Zion-Seed_51_第二部第26話

Last-modified: 2009-05-06 (水) 23:29:47

 ――ヘリオポリス。
 キラ達にとって全ての始まりであるこの場所に、歌姫の騎士団は潜伏していた。修復した高級ホテルを司令
部として各部隊長が集まり、議論を行なっているが、一人の男の言葉で場は凍りついた。

 

「マルキオ導師、質問してもよろしいでしょうか?」

 

 プラント解放戦線の元幹部サトーである。
 解放戦線は壊滅したが、プラントを奪回するという目的は失われていない。来たる日の為、彼は部下と共に
歌姫の騎士団に身を映していた。
 そのサトーが質問をしたのは、歌姫の騎士団のマルキオ導師にであった。一介のナチュラルでありながら、
様々な権力者と繋がりを持つ彼は、プラントと連合の間に立った人物だ。状況次第では外交だけで戦争を終結
させられたであろう。そんなマルキオをサトーは評価していた。しかし――

 

「マルキオで結構ですよ。私は堅苦しいのは好みません」
「では導師、よろしいか?」
「なんなりと」
「プラント奪還。我らと騎士団との目的は共有しています。が、一つ判らないことがある。ナチュラルである
貴方が、何故にプラントを救おうとするのか、というのがね」

 

 しかし、一部を除いては彼の行動を不審に思っていた。

 

「私は、ナチュラルとコーディネイターの間に蔓延る差別をなくしたいと思っています。故にプラントを失う
わけには行かないのです」
「弱いな。それだけの為にジオンと戦う理由にはならない」

 

 ラクスを頂点に置き、クルーゼに軍務を任せている段階で幾らでも疑念が湧いてくる。第一、連合の外交官
でもある男を信用するほうがおかしいではないか。騎士団とジオンを戦わせて、漁夫の利を連合が狙っている
とも考えられる。そうなれば信用できるものではない。
 さらに問いただそうとしたサトーに仮面の男が口を挟んだ。

 

「理由が必要かな、サトー隊長。導師はラクス様が協力を求めたが故、ここにいる。問題はないと思うが?」

 

 クルーゼだ。仮面で感情を読み取れないようにしているが、サトーには奴の心の内がよく分かっていた。

 

「私は君ではなく導師に聞いているのだ」
「私だろうと、導師だろうと、答えは一緒だろう?」

 

 挑発するように絡んでくるクルーゼ。ザフトが健在だった頃から、サトーは目の前の男が嫌いだった。仮面
などというふざけたものを着けて戦場に出るなど、軍人を馬鹿にしている。

 

「随分と弁が立つな。そうやってラクス嬢をけしかけたか」
「いったい何を言っているのやら……」

 

 些か熱くなったところでマルキオが場を収める。

 

「クルーゼさん、おやめなさい。私が答えます」
「答えてもらおう。納得できなければ貴方を信用できない」

 

 その通り、確かに差別を無くすというだけでは理由としては弱いです。ところが、どう思われようとそれが
事実なのですよ。私はシーゲル元議長と度々会い、連合とプラントの和平を話しました。彼も私の言葉に耳を
傾けてくれました。議長がパトリック氏に変わってから、そしてプラントがジオンの手に渡ってからも極秘で
シーゲルさんとは会っております」

 

 場が騒然とした。マルキオはプラント奪回後に連合との和平を行なうと宣言したのだから当然だろう。

 

「お静かに……異議があるかもしれませんが、プラントにとっても連合にとってもそれが最善なのです」
「幸い、マルキオ導師は地球連合外交官でもある。さらにフレイ・アルスターも大西洋連邦高官の娘だ。同じ
テーブルに座れば有意義な話ができよう」

 

 再び口を挟むクルーゼは無視し、サトーはマルキオに言う。

 

「そしてプラントと連合の同盟軍でジオンを叩く、か?」
「そのとおりです。連合のナチュラルとプラントのコーディネイターが手を取り合うことで、互いに生まれた
憎しみを消すのです」
「なるほど、納得した」
「そうですか、では……」
「だが、それならばもう一つ質問がある」

 

 サトーの目が歴戦の勇士のそれになった。

 

「何故ジェネシスを再建するのか、答えてもらおう」
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――――第2部 第26話
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.
「サトー隊長、あれは言い過ぎではありませんか?」

 

 会議室から出ると、付き添いのイザークがサトーに問いかけた。

 

「アレを戦力化しないのは私も反対ですが、民衆の味方を演じる以上、使用は控えたほうが組織のイメージは
良くなります」

 

 彼の言うアレとは、プラント解放戦線が壊滅した際に、試作艦隊決戦砲"ヨルムンガント"によって崩壊した
"ジェネシスα"のことだ。
 ジオンは大量破壊兵器であるジェネシスαを敵勢力に奪われないようにする為、内部から爆破、完全に破壊
する予定だった。ところが、歌姫の騎士団の介入によって狂いが生じてしまった。騎士団は解放戦線の兵士を
回収するどころか、ジェネシスαの残骸まで回収したのである。今はジャンク屋に残骸を渡して、加速装置と
して修復中であった。

 

「イザーク君。君は何とも想わなかったのか」
「はっ、何の事で?」
「導師はジェネシスを正しく使うと言ってのけたのだぞ」

 

 マルキオはサトーへの返答に対して、ジェネシスαは正しく使うことが大事であって、戦争には使わせない。
将来は火星との交易にジェネシスを使うと述べていた。一見すると平和主義的な返答ではあるが、マルキオの
言葉に、サトーは傲慢が見られたのである。
 確かに正義の味方を演じるならばジェネシスαは戦争には使わないほうがいいだろう。だが、それが正しい
行為であるとマルキオが断言してしまった。それはジェネシスαを戦争に使った解放戦線は間違いを犯したと
宣言したようなものなのだ。これではウィラードと共に死んでいった戦士を侮辱しているに等しい。

 

「導師の言い回しは、解放戦線を軽視しているように聞こえる。注意が必要だな」
「……分かりました。自分も警戒します」

 

 解放戦線には、今だにウィラードを心頭している者も多い。イザークのように理解していない者はいいが、
そうでない者は間違いなく反発するだろう。誰もがサトーのように自重できるわけではないのだ。

 

「それからクルーゼにも気を配る必要がある」
「クルーゼ隊長は信用できる人物です。警戒は不必要かと」
「そうか、君は奴の部隊に居たな。ならば忠告しておく。クルーゼは信用するな」
「…………了解しました」

 

 イザークは不満げにサトーに返答するのだった。
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               *     *     *
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 歌姫の騎士団に不審を抱くサトー達とは対照的に、歌姫であるラクスはホテルの衣装部屋にいた。傍らには
フレイの姿もある。無理矢理ラクスに連れて来られたのだ。

 

「あ、あのラクス……」
「こっちがいいかしら? それともこのペアルックのほうが……」
「一体何を?」
「衣装を決めているのですわ。私達、ユニットを組むのですよ」

 

 アイドルが着るようなヒラヒラの衣装を片っ端から手に取り、フレイの身体に合わせるラクス。その中には
セーラー服やスクール水着、メイド服などマニアックなものもあった。
 どうやらラクスは、自分がコーディネイター代表で、ナチュラル代表のフレイとアイドルユニットを組むと
本気で考えているようだ。

 

「えっと、ラクス様、私は別にアイドルのように歌って踊るわけではなくて……」
「そんな"ラクス様"などと、堅苦しい呼び方はよしてください。私達はユニットなのですよ」
「いや、だからそうじゃなくて!」

 

 女同士とはいえ、恥ずかしい格好をしたくないフレイはラクスを説得する。

 

「わ、私はアイドルを目指してるんじゃないの!」

 

 ラクスは首をかしげながらフレイに問い返した。

 

「そうなのですか?」
「ええ……そうなの……」

 

 能天気に答えるラクスを見て、ドッと疲れが押し寄せてきた。
 フレイは騎士団に来るまで、ラクスに興味がなかった。歌姫といえども、プラント内でしか活動していない
ラクスの名をフレイが知っている筈がなかった。その為に、彼女がこんなにも天然であるのを知ったのは騎士
団に入ってからである。
 始めはラクスの付き人をやらされた。不満を述べたフレイだったが、アルスター家の肩書きしか持たない娘
に仕事を与えただけでも、騎士団での待遇はいいほうだ。その時はラクスから一歩引いていたので、彼女の人
となりを客観的に見る事ができた。
 それで分かったのだが、ラクスは典型的なお嬢様であった。自分がこうと言えば必ずそうなると本気で信じ
込んでおり、それに反する存在に大きな嫌悪を抱く。いうなればフレイ自身に似ていたのだ。
 フレイは前に、何故騎士団を立ち上げたのかを聞いた。

 

『私は平和の為の歌を歌おうと思っています。私の歌を聞いて、皆が暖かい気持ちになって、少しでも憎しみ
を忘れてくれれば、争いの無い世界に繋がると信じているのですわ』

 

 この答えにフレイは鼻で笑った。大事な思い人を失ったフレイにとって、彼女の言葉は奇麗事にしか聞こえ
なかったのである。

 

『そうですわね。それこそ御伽噺の世界ですわ』

 

 だが、ラクスはフレイを肯定し、自分の考えを否定したのである。

 

『私は戦争の事は分かりませんから、細かい物事はクルーゼさんとマルキオ導師に任せています。でも、私も
立場上は組織のトップにいます。それがお飾りだというのは分かりますわ。でも、お飾りでも私の名前が出て
いる以上、できる事はしたい……』
『それが歌?』
『そうですわね。プラントを悪しきものの手から解放するには、私は歌う事しかできません』

 

 彼女が述べた決起理由はフレイに通じるものがあった。フレイはサイを、ラクスはプラントを奪われている。
大切なものの為に立ち上がるところに後先考えないところなど、相違点がいくつもあった。

 

「打倒ジオン! なんて崇高な目的があるのにこんな事をしていてもしょうがないでしょ!」
「申し訳ありません。でも、私達にできるのは歌う事でしょう? フレイも納得したではありませんか」
「"達"はいりません! "達"は!!」
「となれば、やっぱりユニットを組むしかないですわ」

 

 そんな似た境遇の所為か、フレイが付き人から騎士団の顔になるとラクスは彼女を友人のように扱い出した。
正確に言えば"懐いた"ともいえる。

 

「あら? 見てください。ウエディングドレスがありましたわ」
「話を聞いてぇー!」
「何れは私もこれを着てアスランと添い遂げるのですね」
「ああっ! もう、いやー!!」

 

 内心では怒りを感じながらも、フレイは聞こえないフリをするのだった。
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               *     *     *
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「なぁ。本当にこの依頼受けるのか?」
「仕方が無い。俺たちは前回の依頼を成功させたわけではないからな」

 

 そう答える男の名前は叢雲劾。傭兵部隊サーペントテールを率いる凄腕の傭兵だ。彼らはマルキオから直々
に依頼を受けていた。

 

「ウィラーがうまくやってればなぁ……」
「イライジャ、それを言うならシャアを抑えられなかった俺の責任でもある」

 

 サーペントテールは、嘗てマルキオ導師からある依頼を受けていた。ジオンの核融合炉搭載MS運搬という
困難な依頼である。その際、MSの地球降下には成功したが、追手であったシャアに邪魔され、マルキオの下
へ運べなかった。彼らはサーペントテールとして初めて依頼に失敗したのだ。
 このままでは信用問題に関わるとして、劾らはマルキオの依頼を再び受ける気でいた。

 

「核MS奪取にテロリスト支援、ここまでくると信用も何もあったもんじゃない」
「言うな。俺も気にしている」
「今回だって、大量破壊兵器の防衛だぜ。抵抗があるな」
「言葉を間違えるな。あれは兵器ではない」

 

 マルキオはジェネシスαを兵器では加速装置として使用すると述べている。

 

「おいおい、劾はマジで平和目的に使うと思ってるのか?」
「思っちゃいないさ。だが、解放戦線の連中だって居ることだしな」

 

 解放戦線の最後の戦いではジェネシスαを効果的に使えなかった。その反動が騎士団で起こる可能性は高い。

 

「兎も角、防衛自体は騎士団の連中もいるから難しくはない。ジオンはジェネシスαを探して入るだろうが、
モノがモノだ。大規模な艦隊は動かせないだろう」

 

 それに連合との戦争もある。

 

「来るとすれば、シャアのようなエースを中心とした精鋭だな」
「そっちのほうがヤバイ気がする」
「ロウにブルーフレームを改良してもらうか……最悪の場合は逃走も考えよう。はっきり言って、マルキオに
も胡散臭いところはある」

 

 外交官の肩書きを持ち、各国の権力者と繋がっている事。また差別を無くす為に、騎士団などという得体の
知れない組織を創立・運営している事。それに核MSをジオンから奪う事など、とても宗教家とは思えない。

 

「そういや風花もプレアを気にしてたなぁ。今、何してんだろ?」
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「人間3人集まると派閥ができると言うが、本当だな……」

 

 サトーの言質を聞いたクルーゼは笑いながら言った。彼の傍らにはイザークが立っていた。
 彼は、表向きサトーの部下であったが、心情的にクルーゼを尊敬していたので、サトーの本音をクルーゼに
伝えてしまったのである。

 

「サトーは実直すぎる。今は良いが、いずれ仇になるだろう」
「しかし、サトー隊長の言葉も同意できる部分があります。あのマルキオという人物、信用できません」

 

 マルキオは差別を無くすと言う一方で、ジオンを倒すと答えている。ジオン国国民こそが優良人種であると
宣言している国家なのだから、倒すべき敵としては当然の相手だろうが、それでは連合と組むのが不可解だ。
何せ連合を牛耳っているのはブルーコスモスなのだから。
 連合の外交官であるマルキオだからこそ妥協したとも考えられるが、宗教家というのは得てして頑固者だ。
本人に差別主義者を滅ぼす為に差別主義者と組むという矛盾を問い詰めればどう返答するのか。

 

「彼はブルーコスモスと組んでジオンを打倒しようとしています。打倒ジオンは頷けますが、ブルーコスモス
と組むのには納得できません」
「よく気がついたな。流石はイザーク・ジュールだ」

 

 イザークの洞察力に、クルーゼは素直に感心した。猪突猛進だった前とは違う。

 

「連合との同盟に関しては私も反対なのだよ」
「やはり、そうでしたか」
「これからも説得はするが、どうなるかは分からんな」

 

 腰に手を置いたクルーゼは、託すように言う。

 

「今、騎士団を分裂されるわけにはいかない。君は引き続きサトーの動向を監視していてくれ」
「了解しました」
「君には期待している。これからもよろしく頼む」

 

 クルーゼはイザークと分かれると、エレカーに乗り込んだ。イザークの駒としての優劣を推し量りながら、
ヘリオポリスの一区画に向かった。

 

「どうかな、ギル? 再び遺伝子研究を続けられて嬉しいだろう」
「皮肉はやめてくれないか、ラウ」

 

 旧モルゲンレーテ施設。嘗てクルーゼ隊がXナンバーを強奪しにいったあの施設である。そこで会ったのは
クルーゼの友人ギルバート・デュランダルだった。彼はプラント敗北後、歌姫の騎士団に協力していた。

 

「……プレア・レヴェリーの状況はどうなのかな?」
「上出来だよ。最高の素質を持っている」

 

 答えたのはデュランダルではなく、作業服を着た初老の男性だった。

 

「それは良かった、クスルト博士」

 

 クルスト・モーゼス博士はフラガナン機関に所属していたニュータイプ研究者で、ニュータイプに対抗する
システムの開発を行っていた。しかし、研究の成果は上がらず、その異端の思想もあって研究所内部では冷遇
されていた。その為、彼は歌姫の騎士団に身を移して研究を続けていた。

 

「何が良いものか! 最悪の結果だよ!」
「博士からしてみれば、プレアは脅威ですか」
「そのとおりだ。これは複製でもニュータイプに成りうるという結果を生み出したのだぞ。フラガナンの奴が
知ったら、我々はとっくにネアンデルタールになっていた。クロマニオンに追われて消え去った存在にな」

 

 クルストは研究の中でニュータイプの驚異的な力を知り、やがて一つの考えに取り付かれるようになった。
ニュータイプが人類に代わる進化した存在であるのなら、進化に取り残されたナチュラルやコーディネイターは、
かつて現人類に滅ぼされた旧人類のようにニュータイプに駆逐されるのではないかという強迫観念である。

 

「おそらく、ギルバート君の話すレイという少年も同様だろう。そしてクルーゼ、君も……」
「私は欠陥品だ。人類の革新などというものである筈がない。それよりもシステムは何時完成する? シャアの
ニュータイプ部隊に対抗するには、ニュータイプの部隊を作るか、貴方のEXAMシステムを使うしかない」

 

 ニュータイプの概念を押し付けるクルストに不快を得ながら、クルーゼは急かすように言った。

 

「MSはフリーダムとかいうのを使えばよい。素材もプレアがおる。時間はかからん。だからニュータイプの
部隊など作る必要はない」
「私も同感だ。だからこそ、貴方の研究が必要なのですよ」

 

 クルーゼはもう一度付け加えた。