アフガニスタン

Last-modified: 2020-08-08 (土) 22:52:07

アフガニスタン・イスラム共和国(ダリー語: جمهوری اسلامی افغانستان)は、南アジアに位置する共和制国家。 パシュトゥーン人、タジク人、ハザーラ人、ウズベク人、トルクメン人などの数多くの民族が住む多民族国家でもある。

アフガニスタン・イスラム共和国
アフガニスタン地図.gif
国旗
アフガニスタン国旗.png
基本情報
公用語パシュトー語
ダリー語
首都カーブル
最大の都市カーブル
面積652,225㎢(40位)
人口31,108,077人(38位)
通貨アフガニ(AFN)

どんな国?

アフガニスタン写真.jpg

国名の「アフガニスタン」はペルシア語・ダリー語で「アフガーン人(パシュトゥーン人)の国(土地)」を意味する。歴史は以下の「略史」の項目を参照。
地理
もともとの国土はパキスタン北部まで広がっていたが、平野部はイギリスにより引きちぎられ、現在は山岳地帯が大部分を占めている。北部や南西部にはわずかに平野部がある。もっとも標高の高い地点は、海抜7,485メートルのノシャック山である。国土の大半は乾燥しており、真水の入手できる場所は限られている。
政治
アフガニスタンは共和制・大統領制を採用する立憲国家である。現行憲法は2004年1月16日に公布された。そのほかにもクルアーンやシャリーアを法の源泉とする規定があり、アフガニスタンはイスラム国家の色彩が強い。そのため、信条の自由などが聖職者の定義するところのイスラーム法に反するものとされ、シャリーアに基づく背教罪や冒涜罪によって罪となることがある。
欧州での生活中にキリスト教に改宗した男性が、これを理由に死刑を宣告された。これに対しては西側世界からの批判が起こり、最終的に死刑判決は撤回されたが、男性は亡命を余儀なくされた。また、女性の権利について、「クルアーンを根拠に女性差別を擁護する人々は預言者ムハンマドの見解を歪曲している」という趣旨の文書を読み、問題提起をしようとした学生に対し、宗教法廷により「冒涜」として死刑が宣告された。これに対しても西側世界は非難しているが、カルザイ政権も今回はムスリム保守層の国民から圧力を受け態度を硬化させており、上院では死刑判決を支持する決議が採択された。
アフガニスタンの地方では部族の伝統が根強く、たとえば、姦通を犯した女性がその家族の手で処刑される、いわゆる「名誉殺人」も行われているという。2014年2月には被告の家族一員の女性だけでなく、女性の弁護士、女医、女の子どもなど、女性に区分される人々が裁判の証人として出廷することも禁止する法改正が行われようとしていると報じられた。
麻薬
アフガニスタンは、旱魃地域でアヘンなどの原料となるケシの栽培が盛んで、ヘロインの全世界流通量の90%以上をアフガン産が占めるなど世界一の麻薬密造国である。また、国内の麻薬依存者の数も深刻であり、2005年から2010年にかけての依存者数は最大150万人にも達するとされる。政府は麻薬対策省を設け撲滅にあたっているものの、予算や人員の不足、麻薬に代わる産業の育成などの問題もあり、いまだに解決を見ていない。
国際連合薬物犯罪事務所の年次報告書によれば、2018年現在もアフガニスタン南部のタリバーン支配地を中心に推定26万30,00ヘクタールの面積でケシの栽培が行われている。
2013年頃からは、ケシの栽培に使用する地下水の汲み上げにソーラーパネルによる太陽光発電と電力式ポンプが使われ始め、現在も普及が進んでいる。これらは中長期的に見た際、軽油で可動させるポンプより安価で利益を増やしやすいためケシ農業新規参入者と生産量の増加要因になると共に、この分野の低炭素化が進んでいる。
まとめ
上述した内容を見れば分かるが、安易に観光に行ける国ではない。反政府武装勢力は、外国政府からアフガニスタン政府への援助を内政干渉及び「敵」(アフガニスタン政府)への支援とみなしており、このことから外国人はテロや誘拐の標的となりやすく、日本人に対しても同様にその脅威は高い。2008年には、ナンガルハール県(東部)において、日本人のNGO関係者が武装集団に誘拐・殺害されたほか、2010年には日本人ジャーナリストが武装集団に誘拐される事件が発生している。

国民

人種

パシュトゥーン人,タジク人,ハザラ人,ウズベク人等

言語

公用語であるダリー語,パシュトゥー語の他,ハザラ語,タジク語等

宗教

イスラム教(主にスンニー派のハナフイ学派であるが,ハザラ人はシーア派)

略史

長年の他民族による支配の後,1747年ドゥラーニー王朝成立。バラクザイ王朝(1826~1973年)下の1880年,英国の保護領となるが,1919年独立を達成。1973年7月共和制に移行後,1978年4月軍部クーデターにより人民民主党政権成立。1979年12月ソ連の軍事介入のもとカルマル政権成立。1986年5月ナジブラが書記長就任。1989年2月ジュネーブ合意に基づき,駐留ソ連軍の撤退完了。1992年4月ムジャーヒディーン・ゲリラ勢力の軍事攻勢によりナジブラ政権が崩壊し,ムジャーヒディーン政権が成立するが,各派間の主導権争いにより内戦状態が継続。1994年頃から,イスラムへの回帰を訴えるタリバーンが勢力を伸ばし,1996年9月に首都カブールを制圧,1999年までには国土の9割を支配するに到った。2001年10月より,米国同時多発テロ事件を機とする米・英等によるアル・カーイダ及びタリバーンに対する軍事行動が行われ,12月には北部同盟等がタリバーン支配地域を奪還した。アフガニスタン各派の代表は今後の和平プロセスに関する合意を達成し(ボン合意),2002年6月にはこの合意に基づき緊急ロヤ・ジェルガが開催され,カルザイ暫定政権議長を大統領とする移行政権が成立した。ボン合意の要請を受け,安保理決議により国際治安支援部隊(ISAF)の設立が承認され,アフガニスタン国内の治安維持について同国政府を支援することになった。その後,憲法制定ロヤ・ジェルガの開催により,2004年1月に新しい憲法が制定された。同年10月9日に第1回大統領選挙が行われ,カルザイ大統領が当選(12月7日,大統領就任式典)。2009年8月,第2回大統領選挙が実施され,カルザイ大統領は当選の要件である過半数の得票に届かなかったものの,対立候補が決選投票を辞退したために再選(同年11月19日大統領就任式典)。2014年の第3回大統領選挙は,4月5日の第一回投票と6月14日の決選投票を経ても当選者が決まらず,決選投票で劣勢となったアブドッラー・アブドッラー候補(元外相)支持者が,アシュラフ・ガーニ候補(元財務相)側による不正投票を厳しく追及して投票結果を受け入れなかったことから,事態が緊迫化した。ケリー米国務長官(当時)が二度カブールを訪問し仲介に乗り出した結果,9月29日,ガーニ候補が大統領,アブドッラー候補が新設の行政長官のポストに就任して政治権力を分け合う国家統一政府(National Unity Government)が発足した(大統領任期は5年)。アフガニスタン史上初めての民主的な政権交代が実現した。2014年末,ISAFからアフガニスタン治安部隊に治安権限が委譲され,翌2015年からアフガニスタン政府が自らの治安に責任を負うことになった。現在,NATOが主導するRSM(「確固たる支援」任務)によりアフガニスタン治安部隊に対し訓練,助言,支援が行われている。

経済

アフガニスタン国内の不安定な治安状況がアフガニスタンの経済成長や投資等にも非常に大きな影響を及ぼしており,国内経済は厳しい状況にある。2015年は,悪天候の影響により国内の主要産業の一つである農業における生産効率も打撃を受けた。2015年,2016年を通し,国内の貧困状況も悪化しているとの見方もある。(参考:IMF Afghanistan Economic Update 2016)

主要産業

サービス産業(GDP寄与率 51.3%),農業(同 24.3%),鉱工業・製造業(同 20.9%)(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

GDP

203億ドル(同上,一人当たりGDPは696ドル)

経済成長率

3.6%(同上)

物価上昇率

7.2%(同上)

失業率

不明

総貿易額

(輸出) 5.96億ドル(同上)
(輸入) 65.34億ドル(同上)

主要貿易品

(輸出) じゅうたん,レーズン,ピスタチオ,甘草,羊毛,干しイチジク,アーモンド,羊皮等
(輸入) 石油,セメント,鉄棒,電化製品,小麦,機械類等(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

主要貿易相手国

(輸出) パキスタン,インド,イラン,トルコ,イラク,アラブ首長国連邦,中国等
(輸入) イラン,パキスタン,中国,カザフスタン,ウズベキスタン,トルクメニスタン,マレーシア,日本等(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

通貨

アフガニー

為替レート

1$=約70アフガニー(2018年4月時点)

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