Zion-Seed_51_第26話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 18:06:32

 ヘブンズベースにある第13演習場。ここで鋭い罵声が響きわたった。
「このクズめっ。トロトロ走るんじゃないっ」
 フィールドではストライクと105ダガーがよろよろと走っている。
「なんたるザマだ! 貴様らは最低のクソ虫だっ! ダニだっ! この世界で最も劣った生き物だっ!!」
 そんな彼らをトラックから拡声器片手に罵倒しているのがレナである。
 各MSにはオーブ組の3人が搭乗している。だがその機体にはOSが組み込まれていなかった。
この完全なマニュアル操作はジオンに対抗する為に提案された訓練法だった。ザクのプログラムを
調べると、マニュアルに切り替えられていたことからOSに頼るようではジオンと戦えないとレナが
考え考案したのである。この訓練はコーディネイターのキラでも扱うには至難の業だった。
「ヤマト准尉、MSの操縦はお手の物なんだろう? もっと早く走れ●●野郎!」
(……バジルール艦長より強力だ……)
 余談だが、キラはアフリカでの脱走未遂の罰として階級が下がっている。
 キラの後から走るトールの機体が転倒した。キラに難しいとなるとサイとトールの苦労は想像を
絶するのだ。しかしレナは口を休めない。
「どうしたケーニヒ一等兵、もうギブアップか」
「はぁ……はぁ……」
「所詮貴様の根性などその程度のものだ。部屋に戻ってハウ二等兵と一発かますか?」
「くっ……」
「お前のような腰抜けが惚れた女だ。さぞや救いようのないあばずれなんだろうな」
「ミリィの悪口を言うなーっ!」
「何度でも言ってやる。お前の女はあばずれだ。違うのならガッツを見せろ!」
「うう……うおおおおお!!!!」
 よっぽど悔しかったのか、トールは泣きながら機体を走らせた。
 そして最後尾を走るのはサイの機体。
「遅れているぞアーガイル一等兵! 気合を入れろ。じじいの●●●●の方がまだ気合いが入ってるぞ!」
「イ、イエッサー……」
 返事はするものの動きはぎこちない。
 溜まりかねたムウが運転席からレナをなだめる。
「なあ、もう少し軽くしないか」
「訓練には最短でも3ヶ月必要なのに、作戦まで1ヶ月ですのよ。悠長なことは出来ませんわ」
「しかしだな。このままだと坊主達が潰れちまうぞ」
「シミュレータと実機での訓練は違うのは少佐も知っているでしょう。それを教えるには直接体に
染み込ませないと……」
 レナはサディステックな笑みを浮かべる。それを見たムウは諦めるしかなかった。
(……こりゃダメだ……坊主達、死ぬなよ)

 追走を始めたザンジバルがデブリ帯を抜けようとしたその時、船体に衝撃が響き渡った。
「何事か!」
 激しく揺れる船体に翻弄されながらもマリガンが叫び、艦橋は慌ただしくなる。爆発音がしたこと
から攻撃を受けたと予想できるが、CICからの報告は別のものだった。
「どうやら機雷のようです」
「索敵班は何をしていた!!」
 艦橋から外を見ると、真空の宇宙にテトラポットのような小物体が数十個浮んでいるのが見える。
シャアはそれを目にすると、タチから渡された書類内容を思い出した。
「ハイドボンブか」
「ハイド……なんですか?」
 マリガンは聞きなれない単語に疑問符を浮かべる。
「ハイドボンブ。奪われたMSの付属品。対MS用小型爆弾だよ」
「対MSですか……それならばこのまま進めても構いませんね」
「そう焦るな」
 相手はサーペントテールの叢雲劾。プロの傭兵がこんな無意味なことをするはずが無いと踏んだ
シャアは周囲の索敵を命じる。案の定、浮遊する幾つかのデブリに貼りついた爆弾が発見された。
しかもその爆弾とハイドボンブの位置関係を表示してみると、このまま艦を進めていたら誘爆する
様に細工されていた。
 ハイドボンブでは威力が無い。しかし通常の機雷では発見が容易だし、艦の足止めにはならない。
だからこそ船体に影響は無いと判断させる為、始めの一発はワザと単体で設置したのだ。
「やはり油断ならん」
 シャアは叢雲劾に対する警戒を強めた。
 ここまで用意周到だと軌道上での戦闘も視野に入れているだろう。
「機雷を爆破して進む。それからゲルググの用意だ。いつでも出せるようにしておけ」
「リード、時間は?」
「降下ポイントまで30分ってとこだ」
 コムサイが地球の低軌道上空に近づいた頃、劾はイライジャに声をかける。
「イライジャ、MSの用意だ」
「ああ」
「リード、俺達はここで足止めをする。積荷は任せた」
「ああ、泥舟に乗った気持ちでな!」
「泥じゃマズイだろ……」
 いくら罠を置いたとはいえ、見破られる可能性は無きにしろ非ず。どんなときも最悪の状況を想定
して動くのがサーペントテールだった。
 ノーマルスーツに着替えた2人は、格納庫に向かう。
「大丈夫なんですよね」
 プレアは余程の心配性らしい。
「劾の腕を信じな」
「でも、勝つのは難しいって言ってましたよ」
「確かにシャアと戦って勝つのは難しいかもしれん。だが俺達の目的は何だ? このコムサイを降下
させる事だろ。劾が時間稼ぎしてる間に、地球へ降下できれば俺達の勝ちだ」
「僕達はそれでいいです。でも劾さんは……」
「奴はどんな戦場でも生き抜いた」
 確証など無いが、劾との仕事で失敗したことは一度としてない。某二人組との決闘に敗れてはいるが
後に勝利している。あの二人組との戦闘を見れば、たとえ相手がシャアであろうと、劾が負けるのは
考えられなかった。
「今回も生き延びる。絶対にだ」
 ベストなのはシャアが罠にかかり、追ってこないことだが、
「チィ! 来やがった。ジオン艦だ!」
 スクリーンに巨大なザンジバルの艦影が映し出される。それと同時にハッチからブルーフレームと
イライジャ専用ジンが出撃した。
「そんな……」
「神様にでも祈ってな少年!」
 シャアと劾の戦闘が今始まる。
 先手を取ったのは劾。
 タクティカル・アームズを砲撃形態にすると、90mmガトリング砲を正射する。四連装の砲門は、
実弾とビームが二門ずつ混合になっており、敵の能力によって使い分けることができた。
 モードをビームにした劾は恐ろしく精密な射撃を行う。それを見越したのかザンジバルはアンチ
ビーム爆雷(ジオン名:ビームかく乱幕)を撒くと、ジオン艦からゲルググとザクが射出される。
 戦力比は3:2、些か厳しい状況だがやるしかない。
「俺はシャアに専念する。ザクの対応は任せた」
 イライジャに酷な注文をすると、劾は返事も待たずブルーを走らした。
 劾の取った戦法はスピードで敵を圧倒すること。バックパックにもなるタクティカル・アームズを
背後に装備すると、それは大きな二枚の翼の様だ。
 シャアのゲルググが急速に接近するブルーに対し、ビームライフルで攻撃してくる。
 劾の動きが分かっているかのような射撃に、誰もが命中弾を想像した。しかし、ブルーはフィン
スラスターを使いギリギリの距離で光弾をかわした。
 劾はNTではないが、通常のコーディネイターを超える反射神経と長年の経験で培われた勘を持つ。
それがNTとして覚醒しつつあるシャアの読みを僅かに上回ったのである。
 ブルーはまるでボクサーのような構えで間合いを一気に縮め、アーマーシュナイダーでゲルググに
斬りかかる。一撃はビームナギナタで受け止められた。対ビームコーティングを施したモノなので
鍔迫り合いをした格好になった。
「チィッ!」
 この瞬間、劾は解ってしまった。
 ゲルググのビームナギナタはかなり強化されていた。かすっただけで装甲表面に深い傷が付く。
対ビームコーティングしたシールドでも数回しか受けることができないだろう。事実、手にしている
アーマーシュナイダーは真っ赤になり、今にも溶け出しそうだ。
「ならば……!」
 劾はバックパックを切り離し身軽になると、またもフィンスラスターを吹かせてシールドで死角に
なっている左に回りこんだ。
 一体何をするか理解できないシャアだったが、瞬時に意図に気づくと、シールドを手放してナギナタを
両手に持ちブルーの一撃を受け止めた。
 一振りの巨大な剣――タクティカル・アームズ剣形態――切り離したバックパックだった。
 アーマーシュナイダーとは比べ物にならない巨大剣は、ビームナギナタの出力に耐えていた。
「やるっ!」
 思わず口に出してしまうほどシャアは高揚感に浸っていた。
 これ程の相手はそうはいない。自身が会った中でも“エンデュミオンの鷹”ぐらいだろう。
 シャアは機体を回転させながら連撃を繰り出す。
 劾はそれらを巨大剣で受け流す。
 ナギナタという扱いにくい武器を流れるように使うシャアと、巨大な剣を軽々と振りまわす劾。
 2人の技量はほぼ互角。しかし、技量が互角であっても機体性能となるとそうはいかない。一見互角に
見える戦いであるが、劾は終始防戦。シャアの連撃になんとか付いていってるだけだった。
 イライジャはもう会うこともない友人に感謝していた。
「チョロチョロするなーっ!」
「ただのジンじゃないな……さっきのカスタム型か?」
 イライジャのジンをアンディとリカルドのザク改が追うが、追いつくことはできない。イライジャの
ジンは、“英雄ヴェイア”のジンのパーツを流用して造られていたからだ。
 この友人はザフトでも指折りのエースだった。そんな彼が乗る機体はカスタム機であったが為に、
ジンも幾分か性能の向上に成功していたのである。
(ヴェイアの機体がなかったら……)
 ネガティブな感情に気を重くしながらも、イライジャは冷静でいられた。機体を急速反転させると、
マウントしてあったマシンガンを取り出し、持っていたバスーカと同時に発射する。
「いい腕じゃないか!」
 褒めたのはリカルドだ。世辞ではない。イライジャはジオンでも中の上に相当する腕の持ち主だった。
 コーディネイターなら当然と思われがちだが、必ずしもそうではない。イライジャは外見こそ非常に
美しいが、コーディネイターとして免疫以外に強化されておらず、身体能力はナチュラルと変わりない。
ザフト軍に所属していた頃は操縦技術も大したことは無かったが、傭兵として戦場で経験を積んで
技術を磨くと、サーペントテールの一角を担うに相応しい実力者に成長した。
 イライジャの様に、身体能力を向上しなかったコーディネイターは複数存在する。ザフトにいる者の
大半はMSと関わらないが、ジオンの居る者は向上心が強い。イライジャの努力という日々の丹念が
ジオン兵と互角以上戦える腕に成長させていた。
「クッソーッ! ソロモンに戻ったらこのザクをモディファイするぞーっ!」
 結局アンディとリカルドは機体の相性も重なってか、思うように戦うことができない。
「このままじゃ埒が明かない……ならば!」
 アンディを尻目にリカルドはコムサイに目を向けた。
「アンディ、俺はコムサイをやる。ジンは任せた!」
 ザクが姿勢を変えたのを見てイライジャは牽制しようとするが、アンディ機に遮られる。
「逃げるのは終わりかい?」
「そこを退けっ!」

「降下まで10分を切った……」
 しかし状況は悪い。イライジャがザクの突破を許してしまったのだ。
「武器は無いんですか!?」
「んなもん付いてるわけねぇだろ!!」
 コムサイには満足な武装など施されていない。さすがのリードも焦り始めた。
「クッ……だったら!」
 プレアはなんとかしようとシートから立ち上がり格納庫へ走った。
「コラッ、坊主!! ええい、どいつもこいつもっ!!!」

「できるなら確保したかった機体だが仕方がない」
 リカルドのザクはバズーカの射程距離までコムサイに近づくと狙いを定めると迷わず引き金を引いた。
「これで終わりだ!!」
 放たれたロケット弾は一直線にコムサイに向かい爆発した。
 しかし、その爆炎が納まった後にコムサイは健在だった。コムサイの前に白い騎士が盾を構えて、
直撃から防いだのである。
「なんだと!?」
 リカルドが目にした機体こそが、奪還するべき機体――ギャンだった。

「無茶だ坊主! 下がれっ!」
 焦ったリードが怒鳴る。
 しかしプレアはそれを無視してザクと向き合った。
「僕だって戦える……ッ!」
 構えると盾に内蔵してあるニードル・ミサイルが発射される。それをリカルド機は全て避けると、
バズーカからマシンガンに持ち替えて攻撃した。

 ザクマシンガンは的確にギャンを捉えて命中する。
 小さな火花が無数に散るがギャンは直撃を受けても微動だにしない。
「いける!」
 プレアの声に熱が籠もる。
 今までのMSとは思えない程のなめらかな動きでギャンは機動する。リカルドは必死になって
マシンガンを撃ち続けるが、今度は一転して弾丸はかすりもしない。
 ギャンはビームサーベルを引き抜いて横になぎ払う。リカルドは慌ててヒートホークを構えるが
ビームサーベルはそれごとザク改の頭部を切り落とした。
「やっぱりスゴイ……」
 プレアは感嘆とする。技量は劾やイライジャに劣るにもかかわらず、ジオンの古参兵に勝った。
それだけザク改とギャンの機体性能には圧倒的差があった。なぜなら――
「コレが……核動力があれば、地球は……!」
 ギャンの動力源は核融合炉なのである。

 開戦初期、ザフトが使用したNジャマーの所為でジオンは現存するMSの大半が使用不能となる。
バッテリー駆動にすることで事無きを得たが、機体の稼動時間に制限が付いてしまった。
 月面から世界樹までの戦闘を圧倒的なまでの電撃戦を行なっていたジオン。しかしその進軍は
地上侵攻作戦を皮切りに停滞し始める。オデッサは降下作戦が旨くいき占領したが後が続かない。
アフリカではザフト相手に攻めあぐね、欧州とも睨みあい。ロシア方面はウラル山脈まで押し切る
ものの冬将軍が、東アジアは密林と膨大な物量が、進軍を押し止めていた。
 膠着状態となった戦線にギレンは核動力の復活を決意する。これが連合やザフトならNジャマー
キャンセラーの開発を思いつくだろうがジオンは違った。他国が実用化に至ってない核融合を持って
いるのだ。そこでギレンはミノフスキー博士にMSにも搭載可能な融合炉の開発を命じた。
 これと平行して、軍はザクに代わる主力MSの開発に勤しんでいた。ザフトがシグーのような、
対MS戦を想定した機体の開発を始めたからだ。コーディネイターはバカだがプラントの技術力は
バカにできない。直にザクを超えるMSを開発するだろう。
 そしてコンペに上げられたのがゲルググとギャンであった。ゲルググがザクと同じく汎用性を強調
したのに対し、ギャンは白兵戦に特化の開発コンセプトを持つ。
 注目する点はビーム兵器の運用が可能かどうか。ゲルググはサーベル、ライフル共に実用化に
至るがギャンはサーベルのみ。この時点で軍配がどちらに上がるかは一目瞭然だった。
 結局ゲルググに軍配が上がったのだが、話はそれで終わらない。時期主力MS決定した1か月後、
ミノフスキー博士が融合炉の開発に成功したからだ。
 しかし開発に成功したものの、融合炉をどの機体に搭載するかで話がこじれた。
 ノウハウのあるザク、続いて時期量産機のゲルググが候補にでるが、機体数に対し融合炉の生産が
追いつかなかった。それに機体を連合かザフトに鹵獲されれば大変なことになる。
 ならばエースの機体に限定させることになるのだが、それならばギャンにも搭載すべきと一部の
人間が言い張った。ギャンの性能は総合面でゲルググに劣るが、白兵戦においては確実に上回る。
エースの中には格闘戦を指示する者がいるためこの様な声が出た。もちろんそれだけでギャンに搭載
するのはありえないが、融合炉を搭載した場合の性能差も見るべきとの声が上がり、今一度コンペを
行なうことになる。もっとも経緯には色々な利権が絡んでいるのだが……。
 そんなコンペ用に製作されたギャンがプレアの手により奪われてしまった。
 連合でもザフトでもないプレアが何故こんなことをするのか。
 Nジャマーが投下された4月1日。エイプリルフールクライシスと呼ばれた事件により地球連合国家は
深刻なエネルギー不足となり、餓死者、凍死者を出した。死者数はコロニー落し程ではないものの、
二次的、三次的被害はそれ以上のものだった。エネルギー不足というのが精神的に国民を苦しめた。
 マルキオ導師はこの様な経緯をプレアに話し核融合炉を備えたMSを奪還させようとしたのである。

「クソォ……素人みたいな奴にっ!!」
 中破したザク改から脱出しながらリカルドは悪態をついた。
 これは仕方のないことだろう。ギャンのジェネレーター出力はザク改の2倍以上あり、現時点で
ギャンとの力勝負で勝てる機体は、同じ融合炉を搭載してあるゲルググくらいなのだ。
「もう抵抗しないでくださいね」
 プレアは脱出するリカルドに言いながら、イライジャに支援に回るのだった。

「いい加減に落ちろ!」
 イライジャは懸命にジンを操った。それでもベテランのジオン兵を相手にしては疲労が限界に近い。
それでもイライジャのジンがザク改より優れているのは機動性のみ。動き続けなければ殺られてしまう。
「リードまだかーっ!」
「イライジャさん!!」
 そこにプレアのギャンが割り込んだ。
「プレア!? 何でお前がっ!」
 ギャンはビームサーベルを構えたままザク改に迫る。
 アンディは思わぬ相手の登場に混乱した。
「リカルドの奴は何をしてんだ!」
 それでもアンディは負ける気はしなかった。ザク改の性能を大きく上回るギャンであるが、動きは
素人そのもの。シャアの下に就いてから、MSの性能が戦力の決定的な差にならないことを教わって
いたアンディには恐れる相手ではない。
 ザク改はマシンガンを正射し、続けてハンドグレネードも投げつける。プレアはそれらを確認するが
アンディの本当の狙いはシュツルム・ファウストだ。
 ギャンが回避運動をしている所を狙いロケット弾を発射する。
「なにっ?」
 背筋が凍りつく様な感覚に囚われる。
 プレアは慌ててシールドを構えると、そこにロケット弾が突き刺さった。
「危なかった」
 安心するプレアをよそに、撃ったアンディは驚愕していた。
「今のは……コイツ、中佐と同じ動きをっ!!」
 こちらの攻撃が分かっていた様なギャンの機動にザク改は動きを止めてしまった。一瞬の隙を狙って
イライジャがマシンガンを構える。回避行動の遅れたザク改は弾丸をまともに浴びた。
「プレア! 俺はいいから戻れ!」
「そうはいきません」
「バカ! 死ぬぞ!!」
「僕は来るべき時がこない限り、死には……っ!!」
 言い合いの最中にプレアは何かを感じ取った。
「すいません。僕は劾さんの援護に行きます」
「おい。こら、待て!」

 劾は完全に押されていた。如実に機体性能の差が現れ始めたのである。
 ブルーは実弾、ゲルググはビーム兵器。一見、エネルギー消費はゲルググの方が多く思われるが、
核動力であるゲルググのナギナタは出力が落ちることは無い。
 対するタクティカル・アームズはラミネート装甲で出来ているためビームを受け止められる。だが、
その度にエネルギーを食う。更には排熱が間に合わなくなっており、装甲全体にダメージが出始めた。
「性能差が出たようだ!」
 シャアの言葉に反論できず劾は顔を歪めた。
 そして決定的な事が起きてしまう。ゲルググのナギナタがタクティカル・アームズを貫いたのだ。
排熱が間に合わなくなったのである。
「くっ……」
「覚悟するのだな!」
 タクティカル・アームズを押さえつけると、シャアはライフルをブルーに向けた。その瞬間、
――ダメだ!!――
「誰だ!?」
 いきなり誰かの声が脳裏に響き渡る。
 虚を衝かれたシャアはトリガーの引き金を引くのに躊躇した。それは劾に隙を与えるのを意味する。
ゲルググの放ったビームは、瞬間的に機体を動かしたブルーの頭部を掠めるに止まった。
――やめて下さい。もう殺さないで――
「な、何だと!」
 思念がシャアの中に入ってくる。子供の様に純粋なそれはシャアを戸惑わせた。
「NT……NTなのか! コイツは私以上の……」
 一方の劾は、急にゲルググの動きが鈍ったのに勝機を得た。
 予備のアーマーシュナイダーを引き抜くとゲルググに迫る。
「敵は倒せるときに倒す。それが傭兵のやり方だ」
「チィ!」
 この一撃は肩部に突き刺さる。
 何とか体勢を立て直すシャアが見たものは、目標である新型MSギャンだった。
「プレアだと?」
 劾はプレアが乗っていることに驚きつつも冷静に状況を確認する。
 ゲルググもこちらを警戒しているようだ。
「何をしている。俺達のことはいい」
「下がってください、劾さん!!」
「目的を忘れたか! お前はマルキオの下に融合炉を届けるのが使命だろ」
「分かってます。でもゲルググ相手では……」
「お前が考えることではない」
 厳しい言い方にプレアは気落ちする。
「……だが助かったことは確かだ。感謝しよう」

「まずいな……」
 機体の損傷を確認したシャアは思わず口にする。
 劾の一撃は、ゲルググの左肩の関節を貫いていた。これでは右手一本で戦わなくてはならない。
「私が被弾するとは……」
 あの一瞬でここまで的確な攻撃を仕掛けてきた劾に敬意を表す。もしこれがゲルググではなく
ザクだったら自分は死んでいただろう。
「さて、二対一だが……どうする」
 気を引き締めると、ブルーとギャンを見やった。一転して非常に厳しい状況だ。現状ではブルーと
互角と言った所だが、ギャンに乗るNTは自分より優れ、ララァに近い力を有している。2機が同時に
掛かってきては勝てる気がしないが……。
「貴方……赤い彗星のシャアさんですか?」
 予想に反してギャンから通信が入る。
「いかにもそうだが関心せんな。戦闘中に相手に通信を入れるなど……」
「それは謝罪します」
「で? 一体何の用かね。もう追わないでほしいとでも?」
「……そのとおりです」
「断る。これも任務なのでな」
 当然の回答だ。軍人たるものが、はいそうです、と任務を放棄するわけにはいかない。
「お喋りは終わりかな。では……」
「もう一つ聞きたいことがあります。どうして貴方がザビ家の手先になっているのです!?」
「……一体何を……?」
「ジオンの後継者とも言える貴方が……」
 この時シャアは自分の心を覗かれたことに気づいた。場にいるのが自分と傭兵だけだが、おいそれと
正体を明かされるわけにはいかない。
 シャアはライフルを構えるとギャン目掛けて撃つ。
「お喋りは終わりと言った!!」
「プレア、お前は行け。時間は3分を切っている」
 プレアは迷うようにブルーとゲルググを見るが、結局劾の指示に従った。
 ギャンが見えなくなるのを確認すると、劾はシャアに交渉を持ちかける。
「どうする? 続けるか。核動力と言っても推進剤は従来のMSと変わらんだろう。このまま戦えば、
確実に積荷の後は追えなくなるが……」
 劾は初めからこうなる事を考えていた。シャアを相手にMS戦で勝てるのはまずできない。ならば、
駆け引きに持ち込むしかなかったからだ。
「これ以上の戦闘は行なわない。それを約束すれば、こちらも妨害はしない」
「MSの護衛が任務ではないのか?」
「俺達の任務は、核融合炉を地球に降下させることだ」
 なるほど、とシャアは頷いた。このまま戦闘を続ければギャンの行方は分からなくなる。かといって、
戦闘を終えても、コムサイは地球降下に入りつつある。今から追っても降下は止められない。
「……いいだろう。勝負はおあずけだ」
 時間を稼がされてしまったシャアは劾の提案に乗った。自身も確かめたいことが出来ていたからだ。
 ザンジバルに帰還したシャアはアンディとリカルドを拾い、コムサイの後を追い地球へ降下する。
 場所はオーブ連合首長国近海の島々だった。