grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第08話

Last-modified: 2009-03-24 (火) 15:04:52

【音声日記:アスラン・ザラ】

 

 最近、時間がなかったからかなり久しぶりだな。
 時間が過ぎるのは、本当にはやいってよく思う。基礎のほとんどを固め終わって、ふと気付いたら、入校して三ヶ月が過ぎていたからな。
 三ヶ月っていえば、射撃魔法は毎日訓練してきた結果がようやくでてきて、今では的のほぼ真ん中に当てられるようになってきたところだ。
 後は、何があったかな……

 

 あ、そうだ。最近何があったかといえば、スバルがランスターさんのことを“ティア”って呼び始めたことだ。
 ロードパークに行ったときに、ランスターさんがギンガさんに昔の呼ばれかたを話してたから、お姉さん経由でスバルに伝わったんだと思う。
 これがきっかけで、スバルとランスターさんが仲良くなったら……って思ってたら、今日はランスターさん、“ティア”って呼ばれても何もスバルに言わなくなってたな。
 スバル、結構嬉しそうで……それでやる気出し過ぎて久しぶりの空回り。ランスターさんが怒って、スバルがへこたれて「アスラン、そろそろ寝ないと明日に響きますよ」「わかった」
 あ、もうこんな時間か。続きは、明日だな。
 音声日記、録音終了――

 

 
 
 
 アスラン・ザラは一人、宿舎前の空き地に立っていた。
 服装は、トレーニング服と篭手を展開している両手で、一丁の銃型デバイスを構えた出で立ち。
 時刻は、まだ5時を過ぎたといったところで薄暗いが、計8個の光球が彼の周囲をイルミネーションのように照らし、どこか幻想的な空間を作り出している。

 

 そんなおり、ふと、足音に気付いたアスランは訓練を中断した。
「ランスターさんも自主練か」
 空き地にやって来たのは、トレーニング服姿のティアナ・ランスター。
「まぁね。あんたと同じターゲットトレーニングよ」
 そう言いながら、ティアナはアスランと同じように8個の球体を宙に浮かべた。

 

「そういえば、聞きたいことがあるんだけど」
 再びトレーニングを開始したアスランだが、いきなり声をかけられる。
「なんだ?」
「あんた、暇な時はいつもこれしてるの?」
「そうだな。後は射撃場で撃ったりとかだけど」
「へぇ~。そういえば、なんであんたは誘導タイプの射撃魔法を習わないないわけ? 相手が高速戦タイプなら牽制にしかならないわよ」

 

 二人は、訓練を中断しているわけではない。互いに光る的に銃を向けながらの会話を続けていた。
「俺は、近づかれれば近接戦をするだけだ。それに誘導射撃をするなら、そのことにどうしても意識が向くからな」
「あんたなら、簡単にマスターしそうなんだけどね」
「意外だな。ティアナが人を褒めるなんて」
 呟くように言った言葉だが、アスランが新しい的に銃を構えた途端、どこかふて腐れたティアナが正面に現れる。
「あのね。さすがにあたしも凄い相手は誉めるわよ。正直、あんたの背中が遠すぎるってこと」
 ため息を一つ。それだけをアスランの顔を見て言いたかったのか、ティアナはすぐに左を――光る的――を向く。
「なら、イザークにはそんなこと言わないのか」
「当たり前よ。あたしはあいつに負けてるなんて思ってないから」
 ティアナの言葉に、それもそうだな――と苦笑いするアスランであった。

 

 
 アスランとティアナが汗を流す訓練空間に、一人の男が足を踏み入れた。
「こんな時間に朝練か。いい心がけだな」
「「!?」」

 

 いきなり声をかけられたことで、驚き顔になる二人。
「は、ハイネさん」
 先に言葉を発したのはアスランだった。
「知ってるの?」
「戦技教導隊の人だ」
「それって、エリートじゃない」
 『戦技教導隊』という単語に、ティアナの目が大きく見開かれる。

 

「おいアスラン。何こそこそしてんだよ」
 そんな一方で、半ば干されたかたちのハイネは、アスランに呼びかけた。
 声をかけた相手が自分を置いて話をすることは、彼にとってはつまらない。
「なんでもないですよ。ハイネさんこそ何しに……って、まさか」
 ハイネの目的を聞こうとしたアスランだが、かつての八神家での出来事を思い出す。
「よくわかったな。今日から俺もおまえらを指導する側の役職に就くんだよ」
 予想通りの答えに、ため息をつくアスラン。一方で、ティアナはこの新しい教官に話しかけた。
「あの、ヴェステンフルス教官は」
「ハーイーネ」
「いえ、その呼び方は」
 教官を呼ぶのに相応しくないとティアナは思ったが、ハイネは彼女の目の前で人差し指を左右に振った。
「ヴェステンフルスだと呼びにくいだろ。だから、せめて言うならハイネ教官な」
「あ、はいわかりました。ハイネ教官。」
 ティアナはペコリと一礼。
「そうそう、素直が一番よ。あ、ちなみに俺の担当は近接戦闘と射撃だからよろしく頼むぜ」
「え……」
 その言葉と共に、今まで静かに会話を聞いていたアスランが声を上げる。
 だが、それもそのはず。近接戦闘と射撃。どちらも、アスランが身につけようとする内容だった。
 一呼吸。
「ということは……」
「俺がみっちり教えてやる。張り切っていこうぜ」
 

 

 
 まだ朝練を続けるというティアナを残し、ハイネに誘われたアスランは歩いていた。つまり、散歩に付き合っていた。
「なんで、三ヶ月経った今来るんですか」
 ふと疑問に思ったアスランが口を開く。
「この時期だと、それなりに基礎が固まってくるだろ。それに、来たのは俺だけじゃないぜ」
「そうなんですか?」
「ああ、本局からもう一人。たしか名前は――」
 とハイネがそこまで言ったとき。彼の台詞を断ち切るように、一つの言葉が横から飛んできた。
「ヴェステンフルス空曹長、後10分で学長に挨拶する時間ですよ。いったいどこにいたんですか」
 二人が反射的に横へ視線を向けると、一人の女性が佇んでいる。
 アスランは、艶やかな青竹色の髪に目を奪われた。
 それだけではない。すらりとしたスタイルだが、程よく膨らんだバスト。そしてなにより、背中から始まる“きゅっとくびれた腰”“引き締まったヒップ”“まぶしい健康美を持った太腿”までのラインはなめらかで、無駄な贅肉のない美しい脚線へとつながっている。
 服を着ているというのに、実に魅惑的だった。
 ディアッカ・エルスマンは、否、世の男達はきっとこう言うだろう。
 ――グゥレイト――

 さて、話を戻そう。いや、戻さなくてはいけない。戻さなければ……

「ここから、学長の部屋まで5分とかからないんだけどなプレセアさん」
 ハイネの言葉に、プレセアと呼ばれた女性は小さな吐息を漏らした。
「そっちの彼は?」
「アスラン・ザラだ。知ってるだろ、訓練校現在No.1なんだから」
「アスラン……ザラ」
 プレセアは、アスランを何か目的があるかのような目を向けた。どこか鋭いような視線に息を呑むが、アスランが瞬きをする間に、彼女はハイネのほうを向いている。
「とにかく、ヴェステンフルス空曹長は学長室にきてください」
「俺を呼ぶときはハイネって言っただろ」
「あなたとは、とりたてて親しくないので……今すぐ来てくれるならその呼び方も考えてみないこともありませんが」
「……わかった」
 ハイネはため息をつくと、アスランの肩を軽く叩く。
「悪いな」
「自分は構いません。むしろ……ハイネ教官は早く行かれるべきかと」
 どこか諦めたように歩いていくハイネを、アスランは静かに見送った。

 

 数日後……

 

 
「で、その人、美人だったのか」
 ディアッカの残念そうな声に、アスランはため息をついた。
 時刻は昼。太陽も頭上で輝く頃、アスランはディアッカ達と共に食堂にいた。テーブルを囲む人影は計四つ。
 ハンドブック片手のアスランの両隣には、デバイスの手入れ――アンカーの試し撃ちなど――をするティアナとニコル。そして、アスランに向き合う形のディアッカだ。

 

 テーブルに突っ伏して脱力するディアッカを見ながら、ニコルは思い出す。
「そういえば昨日、ディアッカは幻術魔法の講義をサボってましたね」
「美人な教官が来てるの知ってたら、絶対行ってた……」
「素敵な行動理由を持ってるのね」
 と、アスランの横、半目の視線をディアッカに送るティアナ。
「だいたい、講義サボって何やってんだか」
「だ、そうですよ、ディアッカ。僕も気にはなるんですけどね」
「要するに、ティアナは俺のこと気にしてくれたってことか。素直になれば、可愛いんだけどなぁ」
 アスランは、視界に映るティアナの口がへの字になったことに気付く。

 

「ニコルも女の子だったら俺は嬉しかったんだけ……」
 言い終わらないうちに、椅子の後ろ二本に体重を預け、腕を組みながら大仰に頷ていたディアッカが、アスランの視界から消えた。

 

 刹那、聞こえる衝撃音。
 立ち上がり、テーブルの先を見たアスランは、後頭部を押さえたディアッカ――姿勢は俯せで、両膝をつきながら悶え苦しむ彼――を見た。
 三秒間の黙祷を捧げ、アスランはティアナとニコルに向き直る。
 二人は、椅子に座ったまま、己のデバイスをテーブルに置いていた。
 視線に気付いたのか、首を傾げると、ティアナとニコルはようやくディアッカに目を向けた。目を大きく開き、口元に手を当て、
「ちょっとアンタ大丈夫」
「ディアッカ、前にも言いましたよ。その座りかたは危ないって」

 

 アスランは口を開こうとして……辞めた。二人のデバイスの位置が若干が変わっていることを言うなど、野暮としかいえまい。
「そういえば、一期試験の射撃テストがもうすぐ始まりますね」
「そうね。コイツみたいな不注意が無いようにしないとね」
 うん、とアスランは頷き……
 これが正しい行動なんだと自分に言い聞かせる。
「それじゃあ、行くか」
「それじゃあじゃねーだろっ!」
 ディアッカが立ち上がると、ニコルとティアナを指差した。
「怪我したらどうすんだよっ!?」
「怪我したんですか」
「……いや、してない」
 むしろ、頭をぶつけてタンコブがないのは危ないんじゃないか? とアスランは思うが、ディアッカはいつもとなんら変わらない。
「なら、問題ないじゃないの」
 ニコルの言葉に続くのは、デバイスをホルスターにしまったティアナだった。
「それと、あたしは隠れてこそこそされるのが嫌いなの。隠し事も嫌いだしね。わかったらさっさと移動する」
「……まだ頭痛いんだけど」
 ディアッカは挙手とともに呟くが、アスランに気の毒そうな視線を向けられただけだった。
「そろそろ、試験場所にいかないと減点になるわよ」
 ティアナが視線を向けたのは、食堂の壁に掛けられた時計。
 試験開始まで、残り10分。

 

【射撃場】

 

「なんか、緊張してきた」
 ティアナは、小刻みに震え始めた手をギュッと握りしめて呟き、
「僕も緊張しちゃいますね」
 ニコルは、掌に「人」の字を書きながら、彼女の言葉に頷いた。
「だいたい、なんで試験の順番がランダムになってるのよ。変にプレッシャーかかるじゃない」
 恨めしそうにティアナが視線を向けた先には、新しく来た教官ことハイネ・ヴェステンフルスが立っている。
「メンタル面も見てみたいって言ってましたね。僕もアスランやディアッカみたいにできたらいいんですけど」
 ニコルが口に出した二人――目を閉じて静かに座るアスランと、まわりの同期相手に誰彼かまわずちょっかいをかけるディアッカ――はこれといって緊張のそぶりは見せていない。

 

「次、32番、ティアナ・ランスター」
「は、はい」
 いきなり呼ばれたティアナは、慌てて立ち上がる。
「ランスターさん、リラックス」
「わ、わかってるわよ」
 ティアナは緊張を抑えようと、ゆっくりと歩きながら射撃位置へと向かう。そして、デバイスをホルスターから外すと眼前の的に狙いを定めた。
 オレンジの魔力弾が銃口に形成され、ティアナはそれを放つ。
 命中。
 だが、緊張のためか、的のかなり端。
 気持ちを切り替えるために、ティアナは大きく息を吸った。

 

「……最悪ね」
 計20発を撃ち終えたティアナが見たものは、あまり良い結果といえるものではなかった。
 ハイネはファイルに何かを書き込むと、次の訓練生を呼ぶ。
「5番、アスラン・ザラ」
「はい」
 どこか落ち着いた歩きかたで射撃位置まで進むと、静かにアスランは銃を構えた。

 

 リズミカルに放たれた魔力弾は、的のほぼ中央を捕らえていく。
 全弾命中。多少のぶれはあるものの、大きく外れることもなく、どれもが的の中央付近に跡を残していた。
「よし次だ。16番、ディアッカ・エルスマン」
「はい」

 

「……」
 ティアナは何も言えず、試験の成り行きを見守っていた。
 緊張とコンディションが良くなかったとはいえ、ディアッカにも、ニコルにも負けたことはショックでしかなかった。
 その後のティアナの試験がどうなったかは、言うまでもない。

 

 

 

【Interlude 1-3】

 

 光の届かない闇の中、僕は水溜まりの底へとたどり着いた。
 砂が水の流れで舞う以外には何も起きなくて、時の流れさえもわからない場所。
 正直に言えばこんな場所に来たくはなかった。
 砂の絨毯にはガラクタが埋まっていて、まるで何かの死体のように思えてしまう。僕を憂鬱にしてしまうには、充分すぎる。
 けれど、手がかりがない以上、仕方がない。

 

 それでも僕は、この世界に生まれた意味を探すことをやめるつもりはなかった。

 

 ここに来て、何日、何ヶ月、何年が過ぎたのか。それともほんの数時間?
 僕はあてもなくさ迷う。どこを通ったのか。
 そんなことがわかるわけがない。
 ただひたすら、変化の乏しい、ガラクタが点在する砂の絨毯の上をさ迷っていた。
 時間の感覚が麻痺し始めて、しだいに擦り切れていく心。
 それでも、僕は懸命に動き回った。

 

 そして
「あ……」
 僕は、小さな輝きに気が付いた。
 とてもはかなくて、今にも消え入りそうな光。

 

 
 小さな輝き――小さな球体――のもとにたどり着くのには、それほど時間はかからなかった。
 そして僕はこの場所で見つけた。光の球以外のモノを。

 

 ぼろぼろになりながらも擱座している灰色の機械。
 頭部から伸びる特徴的な二本のアンテナ。
 元は人の形をしていたかもしれないソレは、右腕が無く、左腹部には小規模な爆発の跡があった。
 刹那。
 鋭利な刃物で突き刺されたような痛みが僕を支配する。
 そして痛みと同時に、得体のしれない何かが、僕の心の奥底から溢れ出そうとしていた。

 

〈あなたは、なぜここにいるのですか〉
 痛いという感情に捕われた僕の心に、誰かが語りかけてくる。
 途端、僕の痛みと心の奥底から溢れ出そうとした“何か”は影を潜めた。
 周囲を見渡しても、この場所にいるのは僕と壊れた機械。それと淡く輝く球体――

 

 そうか。
 僕はようやく理解した。
 この球体が、僕の心に話し掛けてきたことを……
 

 

【Interlude out】
 

 

……試験から二週間後
 

 

 一期試験の結果を見終えたティアナ・ランスターは、一人、テラスで黄昏れていた。
 雨が降るかもしれないということで、周りには誰もいない。一人になるには、ちょうど良い場所だったのだ。

 

 なぜ一人でいるのかは、掲示板に張り出された試験の結果がすべてを物語ってくれる。
〈個人成績1位アスラン・ザラ〉
〈個人成績2位イザーク・ジュール〉
〈個人成績3位スバル・ナカジマ〉
〈個人成績4位ニコル・アマルフィ〉
〈個人成績6位ティアナ・ランスター〉
〈個人成績7位ディアッカ・エルスマン〉

 

〈総合成績1位5斑〉
〈総合成績2位32斑〉
〈総合成績3位16斑〉

 

「最悪……」
 試験後から予想できていたこととはいえ、個人成績の結果はティアナを落ち込ませた。
 そして、ティアナへさらに追い打ちをかけたのが、総合成績が上がったことだ。
 スバルに負けただけでなく、スバルに助けられての2位。それは、引っ張ってきた相手に自分が引っ張られた――助けられた――ことにほかならない。

 

 少し前までは、スバルから感謝される度に『相方が使えないとあたしが迷惑なのよ』と言っていた。
 それが今はどうだ。
「あたしが足引っ張るなんてね」
 自己嫌悪に小さなため息をつくと、ティアナはさらに憂鬱な気持ちになっていた。
 スバルが成長してきていることは、わからなかったはずがない。コンビパートナーゆえに、どれだけスバルが努力しているのかも知っている。
 それでも、負けるとは思っていなかった。
 今までスバルに負けたことがなかったからこそ、ティアナは心の奥底で、スバルに自分が負けるわけがないという慢心があった。
(もし、射撃試験の結果がよかったら、どうなってたんだろ……)

 

 考えに集中し過ぎていたティアナは、自分に近付く人物に気がつかなかった。
「あら? 一人でどうしたの」
「あ、プレセア教官」
 幻術魔法についての指南を受けるうちに、ティアナと彼女はよく話を交わす間がらになっていた。

 

 プレセアは,欄干にもたれ掛かりながらティアナと向き合った。
「今日発表された成績のことで落ち込んでるのかしら」
「はい」
「思うような成績じゃなかったの?」
「はい」
 下を向いたままのティアナに、プレセアは小さく息をついた。
「たしかに順位は下がっているけど、誰だって調子の悪いときはあるわよ」
「けど……」
 一拍。
「それとも、ナカジマさんに抜かれたことが嫌だった? あたしのほうが上だ、って思っていて」
「そんなことは……」
 反射的に否定しようとしたティアナだが、プレセアの表情が、まるですべてを包み込んでくれた兄の微笑みと被り、正直な想いを口にだしていた。
「……そうですね。負けるなんて思ってませんでしたから」

 

「わたしは、途中からの赴任で詳しいことは知らないけど、最近のナカジマさんの成績の上がりかたは一番すごいみたいね」
「それでもあたしは、スバルに負けるなんて思ってなくて……だから、ショックでした」
「そうなの……」
 ティアナはいつのまにか、プレセアに自分の素直な気持ちを打ち明けていた。
「スバルは凄いんですよ。どんなことも躊躇わなくて、貪欲に吸収して」
「わたしは、この訓練校に来てそんなに日が長いわけじゃないけど、ランスターさんは頑張ってると思うわよ。自分で言うのもなんだけど、渋い幻術魔法の講義だって、すっごく一生懸命だし」
 その言葉に、ティアナは首を横に振った。
「それは、あたしが学びたいって思ったからです。射撃だと心許ないですし」
「ランスターさんも凄いと思うんだけど……」
「あたしが凄いなら、スバルだけじゃなくて……イザーク達のほうがもっと凄いですよ」
 知り合ってまだ、一週間も経っていないのに、プレセアには何を話しても言いんじゃないかとティアナは思い始めていた。

 

 だからだろうか、
「自分達のいた世界と違う世界に来て頑張れるなんて……」
 ついうっかりと、アスラン達の過去のことまでを口にだしてしまっていた。
 ティアナは慌てて口をつぐむが、 プレセアは、まるで知っていたかのように頷いた。
「そうねぇ……さすが、コーディネーターといったところかしら」
「コーディネーター?」
「あ、ごめんなさい。今のは聞かなかったことにしてくれる」
 顔を反らし、慌てて立ち去ろうとするプレセア。
 そのあまりにも不自然すぎる行動に、ティアナは反射的に食い下がっていた。
「教えてください。コーディネーターってなんなんですか」
「ランスターさん。あまり人のことに踏み込むのはよくないわよ」
「あ……すみません」
「……けど、やっぱり教えてあげるわ。ランスターさんが、一生懸命尋ねてくるからね」
 優しい笑みを浮かべ、プレセアはティアナの耳元に顔を近づけた。
「いい、今から言うのは誰にも秘密よ」
 

 

 話を聞き終えたティアナの心は、黒く澱んだものが溢れていた。
 プレセアがそれじゃあね、と言ったことも聞こえず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「なによ、そんなのって……」
 プレセアから聞かされたことは、コーディネーターがどういう生まれかたをしてきたのか。そして、その能力。
「勝てるわけ……ないじゃない」
 ティアナの震える声は、夜の闇の中へと消えていった。

 

 
 どれだけの時間が過ぎたのか……背後から聞き慣れた声がティアナの耳に届く。
「ディアッカは……あいつはどこに行ったァ」
「静かにしたほうがいいですよ」
「黙れニコル。あの腑抜けのせいで総合成績3位なんだぞ。わかったらさっさと負けろアスラン」
「無茶苦茶だな。それになんで俺に話が飛ぶんだ」
「勝手にしてください。そういえば、スバルさんやりますね。個人で3位ですよ」
「ありがとう。それでも……あ」
 ティアナの存在に気付いたのか、足音が彼女に近付いていく。
 

 

「何をやっている。こんなところで」
 声をかけたのは、イザークだった。
 何気ない口調。
 それが逆に、ティアナの神経を苛立たせた。
「ほっといて」
「俺に負けたのが気にくわないってことか」
 その言葉のひとつひとつがティアナの胸に突き刺さる。
(自分が負けるわけない、って思ってるくせに)
 ティアナは、ぎ、と自分の胸のどこかが軋みを上げたのを感じた。
「イザーク、それくらいにしたらどうだ。ランスターさんだって、調子の悪いときだってあるさ」
 イザークをたしなめる意味で言ったアスランの言葉だが、それさえもティアナは自分への当てつけのように感じてしまう。

 

 ぎり…。

 

 今度は、奥歯が軋んだ。
 どす黒く濁った何かがティアナ心の中で渦巻き始める。

 

「……勝てるわけないじゃない」
「何に、勝てないんだ(ですか)」
 小さな呟きだが、スバル以外には聞こえたことに息をつくと、ティアナは四人へと振り向いた。
「コーディネーター相手に……よ」

 

 言われた言葉に、イザークは息を呑む。
 イザークだけではない。アスランもニコルも同じだった。
 その言葉と、冷たい瞳。ティアナがどういう意味で言ったのかをわからない彼らではなかった。
 時間が……止まった。

 

「だからあたしは勝てなかったのよね」
 ティアナの言葉は、おそろしく冷ややかだった。
 沈黙。
 重い静寂が、空間を支配し、ぽつりと呟いたティアナの言葉に、何かが崩れ始める。
「今……何て言った」
 イザークの声は、なぜか落ち着いていた。淡々とした口調。
 だからこそ。
 イザークらしからぬ不自然な対応は、嵐の前の静けさを予感させた。

 

「コーディネーター相手にって言ったの」
「ランスター、いったい誰からそのことを聞いた」
 イザークが、できるだけティアナを刺激しないように話しかける。
 彼らは、無用な揉め事を避けるために住民登録などでは一部のデータを改ざんしているのだ。普通の人間が、彼らをコーディネーターと知っているはずがない。
「そんなこと、あんたたちに言う必要もないわよ。」
 だが、イザークの言葉は跳ね返される。

 

 ティアナの目は、目の前の四人がどのような表情をしているのか、はっきりと捉えている。
 それでも、彼女の口は止まらなかった。紛れも無い、嫌悪を浮かべた顔と共に言い放っていた。
「遺伝子弄って作られた人間相手に、どんなにあたしが頑張っても勝てるわけないってことよ」
 イザークの呼吸が止まった。
 彼だけではない。アスランとニコルも同じ。
「うらやましいわね。コーディネーターって」
 もう、ティアナは止まらない。俯いてしまった三人にを見ても止まるわけがない。
「普通に生まれたあたしなんかと違って、病気にもなりにくい。優れた身体能力、優秀な頭脳を持ってるなんてねぇ。あーあ、羨ましい」
 三人は、何も言い返せない。それが、事実だということに、なんら変わりないのだ。
 言葉が返ってこないことに、ティアナは苛立った。
「何が戦争で逃げさせられた……よ。なんで……どうしてミッドなんかに来たのよ」
 彼らが魔力を持ち、親が望んだからここに逃げさせられたなど、ティアナが知るわけもなかった。
 一拍。
「俺だってこの世界に来たくなどなかったさ。戦争? ……たしかに戦争のせいもあるが」
 沈黙をやめたイザークの口調は、震えていた。
「どこかの管理局が違法魔導師を取り逃がさなければ、C.E.の戦局もナチュラルが有利になって、俺たちがこんな所に来なくてすんだんだ」
 その端正な顔は、いつのまにか怒りで歪んでいる。
 そして、“違法魔導師を取り逃がしたこと”が意味するのは、一つ。
「おまえの兄、ティーダ・ランスターが捕まえていたら、俺達は家族とわかれずにすんだということだ!」
 その叫びは、今まで話から置き去りにされていた者たちにも強烈な衝撃をもたらした。

 

「イザーク、それは言い過ぎだ」
 アスランがイザークの肩を掴む。
 ギンガとティアナの会話を聞いていた彼は、ティアナにとって兄がどれだけ大切な存在かを知っている。
 イザークを止めようとしたアスランだが、逆に腕を掴まれ投げ飛ばされた。
「うるさいッ。だまってろ」
 もう遅い。
 すでに、イザークの頭の中にあった『理性』は消滅していた。
「あたしの……兄のせいだって言うの」
「お前の兄のせいでもあるってことだ」
 ティアナの口調が弱くなったのをどう捉えたのか、イザークはどこか高圧的に言い放った。

 

 
「……違う」
 聞こえたのは、呟き。
「何が違う……」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う……」
 壊れたテープレコーダーのように、ティアナの口から漏れる言葉。それが、イザークの言葉を断ち切った。

 

 誰に聞かせたいのか。
 それとも
 己に言い聞かせるためなのか。
 それは、誰もわからない。

 

 やがて、停止ボタンを押されたように呟きが途切れる。
 心配になったアスランとニコルがティアナに駆け寄ろうとするが――できなかった。

 

 虚ろな瞳。
 そして、どこか納得したかのような表情。
「それでも……あんたたちがこの世界に来る必要はなかったのよ」
「……どういうことだ」
「あんたたちが逃げ出さなかったら、よかっただけでしょ。自分達の世界から逃げた存在のくせに。逃げさせられた? 違うでしょ。あんたたちは、家族も捨てて生きることを望んだのよ」

 

「もう一度……もう一度言ってみろランスター!」
 怒りに声を震わせたイザークはティアナの胸倉を掴み上げる。
 止める間も無い。否、イザークの叫びが、三人の動きを遅らせた。
 だが、
「何度でも言ってあげるわよ」
 ティアナは、歯を食いしばるだけでたじろぐことはなかった。
「自分だけ逃げて家族を捨てた奴にはねぇ」
「貴様ァ」
 ティアナの首から手を離すと、イザークは拳を振りかぶる。その拳は……白く輝いていた。
 それが意味することは一つ。
「ふたりともやめてください」
 咄嗟に、二人の間に身体を滑りこませたのはニコルだった。
 彼は嫌だった。
 時間はたしかにかかった。それでも最近になって、ようやく皆で仲良くなり始めたのだ。
 ――このままイザークが、ランスターさんを殴ったらいけない。二人の頭を冷やして、それから……

 

「どけェ、ニコル」
 今の、理性を失ったイザークにとって、ニコルはただの障害でしかない。
 手加減されることなく、振りぬかれた拳は、ニコルをテラスの柵へと弾き飛ばす。

 

 夜の闇に響いた音は、不気味な打撃音。
 だがその音は、ニコルによるものではなかった。

 

 ニコルが感じたものは、柵の硬質な感触ではなく、柔らかさ。
「スバルさん!?」
 ニコルを受け止めようとしたスバルは、ニコルと柵の間に挟まれるようにしてしゃがみ込んでいた。
「しっかりしてください」
 ニコルは、スバルを立ち上がらせようと左手を握りしめる。スバルも同じようにニコルの手を握ろうとして……機械音に気が付いた。

 

 スバルは恐る恐る左腕を曲げてみると……
 機械音がテラスに響き渡る。

 

「あんたまさか、機械を体に埋め込んでるわけ」
「えっ……あ……」
 あんたもなの、とティアナの目が言っている。あんたもこいつらと同じような奴なのか――と。
 スバルは思わず目を伏せた。
「うん」
 スバルは横を向いた。ティアナがどういう目を向けているのかがわかるからだ。
 一方で、アスラン達もその衝撃的な告白に、言葉を失った。
 イザークですら、唖然とスバルに目を向ける。

 

「あんたも隠してたんだ」
 告白を聞いたティアナの声は、弱く震えていた。
「勝てないわけよね」
 さっきまでとは180度違う、どこか淡々としたティアナの喋り方。
「コーディネーターと機械を埋め込んだ相手。あんたたちはあたしを見て笑ってたんじゃないの。あたしが勝てるわけないって」
 いつのまにか降り始めた雨が、ティアナの感情を流し去ったかのように、彼女の顔からは生気が感じられない。
「どうせあたしはただの凡人よ。ていうか、これって才能以前の問題よね」
 答えられることのないティアナの声が、虚しくテラスにこだました。