Zion-Seed_51_第二部第24話

Last-modified: 2009-03-28 (土) 20:46:50

 連合とジオンの戦争が再開された。まだ大規模な戦闘には発展していないが、散発的な小競り合いが各地で
起こっている。特に欧州方面で連合軍が戦力を集中させているとの情報が入っており、第二次オデッサ作戦の
兆候ではないかと囁かれていた。
 連合軍の指揮を取っているのは、嘗てオデッサ作戦で醜態を晒したビラード中将。
 今回は大西洋連邦の助けは借りず、ユーラシア連邦のみの反抗作戦だった。前の作戦においてユーラシアは、
敗北の責任を一身に受けた。ハルバートンの指示どおりに動かなかったからという理由だけでスケープゴート
にされたのだ。
 潰された面子を返す為、ユーラシア連邦は単独でオデッサを奪還しようと模索する。その矢先に立ったのが
ビラード中将だった。前回の汚名を晴らすべく、今回の大攻勢に志願したのである。
 ビラード率いる第1軍は旧スイスの首都ベルンを突破して東進、チューリヒを経由してオーストリアに侵攻
する予定だ。但し、無理な侵攻は行わなかった。前回と同じ轍は踏まない。現在ドイツから第2軍、イタリア
から第3軍が侵攻しており、両軍と合流した後、ジオンを一気に叩く手筈となっていた。
 総兵力は前回と同じ320万人。前回と違うのはMSの数が600を越えるという事だ。大西洋連邦主導で
量産されたストライクダガーに新型のダガーLを加えた4個師団がオデッサに迫ろうとしていた。
 この連合軍の動きに対し、欧州方面軍を任されるユーリ・ケラーネ少将は慎重だった。

「少将、連合軍がシュトゥットガルドに展開。トレントと合わせてオーストリア西部を包囲する形でいます。
ゆっくりですが、チューリヒからも進軍しています」

 司令部にいるケラーネは、報告を聞きながら地図と睨めっこをしていた。その表情は厳しいものだ。

「俺たちの状況は?」
「インスブルック、ザルツブルクで迎撃体制を取っております」

 相手が戦力を整える前に攻撃を仕掛ける事は可能だったが、再編成が終えたばかりの軍では弊害が大きい。
そこで欧州方面軍は、ウィーンに総司令部を置き、旧オーストリア全域を前線拠点とした。ドナウ川に沿った
地域では水中用MSが使用できるだけでなく、川を下って地中海への撤退も可能だ。

「空軍をインスブルックの支援に、ザルツブルグには第501マゼラアタック大隊を援軍に回せ」
「よろしいのですか?」

 ケラーネの命令に副官のボーン・アブスト大尉が疑問を述べた。
 ジオンからしてみれば、連合の物量を相手に正面から戦う必要は無い。前回同様、後退を繰り返す事で相手
の補給線を伸ばして叩けばいい。マ・クベの策を再び使うのに抵抗があったが、贅沢は言っていられない。

「構わん。こっちが後退する素振りを見せちゃ、作戦は失敗する」

 連合は前回の二の舞を恐れている。当然、ジオンの出方も研究しているだろう。

「それにコーディ連中を助けるポーズも取れる」
「なるほど、わかりました。早速手配しておきます」

 囚人兵とはいえ元ザフト兵だ。建前でも支援する姿を見せなければ、他の元ザフト兵から信用が失われる。

「連中の様子は?」
「はい。不満の声が出ていますが、奴らも身の程を知っております」

 ケラーネは軍内部でも将兵を大事にする性格だが、元テロリストを同情する気はなかった。
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――――第2部 第24話
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「ディアッカ隊長、あれ見てください。何であの部屋だけ金色なんでしょう?」

 中世を思わせる家々が並ぶ市街地の上空を飛ぶ輸送ヘリから、景色を見下ろしていたアイザック・マウが、 呟くように言った。ホテルの一部が金の瓦で作られており、遠目から見ても酷く目立っている。それは黄金の
小屋根と呼ばれる歴史遺産であった。

「知らないのか? あれは俺たちが命を賭けて護る欧州の文化遺産だ」
「マ・クベ中将は地球の文化に興味があるのよ」

 痛烈な皮肉でディアッカは返し、それをシホ・ハーネンフースが補足する。2人の答えにアイザックは溜め
息を吐いた。マ・クベの地球通はザフトの間でも有名なのだ。

「まぁ、囚人兵は生き残る事を優先しようぜ」

 囚人兵。その一言に周りにいる者達は顔色を変える。輸送ヘリに乗っている兵士達は、プラント解放戦線に
所属していた兵士である。解放戦線が壊滅した後、ディアッカ達は強制的に徴兵され、欧州の最前線で防衛を
任されている独立混成旅団に配属されたのだ。
 オーストリアの西部インスブルックに輸送ヘリは降りた。ディアッカ達は着任の為に大隊長の下へ出向く。
敬礼する彼らを、隊長は品定めするように見回した。それは軽蔑の視線に思われた。ディアッカはその視線を
気にしないように勤めた。元テロリストなのだ、白い目で見られるのは覚悟している。

「君達の小隊は西の防衛線において敵の侵入を阻止せよ」
「…………」
「装備はその中にある。役割は各々で決めるように」

 言うとディアッカの後ろにある簡易倉庫を指差した。
 ディアッカは敬礼をし、シホとアイザックを連れて装備を見る事にした。倉庫の中は薄暗く、メカニックは
誰もいなかった。シホが明かりをつけると、自分達の乗るMSに驚いた。

「なんですかコレ? 全部、旧式じゃないですか!?」

 そこにあったのはシグーにジン、そしてザウートだった。
 ジンとザウートは1年前なら第一線で活躍できた機体ではあるが、今は後方支援くらいにしか使えない代物
である。唯一、シグーだけは前線でも使えるだろうが、単機で行動するのは自殺行為だ。

「冗談じゃないわ。こんな機体でどうしろと言うの!」

 そのシホの大声が聞こえたのか、大隊長が言葉を返す。

「囚人兵がMSに乗れるだけでもありがたいと思え!」

 返答にシホは黙らざるを得なかった。肩を落とす2人を見て、ディアッカは後悔していた。何で自分は解放
戦線に入ってしまったのか……。

 2日後。チューリヒから侵攻する第1軍がインスブルックの防衛線に突入した。膨大な数の車両とMSが、
鉄の嵐を思わせる弾幕を張りながら前進してくる。
 この大軍に対してインスブルック防衛隊は凄まじい粘りを見せた。囚人兵に回されたザフト製兵器の多くは
旧式だが、扱う兵士はベテランが揃っている。高い士気と優れた技量、そしてケラーネが寄こした航空支援が
連合軍を抑えこんだ。
 しかし、トレントから侵攻した第3軍が合流した事で流れは変わった。ジオンの想像を超えた物量に押され
始めたのだ。中でもユーラシアが独自に開発したMS"ハイペリオンG"が、防衛隊を絶望的な思いにさせた。
 "ハイペリオンG"はアクタイオン社が設計した試作量産機である。アルテミスに配備されたハイペリオンを
ストライクダガーをベースに再設計した陸戦機で、光波防御シールドの数を減らし、生産性を向上していた。
それでも高値の為、計12機しか量産されていないが、攻撃が通じないというのは、精神を追い詰めていく。

「クソッ! クソッ! 落ちろぉー!」
「無駄弾撃つな!!」

 若い兵士がバクゥで突撃を敢行したが、密度の濃い弾幕に無残にも破壊される。

「PS装甲も十分に反則だったけど、こいつは流石になぁ……」

 そんな光景をディアッカは歯がゆく見ていた。
 彼の部隊は、前線から離れた少し丘で火力支援を行なっていた。ザウートの高火力を最大限に使う為、他の
部隊と共同で射撃に徹していた。

「隊長、ここからあの機体の破壊は可能ですか?」
「うーん、ザウートだと難しいな」

 シホの進言に、ザウートのコックピットでディアッカは難しい顔をした。

「隊長の能力でもですか?」
「おいおい、俺を買い被らないでくれ」

 謙遜するものの、ディアッカは自らの高い射撃能力を生かして、ここまで8両のリニアガンタンクと6機の
ストライクダガー、4機のダガーLを破壊していた。ザウートでの撃墜スコアとしては異常な成績である。
 だが、それもユーラシアが投入した戦力の微々たるものでしかない。単機で戦況を覆す事など出来ないのだ。
 正面の部隊は火力に圧倒され、じりじりと後退して行く。バクゥ部隊が側面に回り込もうとするが、味方が
半包囲されつつある状況では不可能だ。唯一、空軍は五分の戦いを繰り広げているが、長くは持たない。

「引き際だな。シホ、アイザック、後退するぞ」

 ディアッカの命令で他の部隊も後退していく。本来なら彼にそんな権限など無いが、彼の名はXナンバーの
強奪時から兵の間で有名だ。判断が正しいのも重なって、各部隊は後退の準備を始める。

「待て! 貴様ら、勝手に後退するな!」

 ところが大隊長からの通信がそれを止めさせた。

「貴様らは引き続き支援を続けろ」
「正気ですか。包囲される前に後退しないと脱出できなくなります」
「そんな事はわかっとる。だから司令部を最優先で後退させるのだ」

 その言葉にディアッカは唖然とした。

「我々が後退を完了させるまで、貴様らは援護をしてもらう」
「冗談じゃないわ、先に逃げるつもり!」

 シホが怒号をもって答えるが、向こうは何も言わずに通信を切ってしまった。頭のてっぺんから湯気を出す
彼女をなだめようと、アイザックが何か言おうとするが、かけるべき言葉が思いつかない。
 結局、撤退をあきらめたディアッカ達は、正面の部隊と共に殿となった。
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 ジブラルタル基地ではオーブから戻ったガルマが戦況を聞いていた。

「戦況は悪いようだな……」

 作戦司令室で、ダグラス・ローデン准将が進言する。

「連合は前回と同規模の戦力で進軍しています。現在はオーストリア西部で交戦中。ザルツブルクは善戦して
いますが、インスブルックは陥落寸前。救援を送るべきでは?」
「今から送っても無意味だ。オーストリア西部は失われる」
「では救援は送らないと?」
「いや、送る」

 前言をあっさり否定するかのようなガルマのセリフに、全員の目が点になった。

「ケラーネは戦線を縮小するつもりだ。守りきるには戦力が足らない事をよく知っている。だが、その過程で
犠牲が増えるのは、地上軍総司令官としては望めない。唯でさえ連合との国力は差が開いているのだからな。
ガウ攻撃空母を40機送る。味方の救出用にファットアンクルも用意させるんだ」
「ガウを40機も!?」

 驚きの声を発したのはヨアヒム・ラドル大佐であった。彼は以前までザフトのジブラルタル基地司令として、ガルマと相対した男である。同基地を陥落した際に捕虜となり、プラント併合後、ジオン軍に身を寄せていた。

「反対です。連合はジブラルタルからの援軍を読んでいます」

 ガウ40機ともなるとMS120機に航空機320機の戦力になる。これはジブラルタルにある航空戦力の
3分の2に値する。それだけの戦力を投入すれば、ジブラルタルの防空に穴が空いてしまう。

「確かにそうだろうな……。しかし連合は、これだけ大規模な援軍は想定していない筈だ。動かせる最大限の
兵力をもって反撃不可能な一撃をくわえ、味方を収容し、速やかに撤収する」
「司令官殿の意見に賛成です。兵力の逐次投入は損害が大きくなる」
「うん、それにジブラルタルには敵は来ない。海上戦力を集めてないのが、その証拠だ」

 ガルマの発言にバルトフェルドが肯定すると、その場の将官が敬礼で応えた。例え他の面で不満があったと
しても、ガルマとバルトフェルドに対する彼らの信頼は絶対的なものがある。2人の存在がジオンとザフトの
結びつきを強くしていると言ってよい。それを見てからガルマは言った。

「ダグラス准将に指揮を任せる。バルトフェルド大佐、君も着いて行きたまえ」
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 ディアッカ達は絶望的な戦いを強いられていた。航空支援は既に無く、大隊長の乗るギャロップは撤退した。 部隊は完全に包囲された状況であり、最早退路は断たれている。物資は底をついており、補給も皆無。MSも少なく、玉砕は間近であった。
 シホとアイザックが重突撃機銃を放った。それはハイペリオンGの光波防御帯シールドに防がれるが、その
間に他のMSがストライクダガーに狙いを絞る。ディアッカの合図でザウートが咆哮し、敵MS群を撃破する。
歓声が上がるのも束の間、連合はそれ以上の砲弾とミサイルを味方の陣地に降り注いだ。

「もうだめだ……もうだめだ……」
「弱気になるのは止めなさい!」

 言いつつも、シホも半分はあきらめていた。様々な戦場を経験して、行き着いた先が捨て駒だったのである。アイザックへの言葉は自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。
 一方でディアッカは希望も湧かなければ絶望もしていなかった。ザフトからプラント解放戦線と、負け戦は
何度も経験している。その中で、何時死んでもおかしくない状況だった。自分は運良く生き残っただけである。今日も運が良ければ生き残る。ただそれだけなのだ。
 その時、上空から唸りを上げる騒音が聞こえてきた。何が起きたのかと見上げたディアッカ達は、雲の中に
薄っすらとした紫色の物体をいくつも見た。

「ガウだって?」

 重量感のあるガウ攻撃空母が、群をなして現れたのだ。救援は皆無だと考えていた兵士は、口をあんぐりと
開けながら編隊を見る。その内、それが援軍であると分かると歓声が上がり、士気が一気に高まる。

「グゥレイト……。俺のツキはまだあるのかな?」

 騒がしい味方をよそに、ディアッカは警戒を怠らなかった。救出されるまで死なないとは限らないのだから。
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 一方の連合軍は衝撃を受けた。援軍の予想はしていたが、これだけ多くのガウが飛来するなど想定外だ。

「40機だと? バカな! こんな陣地に40機のガウを送るなど!?」
「ですが事実です!」
「ええい、迎撃機を出せ!」

 動揺しつつも、増援を予想していた連合の指揮官は戦闘機を向かわせる。100機のスピアヘッドが高度を
上げてガウに襲い掛かった。しかし、スピアヘッドのパイロット達は、ガウが大挙して飛来した光景に背筋が
凍りついた。ガウは1機当たり8機のドップを収納できるからだ。

「ドップは迎撃を! MS部隊は輸送機の護衛!」

 連合の早い動きに、ダグラスは焦ることなく命令を出す。

「大佐、防衛隊救出の指揮を任せてもよろしいですかな?」
「おや? よろしいのですか」

 ダグラスはこのバルトフェルドという男が理解できなかった。能力は申し分ないのだが、濃縮された珈琲を
進めたり、恋人を戦場に連れてきたりと、軍人らしからぬ雰囲気を漂わせ、職業軍人であるダグラスに違和感
を与えているのである。

「頼む。君が行けば士気も上がろう」

 取り残されている部隊は、経緯はどうあれ、元ザフト。"砂漠の虎"は彼らを勇気付けるのに一役買うだろう。
 迎撃機が上がると、両者のミサイルが飛び交い、辺りは大乱戦と化した。この間、輸送機をグフ・フライト
タイプとディンが護り、味方の救出に向かう。

「こちらジェイク。1機処理した!」
「レッド3、調子に乗るなよ」

 ケン・ビーダーシュタット中尉は、ダグラス指揮下の特務遊撃隊、通称・外人部隊の部隊長である。戦術的
な思考のみでなく、戦略的な広く戦局を見渡す才能も持ち合わせている人物で、自分達にとって必要な行動は
何かを的確に判断できる逸材だ。

「手柄より常に生き残ることを考えろ。味方を救出したらオレたちも引き上げるぞ」
「そうは言うがね、隊長。敵さんは大群ですぜ」

 そう言うのは2番機のガースキーであった。こちらが大挙して押し寄せたのに敵も戸惑っているようだが、
それでも連合軍の戦力はジオン軍の倍以上ある。動揺が収まれば、今度はこちらがやられてしまう。

「では、突破口を開く」
「生き残る事が優先じゃ?」
「だから俺が行く。支援しろ!」

 そう言ってケンの乗る機体がドタイから飛び降りた。それは砂漠用の迷彩を施したゲルググだった。従来の
量産型ゲルググのスラスターを調整し、防塵処理などを施した陸戦機だ。基本性能はゲルググと大差無いが、
まだ試験段階の代物であった。
 ケンのゲルググが対空砲火の合間をぬって地表へ着地する。同時に周囲にいたストライクダガーを切り刻み、味方陣地へ突き進む。ガースキーとジェイクは呆れながらも彼を援護するべく続く。熟練の2人が乗る機体はグフ・カスタムで、ケンと並んでダガーを切り刻んでいる。
 突破口に多数のMSがドタイから降下した。戦場は乱戦に突入して、連合軍は大群を有効に使えなくなる。
この隙を、バルトフェルドは見逃さなかった。

「今だ!」

 彼の合図でファットアンクルが次々と不時着し、取り残された兵士達を回収していく。
 新手のジオン軍にビラードは苛立ちを隠せなかった。スピアヘッドはドップに劣勢。MSは乱戦に突入して
大軍が機能していない。さらに輸送機の突入を許してしまう。さっきまで圧倒的優位に立っていたのに、この
体たらくはなんなのだ。
 業を煮やしたビラードはハイペリオンGをぶつけるのを決意した。ハイペリオンGの光波防御シールドは、
ゲルググのビームライフルですら防ぐ。しかもパイロットはソキウスシリーズだ。ジオンのエースであろうと
苦戦は必須の強敵である。

「隊長、9時方向から敵接近!」
「敵さんは俺達が邪魔みたいですね」

 3機のハイペリオンGがケン達に迫る。明らかに他とは違う動きをする機体にケンは危機感を抱いた。

「あの機体……危険だな」
「警戒しすぎでは?」
「念には念だ。レッド2、レッド3、アローフォーメーション!」

 命じたと同時に1機のハイペリオンGが突っ込み、残り2機が援護に機関砲を放った。ハイペリオンGの
武装は基本的にビーム兵器で構成されているが、エネルギー消耗を抑える措置として実弾兵器も備わっている。補助兵器であっても、ソキウスの腕により正確な射撃がケン達に浴びせられた。これをゲルググがシールドで
防ぎながら僚機の前に立つ。
 先頭の機体に乗るソキウスはゲルググが敵の中心であると見抜いた。そして怯んだ様子も見せずに自殺的な
突撃を行った。光波防御シールドをビームランスのように傾け、スラスターを全開にしたのだ。
 突然の事に驚いたケンは回避運動を取ろうとしたが、光波防御シールドの爪先がゲルググのシールドに突き
刺さってしまう。シールドは破壊され、機関砲の洗礼を浴びることになる。
 しかし、ケンは回避行動を取っていたので、直撃を受けずにすんだ。むしろ守られていたグフ・カスタムが
直撃を受けてしまう。慌ててシールドを構えるが、数発が装甲を削り取った。

「うわ、ちょ……隊長、そりゃないですよ!」

 2人は被弾しつつも、正面のハイペリオンにガトリング砲で牽制し、ヒートサーベルで切りかかる。だが、
両者の一撃は光波防御シールドによって防がれる。

「こいつら自殺志願者か? 無謀を通り越しているぞ!」

 ソキウス達は死を恐れない突撃をジオン軍相手に行なった。戦闘用に調整されていた彼らは、ナチュラルに
とって都合のいい存在であった。ところがプラントとの戦争で反コーディネイター感情が高まった事、さらに
ジオン脅威の技術力によってナチュラル専用OSが確立され、パイロットとしての存在価値も低くなっていた。
 結果的に彼らは新型MSのテスト相手や、薬物により精神を破壊して味方の盾として使い潰されるしか道は
無かったのである。
 3機のハイペリオンGにケン達は苦戦を強いられる。3人の腕は一流だが、ナチュラルである。その強さは
緻密な連携で発揮される。ところがソキウスも同様の連携を取ってくるのだ。これでは3人が劣勢になるのは
仕方のない話だ。彼らがコーディネイターなら善戦できただろうが……。
 軽口を述べていたジェイクも冷や汗をかき始める。距離を取ってもガトリング砲は通用しない。近づいても
ヒートサーベルは防がれる。それ以前にソキウス相手に接近戦は自殺行為だ。ヒート・ワイヤーなら通用する
だろうが、動きが速くて隙が無い。
 溜まりかねたジェイクはケンに進言した。

「隊長、これは逃げるのがベストだと思うんですが」
「弱気になるな。俺達がこいつらを抑えていれば、それだけ味方が助かるんだ!」

 ケンは3人の中で唯一善戦していた。ビームナギナタで果敢にも接近戦を試みたのだ。ナギナタという武器
とはソキウスも戦いなれていないようで、サーベルとは違う斬撃に戸惑いが見える。それでも高い適応能力が、ゲルググの剣撃を捌いていった。

「……急いでくれよ、砂漠の虎。撤退は早いほうがいい」
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               *     *     *
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「うーん、僕もラゴゥで出ようかな」

 敵の猛攻を見ていたバルトフェルドが呟いた。

「自重してよ、アンディ」
「ハハハッ、すまないね……。でも、この状況はちょっとまずいなぁ」

 ハイペリオンGの猛攻は連合軍の中で唯一ジオン軍を圧倒していた。ザク改やグフでは光波防御シールドを
突破出来ない。やるとすればウイングバインダー先端部を破壊する事だが、ソキウスが乗っている機体に対し、それだけの技量を行える者は、良くてケンとバルトフェルドくらいだろう。またドムやバクゥなら高速移動で
翻弄する事が出来ただろうが、今回は乱戦を想定しているのでガウに積んでない。あるのはバルトフェルドの
ラゴゥだけである。

「ダコスタ君、収容まで後どれくらいだい?」
「20分は必要です」
「MSは捨ててもいいから10分でやりたまえ」

 ダコスタに強い口調で命令した後、バルトフェルドはどうするかを考えて指示を出した。

「それから僕のラゴゥを用意してくれ」

 アイシャは不安そうにバルトフェルドの腕を掴む。彼はストライクとの戦闘で、左眼・左腕・左足を失い、
パイロットとしては一線を引いていた。万が一に備えて彼のラゴゥは片手でも動かせるよう改造しているが、
全盛期ほどの実力は出せない。

「貴方、自分の怪我を判ってるの」
「判っているさ。だから収容した兵士から戦えるものを何人か連れていく」

 軽いジョークを交え、恋人の不安を和らげる。昔は、2人でラゴゥに乗り、砂漠の戦場を駆け回っていた。
だが彼女もストライクとの戦闘で怪我を負い、パイロットとしては引退を余儀なくされていた。

「君はここで見ていてくれ。戻ってくる場所に君がいれば、僕のやる気も上がるってもんだ」

 言い残してバルトフェルドはラゴゥで連合に挑む。それに続いたのはディアッカのいる部隊だった。後方に
陣取って損害のなかった彼らは、バルトフェルドの援護を任されている。ジンとシグーはラゴゥの後を追った。
 ジンにはアイザックではなくディアッカが乗り込んでいた。アイザックは地上の様相にシェルショック寸前
まで追い詰められている。その為に乗り換えたのだ。

「2人とも、僕が前に出る!」

 援護のディアッカ達に言うと、バルトフェルドはビームを連射しながらハイペリオンGとの間合いを詰めた。注意がラゴゥに向けられる間にジンとシグーは左右に散り、重突撃機銃とバルカン砲による援護射撃を加え、
ハイペリオンGを封じにかかる。

「外人部隊の諸君。大丈夫かい」
「大佐殿ですか? パイロットは引退したとローデン准将から聞いておりましたが」
「あいにくと僕はまだ現役だよ。……収容は10分で完了する。それまで持たせてね!」
「了解しました!」

 ケン達にバルトフェルドが合流したが、事態はジオン優位に進む訳ではなかった。戦うのはハイペリオンG
だけではなく、突破口を開く為にストライクダガーとダガーLの相手をしなければならない。
 ストライクダガーはビームライフルを標準装備、高い火力を有している反面、機動力はザクと同程度なので、ザク改やグフでも対応できる。
 しかし、問題なのはダガーLの方だ。火力はストライクダガーと変わりないが、運動性と機動力は上回って
いる。量産が遅れているのでストライカーパックを装備しているのは極一部だが、それでもグフ・カスタムか
イフリートで対応しなければならない。
 当初の奇襲で浮き足立っていた連合も、ハイペリオンGの活躍により、次第に統率が取れ始めた。

「ダコスタ君、まだかい?!」
『待ってください……終わりました! ザウートは完全に放棄しましたが人員の収容は完了です!』

 バルトフェルドの命令どおりにダコスタが10分で収容を終えると、空戦部隊が突破口を開き、ガウの高度
を下げる。後部ハッチが開かれ、陸戦部隊が次々と飛び込んだ。
 最後尾を守る親衛隊に混じってディアッカとシホも間近のガウに駆ける。シホのシグーがやや遅れており、
それをハイペリオンGが執拗に追撃していた。ラゴゥが援護に入るが、ジオンの撤退開始を目の当たりにした
ストライクダガーとダガーLの射撃で3機のMSが破壊されてしまった。

「シホ、大丈夫か!?」
「私の心配より自分の心配をしてください」
「俺が援護しているうちに行け!」

 ディアッカのジンは踵を返して重突撃機銃で援護をする。ハイペリオンGは目標を変更してジンに迫った。
機銃が通用しないのは判りきっているので、機体の足元目掛けて無反動砲を連続で放つ。これに怯んだのか、
ハイペリオンGも追撃を止めた。

「よし! 今のうちだ!」

 チャンスと思ったディアッカは、シホに続いて撤退しようとする。だがここで、ハイペリオンGはおかしな
行動を取った。光波防御シールドを解除し、自ら無防備になったのだ。攻撃はないと判断したのか、もしくは
追撃しやすくする為なのか。
 次の瞬間、一筋の光がザクを貫いた。ウイングバインダーから放たれたビームキャノンの直撃を受けたのだ。今までシールドと思っていたものはキャノン砲にもなったのである。
 振り返るとシホのシグーがもたついている。それを見たディアッカは不吉な予感がした。

「急いでガウに乗り込め! 早く!」

 ディアッカの叫びは遅かった。別の機体からビームキャノンが放たれ、シグーの右肩を腕ごと吹き飛ばした。衝撃で倒れたものの、誘爆には至らない。シホは機体を立たせようと操作する。しかし、立ち上がった直後に
ダガーLの放ったビームが胴体部を貫いた。

「ッ!?」

 ディアッカは一瞬凍りついたが、直ぐにガウに向かって走り出した。今は死んだ人間にかまって入られない
のだから……。
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               *     *     *
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 この後、ガウの艦砲射撃と爆撃によって連合軍の一角に穴を開け、救出部隊はオーストリア東部へ脱出した。その際にファットアンクル1機失うが、残りは脱出に成功する。部隊の損害は、戦闘機21機、輸送艦1機、
MS19機(但し破棄した機体を含めれば63機)。対して収容できたのは1800人程だった。その3割は
負傷兵である。
 これからファットアンクルはウィーン経由でオデッサまで兵士を輸送、ガウは地中海に沿ってジブラルタル
まで戻る手筈となっている。
 帰り道、ダグラスとバルトフェルドは今回の戦評を話し合っていた。

「いい負け方だったかな?」
「どうでしょうね。助けた兵は新人が多いみたいですから」

 ここで言う新人とは地上戦が初めてという意味だ。ザフト兵の多くは宇宙に所属していた。ベテラン兵でも、
初め重力下での戦闘は、精神的圧力が計り知れない。

「まぁ、何にせよ。地上軍は早急に戦力を増すべきですね」

 連合も新型MSを次々と投入してくる。今回は少数のハイペリオンGだけだったが、本気になれば、もっと
大量の機体を配備できるだろう。
 対する地上軍は未だにザク改やグフが主力だ。今のところドムやゲルググは親衛隊にしか回されていない。
ヤキン・ドゥーエで失った戦力の回復に努めるのは構わないが、最前線は地球なのだ。戦線を縮小しなければ
ならない状況で戦力増強は急務だった。

「ガルマ様から上に掛け合ってもらうしかないな」
「どうでしょうかね。オーブで御大層な演説を行いましたから。総帥あたりから睨まれてる可能性もあります」
「……君が言うと悲観的に聞こえん」
「ほめ言葉と受け取っておきましょう」
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               *     *     *
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 暗い雰囲気を漂わせる様相に、ウラガンは恐縮していた。

「ケラーネに兵を大事に使うよう言え。何度も援軍を送るわけにはいかないともな」
「了解しました。送られてくる兵はいかがしましょう?」
「負傷兵を除いて前線に送り返せ。それからエルランを私の執務室に呼べ」

 時を同じくしたオデッサの執務室。宇宙から戻ったマ・クベは思わず溜め息をついた。ガルマの援軍はマ・
クベにとって不満を持つものであったのだ。

(ガルマ様も困ったものだ、囚人兵の救出とは……。まだ甘さが残っているな)

 囚人兵を助けた事は問題ではない。これからのガルマには、非情な決断をしなければならない状況が何度も
やってくる。そんな時に、指揮官は感情で決断を下してはいけないのだ。部下を切り捨てる覚悟を持ってもら
わなければ、彼の未来は暗いものになる。

(やはり修正が必要か……)

 現段階で戦争が起きたのはマ・クベにも予想外だった。デギンとダルシアを取り込んで、ガルマとギレンを
敵対させて、地上軍を第三勢力として決起する。その後は連合と同盟を結ぶ算段だが、ジブリールが盟主では
実現は不可能だ。

「エルラン少将、入ります!」
「アズラエルの居場所は分かったか?」
「えっ……いえ……も、もう少し時間を……」

 エルランの言い訳にならない言い訳に、マ・クベは切り捨てる決意をさせる。

「もういい。それよりもこの男と会談したい」

 机から書類を取り出し、エルランに渡す。そこにはウィリアム・サザーランドの写真が張り付いていた。