今は何も言うな、後で聞いてやるから。…俺も、気になるしな」
「うん…」
その場を去ろうとする二機のモビルスーツ。しかし少女は逃げられない事を悟ってしまう。
新たに二機のザフトのモビルスーツが接近してきた…

 

「貴様らああ!逃がすものか!」
イザークは眼前に見える光景が信じられなかった。
シンのモビルスーツが酷く痛めつけられ、沈黙していることに、
呼びかけても全く反応が無いことに、
何より、シン・アスカが無様にやられたという事に!
「新兵!二機とも排除しろ!」
「無茶言わないで下さいよ!こんな距離じゃ、アスカ隊長の機体に当たりますよ!」
自分の《グフ》の得物では、この距離では届かないから新兵に命じたのだが…
正しくはあるが、臆病である彼にもイザークは憤りを隠せない。
「だったらそいつを寄越せ!俺がやる!」
「わあ!腰引きちぎらないでえ!…って、あれ?通信入ってますよ?敵から?」
「無視しろ!」
「でも秘話通信で、なんでわざわざ…」
新兵ボーラスは海賊の二機のモビルスーツが、自分ではなく《ダガーⅡ》に
ライフルを突きつけている光景を見て、彼らが何を狙っているかを察した。
故に、彼は回線を開いた。開かざるを得なかった、他ならぬ、アスカ隊長のために。
イザーク・ジュールの判断など、待っていられなかった。

 

『聞こえるか、ザフトのパイロット。緑のダガーのパイロットはまだ生きている。
 コイツを殺されたくなかったら俺達を見逃せ』
回線から聞こえたのは若い男の声。妙にしゃがれた声でボーラスに、脅迫めいた要求を伝えた。
「こちらからはバイタルサインが確認できない!ブラフじゃないのか!?」
『俺からは確認できている。かなり微弱だがな…それに、生きていなきゃこんな取引は、最初からしない』

 

ボーラスは悩んだ。下手に動けばアスカ隊長は助からない、
若しかしたらもう既に、戦死したのかもしれない。
海賊がウソを付いていると考えたほうが自然だ、虫が良すぎる…
しかし彼は、アスカ隊長が生きているという可能性を、捨て切れなかった。
ボーラスの《ゲイツR》は腰のレールガン二丁とビームライフルを放棄する。
突然の不可解な行動に、イザークは驚きを隠せなかった。
「貴様何を!」
「…俺がアスカ隊長の安否を確認します。もし隊長が生きてなかったら…俺が撃たれたら、
 そのレールガンで二機とも潰してください」
「馬鹿を言うな!死ぬぞ!」
「アスカ隊長をほっとけるわけ無いじゃないですか!」
ボーラスはイザークの意見を無視して、賊と《ダガーⅡ》の残骸に向かって前進する。
「見えるか、海賊!俺は丸腰だ、撃たないでくれ。今からお前の言うことが、ウソかどうか確認する!」
『…好きにしろ、撃ちはしない』
何故か、海賊の言葉を信用できるかもしれないと思えたボーラスはそのままシンの機体まで近づいた。
海賊は依然、《ダガーⅡ》に銃口を向けているが、俺を撃とうとはしない…
ボーラスはコクピット正面に回り、センサーの感度をを全開にする。
「…気密は正常、パイロットのバイタル…確認…!」
酷く微弱だったが、心拍も呼吸も止まっているわけではないようだった。
しかし隔壁が完全に閉じられアスカ隊長の様子を見ることはできないために、
かえってボーラスの不安を煽った。
《ゲイツR》は優しく《ダガーⅡ》をつかみ、シンの負担にならないようにと、
ゆっくりと加速をかけてその場から離れようとする。
隙だらけの背中を見せるボーラスを、賊は撃とうとはしなかった。
『取引成立だ…もう、二度と会わないことを祈る』
そういい残して、海賊は通信を切り、僚機と共に宙域を去った。
「今度会ったら、絶対に捕まえてやるからな…」
ボーラスは、そう強がるのが精一杯だった。

 
 

「重傷者がくるぞ!搬送スタンばっておけ!…邪魔だからさっさとそこの残骸どかせ!」
ナスカ級《パトクロス》の格納庫が鉄がぶつかる音とスタッフの怒号で満たされていく。
ヴィーノは苛立った声で整備員と甲板員に指示を繰り出す、
シンが酷くやられて戻ってくるというのだ、平静でいられるはずが、無かった。
「シン!シン!返事してよ!」
先に帰還していたルナマリアが金切り声をあげる。呼びかけずには、いられなかった。
ボーラスの《ゲイツR》とイザークの《グフ》に二機がかりで抱えられ、シンの《ダガーⅡ》が帰還する。
鋼鉄の巨人を羽根が地面に付くかのようにソフトに設置させ、すぐさま甲板員と医療班が
《ダガーⅡ》のコクピットに殺到する。
レーザートーチでコクピットをこじ開ける作業を、ルナマリアは黙って見ているしか無かった。

 

コクピットから取り出されたシンの姿を見て、ルナマリアは全身から血が抜けるような感覚を味わった。
ヘルメットにはヒビが入り、どんな表情をしているのか読み取れない、体中に破片が刺さっていて、
特に、とっさに体幹を庇ったのか両手両足がズタズタに引き裂かれている。
赤いパイロットスーツが流血でさらに生々しいぬめりをおびて…
「そんな…シン…駄目だよ…死んじゃだめだよ…」
呻くように言葉を発する。自分が泣いていることにも気づかずに。
手際よく担架に乗せられ、そのまま手術室に運ばれていくシン、
ルナマリアに出来ることはもう、ない。

 

「シン…ごめん…ごめんなさい…」
ルナマリアの横で、黒髪の少女が涙を流している。
《エル・クブレス》まで戻ることが出来なかったのか、《パトクロス》に着陸していたエルフは、
赤い目を腫らして、さらに真っ赤にして泣いている。
そんなエルフに、ルナマリアが近づいていく。訳の分からない衝動に、突き動かされて。

 

「アンタが一人で、突っ込んでいかなきゃ…」
低く重い声に、強い怒気を孕む声が、喉から出てくるのを止められなかった。

 

「シンがアンタを助ける真似をしなかったら!」
怒りに任せて、ルナマリアはエルフの襟元をつかみ、強く引き寄せる。
対するエルフは全くの無抵抗だった。

 

「シンが傷つくことなんて無かったのに!」

 

破裂音にも似た、強く鋭い音が格納庫に鳴り響く、
頬を強打されて、顔も腫らしてエルフの身体が無重力に任せて流れていく。

 

「ごめんなさい…ごめんなさ…うああああああ!!」

 

エルフはただただ、泣くことしか出来なかった。

 

自分が犯した罪の重さに、身が潰されそうになって…

 

其処から何処にも逃げることが出来ず、エルフはただ泣きじゃくった。

 
 

】【】【