Top > 保高(海防艦)


保高(海防艦)

Last-modified: 2019-05-01 (水) 16:32:29

保高(ほたか)は大日本帝国海軍鵜来型海防艦*1の内の一隻である。

保高.jpg
3月22日に撮影された保高、資料添付用兼記録用写真のようで浦賀から出港する際に撮られたようである。*2

基準排水量全長全幅吃水主機関
940トン78.77m9.1m3.06m艦本式22号10型ディーゼル2基2軸
出力速力航続距離乗員燃料搭載量
4200馬力19.5ノット5000浬/16ノット150名重油120トン
 
起工1944年12月27日
進水1945年1月28日
竣工1945年3月30日
除籍(日本海軍)1945年10月5日
除籍(復員庁)1947年7月19日
 
兵装(計画時)
45口径12cm連装高角砲1基
45口径12cm単装高角砲1基
25mm三連装機銃2基
九四式爆雷投射機2基
爆雷投下軌条2基
九五式爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探1基




概要 Edit

「保高」は大日本帝国海軍が第二次世界大戦において運用した鵜来型海防艦の一隻で終戦の年に竣工と第二次世界大戦末期に生まれたので日本近海から出ることもできず、燃料不足もあってさしたる戦果も行動もなかった。
艦名は山口県?の保高島から採られている。

艦歴 Edit

竣工まで Edit

1944年11月27日浦賀造船所にて起工、仮称は第5256號艦だった。
1944年12月8日鵜来型の「保高」と命名され、本籍を横須賀鎮守府と仮定する。
1945年1月28日に進水、翌月1日造船所内に艤装員事務所が設置されて事務作業が始まる。
1945年2月10日艤装員長に海軍少佐の藤本榮左氏が任命される。
1945年3月30日に竣工、艤装員事務所が撤去され、警備海防艦として正式に横須賀鎮守府が本籍となる。
初代艦長には艤装員長だった藤本榮左氏が着任した。

竣工後 Edit

一応は横須賀鎮守府の艦なのだが竣工後は呉鎮守府部隊呉防備戦、舞鶴鎮守府部隊第五十一戦隊と訓練のために空襲の危険が比較的薄い地域を転々とした。
そして終戦1ヶ月前に海上護衛総司令部第一護衛艦隊第二海防隊所属となりそのまま終戦を迎えた。

1945年8月25日第一予備海防艦に指定される。
1945年10月5日除籍、12月1日復員船として入籍し以後復員任務に従事する。
1946年特別保管艦に指定される。
1947年7月19日復員船としても除籍、賠償艦としてアメリカに引渡し、そのまま売却となり日本で解体された。

決して悪い艦ではなかったが如何せん生まれる時期が悪すぎて実力を発揮する機会にも恵まれないなんとも間の悪い艦だった。

関連項目 Edit

軍用艦一覧

コメント Edit


URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

観覧者数 Edit

現在?
今日?
昨日?
合計?

タグ Edit

Tag: 軍事 海軍 海防艦






*1 当時の表記は鵜來型海防艦
*2 写真出典 世界の艦船2017年12月号増刊日本海軍護衛艦艇史28P