Zion-Seed_257_第01話

Last-modified: 2008-10-12 (日) 13:34:09

世界樹戦役#1

<C.E.0070年1月10日  月面>

月面、プトレマイオスクレーター

月には大気が存在せず、重力も希薄であるため、小隕石の落下で生成された衝突痕(クレーター)が遥かな太古から風化せずに残っている。
そうしたクレーター群の中でも一際巨大な、旧世紀の天文学者の名が冠せられたこの地は、岩と砂の灰一色の姿を変え一大軍事拠点として機能していた。

ジオン公国軍、プトレマイオス基地

それが現在のこの地の名である。
元々は連合の基地であったが、先の奇襲攻撃により駐留していた第3艦隊は壊滅。今はジオンの勢力下に置かれている。

直径150kmにも及ぶ広大な基地施設、その中央に設けられた艦艇ドックでは、出撃のときを待つ100隻以上もの軽・重巡洋艦、輸送艦、小型艇などが
その体を横たえていた。その側では整備員が絶えず活動し、物資の搬入や機材の点検を行っている。
そして一際目を引くのが、緑色に塗装された20m近くに及ぶ巨人。ジオンのモビルスーツ、ザクである。
ジオンの切り札であるこれらも一部は物資搬入作業に従事し、童話にある巨人の国のような様相を呈していた。しかし辺りに満ちる空気は童話のそれ
とはかけ離れたもので、決戦が近いことを示していた。

そこから数ブロック離れた区画。
戦艦整備用に建設されたこの区画には今、4隻の戦艦が繋留されている。4隻全てが深紅に染められ、翼を広げた猛禽を思わせるシルエットを持つ。
グワジン級戦艦、ジオンの誇る当代最大にして最強の戦艦である。ザビ家もしくはそれに近しい者しか座乗を許されぬこの艦は10隻足らずしか建造さ
れていない。1隻で大規模艦隊の旗艦となり得るこの艦が4隻集うというのは、ジオンにとって異常であった。

「ザフトの解答はなんと?」

司令官私室、一目でそうとわかる高級調度品でまとめられた部屋。

『結局、沈黙さ。プラントめ、よほど己の身が可愛いらしい』

壁に設置された巨大なモニターには、冷徹な空気を放つ高級軍服に身を包んだ男が映っていた。
その男と会話するのは、やはり冷徹な空気を漂わせる女

『シーゲル・クライン、少しは甲斐性のある男と思っていたのだがな?』
「ご冗談を」

連合との会戦はすぐそこまで迫っているが、L5に位置するプラントならば、連合艦隊の側面を叩ける。
それを期待してジオンは同盟の打診をしていたのだが、この返答ににさしもの両名も顔をしかめた。

「コーディネーター兵の反感、そう抑えられるものではありません」

宇宙移民で構成されるジオン公国には、前統治者ダイクンの政策の影響で少なくないコーディネーターが在籍している。それら全てとは言わないが、
多くがプラントでの居住を否定された者達だ。故にプラントへの反感は強く、同盟交渉に難色を示す者も多い。

『戦意があるのは歓迎するべきところだな』
「…兄上はプラントとの開戦もお考えで?」
『向こうがそのつもりかは知らんが、な』
「左様で」

ジオンがこの戦いで勝利すれば、プラントはその尻馬に乗ろうとするだろう。そうなれば兵の反感は止められないところまでいく。
そこまでプラントが厚顔無恥とは思いたくないが、援軍を寄越さぬこの状況がそうなる可能性が高いことを示していた。
ジオンが負けた場合は、同胞の救出とでも抜かしながら漁夫の利を得るつもりなのだろう。

その結末を男―ギレン・ザビが許容するはずもなかった。