マウス(戦車)

Last-modified: 2022-08-12 (金) 02:21:01

マウス(Maus)とは、第二次世界大戦中にドイツで試作された超重戦車である。
右のファイルは著作権侵害の可能性があるため、一時的に削除されています:(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/18/Metro-maus1.jpg);

全長全幅高さエンジン変速機
12.659m3.67m3.63mダイムラー・ベンツMB509 V型12気筒液冷ガソリン前進:二速/後進二速
重量履帯幅越壕能力渡渉水深乗員
187.998t110cm4.5m/16ノット2m6名
最高速度航続距離
路上時速22km/不整地時速11km路上186km/不整地97km
 
兵装
128mm PaK44 L/砲弾68発
75mm KwK44 L/砲弾200発
7.92mm機関銃 MG34×1
照準器
WZF2/7

概要

全長10m,全幅3.5m,全高3.5m,重量188t(いずれも第2位で四捨五入)という今も昔も常識外れとしか言いようのない巨体を誇る非常に重い戦車である。

開発

マウスの開発は1941年11月にヒトラーがフェルディナント・ポルシェ博士に超重戦車の開発を打診をしたのがきっかけと言われている、翌年には100t
級の超重戦車と比較的具体的な数字をだしてクルップ社に早急な開発を求めた。

当時ヒトラーとしては現有の重戦車ではソ連の新型重戦車に対抗しえないとして火力と防御力で優位に立つためにこのような計画を打診したようである。
こうしてクルップ社とポルシェ社の二社で開発が始まり、車体をポルシェ社、砲塔をクルップ社が開発することとなった。
ただし量産はクルップ社が一手に引き受けてアルケット社が最終組み立てを行なうこととなった。

1943年2月にはクルップ社に対して120輌発注され1943年11月から生産が始まり月産10輌という予定で1943年5月には135輌と発注が増えた、しかし1943年11月のはより実用的な車両の量産が優先され試作中だった車体二輌と砲塔一基を完成させるという大幅どころの次元ではないほどに計画が縮小された。
1943年12月にマウスの車体のみ完成、砲塔と同じ重さの死重が載せられた。
翌年の1944年6月には車体と砲塔が一つになった完全な形でのマウスが完成した。

構造

主砲は55口径128mm砲を搭載これは当時の駆逐艦の主砲とほぼ同じ大きさである、主砲の横には36.5口径7cm砲を装備し発射速度の遅い主砲をカバーしている。

装甲は最厚部分の前部で240mm一番薄い後部でも150mmと並の大砲では撃破は不可能で地雷対策として車体底面前部にも100mmの装甲が施されている。

履帯(キャタピラ)の重さは左右で12.5tもあり設備が整っている工場内でも6人がかりで8時間もかかったという

戦歴

結局完全な状態で完成したのは一輌のみとなり第二次世界大戦末期に実戦投入された...ものの前線へ移動中に行動不能に陥ってしまい爆破処分されてしまったので結局自慢の火力も防御力も発揮されることは無かった。

その後ソ連によって鹵獲、死重の載った車体と爆破処分されたマウスに搭載されていた砲塔を合体させて試験が行なわれその後クビンカ戦車博物館に収蔵されて現在に至る。

重さ

さてマウスと言えば約188tという重量、重い戦車と言えばマウスと言うほどなので以下に主要な戦車と重量を記載する。

右のファイルは著作権侵害の可能性があるため、一時的に削除されています:(./10式戦車.jpg,nolink,30%);
10式戦車(約44t)
右のファイルは著作権侵害の可能性があるため、一時的に削除されています:(./エレファント.jpg,nolink,50%);
エレファント?(65t)
右のファイルは著作権侵害の可能性があるため、一時的に削除されています:(./ティーガーⅠ.jpg,nolink,40%);
ティーガーⅠ?(57t)
右のファイルは著作権侵害の可能性があるため、一時的に削除されています:(./シャーマン.jpg,nolink,30%);
M4中戦車?(30.3t)

右のファイルは著作権侵害の可能性があるため、一時的に削除されています:(./九七式中戦車.jpg,nolink,30%);

九七式中戦車?(15.8t)*1

コメント

  • 数行しかなかったので大幅に加筆しました。 -- カロティマ 2019-04-14 (日) 20:42:54
  • どう考えてもマウスではないんだよなぁ‥ -- 幻想郷王国連邦政府? 2022-08-12 (金) 02:21:01

閲覧者数

今日?
昨日?
合計?

タグ

Tag: 戦車 第二次世界大戦


*1 新砲塔の重量