Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第18話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:36:57

クレタ島沖での戦いはミネルバに大きなダメージを負わせた。
ミネルバは船体を見事にやられ、ルナマリアは負傷、そしてアスランの戦死……何とか回収
できたセイバーのコックピットには損傷が無かったが、そこにアスランの姿は無かった。
残されていたのはバイザーの割れたヘルメットのみであった。
状況を考えればそのまま海へ投げ出されたのだろうが、周囲を探索してみても見つから
ない。例え発見できても、生きている確率は絶望的に低いだろうというのが大方の見解
だった。
 
「……」
「カミーユ…あんた、何で助けなかったんだよ…何で……」
「シン……」
「唯一アイツと互角に渡り合えるあんたが付いていながら、どうしてあの人を死なせたん
だ!?これじゃあルナが……!」
「っ……」
 
アスランの死に動揺するシンは激しくカミーユに詰め寄り、珍しく目に涙を浮かべていた。
あれだけアスランに敵意を見せていたシンの思わぬ動揺ぶりにカミーユは戸惑う。
共に戦ってきた仲間の戦死に、カミーユの精神は再び揺らぎ始める……
 
「何であの人を死なせたっ!?」
「よせ、シン。」
 
少し遠くから聞こえてきた声に、二人は振り向く。
医者に車椅子を押されてハイネがデッキにやって来た。
 
「戦場での死に責任は無い。それでもあるとすれば自分にあるんだ。カミーユを責めた所で
アイツは戻ってきやしない」
「でも…それじゃあ、余りにも……!」
「戦争をしていればいつかこんな日が来る。それがアスランにとって…」
「何だよそれ!?そんなんで納得しろって言うのか、あんたらはそれで納得できるって言う
のか!?俺は納得できない…だってそうだろ!?今まで一緒に戦ってきた仲間なんだぞ、
もっと他に感じる事があるだろ!」
「そんな事はお前に言われなくとも分かってる!」
 
激昂するシンにハイネは大声で言い返す。普段軽口しか叩かないハイネの剣幕にシンは押される。

「俺だって信じたくないさ!だって俺はアイツの上司だぞ、先輩だぞ!」
「ハ…ハイネ……」
「それなのに俺はその場に出る事が出来なかった!ああ、悔しいさ!自分より先に部下が
死んじまったんだからな!」
 
限りある動きでハイネは無念を表現する。ハイネの口から悔しさが紡がれる。
 
「全く…無様だぜ俺は……!フェイスだなんて気取って見せたところで仲間の一人すら
守れない……!」
「……」
「俺な…言ったんだよ、アスランに……何があってもこの艦に戻って来いって…皆仲間だか
らって……アイツ、必ず戻るって約束したんだぜ?なのに……」
 
ここまで話すとハイネは言葉に詰まる。
シンはそこで初めて気付いた。
アスランの死が誰にも納得できていない事、でもこのままじゃ戦えない事……頭で分かって
いても心で理解できない事もある。
それでも何か理由を付けて気持ちを誤魔化さないと先に進めないのだ。
 
「……カミーユ…ゴメン……」
 
カミーユの方へ向き、驚くほど素直に謝罪の言葉がシンの口から出て来る。
ここ最近色々思い悩んでいたシンは素直に感情を表現する事の重要性に少しづつ気付いて
いた。しかし……
 
「シン…俺は……」
「頼む、今の話は聞かなかった事にしてくれ!俺が…悪かったから……カミーユだって納得
しちゃいないってこと分かったから……!」
「でも…俺はお前の言う通り、アスランを見殺しにしたんだ……」
「分かってるから、俺…あんたのせいじゃないって分かってるから!だからそんなに思い
つめないでくれ!」
 
苦しい表情を浮かべるカミーユが今にも消えてしまいそうにシンには見えた。
儚げなカミーユの存在感が消えてしまわないようにシンがカミーユを励ます。
 
「……」
 
その時、湧き上がるシンの感情はこれまで尖っていたその性格から余りにもかけ離れている
事にカミーユは気付いた。それは人間として良い方向への転換、素直な気持ちを伝えられる
ようになった証拠である。
しかし、それがシンに限っては表裏一体の諸刃の剣にも成り得る。

人より過敏な神経を持つシンにとってそれが何よりも危険な事であった。
過敏な神経を持つということはそれだけ脆いという事も示している。シンの激しい気性は、
それを隠すために、あたかもハリネズミの如く尖っていたせいだったかもしれない。
しかし、その棘が削ぎ落とされつつある今、無防備なシンの心は晒されすぎていた。
脆い心は触れられれば壊れる。感受性が人一倍強いカミーユとシンは似ているのだ。
 
「シン、分かったからお前は休養を取るんだ。俺なら大丈夫だ…仲間を失うのはこれが初め
てじゃない」
「あ…あんた……?」
 
シンはステラの事で精神的に弱っている。そして初めての仲間の死にその心は今にも崩れ
てしまいそうな危うさを持っていた。
カミーユは自分が何の為に再び戦いに身を置くようになったかを思い出す。シンが以前の
自分と同じ道を辿らないようにする為にも、笑顔を作る。
 
「シン、ハイネ…戻ろう。あの連中をこのままで済ますつもりは無い」
「ああ、奴らにはそれなりの報いを受けてもらおうか」
「ハイネ、カミーユ……」
 
覇気を取り戻した二人にシンはホッとする。
いつの間にか二人を頼りにしている事にシンはまだ気付いていなかったが、その心には確実
に彼らに対する仲間意識が芽生えていた。
 
 
 
暗闇の中、妙にちらつく光のような点がルナマリアの意識を突付く。
まどろむ意識はそれが何なのかは認識出来なかったが、それが自分に目覚めを促している
事だけは分かった。はやし立てられる様に意識を覚醒させていくルナマリアは、医務室の
ベッドの上で目を覚ます。
 
「う…うぅ…ん……」
「お姉ちゃん!」
 
最初に目に入ってきたのは妹のメイリンの泣いている顔であった。まだ霞む視界に目を細め
ながら周囲を見渡す。白い部屋がやけに眩しく感じられた。
 
「ここは…あたし……?」
「よかった…本当に良かった!」
「メイリン…どうして泣いているの……?…………!?あ、あたし!」
 
徐々にはっきりとしてくる意識が自分に何が起こったのかを思い起こさせる。ルナマリアは
雨のような弾丸をまともに受け、そのまま今まで意識を失っていたのだ。

「本当、良かったねお姉ちゃん……私、お姉ちゃんまで死んじゃうのかと思った……」
「はっはっは、大げさだな、メイリンは?あれしきではルナマリアは死にやしないさ」
「でも先生、お姉ちゃん凄い出血だったじゃないですか!?」
「そりゃあそうだがね?思ったより傷は深くなかったんだよ。得したって事だな」
「もう、そんな風に言わないで下さい!」
 
安堵感に包まれているからか、メイリンも元気を取り戻し医者と口論をしている。
しかし、ルナマリアはメイリンが口にした言葉に引っかかっていた。
 
「メイリン…助かったのは良かったけど、あたし"まで"ってどういう…」
「あ……!」
 
和やかな場の空気が一気に凍りつく。
それが尋常でない事はルナマリアにもすぐに分かった。
メイリンがルナマリアを気にしつつもおずおずと口を開く。
 
「あ…あのね…お姉ちゃん、落ち着いて聞いてね……?その……アスランさんの事なんだ
けど……」
「ど…どういう……?」
「……戦死だって……アスランさん……」
「せ…戦死!?そんな…嘘でしょメイリン!?」
「こんな事、嘘つけないよ……だって、シートには誰も乗ってなかったて…ヘルメットだけが
残ってたって……MSデッキでそう話してるのを聞いたんだから…」
「ゆ…行方不明なだけじゃ……」
「見つからないのよ…何処にも……それに、海に落ちてたとしても助かってなんかは……」
「そんな……」
 
アスランの死がルナマリアには信じられなかった。
前大戦の英雄、ザフトのエースだった男がこのような戦いで命を落としたのだ。
特に彼に好意を抱いていたルナマリアにとってショックは大きかった。
 
「誰が……」
 
余りの事に呆然としたルナマリアは、悲しい事の筈なのに涙が出てこなかった……

ミネルバのクルーに死んだと思われていたアスランは、見覚えのある一室で目を覚ます。
そこは約二年ぶりの部屋であった。
 
「……ここは、アークエンジェル…?」
 
誰も居ない病室に寝かされていたアスランは、懐かしい風景にゆっくりと周りを見渡す。
 
「俺は…どうしてここに……?」
 
体を起こして記憶を呼び起こそうとする。
その時病室のドアが開き、人が入ってくる。
 
「あ、よかったアスラン。目を覚ましたんだね」
「キラ……!」
 
入ってきたのはキラだった。相変わらずの優しい笑みでアスランに声を掛ける。
 
「どう、もう大丈夫かな?大した怪我も無いと思うけど…」
「何故俺はここに居る?俺は……」
「ゴメン、アスラン。僕が君を連れてきたから…」
「お前が…?そうか、あの時……!」
 
前回の戦闘でフリーダムがセイバーを切り刻んだ時、キラはコックピットハッチが開いて
しまったセイバーからアスランを連れ出していたのだ。
フリーダムが少しの間硬直していたのはその時間があったからだった。
 
「俺をここに連れてきてどういうつもりだ、キラ!」
「勝手な事をしたとは分かってる。でも、これ以上アスランとは戦いたくなかったから……」
「全然分かってない!こんな事しても戦争は止められないぞ!」
「…このまま戦争が続けばまた僕はアスランを殺そうとしなければならなくなるかも知れない。
……もう…嫌なんだ、そんなの……」
「それはお前だけの都合だ。個人的感情で俺だけザフトから奪っても意味が無いだろう!」
「アスラン……でもカガリだって居るんだぞ?その方が君にとってもいい事じゃないか?だか
ら僕は…」
「それが傲慢だというんだ!どうしたんだ、キラ?昔のお前はそんな風じゃなかった……」
「昔の…僕……?」
 
アスランとキラは黙ってしまった。

かけがえの無い友情だと思っていた。
しかし、今この時はお互いの主張は噛み合わず、気まずい空気だけを場にもたらす。
それはどちらかが変わってしまったからだろうか、それともどちらも変わってしまったからだろ
うか、はたまた最初に感じた友情が偽りの物であったのか……その答えを出すにはお互い
に余りにも立場が違う上に、戦争の結果の出ていないこの時期に求めても出る筈の無い
問いであった。
 
アスランが切り出す。
 
「俺はミネルバへ帰る。ここには居られない」
「待って、アスラン!君が戻った所で戦争が止められるわけじゃないだろう!?」
「結果を求めすぎだな、お前は……焦りすぎなんだ。まぁ、そう考えればいきなり乱入してきた
お前達のやり方にも納得できるかな……」
 
そう言って少し笑うと、アスランは部屋を出て行こうとする。
 
「アスランは戦争を早く止めさせたいとは思わないの?」
「物事には順序がある。それを無視したお前達のやり方では到底無理な話だ」
「でも、それじゃあカガリが余りにも…」
「カガリには生きていて貰いたい。生きて成すべき事がある。その時の為にも俺はその土台
をしっかり固めておくという仕事がある。だから今はミネルバに戻る。今の俺にはあそこが俺
の帰るべき艦なんだ」
 
アスランは部屋の出口へと歩みを進める。
その時、部屋の外から声が聞こえてきた。
 
「ちょっと待った、それは出来ない相談だな」
 
扉から浅黒い肌をした長身の男が入ってくる。
顔には左目から頬に掛けて大きな傷を遺している。短髪の黒髪にオーブの制服が似合わな
い出で立ちだった。
その男はかつてのザフトのエース、砂漠の虎の二つ名を持つアンドリュー=バルトフェルド
だった。ラクスと共に宇宙へ上がっていたが、報告の為に一時帰還していたのだ。

「無粋な事と思ったが聞かせて貰った。だが、お前さんはミネルバには帰せない。因って、
戦争が終わるまではここに居てもらうぞ?」
「…どういうことです?」
「お前さんがあちらに居るとなるとキラの動きが鈍くなる。我々としても動きにくいし、それでは
困るのさ」
「ふざけた事を……!」
「どう思ってもらっても構わんよ?ただ……」
 
言いかけてバルトフェルドはアスランの胸ぐらを掴む。
 
「うっ……!」
「こっちも本気なんだよ。貴様はそれをわかってやらなくちゃならんだろう?」
 
急に凄みを利かせたかと思うと即座に掴んでいたアスランの胸倉を離す。
 
「悪いようにはしないつもりだ。お前はおとなしくここに居ればいい」
「アスラン……」
 
二人がアスランを見つめる。ようやく自分の立場に気付いたアスランは観念したように言葉を
紡ぎだす。
 
「俺はお前達の手伝いは絶対にしない……!」
「結構だ。…久しぶりのアークエンジェルだろう?艦内の行動にそう制限はつけないから
ゆっくり観て回れ。そうそう、温泉、なんてのもあるぞ?」
「本当にゴメン、アスラン。こんな風にするつもりじゃなかったんだけど……」
 
そう告げると二人は部屋から出て行った。
 
「いいの、カガリ?」
「今の私にはアイツに合わせる顔が無い。だから…いいんだ……私がもっと成長して、オーブ
の首長に相応しい人間になれるまではアイツとは無闇に顔を合わせない」
「いい覚悟だ、お嬢ちゃん。その決意、忘れてくれるなよ?どうせ俺はこの後すぐに宇宙に
戻らねばならん。ダコスタ君だけでは心許無いからねぇ」
 
部屋の外で待っていたカガリに二人が声を掛ける。辛そうな表情を見せながらもカガリは
気丈に振舞った。
 
そのドアの向こう側ではアスランが拳を握り締めていた。怒りに駆られているのか、ぶるぶる
と震えている。
 
「キラの奴…自分でこうなるようにしておいて何を勝手なことを……!」
 
部屋に残されたアスランは自分の置かれた状況に不満を漏らして悪態をつく。
戦争を終わらせたいと思いながらもそれを果たせるのは今のアークエンジェルでは無理だと
アスランは思っていた。しかし、幽閉に近い状態でアークエンジェルに連れてこられたアスラン
は何も出来ないのが現実であった……