Zion-Seed_257_第03話

Last-modified: 2008-10-12 (日) 13:38:33

世界樹戦役#3

地球に比べ空気が光を濁らせることのない宇宙では、星々があふれんばかりの輝きをもってその存在を誇示している。
遠近感もなく、四方八方を光で囲まれた様は、初めて目にした者はしばし思考が止まるほどの美しさだった。

その中を、ひときわ明るい星が移動していく。
彗星にしては遅すぎるその星は次第に光量を増していき、同時に輪郭もあらわにしていく。
星にしては奇妙な、偏平なトライアングルのシルエット。

否、星ではない。

いかなる世界だろうとも、ミサイルとメガ粒子砲で武装した星など存在しない。

全長二百メートル余、濃緑色に染まった体駆を持つ巡洋艦。
ジオン公国に属するムサイ級軽巡洋艦である。

宇宙の深淵から染み出すようにその数は次第に増していき、いつしか百隻に及ぶ大船団を形成していた。
その先頭を進むのは、周囲の艦より二周りは大きい巨艦。
真紅に染まった船体には艦首にジオン公国章が染め抜かれ、この艦が旗艦であることを如実に示している。

ジオン公国軍第一連合艦隊。

それがこの船団の名前だった。

<グワジン級大型戦艦《グワラン》艦橋>

ブリッジ後方にあしらわれた指令席で、ドズル・ザビはその巨体を微塵も動かすことなく正面のスクリーンを注視していた。
そこには周囲に艦隊を展開する世界樹の一部が映っており、不鮮明ながらも作業用ポッドやMAの姿も認められる。
別の映像には艦隊外周で哨戒活動を行うドレイク級の姿もあった。

これらの情報は、ジオンの放った強行偵察部隊の持ち帰ったものである。

ジオンにはザクをベースとした強行偵察型が存在していたが、少しでも多くのパイロットとMSを前線に配備するために今回の
作戦では用いられなかった。代わりに運用されたのが、ザクに比べ小型で機動性に優れるガトル戦爆に冷却剤タンクとブース
ターを追加した改修機。もとより複座機であることも合わせて、急造ながら良好な結果を残していた。
それでも、出撃した一個中隊半数が未帰還機となっていたが。
情報部では彼らの持ち帰った情報を無駄にしないよう、懸命の解析が行われている。

「敵の主戦力はおよそ三個艦隊、第八に加えて第一・第二が合流したものと思われます」

幕僚の一人が報告する。
その顔色はけしていいとは言えない。艦隊戦となると艦艇の数が物を言うが、その点においてジオンは大幅に遅れを取っていた。
さらに連合は精鋭ともいえる部隊を集めている。戦術で隙を突くことも難しい。
ここでジオンを徹底的に叩き、宇宙に広まる独立の気運をくじけさせようという肚なのだろう。

「フン、第一を動かしたか…貴様の意見を聞きたいところだな?」

ドスルが話しかけた先には、通信モニターに映るキリング・J・ダニガン中将の姿があった。
ジオン公国軍がまだ国防軍だった頃から司令部に身を置いていた彼は、ドズルがもっとも信頼する将官の一人だった。

「…連合の残りの二個艦隊、これが戦線に加わることはないでしょうな」

すでにジオンの奇襲により三個艦隊を各個撃破されながら、さらにまた三個艦隊を集結させた連合にはなおも余力がある。
宇宙要塞アルテミスに駐留する二個艦隊がそれである。

「正面の敵は世界樹だけか…気休めにもならんわ」

ドズルが発した言葉にキリングも同感なのか渋面になる。
月での奇襲とはワケが違う。今度の相手は三倍の戦力で待ち構えているのだ。
攻める側が三倍の戦力をもって臨むのが常道だというのに、これでは逆ではないか。
相応の策は練ってあるが、緒戦のような大勝は望めないだろう。
負けるつもりこそないが、無視できない損害は被ることになる。

「チィ、ただでさえ気が重いというのに、身内に足を引っ張られてはな!」

連合艦隊は宇宙攻撃軍を中核として編成されているが、他の師団からも多くの艦艇・MSが編入され、その中でも突撃機動軍からは
第六軍として戦艦グワシュを旗艦とした計二十隻の艦隊が派遣されている。
端から見ればただの援軍でしかないが、普段の両者の関係を知る者からすれば、そこに政治的意図があるのは明らかだった。

「ランゲル少将、信頼できる男では?」
「それはな!しかし、キシリアは違う」

艦隊司令のノルド・ランゲル准将。キシリアの将官にしては質実剛健な有能な男のようだが、幕僚はいかにもキナ臭い奴らが固めていた。

「兄貴への牽制なのだろうよ」

ギレンの直轄する国防隊からは戦力は供出されていない。
部隊の性質上それは仕方ないのだが、キシリアは手駒を出すことで後のカードにするつもりなのだろう。
上手くいけばドズルへの貸しを作ることもできる。
わざわざグワジン級を送ったのは一般兵に対する印象付けか。

「マ・クベの入れ知恵か・・?くだらん真似をする!」

負ければそれで終わりの戦で、自分の都合のために戦力を動かす。
前線のドズルからすればたまったものではなかった。

「ガルマにはああはなってほしくないものだ」

溺愛する弟がキシリアを慕っていることが気掛かりだった。

「そのためにも負けられませんな」
「応よ」

最後にお互いの戦意を確認すると通信を閉じ、シートを離れる。
無重力の空間を数秒泳いだあと、オペレーター・シートの背もたれに捕まって停止した。
若い情報士官が驚いたようだったが、それを意に介することなく指示を出す。

「相対距離は」
「は…ッ、現在、世界樹までおよそ7000」

頃合いか…。
ドズルはそう判断すると通信用インカムを掴むと全軍に対して怒号を発した。

「全艦、速力を巡航から第二戦速に上げい!!航宙編隊出撃準備!」

号令を受けた艦隊が一糸乱れぬ挙動で速力を上げ、格納庫では整備員が慌ただしく動き出す。
にわかに騒々しくなった艦内では、戦争の気配が漂いだした。
ガトル戦爆のパイロット達は各々の機体に乗り込み、出撃に備える。
ジッコ突撃艇の乗員も計器類をチェックしながら、緊張で強張った体を少しでもリラックスさせようとする。

「連合め、目にもの見せてくれるわ!」

<同日同時刻  月面 エンデュミオンクレーター>

先の戦闘により制圧されたエンデュミオンクレーターは、"サイクロプス"が発動されなかったがためにある程度の基地機能を維持
していた。ジオンも部隊を駐留させ、後方支援基地として機能している。
艦隊も置かれてはいるが、ムサイ級の他は輸送艦や小型艇がほとんどであった。

そんな中、無数のコンテナが、射出を目前に控え待機していた。
全長80mほど、小型艇並みのサイズのコンテナが数十基はある。
コンテナは黒一色で塗装され、さらに光の反射を抑える加工が施されている。マーキングの類も見当たらず、その姿は不気味であった。

その周囲で若干名ながら活動している人間の姿が見える。
着込んだ作業用ノーマルスーツの仕様からジオン兵と分かる。
慌ただしく作業していた彼等だったが、通信が入ったのか一斉に作業を止め施設内に退避していく。

数分後、物資打ち上げ用レールに設置されたコンテナ群が次々と打ち出されていった。

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