Zion-Seed_51_第二部第6話

Last-modified: 2008-07-17 (木) 09:23:30

「司令官! お話があります」

 

 戦闘を終えると、ガルマの自室ではアンドリュー・バルトフェルドがするどい声を投げていた。

 

「先の言葉はどういった意味なのですか!?」
「何のことだ?」
「“海戦は専門ではない”という言葉です!」

 

 訝しげに尋ねるガルマに、バルトフェルドは鋭い視線を送る。

 

「意味も何も、事実を述べただけだよ。私は海戦の経験が無い。士官学校でも、ある程度教わっただけだ」
「貴方がこれまで何を経験したかは問題ではありません。問題なのは、あの場であのような発言をなさった事
です。一軍の長ともあろうお方が、あのような弱気な発言をなさっては、部下が不安を刈られます」
「そうか、不用意な発言だったか、今後は注意しよう」
「なるほど……貴方の考えはよく分かりました」

 

 あまりのいい加減さにバルトフェルドは眼を燃え立たせて、ガルマに詰め寄った。

 

「司令官殿、ご質問があります。どうしたらこの戦争は終わると貴方はお思いですか?」
「? 一体なんの……」
「戦争には時間制限も得点もない。スポーツやゲームじゃないんだ。そうでしょう? なら、どうやって勝ち
負けを決めます。何処で終わりにすればいいのです? 敵であるもの全てを、滅ぼしてですか?」
「……それはありえない。戦争は外交の延長にあるものだ。戦争が長引けば、双方の政治家が落し所を模索し
始める。ジオンと連合が休戦している現状がまさにそうだ」
「教科書どおりの答えですね」

 

 瞬間バルトフェルドがガルマに銃を突きつけた。ガルマは何が起きたのか理解できなかったが、直に冷静さ
を取り戻す。そして相手の意図を読もうとした。が、それも少し考えただけでやめた。

 

「ご心配なさらなくても結構。手足の半分がなくても、もう半分で引き金は引けますよ」

 

 相変わらず惚けた口調ではあるが、その目には猛禽類のような眼光が見て取れる。
 バルトフェルドを見たガルマは、こんな自分がここで退場してもいいのではないかと思い立ったのだ。地上
軍には優秀な将が数多くいる。指揮はケラーネやビッター、運営はマ・クベが取ればいい。そうすれば自分が
指揮するよりも地上軍は精強になる。
 そんな後ろ向きな考えをして黙っていると、目の前の男は銃を向けながら静かに口を開いた。
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――――第2部 第6話
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「血迷っておられるのですか、ガルマ様」
「私が?」
「なぜ何も抵抗なさらないのです」
「銃を……」
「銃を突きつけられているから抵抗しないとでも言うおつもりですか!? 海戦の経験が無いから指揮をしない
のと同じように……。衛兵を呼ぶなり、私を言いくるめるなり、どんな形であれやり方はあるものです。それ
すら行わずに貴方は撃たれるというのですか? あきらめるのですか? キシリア様に何も出来ないように!」
「なんだと!?」

 

 最愛の姉の名に、ガルマは初めて感情をあらわにした。

 

「貴様に何が分かる! キシリア姉さんを失った私の何が!!」
「それは違う。キシリア様はまだ生きています!」
「いいや、姉さんは死んだんだ! 私は今まで姉さんの背中ばかり見てきた。それが突然いなくなったんだ!
一度、見舞いに行ったが、そこにはいくつものチューブに繋がられた姉さんだった。どんなに語りかけても、
答えてはくれない。どんなに揺さぶっても、起きてはくれない。確かに生きてはいる。いるが、私の目標だった
キシリア姉さんは死んだんだ! 何故だ!!」

 

 ここまでの感情の爆発を見せるガルマを見たのは、バルトフェルドには初めてだった。まるで八つ当たりの
ように言葉を吐くガルマ。バルトフェルドは不快感を感じるよりも彼の本心を聞けたことを喜んだ。

 

「確かに目標を失った後、心に残るのは空虚だけです。しかし、貴方はそれでめげる訳にはいかないのです!」
「何だ? 私が司令官だからか? それともザビ家の者だからか!?」
「……それもあります。ですが貴方は肝心な事に気づいておられない」
「肝心な事……だと?」
「何故、数多くのザフト兵が軍に残る決心をしたのかをです」

 

 嘗てザフト兵は、ナチュラルがその大半を占めているという理由で連合軍やジオン軍を下に見ていた。頭脳
や身体能力に勝るコーディネイターの軍ザフトがナチュラルの軍に負ける筈がないと……。
 実際に連合相手だと連勝を重ねていった。自分達が操るMSで蹂躙されていく連合。今まで自分達から搾取
し続けていた連合に、差別し続けてきたブルーコスモスに一矢を報いたのだ。このまま勝利の勢いでジオンも
打ち倒してくれる。そう皆が感じていた。
 ところがジオンとの戦になると連戦連敗する。連合に通用した戦術がまるで通用しない。MS戦も、ジンで
ザクには勝てない。シグーやバグゥを出しても、戦略・戦術で対抗される。昨日までの自信とプライドはボロ
ボロだった。ナチュラルに負けたという事実に、耳を塞ぎたくなった。

 

「カーペンタリアや宇宙にいた連中は知りませんがね。ことアフリカ方面に関しては、僕を筆頭に打倒ガルマ
で意思が統一されていたんだ」

 

 立ち止まっていてはジオンに勝てない。そう考えたバルトフェルドは部下達を鍛え、自身は寝る間も惜しん
で新たな戦術論の開発に躍起になった。

 

「それでも勝つことは出来なかった。砂漠の虎と呼ばれた僕は君に完全敗北だ!」
「優秀な部下がいただけだ。私など……」
「良い上司には良い部下がつくものだ。それも含めて実力なんだよ!」

 

 ここまでされては、最早ナチュラルだ、コーディネイターだなど言ってられなくなる。優秀な人間は種族に
関係なく優秀なのだと実感せざるをえない。

 

「更には、捕虜となった僕らの待遇も良かった。捕虜を虐待した者は死刑にしてたしね。ここまでされたら、
誰だってガルマ・ザビに敬意を払うよ。分かるかい? 今、ジオン軍に再就職した奴らは、皆が君を目標とし
てるんだ、僕を含めてね」

 

 先のガルマに呼応するように、バルトフェルドも素をあらわにしながら言葉を紡いでいく。

 

「僕は、この戦争はどちらかが滅ばなければ終わらないと考えていた。プラントはジオンとは違い、南極条約
のような国際条約を結んではいなかったからね。連合の捕虜になれば意味も無くリンチされ、殺される。そう
考えていたよ。それはジオンに対しても同じ思いだった。それが君との出会いで吹き飛んだ。目から鱗が落ち
るとはこんな時に使うんだろうね。君は、年下だけど尊敬に値する人物だと感じたさ。そんな君が、姉がいな
いから戦えないなどと言う腑抜けになった。こりゃあ一体どういうことだ!? 僕達を苦しめたガルマ・ザビは
何処に行ったんだ!?」

 

 バルトフェルドは声を荒げ、言いたいことを言い終えると、手にした銃を懐にしまい頭を下げた。

 

「今回のご無礼、どの様な処分もお受けします。ただ部下達は、私よりもガルマ様が必要なのです。その事を
どうかご理解していただきたい」

 

 ハッとしたガルマは、バルトフェルドの行いが嘗てのラルと同じである事に気付いた。自分はなんと馬鹿な
のだろう。これではあの時と同じではないか。つまらない意地を張る自分をラルが戒めてくれたあの時と……。
ガルマは申し訳ない気持ちで一杯になった。

 

「バルトフェルド大佐、貴官に聞きたいことがある!」

 

 そしてそれは、自分を慕う部下の思いに答えようとする動機を作る要因となった。
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               *     *     *
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「何所に行っていたのですか?」
「ちょっとね。それより――」

 

 旗艦レセップスの艦橋へと戻ったバルトフェルドは、副官の問い掛けを聞き流す。

 

「同型艦じゃないよね?」
「はい、間違いなく、あの時の“足つき”です」
「やれやれ。呼んでもいないのに助けられるとは」

 

 バルトフェルドは艦長席に身をゆだねると、ザフト残党軍が敗走する決定的要因を作った足つき――アーク
エンジェルを見た。あの砂漠で戦った大天使の白い船体が海に浮んでいる。
 アークエンジェル――バルトフェルド隊にとっては因縁の艦だ。あの砂漠の戦いにおいて、あと一歩の所で
勝利を得られた彼等はあるMSの出現で敗北した。部隊の損害は多くなかったが、バルトフェルド自身は重傷
を負った。偉大な指揮官の敗北は士気に影響し、ガルマ率いる軍勢に隙を作ってしまったのだ。そんな艦に、
それも不利でもないのに助けられるなど思いもよらないことである。

 

「でも仕方がないのかな。あの状況じゃ……」
「それで、どうします?」

 

 艦橋をただよう空気は緊張に満ちていた。場にいるのは皆がバルトフェルド隊の元隊員だ。直接ではないが
バナディーヤ陥落の要因を作ったアークエンジェル。受けた借りを返したい思いが彼等の内にあったのだ。

 

「現状は理解しております。ですが大佐が、嘗ての隊長として命じるのなら、我々は従います」

 

 静寂が辺りを包む。バルトフェルドは部下を見渡すとアークエンジェルに回線を開くよう言った。ダコスタ
の質問には答えなかった。たとえ自分の本心がどういうものであろうとも、ジオンの軍服に袖を通した以上、
それを口にするわけにはいかないのだから。

 

「諸君、ガルマ司令からの命令だ。それは……」
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               *     *     *
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 レセップスから送られた通信は、艦隊を支援してくれたナタル達を我が艦に招きたいというものであった。
この通信を受けたナタルは驚いたが、モニターの向こうに男が彼女のよく知る人物だった事で合点がいった。
嘗て、アフリカの砂漠で相対したアンドリュー・バルトフェルドだったのである。
 この提案にナタルは主要メンバーを集めて会議を行った。そこには二つの懸念があったからだ。
 一つが、通信の主がバルトフェルドである事。アラスカで聞いた話によれば、ナタル達がバルトフェルド隊
を破った直後、北アフリカ一帯はジオン軍によって占領されたらしい。それはバルトフェルド一人に依存して
いたザフトの失態であるが、逆恨みという形でアークエンジェルに憎悪を持っているかもしれない。
 もう一つの懸念、それは相手がジオン地上軍である事。目の前でジオンにサイを殺されているヘリオポリス
組は、彼らに強い嫌悪感を持っているのだ。志願兵という形で軍属になった彼らは、正規の軍人とは違って、
感情のコントロールが上手く出来ない。友人の死に至らしめた相手を前に彼らは冷静ではいられないのだ。
 案の定、サイの死に責任を感じているトールが反対した。罠であると主張したのである。これにミリアリア
が呼応し、士官であるトノムラも慎重論を投げ掛けた。
 それに対してセイラが、休戦交渉の最中に交渉が不利になるような事をジオンが行うだろうか、行うとした
ら何のメリットがあって行うのか冷静に切り返した。
 議論が紛糾する中、結局はナタルの判断に委ねられる。

 

「私はこの提案を受け入れようと思う」
「危険です。アークエンジェル自体が拿捕される可能性があります!」
「確かに罠の可能性は否定できないが、その可能性は限りなく低いと考える」

 

 理由はジオンの戦力が艦隊規模である事。アークエンジェルの戦力は、敵基地探索が任務の所為か艦自身と
MSが六機、MAが一機だけだ。少数精鋭と言えば聞こえはいいが、艦隊を繰り出しているジオンを相手にす
るのは難しい。

 

「数的優位を確立しているジオンが、策を練るとは考えられないと?」
「ああ。それにバルトフェルドから残党軍の基地の場所が分かるかもしれない」

 

 敵基地があるとすればプラントが敗北する前に建造されている筈だ。基地を建造するのに必要な機材・物資は
残党軍では入手できない。そうなれば北アフリカ駐留軍司令官の肩書きを持っていたバルトフェルドなら基地
の存在を知っていても不思議ではないのだ。

 

「だが、慎重を期す必要はある。護衛にヤマト准尉を付けよう」
「……僕ですか?」
「コーディネイターのお前が一番適任だ。私はマス伍長のスカイグラスパーの乗って行く」

 

 そして二時間後、ナタルを乗せたスカイグラスパーと護衛のストライクがレセップスに着艦したのである。
 ナタル、キラ、セイラの三人は緊張を隠しきれずに格納庫に降り立つと、青年士官が三人を出迎えた。

 

「ご足労をおかけします。自分は――」
「アスランッ!?」

 

 青年士官の声はプラントにいる元友人に酷似していた。キラは思わず声を上げ、士官に掴みかかる。そして
相手の驚いた顔を見たキラは、自分の勘違いに気付くのだった。

 

「あの、小官に何か……?」
「あ、いえ、勘違いです。すみません」
「コホン。自分はニッキ・ロベルト少尉と申します。司令がお待ちです。こちらへ」

 

 そうして連れて来られた会議室には、ナタルでさえ思わず怯んでしまうメンバーが居た。
 中央に座る地上軍総司令官ガルマ・ザビ中将、その横には“砂漠の虎”アンドリュー・バルトフェルド大佐、
“青い巨星”ランバ・ラル中佐、“闇夜のフェンリル隊”隊長ゲラード・シュマイザー少佐といった顔ぶれだ。

 

「よく来てくれた。私が地上攻撃軍総司令官ガルマ・ザビ中将だ」
「私は地球連合軍第81独立機動部隊隊長ナタル・バジルール少佐です」

 

 続いてキラとセイラが自己紹介をするが、そんな二人を見ていたラルは己の目を疑った。

 

「どうした、ラルよ。なにをボーッとしてるんだ?」

 

 戦友であるシュマイザーが、唖然とするラルを不審がる。彼は何の反応も見せない。ただ目の前にいる連合
兵に見入ったまま動かない。

 

「知り合いか? どこかの戦場で会ったとか」
「……様だ……間違いない」

 

 その呟く声はシュマイザーにも聞き取れなかった。

 

「姫様が……アルテイシア様が……生きておられた……」
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               *     *     *
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「我々に協力したいと?」
「そうだ。貴官の任務は、ここ一帯に潜伏するザフト残党の拠点の探索、もしくは殲滅であろう」

 

 図星を突かれ驚くナタル。キラとセイラも顔を見合わせてしまう。

 

「不思議がることはない。貴官がこの艦隊を支援したということから容易に推測できる」
「……」
「我らとしても、インド洋を行き来する際にザフト残党と戦闘をするとなると、大小問わず被害が出てしまう。
ならば叩ける時に叩いておく方がいい。幸いこのバルトフェルド大佐は元ザフトだ。大佐の情報から敵基地の
おおよその場所は把握している」

 

 ナタルは返答に苦慮した。相手はザフト残党、言うなればテロリストだから簡単には断れない。断っては、
連合軍はテロを放置するつもりなのかと追求されてしまう。
 さてどうすべきか。ナタルにしてみれば受け入れてもいいと考えていた。バルトフェルドから基地の場所は
分かるし、ジオンの戦力を使えば基地を占拠できるかもしれない。共同で行う事で自軍への被害を減らせると
いうメリットもある。

 

「テロリスト殲滅に協力してくれるのは吝かではありません」

 

 だが分からないのは、何故ジオンがこのような提案をしたかだ。艦隊規模の戦力を持ち、かつ敵基地を知る
彼らが、わざわざ連合と共闘するのは何故なのか。

 

「信用できないといった顔だな」

 

 強い口調のナタルに、ガルマは苦笑を浮べる。

 

「それも当然だろうが、私としては艦隊へのリスクは減らしたいのだ」

 

 ――それはお互い様だ。
 目の前にいるジオン軍史上最年少の将官は何を考えているのか。意図を読み取れないナタルは目を細める。
 沈黙が場を支配する中、部屋の外がなにやら騒がしくなる。

 

「……何事だ?」

 

 訝しげに扉を見るガルマ。一瞬、ザフト残党が踵を返したのかと脳裏を過ったが、違うらしい。まるで誰か
を制止しようとする警備の声が大きく響き、ドカドカと足音が伝わってくる。
 そして、蹴飛ばされたように扉が大きく開かれ、その場にいる全員の目が点になった。

 

「カ、カガリ……」

 

 扉を開いたのは、息を荒げたカガリだった。キサカとダロダが引き留めるのを無視してきたらしく、後ろに
は二人が申し訳なさそうにしている。

 

「どういうことだ砂漠の虎! どうして私を部屋に閉じ込めた!?」

 

 カガリは大股でバルトフェルドに近付く。ガルマがいることを気にもかけない。

 

「大佐、どういうことだ?」
「実は姫が勝手にアークエンジェルへ通信を送ろうとしまして……」
「知り合いなんだから別にいいだろっ!」

 

 喚き散らすカガリをよそに、ナタル達は困ってしまった。
 “明けの砂漠”がジオンと繋がりがあるのを知っていたので、カガリがジオンにいる事は疑問に思わないが、
どうして彼女がガルマと同じ艦に乗っているのか。それに“姫”とはどういう意味か。
 そんな疑問にカガリは答えてくれた。

 

「それから、その姫というのはやめろっ! 私はカガリ・ユラ・アスハだ。オーブに着いたら絶対に言うなよ!」

 

 連合側に隠していたことをおもいっきりばらしてくれた目の前の少女にバルトフェルドは苦笑し、隣にいた
ガルマは頭を抱えるのだった。
 バルトフェルドとカガリのやり取りを聞いていたナタルは、瞬時にジオン側の意図を読み取った。
 アフリカの砂漠でアークエンジェルに乗り込んできたカガリ・ユラは、どうやらオーブのアスハ家の者らしい。
あの後孤立無援となった彼女は、ガルマを頼ったのだろう。アスハ家程ともなればザビ家と何らかの繋がりを
持っていたとしても不思議は無い。被害を減らそうとするのは、要人であるカガリの身の安全を守る為なのだ。

 

「全く。よく中立を言えるものだ……」

 

 ナタルはガルマの提案を受けると決めた。そしてカガリの存在とザビ家の者がオーブへ向かう事実は、上に
報告すべき事柄と判断するのだった。