ブラガンサ公フェリペ

Last-modified: 2022-06-29 (水) 21:00:56

ブラガンサ公フェリペ 本名ルイス=フェリペとはブラガンサ朝の王であった人物である。

ブラガンサ朝

ブラガンサ朝はポルトガルの王朝であり、1640年ジョアン4世から1910年マヌエル2世まで17(16)人王が就任した。
1640年までハプスブルク家がポルトガル王を努めていたものの、不満から1640年反乱を起こしポルトガルは独立し、同時にブラガンサ朝が出来た。
ポルトガルはブラジル金などで豊かになるも、英輸入や地震で打撃を受けた。
更にナポレオンの侵攻を受けブラジルのリオデジャネイロに遷都し、ポルトガル=ブラジル連合王国を建てるなど苦難の道をたどる。
ポルトガルに戻った後も一時は権威を回復するも共和主義の台頭や財政運営の失敗などでクーデターによってマヌエル二世は亡命させられ、ブラガンサ朝は1910年に終わった。

概要

ルイス=フェリペは1887年3月21日にカルロス一世とアメリア王妃のもとに生まれた。
カルロス一世は財政運営の失敗や台頭していた共和派の弾圧、スキャンダルなどで国民の不満を招いており、またその不満に対して議会の解散で応じるなどの行動をとったため襲撃された。
1908年2月1日に、カルロス一世と王族は別の場所にある宮殿からリスボンでの帰還の途で、共和主義者二名に馬車へ発砲された。
カルロス一世は右肩甲骨と脊髄に銃弾を受け即死し、ルイス=フェリペは右頬から鼻と胸骨から肺にそれぞれ銃弾が貫通するなど重症。その弟のマヌエルも右腕を負傷した。
カルロス一世が亡くなったため、王位継承順位で勘案するとルイス=フェリペが王となることになるが、ルイス=フェリペは20分後に死亡した。これはギネスブックに最短王位期間として掲載されている*1
最終的に負傷したものの生き延びた弟のマヌエルが数日後に即位しマヌエル2世となった。

コメント欄

閲覧者数

今日?
昨日?
合計?

タグ

Tag: ポルトガル 王朝


*1 ただし正式な儀式を行ったわけではないので王ではなかったという見方もある。