気が付くと、俺は医務室のベッドに寝かされていた。点滴もされているようだ。
ナタルさんが、俺の額に手を当てている。
「俺? どうしたんですか?」
「気がついたようだな。点滴は水分補給しているだけだ。もう大丈夫そうだな」
「重力が重いな……」
「ああ、無事地球についたぞ。突入角度がずれてな。ここはアフリカの砂漠だ。砂漠の月夜はきれいだぞ」
「突入の時、アークエンジェル寄せてもらってありがとうございます。じゃなきゃお陀仏だったかもしれない。いくらGが単独で大気圏突入できると言ったって計算が必要でしょ? 角度とか」
「気にするな。ストライクを無くしたら元も子もないからな。じゃあ、私は行くぞ。もうじき朝だ。もう少し寝ていろ」
「看病ありがとうございます」
「ふふ。カガリにもお礼を言っておけよ。さっきまで就きっきりだった」
「カガリが……」
『第一戦闘配備発令! 繰り返す! 第一戦争配備発令!』
「なんだって!」
俺は点滴を引っこ抜いて飛び起きた。
「お、おいヤマト少尉……」
「ベッドに寝ているままやられたくない! う……」
さすがにいきなり飛び起きると身体がふらつく。
そこをナタルさんが支えてくれる。むぎゅっと柔らかい物が背中に当たる……ラッキー!
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、しっかりやって来い!」
「はい!」
…
「どうした!?」
俺はストライクに飛び乗るとブリッジへ繋いだ。
『フラガ少佐のスカイグラスパーが、試験飛行中に敵のモビルスーツを見つけたのよ。地上はレーダーも使えないし、運が良かったわ』
「くそっまだストライクは地上用に調整してないってのに」
『じゃあ、今やりなさいよ。ちゃっちゃと。とりあえずスカイグラスパーが出てくれるから』
「ちっしょうがねえな。だが、実際の所は動かしてみなきゃわからんぞ」
「5時の方向に敵影3、ザフト戦闘ヘリと確認! これより攻撃する!」
「エーリッヒ・ハルトマン、スカイグラスパー、出る!」
「チャック・イェーガー、スカイグラスパー、行きます!」
スカイグラスパー3機、すでにこれだけ整備が済んでいるのも第8艦隊の先遣隊から人員の補充を受けたおかげだろう。
補充を受けなきゃ、まだ1機も飛べなかったかも知れん。
俺はスカイグラスパーに守られて、恐る恐る大地を踏みしめた。
幸いザフトの戦闘ヘリはあっという間に駆逐されたようだ。
「うわっと」
ずるっと砂で滑る。
「設置圧を逃がさなきゃならんか。摩擦係数は砂の粒状性をマイナス20に設定っと!」
「坊主! 気をつけろ! ザフトのモビルスーツ、バクゥがこちらへ向かってくる! 数は5機!」
「脚部にクローラーがついていて移動が予想以上に早いぞ!」
「了解!」
スカイグラスパーも上空からバクゥを襲う! あ、バクゥが一機、背中のミサイルランチャーに当たって吹っ飛んだ! 上空から援護があるって助かるー!
俺も! エールストライカーを吹かしてハイジャンプすると滑空しながらバクゥを撃つ! 何射目かでバクゥを見事貫いた! スカイグラスパー隊もまた一機、バクゥを破壊した!
そうだ! 何も相手の土俵に乗る事はないんだ! 高度が低くなると再びハイジャンプ!
――! バギーがこちらにやって来るのが見える! 敵か? いや、バクゥを攻撃している!
あ、光の線が天に描かれたと思うとアークエンジェルがどこからか攻撃されてる!
ザフトの援護射撃か?
「俺が行って、レーザーデジネーターを照射する。それを目標に、ミサイルを撃ち込め!」
フラガ少佐は攻撃元へ向かっていく。
また第二撃が! 俺達は、アークエンジェルを守るため空に弾幕を張らざるを得なかった。その隙を突いて、残りのバクゥは撤退して行った。
そこにフラガ少佐から通信が入った。
「敵母艦を発見するも、攻撃を断念。敵母艦はレセップス! 繰り返す、敵母艦は、レセップス! これより帰投する」
レセップス――確か砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドの母艦だったはずだ。また、俺の前に立ちふさがるのか! いいだろう! やってやる!
……? こちらに向かってバギーが走ってくる。敵意は…なさそうだ。
「さすが地球軍だな!感心したぜ!」
それが地元のレジスタンス組織「明けの砂漠」の第一声だった。
気がつくと、砂漠に朝日が差し込んでいた。
「初めまして。地球軍第8艦隊、マリュー・ラミアスです」
「あー第8艦隊って言えばこないだザフトに辛勝したらしいな。おめでとさん」
「……どうも」
「俺達は明けの砂漠だ。俺はサイーブ・アシュマン。分かってんだろ?別にあんた方を助けに来た訳じゃない」
「……」
「はん! こっちもこっちの敵を追って来たまででねぇ!」
「砂漠の虎相手に、ずっと戦っているのか?」
「あんたの顔はどっかで見たことあるなぁ」
「ムウ・ラ・フラガだ。この辺に、知り合いは居ないがね」
「エンディミオンの鷹とこんなところで会えるとはよぉ」
下の方でマリューさんたちがレジスタンスと話してる。
退屈だなぁ。サイーブって人、髭は髭でもハルバートン少将(ザフトに勝って昇進したらしい!)と大違いだ。
結局協力することになったらしい。アークエンジェルはレジスタンスの案内で隠れ場所に向かった。
「やあ、みんなここにいたんだ」
着いた所では、テントや洞穴を利用してアジトが作られていた。
「やあキラ。はぁ、レジスタンスの基地に居るなんて……なんか、話がどんどん変な方向へ行ってる気がする」
「はぁ……。砂漠だなんてさ……あ~ぁこんなことならあん時、残るなんて言うんじゃなかったよ」
「今だから言うがな、シャトルに乗ってたら、へたしたら死んでたぜ。敵の奴らシャトルを撃とうとしやがったからな」
「げげーん。これから……どうなるんだろうね……私達……」
「なるようになるって! じゃ、俺モビルスーツの調整があるから」
「キラは元気だなぁ」
まぁ、俺は地球育ちだしな。オーブの夏も暑かった。蒸し暑いより、砂漠の暑さの方が日光にさえ気をつけておけばすごしやすい。でもやっぱ砂漠の温度差はきつい。艦内のほうが快適だ。
「おー、坊主、また何やってんだ?」
「戦闘の時、接地圧とか弄ったんで、その微調整とかですよ」
「ほぉー、なるほどねー。便利なパイロットだよなぁ、お前って。なんか俄然やる気じゃねぇかよ!」
「マードックさんこそ。防塵とか防砂とか整備大変でしょう」
「はっはっはっはっは。そこはベテランの腕って奴にまかしとけ!」
夜になり調整も終わって、カガリも出てきて、サイやレジスタンスの人達と焚き火を囲んでいた。
マリューさんやナタルさんはあっちでサイードさんと同じように焚き火にあたっている。
砂漠の夜って結構寒くなるんだよな。こうやって温かいコーヒー持ってるとキャンプみたいで和むなぁ。
「そうか、じゃあお前達元から地球軍って訳じゃないんだ」
レジスタンスのアフメドと言う少年が言った。
「ああ、ヘリオポリスから、巻き込まれたって感じかな」
「私は、地球軍じゃないぞー」
「ああ、お姫様は戦うもんじゃねー」
「そうか、お前らそう言う関係……」
なんだ? アフメドががっくりした顔をしている。
「――カガリ様!」
なんだ? いきなりレジスタンスの中から男が飛び出してきた!
「お、お前キサカ!」
「心配しましたぞ~!」
男はカガリの手を取り泣いている。
「おい、カガリ、知り合いか?」
俺は小声で聞いた。
「ああ、ヘリオポリスではぐれた私の護衛だ」
「ねぇ、キラ、カガリ『様』って?」
「あぁ、彼女、ああ見えて、オーブのいい所のお嬢様みたいなんだよね」
みんなにはさらりと流しておいた。
◇◇◇
本当に奇跡だ! こんな所でヘリオポリスではぐれたカガリ様に会えるなんて!
「このような場所で、カガリ様に会えるとは! 心配していたのですぞ!」
「キサカ、まさか私を探しにこんな所に……なんてないよな」
「その話は……サイーブ殿ちょっと来てくれ」
私はレジスタンスの長、サイーブを呼ぶと、誰もいないテントの一つにカガリ様を招き入れた。
「サイーブ殿。カガリ・ユラ・アスハ様だ」
「……そうか! ウズミの! 逞しくなったなぁ」
「父上の、お知り合いですか?」
「ああ、昔からの知り合いだ。4歳頃のお嬢ちゃんと遊んであげた事もあったんだよ。お忘れかい?」
「そうですか……」
ウズミ様の知り合いがレジスタンス、と言う事にカガリ様は戸惑っておられるようだった。
「カガリ様、サイーブ殿は、レジスタンスになる前は大学教授だったのですよ」
「ははは、学者と医者はレジスタンスの供給元ってね」
「それで、なぜキサカがこんな所に?」
「カガリ様を探して、とは言いませんよ。オーブの代表首長の娘のためと言えど、地球のあちこちに多数人員を裂く訳には行きませんから」
「オーブは、アフリカの石油利権が欲しいのよ。だから俺達を影で支援している」
サイーブ殿はそう言うと、コップの水をぐびっと飲んだ。
「カガリ様、いつまでも地熱発電頼りではオーブの繁栄もいつ儚き物になるか知れんのです。国を繁栄させるためには弛まぬ努力が必要なのですよ。サイーブ殿、コバルトにコルタン鉱山の利権もです。お忘れ無きよう」
「ふふふ、オーブも悪よのう」
「ふふふ、サイーブ殿こそ。後世国の宝を売ったと言われかねませんぞ」
はっ! カガリ様があきれたような顔でこちらを見ていらっしゃる!
「国の運営はきれいごとだけではすまんのですよ。こほん。そう言えば、カガリ様」
「なんだ」
「アークエンジェルの乗員に、正体を知られてはいませんね? まさか志願して戦うなど……」
「ああ、ばれていない。あ、いや、一人だけ……」
「ばれたのですか!?」
「あ、いや、私は一応変装していたんだ。でもそいつは、キラ・ヤマトは一目で私を見抜いた」
「キラ・ヤマト!?」
キラ・ヤマト、だと? 私は動揺を押し隠した。
「……いえ、ヤマト婦人もウズミ様の古い友人と聞いています。ありえる事でしょう」
動揺が表に出てしまったのだろうか? カガリ様が何か聞きたそうに口を開き……その時、外から叫び声が上がった。
「タッシルの方角が燃えている!」
◇◇◇
僕達はなんとか無事に地球降下に成功し、ジブラルタルに到着した。でも、僕の心は不安で一杯だった。もうみんなばらばらだよ。チームワークも何も無い。
「しっかし、俺達全員地上に降りちゃうとはねぇ」
「笑い事ではないぞ! ディアッカ! ガモフの影になって降りなければ俺達はお陀仏だったところだぞ! ……なんだ、ニコル。自分達は角度とか計算してうまく降りましたと言うのか!?」
「いえ、そんな事は」
「アスラン! 貴様もだ! 貴様だって訳のわからん事を喚いていて、ニコルの指示が無ければあぶなかったではないか!」
「キラは、キラは敵じゃないんだ……あいつは優しい奴なんだ……」
また、アスランがぶつぶつ言っています。
「キラと言うのか!? ストライクのパイロットは!? 今度こそ俺が仕留めてやる! 何が裏切り者だ!? ラクスの犬だ!? 訳のわからん事を言いおって!」
「……なんだと」
アスランの目が、ギラリと光りました。
「イザーク! 貴様ー! 俺のキラに手を出していたのか!? 許さん、許さんぞ! ラクスの犬とは何だ!? 貴様、まさか首輪をはめて、ラクスに鎖を持たれたりして『私はあなたの犬です』とか言っちゃっているのか!……許さーん! このミイラ男め!1!!」
「何を訳のわからん事を言っているー!?」
また何度目かの喧嘩が始まっちゃいました。
ディアッカの方を見ると、放っとけよ、と肩をすくめました。
はぁ。胃薬が必要になりそうです。
◇◇◇
レジスタンスの人たちがタッシルへ向かう。
「落ち着け! 半数はここに残れ! 別働隊があるかも知れん!」
サイーブさんが命令している。
こちらからもフラガ少佐がスカイグラスパーで様子を見に行くことになった。
タッシルの人達、無事だといいけど。
「総員! 直ちに帰投! 警戒態勢を取る!」
マリューさんもみんなに呼びかける。
俺達は急いでアークエンジェルに戻った。
……結局タッシルの人達は無事だった。アンドリュー・バルトフェルドは、警告してから攻撃したらしい。
だが、食料があらかたやられたと言う。隠しておいた弾薬も。
兵糧攻めかな? 趣味で読んでた歴史書にそんな攻め方があった。民衆も城に追い込んで、食料を早くに消耗させてしまうのだ。でなくても、家族が残っていればそっちを生かすことに力が注がれる。砂漠の虎は、頭がいい。
続いてフラガさんから報告が入ってくる。少なくない人たちがバクゥを倒すためにバギーで出撃したと言うの
だ! なんて馬鹿な事を!
『キラ! ストライク、発進願います! ハルトマン大尉とイェーガー少尉は念のためにこちらに残ります。現地のフラガ少佐と連携してください』
「了解!」
『APU起動。カタパルト、接続。ストライカーパックはエールを装備します。エールストライカー、スタンバイ。システム、オールグリーン。進路クリアー。ストライク、どうぞ!』
「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」
ジャンプして滑空の繰り返しで進む。そうこうしている内に夜明けだ。砂漠の夜明けは突然だ。
お、やってるやってる。あ、一機のバクゥが動きを止めている。レジスタンスの連中がやったのか!? なかなかやるじゃん! って結構奴らのバギーとバギーだった物も転がっている……
――! ビームの狙いが逸れる。そうか、日が上がって来たから熱対流が……よし! 俺はプログラムを書き換えると、ビームを放つ! どんぴしゃ! バクゥはヘッドをやられて動きを止めた。そこにレジスタンスの奴らがバズーカを放ち止めを刺す。
残るは3機か。――! 突然バクゥの動きが変わる! フォーメーションか! ってゆーかこっちの連携は!?
フラガのおっさんはどこに行った!
ミサイルの嵐だ! くそ! ジャンプしようとした時横合いから飛び掛ってきたバクゥに思い切り邪魔された。何度かジャンプ試みるも巧妙に邪魔される! どうする? どうするよ!? バッテリーのゲージがじわじわ減っていく……
――来た! 頭が澄み切る感覚。ミサイルの機動がわかる。とっさに後ろに下がって避ける!
ブースターを吹かす! シールドを放る! 相手は1機と2機に分断される! 2機の方の足元にビームライフルを撃って動きを止める。またミサイルか。……見える! 今度はブーストして前に出て避ける! ライフルを格納してビームサーベルを抜く! そのまま動きを止めた一機の脚をビームサーベルで切り裂く!
後2機!
確か、13連装だったな。バクゥが背負っているミサイルポッドは。冷静に考えつつ、ミサイルをスウェーで避けつつ足で砂煙を上げ、煙幕にする。
相手が見えなくても相手がわかる感覚が鋭くなる――見越し射撃……!
後一機!
「くっ」
飛び掛ってきた最後の一機にとっさに斬り付けるが、紙一重でウイングを斬っただけに終わった。
あ! 爆音が響く! 空を見やるとスカイグラスパーが! おせーよおっさん!
最後のバクゥは、機を見るに敏で、最高速度で撤退していく所だった。
…
「いやぁ、すまんすまん。着陸した所が以外に砂っ気が多くてねぇ。砂で予想外にトラブって離陸に手間取っちまった」
「……」
「どうした? 坊主? 怒鳴られるぐらいは覚悟してきたのに」
アークエンジェルに戻り、砂漠を見ながらたそがれていると、フラガ少佐が声をかけてきた。
「別に、自己嫌悪に陥ってるだけですよ」
「なんでだい。よかったら聞かせてくれるかな」
「……宇宙じゃね、並みのパイロット相手ならジンの10機くらい、相手になってやる。そう思ってましたよ。でも、砂漠じゃ、この始末だ。結局機体頼みだったのかなって、過去の自分を振り返ってね。空を飛べる事があんなにありがたい物だったとは……」
「……? おいおい。坊主は立派に敵を撃退したじゃないか」
「火事場の馬鹿力ですよ。時々なるんです。頭が妙にクリアーになる事が。でも、いつなるかわからんそんな力に頼るなんて、本当の力じゃないでしょう」
「ま、そうだな。坊主が調子に乗ってるようなら、そろそろ絞めなきゃいかんかなとも思っていたが、その必要はなさそうだな。毎日結構なトレーニングもしてるみたいだし。カガリって子に負けたのがそんなに悔しかったのか?」
「やめてくださいよぉ。トレーニングは前から俺の日課ですって」
「じゃあ、なんで腕相撲でカガリって子に負けたんだ?」
「くっ」
フラガ少佐がにやりと笑う。
「そう言えば、一般的な体力トレーニングも飽きると思いませんか?」
「まー、俺なんか、もう頭空にしてぼーっとしてれば過ぎちまうが……なんかあるのか?」
「ミリィがここの書庫から見つけたんですよ。本人は一週間が過ぎて筋肉が付き始めたからやーめた、ですって」
「ほほう。面白そうだなぁ」
「なんだ、キラ。ここにいたのか。今回も無事に済んでよかったな」
「ああ、ありがとう。カガリ」
「なぁおい、お嬢ちゃんにも教えないとフェアじゃないんじゃないか」
「まぁ、いいですけど。カガリ。面白そうなトレーニング方法見つけたんだがやるか?」
「やるやる!」
「サーコゥ! サーコゥ! トゥウィスト! トゥウィスト! カモン! レッツゴッ!! ワンモアセッッ!!!」
その日からビリー・ブランクスの声が延々とトレーニングルームを流れる事になる。