Zion-Seed_51_第二部第3話

Last-modified: 2008-05-27 (火) 23:07:34

 L5宙域にかつて存在したスペースコロニー群「プラント」。ジオン公国と戦争をし、ジオンに敗れ、併呑
された。首都アプリリウス市には総督府が置かれ、最高評議会に代わりにプラントの政治を司ることになった。
 総督にはデギン公王の側近であるマハラジャ・カーンが就任した。総督はたんに外交代表というにとどまらず、
プラントの国政を監視し、公国の利益を最大限に擁護しなければならない。マハラジャの起用は賛否あったが、
キシリアがいない今、マハラジャしか適任者がいなかった。そして3ヶ月前に激戦が繰り広げられたヤキン・
ドゥーエ要塞の防衛司令官として、宇宙攻撃軍副指令のキリング・J・ダニガン中将が任命。彼の下には直近の
第二艦隊と旧突撃機動軍、それに旧ザフト部隊が配備された。
 この様な軍の再編成が終えた頃、ある情報がヤキン司令部にもたらされた。それはL1宙域でザフト残党の
戦闘艦を見かけたというのだ。栄華を極めていた世界樹コロニーのあったこの場所は、ジオンと連合の本格的
な戦闘と言われている世界樹戦役により、デブリベルトの残骸が漂う墓場と化している。そのためか残党軍を
探すジオンにとって警戒していた場所だった。
 詳細を受け取った司令部では、直ちに討伐部隊が編成された。白羽の矢が当てられたのは新しく再編された
第六艦隊である。この艦隊には、元ザフト兵だけで構成された艦隊が存在した。

 

「ユ、ユウキ大佐!」

 

 ナスカ級巡洋艦四隻で構成されたこの戦隊の指揮を取っているのは、ザフト軍特務部隊フェイスの長を務め、
敗戦後ジオンに入隊したレイ・ユウキ大佐である。そんな彼の突然の来訪に、格納庫で作業をしていた整備長
が慌てて駆寄った。

 

「おい、“大佐”は必要ないぞ」
「し、しかし……」
「ジオンの軍服を着ていてもここはザフトだ」

 

 元ザフト兵は、キシリアの一件もあってか、公国上層部から信用されていない。そこで彼らの監視を容易に
するため、元ザフト兵を一纏めにし、艦隊を作った。それが通称“ザフト艦隊”と呼ばれるこの艦隊だった。
 ある者は皮肉を、またある者は侮蔑を持って彼らをそう呼んでいた。

 

「呼び方は、前のままでいい」
「ハッ、了解しました隊長!」

 

 だが、皮肉であろうとなんであろうと、ユウキはなんとも思わなかった。おかげで自分は嘗ての仲間と戦う
ことが出来るのだから。
 ユウキは格納庫の奥に鎮座している異様なMSに近づいた。その機体は試作機なのかオレンジ色のカラーリ
ングが酷く目立っていた。容姿はザクに似ているが胸部コクピット部ハッチとランドセルの形状が異なり、肩
のアーマーは両肩とも丸型で、スパイクの一本が内側に反り返っている。

 

「精が出るな」

 

 そのMSでは二人の青年が機体の整備をしていた。

 

「ユウキ隊長!?」
「頑張るのはいいが、適度な休息も必要だぞ、ニコル少尉」
「はい。……ちょっと――」

 

 一人は緑色の髪と、まだあどけない顔が特徴的なニコル・アマルフィ。そしてもう一人は――

 

「ユウキ隊長が来ましたよ。アスラン!」

 

 パトリック・ザラの一人息子、アスラン・ザラ中尉だった。
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――――第2部 第3話
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 アスランとニコルはユウキに敬礼をして、何故こんなところに来たのか尋ねた。

 

「噂の新型機を見に来たのだよ」
「新型ではありません。まだ試作段階です」

 

 二人が調整を行っていたMSはYMS-07B-RF“グフイグナイテッド”という機体だった。その名の通りグフを
ベースに、プラント独自技術を組み込んだ試作機である。武装はヒート・ロッドと3連装35mmガトリング砲を
そのままに、ビームソードに4連装ビームガン、対ビームシールドを追加で装備している。

 

「見事なものだ。あのグフをここまで進化させるとは……」
「ニコルの調整がおかげです」
「アスランの腕が良いんですよ。おかげでいいデータが取れますから」

 

 ジオン軍は次期主力機としてゲルググを決定していた。しかし、性能の高い機体は価格という問題が付いて
回る。ゲルググ一機を造るのにザクを四機造れるのだ。これは核融合炉を積んだ結果であるが、貧乏なジオン
にとって、これは由々しき問題であった。現在では安価版であるA型や、ビーム兵器を排除したF型の生産を
急ピッチで進めている有り様である。
 そこで思いついたのが既存のMSの性能向上計画であった。汎用機として完成度の高いザクに、対MS戦を
想定したグフ、この二つを改修するよう命じられたのがプラントだった。
 この命令を受けたMS開発局長のユーリ・アマルフィは頭を抱えた。ザクの様な汎用機はジンでも経験して
いることなので大した問題ではないが、陸戦機であるグフに関してはどうすべきか思考が停止する寸前だった。
 一先ずグフを宇宙対応できるようにし、データ収集に息子のニコルを当てた。ユーリの息子らしく工学知識
に長けていたので、技術士官として任務に付かせた。そしてテストパイロットにはニコルの希望でアスランを
選んだ。彼は戦後も軍に留まったが、周囲から白い目で見られていた。パトリックが自決という方法で降伏し
たことは、プラント国民から非難の的になっていたのだ。同じ元ザフト兵からも、今までの苦労を水の泡とし
た行為として認知され、その負の感情がアスランに向けられるのだった。そんな周囲から孤立している状況を
心配していたニコルが声をかけたのである。
 そんなこんなで計画は進み、改修されたグフが実戦段階に入ったことでユウキの座乗艦であるボルテージに
配備されることになったのだ。

 

「次の実戦には出せるよう調整しています」
「いや、次の戦闘には出なくていい」
「しかし敵はザフト残党です。失礼ですがこの艦隊では力不足では?」

 

 物怖じしないアスランに、ユウキは苦笑した。

 

「はっきりとモノを言う。気に入らんな……」
「ですが事実です」

 

 そのとおりだった。現在のザフト艦隊は、嘗てのフェイスと新兵のみで構成されている。ヤキン・ドゥーエ
攻防戦において敗北が告げられた時、停戦命令を護らず離脱する兵が続出した。その大半が中堅から古参兵で、
それらが挙っていなくなってしまったのだ。残ったのはユウキのフェイス部隊と一部の一般部隊、そしてプラ
ント本土を護っていた士官学校出の新兵のみだった。

 

「地上やプラント本土にも兵を回され、この艦隊の戦力は半数が新兵です」
「言いたいことは分かるよ」

 

 つまりL1宙域のザフト残党は中堅や古参の兵であることが確実であり、それと対峙するには少しでも経験
豊富な兵が必要なのである。アスランやニコルのような兵士が……。

 

「しかし君は戦闘に出さない」
「何故です!?」
「アスラン!」

 

 凄い剣幕をするアスランをニコルは慌てて制した。おっとりして見えて意外としっかりしているニコルは、
士官学校の頃から不器用なアスランとイザークの間を取り持ってきた。それは今も変わらない。

 

「今度の作戦は、死ぬには馬鹿馬鹿しい作戦だ」
「どういう意味です!?」

 

 その時、キャットウォークの向こうから士官がやってきて、ユウキに声をかけた。ユウキは肩を竦めると、
まっすぐアスランを見た。

 

「隊長、アサクラ司令より通信です。至急ブリッジへ来てください」
「やれやれ、君らとゆっくり話す暇も無いわ」

 

 ユウキは改めてアスランを見ると、しっかりした口調で言う。

 

「ザラ議長があんなことになって、ショックが大きいのは分かるよ。しかしだ、君にはこの機体を完成させる
義務があることを忘れるな」

 

 何かを見透かしたような物言いにアスランは固まった。ニコルはそのアスランにためらう様な視線を向けた。
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「敵戦力はナスカ級が一隻にローラシア級が五隻よ」

 

 ザフト艦隊所属のナスカ級巡洋艦ルソーではブリーフィングが行われていた。

 

「私たちの分艦隊はボルテールを旗艦として敵艦隊に接近。テロリストに奇襲攻撃を図り、敵軍の指揮系統、
すなわち旗艦を一気に叩くわ」
「要するに、俺たちに同胞殺しをやれって訳ですね」

 

 会議室で作戦を聞いたMS隊隊長であるハイネ・ヴェステンフルス大尉は不満そうに呟いた。真横にいる副長
のアーサー・トライン大尉も、顔には出さないが納得がいかない様子だ。

 

「同胞じゃないわ。テロリストよ」

 

 タリア・グラディス少佐の指揮するルソーも、キリング艦隊の下に就いた艦の一つである。

 

「もしくは、脱走兵と言ったほうがいいですか?」
「やめてハイネ……」

 

 テロリスト――と一概に言っても、正確にはザフト残党勢力である。つまり彼らは元ザフト同士で殺し合い
をすることになる。

 

「よろしいですか、艦長?」
「なに? レイ」

 

 MSパイロット、レイ・ザ・バレル少尉が確認のため手を上げた。

 

「敵旗艦を潰した後、指揮系統を失って混乱する敵に対して、全方位よりアサクラ司令の艦隊がとどめを刺す
わけですね?」
「そうよ。私たちはその後、戦闘圏外へと離脱するわ」

 

 傍らのルナマリア・ホーク少尉はつまらなそうにペン回しに終始していた。しかし次のレイの言葉を聞くと
驚きのあまりペンを床に落としてしまった。

 

「……では、離脱する前に味方から撃たれる可能性は、あるのですか?」

 

 これにはルナマリアだけでなくアーサーも表情を変える。だがタリアとハイネは納得の顔をする。

 

「既に敵艦を囲んでいるのなら、このままアウトレンジからの艦砲射撃で十分です。それをわざわざ中央突破
するとなると……」
「俺たちが戦ってる最中に撃ってくるかもしれない?」

 

 代わって答えたのはハイネだった。彼らの上官であるアサクラは、軍内部の派閥上はギレン派に属しており、
元ザフト兵の多いキリングの下に就く人事に不服だった。
 いや、彼に限ったことではないだろう。何時裏切るとも知れない元ザフト兵を部下に持つなど、公国の誰も
が考えたくない人事である。実際に、部隊によってはジオン出身のコーディネイターとの間に揉め事を起こす
事件も起こっていた。このような面倒な事態になるなら、戦闘中に事故を装うことを考える輩もいるだろう。

 

「まぁ、あのチョビ髭ならやりかねないな」
「確かにそうね。でも、今回に限ってはその心配はないわ」

 

 新たな拠点を得るということはその拠点を運用するために人員を割かなければいけなくなることを意味する。
これらを細部にわたって賄うのは、今のジオンでは不可能に近い。ここでザフト艦隊を一掃してしまったら、
ジオンはヤキン防衛および周辺宙域の巡回のための艦艇をジオン軍が用意しなければいけなくなる。

 

「今のジオンに、私たちの力が必要なのは、あのアサクラ司令の頭でも理解しているでしょうから」
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 ブリーフィング終了後、休憩スペースに座っているレイを見つけたルナマリアは、彼の隣に腰掛けた。

 

「驚いたわよ。アンタがあんなこと言い出すなんて」
「可能性の問題を言ったまでだ」

 

 少々意地悪そうに言ったが、レイは何の感情も表さず淡々としている。

 

「奴らは困難な任務を意図的に回してくる」

 

 信用されていないのは当然だが、ザフト兵を軍に入れる案を出したのはジオン側だ。人材不足を補おうとし
ているのは理解できるし、ザフト側もそれしか自分たちの生きる道がないのだから、提案を受け入れた。

 

「でも、気にしたってしょうがないじゃない」
「あぁ、そうだ。しかしこのままだと俺たちは、散々使い倒されボロ雑巾のように捨てられるぞ」

 

 確かにそのとおりだとルナマリアは納得してしまった。彼女はザフト士官学校からジオン軍に入った口だ。
そのまま除隊しても良かったが、士官学校主席のレイが軍に残ったのを知り、「次席の自分も残らなきゃ!」
というあまりにも浅はかな対抗意識から残留することになった。だがその意味をあまり深く考えていなかった
ルナマリアは、今になって不安が沸き起こっていた。

 

「怖いこと言わないでよ!」
「もしそうなるのなら、身の振り方を考えるべきかもしれん」
「う~ん……。その時はその時よ!」

 

 結局今考えても仕方がないと割り切ったのか、ルナマリアは格納庫の方に行ってしまった。それを確認した
レイは、彼女意外に誰も来ないか周囲を窺うと懐から小型の通信機を取り出した。

 

「……聞こえますか」
『感度良好だよ、レイ』
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 そしてL1宙域にやって来たザフト艦隊は、デブリに紛れてザフト残党軍を視認できる所までやってきた。
今はまだ、敵がこちらに気付いた様子はない。奇襲をかけるには絶好の機会だとユウキは判断した。

 

「主砲発射用意」
「了解。主砲発射用意!」
「速攻をかけるぞ。第1目標はナスカ級」

 

 ユウキの命令を受けてザフト艦隊から主砲が放たれる。続いて各艦からMS隊が出撃し、敵艦隊に向かう。
MS隊はゲイツを隊長機に、ジオンから支給された高機動型ザクMS-06Rで構成される。このR型はゲルググに
乗り換えたジオンのコーディネイター兵士の御下がりである。元々コーディ専用機として製造された本機は、
他に行く宛てもなかったので、ザフト艦隊に廻されていた。一方のゲイツはゲルググに匹敵する性能を買われ、
軍に生産・配備される筈だったが、OSがナチュラルに対応していないこととその武装の取り回しに難がある
パイロット任せの機体であったため、彼らに与えられていた。

 

「お前ら、ちゃんと付いて来いよ!」
「心配しなくても大丈夫ですヴェステンフルス大尉。これでもヤキンで戦ったことがあるんですから!」
「おいおいホーク……」
「冗談にしちゃあ笑えないな!」

 

 同僚のショーンとデイルがからかう。ルナマリアは顔を真っ赤にしながら反論した。

 

「嘘じゃないわよ! アスラン・ザラの下でヤキンまで行ったの!」
「……ルナマリア。お喋りはそこまでにしろ」

 

 戯れう三人を尻目に、レイが冷静に言った。ハイネもそれに呼応するように叫ぶ。

 

「ヒヨッコども、互いにカバーし合うのを忘れるなよ!」

 

 敵艦から迎撃のジンが出てくる。ハイネは弾幕をかわすと、交差する間際、ビームクローをジンの胴体部に
突き刺した。敵の主力はジンが多い。中にはハイマニューバも居るようだ。その動きは予想したとおり玄人の
腕前を持っている。R型ザクはハイマニューバよりも高い性能を持つ。

 

「ナスカ級大破!」
「さすがは隊長殿だ!」

 

 先行したのは、ハイネの嘗ての上司ホーキンスが指揮する部隊だ。彼らは出撃すると全速力で敵ナスカ級に
突っ込んだ。そしてそのままナスカ級に狙いを定めて、ビーム砲とバスーカ砲を叩き込んだのだ。四方からの
十字砲火にナスカ級の乗員たちは悲鳴を上げる。

 

「左舷砲塔使用不能!」
「アイザワ隊長、第二エンジン損傷しました! 速力が出せません」
「対空砲火を密にせよ! この艦を前に出す!」
「そんなことをしたら!?」
「我々の目的はサトー隊長にR型を送り届けることだ! そのためならこの艦は捨てる!!」

 

 彼らは新型MSを輸送中だった。それはジオンのMSに対抗する機体で、これを失うことはザフト残党軍に
とって致命傷になりかねない。

 

「我らが殿となる。私の2型を用意しろ!」

 

 そしてナスカ級から黒と紫のカラーリング。ジン・ハイマニューバ2型が発進し、他のジンもそれに続いた。
この部隊に気付いたハイネは無視するように言った。相手の力量が新兵に任せられるほど生易しいものではな
いことに気付いたのだ。レイとルナマリアは直に距離を取った。だが初陣で頭に血が上ったのか、ショーンと
デイルの耳には命令が届かなかった。ジンの迎撃を迎え撃ってしまったのだ。

 

「バカ野郎、前に出るな!」

 

 彼らは戦いなれたジンに乗った者が大半で、ゲイツに搭乗者は皆無である。アイザワでさえハイマニューバ
2型。数値上の戦力は明らかに劣勢だ。しかしこの艦の搭乗員はヤキン・ドゥーエをサトーの指揮下で戦った
古強者である。技量にかけては他の追随を許さなかった。
 ショーンとデイルが必死に連射する弾丸は、彼らをかすめることさえできない。瞬く間に改造ジンは二人の
懐に飛び込み、腰に佩いた重斬刀を抜き放つ。機体を返したときには二人の機体はコックピットを両断され、
既に沈黙していた。

 

「ショーン、デイル! あっという間に二機も……そんなバカなっ!」
「どうやら指揮官自らが出てきたようだな」

 

 ルナマリアが悲痛な声を上げるのと対称的に、レイは冷静に戦況を分析していた。

 

「大尉、自分が行きます。大尉は敵艦を!」
「いや、敵艦はお前たちがやれ!」

 

 ハイネは赤服を着る資格を持つエースだった。ホーキンスの下で幾度となく死線をくぐってきた経験を持つ。
ライフルを構え、ビームの粒子を降らせる。だが、その一射が確かに捉えた筈の敵機は寸前で回避、ビームは
空しく宙を切った。
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「ショーン機、デイル機、シグナルロスト!」

 

 ルソー艦橋に響く報告を聞いて、アーサーは焦りをつのらせる。最初の強襲は成功したが敵指揮官は健在。
指揮系統の乱れも起きず、徐々にではあるがこちらの損害は大きくなっていた。まさか旗艦が殿を勤めるなど、
こちらの予測の範疇を超えていたのだ。

 

「ローラシア級が一隻離脱します!」
「一隻だけ? 後を追えないの?」
「ホーキンス隊が追ってますが、残ったローラシア級が迎撃を……」

 

 報告にタリアは難しい顔で何か考え込む。一隻だけという報告が何かに引っかかった。五隻のうち四隻が殿
を勤めるというのは、是が非でもあの艦を離脱しなければならない理由がある筈だ。
 しかし敵は考える暇を与えない。

 

「艦長。ハイネ隊が突破されました!」

 

 ルナマリアの妹メイリンが悲鳴を上げた。ハイネを振りきったハイマニューバ2型がザフト艦隊に迫る。

 

「迎撃!」
「……待ってください。ボルテールからMS発進します」
「何ですって!?」
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 アスランはグフイグナイテッドのコックピットにいた。ボルテージの格納庫で待機していた彼は、この劣勢
な状況を知り、ニコルの静止も振り切って飛び出したのである。

 

「マズイですよ。勝手に出撃するなんて……」
「だったら何で付いてきた」

 

 後部座席に座るニコルが愚痴をこぼす。

 

「実戦データを取るためですよ。決まってるじゃないですか」
「こんな時にか?」
「こんな時だからこそです。この不利な戦況なら、表向き機体の安全を考慮して艦からの離脱が可能なので」
「お前って、結構したたかなんだな」
「ユウキ隊長が機体を完成させろと言ってましたし、敵が攻撃したら自衛の手段を取るということで」
「……それって屁理屈だぞ」

 

 ボルテールから発進したグフイグナイテッドは、接近する敵機に補足された。二機のジンが突撃銃を放ちな
がら飛来する。咄嗟にアスランはグフイグナイテッドを宙返りさせ、射線をかわしながらガトリング砲を発射
した。曲芸のような動きにそぐわぬ精密な射撃は、一機目のジンのコックピットを撃ち抜く。さらにもう一機
が重斬刀を抜き放とうとするところを、ビームソード“テンペスト”で切り崩した。

 

「反応速度がまた上がりましたね」
「ニコル。ハイマニューバ2型の機動力は?」

 

 一瞬にして二機を撃破し、残る指揮機に目を向けると、

 

「大丈夫です。このグフイグナイテッドの方が上ですよ」
「了解だ!」

 

 ハイマニューバ2型目掛けて機体を加速させた。
 一方のアイザワは、こちらに目掛け迫り来るグフイグナイテッドに困惑した。グフ=陸戦機という価値観が
出来上がっているためである。

 

「グフの改造機!?」

 

 驚きながらも振り上げられたテンペストを斬機刀で受け止めた。一瞬の鍔迫り合いの後、僅かに開いた距離
でビームカービンを連射する。アスランは反射的に機体の左半身を逸らして回避するが、一発がガトリング砲
に命中する。

 

「なんと、この距離でかわすか?」

 

 仕留める筈だった一撃は仕留められず、アイザワは驚きを覚える。だが驚いている余裕はなかった。一瞬の
隙にアスランは左腕からアンカーを射出、ハイマニューバ2型の右腕に食いつき、電撃を流し込んだ。これで
接触した対象を破壊することができる。
 だがアイザワは倒れなかった。咄嗟にアンカーを切り、離脱に成功したのだ。それでも機体に流れた電撃が
駆動系に作用したのか右腕が使い物にならなくなった。動かすことができないのを確認したアイザワは、その
右腕を躊躇なく切り捨てた。

 

「いい判断です。排除してしまったほうが邪魔にならない」
「……だがっ!」

 

 再びハイマニューバ2型に近接戦闘を挑むグフイグナイテッド。アイザワは斬機刀を構えそれを迎え撃つ。
だが、それはまさに致命的だった。右腕を失ったことは戦闘自体に支障は出ないだろう。しかし従来のMSに
とって手足は決して飾りではない。

 

「ぐぅぅぅ!!」

 

 それはAMBACという機動が行えるからである。この機動は微妙な機動修正を効率よく行うことができる。戦闘
中の使用は容易ではないが、歴戦の勇士ともなれば扱いも容易い。そしてそれはMS搭乗時間が長ければ長い
ほど身に就いてしまうものだった。
 アイザワはいつもとは勝手の違う機体にうろたえてしまった。アスランはビームガンで牽制、避けた一瞬の
隙を狙ってビームソードを突き刺した。

 

「こ、これ程のパイロットが、何故ジオンの犬に……」
「俺は父パトリックの意思を継いでいるだけだ」
「貴様っ……そうか、売国奴の息子も……また売国奴というわけか……」

 

 アスランは黙ったままビームソードを引き、アイザワの機体から距離を取る。

 

「ザ、ザフトに栄こ……!」

 

 ハイマニューバ2型は推進剤に火がつき爆発・四散し、そして燃え尽きた。
 それを見ていたアスランとニコルは瞑目した。彼は、手段は違えど目的は自分たちと同じだった。ザフトの
為に、如いてはプラントの為に戦い、散ったのである。

 

「アスラン……」
「気にしていない。それよりも前線は?」
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               *     *     *
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 アイザワの死は残党軍に混乱と動揺を与えた。殿として死を決意していた彼らも指揮官の死は堪えたらしい。
動きが衰えたナスカ級に無数のロケット弾が弾着し、艦は爆破、宇宙の藻屑と化す。

 

「やった!」

 

 ルナマリアが声を上げ、通信回線に皆の上げる歓声があふれた。レイの顔にも安堵がよぎる。

 

「だが、敵艦を一隻取り逃した」

 

 新型MSを搭載していたローラシア級は離脱に成功していた。ホーキンス隊を含む部隊が後を追うが、残り
の敵艦が盾となって邪魔をした。これには後を追う余裕などある筈がなく、MS隊は各母艦への帰投を始めた。
尤も、ここで新型機の存在をユウキたちが知っていたならば、彼らは隊の出血を覚悟してでも残党軍の追撃を
選んだかもしれない。

 

「あのチョビ髭なにやってんのよ? 護衛艦隊を周囲に置いたんじゃなかったの!?」
「これが実戦だ。紙の上で計算して立てた作戦通りにはいかないんだよ、ルナマリア」
「……ホーキンス隊が後退します。我々も行きましょう」

 

 一仕事終えたような達成感を誰もが覚えていた時、冷静な声が通信回線に入り込んできた。

 

「まだだ……」

 

 ルナマリアは聞き覚えのある声に、耳をそばたてる。するとそこにアスランのグフイグナイテッドが彼女の
視界に入った。

 

「敵艦隊が進路をこちらに向けている」

 

 驚きと共に見ると、乱れていた敵艦隊が突然転進を開始、こちらに向かって突っ込んでくる。ハイネとレイ
は再び迎撃態勢をとるが、ルナマリアは別のことに気を取られていた。

 

「ザラ隊長っ……こんなところで一体なにを!?」

 

 3ヶ月前――ルナマリアがまだ士官学校に通っていた頃、あのヤキン・ドゥーエ攻防戦が開始された。絶対
的な戦力不足を補う為、パトリック・ザラ議長は士官候補生をプラント本土防衛隊として置いた。その時に、
若い彼女らの指揮を取っていたのがアスランであった。戦いの後、彼がどうなったのか知らないルナマリアは、
突然のアスランの登場に驚き戸惑っている。

 

「アンタがあのアスラン・ザラか……。俺はハイネ・ヴェステンフルス大尉だ。よろしくな」
「自己紹介は後にしてください大尉。今は敵艦を!!」

 

 作戦では敵旗艦を撃沈後、アサクラの指揮する護衛艦隊が、残った敵艦に向けて一斉砲撃を開始する手筈に
なっている。このまま敵艦の接近を許せば味方艦を盾に取られ、砲撃が加えられない。そればかりか敵は味方
艦に対し特攻を仕掛けるだろう。

 

「全機の残弾数は?」

 

 アスランは勝手に指揮をし始めた。これは独断なのだが、この程度は許容範囲とハイネは割り切った。

 

「俺のゲイツはまだ大丈夫だ」
「レイ・ザ・バレル少尉です。こちらはロケット弾が一発、クラッカーが二発」
「え……っと、ルナマリア機は残弾ゼロです」
「お前は撃ち過ぎなんだ。大した腕でもないのに……」
「大尉! それパワハラですよ!」

 

 最後の報告に憮然としながらも、彼女にクラッカーを渡すようレイに伝えるアスランだった。
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               *     *     *
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 第六艦隊本隊はザフト艦隊からやや離れた位置にいる。そこで司令官のアサクラは苛立ちを覚えながら戦況
を見つめていた。ザフト艦隊の体たらくに不満を示していたのである。アサクラは艦橋で床を蹴りつけた。

 

「もう待てん! 全艦戦闘態勢!!」
「アサクラ司令、まだ味方艦の離脱が終わっていません。このまま撃てば巻き添えに……」
「味方だと?! 私の足を引っ張る連中の何処が味方なのだ!!」

 

 アサクラは明らかにザフト艦隊を侮蔑していた。本来ならばギレン総帥直属である親衛隊に配属を希望して
いたにもかかわらず、何故このような部隊を配下に持つキリングの下に着かねばならぬのか。

 

「構わん、撃ってしまえ! 目標はザフト艦“ナスカ級”!!」

 

 全てはザフト艦隊の所為だ。それは完全に八つ当たりであるが、アサクラにとってどうでもいいことだった。
今は、この目障りな連中を始末する絶好の機会を逃すものかと自分勝手な命令を下す。穏健なキリングのこと
だから、始末した理由を詳しく聞いてくるだろう。それもザフト艦隊が敵と同調したと言えば問題ない。
 そしてザフト艦隊に向け砲撃が開始される。ところがその瞬間、オペレーターが思いもよらぬ言葉を発した。

 

「我が艦の後方に艦影! 撃ってきます!!」
「な、なんだと!!?」

 

 全くの無警戒だった第六艦隊は、突然現れた所属不明艦からの砲撃を受けてしまう。直撃を受けたムサイは、
反撃することも出来ず、爆発の中に消える。振り向くとそこにはザフトのローラシア級が一隻だけ浮んでいた。
その姿を確認したアサクラは呆気に取られてしまう。一体どの様にして我が艦隊の背後を取ったのだ。
 その疑問に誰かが答えるよりも早くローラシア級は動いた。カタパルトからMSが発進し、アサクラの乗る
ザンジバルに向けて迫るのだった。
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               *     *     *
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「よし! 全ての準備は整った! 総員出撃せよ!」

 

 ジャスティスのコックピットで、仮面の男は高らかに命令した。

 

「これより我が隊はジオン軍第六艦隊に向けて奇襲を敢行する。ヒルダ、ヘルベルト、マーズの三人は正面に
いる敵旗艦を叩け。他の者は残った艦艇およびMSを殲滅せよ。突入ルートは私が作る!」

 

 ジャスティスの後ろには黒いゲイツが三機。そして更に後方にはジンやダガー、ザクといった様々な勢力の
MSが追従していた。全ての機体がローラシア級を改造した艦“ガルバーニ”から発進している。

 

「さあ、我等の“同胞”を救い出せ!!」

 

 そう叫ぶのは、嘗てザフトでエースの称号を持ちながら、変態扱いされていたラウ・ル・クルーゼだった。