Zion-Seed_51_第21話

Last-modified: 2007-11-19 (月) 18:10:47

 キラはアークエンジェルに戻る際、何の抵抗もしなかった。
 手錠で拘束されて戻ったキラを、友人達は戸惑うように見ている。
「自分が何をしたか分かっているな」
 ナタルの質問にキラは答えなかった。
「聞いているのか?」
 更なる追求にも、キラは黙ったままだった。
 キラは、自分が悪いのを理解していた。戦闘中にも関わらず、友人達を見捨てて逃亡した事は
言い訳のしようがない。彼らが自分の事をどう思っているか分からないが、必ず謝らなければ
ならなかった。その一方で、ナタルにだけは頭を下げたくはなかった。彼女の無茶な命令には
同意などできない。これはキラの意地でもあった。
「何故、敵前逃亡をした? お前は自分の任務を忘れたのか!」
「忘れてませんよ……でも、その任務を僕から奪うんでしょう?」
 やっと口にした言葉はナタルを責めるものだった。
「影でコソコソと話してないで、ストライクから降ろすなら直接言えばいいじゃないか!!」
「お前!! 聞いていたのか!?」
 キラの言葉にその場の人間は驚きの表情と共にナタルを見る。
「僕が今までどんな思いで戦ってたのかも知らずに……っ!」
「お前は私の命令を聞く義務があるんだ! 甘ったれた事を言うな!」
「楽ですよね貴女は、安全な所で命令していればいいんですから」
「ッ!! いい加減に……」
 誰もが、キラへの修正を思い描いたが、それを実行したのはナタルでもムウでもなかった。
 乾いた音が鳴り響くと、その後に批難の言葉がキラに浴びせられる。
「軟弱者! それでも男ですか!」
 ヘリオポリスから一緒にアークエンジェルに乗っていたセイラが、厳しい視線を向けながら
キラの頬をひっぱたいていた。セイラとしては、事態の収拾を図ろうとした結果がこのような
行動につながったのだ。
 まったく予想していなかった人物の行動に、平手打ちを避けることもできずキラは唖然とする。
いや、キラだけではなく、その場にいた誰もが彼女の行動に驚き、愕然とした。 
「艦長。とりあえずキラ少尉には、営倉に入っていただいた方がよろしいのでは?」
 静まり返った中で、呼び掛けに我に返ったナタルは、セイラの言うとおりにキラに無期限の
営倉入りを命じた。

 ――バカが……女子供残して……逃げるわけには……いかんだろ……

 ――甘ったれた事を言うな!

 ――軟弱者! それでも男ですか!

 営倉に入れられて、幾分か冷静になったキラは、薄暗い部屋の中空を漠然と眺めてながら
自分に向けられた言葉の数々を思い出した。
「情けない奴だな……僕は……」
 コーディネイターである自分が、他人から見れば役にも立たない存在でしかない事に、
キラは自分がちっぽけな存在ではないかと思えた。考えれば考えるほど落ち込んでいく。
 そんな負の感情を撒き散らすキラに、元気付けるような声がかけられた。
「おい、お前」
 見ると鉄格子の隙間から、金色の髪の少女が顔を覗かせている。どんよりする空気の中で、
明らかに異彩を放っていた彼女は、キラを睨みながらふてくされるようトレーを運んでいた。
「メシ持ってきてやったぞ」
 鍵が開き営倉の中に入ってくる少女は、自分を恐れもせず入りこみ、キラにトレーを手渡す
と顔を近づけながら問いただした。
「お前が何故、あんな物に乗っている!?」
 キラは少女の質問に怪訝な顔をする。質問の意味が分からない。“あんな物”とは何を
指しているのか。それ以前に、この少女は一体何者なのだろうか。見覚えのない少女を
見つめていると、金に近い褐色の瞳がキラの記憶を呼び覚ます。
「君は、モルゲンレーテにいた……」
 彼女はヘリオポリスが襲撃された日、自分が緊急用シェルターに押しこんだ少女だった。

「……ずっと気になっていた。あの後、お前はどうしたのだろうと……」
 互いに自己紹介を済ませると、少女――カガリ・ユラは簡易ベッドに腰掛け、どこか
気まずそうに言った。
「……ごめん」
「そうだ。二度とあんなことしてみろ。許さないからな」
 そんなことを言われても、同じ状況になったら、キラは同じことをするだろう。
「で――そのお前が、なんでMSに乗っている?」
 咎められる筋合いではないが、キラは思わず俯いた。
「話は聞いた。お前、コーディネイターなんだってな。でも、パイロットはいたんだろう?」
「それは……」
 キラはその後が口にできない。ナチュラルのクリスよりもコーディネイターの自分の方が
うまくMSを扱えると、その時は思ったからだ。
「いろいろ……いや、自分がやらないと。そう思ったから」
 ナチュラルはコーディネイターに劣っている。この概念は全ての人間に当てはまるだろう。
それはキラとて例外ではない。唯一例外と言えるのは、自分達を“人類の革新”と思っている
ジオニストくらいだ。
 しかし、キラはそんな考えを改めようと思っている。これまでのキラの経験した戦闘の中で、
ザフトよりもジオンの方が手強く感じていたからだ。それにムウやシャア、そしてソンネンの
ようなナチュラルでも、戦い方によってはコーディネイターを上回ることに気づき始めた。
「……そうか」
 彼の疲れた声に、カガリはそれ以上追求しなかった。
「そういえば――君こそ、なんでアークエンジェルに乗ってるの?」
 ふとキラは思い出してたずねた。
「あの艦長が乗せてくれた」
 カガリ曰く、彼女が所属しているレジスタンスとアークエンジェルが共闘するらしい。
その際にナタルがカガリをアークエンジェルに招待したそうだ。
 ――あの人が招待だって!?
 自分のイメージとかけ離れた行動のナタルに、キラは何か胡散臭いと感じ取った。
「ね、ねえ……君の仲間はどんな様子だった?」
「ん~……確か、招待を断ってたな」
 レジスタンスのリーダーと自分の護衛役は渋い顔をしていたらしい。
「だが、私はこの艦に興味があったからな。二人の反対を押し切った!」
 高らかに笑うカガリを余所に、キラは情報を整理する。
 1.レジスタンスはザフトと敵対している。
 2.地球連合も快く思っていない。
 3.だがジオンとは中立である。
 4.あのバジルール艦長が何の見返りもなく民間人を艦に招待するはずがない
 以上の点から、キラは一つの結論を導き出した。
「それ……」
 ――人質じゃないの?
 そう言おうとしたが、
「どうした?」
 カガリの純粋な問いかけに、口を閉ざすのであった。

 その頃、アフリカ侵攻軍が残留していたカイロでは、ガルマがある人物を迎えていた。
 そこには黒いパイロットスーツを着た3名の士官が、ガルマに敬礼しながらたたずんでいる。
「ミゲル・ガイア大尉以下2名、着任を報告いたします」
「よく来てくれた大尉」
 ガルマは男たちに手を差し出すと、大尉と呼ばれた男はおもむろにガルマの手を握った。
「“黒い三連星”の到着を心待ちにしていたぞ」
 彼等は、ジオン屈指のMS小隊である。世界樹戦役において、ジェットストリームアタックと
呼ばれる攻撃フォーメーションで連合側の部隊に攻撃を敢行、連合軍第八艦隊の司令官であった
ハルバートン提督の乗るメネラオスを撃破し、脱出を試みたハルバートンを捕虜にした功績を持つ。
 そんな小隊のリーダーがこのガイア大尉であり、マッシュ、オルテガ両中尉を含めた3人は
“黒い三連星”の名で呼ばれていた。
「諸君等“黒い三連星”の戦歴に加えて、新型MSがあるとなると、優に機甲一個師団の戦力にも優る」
「あてにしてもらいたいですな。マ・クベ参謀」
「働いて見せますよ」
「四つ足なんざ、ひとひねりだ」
 ガルマは新型MSの書類に目を通すと、その出来ばえに感嘆する。
「陸戦用重MS“ドム”か」
 “ドム”――ツィマッド社が開発した重MSだ。脚部にホバーユニットを有し、高速移動が
可能で陸戦用MSとしての機動力を格段に向上させている。本来はもっと早期に投入されるはず
であったが、ホバーに問題が発生していた。
「ホバーユニットは大丈夫なのか?」
「ツィマッド社によれば問題無いとの事です」
「……ならばいい。さて、着任早々で悪いが、貴官等にやってもらいたいことがある」
 ガルマは視線を戻すと、ガイア達に向き合った。
「我々は、近々バナディーヤに侵攻する。その際、我々の侵攻に対し、ビクトリア側から妨害を
受ける恐れがある。そこで、貴官達にキンバライト基地を落としてもらいたい」
「キンバライト基地……ですか」
 キンバライト基地は、キリマンジェロの南西に位置するレーザー用ダイヤモンド採掘鉱山跡に
設営したジオンの前線基地であった。ビクトリア攻略の橋頭堡にするはずだったが、“砂漠の虎”
の襲撃に合い占領され、今はザフトの前線基地になっていた。
「貴官等はザク一個小隊と共に、キリマンジェロにいるノイエン・ビッター少将の下に向かってくれ」
「了解しました」

「よろしかったのですか」
 “三連星”が出て行くと、マ・クベはガルマに言う。
「バナディーヤのことか?」
「バナディーヤ攻略に、“黒い三連星”の力は不可欠と思われます」
「そうだろうな――」
 頷きながらもガルマは真っ直ぐ前を見ている。
「――しかし、彼らは陸戦の経験が無い。ドムもどれ程の物か未知数だ。それに“三連星”と言えど、
初陣で“砂漠の虎”と相対するのは酷だろう」

 ガイア達は愛機の待つギャロップへ向かうと、物珍しそうにドムを眺めている若い下士官を見つける。
「どうした。コイツが気になるのか?」
 驚いた表情で下士官はガイア達を見ると敬礼をする。
「お前がこのザクのパイロットか」
「はい、そうです。ガイア大尉」
「俺を知っているか……」
「当然です。そしてそちらがオルテガ中尉とマッシュ中尉」
 エースパイロットである自分達に、目を輝かせている。
「自分はフレデリック・ブラウン軍曹です! 会えて光栄であります!!」
「うむ。出迎えご苦労」
「バルク大尉がお待ちです。こちらへ……」
 かくして、“黒い三連星”と新型MS“ドム”はアフリカの大地に降り立つのであった。

 一機のMSが歩哨に立っていた。ジンを砂漠戦用に改修したジン・オーカーである。
 歩哨についたジン・オーカーのパイロットは、音響センサーを調整しながら周囲を警戒
していた。そのセンサーが何かの機械音を捕らえると、姿を確認すべく機体をその方向に
向けてモノアイをズームする。そこで彼が見たのは、自機と同じジン・オーカーだった。
「おう、交代だ」
 接近してきたジン・オーカーはマシンガンを掲げながら声を掛けた。
「そんな時間か……なあ、何か新しいネタはないか?」
 長い間地球に残留していると、自然とプラントのゴシップに飢えてしまう。
「ラウ・ル・クルーゼが更迭されたらしいぞ」
「あの変態仮面がか? なにをやらかした?」
「分からん。ただ、評議会はカンカンらしい」
「詳しいな……ん?」
 雑談に花を咲かせていると、センサーに新たな機械音を捕らえた。
「何だ?」
「敵だ! 高速で接近する機体が三機……っ!!」
 その瞬間、彼らの周囲に爆炎が上がる。
「クソッたれ! すぐに援軍を……」
 その言葉を彼が最後まで発することはできなかった。なぜなら次の瞬間には彼のジン・
オーカーにバズーカが直撃したからだ。両機の最後を間近で見たもう一人は悲鳴を上げる
ように通信を入れた。
「て、敵だ! 司令部、ジオンが攻めてきたぞ!!」
 叫びながらマシンガンを敵機に連射する。三機のMSはいずれも見たことのないタイプ
だった。その重量感を無視した機動性は、バクゥより速いのではないか。
「冗談じゃない……っ!」
 圧倒的不利な状況では、逃亡という行為を取らざるえなかった。しかし、彼の乗る
ジン・オーカーでは“ドム”から逃げるには不可能だった。

「今のが砂漠戦仕様か。我が軍のJ型と同性能といったところだな」
 ガイアは撃破したMSを品定めしながら、“ドム”のOSを調整した。
 この“ドム”は、開戦前から陸専用MSとして期待がかけられていた。ジオニック社との
開発争いをしているツィマッド社が、総力を挙げ仕上げた機体である。特にツィマッド社は、
開発した“ヅダ”がジオニック社の“ザク”にコンペで負けていた為、その力の入れ具合が
尋常ではなかった。
 ところがプラントとの開戦が“ドム”の開発を滞らせた。ザフト軍が地球連合に対し使用
したニュートロンジャマーが“ドム”の熱核ホバーに多大な影響を与えたのである。

 ――機動力を失った“ドム”は鈍重な的でしかない。

 焦ったツィマッド社は、“ドム”に代わる陸専用MS“イフリート”を急遽開発したものの、
結局はジオニック社の“グフ”が正式採用されてしまった。これでツィマッド社に残された
選択はジオニック社が手を出していなかった水中用MSの開発しかなかったのである。
 着実に地球降下作戦を進めるジオン公国軍だったが、リビア砂漠会戦が一つの転機となる。
“バクゥ”の登場である。コードネーム“四つ足”と呼ばれたこのMSは機動性と火力に
優れており、正面突撃を行う戦法は砂漠において圧倒的で、ジオニック社の“グフ”ですら
勝つ事は容易ではなかった。
 この事態を知ったツィマッド社は、改めて“ドム”の必要性を感じ取った。
 “ドム”を復活させるべく、解散したツィマッドの開発チームを呼び戻して、熱核ホバー
に代わる推進装置を模索する。しかし、事は容易にはいかない。停滞する地球侵攻に誰もが
焦る中で、開発陣にある話が飛び込んできた。L4宙域のスペースコロニー“メンデル”から、
一人のザフト兵を捕虜にし、その際に一機のMSを鹵獲したと言うのだ。それはザフト軍初の
水中用MS“グーン”にそっくりだった。どうやら地中移動用に改修した機体らしい。
 ツィマッド社はこのMSの分析を行った。すると、このMSには“スケイルモーター”と
呼ばれる推進装置があることを知る。この推進装置は表面に多数設置された微細な鱗状の
突起物を振動させ、土砂を液状化させる事で推進力を得る。また陸上のみに限らず、水上、
水中用の推進機関にも転用可能であった。推進装置ならばホバーに転用できないかと、“ドム”
開発陣は“スケイルモーター”に飛びついた。
 そして“ドム”は完成する。実現不可能とまで言われたホバー走行。それも改良したスケイル
モーターを使うことで、平野部で巡航速度200キロ、最高速度400キロ超えるものに仕上がった。
「来たな……“四つ足”」
 緊急通信を聞いて鉱山基地よりバクゥが出撃した。ガイアはそれを見ると合図を送る。
「オルテガッ! マッシュッ! ジェットストリームアタックだ!!」
「「オウッ!!」」
 この数時間後、ザフトが一ヶ月をかけて攻略したキンバライト鉱山基地は、“黒い三連星”の
活躍により陥落した。そしてそれは“ドム”の栄光への第一歩でもあった。