Zion-Seed_51_第二部第11話

Last-modified: 2009-01-24 (土) 01:37:33

 太平洋の海を巨大な艦艇が突き進む。砂漠の虎の乗艦レセップスだ。艦橋では艦長のバルトフェルド大佐が
指揮を取り、傍らではカガリがマ・クベの作成した計画書を手に、難しい顔をしている。マ・クベは、そんな
カガリを指差し、ガルマに語りかけた。

「ガルマ様、カガリ様が不安になっておられます。一言、声をお掛けください」
「ふむ、そうだな」

 マ・クベの言葉に同意したガルマは、大役を演じなければならない少女を元気付けるべく近づいた。
 カガリは、そんなガルマの姿を見るなり、不安を口にする。

「ガ、ガルマ。本当に上手くいくかな。とても成功するとは思えないんだが……」
「大丈夫だ。ここに計画書がある。このとおりやれば必ず成功する」
「で、でも、もし失敗したら、私はオーブに入られなくなる……」
「そのときは私が責任を取ろう」

 ガルマの声は矢となって空気を切った。

「地上攻撃軍の総力を挙げてカガリを救出しよう。本国でも相応の地位を用意する。不自由はさせない」

 その声は、重圧と不安に押しつぶれそうになるカガリの胸に突き刺さり、覚醒させた。今日まで恋の一つも
したことがなかった彼女には、ガルマの言葉はあまりにも大きすぎた。

「い、いいんだ! お前がそこまで考えているのなら……」

 モジモジするカガリに、ガルマは首を傾げた。自分が地雷を踏んだ事に気付いていないらしい。
 その様子を見ていたマ・クベは、内心で「計画通り」と呟いた。

「後続の部隊は?」
「既にカオシュンを出ました。10時間後に到着予定です」
「約半日か。それまでに接触しなくてはない」

 連合が声明を出して9時間、ガルマはカガリと共にオーブへ到着した。レセップスはオーブ軍艦に先導され、
オノゴロ島にある軍港に入港した。接岸すると、カガリはオーブ行政府へと向かう。ガルマも上陸しようとし
たのだが、オーブ側はこれを拒否してきた。ガルマは嫌悪の色を出すが、これは予想したとおりだ。

「私はザビ家の四男のガルマ・ザビだ。貴国は公人に対してこの様な対応をしているのか?」

 ただの軍人なら追い払ったろうが、今回現れたのはジオンの公族である。対応を間違えれば外交問題になる。
 慌てたオーブ側は、モルゲンレーテに居たロンド・ギナ・サハクに連絡を取った。その日、ギナは新型MSの
搭乗試験を行っていたのだが、思わぬ来客に興味を持った。この様な客が来た時、ウズミの了解を得なければ
ならないのだが、ギナはその必要はないと言い、ガルマ達の上陸を許した。
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――――第2部 第11話
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「このような脅しに屈するわけにはいかん!」

 オーブ行政府の会議室では、ウズミが激怒していた。通告内容を記した書類をテーブルに叩きつけ、連合へ
の罵声を吼えている。ウズミの下に集っている氏族の代表や軍の高官は通告文に唖然としながらも、ウズミが
犯した失策にあきれていた。特に現代表ホムラは、通告文を隅から隅まで目を通し、非はこちらにあることを
自覚していた。

「兄上、結論を出すには早計ではないかな」
「何を言う! お前はオーブにテロ支援国家の汚名を被れというのか!」

 しかしホムラは昔から内気な性格であり、いつも激情なウズミに意見を押し付けられてしまう傾向があった。

「いえ、そうではありませんが……」

 別に要求を全て受け入れるわけではない。実際に、オーブはテロ支援など行なっていないのだから、交渉を
重ねつつ誤解を解けばよい、という意味でホムラは発したつもりだったが、ウズミはそう捉えなかったようだ。
こうなっては意地でも連合と交渉はしないだろう。
 困ったホムラに代わって、コトー・サハクが意見を述べる。

「では連合と戦うとして、実際問題どうするのですか?」
「オーブの総力を挙げて迎え撃つのだ!」

 ウズミはいきり立つが事は簡単にはいかない。

「御待ちください。迎え撃つとは、何処でですか?」
「オノゴロ島に決まっているだろう」
「……私は反対です」

 オノゴロ島は軍司令部と軍事産業の中枢である。正に軍事の中心であり、その防衛網は中々のものだ。だが、
島や近海で迎え撃つということは、オーブ本土への上陸を許すことになる。

「ではどうする?」
「艦隊で打って出ます。先手を取ったほうが有利になりますゆえ」
 
 コトーの案を聞いた海軍の高官達が賛成するように頷いた。オーブ海軍は進水式を終えたばかりの戦略空母
タケミカズチがある。これを旗艦とした機動部隊で奇襲を仕掛けるのがコトーの考えだった。だが、ウズミは
この案に拒絶を示した。

「ダメだ。全艦艇はオノゴロ島の住人の避難に使う」
「なっ!? それでは折角の機動部隊が使えなくなってしまいます」
「時間がないのだ。だからこそ全艦艇で避難を行なう」
「それでも明日中には終わりません。ならば奇襲を仕掛け、敵戦力を削ぎ、時間を稼ぎつつ避難をしたほうが
確実です。わざわざ敵の土俵である地上戦で迎え撃つ必要はありません」

 コトーは自分の策に絶対の自信を持っていた。サハク家は、オーブ防衛の為にMS開発に力を入れている。
その象徴たる機体がM1アストレイだ。これは連合の主力MS以上の性能を持っていた。更に島嶼国家である
オーブの領内を防衛するには海上航空戦力が必要不可欠であったので、シュライクと呼ばれる大気圏内飛行用
オプションまで開発させた。連合には飛行できるMSは開発されていない。連合が物量に勝っていても、航空
戦力に関してはオーブが上なのだ。

「確実? 何故そう言いきれる。たかが空母一隻では大した痛打は与えられんわ!」
「敵旗艦を沈める。敵の補給路を断つ。幾らでもやりようはあります」
「随分と自信があるようだな。だが、そんな賭けには乗れん」

 ウズミはコトーの案を一蹴する。

「プラントを見てみろ。ヤキンから艦隊を出し、戦力を分散されて負けたではないか」

 ウズミは今の状況をヤキン・ドゥーエ攻防戦と重ねて見ているようだが、プラントとオーブでは状況が違う。
ジオンとザフトは同戦力だったし、戦場は宇宙のみ、オーブのように陸海空ではない。第一ヤキンは要塞だが
オノゴロ島は要塞ではない。あくまで軍事の中心というだけだ。モルゲンレーテ本社や工場があり、民間人も
住んでいる。そんな場所で迎え撃つなど正気の沙汰ではない。
 これにはコトーも絶句した。ウズミは政治指導者としての素質は高いのだろう。だが軍事に関しては落第点
である。怒りに震えたコトーは、反論しようと立ち上がった。その時、

「お父様、ただいま戻りました」

 カガリが会議室に現れた。その身にはオーブの軍服を着ている。階級は准将だ。

「戻ってきたか。ジオンの艦で戻ったのは問題ではあるが……」

 ウズミとしては、今のオーブには戻ってきてほしくなかった。

「今はそんなことを言っている場合ではありません。私の話を聞いてください」
「……なんだ?」

 戻ってきて早々に発言するカガリを見て、ウズミや他の氏族達は意表を突かれた顔をしている。そんな彼ら
を前にして、カガリは内心ヒヤヒヤだった。

(思い出せ。マはなんて言っていた?)
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『まず、それとなくジオンの存在をほのめかしてください』
『それは大丈夫だ』
『次にウズミ氏に肯定の立場を取ってください』
『うんうん、それから?』
『アスハ家と対立するサハク家を非難しなさい。徹底的に』
『…………ちょ、ちょっと待て。私にコトー様やギナ、ミナと渡り合えと?』
『渡り合う必要はありません。蔑むだけでよいのです』
『そんなのは無理だ!』
『ならば無視をなさい。相手がどんな意見を言おうが、返答してはなりません。これならば出来ましょう?』
『うーん、それくらいなら……』
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「今回の一件で、ジオンがオーブを支援する申し出がありました」
「なんだと!!」

 娘の発言に苛立った声を上げる。

「まさか勝手に申し出を受けたのではあるまいな!」
「い、いえ、私はそれを断りました。理念に反するから……」
「そうか、ならばよい」

 ホッとしたように微笑むウズミとは対照的にコトーの顔は真っ赤になっていた。ジオンからの援軍があれば
連合に勝てる。そんな妄想を描いたのだ。ところがカガリは断ったという。あの父に対してこの娘ありだ。

「お父様、私はお父様の作戦で戦うべきと考えます。コトーの策は愚策もいいところです」

 カガリは頑張ってコトーを非難した。それでもこれくらいの嫌味が限界だったが、コトーには効いたらしく、
拳を握り締めている。周囲もこれは言いすぎだとばかりにコトーを気にしだした。

「全く持ってそのとおりだ」
「そこで避難の指揮は私が取りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「構わんぞ。コトーは明日中の避難は無理だと言いおったからな。お前に任せたほうがいいようだ」

 そうは言うが、ウズミもカガリが上手く指揮するとは思っていない。避難の指揮を任せれば娘の脱出するの
が容易になるとの判断からだ。

「一応、体面もあります。コトー様には私の下に就いてもらいたいのですが?」
「そうだな。コトー、お前はカガリのサポートするのだ。よいな!」
「……分かりました」

 コトーは拳を握り締め、肩を振るわせ怒りを堪えるが、結局は力なく自分の席に腰を降ろす。軍事に携わる
サハク家とはいえ、政治を仕切るアスハ家の命令には従うしかなかった。
 これで会議は御開きとなった。この結論に肩を落とすコトーを見て、カガリが話しかけた。

「何用ですか?」
「お、お前に相談がある!」
「ほぅ、この無能なサハク家に相談とは、光栄ですな」
「ここでは落ち着けない。私の部屋まで来てくれ」

 そう言って周囲を気にするカガリ。コトーは不思議に思いながらも、絶望した未来に頭が回らず、カガリの
後を黙って着いて行くだけだ。
 そしてカガリに宛がわれていた執務室に入ると、2人の人物が待ち構えていた。

「キサカ一佐か、生きていたのだな」
「おかげ様で……」

 コトーは見知っているキサカを見るなり皮肉混じりに口を開く。アスハ派軍人の筆頭と呼べるキサカに良い
感情を抱いていないのだ。

「サハク家頭首コトー・サハク殿ですな」

 キサカとは別の人物を見て、コトーは首を傾げる。その人物は佐官の服を着ている。佐官クラスともなれば
数が少ないので大抵の顔名前を覚えているのだが、コトーには見覚えがなかった。

「うん、そっちは、はて? 誰だったか……」
「私はジオン地上攻撃軍参謀長マ・クベ中将です。お初にお目にかかる」

 コトーは、それが何を意味しているのか理解するのに、暫し時間をかけるのであった。
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 ユウナ・ロマ・セイランが家に戻ってきたのは、会議が終了して1時間後の事だ。
 彼はオーブの五大氏族に次ぐ有力氏族セイラン家の跡取りである。本来ならば父ウナトが会議に出席する筈
だったが、ユウナが代わりに出席していた。

「ユウナ様、お帰りなさいませ」
「ああ、父は何処にいる」
「ウナト様は書斎で考え込んでおられます」

 家に戻ったユウナは会議の内容を報告すべく、ウナト・エマの書斎へと足を運んだ。そこでウナトはオーブの
未来を考えていた。

「父上、何を考え込んでいるのです」
「ユウナか、別段たいしたことではない」
「オーブの未来がたいしたことではないとは、頼もしいかぎりですね」

 ウナトは、思わず大きく体を揺らせてしまった。

「気付いていたか。会議はどうだった?」
「父上の考えどおりです。ウズミは強攻策に出ます」

 やはり、といった表情で、ウナトは紅茶をすすった。彼もコトーのようにオーブの敗北は予測できていた。
そして問題は戦後にセイラン家がどう動くかである。
 オーブの外務に携わり、他国との交渉を得意とするウナト。ウズミが代表であったにもかかわらず、今まで
オーブが中立を保っていたのは、彼の手腕によるものが大きい。戦後の交渉も自分がやらなくてはならない、
そんな決意が彼の中にあった。連合との交渉は妥協の連続になるだろうが、できるだけ中立の立場は動かした
くない。はたして自分にそれが可能だろうか。
 ウナトは暗い未来に絶望しながらも、ユウナを安心させるべく、もう休むよう言った。ユウナも部屋を出て
行こうとするが、ふと思い出したように立ち止まった。

「父上、実は気になったことがあります」
「なんだ」
「カガリの様子がおかしいのです」

 カガリの名にカップを持ったウナトの手が止まった。

「詳しく話してもらおうか」

 ユウナは、会議室で起こった事を詳細に語った。特にカガリのコトーに対する振る舞いだ。彼は、カガリは
幼馴染で子供の頃からカガリを知っている故に、彼女が他人を蔑む行為をしない人物であるのを知っていた。
まだ子供で、わがままな一面はあるが、国の行く末を論じ合う場でその様な事ができるほど、カガリは大そう
な人間ではない。

「僕が推察するに、カガリは何かを起こそうとしています」
「何か、とは何だ?」
「そこまでは……そういえば、彼女はジオンの船でここまで来たと言っていました。もしかしたらジオンから
何らかの策を授けられたのかも」

 あの場でカガリは、ジオンが支援する旨を皆に伝えた。直にそれは否定したが、暗にジオンの存在をほのめ
かすような事を言ってどうするつもりだったのか。

「本当は、ジオンの支援を受け入れたのでは?」
「それはないだろう。それでは理念に反する事になる」

 考えても結論は出ない。情報が少なすぎるのだ。

「父上、セイラン家が何処につくか、慎重をきす必要があります」
「うむ。だがその前に、今のオーブを救う手立てを考えなければ……」

 オーブの未来とセイラン家の未来を護る。その為にウナトは、今一度頭を働かせるのだった。
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 深夜、月光が海面を照らす中で、赤い光を放つ物体があった。それは、ゆっくりとヤラファス島に近づき、
人気のいない海岸に上陸した。巨大な頭部を持ったそれはジオンのMSアッガイである。周囲を警戒しながら
実に10機ものアッガイがヤラファス島へと上陸すると、その姿を空間に溶け込ました。元からステルス性の
高いアッガイにミラージュコロイドを搭載させたのだ。オーブが発見するのは困難であろう。

「よし、各員、任務は熟知しているな」

 ラルの声に皆が頷いた。今回のラル隊の任務はTV局の制圧である。一見簡単そうに見えるが、通常の任務
とは違って、相手は民間人である。殺すことはできない。相手を1人も殺さずに制圧するというのは、とても
困難である為、ラルの部隊が宛がわれる事になったのだ。

「ロイ、頭は大丈夫か?」
「なぁーに、一日経てば二日酔いなんざ治るよ」

 そしてラル隊と共に行動するのがグリンウッドの指揮するG-27部隊である。彼らもまた、ヤラファス島にて
動く部隊であった。通常、グリンウッドはカラカル隊と呼ばれるMS隊を指揮しており、G-27本隊である歩兵
部隊のほうはジャニスとクルツが指揮を取っていた。だが、今回の任務は隠密裏にオロファトに潜入するので、
MSで入るわけにはいかず、グリンウッドも歩兵部隊を指揮することになった。

「本当か? 作戦内容を言ってみろ」
「本日12:00が決行時間だ。それまでに皆は別々に行動、目標に向かう。時間と同時にジャニスとクルツ
各隊は内閣府官邸と国防総省、俺の部隊は行政府を制圧する、だろう?」
「そのとおりだ」
「まったく、ラル中佐殿は心配性ですな」
「任務なのだ。当然だろう」

 グリンウッドは気楽にいこうと言うが、ラルは厳しい顔を緩めなかった。

「しかし、オーブの為にここまでやるとは、我らが大将は随分と人が好い……」
「だからこそ我々を親衛隊にしたのでしょう」
「犯罪者で固まってますからね。この部隊は」

 グリンウッドはやれやれと言いながら、次の瞬間には鋭い眼光を宿していた。
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 次の日、回答期限まで後24時間を切り、オーブ全島が慌ただしく動いていた。オノゴロには首都防衛軍を
除いた全軍が集結、国防本部からの命令を受けている。

「ねえ、私達も手伝ったほうがいいのかな?」
「でも待機中だよ」

 そんな事を話しているのアサギ、ジュリ、マユラである。彼女達はギナからの命令で、モルゲンレーテ本社
防衛部隊として待機を命じられていたのである。モルゲンレーテでは最悪の事態に備え、昨夜から撤収作業に
終始していた。

「私達って運がいいのかな? それとも悪いのかな?」
「いいんじゃない?」
「でも折角訓練したのに……」

 3人は互いに愚痴を言いながら、栄養ドリンクを口にした。彼女達はテストパイロットで、今日までMSの
訓練に明け暮れていた軍人である。その為、他のパイロットより腕に自信を持っており、前線で戦えない事に
不満があったのだ。
 しかし、実際の彼女達の実力は訓練レベルを超えおらず、ギナには操縦技術を酷評されている。待機命令は
的確なものだったろう。
 そんな3人が格納庫でだらけていると、同じくテストパイロットのバリー・ホーが現れた。

「何をしている」
「ヒマを持て余してる」
「そんな場合か。ギナ准将からの命令だ。ただちにMSに搭乗、だそうだ」

 3人は思わず顔を見合わせた。何故この状況下でMSに搭乗する必要がある。連合軍が攻めてくるには、後
1日はあるというのに。
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「準備が整いました」

 軍令部からの指示が伝えられ、空母タケミカズチの艦長トダカ一佐は、指揮官代理のコトーに向き合った。
トダカは昔気質の軍人で、少々癖のある人物だが、部下の人望は厚い。
 そんな彼の横で、コトーは腕時計をチラリと見ると、そのまま待機する事を命じる。

「待機だ」
「は?――はい」

 命令を聞いた誰もが戸惑いの声を上げる。

「コトー様、避難民の収容は行わないのですか?」
「そうだ」
「しかし、このままでは間に合わなくなります」
「一佐、私はカガリ様から“全権”を預かっている。このまま待機」

 トダカは驚いて反論するも、コトーは聞く耳を持たない。このままでは命令違反になるどころか、多くの民
を戦場になるであろう場所に置いておく事になる。

「それより見たまえ、レセップスだ」

 見ると、カガリ・ユラを連れてきたというレセップスが軍港より動き出した。あの艦が砂漠の虎と呼ばれる
バルトフェルドの乗艦であるのはトダカも知っている。時が時なら感嘆の声を上げていただろう。だが、今は
そんな事を考えている場合ではない。一刻も早く、国民を避難させなければならないのだ。

「艦長、おかしいです。レセップスの進行方向が領海外に向いていません」
「何、それはどういうことだ?」
「レセップスは一路ヤラファス島に向かっています」

 声を上げようとしたトダカだったが、それはコトーの大げさな声にかき消された。

「おおっ、なんということだ! 一佐、タケミカズチで後を追いたまえ!」
「は、はっ?」
「分からぬか。ジオンも連合と同じ理由でオーブを攻撃するかもしれんのだぞ」
「ま、待ってください――」

 コトーの言うことは理解できる。テロ支援国家の汚名を被せられているのだ、テロ許すまじの演説を行った
ギレン・ザビなら、オーブを攻撃する可能性はある。が、単艦で攻撃を仕掛けるとはとても思えない。それに
避難民を放置して後を追うのには抵抗がある。

「――空母には艦載機を搭載していません。一体どうやって……」
「ならば護衛艦隊も呼べ!」
「しかし避難民……」
「命令だぞ、トダカ一佐!」

 軍人である以上、命令に逆らうことはできない。ましてや相手はサハク家頭首だ。逆らいようがない。
 トダカは仕方なく、全艦艇に追撃命令を出し、レセップスの後を追った。
 このとき時計の針は11時40分を指していた。
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               *     *     *
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 会議室にはサハク家を除く多数の氏族が集め、ウズミは情報を待っていた。本来ならば代表であるホムラが
場を仕切らなくてはならないが、完全にウズミに役を奪われている。 

「オノゴロ島の様子はどうなっている」
「避難民の収容に時間がかかっているようです」

 この段階で護衛艦隊がレセップスを追撃している情報は、彼らの耳に入っていなかった。このことが、後に
重要な結果を出すことになる。

「カガリに急ぐよう伝えろ」

 苛立つ様に命令するウズミをよそにして、ウナトはホムラに話しかけた。現代表であるホムラが、ウズミを
押しのけられれば、事態は好転する可能性があるからだ。

「ホムラ代表、本当に連合と事を構えるのですか。今ならば、まだ引き返すことはできますぞ」
「今更何を言っても、兄上は首を縦には振らんよ」
「ウズミ様にこだわる必要はありません。代表が命令すれば事態は変化するのです」
「私には無理だ」

 ダメだった。ウナトにはこれ以上ホムラを奮い立たせる言葉が続かない。ここまでウズミに頭が上がらない
とは情けないにも程がある。

「……分かりませぬな。ウズミ様は何故、そんなにも交渉を拒絶するのです」
「兄上は、連合を嫌っているのだ。ブルーコスモスの私兵に膝を屈するわけにはいかない、屈すればオーブに
住むコーディネイターに迷惑がかかる、とね。それにマルキオ導師の意向もある。オーブを戦後の外交交渉の
場にすると……」
「それはそれは」

 話を聞いたウナトは呆れてしまった。ウズミが執拗に連合との交渉を拒否するのは、戦後にオーブの地位を
高める為のものだと言うのだ。ジオンと連合はスカンジナビアで停戦交渉を行っているが、内容を聞く限り、
戦争終結には至らないだろう。そうなれば次の戦後はオーブが外交交渉の場となる。マルキオもそのつもりで
ウズミに告げていたのだろうが、それで国が滅んでどうする。
 おそらく理念に反するといって連合の提案を蹴ったのも、相手がブルーコスモスの盟主であったからだろう。
国内のコーディネイターを考えたのだろうが、これは只の人気取りでしかない。ウズミは政務に私情をはさみ、
オーブを引くことのできない状況に追いやったのだ。
 ウナトは笑った。笑わずにはいられない。これは極めつきの喜劇、それも醜悪きわまる喜劇だった。思えば
ヘリオポリスの一件でウズミが代表を辞し、ホムラが新代表となった時から歯車は狂いだしていたのだ。
 ウナトはあらためてホムラに、なにか言いかけた。
 その時、扉の外側で物音がしたかと思うと、興奮で顔を赤くした士官が飛び込んできた。

「た、大変です!!」
「どうした騒々しい。何が起こったと言うのだ」

 ウズミが叱るように問うと、士官は声を絞り出した。

「ク、クーデターです。カガリ様がクーデターを起こしました」

 ウナトを除く全員が息を呑んだ。