ヒョウタン

Last-modified: 2021-12-25 (土) 22:27:32


ヒョウタンとはウリ科ユウガオ属の蔓性の一年生植物である。世界最古の栽培作物として名が上がることもある。

概要

言語表記
英語Gourd
조롱박
漢字瓢箪、瓢、瓠、葫蘆
学名Lagenaria siceraria var.gourda

歴史

起源はアフリカ大陸で、日本において縄文時代後期の地層から種子が出土している。ちなみに、ヒョウタンの種子以外にも豆類やエゴマ*1の種子が発見されたことからそれまで作物栽培の始まりは弥生時代といわれてきたが縄文時代後期が農耕の始まりであると判明した。
有名な例は室町時代後期に木下藤吉郎が馬印として千成ヒョウタンという小型品種を使用したことである。ただし現存するのはレプリカでしかも木製である。
こうして、ヒョウタンは容器や楽器など世界中で様々な目的で20世紀前半まで利用が続いたが第二次大戦後はプラスチックの登場により、素材としてのヒョウタンは忘れ去られつつある。
韓国では古くは海女さんが丸いひょうたんの中身をくり抜いて浮きに使っていたほか千成ヒョウタンほどの大きさのものを中身を抜いて乾燥させてから二つ割りにしパガチという酒をすくう柄杓に使ったという。

品種

ヒョウタンの果形は様々であり、ここでは代表的なものを紹介する。

大ヒョウタン


果実が巨大になるヒョウタン。普通のヒョウタン型をしたものや棒状の長いタイプがある。代表品種は「太閤」「大長」。棒状のものは地面に接した面から腐りやすいため、完熟品を得ようとするのは至難の技である。

千成ヒョウタン


小さい瓢箪型の愛らしい果実が多数つく。木下藤吉郎が馬印としたことで有名。栽培も簡単。

いぼ瓢


ソフトボール大の大きさの果実に細かいコブがある。マダガスカルから入ってきたと思われる。

球形ヒョウタン


加工したようにきれいな球形をしているのが特徴。果皮は濃い目の緑色。岡部マリという品種が代表。

鶴首


持ち手の長いマラカスのような形が特徴。果肉を除去し乾燥させれば柄杓になる。アメリカにロングハンドルディッパーという大型品種もある。

食用ヒョウタン



ヒョウタンの中には毒素を含まず食用となるものがある。ユウガオがその例で、植物学的にはユウガオとヒョウタンは同種である。また、瓢箪型をしているが毒素を含まない食用一口瓢箪という品種もある。多少取り遅れても果皮が固くて食べにくいというだけで中毒することはない。もちろん完熟させて普通のヒョウタンと同じ利用法でもいい。また東南アジアでは葉や茎を青菜として食べたり種子を割って胚珠をお酒のおつまみとして食べる地域もある。
中国や台湾では葫蘆瓜というダルマ型の冬瓜に模様がよく似た品種があり煮て食べることが多い。

毒性

果実にククルビタシンという毒素が含まれ、果実を誤って食すと嘔吐や下痢などの症状を起こす。ククルビタシンはうり科の植物に含まれやすく、ヒョウタン以外で中毒した例もあり、カボチャ類の中毒例がある。
日本では大阪の小学校の理科担当の男性教諭が生徒にヒョウタンの果実を食べさせ、生徒たちは緊急搬送された。校長は理科担当の教諭にヒョウタンを生徒に与えぬよう指導したにもかかわらず教諭は与え続けたため懲戒免職になった事例もある。またホームセンターで観賞用種のヒョウタンの苗を『食べておいしい』と誤って販売し食中毒事故が発生した事例もある。

栽培

栽培環境

日当たり、水はけ、風通しのよいところで栽培します。ウリ科作物の連作はさける。植えつけの2週間以上前に、土壌の酸度調整とカルシウム補給のために、苦土石灰を1㎡あたり150g程度施しておく。1週間前までに完熟堆肥約3kgと有機配合肥料100g程度を施す。健康に育てるために、畑は深く耕して、根を大きく張らせる。

タネまき

遅霜の心配がなくなってからなら直まきもできるが、一般にはポット育苗する。タネは皮がかたく、水分を吸収しにくいので、ペンチなどでタネの一部を傷つけて、2時間ほど水に浸して、吸水させてからタネをまく。
3号(9cm)ポリ鉢にタネを3、4粒まき、1cm程度覆土する。発芽するまで乾かさないようにする。本葉1~2枚のころ1本に間引きする。苗全体に光が十分当たるように管理する。
発芽適温(地温)は25~30℃。保温マットなどで適温を確保してタネをまく。過湿になると、タネが腐ったり、発芽不良になったりする。水はけのよいタネまき用土を使用すること。

植えつけ

本葉4~5枚になったら、株間約90cmで植えつける。
65cmほどの深型プランターでは1株が目安。

栽培のポイント

植えつけは地温が15℃以上になってからにする。早く植える場合は、保温キャップやポリマルチなどをして地温を確保します。植えつけ後、つるが伸びてきたら、下のほうの子づる(側枝)はかきとり、ネット・支柱に誘引する。誘引が遅れると、つるが垂れ下がって折れてしまう。毎日のようにヒモで結束していく。
ヒョウタンには雄花と雌花があり、夕方の4時ごろに咲く。雌花は枝の第1~3節につき、ほかの節には雄花のみがつく。確実に果実をつけるには、雄花をとって、雄しべの先を雌花の柱頭につける人工受粉を行う。自然状態では、夜に活動する虫が受粉する。
ヒョウタンは棚をつくり、果実をつり下げるようにならせる。つるは支柱にそって誘引する。こまめに結束しないと、つるが折れてしまうことがあるためである。下のほうの子づるは早めにかきとる。親づるが棚まで伸びたら、摘芯して子づるを数本伸ばす。孫づるは葉1枚残して摘芯する。孫づるに果実がつく。誘引は毎日行い、株全体に光がよく当たるようにする。

施肥

栽培期間が長いので、株のようすを見ながら追肥をする。
水やり 鉢・プランター植えは表面が乾いたら、底から水がでるように水やりをする。

病害虫

うどんこ病は、葉にうどん粉をふりかけたような白いカビが生じる。つるを早めに整理して、日当たりと風通しをよくする。完熟堆肥やバイオエースなどの有機物を積極的に施して、根がよく張る土づくりをする。根が健全に育てば、地上部も健全に育ち、病害にも強くなる。アブラムシは急速に増加するので早期発見に努め、捕殺するなど早期に防除すること。
ウリキンウワバ(ガの一種)の幼虫が、ヒョウタンに特異的に集中して、幼果や葉をかじり、果実表面にはケロイド状の食害痕をつくる。捕殺のほか、発生期に登録農薬(殺虫剤)の散布や捕殺をする。

収穫・保存・利用

開花後30~45日を目安に収穫する。収穫の時期が遅れてもまったく問題がないので、あわてて未熟なものを収穫しないようにする。未熟だと皮が薄く、水につけておく際に壊れてしまうからである。ヒョウタンはトマトのように色づくわけではないので、収穫するかまだしまいか迷っているなら葉やつるが枯れるのを待ってから収穫するほうがよい。この頃には果皮は完全に固くなっている。また、果皮もかぼちゃとは違って日焼けしにくい。完熟果は、果実の表面の産毛がなくなり、爪先ではじくとカンカンと高い音が出る。口部にドリルなどで穴をあけ、水に10日くらいつけ、内部を腐らせた後(このときとてつもない悪臭を発するので室内や集合住宅ではやらないほうが良い。近年では大型園芸通販やネットショップでひょうたんごっこなる匂い消しの薬品が販売されている)、針金などでタネをとり出す。よく洗って乾かし、酒器や花器などにする。
開花後、千成ヒョウタンは50日、大ヒョウタンは70日程度で完熟になる。開花日のラベルをつけておくと目安になる。

ヒョウタンに関する伝説

日本の古い説話集「宇治拾遺物語」に収録された「雀の報恩」というものがある。
今は昔、春の頃、うららかな日差しの下で六十ぐらいのお婆さんが虱を取っていた時に、庭に雀が跳ね回っていたのに子どもが石を拾って投げつけると、それが当り、腰が折れてしまった。羽をばたばたさせてうろたえているうちに、空を烏が飛び回っていたので、「まあ、可哀想に。このままでは烏が捕ってしまうわ」と言って、怪我をした雀をすばやく手に取り上げ、息を吹きかけなどして、食べ物を与えた。小さな桶に入れ、夜になったらしまい、夜が明けると、米を食わせ、銅を薬として削って与えたりしたので、子どもや孫などが、「おやおや、お婆ちゃんは年をとったもんだから雀を飼ってるよ」と言ってひやかして笑った。
こうして幾月も手厚く介抱してやったので、だんだんと跳ね歩けるようにもなった。雀も心のうちで、このように養い生かしてくれたのを、たいそう嬉しい事に思っていた。ちょっとどこかに出かける時にも、家人に、「この雀の世話をしてちょうだい。食べ物を与えてちょうだい」などと言い置いたので、子孫などは、「ああ、どうして雀なんか飼っているのか」と言って、冷やかして笑うが、「とにかく、かわいそうだからよ」と言って、飼っているうちに、飛べるくらいに回復した。
「今となっては、まさか烏に捕られることもこともないわね」と言って、外に出て、手の平に乗せ、「飛べるかどうか試してみよう」と言って、さしあげたところが、ふらふらと飛んで行ってしまった。老女は長い月日、日が暮れるとしまい、夜が明けると物を食わせる慣わしであったので、「あらまあ、飛んで行ったわよ。また来るかと待っていようかしら」など、手持無沙汰に思って言ったので家の者に笑われてしまった。
それから二十日ほど過ぎて、この老女のいる近くで、うるさく雀の鳴く声がしたので、「まあ、雀がずいぶん鳴いているわ。あの雀がやって来たのかもしれない」と思って外に出て見ると、あの雀である。「関心に忘れずに来てくれたなんてうれしいこと」と言っていると、雀は老女の顔を見て、口から僅かばかりの小粒の物を落とし置くようにして飛び去っていった。老女は、「何でしょう。雀が落していった物は」と寄って見ると、瓢の種が一粒落として置いてある。「持って来たのにはわけがあるかもしれないわ」と取り上げて手に持った。
「まあ、あきれた。雀のくれた物をもらって宝物にしてるよ」と言って、子どもが笑う。「とにかく、植えてみよう」と植えると、秋になる頃には、たいそう繁り生い広がって、普通の瓢とは違って、大きくしかもたくさんの実がなった。老女はひどく悦んで、隣の里の人にも食わせたが、その実は取れども取れども尽きる事もなく、沢山の実がなった。笑っていた子や孫もこの実を明けても暮れても食べていた。村中に配ったりなどして、しまいには、格別に優れて大きい七つか八つの瓢を瓢箪にしようと思って、家の中にぶら下げておいた。
それから幾月かして、「もう十分乾燥して堅くなっているかも」と見ると、立派な瓢箪になっていた。取りおろして、口を開けようとすると、少し重たい。不思議に思って切り開けて見ると、何やらいっぱい入っている。「何だろう」と、中の物を他の器に移してみると、入っていたのは白米であった。思いもかけず、驚いたことだと思い、大きな器に瓢箪の白米を全部移してみたが、瓢箪の中には移す前と同じように白米がたくさん入っているので、「これはただ事じゃないわ。雀が恩返しにしたんでしょう」と驚き嬉しくなって、物に入れて隠し置き残りの瓢箪を見ると、同じように白米がたくさん入っている。これを他の器へ移し移ししながら使うがどうしようもなく使いきれないほどたくさんあった。こうして女は大変な財産家になってしまった。隣村の人も見てびっくりし、たいしたものだとうらやましがった。
「同じ年寄でも、よその人はあんな風にいいことをして役に立つ。お母さんも家族の為に少しは目に見えて役に立つようなことをやってみたらどうですか?」などと子どもから言われた隣のお婆さん強欲ババアは、この女の所に来て、「おやおや、これはどうしたことです。雀がどうとかしたなどという噂をうすうす聞いたが、よくわからないから、初めからあったことをありのままに話して頂戴な」と言うと、「雀が瓢の種を一粒落したので、それを植えてみたらこうなったのです」と言って、細かい事は言わないので、なお、「ありのままに細かに教えて頂戴」としきりに聞くので、「心を狭くして隠す事でもないわね」と思って、「かくかくしかじか腰が折れた雀がいたので、それを飼い助けたところ、それをうれしいと思ったのか、瓢の種一粒持って来たのを植えたら、このようになったんです」と言うと、「その種を一つくださいな」と言うので、「その瓢に入った米ならさしあげましょう。しかし、種はあげられません。決してよそに散らすわけにはいけないんです」と言って渡さない。「それなら自分もどうにかして腰の折れた雀を見つけて飼うことにしよう」と思って、目をこらして見るが、腰の折れた雀はいっこうに見つからない。
毎朝様子を見ていると、裏口の方で、散らかった米を食おうとして雀が飛び回っている。その雀に「もしや」と思いながら石をぶつけていると、なにせたくさんいる中に何度もぶつけたので、たまたま打ち当てられて飛べない雀が出た。お婆さんは悦んで傍に寄り、その雀の腰をさらに念入りに折り、捕まえて、家で物を食わせ、薬を与えるなどして養生した。一羽のためにあれだけ得な目に遭ったのだ、ましてや、たくさんの雀ならば、どんなに豊かになるだろう。あの隣のお婆さんより優れて、子どもに褒められようと思って、入口の内側に米を撒いて、様子を見ていると、雀どもが集まって食いに来たので、また石をぶつけたら三羽の雀の腰をうち折った。
「今はこれぐらいでいいだろ」と思い、腰の折れた雀三匹ばかりを桶に入れて、銅を削って食わせなどして、幾月もたつうちに、世話をしていた雀が皆、元気になったので大変悦んで桶の外に出すと、ふらふらと皆飛んで行ってしまった。「すばらしいことをした」と思う。雀は腰を折られて、このように幾月も閉じ込めて置かれた事を実に悔しく思っていた。
それから十日程経って、この雀どもがやって来た。女は悦んで、まず、「口に何か咥えているかな」を見ると、皆が瓢の種を一粒づつ落していった。「やはり思った通りだ」と嬉しくなり、その種を拾い、三か所に植えた。
普通よりもするすると早く成長して、たいそう大きくなった。しかし実はそれほど多くはならず、七つか八つだけだった。それを見てお婆さんは、「たいしたことしないと言ったけど、へん、何さ、あたしゃ隣のばあさんより偉いだろ」と子どもたちに言うと、「そうあってほしいもんだよ」と子供たちも思った。これは数が少なかったので、米を多く取ろうと、人にも食わせず、自分でも食わない。それを見て子どもたちが、「隣の婆さんは隣村の人にも食わせ、自分も食ったよ。うちのはまして三つの種からできたんだ。お母さんも人にも食わせ自分でも食うべきだよ」と言うと、 それもそうだと思い、「近くの隣人にも振舞い、自分も子供たちも一緒に食べよう」と言って、たくさん煮て食ったところ、他に比べようもないほど苦く、黄蘗(きはだ。薬用植物で苦味が強いことで知られる)などのようで気持ち悪くなった。およそこれを食べた限りの人々は、子どもも自分も、食べた物を吐き出して苦しむうちに、隣の人たちもみな気を悪くして集まって来て、「これは何という物を食わせたのだ。ああ恐ろしい。ちょっとそいつを煮た湯気の臭いを嗅いだ者までも、ゲロを吐いて苦しがって、死にそうな騒ぎだったぞ」と腹を立て、「きつく文句を言ってやろう」と思って来てみると、当の老女を始めとして子供たちもみな正気を失い、ゲロを吐き散らして横たわっていた。それを見ると、いたしかたなく、みなは引き揚げた。それから二三日経つと、誰も彼も気分がよくなりもとどおりになった。お婆さんは「全部米になろうとしたのに、急いで食ったから、このようなおかしなことになったんだろ」と思い、残りの瓢を全部部屋の中にぶら下げて置いた。それから幾月か過ぎ、「今は食べごろになっているだろうね」と、米を移し入れるための桶などを持って部屋に入る。うれしさのあまり、歯も生えていない口を耳元まで開けてひとり笑いし、桶を寄せ集めて、移したところ、虻、蜂、むかで、とかげ、蛇などが出て来て、目といわず鼻といわず身体中に取りついて刺すが、女は痛いとも思わない。ただ、「米がこぼれる」と思い、「少し待っとくれ。雀どもよ。すこしづつ移すから」と言う。七つ八つの瓢から、数え切れないほどの毒虫が出て来て、子どもたちを刺し食い、お婆さんを刺し殺してしまった。腰をうち折られた雀が恨んで、あらゆる虫どもに呼びかけて瓢の中に入れたのであった。隣の雀は、もともと腰が折れて烏に命を取られそうであったのを養生してやったのでうれしいと思ったのである。これだから物羨みはしてはならないのだ。

思いもよらないことが起きたことを言うことわざに「ひょうたんから駒」があるが一説にはこの伝説が元になっており古くは「ひょうたんから米」と言っていたらしい。

コメント

  • いろんな形があるんだね -- りんまり。 2021-10-03 (日) 11:18:20
  • はっきり分かるんだね -- ホモ 2021-10-03 (日) 11:31:01

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*1 シソに似た植物で種子から油を取る