Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第46話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:44:17

第四十六話「戦場は憎しみ果てしなく」

前線に向かうカミーユとハイネはビームと爆発の光が交錯する中でアカツキを発見する。派手なMSなので見つけるのは容易だった。
続けて三機で固まって暴れているドムを発見する。
 
「ザフトが形無しだな……コーディネイターの優位性もMSの性能の前には無意味って事かよ……!」
 
焦りを隠せないハイネは不安を口にする。
 
「あの向こう……誰かが居る……?」
 
一方のカミーユは交戦の激しい宙域の更に向こうに何かを感じて動きを止めてしまう。
 
『カミーユ、仕掛けてくるぞ!』
「え…?」
 
ハイネの言葉に我に返り、カミーユはこちらに向かって来るアカツキとドムに気付く。
 
『マーズ、ヘルベルト!奴等を覚えているね!』
「勿論です、忘れるわけがありません……!」
 
カミーユに屈辱を負わされたマーズは眼鏡の奥で眼光をぎらつかせる。
 
『姐さん、しかし一機足りませんぜ?インパルスが居ないんでさぁ!』
「気にするんじゃないよ、ヘルベルト!突っつきゃ出てくるってもんさ、慌てるんじゃないよ!」
『気になりますぜ、姐さん!オーブでの屈辱はここで返して置かないと俺の気が済みませんぜ!』
「自重しな!先ずはレクイエムを止めるのが先だよ!お礼参りはその後にしな!」
 
三機のドムは編隊を整えてカミーユとハイネに襲い掛かる。
 
『ちょっと待ちな!俺はトリコロールカラーの奴をやらせてもらうぜ!あんた等はあっちのオレンジショルダーの相手をしな!』
 
そんな時、アカツキのネオが待ったを掛ける。アカツキに乗り換えた事により、ネオは今度こそΖガンダムに勝てると思っていた。
 
『そうは行きませんよ!数はこちらの方が多いのです、まとめて相手する方が宜しいでしょう』
「待ちな、マーズ!オレンジショルダーもトリコロールカラーも確実に落とす事が最低条件だよ!なら、あたし達は三機で確実にオレンジショルダーを落とす!その後にじっくりトリコロールカラーの相手をしようじゃないか?」
 
ヒルダはネオを信用しきっていなかった。いくら以前にラクス達と共に戦っていたかもしれない人物でも、元々は連合の人間である。キラ達のように実感がこもっていない分、ネオの存在を警戒していた。
だからこそ、共闘は易々と出来るものではないと踏んでマーズを窘める。彼女達はオーブにではなく、ラクスに共感しているのだ。

『……了解しました』
「そういうわけさ、止めて悪かったね?」
『理解のいい美人さんで助かったよ!』
「お世辞だけは上手いようだね、大佐さん!」
 
ネオはカガリからアカツキを預かっていた。
アカツキのバックパックの換装パーツには、ドラグーン装備のシラヌイと大気圏内戦闘用のオオワシの二種類が存在する。ドラグーン装備のシラヌイは、カガリには扱えないが空間認識能力保持者のネオにはとても有意義なMSに変貌する。
ネオはドラグーンを展開してΖガンダムに襲い掛かる。
 
「あれは…ドラグーン!ビットもどきか!」
 
アカツキのバックパックから切り離されるドラーグーンユニットを見てカミーユは自分の世界で体験したキュべレイのファンネルを連想する。
 
『また会ったな、スペシャル君!今度はあの時の様には行かないぜ!』
 
感覚的に得意であると直感したのか、ネオはドラグーンの制御に絶対の自信を持っていた。それがムウであった時の記憶の残り粕程度のものであったが、馴染んだ感触は本物である。巧みに操作してドラグーンでΖガンダムを追い込みに掛る。
 
「キュべレイほどの小ささではない、落してみせる!」
 
カミーユは思っていたよりも的の大きいドラグーンに向かってビームライフルを撃つ。
 
『何処を狙っている!』
 
しかし、優れた空間認識能力を持つネオのドラグーン制御はそんなカミーユの攻撃をかわす。
 
『振り回されて本体を忘れるなよ!』
「意外とやる!」
 
ビームサーベルで切り掛かって来たアカツキの攻撃をカミーユはシールドで防ぐ。
 
『お前さんにウインダムの腕を切られた事、俺は忘れていないぜ、異邦人の少年!』
「この声……!お前はステラの!」
 
カミーユもネオの声を覚えていた。ネオに対する怒りが湧き起こる。
 
『……?何故お前がステラを知っている?あの子は……』
「貴様がステラの名を口に出すな!」
 
Ζガンダムは右腕を差し出してグレネードランチャーの発射態勢をとる。
 
『うおっ!』
 
アカツキは眼前のグレネードランチャーの発射口から逃れるようにΖガンダムから離れる。
 
「当れッ!」
 
Ζガンダムの右腕からグレネードランチャーが射出され、誘導能力を持つ弾頭がアカツキを追いかける。

『誘導弾かよ!?』
 
ネオはドラグーンでグレネードランチャーを叩き落し、一旦バックパックに収納する。そこへ更にハイパーメガランチャーの強力なビームがアカツキを襲う。
 
『なっ!?どういう神経してんだ、あの餓鬼は!』
 
避ける必要は無かったが、突然の攻撃に思わずネオは回避行動をとってしまう。
続けてもう一発ハイパーメガランチャーのビームが襲う。
 
『無駄だよ!』
 
今度は回避行動をせずにそのままビームを受けてそれをΖガンダムに弾き返す。
 
「何!?」
 
撃ったビームが自分に返ってきた事に驚きながらもカミーユは回避する。
 
「ビームが効かない?…なら!」
 
ハイパーメガランチャーを投棄し、ビームサーベルを握らせる。
 
『このアカツキに接近戦を仕掛けるって言うのか?出来るもんならやってみな!』
 
再びアカツキはドラグーンを展開させる。その動きは接近してくるΖガンダムの動きを阻害するようにアカツキの前にビームの壁を形成する。
 
「舐めるなぁ!」
 
それでもΖガンダムはそのビームの網の中に自殺志願者のように飛び込んでくる。
 
『飛んで火に入る夏の虫か?かわせるかよ!』
 
Ζガンダムに向けられるビームが激しさを増す中、カミーユはネオの呼吸を感じるように冷静にドラグーンの動きを把握する。紙一重の攻撃をすり抜け、Ζガンダムはアカツキに接近し続ける。
 
『こいつ…化物か!?』
「落ちろぉぉ!」
 
逆袈裟切りで振り上げられるビームサーベルをアカツキは念のためにシールドを構えて回避する。それはアカツキの装甲がビーム射撃は弾けるが、ビームサーベルの斬撃は防げない事をカミーユに証明する行為だった。
瞬時にそれに気付いたカミーユは追撃でアカツキに再接近を試みるが、ドラグーンの群れがそれを阻止する。
 
「うろちょろと!」
 
Ζガンダムはビームライフルに持ち替え、カミーユは意識を集中させる。飛び交うドラグーンの動きに呼吸を合わせていた。
 
(見える……この動き、ハマーンのキュべレイみたいにジャミングのような感覚は感じられない……!)
 
元々積まれていたバイオセンサーと後付のサイコフレームが微かに反応し、サイコフレームの光の色である緑の光が微かに洩れる。

「そこぉっ!」
 
狙い済まされたΖガンダムのビームライフルの一撃がドラグーンの一基を捉え、撃墜する。
 
『何!狙い撃ちされたのか!?』
「もう一つ!」
 
続けざまに放たれた一撃がもう一機のドラグーンを破壊する。
一度に二機のドラグーンを失ったネオは堪らずにドラグーンを回収する。
 
『くそっ!一対一じゃまだ俺にはこいつに勝てないってのか!?』
「待てよ貴様!」
 
逃げようとするアカツキにウェイブライダーが追従する。MA形態のΖガンダムからは流石に逃げ切る事は出来ずに、アカツキはMS形態に戻ったΖガンダムに後ろから組み付かれてしまう。
 
『こいつ……俺を生け捕りにするつもりか!?』
「百式のパイロット!お前は連合のネオだな!」
『百式ぃ?何だそりゃ!』
「質問に答えろ!」
 
後ろからビームサーベルの刃を突きつけ、ネオに回答を迫る。
 
『そ、そうだ!俺はネオ=ロアノーク大佐だ!』
「何故連合のお前がオーブに味方をする!?」
『お前等が気に食わないからだよ!』
「何だと!?」
『そういうお前は何でザフトに味方してんだ?お前が別世界からの異邦人だって事は、連合の中でも話題になってたんだぜ!言ったよな、俺は、お前はこの世界に関係無いって!』
「関係は無いが理由はある!」
『出任せを!異邦人のお前に理由があるわけ無いだろうが!』
「ステラをお前のような奴から救い出せた!」
『何!?』
 
ネオは意表を突かれて言葉が出てこなかった。
ベルリンでの戦闘の折、ネオは早々にキラに撃墜され、その結末を知らなかったのだ。次に意識を取り戻したのがアークエンジェルの医務室だった為に、ネオはステラはベルリンでの戦いで戦死したとものと思い込んでいた。
 
『ステラが生きている……?何処でだ!?』
「知ってどうするつもりだ?お前をステラと会わせるかよ!」
『そうかい……!』
 
ネオはドラグーンの一基を射出し、Ζガンダムを狙撃する。Ζガンダムはそれを回避する為にアカツキを手放してしまう。
 
『お前が教えてくれないなら、俺は先に行かせて貰う!目的を果たした後、ステラを捜させてもらうぞ!』
「行かせるかよ!」
 
アカツキはレクイエムの方へ進路をとり、Ζガンダムもそれを追う。
 
 
『オレンジショルダーのねぇ…生意気なんだよ!』
 
ドムの三機と交戦するハイネはヒルダ達のコンビネーションに苦戦していた。
オーブの時とは状況が違い、たったの一機で三機のドムを相手にするのは無謀に近かった。ヒルダ達は三人揃ってその真価を発揮する。
 
「こいつら…三機まとめては流石にきついか……!」
 
セイバーは既にビームライフルを失い、ビームサーベルを気休め程度に保持させているだけに過ぎなかった。収束プラズマビーム砲は角度の自由が利かない為、自在にコンビネーションを変えてくるヒルダ達には効果的な攻撃が出来ない。
それでも、ザフトの赤服としてのハイネの誇りが、ヒルダ達のコンビネーションの一瞬の隙を突いては収束プラズマビーム砲を放つ。回避行動に殆どの労力を奪われながらも、ハイネの技術は凄まじい物だった。
シンやレイ、カミーユの存在に隠れがちだが、彼もまたMSパイロットとしてはトップクラスの腕を持っていたのだ。
しかし、状況はそれ程甘くは無い。何とか粘り続けてきたハイネであったが、それも時間の問題であった。
 
「ヘルベルト!あんたはオレンジショルダーの後ろに廻りな!あたしとマーズが注意を惹き付ける、止めはあんたが刺すんだよ!」
『おいしい所を俺が貰っちまって良いんですかい?』
「ちゃんと仕留めてからからそういう事は言いな!仕掛けるよ、マーズ!」
『はっ!』
 
ヘルベルトのドムが他の二機から距離を離れてハイネの視界から消える。残りの二機はセイバーの正面から襲ってくる。
 
「一機消えた……?奴等、何を企んでいる?」
 
一機別行動をとったことにより、ハイネの脳裏に一抹の不安がよぎる。
何とか凌いできたが、これまでとは違うヒルダ達の動きに翻弄されている事が十分に分かっていた。
 
「あたしはフリーレンジから仕掛ける!マーズはオレンジショルダーの正面に蓋をしな!」
『了解です!』
 
「また一機外れた!正面から仕掛けてくるのは一機だけか!」
 
目の前からマーズのドムが一直線に近付いてくる。ハイネはそこを突破して展開の打開を試みようとして収束プラズマビーム砲を放とうとした。
 
「こいつをいなせれば!」
『甘いね!』
 
正面の目立つマーズのドムに気を取られ、横からのヒルダのビームに収束プラズマビーム砲を破壊されてしまう。
 
「しまった!正面は陽動か!」
 
続けてマーズのドムがヒートサーベルを片手にセイバーに接近戦を挑んでくる。
ハイネはそれにビームサーベルで対抗する。

「わざわざこちらのレンジに合わせてくれるなんて、意外と御人好しなんだな!」
『それだけだと思いますか?』
「何!?」
 
背後からはヘルベルトのドムが照準を合わせている。マーズがわざわざ接近戦に持ち込んだのはセイバーの動きを止める為だった。
セイバーのコックピットの中にターゲッティングされた警告音が鳴る。
 
「二段構えの陽動……!本命は後ろの……」
『今更分かった所で遅いですよ!往生しなさい!』
 
『貰ったぜ、オレンジショルダー!』
 
ヘルベルトがビームの発射スイッチを押そうとしたその時、予想もしていなかった方向からの攻撃が彼のドムを襲った。油断していたヘルベルトはそれに対応できず、左腕を損傷する。
 
『誰だ!俺のドムの左腕を穴だらけにしてくれたのは!』
 
ヘルベルトが砲撃の飛んで来た方向に視線を移すと、凄まじい勢いで一機のグフがヒートロッドを振り回して突撃してくる。その距離は直ぐ側まで迫っていた。
 
『何だとぉ!?』
『ハイネ隊長ぉぉぉぉぉ!』
 
グフのヒートロッドはヘルベルトのドムの損傷した左腕を絡めとリ、ボロボロになったそれを引っ張って完全にもぎ取ってしまった。
 
『うおおおぉぉぉぉぉっ!』
『ヘルベルト!』
 
引き千切られた勢いでヘルベルトのドムは飛ばされて行ってしまう。その展開にヒルダは声を荒げる。
 
『よくもヘルベルトを!マーズ、あんたはヘルベルトを引き戻してきな!あたしはこいつ等を許しはしないよ!』
『ですが、隊長!』
『あたしの言う事が聞けないってのかい!』
『りょ、了解しました……』
 
マーズは刃を交えるセイバーを力任せに弾き飛ばしてヘルベルトのドムが飛ばされて行った方向へ向かう。
 
『ご無事でありますか、ハイネ隊長殿!』
「お前、その声……!」
『お久しぶりであります、ヘブンズベース攻略戦ではお世話になりました!』
 
ハイネの救出にやって来たのは彼がヘブンズベース攻略戦で出会った気弱なグフのパイロットだった。
彼はハイネのセイバーが苦戦しているのを偶然発見し、それを助ける為に所属部隊の命令を無視して援護にやって来たのだ。ハイネの耳に、かつての臆病な彼の声は聞こえてこない。

「助かったぜ、流石に俺も危なかった……」
『光栄であります!相手は一機だけです、一気にやってしまいましょう!デュランダル議長の理想の為に!』
「あ…あぁ……」
 
グフのパイロットの言葉にハイネは心苦しい気持ちになる。
彼は一生懸命デュランダルの理想の為に戦っているが、ハイネはそれを阻止するつもりでいるのだ。今はザフトの為に戦っているが、いずれはこのグフのパイロットを裏切る事になってしまう。
それがハイネの心を悩ませて歯切れの悪い返事になってしまった。
 
(済まないな……結局、俺もアイツと変わらないって事か……)
 
その場に残ったのはヒルダのドム一機のみである。武装を殆ど失ってしまったとはいえ、増援に駆けつけてくれたグフと協力すれば彼女位は何とかなる。
とりあえずハイネは状況の打開を図ろうとする。しかし、ヒルダのドムを相手にしようとした時、早くもマーズとヘルベルトが戻って来てしまったのだ。
 
『姐さん、申し訳ありません!』
「ヘルベルト!早かったね、やれるのかい?」
『勿論ですぜ!この借りは倍にして返してやりますよ!』
 
不意を突かれ、派手に吹っ飛んでいったヘルベルトであったが、実際は大した事無く、マーズが救出に行くまでも無く自力で戻って来れたのだ。
 
『隊長も大げさです』
「ふん、ガラにも無いと反省しているよ」
『やっちまいましょう、姐さん!』
「おうさ!行くよ、あんた達!」
『『了解!』』
 
三機のドムは一斉に仕掛けてくる。
 
『そ、そんな!』
「お前は原隊へ戻れ!奴等の相手はお前では無理だ!」
『は…いえ!』
 
言うなり、グフは果敢に三機のドムに躍り掛かる。ビームサーベルしか持たないセイバーを庇う為に自分を囮にしようと考えていたのだ。
そんな無謀なグフのパイロットの行動にハイネは叫ぶ。
 
「止せ!死んじまうぞ!」
『ここは自分が食い止めます!ハイネ隊長殿はミネルバへ戻って補給を!』
「馬鹿野郎!お前を残して行けるか!」
 
ハイネもグフのパイロットに続いてビームサーベルを片手に突撃する。
 
『はっ!特攻かい?賢い選択じゃないね!』
『一思いに撃墜してやる!』
 
片腕を失ったヘルベルトのドムが先頭で突っ込んできたグフに仕掛ける。その動きから、ヘルベルトはグフは全く相手にならないと思っていたが、ばら撒かれる四連重突撃銃が予想以上に機体を自由にさせてくれない。
そこへ先程と同じ様にヒートロッドがしなる。

『自分は…自分はぁ!』
 
グフのパイロットはプラントに住む家族に想いを馳せ、必死にヒートロッドを振り回す。だが、マーズのドムから放たれたビームが横からグフの右肩から先を削り取ってしまう。
 
『うわぁぁぁぁぁっ!?』
 
続けざまにヘルベルトのドムが蹴りを入れ、グフはキリモミして吹き飛ばされる。
 
「おいっ!?」
 
ハイネが必死に呼び掛けるが、吹き飛ばされているグフに間髪入れずにヒルダのドムが照準をつける。
 
「や、止めろ!お前等止めろぉぉぉぉ!」
 
必死にグフを助けようとセイバーを向かわせるが、そんなハイネの努力も空しくヒルダは無情にもグフを撃ち貫く。
 
「うぉおあああぁぁぁぁぁ!」
 
グフが閃光に包まれる中、ハイネはセイバーのコックピットの中で慟哭する。
自分の余りにもの無力さにコントロールパネルに額を力一杯打ちつけた。
 
『さあ、オレンジショルダーをやるよ!』
 
ヒルダの号令と共に三機のドムは沈黙するセイバーに襲い掛かる。
 
「くっ…そおぉぉぉぉぉぉっ!」
 
ハイネはセイバーをMAに変形させて全速力でミネルバへ向けて敗走する。
歯を食いしばり、グフのパイロットが命を懸けて血路を切り開いてくれた事に感謝し、同時に自分の情けなさに憤りながらひたすら追い付かれない様に逃げた。
プライドをかなぐり捨て、グフのパイロットの気持ちに応える為、恥と知りながらも無様に逃げた。その胸中では、燃え滾る怒りの炎が秒単位で大きくなっていっていた。
 
そこから少し離れた宙域で、ネオのアカツキを追いかけていたカミーユはハイネの心境の変化を敏感に察知した。
 
「ハイネ……!?いけない、憎しみに囚われては!」
 
急に方向転換し、Ζガンダムはウェイブライダーに変形してセイバーの下へ急行する。
 
「ん…あいつ、諦めたのか?…それとも何かの罠か……」
 
背後から消えたΖガンダムを不審に思い、ネオは考え込む。
 
「だぁぁ!考えたってわからねぇ!何考えてるかなんて知るか!」
 
ネオは単純に思考を停止させ、レクイエムへ向かう。
そんな時、不思議な、しかし懐かしいような感覚が脳を迸る。

「何だこの感覚……?何処かで俺が知っている奴が…来る!」
 
周りには相変わらずのザクやグフの群れ。その中をアカツキは残った六機のドラグーンを操り、時には敵のビームを跳ね返したりしながら突き進む。
そして、少し距離を進めた所で彼方から二機のMSが姿を現す。キラのストライクフリーダムとレイのレジェンドだった。
 
「この感覚…キラの後ろから付いてくる奴なのか……?」
 
アカツキに接近してくる二機は激しい攻防を繰り広げながらも、更にお互いの敵となるMSを撃破していた。
目を良く凝らしてみると、彼等の通過してきたルートには破壊されたMSの残骸が漂っている。それはさながら宇宙をMSで均しているかのようであった。
 
『君は!?』
 
レジェンドと交戦しながら、キラはその相手に不思議な既視感を抱いていた。
 
『誰だ…君は一体誰なんだ……!』
「分かっているだろう!俺はお前を殺す!」
『何故だ!?何故君はそれほどにまで僕を憎む!?』
「お前の存在が…これからの世界に必要ないからだ!」
『教えてくれ!君は…君は僕にとっての何なんだ!?僕は君にとって何なんだ!?』
「俺は……ラウ=ル=クルーゼだ!」
 
キラはレイから伝えられた名前に目を見開く。
 
「君…が……ラウ=ル=クルーゼ……?」
 
明らかにストライクフリーダムの動きが鈍くなる。キラはレイの言葉に普段の彼からは考えられないほど動揺していた。
 
ラウ=ル=クルーゼ…彼は前大戦の最終決戦の折にキラと戦い、敗れて巨大なガンマ線砲ジェネシスの光の彼方に消え去った。
クルーゼはムウ=ラ=フラガの父、アル=ダ=フラガのクローンであり、彼もまたレイと同じ様にテロメアの短さから若くして老いが始まっていた。
そんなクルーゼは何の為に生まれてきたのか分からぬまま人生を過ごし、苦悶の果てに彼が出した結論は人類の抹殺であった。
その過程でクルーゼは完璧な存在であるキラの事を知り、彼に会った事でその決意をより強固なものとしてしまう。
結局はクルーゼの計画はキラに敗北する事で失敗に終わってしまうが、彼が連合とザフトの両軍に核を撃たせてまでして人類を抹殺したかったのは、人いう種の果て無き欲望の副産物として自分が生み出された事に止め処ない憤りを覚えたからである。
その結果、人類は彼の狂気に振り回されて本当に破滅を迎えてしまいそうになった。
 
そんなクルーゼに止めを刺したキラの前に、彼の名を名乗る人物が現れた事にキラは頭の中がパニックになっていた。
レイはそのキラの動揺を見逃さず、一気にドラグーンを展開させて勝負を決めようとした。
しかし……
 
「ぐ…何だ、この不輸快感は……!」
 
レイがネオの存在をキャッチしたのだ。感覚が指し示す方向に視線を移すと、派手な金色のMSがレジェンドを見つめていた。

「お…俺は…お前は……!…そうか……俺は、そうだったのか……!」
 
ネオの記憶が蘇って来る。
前大戦の最終決戦時、ムウはアークエンジェルと同じ型のドミニオンのローエングリンからアークエンジェルを守る為にその身を盾にして行方不明になっていた。
その後の事は記憶に無いが、ムウは気付いた時にはネオ=ロアノークとしてファントムペインの指揮官を務めていた。
 
ムウの記憶は、彼の父であったアル=ダ=フラガのクローンだったクルーゼと同じクローンであるレイと感応する事で呼び覚まされたのだ。
 
『キラ!クルーゼの相手は俺に任せろ!お前は急いでレクイエムへ向かえ!』
「ネオさん!」
『違う!俺は……ムウ=ラ=フラガだ!』
 
はっきりと言い放つネオ。完全にムウの記憶を取り戻していた。
止まっていたムウの時間が長いネオの時間を挟んで再び動き出す。
 
「ムウさん!」
『すまなかったな、キラ!俺はもう大丈夫だ、心配ない!』
「いえ、いいんです。生きていてくれただけでも……」
『感動の再開は後でするとして、今はレクイエムを止める事が前提条件だ!行け!』
「ハイっ!」
 
「そんな前提条件など、作らせるか!」
 
離脱を図るストライクフリーダムにレジェンドのドラグーンが一斉に襲い掛かる。
 
「クルーゼ!」
 
アカツキからもドラグーンが射出され、レジェンドのドラグーンのコントロールを阻害しに掛る。
 
「くぅ……!貴様は!」
『お前がクルーゼだと言うのなら、お前は俺が止める!』
「貴様が…ムウ=ラ=フラガか!キラ=ヤマトは先に行かせる訳にはいかん!」
 
ストライクフリーダムはレジェンドのドラグーンに足を止められている。
レイはストライクフリーダムに費やすドラグーンの何基かを呼び戻し、対アカツキに回す。しかし、レイとレジェンドの力を以ってしても高性能機二機の相手は不利であった。
 
『邪魔をするな、クルーゼ!お前の妄執にこれ以上世界を付き合せるんじゃない!』
「妄執だと?キラ=ヤマトの存在が、ラウの存在を踏みにじったのだ!それをラウと同じクローンである俺が倒し、その上でギルの理想を実現させるという本懐を為す!」
『クローンだって!?お前がクルーゼと同じ親父のクローンだと言うのか!?」
「その通りだ!」
『だが、クルーゼがキラの存在を疎ましく思っていようと、それは奴の我侭に過ぎないだろ!お前までそんな奴の憎悪に染まる事は無い!』
「無駄口は好きか、ムウ=ラ=フラガ!」
 
ストライクフリーダムを牽制しつつ、アカツキのドラグーンをかわしながらもレジェンドはビームライフルを連射する。当然アカツキにはビームは効かないが、レイは一人で凄まじい事をやってのけていた。

「くそっ!早く行かなくちゃいけないのに……!」
 
先を焦る余りにキラはレジェンドのドラグーンから中々抜け出せないで居た。
レイのドラグーンの操作は、キラの想像するドラグーンの動きを遥かに凌駕していた。自分で操るようになってから気付いたが、ドラグーンの制御はとてつもなく難しい。それを、彼がクルーゼと同じクローンであるとはいえ、ここまで自在に操れる事に感心を覚えるほどだった。
 
『キラ!』
 
そんな時、苦戦するキラの下へアスランの声が聞こえてきた。
レーダーの反応する方向へ視線を移すと、そこからインフィニットジャスティスがデスティニーを伴ってやって来た。ずっとデスティニーから逃げ回っていたのだ。
 
「アスラン!」
 
アスランの到着にキラは少し安心する。しかし、同時に招き込んでしまったデスティニーの存在を懸念する。
 
「アスラン……結局はお友達とつるんでなきゃ何も出来ないようだな!」
 
二人が乱入してきた事により、戦いは乱戦の様相を呈する。ザフトとオーブ、合計五機のGタイプが揃ったのだ。
 
「あの金色、乗っているのは馬鹿元首か?…なら丁度いい、ここで全ての決着をつけてやる!」
 
シンはデスティニーをレジェンドに接近させる。
 
『シン、ミネルバを近くに呼べ!タンホイザーで狙撃させる!』
「え……?チェンにこいつ等を狙撃させるのか!?それは無茶だ!」
『俺たちのコンビネーションならやれる……!』
「けど!」
『今ならドラグーンが使える!それにお前のデスティニーの高速機動が加われば、出来ない事も無い!』
「……」
『隊長命令だ!』
「……分かった、呼ぶぞ!」
 
時間稼ぎの為にレイは更に神経を研ぎ澄ませ、三機の動きを封じるようにドラグーンを展開させる。しかし、たった一機のドラグーンではどうしても穴が空いてしまう。加えてストライクフリーダムとアカツキのドラグーンも飛び交っている。
 
「呼んだぞ、レイ!」
『よし……!コンビネーションアタックを仕掛ける!デスティニーを最大稼動させろ!』
「ああ、やるぞ!」
 
デスティニーから一際大きいスラスターからの翼が生える。それはまるで生物の翼のように飛び散った光の塵が、抜け落ちる羽根のように見えた。
シンは自身に負担を掛けて三機に向かって行く。
 
『何だありゃ!?派手にすりゃあいいってもんじゃないだろうが!』
 
初めて見るデスティニーの神々しいまでの姿にムウは度肝を抜かれる。
 
「気を付けて下さいムウさん!あれは危険です!」
『気を付けるったって、あの速さは……!』
 
キラはデスティニーの危険さを身を以って体験している。シンとレイのコンビネーションには彼も苦しめられた。

「…二人とも、シンの動きは俺が必ず止める!ここは俺に任せて先にレクイエムを叩いてくれ!」
『駄目だ、アスラン!君はここで死ぬつもりだろ!?』
「キラ……!」
 
「戦場で何ちんたらやってんだ、あんた等はぁぁ!」
 
光の塵と残像が織り成すデスティニーの高速機動は視覚を狂わせる。そこへレジェンドのドラグーンがデスティニーだけを避ける紙一重の技術で嵐のようなビームを散乱する。
 
『おい、キラ!俺たちも!』
「はいっ!」
 
ストライクフリーダムとアカツキはドラグーンを展開する。
しかし、どちらかと言えば囲われている側の彼等のドラグーンは、敵を狙おうにも立場が悪すぎた。ドラグーンは敵を囲んでオールレンジからの攻撃が理想の形なのだ。
一方のインフィニットジャスティスはビームライフルで牽制を繰り返すが視覚を惑わされ、効果的な成果を挙げられない。
数的優位を作りながらも、彼等はシンとレイのコンビネーションの前に徐々に押さえ込まれていった。
 
『くっそ!こいつ等、相当連携訓練を積んでやがるな!おい、お前らも親友同士ならコンビネーションで返してやれよ!』
 
レジェンドのドラグーンのビームの嵐、そしてMSで縦横無尽に駆け巡るデスティニーからの攻撃を何とか防ぎながらムウは二人に要求する。
 
「アスラン!」
『キラ!行くぞ!』
 
ストライクフリーダムがフルバーストアタックの姿勢をとる。
インフィニットジャスティスが連結式ビームサーベルを振り回して周囲からの攻撃を牽制する。そして、インフィニットジャスティスだけでは埋めきれない隙間をアカツキがその身を盾にしてストライクフリーダムを守る。
 
『シン!フリーダムを中心に攻撃しろ!』
「分かった!」
 
レジェンドのドラグーンがデスティニーを援護し、シンはアロンダイトを構えてストライクフリーダムの背後から切り掛かる。
 
瞬間、前大戦の最終決戦以降目覚めてなかったアスランの覚醒が突如起こった。
鋭くなる瞳は完全にデスティニーの動きを捉え、未然の所でシンの攻撃を防いだ。
 
「あんたって人は!」
『いい加減に目を覚ませ、シン!』
 
デスティニーの動きがインフィニットジャスティスに止められた事により、レジェンドの存在が孤立する。
 
『見えたぞ、突破口が!』
 
一旦収めたドラグーンを再び射出し、孤立したレジェンドを襲う。

「く……!アスラン=ザラめ!」
 
レイは止む無くレジェンドの回避行動に専念をせざるを得なくなる。
 
「ムウさん、前を開けて!」
 
キラの準備が終わり、アカツキはストライクフリーダムの射線上から離脱する。
狙いはレジェンド及びそのドラグーン。
 
「しまった!?」
 
それに気付いたレイは慌ててドラグーンを回収しようとする。
 
「いっけえぇぇぇ!」
 
しかし、数瞬早くストライクフリーダムからフルバーストアタックが放たれた。
 
「おのれ!」
 
レイは回避行動を取りつつもドラグーンを回収したが、その内の半分のドラグーンは回収できぬままストライクフリーダムの攻撃に巻き込まれてしまった。
 
「よし、今だ!行くぜ、キラ、アスラン!」
 
シンとレイを分断した事により、進路が出来た三人はレクイエムへ向かおうと離脱しようとした。
しかし、その時三機の行く先をタンホイザーの光が行く手を遮る。
 
「うおっ!?……ちぃ…何だってんだ!」
『これは…ミネルバのタンホイザー!』
「何だって!?ミネルバはマリューが相手してんじゃなかったのか!?」
 
アスランの言葉にムウは動揺する。
 
「まさか…マリューさん……!」
『縁起でもねぇ事を言うんじゃねぇ!アイツが…こんな事でやられるかよ!』
 
キラの言葉に激昂する。ムウとて信じたくは無かった。
 
『よし、間一髪ミネルバが間に合ったな……!シン、もう一度仕掛けるぞ!』
「ああ!」
 
デスティニーは再び光の翼を広げて高速機動を繰り出そうと三機に接近しようとする。しかし、今度は彼等の前をローエングリンの光が横切った。
 
「何!?」
 
思わずシンはデスティニーにブレーキを掛ける。

 
「タンホイザー第二射準備!」
「並行してアークエンジェルに牽制の砲撃を怠るな!」
 
ミネルバのブリッジではタリアとアーサーの指令が引切り無しに飛び交っていた。
ブリッジのクルーは二人の止め処ない指令に必死に応え、大量の作業をこなしている。
 
アークエンジェルと交戦していたミネルバはシンからの要請を受け、ルナマリアにアークエンジェルの陽動を任せて現場にやって来たのだ。
一度アークエンジェルから離れてしまえば、足が自慢のミネルバである、突き放すのは容易であった。陽動を終えたルナマリアを呼び戻し、追いかけてくるアークエンジェルより先行して辿り着く。
思った以上に早かったアークエンジェルの足は予想外だったが、レイの注文通りに三機の足を止める事が出来た。
 
ミネルバの援護の為に付随して来たルナマリアは、現場の状況に全身の毛が逆立つのを感じた。目の前にはストライクフリーダムとアカツキ、そしてインフィニットジャスティス。
この光景に開戦してから抑えてきた感情が遂に爆発する。
 
「見つけた!もう逃がさない!」
 
インパルスに加速を掛け、デスティニーと対峙する赤いMSの下へ向かう。
 
この戦争を通じ、頑張った事や傷ついた事を何度となく繰り返し体験してきた。
時には仲間と衝突したり、又ある時はその仲間に助けられたりもした。ミネルバで過ごした時間はルナマリアにとって大切なものになったことであろう。
だからこそ、彼女には一つだけ許せない事が存在した。
アスラン=ザラの裏切り……今更彼に惹かれていた事を否定するつもりはないが、それ以上に彼が大切な仲間を見捨てた事に深い憤りを覚えた。彼女のアスランに対する憎しみは他の誰よりも大きく、憧れから転じた失望が彼女をアスランの下へと駆り立てる。
 
「何が信念だ!何が抑止力だ!何がザフトを正したいだ!」
『!?』
 
インパルスは高速でインフィニットジャスティスに組み付く。
 
『全部、あんたに何一つ言う資格が無い事じゃないのよぉ!』
「ルナマリア……!」
『アスラン!』
 
キラがアスランに援護をしようとするが、その前にシンのデスティニーが立ち塞がる。それならばとムウが代わりを務めようとするが、彼の前にもレイのレジェンドが立ち塞がった。
 
「君達は!」
 
「お前にルナの邪魔はさせるものか!」
 
「ち…クルーゼより嫌な奴だよ、お前は!」
 
「ムウ=ラ=フラガ…それは貴様にも言える事だ」
 
各員が対峙する。ミネルバとアークエンジェルも熾烈な牽制のし合いを繰り返している。
 
インフィニットジャスティスは至近距離でビームライフルを向けようとするインパルスの腕を掴み、ルナマリアの意思に逆らうように抵抗する。

『聞いてくれ、ルナマリア!お前達がする事が本当に正しい事なのかどうか…もう一度考えてくれ!』
「何遍も言わせるな!あんたに正義云々を語る資格は無いって、分からないの!?」
『何故だルナマリア、君は!』
「あんた……あんたがどれだけ皆を苦しめたと思っているの!?」
『それは…すまない事をしたと思っている!だがルナマリア、俺は…』
「言い訳しないで!はっきり言っておく!私達はあんたを決して許さないわ!」
『ルナマリア…何が君をそれ程に変えたんだ!』
「本気で言ってるの……?あんたのせいに決まってるでしょ!?だからあんたは無責任なのよ!」
『俺の…せい……?』
「とぼけないで!」
 
首を激しく振って猛烈にアスランに詰め寄るルナマリア。それに気が動転したのか、インフィニットジャスティスの掌からインパルスのビームライフルがするりと抜け落ちる。それを好機と踏んだルナマリアは躊躇い無くトリガーを引く。
 
「!?」
 
インフィニットジャスティスの掌から零れ落ちた影響からか、銃身のぶれたビームライフルの一撃はインフィニットジャスティスの左肩のアーマーを吹き飛ばしただけに留まった。
その事実に驚愕するアスランはインパルスを突き放して明後日の方向へ全力で逃げていく。
 
「逃げるなぁぁぁ!」
 
「本気で…本気で撃ってきた……!?」
 
気味の悪い汗を掻き、一点を見つめるアスランの表情は病人そのものであった。
アスランの思考は自分の信念に対する自信と懐疑が入り混じり、混乱の様相を呈し始めていた。
後ろから追いかけてくるインパルスから身を隠すようにデブリを利用しながら、インフィニットジャスティスは当ても無く彷徨う。一方のルナマリアもここで逃がすつもりは毛頭無く、今や完全に彼女のモノとなった相棒のインパルスでアスランの行方を追跡していく。