Zion-Seed_51_第22話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 18:05:48

「やっぱりそうだ」
 人ごみにまぎれてあるジープの様子を見ている男がいた。
「あの子は“明けの砂漠”の……」
 懐から無線機を取り出し、何かを確認する。
「ダメか」
 もう一度ジープ――正確にはそれに乗った少女を見やる。隣の女性と談笑しながら大通りに
進もうとするのを確認すると、男は慌ててジープの後を追った。

「じゃあ、4時間後だな」
 威勢良く車から降りたカガリが言い、続いてクリスが降りる。大男のキサカがカガリに
注意をしているが彼女は聞いているのか疑問だ。そんな不安に駆られつつも、彼は二人を
送り出す。隣に乗っているマリューとトノムラが何かや困った様な顔をしているのがとても
印象的だったが。
 ジープが走り去っていくのを見てクリスは、バナディーヤの街を見回した。活気があり
店の軒先には商品が溢れている。とても敵軍の占領下にある街とは思えない光景だった。
「まず何処から行く?」
 先日の戦闘で消耗したアークエンジェルは、物資の補給を必要としていた。レジスタンスの
助けを借りることもできたが、ジオンとの繋がりがある為、ナタル達はあまり関わりを持ち
たくはなかったのである。
「軍政下にしては平和そうな街ね」
「……そんなの、見せ掛けだけさ!」
 カガリが吐き捨てる様に言う。
「そう? とても活気があるけど……」
「あれを見てみろ」
 カガリが指差す先には崩れた建物があり、そこから突き出すように軍艦があった。
「あれがこの街の支配者の姿だ。逆らう者は容赦なく消される。ここはザフトの“砂漠の虎”
のものなんだ……」
 クリスはカガリの言葉に眉を潜めて辺りを見回した。この街を見る限り、“砂漠の虎”は
融和的な政策を行っていると考えたが、必ずしもそうではないらしい。

 ある程度の買い物を済ませると、クリスが不意に話しかける。
「カガリさん。私達、尾行されてるわ」
「な、なにっ!?」
 慌てるカガリをなだめると、ちょうど細い十字路が見えてきた。クリスはそれを確認し、
カガリの腕を急かすように引っ張ると路地をに入った。そして近くにあった電柱に隠れて
犯人を待つ。すると……。
「あ、あれ……いない」
 観光客のような格好をした若い男が慌てふためいている。似合ってないサングラス姿は
なんとも間抜けだ。
 クリスは素早い動きで男の手首を掴むと、ひねりながら体を壁に押し付けた。
「はぁい。さっきからあたし達に何か用かしら」
 男は力尽くで逃げようともがいてみるが、クリスに足をかけられ押し倒されてしまった。
「往生際が悪いわよ」
「お、おい! 君ィ、コイツは仲間じゃないのか!!」
「へっ……私か?」
 何を思ったのか、突然男がカガリに助けを求めた。彼女は惚けた顔をしたが、男の顔を
見るなりそれを一変させる。
「あーっ!! お前はガルマと一緒にいた……っ!!」
「こ、声が大きい!」
 カガリの叫びと男の絶叫で、何事かとばかりに人が集まりだした。
 何と言ってもクリスは男に馬乗りになっているのだ。どうやっても目立ってしまう。
「あ、あははは、イヤだわ。こんなところで転ぶなんて……」
「えぇ、うえぇ?」
 おかしな声を上げる男にクリスは小声で言った。
「合わせなさい」
「! ……ま、まったく。おっちょこちょいだな君は……えーっと……?」
「クリスよ(ひそひそ)……ほら立って!」
「バーナードだ(ひそひそ)……そ、そうだねクリス!」
「さあ、バーナード。カフェにでも行きましょう!」
「そうしようクリス!」
 けっこう息の合った二人がその場を誤魔化そうとする中で、
「お前等、何やってんだ?」
 一人カガリだけが事態を飲み込めないでいた。
「も~う、カガリさん。一々大声出さないの!!」
「だから……モガッ!?」
「もっとおしとやかにならないとね!」
 こうしてカガリの口を押さえると、三人は一目散に逃げるのであった。

「で? ジオンが何でこんな所にいるの?」
 群集から逃げ切ったクリスはカフェの椅子にドサリと腰を下ろし言った。
「そ、そんなこと言えるわけないだろ!」
「カガリさんに近づいたって事は、“明けの砂漠”から何か言われた?」
 クリスは警戒するようにカウンターでなにやら頼んでいるカガリを見た。彼女は“明けの砂漠”
に対する大事な人質なのだ。
 “明けの砂漠”と交渉をしたナタルは、ジオンと繋がっている彼らを信用する事ができなかった。
そこでリーダーのサイーブが“勝利の女神”とまで呼ぶ彼女をもしもの時の人質にしようと思い至る。
カガリが感情的である事を見抜いたナタルは、旨い話を並べてアークエンジェルに引き込めば、
おいそれとジオンにこちらの情報を与えにくくなるからだ。
 結果、彼女はナタルの目論見どおりアークエンジェルに乗ることになった。クリスは士官として
その事情を知っていたため、バーナードの返答しだいでは最悪の事態を考慮しなければならない。
「何の事だ? 俺は彼女がバナディーヤにいるのを知らなかったから話しかけただけだ」
「……ならいいけど」
「断っておくが、俺を拘束しても意味ないぞ!」
 バーナードは鼻をヒクヒクさせながら、威張るように言う。
「俺はただの学徒兵だからな!」
「なるほど、バナディーヤの現地工作員だと!」
「……っ!!!」
「バーナードさん、ザフトの拠点にいる時点で貴方が唯の兵なわけがないでしょ」
「……ぐっ!」
 図星をつかれるバーナードは押し黙るしかない。
「呆れるわね、貴方本当にジオン兵?」
「当たり前だ! これでも俺は……」
「コーディネイターとでも言いたいわけ?」
「っ!!!!!!!!!!!」
「やっぱり! 学徒兵で工作員なんて、それなりの能力がないとなれないし……。でも貴方はハーフか
クオーターよね。じゃなかったら私が尾行に気づくはずない、押さえつけるのも無理、そもそも私との
話でここまでボロを出すわけないし……ってバーナードさん、聞いてる?」
 ヒドイ言われようにバーナードは、うずくまって涙するしかなかった。

「それでバーナードさん……」
「バーニィだ。今度から俺を呼ぶときはバーニィでいい。そっちの方が、俺もしっくりくるしな……」
「それじゃバーニィ。彼女とはどこで会ったの? ガルマ・ザビの名前が出てたけど」
「さーてね」
「へぇ……まだ惚けるんだ?」
 そんなやり取りをする二人彼らの前にカガリがお茶と料理を持ってやってきた。
 その料理を見てクリスが珍しそうに問い掛ける。
「……なに、これ?」
「ドネル・ケバブさ! あーっ、腹減った。お前も食えよ! このチリソースをかけてだな……」
「何言ってるんだ!」
 チリソースをかけようとしたカガリの手を止めたのは、ヨーグルトソースを持ったバーニィだった。
「ケバブにはヨーグルトソースと決まってる!」
 彼の発言に対しカガリが何か言おうとしたその時、いきなり脇から声が飛びこんできた。
「そのとおりだ!!」

 突然の声に三人は、驚いてそちらを見やった。
「ケバブにはヨーグルトソースがここ常識だ! チリソースなんて何を言ってるんだ、君は!」
 突然話しかけてきた男は、拳を握り締めて力説する。派手なアロハシャツにカンカン帽という、
なんとも目立つ服装をし、やや大きめのサングラスをかけていた。
「いや、これは常識と言うよりも、もっとこう――そうっ! ヨーグルトソースをかけないなんて、
この料理に対する冒涜に等しい!!」
「……なんなんだお前は」
 戸惑うカガリだったが男を無視してチリソースをぶっかけた。
「ああ……なんという……」
「ほらっ、お前も!」
「ああ、待ちたまえ! 彼女まで邪道に堕とす気か!?」
「何を言う、ケバブにはチリソースが当たり前だ!」
「いいや、ヨーグルトソースだ!」
 それぞれの容器を手に睨み合うカガリと男は、ついでクリスの皿の上で争いを繰り広げだした。
その結果――
「ああっ……!」
「…………」
 カガリと男は申し訳なさそうにクリスを見た。彼女のケバブは白と赤のソースまみれになっている。
「いや……悪かったね」
「大丈夫です。バーニィのと取り替えますから」
「な、何を……ああっ!!」
 クリスは有無を言わさずバーニィの皿を取り上げると、ヨーグルトソースのかかったケバブを
おいしそうに頬張った。バーニィは泣く泣く白と赤のケバブを口にする。
「は、ははっ……ミックスもなかなか……」
 言いながらグラスに手を伸ばした瞬間、空気を切り裂く鋭い音を立て、店内に何かが飛び込んできた。
 すかさず男がテーブルを蹴り上げ即席の遮蔽物とすると、クリスはカガリとバーニィを引っ張り込む。
「無事か!?」
「なんとか」
 クリスが答えると同時に、数人の男がマシンガンを乱射しながら店に入って来る。
「青き清浄なる世界の為に!」
「ブルコス!?」
 ブルーコスモスはコーディネイターの排斥を行なう勢力だ。彼らがいるということは、その標的
となるのはおのずとコーディネイターになる、つまり――。
「構わん、全て排除しろ!」
 その声に命じられ、あっちこっちから武器を手にした客が、襲撃者に発砲し始める。彼らに向けた
声の主はクリスの隣にいる男だった。さっきまでの軽薄さが嘘のような鋭い声だ。
「貴方、何者? ブルコスの奴ら貴方を狙っていたんでしょう?」
「ほう、何故そう思う?」
「ブルコスが狙うのはコーディネイターだけじゃない?」
「なるほどね。……それで、君は僕は誰だと思うのかな?」
 クリスが答えようとするが、男に駆け寄る青年に阻まれてしまった。
「隊長、ご無事ですか?」
「私は平気だよ、ダコスタ君。彼女のおかげでな」
 言いながら顔を隠していたサングラスをはずした。その顔を見たカガリとバーニィが息を呑むと、
「「アンドリュー・バルトフェルド……っ!」」
 二人は同時に同じ名をつぶやいた。

 バルトフェルドは三人を豪勢なホテルに招待した。銃を持ったザフトの警備兵や中庭に立ったジン・
オーカーなどに冷や汗をかいたが、三人は促されるままホテルに入る。すると――
「おかえりなさい、アンディ」
「ただいま、アイシャ」
 柔らかな声が聞こえ、バルトフェルドがそれに答える。顔を上げたバーニィ達の前に、艶やかな黒髪を
肩に流した美しい女性が立っていた。バルトフェルドが彼女の腰に手を回し、引き寄せてキスをすると。
バーニィとカガリは視線を逸らす。奥さん、ではなく恋人のようだ。
 アイシャと呼ばれた女性は彼らに向きなおりニッコリと微笑む。
「この子達ですの? アンディ」
「ああ、どうにかしてやってくれ。僕のせいで随分と汚しちゃったんだ」
 カガリは容器を振り回した所為でソースまみれ、クリスは騒動の影響で埃まみれにもなっている。
アイシャはやさしい手つきで二人を連れて行こうとした。
「私は結構ですから」
 クリスはアイシャの好意を拒否したが、彼女が顔の前で指を振った。
「駄目よ、レディがそんな格好じゃ、男勝りに見えてしまうわ」
 彼女は楽しそうにクリスを諌めると二人を連れ去っていった。その光景を眺めていたバーニィは
バルトフェルドに呼ばれ別室に入る。中に入ると、彼はサイフォンをいじりながら言った。
「僕はコーヒーには一家言あってね」
 バーニィは戸惑うように辺りをを見まわす。明るく広い部屋には高価そうなアンティークが置かれおり、
彼には落ち着いてられない空間だった。
 そんな部屋に見慣れた物があった。誰もが一度は目にしたことのある奇妙な化石――そのレプリカだ。
「“Evidene01”――実物を見た事は?」
 バルトフェルドがカップを二つ持ってやってくる。彼の質問にバーニィは首を左右に振った。
これのオリジナルは現在プラントにあるが、バーニィはジオン生まれのジオン育ち。プラントを
追われた彼の親から、話だけは聞いていたがそれだけである。
 バルトフェルドはその化石を見ながら、何故これが鯨なのかを語っている。バーニィは適当に相槌を
しながら出されたコーヒーを口にした。
「……グ……ッ!」
 バルトフェルドはバーニィの反応に微笑む。まるで気を悪くする様子はない。
「ふむ、君にはまだわからんかなぁ、大人の味は」
 悦に入りながら自分は美味そうにコーヒーをすすると、ソファに腰を下ろした。

 二人がそんな話をしていると、控えめなノックの音にバーニィは振り向いた。ドアが開きアイシャが
入ってくる。その後にクリスとカガリが続いた。二人を見たバーニィは、その姿にポカンと口を開けた。
 二人とも化粧をし、髪を結って、裾の長いドレスを着飾っている。
「孫にも衣装ってやつか……」
「てっめえ!」
「どういう意味かしら?」
 思わず出た言葉に二人が反応する。
「い、いやっ! あやと言うか、何と言うか……」
「ハッハッハッ! 女性に言う言葉じゃないよ、バーニィ君」
 バルトフェルドとアイシャがおかしそうに笑う。そして二人を見て、バルトフェルドが感想を口にした。
「さっきまでの服も良いけど、ドレスもよく似合うね。――というか、そういう姿も実に板についてる、
そんな感じだ」
 バルトフェルドにさらりと褒められてカガリは不機嫌になるが、クリスの方は満更でもない様子である。
「何で人にこんな扮装をさせたりる? お前、本当に“砂漠の虎”か? それとも、これも毎度のお遊びの
ひとつなのか?」
「ドレスを選んだのはアイシャだよ。それに、毎度のお遊びとは?」
「変装してお忍びで街に出掛けたり……街を襲おうとすることだよ!」
「いい目だねえ、まっすぐで」
「ふざけるなぁ!」
 両手をテーブルに叩きつけてカガリが立ちあがる。カップが倒れ、コーヒーがテーブルに広がる。
クリスは慌ててカガリの肩を押さえつける。
 そんな二人をバルトフェルドは、人の好さが嘘のように感じられるほど、冷たく鋭い目で見上げた。
「君はアレかい、死んだほうがマシなクチなのかね?」
 その視線に縫い止められたかのように、三人は立ちすくむ。まるで肉食獣のような狡猾さを漂わせ、
威圧する。ふいにバルトフェルドはバーニィを見た。
「そっちの彼、君はどう思っている?」
「え……?」
「どうしたらこの戦争は終わると思う。ジオン公国出身者としては?」
 バーニィは思わず息を呑むが、気力を振り絞って次の言葉を声に出した。
「……な、何の事か分からないな」
「否定するのは結構だが、それにはそのジオン訛りをどうにかしないとね」
 思わず口を押さえる。そんな事をしても意味はないのだが、押さえずに入られない。

 バルトフェルドは笑いながら立ちあがると更に続ける。
「戦争には時間制限も得点もない。スポーツやゲームじゃないんだ。そうだろう? なら、どうやって
勝ち負けを決める。何処で終わりにすればいい?」
「……俺は故郷の独立のために戦うだけだ」
 その答えにバルトフェルドはジロリとバーニィを見た。
「第一、戦争はゲームじゃないけど、ルールのない殺し合いじゃないだろ」
「おや? ジオンは捕虜にしたザフト兵を皆殺しにしていると聞くが……」
 バーニィは何をバカなことをといった感じで、バルトフェルドの言葉を否定した。たしかに大戦初期は
ザフト兵に対する風当たりが数多く聞かれたが、今はガルマ・ザビがその姿勢を正させている。
「ならばさらに聞こう。君は、ギレン・ザビのやり方についていくのかい?」
「それは……」
 思わず口ごもってしまう。ギレン総帥はコロニーを地球に落とし、総人口の三割を殺戮しているのだ。
当時は南極条約――戦争中に定められた条約――がなかったとはいえ、それは人類史上最悪の行為として
後世の歴史に残るだろう。バーニィ自身も内心ではやりすぎだと感じていた。
「即答はできないか。まあいい」
 視線をバーニィからクリスに向ける。
「そちらの連合の女性士官はどう思う?」
「あら、気づいてたの」
「あんな迅速な動きはレジスタンス連中にはできんよ」
 そして回答を促がす。
「バーニィと同意見ね。戦争が終わるか否かは、政治家が決める事でしょ」
「……ま、そんなところか」
 バルドフェルドは視線を和らげ、おどけるような笑みを浮かべる。
「さてと、だいぶ日も傾いてきた。表に車を用意させよう」
 あっけにとられる三人に、彼は背を向けた。
「帰りたまえ。連合とジオン、そしてレジスタンス。今日は話ができて楽しかったよ――次は戦場でだ」

 ホテルを出た三人は入口に止めてある車に乗りこんだ。荷台には自分たちの荷物が置かれている。「乗らないのか?」
「ああ、俺は現地工作員だからな」
「そうか、また何処かでな!」
「私はもう会いたくないわ。知り合いと戦争なんてしたくないもの」
 陽気に答えるカガリとは対照的に、少し寂しげな顔をクリスがした。
 その表情にバーニィは、つい頬を赤くしてしまう。
「そ、そうだな」
 そして二人はおかしなジオン兵に別れを済ませると、アークエンジェルへと戻るのだった。