ファットマン

Last-modified: 2021-11-28 (日) 11:55:56

注意 一部残酷な写真があります。気分を悪くされた方はお早めに退出お願いします。
ファットマン(英語: Fat Man、「太った人」の意味)は、第二次世界大戦末期にアメリカ合衆国で開発された原子爆弾である。

ファットマンの写真。
イギリスの保守党の政治家であるチャーチル?首相にちなんで名づけられたという噂もあるが、マンハッタン計画に参加した物理学者ロバート・サーバーによると、彼は映画「マルタの鷹」のキャラクター「Kasper Gutman」から名づけたのであるという。アメリカ軍の分類番号はMk.3であり、大戦後も製造が継続された。最初の一発は1945年8月9日に長崎市に投下され、実戦使用された核兵器であり、この長崎に投下された原子爆弾、「インプロージョン方式プルトニウム活性実弾 F31」だけを指すこともある。

Mark 2(ThinMan)というガンバレル型プルトニウム型爆弾が開発中止され、インプロージョン型原爆であるファットマンへと移行した。

概要

ファットマンはマンハッタン計画の一部としてロスアラモス国立研究所で作られた核兵器である。リトルボーイ(Mark 1)が高濃縮ウランを用いたガンバレル型の原子爆弾であるのに対して、ファットマンはプルトニウムを用いたインプロージョン方式の原子爆弾である。

1945年8月9日に実戦使用されており、長崎県長崎市の北部(現在の松山町)の上空550mで炸裂した。長崎市への原子爆弾投下を行なったのは、B-29爆撃機ボックスカー(機長: チャールズ・スウィーニー少佐)である。爆弾の威力は、8月6日に広島県広島市に投下されたリトルボーイ?より若干強いが、長崎市は起伏に富んだ地形で、平坦な広島市に比べて威力が減殺され、破壊の度合いは広島市に比べると小さいものの死者約73,900人、負傷者約74,900人、被害面積6,702,300㎡、全焼全壊計約12,900棟という甚大な被害をもたらした。

第二次世界大戦終結後も製造が続けられ、1940年代のアメリカ軍の核戦力を担った。

経緯

アメリカ合衆国では1941年よりマンハッタン計画として核兵器の開発を行なっていた。ウランを用いた核兵器の開発(Mark 1=リトルボーイ)は進んでいたものの、プルトニウムを用いた核兵器の開発には障害があり、1943年にガンバレル型(Mark 2=シンマン)とインプロージョン方式(implosion、爆縮)(Mark 3=ファットマン)の両方の開発が進められることとなった。1944年にガンバレル型(Mark 2)は放棄され、インプロージョン方式で開発が継続されることとなった。

核物質にはプルトニウム239を用いている。核出力はTNT換算22キロトンを記録した。インプロージョン方式で用いられている爆縮レンズはジョン・フォン・ノイマンらによって完成した技術である。

使用されたプルトニウムはワシントン州ハンフォードにあるハンフォード・サイトのB原子炉で製造された。

プルトニウム型原爆(インプロージョン方式)の実証のため、1945年7月16日にアメリカ合衆国は、ニューメキシコ州アラモゴード砂漠にあるホワイトサンズ射爆場でファットマンのプロトタイプであるガジェットを用いて人類史上初の核実験であるトリニティ実験を実行した。

ファットマンの特異な形状の空中挙動を確かめるため、通常爆薬を装填した同形・同重量の模擬弾「パンプキン」が作られ、投下訓練の一環として大日本帝國に対して実戦投入された。

ファットマン型の原爆はまず3発が製造され、1発が1945年8月9日長崎に投下され午前11時2分*1上空で炸裂し推定7万人以上の死者を出したほか核実験のクロスロード作戦(1946年)で使用された。

原爆投下以前と原爆投下後の長崎。GROUND ZEROと記された箇所にファットマンが投下された。

長崎上空で撮影されたキノコ雲。このキノコ雲の下で推定7万人以上もの人々が命を落とした。

1945年7月にヘンリー・スティムソン陸軍長官にファットマン型原爆は毎月1個の生産が可能だと報告されたが、1945年8月15日に戦争が終結し、原爆製造の優先順位が引き下げられたため、生産量は縮小された。ハンフォードのプルトニウム生産炉も中性子照射による損傷で稼動に耐えなくなったため1946年に生産を停止した。

ファットマン自体は戦後も生産が継続され、1947年にはロスアラモス国立研究所にファットマン60発分の部品が備蓄され、アメリカ兵器廠には使用可能なファットマン型原爆13発が備蓄されていた。1948年までには50発が生産され、1949年までに120発が生産された。改良型のMark 4の生産は1949年からのことである。

命名

ガンバレル型、インプロージョン方式の原子爆弾にはそれぞれ「シンマン」、「ファットマン」とのコードネームが与えられた。これらの命名を行なった人物は、ロバート・オッペンハイマーのかつての教え子で、自らもマンハッタン計画に参加したロバート・サーバーだった。サーバーはそれぞれの爆弾の外観に基づいて名前を選んだ。Mark 2は細長い形状であったため、ダシール・ハメットの探偵小説『影なき男』(原題:The Thin Man)と、その映画化作品から着想を得て、「シンマン(痩せた人)」と命名された。Mark 3は丸く、ずんぐりした形状であったため、『マルタの鷹』(ハメットの同名探偵小説の映画化作品)にて、シドニー・グリーンストリートが演じたキャラクター「カスパー・ガットマン」から着想を得て、「ファットマン(太った人)」と命名された。

コメント

  • 今日は長崎原爆の日。追悼 -- カヲル 2018-08-09 (木) 14:30:12
  • 記事が出来たタイミング不謹慎すぎィ! -- オトメロン奴隷 2018-08-09 (木) 17:46:53

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*1 午前10時52分爆発の説がある