Z-Seed_ ◆1ITb1290kc氏_第07話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 13:05:11

「・・・・・・はぁ、眠い・・・。」

ミネルバのデッキの上でシンは手すりに寄りかかるようにして空を見上げ、潮風を感じながらあくびをひとつする。
現在ミネルバは進路をオーブに向け、オーブが見えてきたところだ。議長とカガリをオーブへ送るため、そして物資の補給や艦の修理のためだ。
ユニウスセブンを粉砕するためにではあったが、ミネルバは地球に降りてしまい議長とカガリは輸送船に乗り換える時間はなかったからだ。
地球に下りてきてからは今のところ連合と顔を合わせることなく順調だった。
その理由の一つとして、ユニウスセブン落下のニュースが全世界で報じられミネルバがユニウスを粉砕して落下を防いだことで名前を知られたからだろう。
そしてそれから既に数日が過ぎており、世論もあり連合はミネルバに手を出せずにいた。これはミネルバクルーにとっても嬉しい誤算だった。
各地で多少の被害が出たものの死傷者が出なかったこと、当初予測されていた地球崩壊のシナリオは避けることができたことは地球側、プラント側にとっても幸いであった。
警戒態勢を敷いてはいるが、ここに至るまでを思い返すととても楽なものだと思える。

しかし、ミネルバでは新しい問題が起きている。それは・・・・

「・・・地球か・・・久しぶりだな・・・」

(のんきだなこの人、自分の状況わかってるのか?)

シンの数メートル隣には同じく赤服を着ている青年がいる。カミーユ・ビダンだ。
なぜ、彼が赤服を着ているのか、そしてここに至るまでの経緯を説明しなくてはならないだろう。

第七話「それぞれの迷い」

時は遡る事3日前、地球に降下したミネルバはオーブ行政府に連絡して向かっていた。
ブリーフィングルームには議長、艦長のタリアをはじめとした何人かのミネルバのクルーそして、カガリとアスランも呼ばれておりカミーユの姿もあった。

「信じられん、本当なのかねその話は?」

さすがのデュランダルもカミーユの話を聞いて驚きを隠せない。もちろん、信じているわけではないがそれにしてはよく話ができている。

「この状況でウソを言って、とても僕の得になるとは思えないんですけど・・・・・・」

Zのパイロット、カミーユ・ビダンは少し怪訝な顔を周りの人間に向ける。
ミネルバの面々はほとんどが固まって、理解できないような困ったような表情をしている。
シンも特別なものをはじめて会ったときから感じていたが、こうもはっきりと示されるとは思っていなかったのでどう反応すべきか迷った。
しかし、彼の話が本当ならば謎のMS”Zガンダム”、そして彼の存在も府に落ちるというものだったが、
この場合順序が逆で、彼とZガンダムの存在が彼の話にリアリティを持たせており、事実であることを何よりも証明している。

整理するとこうだ。彼、カミーユ・ビダンはコロニー、グリーンノア1の学生であり地球連邦軍のエリート集団ティターンズのメンバーとひと悶着あった。
その後、カミーユは成り行きでMSを盗むはめになり、挙句に反地球連邦組織エゥーゴの一員でパイロットとして戦うことになった。
そして、ティターンズや新たな勢力アクシズとの三つ巴の戦いになりグリプス宙域で最終決戦を迎えた。
コロニーレーザーなる兵器でティターンズの艦隊を壊滅に追いやり、カミーユはニュータイプであるパプテマス・シロッコが操るMSジ・オを撃破し、気付いたらこの世界にいた。

彼の話の中には、聞きなれない言葉がたくさんあった。地球連邦軍やティターンズ、エゥーゴ、ニュータイプ、など挙げればきりがない。
年号も、コズミックイラでなく宇宙世紀だという。カミーユ以外の全員が驚きのあまり、何を言ったらいいのか分からなかった。

「しかし、こんな話信じられませんよ艦長!連合のスパイかも知れないんですよ!!」
「落ち着きなさい、アーサー。彼の話がウソだとしても、それは自分に疑いの目を向けるだけでなんの得にもならないのよ。」

熱くなるアーサーを抑えるタリア。タリアの言うことはもっともでカミーユもそれに合わせてうなずく。

「信じられないな・・・彼がそんな戦いを潜り抜けてきたなんて」
「だけど、アスラン。アイツの操縦の腕は確かなんだろう?」
「それは確かだが、いささか話が飛躍してる。別世界から来た人間だなんて・・・!」

アスランは自分の言ってる矛盾で混乱しそうになるが、自分を落ち着けようと深呼吸する。

「だが、それにしても興味深い話だな・・・その話。」

デュランダルは彼の顔を真剣なまなざしで見据え、素直な感想を述べる。
今度は、カミーユがタイミングを計って質問をする。

「あの、ザフトとか連合とかナチュラルとかコーディネイターとかって一体何なんです?よく分からない単語なんで教えてもらえると助かるんですけど・・・」

カミーユの一言で全員が沈黙する。しばらくの間があってからルナマリアが目をこすりながら言う。

「私、疲れてるのかなぁ。ちょっと休んだほうが良いかな?レイ?」
「ルナマリア、気持ちは分かるが、現実逃避はよせ。もっとも、話が本当かは分からないが・・・」

レイも珍しく自信がないのか語尾が小さくなる。

「俺はこの人の話は、本当だと思います。」
『俺もシンと同意見ですぜ。それで、裏づけとまではいかないんですが、機体の調査結果の説明をしてもいいですかい・・・?』

皆が思ったことを口に出す中でシンが、ぼそりと言った一言で全員の視線がカミーユからシンへと移る。
映像に映るメカニックのマッドもシンの言葉に同意する。続けて、Zの調査の報告を始める。

『まぁ、本人がいるからそっちのほうに説明してもらったほうが早いんですがね、とりあえず現段階での説明をします。』

モニターのマッドはカミーユのほうをチラッと見てから手に持った報告書を読み上げる。場にいる全員がモニターのマッドに注目する。

『まず、動力なんですがね核動力なんですよ。しかも、核融合炉ってシロモノです。核融合炉を使ってるMSなんて分かったときは驚きましたよ。』
「か、核融合炉ですって!!?まさか!!?」

再びざわつき始める室内。カミーユが再び口を開く。

「僕にはMSがバッテリーで動いてるって事のほうがびっくりなんですけど・・・」
『核の使用が条約で禁止されてるからな、他の動力でで動かすことを考えた結果だ。』
「そうなんですか・・・同じMSでも全然違いますね。」

当の本人であるカミーユはどこか他人事のようにあっさりと話を受け入れるのに対して、全員が驚く。
ルナマリアがシンに耳打ちしてくる。

「ねぇ、核動力が凄いっていうのは知ってるけど、核融合炉ってそんなに凄いの?」
「俺に聞くより、レイに聞いたほうが早いんじゃないか?」

シンはレイに目配せすると、レイはため息をつきながら説明する。

「まず、現在核動力で知られているのは2年前のヤキンで知られているフリーダムやジャスティスだ。これについては知っているな。
この二機は核分裂炉が使われていることは知っているな?説明するまでもないが、Nジャマーの影響で本来地球圏では稼動できない。
だが、ザフトがNジャマーキャンセラーの開発に成功したことで核動力のMSの開発に成功している。
バッテリータイプとの大きな違いとして無制限の電力供給があり、PS装甲の常時展開、高出力ビーム兵器の連続使用、攻撃面、防御面でも圧倒的な性能差がある。
対して、核融合炉はNジャマーの影響を受けないうえに、核分裂炉よりも強力な動力源だ。しかし、核融合炉の実用化と小型化にはまだ成功はしていない。」

レイはひと通り説明して、二人はそれを真面目に聞こうとしてはいたが理解できてないのか固まっているのを見て一言付け加えた。

「・・・・・・二人とも、もう一度勉強し直したほうが良い。」
「不覚ながら、そう思うよ・・・・・・」
「あたしってシンと同レベル・・・・・・」

二人は自分達の理解力のなさに俯く。マッドが咳払いをして再び口を開く。

『説明、続けてもいいですかね?』
「ごめんなさい、マッド。続けて頂戴。」
『核融合炉については、今レイが説明したまんまなんで省きます。他になんですがね、フレームと装甲が別になっていて更に変形機構を持ってます。
これは、そこのボーズに説明してもらったのと実際に調べたことで分かったことですが、なんでもムーバブルフレームってのを採用してるようです。
このフレームのおかげで回収時のウェーブライダー形態に変形できるようです。フレームの素材もまったく違いますね。
似たような技術はこちらのMSでも使用してますが、とてもじゃないですが比になりませんね。Zのほうが現在ある技術よりも格段に上ですよ。
ただ、メカニック泣かせなのが試作機なためか非常に複雑な設計なんで整備性は最悪なんですよ。』

マッドは説明しつつ最後の言葉は困ったような口調で続ける。

『そして、装甲ですがこれも化け物じみてましてね。見たこともない材質でできてます。強度はもう言うまでもなく現在発見されている材質より上なんですが、
重量も約半分くらい軽いんですよ。そのためZの本体重量だけならインパルスの本体重量の半分以下でこの強度を実現しているんです。
コックピットは球形の全天周囲モニターで脱出ポッドも兼ねて、シートはリニアシートといって座席後部からアームで支えられるようにして浮かせて作られていて、
衝撃を緩和させることができます。手元の資料にその写真が載ってますんで確認しといて下さい。』

ブリーフィングルームのカミーユ以外が配られていた資料の写真を見る。

「凄いな・・・全天周囲って・・・・・・」
「いくら連合でもここまでできるとは思えんな。それにしたとしても、これほどの技術が漏洩しないなど・・・」
「これを見せられたら、信じない理由が見つからないな・・・・・・」

ここまで説明されると流石に誰も反論しようとしない、ここにいる彼の存在がデタラメならばこのZという機体もデタラメだ。
だが、そのデタラメが実際に目の前にいて現実なのだから否定のしようもない。

『まぁ、あと決定打があるとしたらアレくらいかもしれませんね。』
「アレ・・・?マッド、説明して頂戴。」

タリアをはじめ全員が食いつくようにしてモニターのほうへ再び注目すると、マッドは少しニヤついてもったいぶるようにして続けた。

『それはですね、そのZって機体の戦闘データですかね。恐らくそれが一番の証拠になるんじゃないですか?』

議長が興味深いといったような表情でマッドにたずねる。

「ほぅ・・・その戦闘データは見れるのかね?」

周りの人間もそれを期待してか息を呑む。

『この機体の中へ入れば見れます、なにせ全天周囲なんでここのスクリーンには映せないんですよ。』
「では、後で案内してくれるかね?是非、この目で見ておきたい。」
『別に構いませんよ。もちろんそこのボーズが良いって言えばですがね。』

再びカミーユへ視線が集まる。シンは既に戦闘データを見たのでそこまでではなかったが細部まで見てみたいと思ったので場に合わせる。

「僕は構いませんよ、それで僕への疑いが晴れるならそれに越したことはないですから。」
『すまねぇな、後でこの機体の詳細を教えてもらえると助かるんだが・・・』
「僕も手伝いますよ。・・・あ、もちろん、皆さんが許可してくれればですけど。MSデッキですから軍の機密とかもあるでしょうし・・・」

カミーユは、マッドに応えるも周りを気にして言葉を付け加える。
しかし、即答に近い速さでデュランダルはカミーユに応える。

「私は構わんよ、今のところ説明を聞いて信じない理由が見当たらないのでね。少なくとも今の段階では君の事を信じてもいいだろう。」
「議長!!?」
「私も許可します。もし何かあってもこの状況ならば対処できますから。この意味、分かってるわね?」
「艦長まで!!」
「ええ、もし信用できなければ警備の兵でも監視カメラでもつけてもらって構いません。今は信じてもらうことが先ですから。」

周りがざわつくものの議長と艦長が確かに物的証拠をつきつけられたため認めるしかなかったが、それでもこうも簡単に認めてしまったことに驚きを隠せない面々。
とりあえず、カミーユはひとまず自分のことを信じてもらえそうな流れになりほっとする。
だが、聞いておかなければならない問題も残っているのでたずねる。

「それで、あの、僕はこれからどうすればいいですか?なにぶんこの世界について知識がないので、頼るべき相手も分からないんです。」
「そうだな・・・・・・確かにこのままにはしておけない問題だな。・・・・・・この艦に乗ってみるかね?もちろん、君さえよければだが。」

カミーユのことを認めた直後もあり、再び驚愕する面々。しかし、カガリがここで食って掛かる。

「お言葉だが、議長、それはあまり私達にとって喜ばしいことではないな。
私達も何かの縁があってこの場にいるのだ、その気になれば彼をオーブでも受け入れる手続きを取ることは難しいことではない。
彼の存在はまだ、現段階では何とも言いがたいが世界にこのことが知られれば、影響を与える可能性は十分有り得る。
その存在が世界にどのような力を働きかけるのか、見極めるべきではないか?」

デュランダルはあくまで冷静にカガリに応える。

「確かに、姫の仰るとおりです。しかし、私も何も無理に艦に乗せようというわけではありません。あくまで彼の意思を尊重したいのです。
その結果、彼がオーブにとどまることを望んでもそれはそれで彼の意思ですから、止めるつもりはありません。
しかし、MSに関しては我々が回収したこともあるので調査が完了するまでは彼に返還することはできませんがね。
とにかく、ミネルバも物資の補給や修理が必要です。数日は滞在することになりますからその間に短いですが彼に考えていただくことにしましょう。
そういうことならば、姫もよろしいでしょうか?」
「いいだろう、最終的な判断はあくまで彼に任せるということならば問題はない。しかし、それまでの間はどうするのだ?
ここにいる人間はいいとしても、たった数日とはいえ他のクルーが不審がって黙ってはいないだろう。」
「それに関してですが、私に案があります。彼は、MSのテストパイロットで極秘任務で新型機の演習中に事故で漂流をしていたということにしておきます。
もちろん、オーブに着くまでの数日ですが、それならば周りの目もそれほど気にならないでしょう。そろそろクルーも普通ではないことに気付き始めています。
ここで対策を講じておかないとクルーの不信感も高まります。それは、私も艦長として見過ごすわけにはいきません。」
「君がそこまで、考えてくれていたことは感謝する。ならば、この件に関してはオーブに着くまでの間君に一任する。いいですね、アスハ代表?」
「ああ、この艦での対応は艦長に任せる。今しばらく、オーブまで頼んだぞ艦長。」

(なんだが、大事になってきたな。とりあえずはなんとかなりそうだけど・・・どうするか・・・)

カミーユはここに来て自分の存在がこの世界において大きなものになりつつあるのを感じ始めて、戸惑った。

「ではカミーユ君、その時までじっくりと考えておいてくれたまえ。」
「オーブに着くまで、空いてる個室を使ってもらってかまわないわ。艦内を歩き回ってもかまわないけど、監視がつくことは忘れないで頂戴。」
「ありがとうございます。」
「この件については、ここにいる人間だけが知っていることだ。各員、くれぐれも内密にしてくれたまえ。それでは・・・」

デュランダルが席から立ち上がると、ミネルバクルーが敬礼をしてカミーユの事情聴取を終了した。
カミーユは空いてる個室に案内され、警備の兵から赤い軍服を受け取りベッドに倒れこむ。
この短時間で自分はいささかこの世界に干渉しすぎた。もちろん、未曾有の大惨事を防ぐことができたから結果オーライではあるものの、
カミーユは先ほどの事情聴取のときにも思った自分の行動をこれからは、より慎重に決定しなければならないと改めて認識する。
本来ならば、この世界の住人ではない自分が干渉すべきではないのかもしれないが、何かの縁でこうしてこの世界にいる。
なら、元の世界に戻れるまで自分にできることを精一杯やるだけだと心に決めたのだ。その意思に偽りはない。
そんなことを考えていていつの間にかカミーユは眠ってしまった。

その後数日は、カミーユがこの世界の知識を勉強しておきたいとの要望により部屋にこもってこの世界の常識について学んでいた。
下手に出歩いて知らない人間に、話題を振られて不審がられるのを防ぐためのカミーユなりの考えだった。
一方、シンは食堂で射撃訓練を終えて、一休みしていた。アスランが一人で食堂に入ってくる。

「席、空いてるか?」
「ああ、どうぞ。」

シンはアスランががらんとした食堂なのにわざわざ自分の前に座ってきたのが良く分からなかった。

「君は、彼のことをどう思う?」
「彼って、あのカミーユって人ですか?」
「ああ、そうだ。」

唐突にカミーユについてどう思うかと聞かれて、少しの間考える。

「さぁ、よく分かりませんね。悪い人じゃなさそうだとは思いますけど。それに・・・」
「それに?」
「なんだか分からないんですけど、他人事じゃないような気がするんです。あの機体を回収したときにも何か特別なものを感じましたし。」

回収したとき、その後にも何度かあの声を聞いたときの感覚を思い出す。

「特別なもの?」
「自分でも良く分からないんでなんとも言いようがないんでなんともいえませんけどね。」
「そうか・・・彼はザフトにいくのか、それともオーブに来るのか・・・どうするんだろうな・・・」

アスランはどこか遠くを見るような目で、ボソリと呟く。

「さぁ、あの人が決めることですからね。なら、アスランさんはどうしてオーブにいったんですか?ザフトだったんでしょう?」

シンの質問が来ることを予測していなかったアスランは少し顔を逸らすようにしてから答える。

「俺は・・・俺は・・・・・・戦うことが怖かったのかもしれないな・・・だから、こうしてオーブにいるのかもしれない。
でも、ユニウスセブンであのジンのパイロットが言った言葉・・・あれでそう思った。君も聞いただろう?」
「ええ、なんとなくですけど。パトリック・ザラのとった道がコーディネイターの取るべき道だとかって言ってましたね。」
「俺はこの2年間オーブで平和のために力を尽くしてきたつもりだった。2年前に父がしたことを恐れ、後ろ指差されることが怖かったのかもしれない。
それであのパイロットの言葉を聴いたとき、俺は平和のために戦ってたんじゃなくて、父の幻影に囚われる事を恐れるあまり、
目の前で大勢の人が死んでいく事実からさえも耐えられずに逃げていたんだって気付いたんだ。
だから、今度は今何が世界で起きようとしているのか、知らなければならないと思っている。きっと、自ら再び戦わなければならない時が来るだろう。
そのとき果たして、俺は戦えるんだろうか。そんなことを考えていた。・・・・・・すまない、答えになってないな。」

アスランは、自嘲気味に話して買ったコーヒーに口をつける。
シンは何も言えなかった。あの、ヤキンを戦い生き抜いてきた英雄がこの2年間もしかしたら無意識のうちに罪の意識にさいなまれていたのではないかと思った。
話を終えたアスランの表情は一瞬、とても20に満たない青年の顔とは思えないような哀しい顔をしていた。
自分も2年前、オーブで家族を亡くしたときも自分に力がないことが罪だと思っていた。そのために、今こうしてザフトにいる。
けれどもそのときの罪の意識はあの日から一度も途絶えたことはなかった。きっと彼もそうなのだろうと思った。
彼は戦いに勝利したけれど、自分には敗北してしまったのだろう。それが、この青年を苦しめているのかもしれない。
しかし、シンにはアスランにかけるべき言葉を知らない。この2年間、復讐心と罪の意識から戦うことばかり学んでいた自分にはどうしたらいいのか分からない。

「君も、オーブで家族を亡くしたんだったな。すまない・・・空気を重くしてしまったな。」

確かに、オーブ、とくにアスハはシンにとって憎む相手でしかなかった。
けれども家族と共に暮らしてきた思い出がそこにはあることは忘れたわけではなかった。
ユニウスで聞こえた妹の声、本当は憎むべき相手が違うことは分かっていない訳じゃなかった。
それでもやり場のない怒りを家族を守ってくれなかったオーブという国に向けることで、家族が死んだという事実から逃げようとしていたのだ。
頭ではずっと分かっていた、しかしそんな簡単に心は受け入れてはくれない。その事実を受け入れるのに2年という時間はあまりにも短すぎた。
彼には答えを出すこともできなければ、答えを出すために方法をこれから探そうという状況なのだ。
他人の痛みを聞いてやることはできても、それを背負ってやることもできなければそれにどう対処すべきか助言もできない。
またしても自分の無力さを痛感して、拳を強く握り締めていたのだった。シンは我に返り、その場を取り繕おうと立ち上がってしゃべる。

「いえ、いいんです。俺が質問したんですから。では、俺はこれで・・・」

シンは食堂を後にして息苦しさを覚えて深く息を吐き、外の空気を吸いたくなりデッキへ出る。
太陽で煌いている海面、渡り鳥の群れが見え、潮風が通り抜けていく。デッキには既に先客がいた。
赤服を纏ったカミーユ・ビダンだった。目を閉じて、手すりに寄りかかっている。
地球の空気を直に吸ったのは恐らくユニウスで地球に降りてから初めてかもれないとシンは思い返した。
カミーユはこちらに気付いて、声をかけてくる。

「君は・・・シン・アスカ君?」
「シンで良いですよ。カミーユさん。」

しばらくの沈黙。カミーユが再び口を開く。

「君は、地球生まれかい?」
「ええ、2年前までオーブで家族と一緒に暮らしてました・・・カミーユさんも地球生まれですか?」
「ああ、生まれはね。だけど、親が軍の技術士官でねコロニー暮らしさ。もっとも、その両親も死んでしまったけど。」

シンは再び、余計なことを聞いてしまったと思った。

「すみません。」
「いや、いいんだ。それに家族を戦争で亡くしてるのは僕だけじゃないし、君もそうなんだろ?なんとなくだけど話は聞いたよ。」
「オーブは自国の領土を戦場にして、家族を奪っていんだ!理念だかなんだか知らないけど、そのせいで大勢の人が死んだんだ!」

オーブの話になり、シンは感情を高ぶらせる。カミーユは話題を振ったことを謝る。

「すみません、オーブの話になるとどうしても我慢できなくて・・・・・・」

果たして、自分は何のために力を望んだのか。オーブという国へ、家族を奪ったMSフリーダムへの復讐心なのか。
それとも自分と同じような人間が増えるのを目の当たりにするのが怖くて逃げ出したからなのか。
本当はオーブという国が間違っていなかったことをアスハ自身の言葉で証明して欲しい気持ちからだったのか。
考えれば考えるほどよく分からなくなっていく。自分は何をどうしたかったのか。

そして、また沈黙。しかし、気まずい空気にはならなかった。カミーユもそこまで気にしていないのだろう。
どこか懐かしむような目で水平線を見ている。初めて会ったときから感じていたが彼はとても不思議な存在だった。
もちろん、カミーユが異世界から来たからとかそういう理由ではなくすべてを受け入れてしまうようなオーラのようなものを感じたからだ。
それがどこか心地よく感じられ、心を落ち着かせる。手すりに寄りかかり潮風と日の光が眠気を誘う。

「・・・・・・はぁ、眠い・・・」
「・・・地球か・・・久しぶりだな・・・・・・」

今は、まだ分からなくてもいい。今自分にできること、それを精一杯こなすことで答えに近づけるはず。マユとの約束が守れる頃には答えは出ているだろうか。
眼前に迫ったオーブ。2年という時間は今の自分には短いものかもしれない。けれども2年が無駄でなかったことを信じたかった。
カミーユもあと数日後には、果たしてどちらに自分がいるのだろうかと考えながらオーブを見つめていた。
それぞれに突きつけられた決断の時は、彼らを待つことなくもう目の前にまで来ていたのだった。

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