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六連(海防艦)

Last-modified: 2019-05-17 (金) 21:58:09

六連(むつれ)は大日本帝国海軍択捉型海防艦*1の5番艦、太平洋戦争が始まって最初に沈没した海防艦である。
択捉型海防艦.jpg

写真は同型艦の松輪
基準排水量全長全幅吃水主機関
870トン77.7m9.1m3.05m艦本式22号10型ディーゼル2基2軸
出力速力航続距離乗員
4200馬力19.7ノット8000浬/16ノット147名
 
起工1942年7月25日
進水1943年4月10日
竣工1943年7月31日
最期1943年9月2日被雷沈没
除籍1943年11月1日
 
兵装
45口径12cm単装砲3基
25mm連装機銃2基
九四式爆雷投射機1基
爆雷投下台6基
九五式爆雷36個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基




概要 Edit

「六連」は大日本帝国海軍が第二次世界大戦において運用した択捉型海防艦の一隻で武運には恵まれず太平洋戦争で最初に沈没した海防艦となった。
艦名は山口県?の六連島から採られている。

艦歴 Edit

1942年7月24日起工、この時の仮称は第314號艦だった。
1943年3月5日「六連」と命名される、種別は海防艦で占守型とされた。*2
同日呉鎮守府が本籍と仮定される。

1943年4月10日進水
1943年6月25日に艤装員長として海軍中佐富所幸太郎氏が任命され同年6月28日には艤装員事務所を日立造船株式會社櫻島造船所*3内に設置し事務作業を開始する。
1943年7月31日にはれて竣工、同日艤装員事務所が撤去され、艦長に富所幸太郎氏着任する。
正式に呉鎮守府呉防備戦隊所属となり活動を開始した。
1943年8月15日に第二海上護衛隊に編入され、21日に3821甲船団を護衛して横須賀を出発、攻撃を受けることなく30日に無事トラックに到着する。
1943年9月2日に4902船団(輸送船5隻)を駆逐艦(いかづち)と共に護衛してトラックを出発した、
しかし同日ルクティ島沖でアメリカ潜水艦スナッパー? (USS Snapper, SS-185) からの雷撃を受ける。
スナッパーから発射された魚雷が六連の右舷前甲板部と後部機械室に1本ずつ命中し艦首は切断された、炎に包まれた六連は手の施しようが無く、浸水による大傾斜の末沈没、沈没の際に後甲板の爆雷が爆発して多数の乗組員を巻き添えにした。
?はスナッパーに向けて反撃を試みたがスナッパーは傷を負うこともなく逃げおおせた。
六連の乗組員38名が戦死または行方不明になり雷に救助された後も8名が事切れている。

1943年11月1日除籍 竣工から沈没まで僅か34日の命でこれは海防艦の中で二番目に
短い生涯*4で1943年9月2日沈没は日米開戦以降最初の海防艦損失だった。

雷(駆逐艦) スナッパー
  六連の最期を看取った?         六連を沈めたスナッパー

関連項目 Edit

軍用艦一覧
第七十三号海防艦・・・完成後12日で沈没
目斗(海防艦)・・・完成後45日で沈没
若宮(海防艦)・・・第二次世界大戦で二番目に沈没した海防艦
壱岐(海防艦)・・・第二次世界大戦で三番目に沈没した海防艦

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Tag: 軍事 海軍 海防艦






*1 当時の表記は擇捉型海防艦
*2 書類上は占守型の一隻とされている。
*3 現在のユニバーサルスタジオジャパン
*4 最も短命だったのは第73号海防艦の12日間、三番目に短いのは目斗の45日間