sin-kira_SPIRAL_第03話

Last-modified: 2011-12-12 (月) 10:40:47

シンが士官学校と研究所を行き来している時期。
トダカも自らの進むべき道を突き進んでいた。
「この機体、『白銀(シロガネ)』だが……」
トダカは屹立する一機のMSを見上げた。そこに立っていたのはかつて、『暁(アカツキ)』と呼ばれたMS。
金色を纏う筈だったその身体は、雪原の様な純白に染められていた。
MSの装甲には不釣合いなほどの白。
トダカは小さく溜息を吐いた。
「確かに金色がマズイとは言った……。しかしこの『白』も対して変わらないじゃないか」
トダカは改めてシロガネを見た。
その白の映えること映えること。照明の照り返しがやたらと眩しかった。
白というより、パールに近かった。
「しかしトダカ一佐。この機体はオーブの象徴たる機体です。ならば少しでも―」
「何か勘違いしているようだが」
開発責任者(エリカは別に新ストライカー建造を任されていたからここにはいなかった)に釘を刺すトダカ。
ここでは一番偉い責任者がぎくっとなった。
「我が軍はもう、この機体に如何なる象徴性も期待していない。必要なのは純粋に、高い性能だ。カラーについては
むしろ、既存のものに合わせてもらったほうが都合がいい」
そう言い残し、トダカは踵を返して去ってゆく。
後ろでトダカを侮蔑する声がしたがトダカは気にしなかった。
「ウズミ様の意志を汲み取れぬ、裏切り者が」
 言いたければ言えばいい。
トダカの心はその時、冷め切っていた。

 

 その頃、プラントではある計画が実行に移されようとしていた。

 
 

機動戦士 ガンダムSEED DESTINY SPIRAL ~黄金の輝き~

 

第三話 『何時か掴むモノ』

 
 

広大な宇宙を我が物顔で飛び回る一機の紅いMSがあった。
ジン・ハイマニューバー。
いわゆる高機動型MSというやつで、機動力に関して言えば前大戦時でも中々のものを持っていた。
もっとも、開発された時期が中途半端だった為、実戦での活躍例はあまり無いのだが。
 しかしこの機体は既に、ハイマニューバーという機体の枠から逸脱した動きを見せていた。
鋭い方向転換に正確な動作。
MSに掛ける負荷も相当抑えられているらしく、MSの動きそのものにまだまだ余裕があった。
遠方からその様子を眺める男―ギルバート・デュランダルは静かに笑った。
「見事なものだね。素体があのジンだとはとても思えない」
デュランダルが言うと、後ろに控えた男が苦笑しつつ答える。
「`ジンの皮を被ったG(GUNDAM)'とでも言いましょうか。核動力搭載試作機―我々はザクと呼んでいたのですが、
それで得た新しい技術も応用しています。ジンを使ってこれなのですから、現在鋭意建造中の次期量産機は確実に
Gを超えれますよ」
絶対的な自信があるらしく、男の口調は実に強かった。
しかし、次のデュランダルの言葉がそれを粉々に打ち砕く。
「……P.Lで得られた例のシステムとの互換性は十分に確保されたのかね?」
男は先程までの自信は何処へやら。石のように固まった。
「……いえ。それは……」
「それが無ければ彼にとっては意味が無い」
デュランダルの語気には特別感情が篭ったわけではなかった。
それでも固まったままの男をさらに硬化させてゆくようだった。
「はぁ、まあ……。しかしP.Lを完全に活かすには、機体性能の絶対値が明らかに不足しているのです。それこそ、
P.Lの遺産、全てを彼に使わせるというのならば、フリーダムやジャスティスクラス。いえ、それ以上のポテンシャルが
必要になってくるのです」
流石のデュランダルもその説明には目を見開き驚いた。
フリーダムとジャスティス。
あの戦争の英雄的MSだ。
それ以上の機体を必要とするというのか。
「……革新の前には、かつての英雄も霞む、か……」

 
 

シンは決して士官学校での訓練を疎かにしたりはしなかった。
今の彼には理想があったからだ。
自分の手で抱えきれるだけの人達を護ること。
それは悟りか、それとも諦観だったのか。シンは一人でいることの限界を他と共生することで補おうとしていた。
少数の集団には限界がある。少数の集団の保護力は限りなく脆い。
多くを救い、護る為に必要なのは、巨大かつ強力な、信頼できる拠り辺なのだ。
それこそが軍だと信じて、シンは励み続ける。
「……」
もう何度目か。
このM-1という機体を操るのは。
オーブ軍の主力機であるこの機体はしかし、すでに教習仕様を任されるようになっていた。
もう新たな主力MSの開発はスタートしているようだ。
 シンはゆっくりとM-1を前へと動かした。
この機体の性能は総合的に見れば決して悪くはない。
前大戦時にはパイロットの練度の低さからか、その性能に見合った戦果は得られなかったが、単体としての能力ならば当時の
連合の主力機、ストライクダガーに勝るとも劣らなかった。こちらの要求にも、素直に答えてくれる。
シンはMSというものに、友情すら感じ始めていた。昔は抱けなかった感情だ。何処かしら、余裕でも生まれたらしい。
と、ここで今日の演習相手からの通信が入った。
『し、シン!今日こそ一本取るからなっ!』
「あ、うん。今日も頑張ろう、リン」
シンは優しげに微笑んで言った。
リンと呼ばれた少年は何故か複雑そうな表情を浮かべてぎこちなく頷く。
 リン・マドカ。シンの士官学校での友人の一人だ。ニッポン国出身だそうで、今時珍しい`純血'だそうだ。
先祖代々、日本の血を守ってきたらしい。
活発な少年で……何処と無く今は亡き友人、トール・ケーニッヒに似ていた。
ナチュラルであるということ以外、共通点は無かったが、それでも似ていると感じたのは出会いが同じだったからだろう。
「(トール。君もだったよね。あまり周りの子達と話をしなかった僕に積極に話しかけてくれて……最初の
頃は君がいないとサイ達とも喋れなかった)」
そしてリンもまた、トールと同じように士官学校で浮きがちなシンに積極的に話しかけていた。
最初の頃、殆どの成績が目立たないのに、MS操縦だけが異様に卓越していたシンは、周りのパイロット候補生から冷たい目を
向けられがちだった。しかしリンはシンの実力を知って尚、彼を一人の人間として、友人として見ていた。
それがシンにとっては何よりも救いだった。
それからのシンはまた大きく変わった。
今までは遠ざけていたことも、積極的に学ぶようになった。
今ではそれが実を結び、同期の中では間違いなくトップと言える実力を身につけていた。
リンもまた、そのシンと共に励むことで、パイロットとしての力を日に日に増していた。
お互いがお互いに無いものを与え合う。
シンは懐かしい感覚をここで取り戻そうとしていた。
 メットのバイザーを下ろし、準備完了。
シンとリンの模擬戦が今日も始まる。

 
 

シンとリンの模擬戦を観戦する者が二人。
スクリーンに映し出されたM-1の勇姿を一人は頼もしげに、もう一人はどうでもよさそうに見ていた。
「アレが今期のトップか」
煤けた眼を向けていた男が呟いた。もう一人の男が得意げに答える。
「ああ。彼程優れたパイロットは今期にはいなかったよ」
「シン・アスカ。十五歳、か。あのトダカ一佐の養子にして今期最大の有望株。なるほど、確かに目を付けられるのも
分かる。あの動きはもう訓練兵のそれではない」
褒めてはいる。しかしあまりに賞賛の意志が篭っていなかった。
「君がそこまで褒めるとは珍しいな」
「俺とて真っ当な力の持ち主がいるならばそいつには正当な評価をくれてやる。今までそれに値する人間が
現れなかっただけだ」
それも怪しいものである。
「厳しいな。で、彼とは戦うのか?」
「シロガネのパイロット候補に名が挙がるその実力。俺が確かめてやろう」
「シロガネ?『タケミカズチ』じゃなかったか?それとも『ハヤテ』だったか」
「……『タケミカズチ』は空母の名だ。『ハヤテ』などという機体はそもそも存在すらせん」
男はデスクに置かれたヘルメットを掴んだ。オーブ軍製のものだが、カラーが違っていた。
「『雷光』、『金』を継ぐ者と呼ばれた男の力を見せてもらおうか」
「……ふん」
鼻息一つ。男はヘルメットを掌で弄びながら部屋を後にする。
暗くしてあった部屋に明かりが戻った時、その光を金のヘルメットが鋭く反射していた。

 
 

僕はずっと一人だったんだ。
自分が誰かも分からずに、狭い水の世界でずっと浮かんでいた。
そこが何処かも知らずに、ただ生かされていた。そんなのは嫌だった。
僕は僕として生きていきたいのに。こんな狭い世界がそれを阻む。
あぁ、突き破りたい。
この壁を突き破って、外の世界に出たい。でも僕は空っぽで……。
そんなある日、僕に心が宿った。
 暖かい心だった。家族とか、兄妹とか。絆を知った心だった。
 悲しい心だった。家族を目の前で奪われて、`自分'も遠くへ追いやられた。
 冷たい心だった。彼はここが何処か知らずに来たんだ。狭い世界にいきなり飛ばされて、彼は泣いていた。
『……泣かないで』
僕は初めて他人に語りかけた。
そうか、僕は喋れないけれど、僕の中では喋れたんだ。僕にも出来る。
お話することができる。
『……悲しいよね。でも、大丈夫。ここには僕がいるから』
彼は泣くのを止めた。
じっとこっちを見てくる。
僕は彼に向かって笑った。
『君は一人じゃない。ここに来たってことは、これからはここで生きていける』
これで僕は一人じゃなくなる。僕は喜んだんだ。
だけど彼は俯いて呟いた。こんな狭い世界は嫌だと。
ああ、僕はもう慣れっこだけど、やっぱり初めてだと辛いか。
可哀想だ。何も知らなかったのにこんなところに飛ばされて。
 そうだ。ならここを出てしまおう。初めて出来るかもしれない友達なんだから、大事にしないと。
友達には、笑っていてもらわないと。
『分かったよ。ここを出よう』
彼が顔を上げた。そんなことが出来るのかって顔だ。
 出来るさ、今の僕には。
君が来てから、僕の身体は自由になったんだ。今まで感じたことのない力。
生きてるっていう確かな感覚が伝わってくる。
『僕が器で君が心。僕達はきっと、一つなんだ』
彼は僕が何を言っているのか分からないようにきょとんとしていた。
僕にもよく分かっていないんだけど、要はそういうことなんだよ。
そう言っても彼はまだ分からないようだった。
まあいいか。その内にお互い分かっていける。
『……行こう』
 そして僕は眼を開いた。
最初に映ったのはヘンテコな機械達と、髪の長い男の人だった。

 
 
 
 

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