大ブリテン及び北アイルランド連合王国

Last-modified: 2021-05-12 (水) 15:38:38

グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(英語:United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland: UK)は、ヨーロッパ大陸の北西岸に位置する立憲君主制国家。大ブリテン島・アイルランド島北東部・その他多くの島々から成る。イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの国で構成されている。日本語の通称はイギリス英国など。

グレートブリテン及び
北アイルランド連合王国
国旗
基本情報
公用語英語
首都ロンドン
最大の都市ロンドン
面積244,820㎢(76位)
人口6643万5600人(22位)
通貨UKポンド(GBP)

国名

英語での略称はUnited Kingdom、UK。日本語における一般的な略称は「イギリス」か「英国」であるが、稀に「連合王国」が用いられることもある。現在の公用文では「英国」が使用されており「イギリス」は口語で用いられることが多い。「連合王国」は2003年まで法文において用いられていた。

 

「イギリス」はポルトガル語でイングランドを指すInglez(イングレス)が語源で、元の意味にかかわらず連合王国全体を指して使われており、その一部を為す「イングランド」とは区別されている。江戸時代にはネーデルラント語のEngelsch(エンゲルシュ)を語源とする「エゲレス」という呼称も広く使用された。幕末から明治・大正期には「英吉利」(えいぎりす=イギリス)や「大不列顛」(だいふれつてん=大ブリテン)と漢字で表記される事もあったが、前者が「英国」という略称の語源である。ただし「英国」は、狭義に連合王国全体でなくイングランド(英格蘭)のみを指す場合もある。

 

1707年合同法においては、イングランド王国およびスコットランド王国を1王国に統合すると宣言する。同法において、新国家名称は「大ブリテン王国」または「大ブリテン連合王国」および「連合王国」とすると述べている。しかしながら、「連合王国」という用語は18世紀における非公式の使用にのみ見られ、「長文式」でない単なる「大ブリテン」であった1707年から1800年まで、同国はごくまれに正式名称である「大ブリテン連合王国」と言及された。1800年合同法では、1801年に大ブリテン王国とアイルランド王国が統合し、大ブリテン及びアイルランド連合王国が成立した。現在の正式国名である「大ブリテン及び北アイルランド連合王国」は、北アイルランドが連合王国の一部としてとどまった1922年のアイルランド自由国独立およびアイルランド分裂後に採用された。

 

大ブリテン及び北アイルランド連合王国は主権国家として国であるが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、それほどの段階ではないが北アイルランドも、主権国家ではないが「国」(country)とよばれる。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは、権限の委譲による自治権を有する。大ブリテン及び北アイルランド連合王国首相のウェブサイトでは、連合王国の説明として「1国内の国々」という言葉が用いられていた。大ブリテン及び北アイルランド連合王国の12のNUTS1地域統計のような複数の統計的概要において、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドを「region」と言及している。北アイルランドは「province」とも言及される。北アイルランドに関しては、記述名の使用が「多くの場合、個人の政治的選好を明らかにする選択で議論の的になり得る」。

 

英語では「Britain」という言葉は、連合王国の同義語として頻繁に用いられる。一方、「Great Britain」という言葉は、連合王国全体の緩い同義語として用いられる場合もあるが、本来はイングランド、スコットランドおよびウェールズを指すものであり、北アイルランドを含む(すなわち、大ブリテン及び北アイルランド連合王国全体を指す)場合には用いるべきでないとされる。

 

"GB"及び"GBR"は、大ブリテン及び北アイルランド連合王国の標準国名コード(ISO 3166-2及びISO 3166-1 alpha-3を参照)であり、その結果として国際機関がイギリスに言及する際に用いられることがある。さらに、大ブリテン及び北アイルランド連合王国のオリンピックチームは「Great Britain」もしくは「Team GB」の名称を用いる。

 

形容詞の「British」は、大ブリテン及び北アイルランド連合王国に関する事項への言及によく用いられる。「British」に明白な法的含意はないが、大ブリテン及び北アイルランド連合王国の市民権及び国籍に関する事項への言及に法律上用いられる。大ブリテン及び北アイルランド連合王国の国民は、自らの国民性を表現するのに多数の異なる用語を用い、自らを大ブリテン及び北アイルランド連合王国人であるか、イングランド人、スコットランド人、ウェールズ人、北アイルランド人、アイルランド人であるか、又はその両方であると見なし得る。

 

2006年、大ブリテン及び北アイルランド連合王国のパスポートに新デザインが導入された。新パスポートの1ページ目には、英語、ウェールズ語、スコットランド・ゲール語で正式国名が記載されている。ウェールズ語での正式国名は"Teyrnas Unedig Prydain Fawr a Gogledd Iwerddon"であり、政府のウェブサイト上での略名は"Teyrnas Unedig"であるが、通常は語形変化した形"Y Deyrnas Unedig"から"DU"と略される。スコットランド・ゲール語での正式国名は"Rìoghachd Aonaichte Bhreatainn is Èireann a Tuath"であり、略名は"Rìoghachd Aonaichte"である。

政治

政体は議院内閣制を踏まえた立憲君主制に基づき統治されており、君主は1952年2月6日以来エリザベス2世である。不成典憲法(不文憲法)の国家であり、一つに成典化された憲法典はなく、制定法(議会制定法だけでなく「マグナ・カルタ」のような国王と貴族の契約も含む)や判例法、歴史的文書及び慣習法(憲法的習律と呼ばれる)など大ブリテン及び北アイルランド連合王国の憲法を構成している。憲法を構成する法律が他の法律と同様に議会で修正可能なため軟性憲法と呼ばれる。国家元首は大ブリテン及び北アイルランド連合王国の君主であるが、憲法を構成する慣習法の一つに「国王は君臨すれども統治せず」とあり、その存在は極めて儀礼的である。このように歴史的にも人の支配を排した法の支配が発達しており、伝統の中に築かれた民主主義が見て取れる。また、立法権優位の議会主義が発達している。議院内閣制や政党制(複数政党制)など、現在多くの国家が採用している民主的諸制度が発祥した国として有名である。

 

立法権は議会に、行政権は首相及び内閣に、司法権は大ブリテン及び北アイルランド連合王国最高裁判所及び以下の下級裁判所によって行使される。

 

大ブリテン及び北アイルランド連合王国の議会は、上院(貴族院)と下院(庶民院)の二院制である。1911年に制定された議会法(憲法の構成要素の一つ)により、「下院の優越」が定められている。議院内閣制に基づき、行政の長である首相は憲法的習律に従って下院第一党党首(下院議員)を国王が任命、閣僚は議会上下両院の議員から選出される。下院は単純小選挙区制による直接選挙(普通選挙)で選ばれるが、上院は非公選であり任命制である。近年、従来右派の保守党と左派の労働党により二大政党制化して来たが、近年では第三勢力の自由民主党(旧自由党の継承政党)の勢力も拡大している。

ウェールズ、スコットランド、北アイルランドは各々異なる権限を委譲された政権を有しており、1996年に北アイルランド議会、1999年にはスコットランド議会とウェールズ議会が設置され、自治が始まった。スコットランドには主にスコットランド国民党によるスコットランド独立運動が存在し、北アイルランドには20世紀から続く北アイルランド問題も存在する。 2016年6月、EUからの離脱を問う国民投票で賛成多数となり、1973年のEEC加盟以来の大陸との一体化が幕を閉じた(ブレグジット)。これを受けてキャメロン首相からメイ首相へ交代した。

地方行政区分

連合王国の地方行政制度は次の各地方によって異なっている。

  • 🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿イングランド
  • 🏴󠁧󠁢󠁳󠁣󠁴󠁿スコットランド
  • 🏴󠁧󠁢󠁷󠁬󠁳󠁿ウェールズ
  • 北アイルランド
    このほか、連合王国には含まれないものの、連合王国がその国際関係について責任を負う地域として、海外領土および王室属領が存在する。

外交と軍事

大ブリテン及び北アイルランド連合王国は19世紀から20世紀前半までの間、世界最高位の大国であった。現在も列強であり続け、経済、文化、軍事、科学、政治で国際的な影響力を有する。

 

1946年の第1回国際連合安全保障理事会以来、同国は同理事会常任理事国であり、G7G8、G20、NATO、欧州評議会、OECD 、WTO、EUの加盟国となっている。そして、アメリカ合衆国と歴史的に「特別な関係」を持つ。アメリカ合衆国とヨーロッパ以外にも、1920年代までは大日本帝國と日英同盟を結んでいた友好同盟国であったため、大正時代の大日本帝國海軍は王立海軍の伝統に多大な影響を受けながら発展した。大ブリテン及び北アイルランド連合王国と密接な同盟国は、連邦国と他の英語圏の国家を含む。大ブリテン及び北アイルランド連合王国の世界的な存在と影響は、各国との相補関係と軍事力を通して拡大されている。それは、世界中で約80の軍事基地の設置と軍の配備を維持していることにも現れている。2011年の軍事支出は627億ドルと一定水準を保っている。

 

大ブリテン及び北アイルランド連合王国の軍隊は「イギリス軍」または「国王/女王陛下の軍」として知られている。しかし、公式の場では「アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン」と呼ばれる(クラウンは冠、王冠の意)。全軍の最高司令官は大ブリテン及び北アイルランド連合王国の君主であるが、首相が事実上の指揮権を有している。軍の日常的な管理は国防省に設置されている国防委員会によって行われている。

 

大ブリテン及び北アイルランド連合王国の軍隊は各国の軍隊に比べて広範囲にわたる活動を行い、世界的な戦力投射能力を有する軍事大国の1つに数えられ、国防省によると軍事費は世界2位である。2008年現在、軍事費はGDPの2.5%を占めている。アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウンは大ブリテン及び北アイルランド連合王国本土と海外の領土を防衛しつつ、世界的な大ブリテン及び北アイルランド連合王国の将来的国益を保護し、国際的な平和維持活動の支援を任ぜられている。

 

2005年の時点で陸軍は102,440名、空軍は49,210名、海軍(海兵隊を含む)は36,320名の兵員から構成されており、アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウンの190,000名が現役軍人として80か国以上の国に展開、配置されている。

 

大ブリテン及び北アイルランド連合王国は核兵器の保有を認められている5カ国の1つであり、軍事費は世界第5位又は第6位である。核弾頭搭載のトライデントII潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を運用している。王立海軍は、トライデントIIを搭載した原子力潜水艦4隻で核抑止力の任務に担っている。

 

アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウンの幅広い活動能力にも関わらず、最近の国事的な国防政策でも協同作戦時に最も過酷な任務を引き受けることを想定している。アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウンが単独で戦った最後の戦争はフォークランド紛争で、全面的な戦闘が丸々3か月続いた。現在はボスニア紛争、コソボ紛争、アフガニスタン侵攻、イラク戦争など、アメリカ軍やNATO諸国との連合作戦が慣例となっている。王立海軍の軽歩兵部隊である王立海兵隊は、水陸両用作戦の任務が基本であるが、大ブリテン及び北アイルランド連合王国政府の外交政策を支援するため、軽歩兵部隊の特性を生かして海外へ即座に展開できる機動力を持つ。

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