XXXIXスレ513 氏_シン・アスカは歩いて行く_第2話

Last-modified: 2011-07-31 (日) 23:54:04
 

 ラクス・クラインは、慈愛の心を持って人々の平和の為に行動する。

 

 例えそれが、彼女にとって聞こえの良いオブラートで隠されたものであったとしても、
人を助けるための行動であると彼女が判断すれば、
それが彼女にとって動く為の動機になりその行為は正義となる。

 その為、先のヤキン戦没において彼女が率いたとされる三隻同盟は、
戦闘を続ける連合・ザフト両軍に対し戦闘行為の中止を訴えながら、
強奪したフリーダムを先頭に多くの戦場へ介入し、悪戯に被害を拡大させた。
この行為は、ユニウス戦役においても同様であり、秘密裏に修復されていたフリーダムと共に
再び戦場へ現れ、戦闘中止を叫びながらの無差別攻撃をまたも両陣営へと行い、
多くの犠牲者を出す事となった。

 

 プラントの歌姫として多くのプラント住民から愛され、
コーディネーターとしては珍しいナチュラルとの融和を唱えていた亡きシーゲル・クラインの
忘れ形見であり、二度の戦争終結に尽力した歌姫の騎士団を率いた聖女と讃えられる彼女であるが、
その一方でプラントのコーディネーターをその容姿と声を使って扇動し、
地上に甚大な被害を出したエイプリル・フール・クライシスを実行に移したシーゲルの血を引き、
二度の戦争において、連合・ザフト両陣営に対して無差別攻撃を仕掛けたテロリストの旗頭、と
彼女が率いたとされる集団の被害にあった者たちからは、憎しみを持って全く逆の評価を受けている。
 英雄も見方が違えば虐殺者となるように、彼女の行動に対しての見解は見る者によって
大きく違ってくるが、彼女を神輿として担ぎ上げている信奉者達は、彼女の眼に、耳に
そのような現実が入らないよう徹底し、自分達にとって都合の良い結果だけを伝え続けた。
神輿は綺麗であってこそ神輿としての価値があるのだから、
余計な情報を教えて彼女を動揺させる必要も無いのだ。

 

 このような隠蔽工作は彼女が歌姫として活躍していた時代から続いており、
父であるシーゲル・クラインも、娘の歌による影響力を自らの政治の為に
大いに利用していたと言われている。

 しかし、彼女にとってはそのような自らへの世間の評価も周りの大人達の思惑も大した事ではなかった。
何故なら、困難に憂いている人々を助けるという行為は彼女にとっては当然の事であり、
自分の影響力を周りが利用する事もプラントが平和になる為、
ひいては世界の平和の為になると信じているからだ。

 その過程で、他方面からの恨みを買う事になったとしても、
それさえも自らに課せられた責務であると捉え、ある意味で殉教者のように自己犠牲も厭わず、
人々の為に尽くすつもりでいる。

 
 

 そんな彼女の目に、裁判中のシン・アスカはどう映っただろうか。

 

 前大戦時のオーブ戦において戦災孤児となり、
プラントへ移住した後その新たな故郷を守る為にザフトへ入隊し、
戦場においては獅子奮迅の活躍を見せ、敵軍の実験体の兵士を助けようと
自らの危険も顧みず手を差し伸べる優しさも持つ。
 
 アスラン脱走の際にも悩み苦しみながら任務を遂行し、
最後はそのアスランと正面からぶつかり合ってお互いを理解した。
若さゆえの感情の起因が激しく直情的なところはあるが、
裏を返せば非常に情熱的であり他者への労わりの心を持った
エースパイロットというプレッシャーをも自らの力にし活躍した素晴らしい逸材であるとも言える。

 

 彼女は見つけてしまった。
自らの全身全霊を持ってその傷付いた心と体を癒してあげたいと感じる対象を。
はっきり言ってしまえば、シンの境遇は彼女の庇護欲を、母性本能を
ドストライクで掻き立ててしまったのだ。

 
 

「では、シン・アスカの監督官を誰にするかですが、これは私が務めさせていただきますわ」

 

 裁判後、シンの監督官任命の為に召集された会議の冒頭でのラクスの発言は
クライン派の議員たちを大いに慌てさせた。
何しろ、これからは平和をもたらした正義の象徴として彼女を評議会議長へと祭り上げ、
自分たちに有利な議会運営を目論んでいた矢先にこの発言である。
当然、議員たちはラクスを止めるためにあらゆる手を使って説得を試みたが、どんなに言葉を飾っても
直接自らの目と耳ででシンの事を見聞きしてしまった彼女の意志を変える事は出来なかった。

 結局、クレーター上空に監視衛星を配備する事と定期的にストライク・フリーダムが巡回する事を条件に
彼女が『シン・アスカ矯正監督指導員』としてシンの元へ向かう事が決まった。

 

 この結果に心の中でガッツポーズを取っていたのは、
アスラン・ザラとアンドリュー・バルトフェルドであった。
アスランは、クライン派の議員たちが彼女を議長に担ぎ上げて神輿にしようと企んでいる事は
ある程度予測していた。
バルトフェルドにとっても、彼女を議長の席という玉座に座らせて神輿にしようとする気は元々無く、
アスランからの提案は、彼女を自分達という籠の中から出す絶好の機会だと判断しこの計画に協力した。

 そして、彼女の性格をよく知っているアスランは彼女をシンの裁判へと連れ出しその興味の方向を、
傷付きながらも戦い抜き、これから前を向いて歩きだそうとしている彼女好みの好青年へと
向けさせる事に成功した。

 

 こうして、彼女はまんまと二人の思惑通りに
シン・アスカという男の存在にドップリとハマり込んでしまった。

 

 知らぬが仏とはいえ、当のシンからしてみればいい迷惑である。

 

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 あの後、俺が持ってきたシャンプーを満足気に受け取り、その後40分も風呂に入っていたラクスは、

 

「シン、今日のお昼は何ですか?」

 

 開口一番、そんな素敵な台詞を俺にはいてくれた。

 

「風呂上りの一言目がそれですか。
 まあ、あんたに台所任せたらロクな事にならないのは分かり切ってますけど、
 多少は手伝ってくれてもいいんじゃないですか、皿並べるとかさ」

「そんな事言って、私が包丁使おうとすると全力で取り上げるじゃないですの」

「そりゃそうでしょ。一発目で手の甲ザックリ切るような人に刃物持たせる訳ないじゃないですか。
 というか、どんだけ不器用なんですかあんたは」

「だって今まで料理なんてやった事がなかったんですもの。
 後シン、何度も言っていますが“あんた”という呼び方はよくありませんよ。
 ちゃんと名前で呼んで下さいまし」

「はいはい」

 

 ラクスが監督指導員として俺のところに押し掛けてきてから、早3ヶ月が経った。
初めの頃は、俺にとっての敵であるフリーダムに感する事に大きく関係していた彼女を敵視はしていたが、
一緒に生活しながらラクス・クラインという人間が分かってくると、俺の中の感情も大きく変わってきた。

 

 ラクス・クラインは純粋なのだ。それも、一点の曇りもなくただ真っ直ぐに己の信念を貫き通すほどに。
最初は善意の押し売りにしか見えなかった俺に対する行動も、純粋に俺の事を心配して行っているだけで、
そこに下心や打算は一切ない。
ただ純粋に、戦争で傷付いたシン・アスカの心を癒したいという一心で俺に接してくる。

 

 俺自身、そんな彼女の一生懸命さに触れていくうちに、まあこんな生活も悪くはないと思い始めていた。
一時期は、これがクライン派の奴らが欲していた彼女の人心掌握術なのかとも考えたが、
今やしがない解体業者の俺一人を籠絡した所で、彼女にとって大したメリットにもならないだろうし、
普段の彼女を見ていると、そんな考えも失せてくる。

 

 其れほどまでに、ラクス・クラインは一直線でひたむきで少しおっちょこちょいな女性なのだ。

 

「とはいえ、必要最低限の事しか出来ないポンコツっぷりはどうにかして欲しいけど、
 当分は無理そうだなぁ。
 まあ、一人で居るよりかは確かに悪くはないけどな。誰かと一緒に生活するってのは」

 

「シン、どうしました?」

「いや、ラクスさんももう少し自分の事は自分で出来るようになって欲しいなと思いましてね。
 このままじゃ、誰も嫁に貰ってくれなくなりますよ」

「あらまあ。でも、その時はシンに養ってもらいますから問題ありませんわ」

「ツッコめよ!こっちがボケてるのに、素で返されると対応に困るわ!!」

「まあ、突っ込むだなんて。シン、はしたないですよ」
「そんな反応されるともう何も言えないじゃないか・・・もういいです、座ってて下さい」

 

 そんなこんなで、『シン・アスカ矯正監督指導員』ラクス・クラインと
 俺シン・アスカの日常は大体いつもこんな感じで過ぎていく。

 
 

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