Zion-Seed_51_第10話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 18:03:42

1.

「よくやったな坊主」
 ムウは格納庫に行くと、真っ先にキラに声をかけた。
「ム、ムウさん……」
 声はまだ震えていたが、幾分か落ち着きを取り戻している。
 ヘリオポリスが崩壊した後、宇宙に押し流されたストライクは自力でアークエンジェルへ帰還した。
その途中、推進部が壊れた救命ポッドを見つけたキラはそれを抱えていた。本来はオーブの救援艇が
保護しに来るのだが、“住民を見殺しにするな”とパオロが命じていた為ナタルはそれを受け入れていた。
「もう怖い思いをしなくていいぞ。後は俺と中尉にまかせろ」
「は、はい」
 そう返事をしたものの、キラには複雑な思いがあった。
 これでキラはMSに乗らなくていいだろう。機密を見たこともクリスとムウが何とかしてくれそうだし、
自分がコーディネイターであることも黙っていてくれるようだ。しかし、
――やはりキラ? キラなのか?
 アスランの声を思い出す。
――どうしてそんなものに乗っている!?
 確かにMSに乗り戦うのは嫌だ。しかしここでMSを降りたら、二度とアスランと会えないような気がした。
(アスラン……僕は……)
「キラッ!」
「無事だったんだな!」
 友人達が駆寄ってくる。トールは抱きつき、サイは頭を掻き毟ってキラは目を白黒させる。
ほほえましい光景の中、救命ポッドから声が上がった。
「サイーッ!」
 紅い髪を束ねた少女はキラ達に近寄る。
(知り合いか……ここはもういいな……)
 ムウはその光景を見ると、そっと場を離れた。

2.

 その頃ブリッジではナタル達が情報の分析を行なっていた。
「ザフト艦の動きは分かるか?」
「無理です。残骸の中には熱を持つものも多く、これでレーダーも熱探知も……」
「それはザフトも同条件では?」
 クリスがナタルは考え込む。
「私としては、ヘリオポリスにいたザクが気になるのですが……周囲にジオン艦は?」
 クリスの問いに皆がパル伍長を見るが、彼は首を振った。
「とにかく現状では、あると想定して動くべきでしょう」
「そうね。私もナタルの意見に賛成だわ」
「遅れてスマン」
「大尉、何所へ行っておられたのですか」
「ちょっと格納庫にね……今はどんな状況だ」
 ナタルはこれまでの経緯を話した。
「なるほどな。こっちの戦力はストライクにイージス、そしてゼロか
 ……まあ、パイロットは俺とクリスしかいないからな」
「?……ストライクに乗っていたパイロットはどうしたのですか?」
 ナタルの疑問にムウとクリスはぎくりと目を見開く。
(しまった! 説明してなかった!)
 とりあえずムウは場を誤魔化し始める。
「降りてもらったよ。オーブの民間人だしな」
「民間人が……しかし普通の人間がGに乗れるものなのですか?」
 しかし痛いところをつかれる。
「(やべえな)そ、それはだな……」
「ストライクのOSは初心者用に設定していたのです!!」
 傍らのクリスが助け舟に入った。
「殆どがOSのオート任せで、サルでも乗れる状態だったんです!
 その名も“マリューおねえさんのMSにのってみよう”ッ!!!」
 その言葉に固まるムウ。ナタルは唖然とし、マリューにしてみれば何を言っているのか理解できない。
静寂が辺りを包み、その場にいる全員がマリューの方を向く。
(ちょっ! おまっ! なんつー言い訳をっ!)
(ふええぇぇぇっ! しまったあぁぁぁっ!!)
 ムウは頭を抱え、クリスは動揺しまくっていた。
「た、大尉……そんなOSがあるのですか?」
 突然、訳の分からない話を振られたマリューは思考がついていかない。ムウはナタルの背後で
気づかれないようにアイコンタクトをとる。それに気ついたマリューは何とか話を合わせようとした。
「あ……え、えっと……!」
 とは言っても、“マリューおねえさんのMSにのってみよう”等と言われれば返答に困ってしまう。
『YES』と答えたら、まるで自分がバカみたいだ。それでもムウの必死のジェスチャーによっては観念した。
「……あるわ」
「…………そうですか」
 皆の白い視線を受け、マリューは後でクリスをシメることを心に誓った。

「と、とにかくだ! これからどうするかを考えようぜ!」
 まずい空気にムウは話をそらす。ナタルは腑に落ちないといった表情だ。
「現状で考えられるのは戦闘、逃走、そして投降だ」
 投降、という言葉に皆ぎょっとする。
「それも一つの手ではあるだろ?」
「戦闘は避難民がいる以上避けた方がいいわ」
「逃走するにしても、向こうには高速艦のナスカ級がいます。振り切れるかどうか……」
「投降はありえません。我々の目的は、何としてもMSとこの艦をアラスカへ持ち帰ることです。
 そこで、私はアルテミスへの入港を具申致します」
「傘のアルテミスか……」
――アルテミス
 ヘリオポリスから近い宙域にある軍事衛星である。所属はユーラシア連邦になるのだが、
制宙権を失った連合にとって唯一の宇宙基地であり、大西洋の艦艇も入港している。
「それに――」
 ナタルはチラリとパオロの方を見ると、
「――時間がありません」
 パオロはセイラに痛み止めを打たれ、静かに眠っていた。
「そうだな。アルテミスまではおよそ2時間ってとこか。戦闘になるかは運だな」
 その一言で議論は終わり、各々が配置に着く。
「デコイ用意。発射と同時に、アルテミスへの航路修正の為、メインエンジンの噴射を行う。
 後は艦が発見されるのを防ぐため、慣性航行に移行。第二戦闘配備。艦の制御は最短時間内に留めよ!」

3.

 艦内の一室でキラと友人達は身を寄せ合っていた。
「俺達……どうなるのかな……」
 どうしようもない不安をカズィが口にする。当然だろう。自分達の住処が崩壊し、
親兄弟とは引き離され、生きているか死んでいるのかさえ分からない。“平和の国”
中立国オーブに住んでいた彼らにとって戦争はTVの中の出来事だった。しかし、
その戦争が目の前で行なわれたのである。
「はーい! みんな元気?」
 扉が開きクリスが入ってくる。キラ達の様子を見に来たのだ。
「いい知らせよ。後2時間ほどでアルテミスに着くわ。そこでみんな降りてもらうからね」
「本当ですかクリスさん!」
「私が上に掛け合ったんだからね。感謝しなさい」
 サイ達はホッと胸をなで下ろす。ただ、キラは違った。
「クリスさん、ザフトはどうなったんです?」
 キラはアスランが気になっていた。親友が、またこの艦を襲撃するかもしれないのだ。
そんな心配をよそに、クリスは笑いながら答える。
「大丈夫! さっきの戦闘であらかたジンは落したし、こっちにはMSだって2機あるし……」
「でも連合のMSが何機か奪われたんですよね?」
「問題ないわ。そもそも連合のMSを造ってたのは私達よ。性能は把握してるわ」
 そうクリスは言うが、それでもキラの不安は尽きない。
「でも……」
「はいストップ」
 キラの口元に指を当てて微笑んだ。
「とにかく、お姉さんを信じなさい」
 顔を近づけられキラは赤くなった。

<マッケンジー中尉! 至急ブリッジへ!>
 艦内アナウンスに、クリスははっと頭を上げる。
「ゴメンね。呼び出されちゃった」
 掌を合わせポーズを取りながら、クリスは部屋を後にした。その姿を見送るとキラは更に悩む。
(ザフトが攻めてきたのか? アスランなのかな? 僕はどうしたら……)
 相手はコーディネイターだ。性能だってOSを最適化させて向上させるだろう。MSが合っても
アークエンジェルに勝ち目があるとは思えなかった。
(でも僕は戦いたくなんかない……)
 しかしコーディネイターである自分が戦えばザフトを退けるかもしれない。
「コラーッ! なに赤くなってんだ!!」
 悩んでるキラをトールがからかう。キラはトール達の顔を一人一人見た。
(クリスさんはああ言ってたけど……)
「キラ?」
(やっぱり僕は……)
 キラは立ち上がり、仲間達を見回した。
「行って来るよ」
「何言ってんだよキラ」
「僕は……コーディネイターだから」
 そう言って、キラは部屋を飛び出した。

4.

 クリスがブリッジに着くと皆慌しかった。
「大型の熱量感知! 戦艦のエンジンと思われます。距離200、イエロー3317マーク02チャーリー、進路ゼロシフトゼロ!」
「同方向へ!? 気づかれたの?」
「だがだいぶ遠い」
「目標、本艦を追い抜きます!――艦特定! ナスカ級です!」
「チィ! 先回りして、こっちの頭を抑えるつもりだぞ!」
「ローラシア級は?」
「待って下さい……本艦の後方300に進行する熱源! いつの間に……」
「やられたな」
 これはアークエンジェルを挟み撃ちにする形になる。こうなるとローラシア級に追いつかれる、
もしくはエンジンを使って逃走したところをナスカ級が転進してくるのどちらかだ。
「おい! 2隻のデータと宙域図、こっちに出してくれ」
「なにか策が?」
「それは、これから考えるんだよ」
 ムウが叫んだその時、ブリッチにキラが入ってくる。
「坊主!?」
 キラはムウを見ると、覚悟を決めた。
「僕に、僕にガンダムを使わせてください!」
「貴様何を言っている!?」
「ザフトが来るんですよね。僕が戦います」
「ふざけた事を言うな! 民間人においそれとMSを与えるわけが……」
「僕はコーディネイターです!!」
 ついにキラは自分の正体を言ってしまった。

 その場にいた兵士たちが一斉に銃を構える。
「僕はMSを動かせます! だから!」
「コーディネイターだと、拘束しろ!!」
 複数の兵士がキラを床に倒し押さえつける。これがこの戦争の一つの図式なのだ。
「待て! お前らやめろ!」
「ナタル! やめさせなさい!」
 ムウとマリューが止めに入るがナタルも引かない。
「何を言っているのですか!? 相手はコーディネイターなのですよ!!」
 興奮冷めやらぬなか、パオロを診ていたセイラが発する。
「皆さん静まりなさい!!」
 それは威厳のある一言だった。瞬間ピタリと騒動がやみセイラのほうを振り向く。
「艦長からお話があるそうよ」
 見るとパオロは目を開けていた。
「少尉、彼を解放したまえ……」
「しかしっ!!」
「これは命令だ……」
 軍人にとって命令は絶対である。ナタルはキラの拘束を解かした。
「キラ……君と言ったね。……話してみなさい」
 ゆっくりと、静かな声で語りかける。
「先程も言いましたが、僕はコーディネイターです。だからOSを書き換えてMSを動かしました」
 皆が黙ってキラの言葉を聞いている。
「戦いたくはありません。でも、この艦には友達が乗ってます。僕も死にたくはありません。だから……」
「MSに乗せろと言うのか!?」
「少尉……ッ!」
 痛みをこらえてナタルを制する。
「艦長!」
「……大……丈夫だ。それより、彼をストライクに乗せたまえ」
「し、しかし彼はコーディネイター……」
 パオロはナタルを見据え続ける。
「オーブの民間人だ。ザフトの兵士ではない」
「……了解しました」
「皆、聞いてくれ……状況は切迫している」
 苦しそうに身を乗り出し、艦橋にいる全員を見る。
「まずは落ち着こう。そして作戦会議を行なおうではないか」

5.

 パイロットスーツに着替え、格納庫に行くと、ムウとクリスが待っていた。
「似合ってるわよ」
「なんか変だぞ、そのカッコ」
「合うサイズがなかったんです」
 パイロットスーツの襟を引っ張る。キラの体格が痩せ型なのでブカブカだ。
 3人は簡単にブリーフィングを行い、キラはストライク、ムウはイージス、そしてクリスはゼロに乗り込む。
「では大尉のゼロ、お借りします」
「壊さんでくれよ」
「ガンバレルをシグーにぶつける大尉に言われたくありません」
「ありゃ?」
 コックピットに乗り込むと、ムウは軽口を叩く。キラとクリスの緊張を解くためにだ。こうしてみて見ると彼が数々の戦場を
駆け巡った兵士である事が分かる。
「坊主、よく聞け……ストライクに乗る以上、君はこの艦を護る義務がある。それを承知でお前は乗るんだな?」
 そのムウが真剣な表情でキラを見つめていた。それは、言わばムウからの最後通告であった。自分から乗ると言い出したから
には甘えは許さない。彼はそう言っているのだ。
「……はい」
 やるしかない。それしか生き残る方法がない。キラは改めて覚悟を決めた。
<ローレシア級、後方90に接近!>
<中尉、タイムアウトです。発進願います>
「了解!――キラ君、後はよろしく!」
「バレルを展開する必要はないからな! そのままの状態で一斉砲火だ!」
 モニターの中で、クリスはムウに敬礼をすると通信を切った。
<正しいことなんてどこにもない。でも……クリスチーナ・マッケンジー出撃します!>
 ゼロがフワリ、と落ちるように艦を出た。それを見て、キラはつぶやく。
「うまく行くかな……」
「仮にも彼女は実験部隊に居たんだ。大丈夫さ、作戦はうまくいく!」
 作戦――それはムウの発案だった。アークエンジェルとXナンバーで敵MSを引き付け敵の攻撃が集中している間に、クリス
がゼロでひそかに先行し、前方のナスカ級を叩く、というものだ。
 当初、ゼロにはムウが乗るはずだったが、パオロが待ったをかけた。それはヘリオポリスでの戦闘中にオレンジ色のシグーが
確認されたためだ。この機体は、夕日に照らされたようなオレンジ色の塗装と、高機動性を生かした一撃必殺を身上とする戦闘
スタイルでザフトのエースになった“黄昏の魔弾”の専用機なのである。ラウ・ル・クルーゼに“黄昏の魔弾”というザフトの
エースが二人いるのでは、キラとクリスでアークエンジェルを護るのは難しかった。
 そこでパオロは、クリスをゼロに、ムウをイージスに乗せる事を提案したのである。クリスは元々、MA乗りとしてある程度
の実績を作り、実験部隊に配属された経歴を持つ。ムウの方はMSでの実戦経験はないが、シミュレーションではクリス以上の
成績を叩き出しているし、イージスはMAへの変形機能を備えている。初陣となるが防衛戦なら十分に通用するはずだ。

「マードック軍曹、装備はエールをっ! 急いで!!」
「よーし、オメエらー! チャッチャと着けるぞ!!」
 下ではマリューはマードック達整備班に指示を出していた。ガントリークレーンに吊り下げられたユニットが、機体の背面に
装着する。機動性を高める追加装備“エールストライカー”だ。装着中のストライクより先にイージスがカタパルトに移動する。
<大尉! イージス発進願います>
「了解だ! 坊主、先に行くぜ!」
 ムウはカタパルトからイージスを射出させ出撃した。
<続いてストライク、発進だ!>
 そうナタルは命じたが、キラは上の空だ。
(アスラン……戦争が嫌いなんじゃないの……)
 キラは作戦会議での説明にあった“黄昏の魔弾”が気になっていたのだ。オレンジ色のシグー。まさにあの時、自分が対峙し
ていたMSだ。そしてそのパイロットは自分の親友――アスラン・ザラ。彼がザフトのエースになり、専用機まで所持している。
もちろん“黄昏の魔弾”とはヘリオポリスで戦死したミゲル・アイマンの事なのだが――
(君はそんなに人を殺したの……?)
 キラはおもいっきり勘違いをしていた。
<キラッ! キラ・ヤマトッ!!>
「は、はい!」
 激昂しているナタルに気づき、あわてて返事をする。
<なんだその態度はっ! この艦には貴様の大事な友達だって乗っているんだぞっ!!>
 人質だと言わんばかりに、ナタルは言い放つ。自分の態度も悪かったが、激しく叱咤するナタルにキラは嫌悪感を持った。

 ブリッジでは青筋を立てるナタルに誰もが声を掛けられずにいた。そんな状況を見かねたセイラが立ち上がる。
「バジルール少尉! 通信席が空いていますね!?」
 スタッと席につき、インカムを身に着けるとスイッチを入れた。
「ストライクとの交信は私がしますから、少尉は指揮に専念してください」
 ナタルはセイラの行動に唖然となる。
「装備の説明は聞いているわね? ビームライフルは強力だけど使いすぎないように! エネルギーがもたないから」
<分かりました……キラ・ヤマト! ガンダム、行きます!>
「……」
 ナタルはセイラの行為をやめさせようと思ったが、今は非常事態である。構っている時間はない。
「後方より接近する熱源3! 距離67! MSです!」
「対モビルスーツ戦闘用意! ミサイル発射管、13番から24番“コリントス”装填! リニアカノン、バリアント、両舷起動!
 目標データ入力急げ!」
「機種特定……これは! Xナンバー、デュエル、バスター、ブリッツです!」
「なに……!?」
 チャンドラ伍長の言葉にクルー達が凍りつく。
「奪ったGを全て投入してきたか……」

6.

 キラは鳴り響く敵機接近の警告音に、ビームライフルを身構える。オレンジ色の機体――“黄昏の魔弾”のシグーだ。
<止めろキラ、僕らは敵じゃない。そうだろ! 同じコーディネイターのおまえが、何故地球軍にいる。何故ナチュラルの味方
 をするんだ!?>
 通信から聞こえる声は紛れもなくアスランだった。
「僕は地球軍じゃない!」
 思わずキラは言い返す。
「でも、あの艦には仲間が……友達が乗ってるんだ!」
 その時、キラはアークエンジェルが2機のMSに襲われている事に気付いた。ムウのイージスが渡り合っている。キラは慌て
て戻ろうとしたが、その前にシグーが割り込んでくる。
<やめろ!>
「アスラン・・・・・・」
 焦りを感じつつ、だが攻撃もできず、キラはやり場のない怒りをアスランにぶつけた。
「君こそどうして、何でザフトなんかに。戦争なんか嫌だって、君も言ってたじゃないか! なのに何でエースなんかに!!」
<エース……? 何の話だ!?>
 アカデミーを卒業して4ヶ月、まだ戦果と呼べるものはない。エースと言われて、アスランには何の事か分からなかった。
「その機体……聞いたよ。“黄昏の魔弾”って呼ばれるエースのだって!」
<っ!……ち、ちがう。それは……!!>
 キラの勘違いに気がづいたアスランだったが、弁明をする前に一条のビームが2機の間に割り込んだ。
<何をモタモタやっている!? アスラン!>
「X-102、デュエル! じゃあこれも!」
 5機のなかで最もスタンダードなスペックを持つ機体は、離脱しようとするストライクに狙いを定める。
<手に負えないというなら俺がもらう!>
 デュエルのパイロット、イザーク・ジュールは高らかに言い放った。

 一方イージスはバスターとブリッツ相手に奮戦していた。
「行かせん!!」
 突破を試みるバスターにビームを放ち牽制する。
「ちっ、イザークは何処に行ったんだ!?」
「イージスは僕が押さえます! その内に“足つき”をっ!!」
 ブリッツに乗るニコル・アマルフィはビームサーベルを抜くとイージスに接近戦を仕掛ける。ブリッツは、本来単独で敵陣に
切り込む侵攻用の機体であり、攻盾システムなどシリーズの各機とは一線を画す試験的に製作された特殊兵装を装備している。
イージスの方も、ビームサーベルを4つ装備しており近接戦闘ではブリッツ以上であるが、ムウがナチュラルで、これが初陣で
ある事も重なり、バスターの突破を許してしまうことになる。
「クソッ! 1機そっちに行ったぞ!!」
 ムウは、イージスの両手にビームサーベルを装備しブリッツと斬り合いながら、アークエンジェルに警告を発した。

「アンチビーム爆雷発射! イーゲルシュテルン、敵を艦に近づけるな! ヘルダートは自動発射にセットしろ!」
 アークエンジェルの艦橋ではナタルが懸命に指示を出していた。
 爆雷が撃ち出され粒子を撒き散らす。対空バルカン砲“イーゲルシュテルン”が弾幕を張り、対空防御ミサイル“ヘルダート”
がバスターを襲う。その圧倒的な火力にバスターのパイロット、ディアッカ・エルスマンは攻めあぐねいていた。

7.

「ガモフより入電! 『本艦においても確認される敵戦力はMS1機のみ』とのことです!」
「あのMAはまだ出られんということか……?」
 ヴェサリウスで戦況を確認していたクルーゼは、何かが引っかかっていた。MAが出れないという事は、ムウがMSに乗って
いるという事なのだろう。先の戦闘でムウ自身が「MSに乗る」と言っていたし、何よりメビウス・ゼロはムウにしか扱えない。
目の前の戦闘で、何もおかしな点はない。 
(何だこの感覚は……)
 ぞわりと肌を伝うような感覚――それは重圧(プレッシャー)と表現するべきなのだろうか――をクルーゼは感じていた。
(ムウではない……何者だ……)
 いつもはムウが近くにいると感じるそれだが、今感じているものは明らかに別の者だ。その重圧はムウのそれよりも大きい。
「敵戦艦、距離630に接近! まもなく本艦の有効射程圏内に入り……なっ!? これは!!」
 その時、管制クルーが驚きの声を上げた。何事かとアデスは彼を見る。
「どうした? 報告は正確に言え!」
「本艦底部より接近する熱源っ! MAです!!」
 その報告に、クルーゼは思わず立ち上がった。

「アタシにだってこれくらいの兵器は使いこなせるはずよ!」
 クリスは最大加速でヴェサリウスに迫ると、唸りを上げるその機関部に目掛けてリニアガンとガンバレルから、ありったけの
火力をぶち込む。すれ違いざま機関部が火を噴くのを見て、クリスは「やり過ぎちゃったわね!」と舌を出す。そしてアンカー
をヴェザリウスに撃ちこみ、振り子のように慣性で向きを変え、すばやく宙域を離脱した。

「敵MA離脱!」
「撃ち落せー!」
 クルーゼは、歯ぎしりしながらモニターを睨む。自分自身に怒りをあらわにしたのだ。『メビウス・ゼロはムウにしか扱えない』
その固定概念がこの悪夢の様な損害を出してしまったのである。
「お、おのれ……」
――しかし、
「艦長!! ガモフの後方! 距離100の位置に熱源反応!」
――彼らにとって、
「これは、ジオンの……っ!」
――本当の悪夢は、
「……ジオンのムサイ級です!!」
――まだ始まったばかりであった。

「それは本当か!?」
 アークエンジェルでもムサイ級を確認はされていた。
「は、はい。間違いなくムサイ級巡洋艦です……! MSが射出されました!! 熱源4! でもこのスピード……1機だけ速いです!
 通常の約3倍のスピードで接近中!!」
「バカな! そんなMSが……」
「……シ、シャアだ……」
 ナタルの声をさえぎる様に、パオロは叫んだ。
「赤い彗星だ!」
「艦長! なにか!?」
 パオロが何を言ったのかよく聞き取れず、耳を近づけるナタル。
「赤い彗星の……シャアだ!! 世界樹戦役では5隻の戦艦が、シャア一人のために撃破された……」
――赤い彗星
 連合軍の末端兵士にまでその名は轟き、恐怖の対象となるエースパイロット。その男が目の前にいることに、クルー達は息を呑む。
「に、逃げろー!!」

 赤く塗装された機体――シャア専用高機動型ザクのコックピットで、シャア・アズナブルは不敵な笑みを浮かべていた。
「見せてもらおうか。連合軍のMSの性能とやらを……」