Zion-Seed_51_第20話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 18:05:26

 キラは物音で目を覚ました。
「それは本当か?」
 誰かの話す声が聞こえる。キラは眠い目をこすりながら部屋を出て話し声の聞こえる方に足を運ぶと、
そこには只ならぬ雰囲気のソンネンが、内線を通じて誰かと話し込んでいた。
「位置は……分かった。ヒルドルブを用意しておけ」
 受話器を置くとソンネンはキラの存在に気づく。険しい表情で近づくと、ソンネンは急かすようにキラに言った。
「今すぐここを離れろ」
「如何したんです」
「ザフトがこの町に向かってる。俺は出撃しなきゃならん」
「……で、でも」
「少佐!」
 慌ただしく若い士官がやってきた。横にいたキラに驚きながらも、ソンネンに敬礼をする。
「ヒルドルブの用意は出来ました。偵察によると、敵はタッシルから北に40キロの地点です」
 士官の報告にキラは目を丸くした。
「今なんて言いました!?」
「北に40キロと……少佐、この少年は?」
「気にするな。おい、どうした?」
 キラは唖然とする。北に40キロ――そこはスカイグラスパーを隠しておいた場所だ。もしザフトが回収して
しまったら、ビクトリアはおろかアークエンジェルに帰ることすらできない。
 青ざめるキラにソンネンは疑問符を浮かべるが、今は追求する時間がなかった。
「まあいい、すぐに出撃だ」
「少佐、放熱処理に……」
「わかってる! 俺を誰だと思ってるんだ!!」
 ソンネンが立ち去ってもキラが暫らく呆けていた。しばらくすると、外からキャタピラの走行音がこだまする。
窓から覗いてみると、そこには戦車というより自走砲と表現すべきな金属の塊が駆動していた。
「あんな旧式の戦車なんかで勝てるはず……」
「君っ!」
 聞き覚えのある声に振り返ると、先程ソンネンと話していた若い士官がキラを呼んでいた。
「少佐と一緒に居た子だろ。君も避難するんだ」
 何でもこの町には女子供に老人しか居らず、襲撃を受けたらひとたまりもないらしい。ソンネンが迎撃に
向かってはいるが、万が一を考えてだそうだ。
 しかし、キラはそんな話を聞きつつも外の様子が気になっていた。巨大自走砲が一両出撃したはいいが後続が
なかなか出てこない。落ち着かないキラに、若い士官が話しかける。
「どうしたんだ?」
「あの、ここの戦力はあれだけなんですか」
「そのとおりだ。あまり民間人に言ってはいけないのだが……」
「無茶苦茶だ! たった一両の戦車に何ができるって言うんだ!」
 叫ぶなりキラは外に飛び出した。とにかくスカイグラスパーの所へ行くしかない。ザフトに回収されている
かもしれないが、何もしないよりはましだ。なによりそれ以外の手段がキラには思いつかなかった。
「ま、待つんだーっ!」
 士官の声も無視して止めてあったバイクにまたがると、キラは走り去ったソンネンの後を追った。

 ソンネンは長年の愛機と共に、朝焼けの砂漠を走っていた。
 ヒルドルブ――最高時速100キロ、主砲口径30サンチ。最大射程は30キロにも及ぶ化け物戦車で、視察に
訪れたガルマをして、マゼラアタック一個大隊に匹敵すると言わしめた機体である。しかし、放熱処理に
問題があり、連射性能が計画値を下回っていた。おかげでヒルドルブは欠陥兵器の烙印を押されてしまう。
 現在はガルマの希望もあって、タッシル防衛を任されているが、戦力はヒルドルブ一両のみ。原因は、
地球通の中将が前時代の戦車を気に入らなかった所為だ。
「マ・クベの野郎に目にモノ見せてやる」
 目的地に着くと、ソンネンは現在位置の地形図と共に、周辺地形を確認する。射点候補はいくつかあるが、
ソンネンはそれに目もくれない。ヒルドルブはショベルアームを動かすと、臨時の掩体を掘った。巨大な
ヒルドルブを掩体の中に隠すと、地上には長砲身の30サンチ砲が見えるだけだ。
「何だありゃ?」
 ソンネンは正面モニターの中で、ザフトのMSがなにやら作業をしているのを見た。そこには作業用に
改修したザウートが、戦闘機らしきものを吊るしてる姿がある。
「坊主が言いたかったことはこれか」
 モニターを照準機に切り替えると、残りのMSを確認した。
「“四つ足”が六機。内一機は新型のもよう、リビア砂漠会戦で似た機体が確認されているが詳細は不明……」
 言うなり照準機から顔を離す。確かリビア会戦での機体は“砂漠の虎”が乗っていた。
「となれば目の前も……」
 ソンネンは、久々に気分が高揚する自分を見つけていた。もし“砂漠の虎”を討てればジオン十字勲章は
間違いない。ヒルドルブの量産も決定的になる。地球通の中将に文句は言わせない。
 彼はザフトに感謝した。敵のMSなら、躊躇うこと無く闘える。しかも相手は、自分が左遷されている間に
陸の王者を名乗っている“四つ足”だ。不足はない。
「止まっている奴からやる。背中向きの“四つ足”を第一、戦闘機を調べているタンクモドキを第二目標。
APFSDSを装填、次弾も同じ!」
 弾薬庫から装弾筒型翼安定徹甲弾が選択される。
 そして数秒後、静寂の中ヒルドルブの主砲が吼えた。

「ん!? 光った!」
 バルトフェルドは何かの発光に気がついたが、それが砲撃とは思わなかった。砲撃にしては遠すぎる。
だが砲弾の光点の接近を認めると、彼はそれが攻撃だと悟る。警告する暇もなくバクゥ一機が砲弾の衝撃波と
共に分解、四散する。状況を把握した他のバクゥは傾斜地を下るが、それができない機体もあった。
「敵襲……っ!?」
 スカイグラスパーを吊るしたザウートは身動き一つとれず、真正面から砲弾を食らい爆散した。吊るされていた
スカイグラスパーは傷一つなく地面に叩きつけられる。
 数十秒後、バクゥの音響センサーに雷鳴のような音が入った。
「くそっ! 今のが発射音かよ!?」
「着弾から35秒、10キロ以上の距離か!」
「ザウートをあれだけ吹っ飛ばすなんてどんなAPだ!」
「落ち着きたまえ! 今のは止まっている奴から狙われた。10キロも離れていたら、動く目標には当たらん」
 バルトフェルドは部下達を一喝すると、敵が何者なのかを考える。ジオンであることは間違いないが、これまでの
戦闘の中で、10キロ以上の有効射程を有する機体は確認されていない。ジオンの主力戦車マゼラアタックで5キロ、
支援MSのザクキャノンも3.2キロしかない。
 しかし恐るべきは敵パイロットだ。静止目標とはいえ、初弾を10キロ以上の射程で命中させるなど只者ではない。
「奴は移動したはずだ。この地形だとアンブッシュに適しているのはこの三点。これらに準備射撃を加えつつ、
バクゥの有効射程距離内まで接近する! ダコスタ君は下がっててね」
 先手を取られた以上、近づくしか道はない。
 バクゥは、有視界戦闘下での近中距離戦を想定した機体のため、射程が4.2キロしかないからだ。本来なら
マゼラアタック以上の有効射程を持つはずだったが、ナチュラル相手にアウトレンジ戦法などコディネイターの
沽券に関わるとしてこの様な形になっていた。
 ――もし、本来のバクゥならどうなっていただろう。
 バルトフェルドは、無理にでも上層部に進言すべきだったと後悔した。
「ハダトは迂回して先行! 稜線から出ないように回り込め! 残りはミサイル発射後、二手に分かれて突進する!」
 命令と共に、ハダトのバクゥが先行する。残り3機のバクゥは背中のミサイルを順次発射した。目標は敵が潜んで
いそうな3箇所のアンブッシュだ。

 ミサイルの発射はヒルドルブからも確認できた。
「ふん、来たな」
 ソンネンは相手の意図を理解した。さすがはバルトフェルド、地形の何たるかを知っている。伊達に“砂漠の虎”と
呼ばれるだけのことはあるようだ。
「戦争を教えてやる……」

「曲射榴弾込め!」
 ヒルドルブは後進しつつ主砲を上に向け、榴弾を次々と発射した。敵に直撃するとは思っていない。この射撃で
少しでも足を遅らせればいい、足を止めたときが奴らの死ぬときだからだ。
 バクゥの周囲にヒルドルブの放った榴弾が炸裂する。予想通り、命中弾は無い。
 散開しながらこちらに接近してくるバクゥの様子を、ソンネンは照準器の中で確認した。
「次は焼夷榴弾でびびらせてやる!」
 バクゥの速度は砂漠であっても100キロは超える。その速度に命中弾を出すのは至難の業だが、相手はこちらの戦力を
正確に把握していない。ならば至近弾になる自信があった。
「くらえっ!!」
 ソンネンの咆哮と同時にヒルドルブの主砲が吼えた。

 焼夷榴弾はバクゥの手前で爆発した。バクゥは焼夷榴弾が作り出す火炎幕に突っ込むと、その体を火炎で包み込む。
「た、隊長!!」
 いきなりモニターに炎が映し出されたカークウッドは、パニックに襲われ動きを止めてしまう。
「カークウッド、落ち着け! 止まるんじゃない!!」
 バルトフェルドの叫びも空しく、炎によって足を止めたバクゥに徹甲弾が撃ち込まれ、爆発した。
「カークウッド!!」
 カークウッドはリビア砂漠会戦からの古参兵の一人だ。厳しいアフリカ戦前において、ザフトレッドに引けを
足らない力を持っていた。それがこうもあっさり殺されてしまった。
 バルトフェルドは、炎上するカークウッド機から視線を外すと前を向いた。
「隊長、回り込みました! 敵影を確認、巨大な自走砲のようです!」
 迂回していたハダトから報告が入る。
「よし、そのまま敵機を捕捉しろ! 我々はその間に接近する!!」
 バルトフェルドは最高速度で機体を走らせると、ハダト機に追いかけられる巨大な物体を見た。真っ先に映るのは
戦艦の主砲を思わせる砲身。こんな化け物ならザウートの装甲はおろか、レセップスすら貫きそうだ。
 ハダトのバクゥがミサイルを発射する。だが、それは命中することは無かった。ヒルドルブも110キロという高速で
機動しており、それはバクゥの最高速度を上回る。
「囲むんだ! 奴の足を止めろ!」
 バルトフェルドが乗っている機体は、TMF/A-803“ラゴゥ”――ザフト軍の指揮官用MSである。ジブラルタルから
送られてきたばかりの機体で、バクゥをベースに性能を引き上げたものだ。ザフト製MSの中で初めてビーム兵器を
搭載している。一人でも運用は可能であるが、指揮官機としての役割を果たす為、コックピットは複座式だ。
 そんな新型MSで、ヒルドルブに狙いを定めると、背負ったビームキャノンを撃った。しかし、ビームは不自然にも
目標を外れてしまう。
「砂漠の熱対流か……」
 日照により急激に温度が上がりはじめている砂の原では、大気の対流によってビームが曲がる現象が起きる。
「連合の戦闘機に時間をかけすぎたみたいだね」
 ラゴゥを稜線の影に隠すと、バルトフェルドはキーボードを取り出してプログラムの修正を始めた。時間は掛かるが
仕方がない。これだけ接近すればバクゥでも撃破可能なハズだ。平行して指揮も行うことができるし、何も問題はない。
 このときは、確かにそう思っていた。

 尋常でない機動力でヒルドルブは反転し、砲弾を撃つ。照準が甘かった為か、バクゥは辛うじてその攻撃をかわした。
「止まったらカモだ! 全機、動き続けろ!」
 後方にもバクゥが回り込み、ヒルドルブの周囲にミサイルの雨が降り注ぐ。至近弾を受けつつも、ヒルドルブの厚い
装甲に守られ動き続けた。着弾の衝撃はソンネンを襲うが、そんな中でも操縦に狂いはない。丘をジャンプすると、
挑発するように機動する。
 そんなヒルドルブに対して放たれたミサイルが、履帯の一つを吹き飛ばした。
「ここじゃこのバクゥが王者なんだ! たかが戦車ごときにっ!!」
「気を抜くなメイラム!」
「近づいて仕留めます!」
 そう言ってメイラム機がヒルドルブに近づく。さらにレールガンを装備したバクゥも接近していく。もうちょこまかと
動き回る必要はない。殺された仲間の為にも、バラバラに引き裂いてやる。
 バルトフェルドも余裕を持ってプログラムの修正を終えようとしたその時、ヒルドルブから何かが発射される。
「いかん! 二人とも距離を取れっ!!」
 まだヒルドルブは死んだわけではなかったのだ。発射されたスモークディスチャージャーが、ヒルドルブとバクゥを
煙幕で隠す。これでは放たれた煙幕で相互支援できなくなり、下手をすれば各個に撃破されてしまう。
 そしてヒルドルブは誘導輪を出すと、両脇のアームを動かし、30サンチ砲を支える自走砲の砲架の固定を外して迫りあげた。
砲架はそのまま主砲を支えたまま持ち上がり、その高さがモビルスーツ並みになって、はじめて止まった。

「ハァ、ハァ、ハァ……」
 キラは猛暑の砂漠をひたすら走っていた。何故こんな目に合っているかというと、乗って
きたバイクの燃料が切れた所為である。
 ソンネンの後を追って、勢いよく飛び出したキラはスカイグラスパーの所にはたどり着いた。
しかし、周りにはザフト兵が居た為に近づけなかった。自分の行動は何の意味もなかったが、
せめてソンネンの安否を確認しようと、発砲炎が見えた方向に走ることにした。
 細かな砂に足をとられながらも、急な砂の丘を駆け上ると、キラの目にそれが映りこんだ。

 この段階でヒルドルブの正体を理解したのは接近したメイラムだけだった。主砲を支える
砲架は、それ自体が旋回可能な砲塔であり、主砲直下の砲塔には、MSと同じ赤いモノアイ
が光っている。
 なぜ砲塔を露出させたのか、その理由は明らかだった。砲塔には近接防御用のマシンガンを
抱えたMSの腕のようなアームが左右に装備されていたからだ。その砲塔はMSの上半身
そのもので、手にはマシンガンが握られている。
「さがれーっ!」
 メイラム機は後方に飛ぶが、敵戦車の動きは早かった。煙幕で棒立ちになる両機を榴弾が
放つと、その場で急旋回し、メイラムのバクゥにマシンガンを向ける。主砲を受けたバクゥは
一撃で吹き飛び、メイラム機は空中で蜂の巣にされながらも、なんとか着地した。大破には
ならないが、バクゥは損傷に耐え切れず崩れ落ちる。僅か30秒足らずの間にバクゥ二機の
戦力が失われた。
 そんな戦況をバルトフェルドは不思議と冷静に見ていた。煙の中からメイラムのバクゥが
飛び出すと、マシンガンが後を追う。この後に何が起きるか、バルトフェルドは予想できた。
そして敵がそれをやる前に先手を打つ。
「ハダト……フォーメーションβだ。メイラムを助けるぞ」

 ソンネンには何もなかった。数年前までは戦車教導隊の教官で、自分の人生が約束され
ていたのに、MSの登場で奈落の底に突き落とされた。その後、薬物に溺れ野良犬以下の
生活を送ったと思えば、今度はガルマ・ザビに目をつけられ前線にいる。目の前にはバクゥ
という獲物のオマケ付きでだ。危険な戦闘であるが、リスクがなければ手にできるモノは
少ない。これは人生と同じなのだ。
 ヒルドルブは止めを刺そうと、傷ついた“四つ足”に砲架を向け、引き金を引こうとした。
「! ……残りの客か!」
 直後、警告音と共に“四つ足”がこちらに迫ってきた。迷ってる暇はない。旋回させ、
砲架の向きを変えると、装填していた徹甲弾を撃つ。“四つ足”は難なくかわされるが、
ソンネンは気にしなかった。
「対空散弾、装填」
 これだけ近づかれたら榴弾は当たらない。だが散弾ならば、“四つ足”は避けきれない。
「これで終わりにしてやる」
 その時だった。ヒルドルブのコックピットに衝撃が走る。正面モニターは真っ赤に染まり、
被弾の様子を映し出している。ヒルドルブのモノアイはその元凶を見つめた。蜂の巣にした
“四つ足”からミサイルが放たれ、ヒルドルブに直撃したらしい。
「チィ! ザコが!」
 この瞬間が命運を分けたと言えるだろう。刹那の時間を失う間に、“四つ足”は目の前に
迫っていた。ソンネンは照準機に目を戻すと、迫り来る“四つ足”を補足する。
 “四つ足”はヒルドルブの直前でジャンプすると、上空に逃げようとする。後を追うように
ソンネンは主砲を上に向け、散弾を発射しようとした。

 ラゴゥがヒルドルブの横を走り抜ける。その口の両側にビームサーベルの光刃が煌めいた。
ラゴゥを旋回させると、バルトフェルドは確かめるようにヒルドルブを見ると、そこに有る
はずの砲身が――なかった。
「よくやったよ! たった一両の戦闘車両で、バクゥを四機も戦闘不能に陥れるとは……」
 あの瞬間、ハダトのバクゥが飛んだ直後に、バルトフェルドはラゴゥを最速で走らせると、
空を見上げた長い砲身の根元を目掛け、ビームサーベルを叩きつけたのだ。
「えらいよ君は……」
 これにより、ヒルドルブは最大の武器を失った。マシンガンは持っているものの、ラゴゥは
それをものともしなかった。
「でもね――」
 バルトフェルドは惨憺たる思いの中に居た。今本国ではアスラン・ザラの話で持ちきりだ。
“歌姫の騎士”だの、“英雄”だの、マスコミは賛辞ばかり送っている。クライン嬢を救出
したのは結構だが、それをザラ派のプロバガンダに使うのが許せない。
 そしてたった一両の戦闘車両で、何でもできると思っている目の前のパイロット……。
 バルトフェルドはビームサーベルをしまうと、再びヒルドルブの正面に立ち、疾走した。
「――そんな英雄気取り、虫唾が走るんだよっ!!」
 そしてラゴゥは、剥き出しになったヒルドルブのモノアイに、前足のクローを突き立てた。

「メイラム、動けるか?」
「動かすだけなら」
「結構……ダコスタ君、撤収するよ」
 バクゥ三機が撃破、一機は中破という現状の中、作戦続行は不可能だった。
 結果的に、ジオンはたった一両の戦車で、自分達のタッシル侵攻を防いだことになる。
「気に入らないけど、それは認めよう……ジオンの戦車兵君……」
 もう一度、力尽きたヒルドルブを見ると、バルトフェルドはソンネンに敬意を表した。

「ソンネンさん!」
 死闘が終わり、バクゥ達が撤退するのを確認すると、キラは傷ついたヒルドルブ目掛け走った。
「ソンネンさん聞こえますか!?」
 声を大にして、鉄越しに話しかける。無事なら返事があるはずだ。キラは願いながら声を
かけ続けた。耳を澄ますと、金属の隙間から弱々しい声が聞こえてくる。
「へへっ……坊主か……なんでここにいる?」
「そんなことより、無茶ですよ! こんなので戦うなんてっ!!」
 キラにとってソンネンの行動は常軌を逸していた。初めから、負けるとわかっている戦いに
向かうなど、正気の沙汰ではない。だが、そんなキラにソンネンは叱咤するよう言葉を返す。
「バカが……女子供残して……逃げるわけには……いかんだろ……」
 キラはソンネンの言葉に言い返せなかった。そして自分が友人達を見捨てた事を思い出すと、
おもわず顔を下に向ける。壁越しでもソンネンに顔向けできなかったのだ。
「それに、お前を見ちまったからな……」
 キラが現れたとき、ソンネンはまるで自分自身を見ているような錯覚を得た。現実から逃げて
負け犬のように逃げ回っていた、そんな自分とキラが似ていたのだ。全部が全部ではないが、
そんなキラを見ているうちに、俺はこんな目をしていたのかという思いに駆られる。
「悪かったな……負け犬は……俺のことなのに……」
「貴方は、負け犬なんかじゃありません!」
「そう……だな……」
 不思議なことに、キラの言葉はソンネンを励ました。
 そうだ、これからだ。ヒルドルブならバクゥ相手に優位に立てる。俺はヒルドルブを量産し、
戦力化しなければならない。ソンネンは朦朧とする意識の中で思う。
「ヒルドルブも……俺も……まだ……戦え……」
 それ以来、声は聞こえなくなった。ソンネンは死んだのだ。彼は死の瞬間まで、自分が
まだ戦えることを信じていた。彼にはまだ戦車兵として、やり残したことがあったからだ。
彼は最後まで戦車兵として、そして軍人として生きた。
「死んだら……死んだら、何にもならないじゃないかぁっ!!」
 キラはうずくまりながら泣いた。昨日今日会った人間、しかも敵兵に、何故涙を流すのか、
キラには分からなかった。だが唯一つ言えることがある。それはキラが軍人としての義務と
責任を、デメジエール・ソンネンという一人の人間から学んだことだ。

 青空の中に一筋の亀裂が入る。真っ白なそれの先端には、数キロ先に転がっている物体と
同じ形をしていた。
「こちらフラガ機、家出息子を見つけた。繰り返す。家出息子を見つけた」