アフガニスタン

Last-modified: 2021-12-06 (月) 21:26:59

アフガニスタン・イスラム共和国(ダリー語: جمهوری اسلامی افغانستان)は、南アジアに位置する共和制国家。 パシュトゥーン人、タジク人、ハザーラ人、ウズベク人、トルクメン人などの数多くの民族が住む多民族国家でもある。

アフガニスタン・イスラム共和国
国旗
基本情報
公用語パシュトー語
ダリー語
首都カーブル
最大の都市カーブル
面積652,225㎢(40位)
人口31,108,077人(38位)
通貨アフガニ(AFN)

概要

南アジアの最北部、中央アジアや中東との境界に位置する国。国土や周囲は険しい山々が連なっている。

古くから交通の要所で、古代ではシルクロードの通過点であり、また西側から陸路でインドへ向かう際の玄関口でもあった。そのため多様な文化が流入すると同時に争いが絶えない歴史を重ねてきた。

国名の「アフガニスタン」はペルシア語・ダリー語で「アフガーン人(パシュトゥーン人)の国(土地)」を意味する。

なお、現在では世界屈指の危険地帯として知られている。
1970年代にソ連が侵攻して以来ずっと戦争が続いており、タリバンの蛮行やアメリカの侵攻など様々な困難に見舞われ続けている。
文化的に見逃せない遺跡なども多いのだが、残念ながら決して安易に観光に行ける国ではない。
そしてその戦乱が終わる気配は全く無く、記憶に新しい2021年にはタリバンの復活という事態に至ってしまい、アメリカの影響下で不完全ながらも一定の進歩を見せていた近代化が水の泡に。
事態は混迷を極めている。

麻薬

アフガニスタンは、旱魃地域でアヘンなどの原料となるケシの栽培が盛んで、ヘロインの全世界流通量の90%以上をアフガン産が占めるなど世界一の麻薬密造国である。
また、国内の麻薬依存者の数も深刻であり、2005年から2010年にかけての依存者数は最大150万人にも達するとされる。
政府は麻薬対策省を設け撲滅にあたっているものの、予算や人員の不足、麻薬に代わる産業の育成などの問題もあり、いまだに解決を見ていない。

国際連合薬物犯罪事務所の年次報告書によれば、2018年現在もアフガニスタン南部のタリバン支配地を中心に推定26万30,00ヘクタールの面積でケシの栽培が行われている。
2013年頃からは、ケシの栽培に使用する地下水の汲み上げにソーラーパネルによる太陽光発電と電力式ポンプが使われ始め、現在も普及が進んでいる。
これらは中長期的に見た際、軽油で可動させるポンプより安価で利益を増やしやすいためケシ農業新規参入者と生産量の増加要因になると共に、この分野の低炭素化が進んでいる。そんなもの低炭素化しなくていいから(良心)

日本とのかかわり

輸出:8.75億ドル(2018年 アフガニスタン統計年鑑)
輸入:74.06億ドル(同上)

おもな輸出品:ドライフルーツ(35%)、薬草(15%)、果物(11%)、鉱物(11%)、野菜(8%)等(2018年 アフガニスタン統計年鑑)
おもな輸入品:食品(31%)、石油(13%)、機械類(11%)、金属類(8%)等(同上)

ー外務省 アフガニスタン基礎データ より引用

 
なお、2004年には2ちゃんねらーによって学校が建設された。
詳細はフェールズバハール小学校参照。

概要まとめ

上述した内容を見れば分かるが、念のためもう一度繰り返しておく。安易に観光に行ける国ではない
現在アフガニスタンを支配しているタリバンは、外国政府からアフガニスタン政府への援助を内政干渉及び「敵」(旧アフガニスタン政府)への支援とみなしている。
このことから外国人はテロや誘拐の標的となりやすく、日本人に対しても同様にその脅威は高い。
2008年には、ナンガルハール県(東部)において、日本人のNGO関係者が武装集団に誘拐・殺害されたほか、2010年には日本人ジャーナリストが武装集団に誘拐される事件が発生している。

長年に渡り農業の改善に貢献し現地で国民的な尊敬を集めている、故中村哲医師の存在もあって、アフガニスタンでは日本人に好感を持ってくれている人々も多い。
だが一方で日本はアメリカの同盟国であるため、特にタリバンを筆頭とする武装組織のメンバーを中心に、日本人をあまり良く思っていない人も存在するという。

歴史

長年の他民族による支配の後,1747年ドゥラーニー王朝成立。
バラクザイ王朝(1826~1973年)下の1880年,英国の保護領となるが,1919年独立を達成。

1973年7月共和制に移行後,1978年4月軍部クーデターにより人民民主党政権成立。
1979年12月ソ連の軍事介入のもとカルマル政権成立。1986年5月ナジブラが書記長就任。
1989年2月ジュネーブ合意に基づき,駐留ソ連軍の撤退完了。

1992年4月ムジャーヒディーン・ゲリラ勢力の軍事攻勢によりナジブラ政権が崩壊し,ムジャーヒディーン政権が成立するが,各派間の主導権争いにより内戦状態が継続。
1994年頃から,イスラムへの回帰を訴えるタリバーンが勢力を伸ばし,1996年9月に首都カブールを制圧,1999年までには国土の9割を支配するに到った。
2001年10月より,米国同時多発テロ事件を機とする米・英等によるアル・カーイダ及びタリバーンに対する軍事行動が行われ,12月には北部同盟等がタリバーン支配地域を奪還した。

アフガニスタン各派の代表は今後の和平プロセスに関する合意を達成し(ボン合意),2002年6月にはこの合意に基づき緊急ロヤ・ジェルガが開催され,カルザイ暫定政権議長を大統領とする移行政権が成立した。
ボン合意の要請を受け,安保理決議により国際治安支援部隊(ISAF)の設立が承認され,アフガニスタン国内の治安維持について同国政府を支援することになった。
その後,憲法制定ロヤ・ジェルガの開催により,2004年1月に新しい憲法が制定された。

同年10月9日に第1回大統領選挙が行われ,カルザイ大統領が当選(12月7日,大統領就任式典)。
2009年8月,第2回大統領選挙が実施され,カルザイ大統領は当選の要件である過半数の得票に届かなかったものの,対立候補が決選投票を辞退したために再選(同年11月19日大統領就任式典)。
2014年の第3回大統領選挙は,4月5日の第一回投票と6月14日の決選投票を経ても当選者が決まらず,決選投票で劣勢となったアブドッラー・アブドッラー候補(元外相)支持者が,アシュラフ・ガーニ候補(元財務相)側による不正投票を厳しく追及して投票結果を受け入れなかったことから,事態が緊迫化した。
ケリー米国務長官(当時)が二度カブールを訪問し仲介に乗り出した結果,9月29日,ガーニ候補が大統領,アブドッラー候補が新設の行政長官のポストに就任して政治権力を分け合う国家統一政府(National Unity Government)が発足した(大統領任期は5年)。
アフガニスタン史上初めての民主的な政権交代が実現した。
2014年末,ISAFからアフガニスタン治安部隊に治安権限が委譲され,翌2015年からアフガニスタン政府が自らの治安に責任を負うことになった。

NATOが主導するRSM(「確固たる支援」任務)によりアフガニスタン治安部隊に対し訓練,助言,支援が行われていた。しかしアメリカ合衆国の撤兵によりタリバンが政権を握ったため実質中止である。
そして大統領も国外逃亡した。

地理

もともとの国土はパキスタン北部まで広がっていたが、平野部はイギリスにより引きちぎられ、現在は山岳地帯が大部分を占めている。
北部や南西部にはわずかに平野部がある。もっとも標高の高い地点は、海抜7,485メートルのノシャック山である。
国土の大半は乾燥しており、真水の入手できる場所は限られている。

政治

アメリカ侵攻後のアフガニスタンは共和制・大統領制を採用する立憲国家であった。旧憲法は2004年1月16日に公布された。

1990年代に猛威を振るったタリバン政権よりは緩和されていたが、クルアーンやシャリーアを法の源泉とする規定があり、共和制の下でもイスラム国家の色彩がかなり強かった。
そのため、信条の自由などが聖職者の定義するところのイスラーム法に反するものとされ、シャリーアに基づく背教罪や冒涜罪によって罪となることがあった。

一例として欧州での生活中にキリスト教に改宗した男性が、これを理由に死刑を宣告された。
これに対しては西側世界からの批判が起こり、最終的に死刑判決は撤回されたが、男性は亡命を余儀なくされた。
また、女性の権利について、「クルアーンを根拠に女性差別を擁護する人々は預言者ムハンマドの見解を歪曲している」という趣旨の文書を読んで問題提起をしようとした学生に対し、宗教法廷により「冒涜」として死刑が宣告された。
これに対しても西側世界は非難しているが、カルザイ政権も今回はムスリム保守層の国民から圧力を受け態度を硬化させており、上院では死刑判決を支持する決議が採択された。

アフガニスタンの地方では部族の伝統が根強く、たとえば、姦通を犯した女性がその家族の手で処刑される、いわゆる「名誉殺人」も行われているという。
2014年2月には被告の家族一員の女性だけでなく、女性の弁護士、女医、女の子どもなど、女性に区分される人々が裁判の証人として出廷することも禁止する法改正が行われようとしていると報じられた。

2021年現在の新・タリバン政権では、宗教の範囲内で女性の社会進出を促進すると発表された。が、国際社会は全く信用しておらず、案の定数ヶ月後には数々の人権抑圧や理不尽な死刑が報告されている。

経済

アフガニスタン国内の不安定な治安状況がアフガニスタンの経済成長や投資等にも非常に大きな影響を及ぼしており,国内経済は厳しい状況にある。
2015年は,悪天候の影響により国内の主要産業の一つである農業における生産効率も打撃を受けた。
2015年,2016年を通し,国内の貧困状況も悪化しているとの見方もある。(参考:IMF Afghanistan Economic Update 2016)

 

そして何より問題なのが、麻薬が産業として確立してしまっているという事であろう。
極度の貧困に苦しんだ人々は、当局の規制が全く行き届いてない状況、またケシ栽培に適した土地柄もあり、こぞって麻薬栽培に手を出すようになってしまったのだ。

アフガニスタンの経済を復興させて現地の人々が真っ当な生活を送れるようにするのは、先進国も含めた世界各地の深刻な問題である麻薬汚染の根本的な解決の為にももはや必須と言っても過言ではないのだ。

主要産業

サービス産業(GDP寄与率 51.3%),農業(同 24.3%),鉱工業・製造業(同 20.9%)(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

GDP

203億ドル(同上,一人当たりGDPは696ドル)

経済成長率

3.6%(同上)

物価上昇率

7.2%(同上)

失業率

不明

総貿易額

(輸出) 5.96億ドル(同上)
(輸入) 65.34億ドル(同上)

主要貿易品

(輸出) じゅうたん,レーズン,ピスタチオ,甘草,羊毛,干しイチジク,アーモンド,羊皮等
(輸入) 石油,セメント,鉄棒,電化製品,小麦,機械類等(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

主要貿易相手国

(輸出) パキスタン,インド,イラン,トルコ,イラク,アラブ首長国連邦,中国等
(輸入) イラン,パキスタン,中国,カザフスタン,ウズベキスタン,トルクメニスタン,マレーシア,日本等(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

通貨

アフガニー

為替レート

1$=約70アフガニー(2018年4月時点)

文化

人種

パシュトゥーン人,タジク人,ハザラ人,ウズベク人等

言語

公用語であるダリー語,パシュトゥー語の他,ハザラ語,タジク語等

宗教

イスラム教(主にスンニー派のハナフイ学派であるが,ハザラ人はシーア派)

その他

「バーミヤン渓谷」には古代の仏教遺跡が多数存在しており、特に巨大な磨崖仏(崖を掘って建造した大仏)が有名だったが、タリバンの手によって「偶像崇拝禁止のイスラムの教えに反する」として破壊されてしまった。
その他にも様々な時代の遺跡や建築が存在するが、保存状況は年々悪化している可能性が高い。

 

コメント欄

  • 今やばいことになってる -- ペンペン 2021-08-17 (火) 21:44:30
  • むしろタリバンの方が女性に寛容なんだ… -- GOchu 2021-08-18 (水) 21:27:32
  • 無事を願う -- なりあさ 2021-10-23 (土) 18:07:23

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Tag: アジア アフガニスタン

 

最後になるが、編者も無力ながら同国の一刻も早い平和の到来を祈っている。
2021 12/5 加筆