grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第11話

Last-modified: 2009-02-27 (金) 21:14:28

 第4陸士訓練校の屋外訓練場に
「・・・・ルールを一応伝えるぞ」
 アスラン・ザラの淡々とした声が響き渡る。

 

「時間制限は無し。どちらかが戦闘不能になるか、降参するかで勝敗を決める。用意はいいな」

 

 合図を出す前に、彼は言葉を切った。
 理由は一つ。
 アスランが向けた瞳の先には、イザークとティアナがいる。
 既に礼を終えていた両者は、静かに佇み、己の得物に手をかけて、来るべき始まりの合図を待っていた。
 イザーク・ジュールは己の努力を剣に乗せ――
 ティアナ・ランスターは兄の弾丸を示すため、その手に銃を取る。
 無言――始まりを前にして、今喋ることは何もない。
 静寂――沈黙する二人に、世界が気を遣って風を止めたのかもしれない。
 沈黙――全てはこの先。「動」へと変わる決戦の合図を待つ。

 

 余計な言葉は不要だと悟ったアスランは、静かに手を挙げた。
「これより、1対1の模擬戦を開始する」

 

 
「……始めッ!」

 

 次の瞬間、イザークは一瞬の内に間合いを詰めた。
 ブリッツアクションでの最大加速。言うなれば全力全開、魔力の使用量は惜しまない。
 迎え撃つティアナは銃を構える。右手で銃を、左手はズボンの後ろポケットに入れた姿勢。
 ティアナの口が動き――遅い。
「はぁあああっ!」
 イザークはデュエルを左下から右上に斬り上げた。
 狙いはティアナのデバイス。
 ティアナが撃つよりも早く、刃先が銃身を直撃し、彼女の右手からはじき飛ばす。
 そして、イザークは持ち手を握り直した。
 一連の流れるような動きを乱すことなく、イザークはデュエルをティアナの左肩へと斬り下げ……

 

 

 それは、昨日のことだった。
 己のデバイスを整備するティアナのもとに、アスランが訪れたのだ。
「何か用?」
「謝りにきたんだ。すまない、場所の都合で勝負を明日にしてしまって」
 イザークとティアナの勝負をするにあたって、アスラン達は場所の確保ができていなかった。
「そのことは気にしてないわよ……あ、少し聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
「イザークのことか?」
「そう」
 ティアナは解体していた「アンカーガン」をテーブルの上に置くと座り直す。
「あんた、よくイザークと勝負してるでしょ。だからあいつの癖とか、何か教えてくれない?」
「そうだな」
 アスランが顎に手を当てること数分。
 その間に、もし自分がイザークなら、開始と同時にどうティアナに攻め掛かるのかを思考する。
 イザークとの戦闘データは、イージスに全て記憶済みだ。後は、彼の性格を元に、予測を組み立て――
「勝負が始まったら、イザークはティアナのデバイスを攻撃するんじゃないかな」
 結論を出す。
「あたしじゃなくて……デバイス?」
「ああ。ティアナは今、デバイス無しに誘導弾を使うのは大変だろう。相手の使える魔法を減らすためにも、イザークはそうするんじゃないのか?」
「……そうかもしれないわね」
「デバイスを攻撃した後は――ティアナを気絶させようとするはずだ」
「具体的に何かわかる?」
「具体的に……か? 自信はないぞ」
 アスランは言葉を止める。
 無言の問いかけに、ティアナは深く頷いた。――それでもいいかと問われ、構わないとの返答。
「そうだな、デバイスを狙った直後なら……デバイスをたたき落としたら鳩尾への刺突。斬り上げて飛ばしたら、袈裟斬りで肩を狙ってくるな――」

 

 

 ティアナは銃から右手を離した瞬間、僅かに頬を緩めていた。
(アスランの言ってたとおりね)
 デュエルの重さとイザークによって振り下ろされるデュエルの平均的な加速度は、アスランから聞いていた。
 左手に握るアンカーガンの助けを得て使う魔法。開始の合図と同時に始めた詠唱は、すでに終わっている。
 まずはこの場所からの離脱を謀るため、ティアナはデュエル目掛けてその魔法を発動させた。

 

 

「なっ……」
 斬り下げようとしたと同時に、目の前が橙色の世界に包まれ、イザークは驚きの声を上げた。
 魔力の爆発だと気づいた時には、衝撃波が駆け抜ける。
 負けじと腕を振り抜くイザークだが、その意志とは裏腹に、デュエルは彼の手を放れ、地に落ちた。
 デュエルだけが、まるで時間の流れから切り離されたように動きを緩慢とさせ、振り下ろされた腕の速さについていけなかった結果だった。

 

【戦闘区域外縁部】

 

「アクティブガードだな」
 瞬時に記憶の中から何の魔法かを引き出し、アスランは感心したように呟いた。
(ティアナがイザークのデュエルを振り切る速さとかも聞いたのは、そういうことか)
 アクティブガード――爆発の衝撃で高速移動する対象を柔らかく受け止め、速度を軽減させることを旨とした魔法。斬り下げられていたデュエルもまた、高速移動する対象になりえるのだろう。
「バインドでデュエルを固定するよりは、効果があるだろうな」
 ディアッカもアスランと同じ感想を持ったのか、何度も頷いてみせる。
 戦闘区域の側の空き地には、イザークとティアナの勝負の行方を見届けようと、アスラン、スバル、ニコル、ディアッカが集まっていた。(ちなみにアスランは、開始の合図後すぐにこの場所へとやってきたりする)

 

「ティアナはとりあえず、距離をとることに成功しましたね」
 アスランが自作したサーチャーのおかげで、イザークとティアナの行動はモニターでみることが可能になっている。

 

 アクティブガードを発動させた後のティアナは、計20発以上の掃射でイザークを牽制しつつ、林の中へ。
 イザークはといえば、力まかせに拳を地面に打ち付け、丸めた背中から悔しさが滲み出している。
「けど……まさか、右手の銃が偽物とはな」
 ディアッカが見つめるモニター。その中には、イザークにアンカーガンだと思わせた銃が映し出されていた。幻術が解けたのか、その形はアンカーガンとはほど遠い。
「あっ、拾った」
 何がイザークを騙したのか。
 イザークも気になったのであろう。一目見ようと歩み寄り、拾い上げる。
 ――役目を終えた、おもちゃの銃を。

 

 「GAT-X」シリーズの形式番号「GAT」とは「Gressorial Armament Tactical」の略称であり、「戦術歩行兵器」という程度の意味を指す。

 

■デバイス名
――GAT-X102 デュエル(プロトタイプ)――
 アームドデバイス。カートリッジシステム搭載。装弾数は2発。
 シンプルな構造とすることで威力やパワー、頑強さを獲得している。
 また、『1対1』を基本戦術として想定しており、二本を展開できるサーベルモード(レベル2起動承認後、使用可能)と二本を連結させた両刃剣でのモードの二つがある。

 

 
 
 己の得物――デュエルを握りしめたイザーク・ジュールは、慎重に木々の中を進んでいた。
「どこだ……」
 既に10を超えて繰り返される言葉は、イザークがティアナと遭遇していないことを雄弁に物語る。

 勝負開始後すぐの攻防で、ティアナは林の中へと消えていった。
 開始すぐの逃走劇だが、この点についてはなんらおかしいことはない。ティアナが扱うのは射撃魔法であり、イザークの近くにいては分が悪すぎる。
 現在進行形でイザークが延々と林の中を歩く羽目になったのは、仕方がないといえよう。

 

 額に浮かび上がる汗を拭い、デバイスを握り直してイザークは歩みを止めた。
 探索行為に辟易したのか――否、止めざるを得なかったのだ。

 

 イザークが感じたのは不快感。
 人の気配は感じられないが、何かがあると心が告げた。
 視覚を、聴覚を、最大限に研ぎ澄ませる。そして同時に、デバイス――形状的にブロードソードに近いソレ――を握る手に力を込めた。
(何かあるな……罠か?)
 先に動いて隙を見せるわけにもいかず、イザークは静かに相手の出方を窺った。焦りは心の乱れ、集中力の低下を生む。相手の居場所がわからない以上、近接戦闘主体のイザークは何もできない。後手になることが承知の上で、イザークは相手が何かをするまで、待つしかなかったのだ。

 

 ……が、
「さっさと出てこい! いつまで隠れてるつもりだ腰抜けぇ!」
 インスタントラーメンができるよりも早く、彼は吠えた。
 イザークは、待たされることが嫌いだった。
 我慢することが嫌いだった。
 おとなしく何かを待つことが嫌いだった。

 

 一呼吸の後。
「そこかァ!」
 背後からの物音。僅かに見えたオレンジの髪を見つけ、イザークは地面を蹴り飛ばす。頬を何かの小枝で切るが、気にも止めなかった。
 いくばくの時間もかけずにティアナの正面に回り込み、躊躇うことなくティアナの胴目掛けてデュエルを一閃。

 

 だが、振り払った刃はティアナの体を通り抜け、その先にある大木の樹皮を撒き散らして止まった。
 デバイスを握る両手が衝撃で痺れる。
 ダミー。偽物。つまり……
「幻術っ!」
 至った思考を口にすると同時、イザークは飛び退く。が、着地すると同時に彼の体は動かなくなった。
 複数同時に発動したバインドがイザークの両足両腕を拘束したのだ。
(小癪なことを)
 心の中で苛立ちを吐き捨て、バインドを力ずくで破ろうとする。
 しかし、
(なんなんだ、この構成式は? リングバインドじゃない)
 パッと見ただけなら、綺麗な光のリング。だがそれは、魔法の構成が綿密に計算されたバインドであり、容易に破ることは叶わない。
 そして、イザークは背中に感じる冷たい感触と気配に、心の中で舌打ちする。
 左右の斜め前方、彼は橙色の弾丸を認めたのであった。

 

 25メートル――バインドの構築因子解析途上。構築因子における両腕両足四つの差異を認識。バインド全てを解除での回避は不可能。
 右腕にかかるバインドの強度が僅かに弱い。右腕のバインドの解除を優先。
 10メートル――右腕のバインドは消滅。左腕は僅かに動くだけで、解除には至らない。
 残るバインドの解除を続行するか……却下。時間の無駄だ。
 5メートル――右手でデュエルを構え、右からの脅威に備える。
 左腕に魔力を集中させ、健及び筋肉の繊維一本一本にまで魔力を送り込むようにして、身体機能を可能な限り強化。
(動けぇ!)
 着弾――――――
 

 

 
 イザークから50メートルほど離れた木の上で、ティアナ・ランスターは立ち込める爆煙に目を凝らしていた。
 右腕に掛けたバインドが解かれたことは見えており、じっと煙が晴れるのを待つ。
 結果は、
「……無理だったみたいね」
 失敗。
 イザークはバインドの無くなった左腕を盛んに振り、手を広げたり閉じたりを繰り返していた。足のバインドは解けてはいないが、あまり気にしたそぶりは見せていない。 
 左手を盛んに動かすのは、バインドで弾丸を相殺したからだろうか――。
 推測を止めて、ティアナはトリガーを引く。
 空(くう)を翔ける二つの弾丸は、左右に軌道を膨らませながらイザークに殺到。
 が、幾分余裕を持ってイザークは二つの弾丸を見据えていた。
 一つは身体を反らし、残りの一つはデュエルで受け止める。
 失敗――だが、ティアナは落ち込むことなく
「思っていたより早かったわね」
 思考を巡らせていた。
 今までの攻撃は、あくまでも様子見。イザークがバインドを解くまでの時間がわかれば、それで充分だった。

 

 残りのバインドを解除したイザークは、弾丸の来た二カ所へと目を凝らしている。現時点での、ティアナが隠れる木とイザークの距離はざっと50メートルほど。
 ティアナは考える。後退するか、否かを。
(まだ距離の余裕はある。誘導弾を回り込ませて背後から衝けば……けど、あいつはあたしがそれを使えるのは知ってるのよね)
 幻術とバインドの不意打ちでイザークの警戒心は上がっているはずだ。かえって、後ろから撃つことで怪しまれるかもしれない。それに今下手に今動けば、イザークに居場所がばれる可能性もある。

 

(さてと……)
 心を落ち着かせるためにも、ティアナは周囲を見渡した。まずは自分が今居る場所のの再確認だ。
 現在地――地上約10メートル。枝の上に居るので遮蔽物は無し。アンカーガンを使えば、近くの木に移れないこともない。
 地上――所々に生い茂る藪と、複雑に入り組んだ木々の根が平坦な部分を減らしている。後は、己の背後にある原っぱくらいだろうか。

 

 考えを整理していたところで、ティアナはイザークが再び歩き始めたことに気づく。その進路は、多少のずれがあるとはいえ、ティアナが今居る方向であった。

 

 

「どうするんでしょうね」
 モニターに映るティアナを見て、ニコルは心配そうに呟いた。
「迎え撃つとしても、あんまり近づかれたらまずいな」
 アスランの冷静な答えに、ニコルが再度口を開く。
「けどアスラン、ティアナは何か仕掛けてくるんじゃないですか?」
「だと思う。今二人が戦ってる場所は、ここみたいに平坦で見晴らしがいいわけじゃないからな」
「えっと……つまり、トラップがあるってこと?」
「みたいですね」
 スバルが気づいたように声を上げ、ニコルがそれに頷いた。そして、言葉を続ける。
「ディアッカの差し金のおかげみたいですが」
「なんだ、気づいてたのかよ」
「さっきイザークを捕まえたバインドは、市販されてる害獣用のやつだ。あんなものを持っているのは、ディアッカくらいじゃないのか」
「あ、それならあたしも知ってる。小さなケースに自分の魔力を籠めておいて、畑に置いたりしたら猪とか捕まるんだよね」
「それは……籠められた魔力量にもよるぞ、スバル」
 アスランは苦笑する。猪という言葉に、猪突猛進のイザークが浮かんだからなのかもしれない。
「そう……」
 ――そうですよね。
 と相槌を打とうとしたニコルだが、俯くスバルを見て言葉を止めた。
「すまない笑って」
 自分のせいだと思ったアスランはすぐに謝る。
 だが、スバルはゆっくりと首を振った。
「違う……ティアが勝てるか心配だから」
 彼女が呟いたのは、不安をはらんだ言葉。
「珍しいですね。スバルが弱気なことを言うなんて」
「だって、イザークも強いから」
 アスランに負けるとはいえ、この訓練校の中ではトップクラスの実力がある。
「たしかに、身体機能とかのスペックはイザークのほうが上です」
「けど、それだけで決まるわけねーからな」
 ディアッカは思い出す。かつて見たハイネとヴィータの戦いを。そして、
「だから、自分が持っている相手より強い部分で戦えばいい」
 引き継いだように言ったアスランの言葉は、ハイネ達の模擬戦を見ていた時にされた質問の答えに近いものであった。
 ニコルも頷き、スバルを励まそうと口を開いて――だがそれより早く
「といっても、イザークが負けるとは思わない」
 自信ありげにディアッカは言い放った。
 ニコルは開けた口をそのままに、動きを停止した。アスランもまた、停止した。
「そう……だよね」
 スバルだけが、ディアッカの言葉に頷いた。

 

 数十秒の時が経過する。
 ニコルより先に再起動したアスランが、脳細胞を働かせた。
「ちょっとディアッカそれは……」
「待てよ」
 すっと、アスランの表情を読み取り、ディアッカは姿勢を正す。趣味の日舞のおかげであろうか、年に似合わぬ落ち着き。
「俺はイザークのパートナーだ。だからどんな状態でもあいつが勝つように応援するのは当然だ。勿論、あいつが勝つことを信じるのもな」
 ディアッカが言わんとする意味。
 それがわかったのか、スバルは小さく頷いた。
「あたしはティアが勝つって信じる」
 彼女の声はまだ小さい。
 それでも、固まりかけた雰囲気はいつの間にか消え去っていた……。

 

 

 イザークは、歩みを止めた。

 

「―――」

 

 向けた視線の先にあるのは、地面に転がる一発の薬莢。
(違うな、カートリッジか)
 そんな小さな補正をしつつ、
手に取って見ようと腕を伸ばす。

 

「……?」
 ふと、気になることがあった。
 ――なぜ此処にあるカートリッジは一発なのか。
 それは、偶然イザークの頭に浮かんだ考えだった。
 ティアナのアンカーガンには、二発のカートリッジが装填できる。だが、此処にあるカートリッジは一発だけ。
 新しく装填したとすれば、二発分があるはずだ。
 ほんの僅かに考えて、イザークは伸ばしかけた腕を戻し、数歩後ずさる。そして足元に見つけた小枝を投げ付けた。

 

 弧を描いて飛んだ小枝はカートリッジにぶつかると同時、その細い体をオレンジのバインドによって締め上げられる。
「……トラップか」
 幻術をかけてカートリッジに見せるつもりだったのかもしれない。
 だが、イザークの声に驚きは含まれていない。
 むしろ、騙されずにくトラップを見破ったことで、イザークは両手を腰に当て、バインドに縛り上げられた哀れな小枝を鼻で笑っていた。
 彼が見上げる空は、どこまでも碧く、蒼く、青く――
(……行くか)
 そう考えるまでに、イザークは1分とかからなかった。
 5秒の達成感と10秒の優越感と15秒の虚しさと20秒の寂しさを経て、彼は現実に戻る。

 

 気を取り直すようにイザークは大きく深呼吸をして――その時、彼の鼻が林の中に入って初めて、草の匂いとも花の匂いとも違うものを察知した。
 くんくんと嗅いでみると、食欲をそそるような香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
 匂いを追うようにして歩きながら、イザークの脳内に一つの結論が浮かび上がった。
(これは……紅茶の香りか?)
 どう考えても、あまりに不自然な香り。この場所に相応しくない香りだった。
 だが、イザークは匂いの元へと向かう足を止めない。
 トラップだろうということは、簡単に予測できる。だから――トラップがあることがわかっていたから――こそ、イザークは足を止めない。
 それは、少し前にトラップを看破したことと、次第に香りを強くさせる紅茶――癒し――の匂いがイザークの歩みを促進させたのだった。
(あの程度のバインドなら、何とかなる)
 僅かに緩んだ頬もそのままに、イザークは進むのであった。

 

【戦闘区域外縁部】

 

「うわぁ……」
「行っちゃった」
「何やってんだよ、あいつは」
「イザーク……勝てるといいな」
 彼らの言葉は、イザークには聞こえない。

 

 

 視界が開け、足を止める。
 イザークが着いたのは、膝よりも低い背丈の草が生い茂る原っぱ。全力で走れば、並の大人が10秒ほどで端から端まで辿りつけるほどの広さだった。
 そして、イザークの立つ場所から原っぱの中央に向けて少し進んだところに、湯気を上げるカップがあった。
 まっすぐと歩み寄り、イザークはしゃがみ込む。カップの周囲を調べるが、これといって変なものは見つからない。
 次に紅茶を見たところで、紅茶に写る己の顔しか見えなかった。
(……)
 イザークは考える。
 そもそも、この場所にティアナがいない以上、彼が留まる必要はない。
 だが、手にした紅茶から溢れ出る香り/マスカット、ローズ、ジャスミンのようなフローラル香のハーモニーが、イザークの足を止めさせていた。
 ちょうど時刻は11時過ぎ。空き始めた小腹と渇きを訴え始めた喉が、ダージリンティーを欲していたのだ。
 だから、
(少しくらいなら問題あるまい)
 一口だけイザークは飲んでみる。
「……旨いな」
 喉を通り抜ける香りが、同時に鼻腔をくすぐり、はじける。
 気分は爽快だ。

 

 そして数分の時間が過ぎる。
 ぶっちゃければ、イザークは隙だらけだった。紅茶を飲んだ後の一瞬などまさに狙い時。
 だが、何一つイザークを脅かすことは起きていない。
(此処にはもういないのか)
 そんな楽観的な考えさえ浮かんでくるほどに、だ。

 

 そしてそう考えてしまえば、本当にそうなんじゃないかと思えてしまう。
 イザークは周囲を一望。
 これといって変なものは見つからなかった。
 最初に飲んでから今までに、体の変調はない。
 イザークはさらに一口啜ってみる――やっぱり旨い。

 

 周りで動くものは、風に揺れる草原だけだった。
 何も起こらない。
 そう、何も起こらない。
 見えるものは何の変化もなく。
 聞こえる音は鳥のさえずりだけ。
 匂いといえば手に持つ紅茶からのものであり、カップを持った指越しにじんわりとした温かさが伝わっている。
 まるで、ある休日の一コマをそのまま切り出したような錯覚に捕われ、イザークは頭を振った。
「……そろそろ行くか」
 つかの間の安らぎを切り上げるため、イザークは残りを一気に飲み干そうとカップを傾ける。

 

 そしてそれが、ことの始まりになったのだった。

 

 イザークが飲み干したと同時に、オレンジの弾丸が迫っていた。
 数は2発。
 咄嗟に動けばたいしたことのない攻撃。それを、イザークは1発避わすことに失敗した。
 直撃したのは左腕だが、何故かよろけてイザークは膝をつく。
 それを好機と捉えたのか、次なる橙色の矢が殺到。
「あんた、馬鹿じゃないの」
 弾丸をデュエルで耐えながら、イザークはティアナの声を聞いた。
「貴様ァ! なんだあの砂糖の量は。紅茶への冒涜だ」
 イザークの飲んだ紅茶は、大量の砂糖が沈澱していたのだった。沈澱、つまりドロドロ。
 咄嗟に吐き出そうにも、弾丸がきた拍子に口内の液体は全て喉を通過し、イザークは現在、ひどい胸やけに襲われていた。
 しかし、ティアナは容赦なく撃ち続ける。それが答えだ、と言わんばかりにトリガーを引く。

 

 数……3。
 それは、イザークが視認した数だった。
 直進してくる一発を避わし、もう一発をイザークは弾き飛ばす。
 が、返す刀で抑えようとした弾丸は、デュエルの軌道をすり抜けて直撃。
 左脇腹の衝撃は、ダイレクトに胃へと伝わった。
「くっそォオオォォオ、ランスター」
 揺らめく体をデュエルで支え、胸糞の悪い酸っぱさを飲み込んでイザークは吠える。
 視界の中央にティアナを固定。加速への一歩のために身体を傾け、そして――
 ティアナの口角が上がるのが見えた。
 ――何故だ? と思考が回る直前、身体を後ろから突き飛ばされる。

 

 咄嗟に顔を守るように動かした左腕が地面と擦れていくのを感じながら、イザークは理解した。
 ティアナがさっき撃ったのが3発ではなかったことを……

 

「これで……勝負あったわね」
 起き上がったイザークは、ティアナのバインドによって固定されていた。
 だからといって、ティアナはイザークに近づかない。その距離ざっと50メートルほど。
「ほざくな」
「油断大敵よ。けど、今のあんたを見てたらコーディネーターっていっても……人なのね」
「侮辱か?」
「違うわよ。あたしは…………それよりあんた、降参しないわけ?」
 地面との摩擦で生まれた、血の“朱”と土やら緑に飾られたイザークの左腕。
 トレーニング服も“朱”がないだけで彼の左腕と大差ない状況だ。
「あんたの左腕とか、見ててけっこうえぐいんだけど」
「この程度……かすり傷だ」
「強がりは良くないわよ。降参したら? 動けないんだし。……ああ、あたしがあんたに土下座させようなんて考えてるなら、それは違うわよ。あたしはランスターの弾丸であんたに勝てたらいいの。だからほら、降参しなさいよ。今のあんたは何もできない。あたしが勝ってあんたは負ける」
「ハッ、やけに饒舌だな。どうした、怖いのか?」
 距離は離れているが、ティアナがトリガーを引けば、アンカーガンから放たれた弾丸は一直線にイザークの顔面へと向かうだろう。
 しかしイザークは、不敵にも、どこか挑発するように笑ってみせた。
「今の状況で、そんなことが言えるのかしら」
「貴様の弾丸など、これ以上当たるものか」
 刹那――呼応するかのように、デュエルが光を点滅させる。
「なっ!」
 ティアナは慌ててトリガーを引くが、ランスターの弾丸は
「デュエル、レベル2起動承認」デュエルを包むようにして伸びた文字の螺旋によって、打ち消されたのであった。

 

 螺旋の中から現れたのは、土と雑草で汚れた刀身を、魔力光によって純白に染め直したデュエル。
 螺旋の文字の意味は不明だが、
 ――UNO――
 ティアナは、デュエルの刀身に浮かぶ3文字を読み取っていた。

 

 UNO――Utility weapon Next generation Origin/次世代万能兵器の源。「GAT-X」シリーズを開発した技術者が、これまでとは違う次の世代の兵器としての願い。そして魔法を使う兵器の根源の意味を込めて、デュエルに刻み込んだものであった。

 

「貴様が止めを刺さんから、気分はだいぶましになったな」
 イザークの両腕は、いつの間にか自由になっている――バインドが無くなっていた。

 

 

 一度目の罠で慢心を誘い、次の罠でイザークを拘束するまでは上出来。だが、その後の行動はお粗末すぎた。
「何やってんだよティアナは」
 ため息と同時にディアッカはやれやれと首を振った。
「しかたないさ。自分の思い通りにいったんだから」
 続くアスランはティアナへのフォロー。だが、
「たとえそうだとしても……ティアナはイザークが降参するかどうかを早く聞いて、決着をつけるべきだったと思います」
 ニコルは首を横に振る。
 モニターに映し出された映像――イザークにバインドが解かれそうになり、林の中へと走るティアナ――を見れば、ニコル達の意見が正しいのだろう。
 無言になったスバルは、ぎゅっと手を握りしめてモニターを見続けていた。

 

 

 白銀の風が駆け抜け、自由気ままに伸びた草を揺るがした。
 それを追いかけんと飛び交う魔力弾は、イザークに避わされ、あるいは弾かれることで、木々に絡み付いたツタを吹き飛ばす。

 

(あいつの間合いにさせるわけにはいかない)
 林の中に入ってどれだけ撃ったのか、ティアナは覚えていない。
 心臓はもっと酸素を寄越せと暴れだし、粘度を増した唾液が喉に纏わり付いていた。
 元々、ティアナは自分の身体機能がイザークより低いことはわかっている。それでも今こうして戦えているのは、林の中に備え付けた設置式バインドと幻術による撹乱のおかげだろうか。

 

 イザークが動くのを止めたことを確認し、ティアナは近くの木に背中を預ける。
 幻術の多用。
 初めての模擬戦。
 肉体的にも精神的にもいっぱいいっぱいだ。
「貴様の息が上がっているのが手に取るようにわかるぞ」
 イザークは煽るように言った。
 だが、イザークの肩もまた大きく上下している。
「あたしの息が上がってる? このくらい……ただのウォーミングアップでしょ」
「笑わせるな。この程度なら散歩くらいだろう? ああ、悪かったな、身体能力では俺のほうが上だったことを忘れていた」
「言ってくれるじゃない」
 形成していた魔力弾が霧散しそうになり、ティアナは目を閉じて大きく深呼吸。
(気にしない。集中集中)
 集中力を切らさないために、ティアナは自分に言い聞かせた。
「あんまり調子に乗ってると、汗の変わりにもっと血が出るわよ」
 言い終わると同時に、発砲。
誘導と直射を、合計3発の連射にこめる。
「そんなへなちょこ」
 イザークは即座に多角度からの誘導弾を避けようとするが、その内の一発が左腕に擦過傷を作り出す。それは、“足の動き”が、“腕を下ろすタイミング”が、僅かながら考えるよりも遅れた結果。確実に蓄積されている疲労の影響だ。
「……チィ、このくらいで……」
 固まりかけていた血が再び滲み出し、ティアナの言葉が現実となる。
「……俺の今までの訓練成果が……あいつにやられて終わるなど、あってたまるか」
 イザークの左腕は今、あまり使い物になっていない。
 左手首は、バインドを掛けられた状態で強制的に動かし、更にはティアナの一撃をバインド越しに相殺した負荷で鈍い痛みが続いている。今となっては、無理矢理右腕だけでデュエルを扱っているが、剣を振るう正確さは否応なしに低下。
 それでも、イザークはティアナの“姿”を見つければ、何度も突貫を繰り返す。
 今の彼には、それしかできないのだから――――――

 

 「剣」と「銃」。
 イザークの戦い方は近接戦闘であり、ティアナが主とする戦い方は射撃だ。
 「剣」と「銃」。
 二人の距離――50メートルから始まったこの戦闘は、「銃」の圧倒的有利な状況のはずだった。
 イザークが瞬間的に数メートル動こうと、ティアナがほんの数十センチ腕を動かすだけで、銃口はイザークのほうを向くことができる。
 イザークが近づけば、そのことで的が大きくなり、ティアナは当てやすくなるだけだ。
 近づくことは難しく、遠くからだと一方的に撃たれるだけ。
 接近しないと攻撃ができない剣では、銃に打ち勝つ術は、まったくといっていいほどない。
 しかし、ティアナが用いるものは「銃型デバイス」であり「射撃魔法」。
 誘導させられるという利点はあるものの、その速さを目に捉えることは可能だ。
 目が集めた情報を脳が認識し、動作に変換するまで約0.1秒。 故にイザークは弾丸の軌跡を読み、その射線から自分の身体を外し――あるいは射線にデュエルを割り込ませることで、ティアナの弾丸を避わしていた。

 

「やるわね」
 橙色の光弾が霧散する。
「それは貴様もだろう。また外れだ」
 ティアナの幻影が再び光の粒子となって消え、ほぼ同時にイザークの髪の毛が数本、宙に舞った。
「あんただって、あれから一発もまともに当たってないじゃない。いい加減に当たりなさいよ」
 ティアナの攻撃は、トラップ――幻術とバインド――を併用した“牽制”と誘導弾を使った“オールレンジ攻撃”、“集中砲火”。

 

 対するイザークは、愚直に前進する。己の間合いに入れない以上、攻撃はできず、前進あるのみ。無論、回避を怠ることはない。
 その距離変わらず50メートル。

 

 イザークとティアナ。両者が戦うのは初めてであり、相手の思考パターン、戦い方の癖……それら必要な情報を、イザークは殆どわかっていなかった。
 だからこそ、彼は相手の挙動を記憶する。
 誘導弾の最大制御数/速度。カートリッジロードによって可能になる弾丸の形成数。弾丸が現れるタイミング/対象への囲み方。直射弾と誘導弾の組み合わせ方。射撃時から着弾までの動作………

 

 イザークが腰を落とす。
 頭上を弾丸が通過。
 そしてイザークは踏み込む。発動させたのは、ブリッツアクション。
 腕の振りやフットワーク等の体全体の動作を高速化するための魔法だ。
 迎えるティアナは詠唱を開始する。発動させるのは、リングバインド。連続する複数発動で、バインドの構成は雑。かなり荒っぽいやり方だが、数を撃って当てる考えだ。
 幾つものバインドが何もない空間を捕らえては消えていく中で、2つのバインドにティアナは手ごたえを感じた。
 僅かにイザークの突貫が止まり、その隙にバインドを重ねていく。
(これならなんとか)
 イザークの停止を確認後、ティアナは空目掛けて光弾を放った。誘導弾の数は2つ――しかし、意識はほとんど向けていない。
 新たな弾丸を作りあげ、ティアナは発射する。
 照準はイザークの前方――腐葉土と化した地面。
 作り上げた弾丸「炸裂弾」は着弾と同時に、土と落ち葉を弾け飛ばせ、バインドを振り解いたイザーク目掛けて撒き散らす。
 視界を奪い、前方への行動を抑制するという目的は成功。ティアナは、誘導弾に意識を向けながら弾丸を形成――ぶれそうになる形を、根性と気合いで直す。

 

 一方のイザークは前方を封じられ、さらには目に入った土が彼の視力を低下させていた。
 しかし、
「モードを変更。サーベルモードへ」
 イザークの声に、“焦り”という文字は含まれていなかった。
 イザークはこれまでの情報からティアナの行動を予測する。
 誘導弾の最大制御数――3発。だが、疲労の溜まった彼女が扱える数はせいぜい2発。
 弾丸が現れるタイミング――視界を奪ったことから、誘導弾と直射弾はほぼ同時。
 誘導弾の対象への囲み方――方角は2時と10時からが確率70%。6時からは20%。他10%。
 射撃時から着弾までのティアナの動き………誘導弾を使う時は、足を止めている。
 ティアナの姿を最後に視認したのは、誘導弾が宙に放たれた後。
「なら……移動はしていないはずだ」
 このまま攻撃を待ち受けるのはいささか分が悪い。それに、イザークは防御だけの行動に嫌気がさしていた。
 ならば、浮かび上がる答えは一つ。
「……やるか」
 小さな子供が悪戯をする時のように、イザークの表情は緊張と興奮の笑みに包まれていた。
 主の考えを汲み取ったのか、デュエルもまた、呼応するかのように輝きだしていた……

 

 

「これで決まれば」
 撃つべき魔力弾が完成し、ティアナが放とうとした刹那――落ち葉と土のカーテンを突き破り、白い刃が現れた。
 投げやりのように弧を描かず、矢のように直進するソレの進路上には、目標であるティアナが立っていて……
「嘘でしょ!!」
 あろうことか、イザークはデュエルを投げたのだ。おまけに、狙いはほぼ正確。
 予想外――そもそも、剣を投げるなど予想できたであろうか。
 ティアナは身を反らしてなんとか避ける。が、代償として彼女の意識から外れた誘導弾は、木の樹皮を吹き飛ばし、弾丸自体も砕け散る。
 そこでようやく、迂闊だったとティアナは己を呪った。イザークは射撃時にティアナが動かないことを確信していたのだろう。
 心を満たす後悔の念。
「うおおおおおおお!!!」
 だがそれは、イザークの咆哮によって押し流された。

 

「なっ!」
 ティアナが見たもの。
 それは、走り始めたイザークだった。
 手には何も握らず、彼はただ走り続ける。
 何故? という疑問を振り捨て、ティアナは突進してくるイザークに照準を向けた。このまま来るというならば、正面から撃ち抜けばよい。
 イザークは走る。止まるつもりなどない、と思わせるほどの速度。彼の手には何もない。考えられるとすれば、肉弾戦だろうか――
「いい根性してるじゃない」
 どんなに速く動こうと、獲物もなく直進してくれば、自分に当ててくれというようなものだ。動く速度が速いほど、違う方向への転換/ステップは難しい。
 一撃でイザークを沈めるために、ティアナは残る魔力を集め、トリガーに指をかける。

 

 イザークが右腕で顔を守る――ようにティアナは見えた。
(その程度でランスターの弾丸を防ごうなんて大間違いよ)
 速度を緩めない目標に向けて、ティアナはトリガーを引いた。イザークを充分すぎるほど引き付けた以上、その攻撃は必中。

 

 だが、腕の下に覗くイザークの頬は緩み、唇が吊り上がっている。
(……え?)
 疑問が浮かぶと同時に、ティアナは違和感を感じた。
 イザークの翳した右腕――ティアナが見えるのは、彼の二の腕だけだった。先にある右手は首の横。
 それはまるで、
(……右手に何かを持っている)

 

 その考えにティアナがたどり着いたと同時、彼女の放った光弾は弾かれ、軌道を逸らされる。振り下ろしたイザークの右手/円筒状の柄からスラリと伸びた魔力の“サーベル”によって、だ。
 だが、ティアナがそのことに驚く暇は無い。

 

「しまっ――!?」
 そう。
 今の距離はすでにイザーク/剣の間合いだ。
 最後の一撃のために魔力を収束/圧縮しているのだろう。イザークのサーベルは白く輝いている。
「こーれーでぇ!」
 それはまさにカウンター。
 このまま直進していけば、ティアナが止めの一撃を放つことを予測しての行動。イザークの読みだった。

 

 ティアナはシールドを展開する。
 が、彼女の瞳に希望はなかった。防御魔法を習ったことがあるとはいえ、ティアナのシールドは実戦で使える練度ではない。
 それに――気迫で負けていた。
「終わりだァ!」
 横一線に振り抜かれたサーベルを、ティアナはどこか呆(ほう)けたような表情で見つめていた。
 イザークのサーベルがシールドを破壊する。そして吸い込まれるように脇腹へと進み。
 身体が持ちあげられ。
「かはっ」
 ティアナは、その衝撃に吹っ飛ばされていた。

 

 

――ごめんなさい、兄さん。あたしは負けました
 あたしは、記憶の中の兄に謝っていた。
 自分は負けてしまった。
 後少しすれば、ランスターの弾丸を証明することもできずに意識を手放すのだろう。
 あいつにまともに命中したのは、背後から突いた一発だけ。
――負けたく……なかったな
『頑張ればいつかきっとできるからな、ティアナ』
「えっ……」
 幻聴だろうか。聞こえたのは、失敗して落ち込んだ自分に兄がよく言ってくれた言葉だった。
 けど……もう限界。
『ティーアー!』
 今度は、スバルの声が聞こえる。
――負けたら、スバルは何て言うかしら。
 また頑張ろうって言うのか。それともあれやこれやと言って慰めてくるのだろうか。
――慰められるのは、癪に障るわね。想像するだけでうんざりする。
 なら……どうしたらいい?
『大丈夫だよ。ティアならきっとできる』
 また、スバルの声が聞こえた。あたしを励ました言葉。この勝負を受けて立つことを決めた言葉。
 スバルは、あたしならできるって言った。まっすぐな瞳と一緒に。

 

――あたしなら……できる?
 胸の奥に何かが燈った。
 もっと頑張ろう……そんな想いの火。
 このまま終わりたくない……そんな意志の焔。

 

『ティアならきっとできる』
――そうね……やってやるわよ。
 まだ自分はできる。
 絶対諦めない。もう少し頑張れる。
――あたしは、あいつにランスターの弾丸を認めさせる。
 瞬間――胸の奥で心臓が鼓動した。爆発し、燃え上がる炎。それは燈された火に、スバルの励ましという油が引き起こしたうねりを上げる業火。

 

 同時に、頭の靄が消えていく。戻る視界、音、腹部の鈍い痛み、服越しに背中に刺さる石、地面との摩擦で火傷のように痛む肌etcetcetc……。
「あたし……はぁ」
 受け身もなく背中から落ちた衝撃で体中が痛い痛い痛い痛い――。
 体の叫び声、悲鳴にあたしは耳を傾けない。
 カートリッジの排莢。そして再装填。思い出すのは教官の言葉――『息をするのと同じくらい当たり前に交換できるようになれ』
 小さく深呼吸。そして、デバイスを握る手に力を込める。
「ランスターの弾丸は」
 そこに狙う相手がいるならば。
 己の意識があるならば。
「どんな相手も」
 震える腕を構え、狙いを定めた。カートリッジをロードして、体中の魔力を搾りだす。
 そう、今から放てるのは一発だけ。消費したニ発のカートリッジを上乗せした最後の弾丸。
 だから――
 必ず―――
「撃ち抜いてみせる!」